邪
魔
な
広
告
よ け ス ペ ー ス で す。
2004年8月13(金)
<<答は明らか>>
すうかり涼しくなった。本日出勤。午前中は色々雑用。午後はロクな本が置い
てない図書館で調べもの。今後私好みの数学をやっていくにあたっては、
何をやるにしろやはり代数幾何学の基礎はちゃんと勉強し直さないとと思い、
ハーツホーンの教科書で層のコホモロジーのところを復習しはじめたところ。
この本は良く見ると、細かい所でかなり曖昧な記述が目
立ち、理解不能な部分が少なくない。それを別のテキストとつき合わせて調べ
ようというもの。その後、気がすすまない"どうってことの無い"話の論文書き
など。
ところで4月にドイツにやってきた時に、Herzog先生と大家さん向けに土 産を2つ持ってきた。1つはすぐに大家さんに「お世話になります」と言って、 家賃が700ユーロに値上げされていると聞かされる前に渡してしまった。家 賃の金額を先に聞いていたら、どうしていたことだろうか。まあ、もうそれは 済んだことだから、よしとしよう。
Herzog先生分は、私が到着後2週間にわたって不在だったため、渡しそび れた。しかし、当初から「今回は前回滞在時と違って、どうも扱いが悪いな。 いきなり2週間も留守番させるし、その事をたまたま1ヶ月前に大阪の国際会 議で会うまで一言も連絡してくれなかった。何か様子が変だぞ。土産を渡すの は少し様子を見てからにしよう」と考えたのは、今となっては正解だと思って いる。そして今日、Herzog先生ではなくシンシャンとその夫君に渡すことにした。
勿論長い葛藤はあった。今回、いくら酷い扱いをされているとはいえ、長 期研究員としての来訪を快諾してくれたし、アパートの手配もしてくれた。私 のためのオフィスを大学に申請する書類も書いてくれた。コンサートやオペラ に連れて行ってくれたし、コーヒーも何杯かおごってくれた。数学の議論だっ て、逃げ回ってばかりではなく、少なくとも最初の1ヶ月ぐらいはぼつぼつ 本腰を入れて行こうかという感じがあったし、 その後も気が向いた時に気まぐれなコメントとアイディ アを吐き出してくれて、そのうちのいくつかは実を結んだ。先日も3日だけ 本気を出してくれたではないか。 彼は彼なりに私を 優先順位最下位として位置付けた上で、その優先順位の範囲で精一杯誠実に相 手をしてくれたのである。上等じゃないか。何が不満なんだ。土産ぐらいさっ さと渡してしまえよ。何をケチケチしてるんだよ、アホかお前は。そういう心 の声もあった事は確かである。
しかし、シンシャンとその夫は4月にこちらにやってきた時に、私を迎え に来てくれた。荷物も持ってくれた。私が既に良く知っているアパートまで、 わざわざ案内してくれた。私は疲れていて参加しなかったけれど、彼らのパー ティーに誘ってくれた。さらにシンシャンは、エッセン大学意地悪図書館では 本が借りられない私に代わって、何冊か本を借り出してくれた。私が何度印刷 を頼んでも一度たりともマトモにプリントアウトしてくれないHerzog先生に代 わって、私の分厚い研究ノートのファイルを上手にプリント・アウトしてくれ た。その他細かいことを数え上げたら切りがない。Herzog先生は面倒臭がって 何もしてくれないか、すぐに忘れてしまうかのどちらかだが、シンシャンはちゃ んと私を助けてくれたし、少なくとも私に対して過剰でも過少でもない適度の 敬意、”遠来の客員研究員”という立場のひとりの人間に対して最低限払われ て然るべき敬意、を持ってくれている。先日の講義で借りは返した、とも言え るけれど、夫君の方の借りは返していないし、それに何よりも彼らに一度ちゃ んとお礼を言っておきたかったのである。
そして、やはり最後の決め手は「敬意」である。私は結局のところ、私に 注がれた敬意に対して感謝したいのである。このことを考えてみれば、最後1 つだけ残ったささやかな土産を誰に渡すべきか、答は明らかである。
2004年8月12(木)
<<ミュンスター>>
朝一番でスーパーで買い物をして、一休みしてからミュンスター・プロジェク
ト決行。エッセン中央駅から快速列車で1時間。昼前にミュンスター中央駅に
付き、夕方6時前まで街を歩き回る。本当は午前中の早い時間にエッセン大学
に立ち寄って、週4日午前中たった2時間だけ仕事するためだけに、オフィス
の壁を塗り替えて、何枚も絵を飾り、廊下を綺麗な照明で照らして観葉植物ま
で置いているという、埃まみれの小汚いエッセン大学の建物の中で、そこだけ
は別世界の、やる気の感じられない事務エリアの片隅にあるカウンターで、先日の講演
の謝金を受け取ってからミュンスターに向かうことは十分可能であった。
この謝金は本来火曜日に受け取れるはずだったのだが、Herzog先生が忘れ ていて(彼は私に関することは何でもすぐ忘れてしまおうと決心しているよう である)水曜日に延期され、水曜日は秘書のミスによって受け取れず、今日に 延期されたのである。今日受け取らないとなると月曜日になるが、Herzog先生 によると「月曜日まで放っておいたら、もらえなくなるかも知れない」とのこ と。はあ?
私はこの謝金を最初からアテにはしていない。2500万円ぐらい貰える ならばともかくとして、現在優先度最上位の”埋め合わせプロジェクト”から 見れば、何の足しにもならないものである。貰えるものなら貰ってやってもよ いが、貰えないならそれでも別に構わない。とにかく、”埋め合わせプロジェ クト”の邪魔にさえならなければ、どうでもよい、というスタンスである。
しかし、長期研究員にプリンターも図書館も使わせないで平気な顔をして いて、開講期間中に教授が1ヶ月も出張しても一切おとがめ無しで、年に1度 か2度講義の担当を決める時以外は教授会も教室会議も一切無く、祝日の間の 日だからと言って開講日にメンザが休みになって学生も教員も空腹をかかえて 右往左往し、2階のフロアには女子トイレが2つ同じ所に連続して(!!)配 置され、3階のフロアには何も無し、4階のフロアにはまた女子トイレが1つ、 それでは一体男子トイレは何処にあるのだ?あっ1階の隅っこに1つだけあり ました!という設計思想の建物群を、初めて来た人にもわかりやすいようにと 外壁の色で区別するのはよしとして、赤い外壁の建物の中は緑の壁、緑の壁の 建物の廊下をつたって別の建物に入るとそこは黄色の壁。でもその黄色の壁の 建物の外壁は青色という、実は初めて来た人を混乱させるのが本当の目的であっ たという、恐るべき大学である。ミュンスター行きの前に大学に立ち寄ったと しても、謝金受け取りがスムーズに行く保証なんてどこにも無い。さらに、結 局謝金がわけのわからない理由で支払われない事があっても、何の不思議でも ない。ま、いずれにせよ、そんなことには付き合ってられないのである。
ミュンスターは古くて美しい大学街だった。8月からこちらに滞在してい るブルガリアのポペスクさんが、「ユルゲン(Herzog先生のこと)、ブルガリ アではお前のことをこう噂しているぞ。奴の所の博士課程の学生はみな外国人 だ。奴はドイツ人学生が嫌いなんじゃないか、ってね」と言ったのに対し、 Herzog 先生は、外国人留学生の場合、帰国後のポストが保証されていること が多いから、就職の面倒を見る必要が無いので望ましいし、ドイツの優秀な学 生達は皆ミュンスターや○○などの有名大学に行ってしまうし、と言っていた。 ドイツの学生達が憧れるミュンスター大学なるものを、一度見て来ようでは ないか。これがミュンスター・プロジェクトの動機である。
ミュンスター大学の
看板である、大きな庭園の中に建っている、貴族の館(Schloss)のような建物
(これは実は事務棟になっている)の裏手の芝生に寝っ転がって見上げた青空。
ああ、この前にこんな風に青空を見上げたのは何時の頃だったろうか。毎日近
所の市立体育館前広場で遊んでいた、子供の頃以来のような気がする。冷静に
状況証拠を数え上げていけば、それらのほとんどは今の私が幸福であることを
指し示している。しかしながら、特にこの1ヶ月余りの間のさまざまな出来事
によって、私は何故こんなつまらないとこで足止めを食っているのか?という
思いに支配されてきた。こんな所に居るぐらいならば、暑い京都に戻っていた
方がうんとマシではないか、と。この青空を見上げていると、穏やかな夏風に
あおられた葉がさらさらと静かな音を立てている高い木が、「お前は少なくと
も今この瞬間は間違い無く幸福なのだ」と告げているように思えてきた。そう
か。やはりミュンスターを訪ねたのは正解だったな。
ミュンスターの街の
中心部には、全国チェーンのデパートKaufhofがあり、夕方はそこで買い物。
主だった街にはKaufuhofがあり、世間話の世界に生きる私は、各街のKaufhof
を訪ねて比較検討することを楽しみのひとつとしている。買い物の途中に猛烈
な雷雨になり、入り口のところでしばし足止めを食う。外を見ると、土砂降り
の雨の中に、私が一番好きなヨーロッパの風景が浮かび上がっていた。雨、一
階がモダンな店舗になっている古い伝統的な建物、そして白熱灯系の照明。うー
ん、たまんないなあ。そうか。やはりミュンスターを訪ねたのは正解だったな。
2004年8月11(水)
<<華のある話>>
夏真っ盛りのドイツは、冷房装置無しで何とかしのげる限界ぐらいの
気温で推移して
いて、「限界」を遥かに超えているけれども、冷房装置のある日本がかえって
うらやましいぐらいである。しかし、街の電気屋を覗いてみても、涼しげな風
の扇風機の大売出し!とか、エアコン大特売!!とかは一切見られない。かろ
うじて隅っこの方で、単純な機能の扇風機(大抵は一種類かせいぜい二種類し
か置いてない)と据え置き型のクーラー(「エアコン」ではない)が少し置い
てあるだけである。
そんな調子でいたら、昨夜から今朝にかけてかなり本格的に雨が降り、一 気に涼しくなった。しかし、午後から熱い太陽が再び戻ってきた。この先 どんな天気になるのかしら。天気予報は相変わらずアテにならないし。
本日午前はシンシャンの博士論文の一部についての講演。昨日に引き続き、 またもや組合せ論の話である。何で、エッセン大学Herzogグループに居ると、 話がすぐに(ちまちまとした)組合せ論になってしまうのか。ちったあ、スキー ムどうしたとか、何とか層のコホモロジーがこうだとかいう華のある話は出て 来ないのか。しかし、そういう事を期待するのは、うどん屋でスパゲッティー を注文するようなものである。それはちょっと気をつけていればすぐにわかる ことだ。何故、今回エッセンに来るまで、それに気づかなかったのか。嗚呼、 大ボケな私。。。
そして昼食。「世間話が嫌い」と自覚した以上、つまらない我慢は人生の浪費だ と判断し、食べ終わったら、いつまでも「世間話」とやらをやっている彼らを置い て、さっさと自分の部屋に帰ることにした。そもそも「世間話」が私にとって無意味 であるならば、Herzogグループで一緒に昼食を取ることも無意味である。 俺はプリンターや図書館を使う自由すら 認められていないんだぞ。昼食ぐらい一人で食べる自由を与えよ!ということで、 「昼食の会」そのものからの脱却も 視野に入れ始めている。
昼食後はHerzog先生の”驚愕の12時間論文”修正のお手伝いをし、15 時前からグレブナー基底の最終講義。明日はミュンスターを探索しに行く予定。
2004年8月10(火)
<<さっさと飯を食え!>>
今日私は、「自分は世間話にはほとんど興味が無い」という事実に気づいた。
これは私にとってはいささか驚きである。私は街歩きが大好きで、街で起こっ
ているつまらないさまざまな事に興味津々である。私はこれと決めた人間を
つぶさに観察して、その人間の生態学を、私独自の視点から明らかにする作業が
大好きである。私はまさに世間話の世界で生きている。なのに世間話が嫌いと
は、これ如何に。心当たりが無いでもない。数学教室唯一の参加者として、年
2回参加している教授会懇親会でも、周囲の教授達の会話を「とりとめもない寝言」
あるいは「返事の仕様のないたわごと」として一
切相手にしないことにしている。私が「寝言」「たわごと」と思っていることは、通常「世
間話」と呼ばれているのであろう。
さて、私がドイツ語会話を勉強しようと思った主な理由は、Herzogグルー プ昼食のドイツ語会話であった。彼らは一体何を話しているのか。面白い話なら ば私も参加しようではないか。そしてドイツ語会話は思うように上達しなかっ たが、Herzogグループ昼食の会話は英語で行われるようになった。当然全て理 解できる。しかし、蓋を開けてみれば全く興味が湧かないがらくたのような会 話ばかりである。
冷蔵庫を買うなら中古にしたらどうか。菜食主義で何も食べられないとい うが今日のメニューはどうか。インドはスパイスが豊富だがドイツは塩と胡椒 だけだ。アパートに帰ったら夫が全部料理を作ってくれるから私は何もしない、 ところで日本ではどうか(この質問には「それぞれの家庭の事情による」と即 答して終わり)等々。何故こんなどうでも良いような事を、飯を食いながら、 いつまでもいつまでも喋らなければならないのか。それらが、今ここに私が生 きている、次の瞬間に死んでいるかも知れないし、30年経ってもまだくたばっ てないかも知れない私がここに居る、という不可解にして不可避な現実と、ど う切り結べるというのか。
もし私が、「ドイツの某大学における某研究グループの昼休みの生態調査」 の一貫として、彼らの昼食にお邪魔しているというのであれば、早々に「彼ら の昼食時の会話においては、何ら注目すべき点は見当たらない」と結論づけて 立ち去ることであろう。しかし、幸か不幸か私は、「結論」を得たからといっ て、さっさと立ち去れないという微妙な立場にいるのである。
粛々と食事を楽しみ、食事を終えてから、まだ隣で果てし なくつづいているロクデモナイ彼らの世間話を聞き流しながら、天井を眺めた り、窓の外に面白いものは無いかと目で追ったりしたりして、退屈をしのいで いるのである。そして「黙れ!たわごと言ってる暇があれば、さっさと飯を食 え!お前が食い終わるのを、俺はさっきからずっと待ってるんだ!」と怒鳴り 散らしたくなる直前に、昼食はお開きになるのだ。
本日午前中は、完璧菜食主義ゆえに自前弁当で今後数年間の大学院生活を 乗り切ろうとしている、インド出身の新学生ブーチャー嬢の講演。彼女の修士 論文の内容について。オイラー単体的複体におけるh-ベクトルの双対性という、 教科書に書かれている内容をまとめたもの。修論とはいえ、飛び級をしている ため、ちょうど日本の卒論に相当する。卒論と考えれば、よく理解されていて、 まとまった話だったと思う。午後は、”驚愕の12時間論文”Herzog版ドラフ トのチェックをしてから、”超難問”関連の論文「眺め」。この辺の話って何 か凄く面白い感じがして、この数日夢中になっている。従って、”7月にちょ こちょこっとやった事”の論文纏め作業は後回し。ま、来週以降は日本への帰 り支度をする以外に何もすることが無いはずだから、その時にやればよかろう。
2004年8月9(月)
<<本気の挫折と消滅>>
先週末、Herzog先生が証明した定理がまったく無意味であり、さらに、我々が
考えている問題は超難問であることがわかった時点で、3日間ほど続いていた
彼の「本気」も完璧に消滅したようである。かくして再び、何だかんだで忙しい
という理由をつけては議論の時間をどんどん値切ろうとする、いつものモードに
逆戻り。今日を含めて3日しか議論の時間が無いのに、あっという間に(わざ
わざこの3日のうちに入れなくても良いような)スケジュールをどんどん入れ
てしまった。
まあ、Herzog先生としては、少なくとも当面アイディアは枯渇してしまっ たし、アイディアが無ければやる気が起きないし議論する事も無い。ぼおっと しててもしょうがないから、この間に他の仕事を片付けてしまおうというわけ であろう。元々彼が持ちかけてきたプロジェクトではあるが、自分の得意分野 という訳でもないし、やってみると案外難しく、今回の”超難問”に限らずな かなか思うように行かない。そういう事情で、彼もずいぶん前から内心嫌気が さしているのではなかろうかと思う。業を煮やした私に突っつかれて、やっと3日間だけ 本気になってみたけれど、それも駄目だったとなると、もう燃え尽きるしかない といったところだろうか。
私としても、やる気もアイディアも無く巧妙に逃げ回っている(と 言う表現は彼にとっては心外か知れないが、本当の事だから仕方あるまい)人 間をつかまえて、今更どうにかしようという気も起こらないし、残念ながら私 の方から今提案できるどんな些細なアイディアも持ち合わせていない。しかし、 私にとってこれは不良債権問題の発生を意味する。それは次のような理由によ る。
私は、今回のドイツ滞在でやった事は、滞在期間中にすべて論文に纏めら れるメドをつけて、綺麗さっぱり清算したかったのだ。日本に帰ったら、論文 を仕上げるために細かい部分でHerzog先生とメイルでやりとりすることはあっ ても、彼とこれ以上数学の議論をするのは終わりにして、Herzogスタイルとは 違う新しい事をはじめようと考えていたのである。 7月に入ってからちょこちょこっとやった仕事に関しては、幸い 論文に纏められるメドが立っている。しかし私は4月からここに居る。
私が「馬鹿みたいな3ヶ月間」と読んでいる、日本に一時帰国して数学以 外の事に忙殺されているか、あるいは、毎月700ユーロもの家賃を払ってア パートを借り、毎日プリンターも図書館も使えない小汚いエッセン大学に通っ て、オフィスで只々留守番しているだけという、あまり面白くない4、5、6 月の間にも、いくつかの結果が出た。それらにもう少し何かを付け加えれば、 論文を纏めるメドが立つはずである。「Herzog先生本気の3日間」は、その 「もう少し何か」を考えていたわけである。「本気の挫折と消滅」は、4、5、 6月の結果について、少なくとも私がドイツに滞在している間は論文を纏める メドが立たない事を意味する。ま、そう何もかも思惑通りには行かないわな。
しかし、Herzog先生を完璧な「やる気無し」状態に陥れた例の”超難問” は、私にとってはかなり面白い展開を意味し、へえー、こんな面白い話に繋がっ ているのかといたく感心してしまった。だから、もうちょっと勉強してみよう かなあっていう気分。それが今後「自分流の数学」の輪郭を決める鍵になれば 良いけれど、それはちょっと望み薄かも。
かくして今回のドイツ滞在を、「終わり良ければ全て良し」と締めくくれ るかどうかは、微妙になってきたな。
2004年8月8(日)
<<夏本番>>
ドイツは夏本番である。そして、何もかもが私の子供の頃のようである。デパー
トなどの特定の店舗は別にして、家庭にも職場にも電車やバスの中にも冷房装
置なるものは無く、皆暑いなあと思いながらも何とかすごしている。暑いと言っ
ても、今や”温帯モンスーン気候”改め”亜熱帯気候”の地と化した日本に比
べれば、いくぶんしのぎ易い。何と言っても「お湯の中につかっているような感じ」
とか「フライパンの上でじりじり焼かれているような感じ」とか
「熱の爆風に吹き飛ばされるような感じ」というのが無い。
また、地下は太陽から遮断されているし、熱が蓄積されて地上よりも暑い なんて事もないらしく、地下鉄は涼しいし、エッセン・シュテーレ東駅のホー ムの間の短い地下通路も、冷蔵庫の中のようにひんやりとしていて、いつも何 かの異臭が漂っている事を除けば快適である。そういえば、私の子供の頃も 「暑いから地下鉄に乗って行こう!」というのが、冗談ではなくよく語られて いた。
私の子供の頃との大きな違いは、当時普及し始めた扇風機があまり普及し ていないことである。私のアパートにも扇風機は無い。また、蚊取り 線香などの蚊対策が一般的でないことも挙げられる。先日大家さんとHerzog 先生の両方に聞いてみたのだが、夜灯りをつけながら窓を開けてはいけないと か、虫除けスプレーを使え、ぐらいの対策しか無いらしい。
本日自宅に居ても暑いだけなので、朝から大学へ。北向きの私のオフィス は、春は寒くて閉口したが、夏は避暑にちょうど良い。勿論冷房装置は、(A堀 先生の説によれば、フランス人が世界に誇る超ハイテク)「開け放たれた窓」 だけである。例の”超難問”と”真面目に勉強すべきかどうか躊躇している某 分野”の関係をインターネットで調べたり、それに関連して6月頃に導いた式 からちょっとした事がわからないかしらと考えてみたり。後者の方は、 一昨日Herzog先生が「こりゃあ、駄目だ。歯が立たない」と匙を投げたのと 全く同じ理由で、結局何も良い結果は導けそうにないことがわかる。やはり難問 なんだなあ。
2004年8月7(土)
<<待て!>>
今日はミュンスターを探索して来ようと、地図や電車の案内を調達してミュン
シュター・プロジェクトを計画していたのだが、他の町を探索するのは店など
が開いている平日の方が良かろうということで、来週の後半の平日に変更。朝
スーパーに買い物に行き、夕方少し近所を散歩したついでにエッセン中央駅近
辺まで行って少し買い物をした以外は、自宅で昨日の”超難問”について勉強。
子供の頃「逃亡者」というアメリカのテレビ・ドラマがあって、妻を殺さ れた医師リチャード・キンブルが、妻殺しの容疑を掛けられて警察に追われる のだが、一方で妻の殺害現場付近で見かけた片腕の男が真犯人に違いないと信 じて、逃亡生活と続けながらこの真犯人を探すという話だったと思う。私が印 象深く覚えている場面の一つは次のようなものである。キンブルが州警察に見 つかって追われるのだが、あわや逮捕寸前のところで隣の州への境界を超える。 キンブル逮捕に執念を燃やす、職務に忠実な警官はさらに追おうとするのだが、 同僚が「待て!ここから先は(管轄が違うから)我々の手に届かない世界だ」と 引き止める。かくしてキンブルは今日も無事逃亡に成功し、来週のさらなる展 開を請うご期待!でその日はおしまい。
上記”超難問”とは、何年か前から何となく追いかけていた問題で、私の やっている分野の近辺ではあまり研究されていないような気がしていた。しか し、ふと気づくと、どうやら最近発展目覚しい隣の分野の代表的トピックスの ひとつが深く関係しているらしいのである。私はその「隣の分野」については 何も知らないし、少し勉強してみた事もあるけれどどうもよくわからないしと いった状態。そもそも、何となく議論のスタイルが私の趣味に合わない感じな ので、素晴らしい理論なのかも知れないけれど、あまり近づきたくないという のが本音のところ。しかし、懸案の問題に関連しているとなれば話は別で、こ の際だから、頑張ってその分野についてきちんと勉強してみるべきか。それと も「待て!ここから先は我々の手に届かない世界だ」と踏みとどまるべきか。 おおいに悩むところである。
2004年8月6(金)
<<超難問>>
本日朝から、Herzog先生が証明した「定理」と、定理で仮定したある条件に関
連する、某日本人数学者の20数年前の論文を調べる。その結果、昼過ぎには
「定理は正しいが、本質的に某テキストに書かれている命題より新しい事は何
も示されていない」事が判明し、暗い衝撃が走る。
何とかならないかと、午後Herzog先生と色々考えたり調べたりしていたも のの、埒があかず。Herzog先生が珍しく黙って長い時間考え込んだり、時折、 ぶつぶつと黒板に何か数式を書いたりする。夕方頃、Herzog先生がふと「○○ 定理ってどんなのだっけ?何か、感じが似ているような気がするのだが。。。」 と、私は恐らく死ぬまで直接かかわる事はあるまいと思っていた、某メジャー 分野の某超有名大定理の名前を口走る(これ以上詳しく書くと、業界人には何 を考えていたのかバレてしまうので、適当に誤魔化しています)。結局、その 超有名定理に深く関係する超難問であることが判明し、そりゃあ、いくら Herzog大先生と言えども、1日や2日考えて解けるわけがないわな!ってこと で、今日はオシマイ!
あと3週間で帰国である。ぼつぼつ準備を始めないとな。
2004年8月5(木)
<<素早く分解>>
暑い。先日書いた蚊と殺虫剤の件。先日スーパーで買った、”菊の花から抽出
した自然成分による殺虫剤”を噴霧して、夜毎大量の蚊と闘っているのだが、
あまり効かない。「素早く分解して無毒化します」と安全性が売りのようだが、
噴射されて蚊のもとに届くまでの数10センチ以内のところで「素早く分解」
しているようで、蚊の方も一瞬あおられたような感じではあるが、10匹のう
ち2匹ぐらいは、また平気な顔してその辺を飛び回っている。ドイツには蚊取
り線香という概念が無いのか、今度大家さんに聞いてみようかと思う。
本日午前は、昨日メドが立った定理の結果を補強する計算機実験をいくつ か。そのついでに行った実験で、某大先生の比較的最近の論文の結果が完璧に間違っ ている!という計算結果が出てしまう。論文が本当に間違っているのか、プロ グラムが間違っているのか、私の頭が間違っているのか、よくわからないまま 終る。ある予想に対する反例を与えた事を「売り」した結果らしいし、私の考 えている問題の関連から考えても非常に注目すべき結果で、その方面のプロ中 のプロの手による論文だけに、もうちょっとちゃんと調べようかと思う。
午後はHerzog先生が書き下した「定理」の証明のチェックを少しやっている うちに、セミナーで講演する時間が来る。これは主にシンシャンのための 講義である。これでシンシャンの借りは返せたと解釈。シンシャンを含め、 聴衆から色々有益なコメントや質問があり、まあ、講演してよかったと思う。 夜はアハード・マ ツィア夫妻のアパートで、イラン料理をご馳走になる。
2004年8月4(水)
<<性格が悪くなる>>
本日午前中にメイルをチェックして、さて今日は何をやろうかななどと考えて
いたら、いきなりHerzog先生が入ってきて、昨日考えていた問題について新た
にわかった事を話しにきた。その後、昼食を挟んで夕方近くまで二人で、ある
いはそれぞれ手分けして色々作業。(1990年代のものに限られるけれど)
図書館で文献を探したり、探した文献について議論したり、計算機実験をした
り、手持ちの文献をひっくり返したり、証明を試みたり等々。夕方には、4,
5,6月に考えていた事に関する2つの問題について、1つ目の問題につい
てはかなり見通しが暗いという感触を得、もうひとつの問題については、何と
か一つの定理が証明できる見通しが立った。
よろしい。上等だ。正直言って
「Herzog 先生、最後数日を残すのみの今になって、やっと本気を出してくれ
ましたね」といった所。こういう日が過去数ヶ月の間にあと10日ぐらいあっ
てくれれば、私の心はここまで荒み切らずに済んだかもしれないし、
ドイツに来る前よりも少し性格が悪くなって日本に帰ることにはならなかった
かもしれない。
まあ、とに かく本気を出してくれる事は良いことだと、素直に歓迎しておこう。これで彼 の本気があと数日続き、何かしらの論文が書けるところまで進展するのならば、 私としては今回のドイツ滞在を「終わり良ければ全て良し」と締めくくること ができるであろう。とりあえずあと数日、全力を尽くすことだ。
写真はドルトムント中央駅前。先日のゾーストの帰りに、電車の乗り継ぎで立
ち寄っただけで、市内には行ってない。ドルトムントなんて、エッ
センと同じようなルール工業地帯の汚い町ではないかと馬鹿にしているのだが、
中央駅はエッセン中央駅よりも綺麗で設備や店が充実している模様。駅近辺の
風景は、目の前に飛び込んでくる教会と、そこに至る数段の階段とその前の広
場、そして十分な空間が保証されている開放感等々を鑑みると、私の印象とし
てはそう悪くはない。私のドイツ滞在期間もあと僅かで、エッセンからは電車で
1時間近くかかるけれど、機会があれば一度街をぐるりと歩き回ってみたいものだ。
2004年8月3(火)
<<大前提>>
本日午前中一杯で木曜セミナーの講演準備を終える。昼食時、Herzog先生が
「天気も良いことだし、(近日中に)ハイキングに行く気は無いか?」と聞い
てきたので、「いいえ、全然。ハイキングするために、(わざわざ日本から)
ここへ来た訳ではありませんから」と答えておく。昼下がり、1時間半ほど
Herzog先生と会談。昼休みの一言が効いたのか、前々から後ろめたく思ってい
たのか、彼が私との議論の時間をどんどん減らす方向に動いている事について、
興奮気味にひとしきり言い訳を聞かされる。まあ、私は「埋め合わせ問題」の
解消に興味があるのであって、言い訳なんでどうでも良い。適当に聞き流し、
今後の論文の纏め方という、「埋め合わせ問題」の本丸的問題について相談。
彼もこの件については極めて協力的なので、大変よろしい。
ここでHerzog問題について、整理しておこう。そもそも、国際会議の招待 でも、短期・長期の来客でも、留学生でも、明らかに日程がぶつからない限り、 何でもかんでも自分のキャパシティーの限度を顧みることなく受け入れて、後 で然るべき優先度をつけて対応しようというのだから、私のようなぼんやりした 長期の来客はいつも後回しにされ、結局ずっと放ったらかしされて終りになる というのは、至極当たり前な道理である。「言い訳」の内容は、結局その辺の 事情を説明し直しているのと同じ事だし、大前提さえ認めれば、極めて筋の通っ た話なので、聞かされた私としては「ええ、それはそうですよね」としか答え ようがないのである。
本当はそれに続いて、「でも、何でもかんでも受け入れるってところが、 そもそもいけないのですよ云々」と「大前提」を崩しにかかるべきところだが、 「大前提」は論理ではなく、彼が「そうしたい」と思っている欲望・願望、す なわち魂胆あるいは了見である。「お前の魂胆がいけない」「その了見がそも そも間違っている」と言われて「はいそうですか。それでは悔い改めます」な んて人間は滅多矢鱈には居ないのである。ここには書けないようなえげ つない発言の応酬、お互い言いたくない事を言い合うだけの事態が待ち受けて いるだけである。それに「もう共同研究の事なんかどうでも良い」というのが、 今の私のスタンスなので、争いそのものに意味が無い。 そんな事より「埋め合わせ問題」解消を少しでも進める方が 重要である。
そういえば、シンシャンの鍵は無事見つかったそうである。女子トイレに 置き忘れたのを、別の人が管理人に届け出ていたらしい。今日のシンシャンは 上機嫌である。
2004年8月2(月)
<<借りがある>>
朝はスーパーへ。食料品以外に殺虫剤を買う。私のアパートもその近辺を見回
しても網戸なるものは無く、冷房装置も無いとなると、夏は窓を開けるしかな
い。では蚊などは入って来ないのかというと、ここ1週間ぐらい毎夜沢山の蚊
で悩まされている。日本のように、蚊取り線香だの、なんとかマットだののテ
レビ・コマーシャルはとんと見かけないので、どうなっているのかと思っていた
ら、スーパーのほんの片隅にハエ取り紙と一緒に売っていた。さて、今晩効果
のほどを試してみよう。
本日夕方頃まで木曜院ゼミでの講義の準備。私はいつも講義ノートをTeXで 作るのだが、プリンターが使えないから手書きノートである。「プリンターが 使えない状態で、講義なんかできるか!」と思いっきり高飛車に蹴飛ばしてやろ うかと思ったのだが、論文纏め作業の一貫とも考えられるし、Herzog先生によ ればシンシャンにとって有益な内容だそうなので引き受けた。留守ばかりの Herzog 先生に代わって、色々面倒見てくれたシンシャンには借りがある。
夕方は休講ばかりで8回で終っていた、Herzog先生のグレブナー基底の講 義の補講。シンシャンの強い要求で実現したのだが、補講開始直前に シンシャンが自分の部屋 や事務室の鍵を紛失したとかで大騒ぎ。シンシャン故に計画された補講が シンシャン故にキャンセルされるのかと思っていたが、16時過ぎにようやく 開始。鍵は見つからないままらしい。
写真は寂れ果てたゾースト中央駅内部。切符の自販機とレストラン
(Gaststätte)の入り口が写っている。写真の右側にコインロッカーが少し
あるだけで、もう外に出てしまう。左側はすぐにホームへの通路、写真を撮っ
ている私の背後には、昔何に使っていたのか知らないけれど、今はベニア板で
入り口が塞いである、荒れ放題で放置された部屋がすぐそばまで迫っている。
この雰囲気は、私の田舎のJR阿漕(あこぎ)駅を思わせる。阿漕駅も私の中学生時代は駅員
も数名配置され、売店や荷物受け取り所も営業されていて、小さいながらも活
気のある駅だったけれど、今は「ゾースト中央駅並み」である。
でも、阿漕駅には「レストラン」は無いな。
さて、この「レストラン」は場末のバーといった感じで、とても退廃的雰囲気が漂っ
ており、50セント払えばトイレが使える。週末の乗客の多くはデュイスブル
ク方面行きや、その逆方向のパダボーン行きの、いずれも1時間に1本の快速
列車に乗るのだが(というより、そういう列車以外は走っていない)、列車がわ
けのわからない理由で突然運休になると、仕方無いのでこの「レストラン」に
行ってビールを飲んでもう一時間時間を潰すといった具合。どうも突然運休は
このレストランの経営計画の一環ではないか、という考えが脳裏をよぎる。
2004年8月1(日)
<<埋め合わせ問題>>
8月になってしまった。午前中は先月の家計簿の決算など。7月はハイデルベ
ルク、ゲッチンゲン、ゾーストと電車に乗って遠出したり、オペラに行ったり
と、かなり出費がかさんだ。まあ、ドイツなんてそうしょっちゅう滞在させて
もらえるものでもないし、観光やオペラのためだけに海外旅行するという趣味
も無い。こういう事ができるのは、人生最後のチャンスだと思って楽しむのも悪
くはあるまい。
こういう楽しみ事は、別に無くても一向に構わない。しかし、Herzog先生 と共同研究するつもりで16週間あまり滞在して、実際彼と議論できるのがたったの 5〜6週間。しかも、その中には、出張だの何だので大騒ぎしていて、前にやっ ていた事をすっかり忘れてしまったHerzog 先生の記憶を喚起させる時間も含 まれている。残りの10週間あまりは、プリンターも図書館も無いところ、す なわち独りで研究活動するには、すこぶる不便な所でぼんやりしているしか無 いのである。こういう馬鹿馬鹿しい状況なので、何か他の事をやって”元を取 らない”と、踏んだり蹴ったりである。
そこで「では、一体どこで”元を取る”か?」という埋め合わせ問題が発 生する。頭領は倒るる所に藁をも掴む、である。転んでもただで起き上がって はいけない。涼しい夏のヨーロッパでのんびり勉強して、あちこち出かけて楽 しんでやろう。この際だからHerzog先生も他人事のように「お前、今回は不幸 だったな」なんて言ってるばかりじゃなくって、少しは御協力願おうではない か。そうだ、私一人で行くにはかなり無理があった、オペラやコンサートへ案 内していただくことにしよう、等々ということになるのである。遊びで数学の 埋め合わせをすることは不可能な事は十分承知しているけれど、何もやらない よりはマシだろう。後は嘘でもい いから、何か論文をものにすることだな。
ああ、それにしても暗い8月の幕開けである。午後は重い腰を上げて研究 ノートを整理し、論文に纏める準備を少し。夕方は近所に散歩に出掛け、夜は のんびりすごす。