邪
魔
な
広
告
よ け ス ペ ー ス で す。
2004年12月15日(水)
<<くるりと丸い目>>
午前は4回生の可換環論の講義。受講者数名のけだるい雰囲気の中、例によっ
て淡々と話を進める。午後は1回生の微積分の演習、ひきつづき来年度院生予
定O君のプレ院ゼミ。
朝、大学の部屋に着くや否や突然とあるちょっとした問題を思いつき、講 義の合間や昼食時など終日暇があればそれを考え続ける。これが何かしらささ やかな実を結ぶか完全に没になるかは今の所わからない。考えるべき手頃な問 題をちょっとした隙間の時間に考えるのと、隙間の時間を縫って少しずつ勉強 するのとどちらが濃密な時間かというと、断然問題を考える方である。問題解 きは結局まともな結果が出なかったりして没になって後で何も残らない事もあ るが、数学者というのは豪快に人生を浪費する覚悟が無いと務まらないことも 確かだと思う。
夕食は生協食堂で。最近少し元気を取り戻したような気がするK川先生も 現れ、少し話す。彼があんなにくるりと丸い目が開けられる人とは、知らなかっ たな。
2004年12月14日(火)
<<全力疾走>>
昨日はそこそこ気分の良い研究日を過ごしたけれど、本日午前中は山科区内を
駆けずり回り野暮用。午後は大学に出勤し、山のように切り貼りしたり、いく
つかメイルを書いたり、郵政省郵便を出したりと色々雑用。
公私こもごも色々気の滅入る事の多い今日この頃であるが、こういう時は ジタバタするよりもやるべき事をこつこつと続けながらじっと耐えるのが一番 だというのが経験の教えるところである。しかも、昨今の数学者の異常な就職 難(オーバー・ドクター問題)のことを考えると、恵まれた立場にある私など はゆめゆめ惰眠を貪ってはならず、常に全力疾走するつもりでいなければなら ないと思う。
とは言うものの、今夜はちょっと数学をやる気になれず、少し講義の準備 をした後は、土曜日に発表の順番が回ってくるRefaratの準備など。また明日から 頑張ろう。
2004年12月13日(月)
<<万死に値する論文>>
いくばくかの野暮用を挟みつつ、基本的には研究日の一日。難しい論文をうん
うん唸って解読。この論文を制覇するのが一番近道だと睨んだんだけど、結構
分厚いし難しいし、あーしんど。長い論文は休み休み書け!と著者に説教でも
したくなってくる。こちらはたまの研究日に必死こいて読んでるのである。次
の研究日はいつになることやらって感じだし、1日で何とかカタがつくような
エレガントな論文が書けんのかね、君たち。大体において数学で一度に30ペー
ジ以上の論文を書くのは犯罪的である。それが重要な論文だったりすると、も
う万死に値する!
夕方は野暮用で山科駅前まで行ったついでにSBUX,さらに京都駅前ア バンティーまで足をのばし来年の手帳、シューベルトの中古CD1枚,「リー マン博士の大予想」(カール・サバー、黒川重信監修)を購入。夜もシューベル トを聞きながら少し論文解読をして、それから事務的なメイルを一つ書き、 今週末のゲーテでの10分間スピーチ(Referatという)の準備。
2004年12月12日(日)
<<ちょっと焦る>>
昨夜は後期試験問題作成で夜更ししてしまい、今日は昼前に起きる。午後は野
暮用。夜は新規分野参入のための数学の勉強を少し。当初、大体これぐらいの
勉強が必要になるだろうと予想して、それならこれぐらいの時間を掛ければで
きそうだな、そして勉強が終わったら「研究不良債権」の処理と新規分野研究
の両方を同時並行でetc.と今までの経験に多少希望的観測も交えた大まかなペー
ス配分を想定してたのだが、それが思うように進まない。思うように進まない
と、やはりちょっと焦る。焦ってもしょうがないのだけどね。原因は公私とも
に雑用・野暮用が増えてのんびりと勉強に費やせる時間が少なくなったことに
ある。世の中には忙しいから睡眠時間4時間でやってますという人も居るが、
私は寝ないと眠い眠い病になって何にも出来なくなってしまうし。うーん。
2004年12月11日(土)
<<十分にオッケー!>>
惚け封じのゲーテの日。今日は18時からゲーテのクリスマス・パーティ。持
ち寄りパーティ形式だが、去年は皆さん安易にスナック菓子の類ばかり持って
来てまともな食べ物が無かった上に(仕方が無いので近くの京大生協まで行っ
て腹ごしらえしてから出直したぐらいである)アルコール類はグリュー・ワイ
ンのみでがっかりし(私はグリュー・ワインは嫌いである)、もう二度と来るも
んかと思ったのである。今年はどうだか知らないけれど、色々忙しいし昨日と
一昨日にカツ・カレーを食べてしまったので(?)やはりパスすることにした。
ゲーテの帰りに床屋に寄り、夜はスポーツ・クラブへ。深夜は後期試験の問題
作成など。
昨日書いた、”高校数学が何もわかってないのに数学が得意だったという 学生”というのは、例えば、対数関数や指数関数の計算は達者だけど、大学の 講義などで対数関数は指数関数の逆関数だから云々と説明されると頭の中が真っ 白になるような学生を指す。我々はそういう学生を見つけた場合、照れずにグ ラフを描いたり定義を示したりして教えることであろう。それで、ああ、そう いうことだったんですかと納得してくれれば、ぬるま湯体質の立命的には十分 にオッケー!ノープロブレムだと思う。問題はいくらあれこれ説明しても頑と して理解しようとしないばかりか、そんなことどうでもいいではないですか、 先生は何をさっきからぐちゃぐちゃ説明してるんですかという感じの学生であ る。(旧)情報学科ではそういうタイプの学生が大手を振って歩いていたが、 数学科でそれだとちょっと(否、ほんとうは「かなり」)ヤバイと思う。少なく とも私はお手上げである。そういう学生がウチの数学教室に実在しているかど うかは未確認。
2004年12月10日(金)
<<目出度い!>>
昼間は何だか異様に暖かかった。昼食は衣笠キャンパスの教員用レストラン・
カルムでカツ・カレー。昨日もBKCでカツ・カレーの昼食。目出度いことが
無い限り食べないなんて事を言ってたら、死ぬまで食べずに終わりそうだ。そ
こで、目出度いからカツ・カレーを食べるのではなく、カツ・カレーを食べる
こと自体が目出度いのだと発想を切り替えることにした。二日続きで目出度かった
から、もうしばらくは普通の日々がすごせるであろう。
午後は文系数学の講義2つ。
通勤時間などに後期試験の問題を考え、夜仕上げをしながらTeXに打ち込む。4 科目中3科目が完成。雑用をさっさと片付けて勉強に戻ろうとしているのだけ ど、何か逃げ水というか蟻地獄というか、なかなか先に進めないな。
昨日は、高校数学の自然な延長の講義をやってる積もりなのに「さっぱり 理解できない」とはこれ如何に?といった事を書いたけれど、高校数学自体が 分かっていなければそれは十分あり得ることに気づいた。そういえば、数学が 暗記科目だと信じられるようになった昨今、高校数学がさっぱり分かってない のにもかかわらず、それが得意って事は十分あり得るな。
2004年12月9日(木)
<<勉強になる>>
この一週間は講義アンケートの嵐だったが、今日は最大の山場である元気の無
い2回生「離散数学」の講義。いつものように10名程度じゃあアンケートも
盛り上がらんなと思っていたら、何故か今日は普段よりも多い20名程度の学
生が出席していた。
この講座では毎年数え上げ組合せ論の入り口の話を教えている。内容は高 校数学の自然な発展で、抽象数学の予備知識は一切不要である。そのためか、 高校数学が得意で数学科に来たものの、大学の講義はやれεδ論法だ一次独立 だ位相空間だと抽象的な議論が多くて面食らってますという学生達でも十分理 解できるものだと思う。例年講義の出席者は40名程度で定期試験の出来もま ずまずで、10数名のA判定が出て8〜9割程度が合格するのが普通である。
しかし、今年の2回生に関して言えば、日頃の様子や今日のアンケート結 果をざっと見た限りでは、A判定はゼロあるいはせいぜい数名にとどまり、 不合格者も大量に発生するような雰囲気である。これが杞憂であればよいのだ が。昨日の4回生の講義と同様、あれだけ噛んで含めてお粥を炊いて、さらに 高校数学の自然延長な延長で抽象概念・論理のギャップ・計算のギャップみー んな一切無しの講義をしている積もりなのに、「さっぱり理解できない」学生 が大量に居るとなると、もうこちらとしてはお手上げだし、「では貴方たちは 一体どんな事なら理解できるのか?それをまず教えて欲しい」と問うしかない な。
午後は来年院生予定のO君のプレ・ゼミ。今日は入射加群について。こう いうゼミは私自身の勉強にもなって、大変よろしい。引き続き3回生「(若い コいじめてむっふふの)外国書購読」。カントールの対角線論法の話で私も助 手のO先生も今日まで意外と気づかなかった、小さいけれど微妙な問題を発見 し、学生そっちのけでO先生と盛り上がる。これも勉強になったな。でも、講 義、演習、野暮用、ゲーテに追われて、研究用の勉強の方は一向に進まない (溜息)。
2004年12月8日(水)
<<キレそうになる>>
午前中は4回生の可換環論・代数幾何学入門講義。僅かな出席者で講義アンケー
トを取る。後でパラパラっと見たところ、講義が「よく理解できる」「ある程
度理解できる」が2名で、そのうち少なくとも1名は正式な受講登録者ではな
い。後の数名は「あまり理解できない」か「さっぱり理解できない」ばかりで
思わずキレそうになる。そうか、つまり正式に受講登録して単位取得のために
後期試験も受けようとしている学生達は、私がこんなに噛んで含めてお粥を炊
いて、4回生の講義なのに2回生や3回生の話も延々と復習しながら懇切丁寧
に説明しているのに、自宅等でノートを読み返して理解する努力をする訳でも
無く、ただ教室に出てきてぼんやりとノートを取るだけで、「さっぱり理解で
きない」「あまり理解できない」と言っているのか。ならば、わざわざ丁寧に
説明する必要など無いわけだ。よろしい、今日のところは「後期試験の結果が
楽しみだな。ふっふっふ」とだけ言っておこう。
午後は1回生微積分の演習。このクラスは何となくほんわかムードが漂っ ていて、学生は機嫌良く問題を解いているようである。やはり早い者勝ちで競 争で問題を解かせるのではなく、全員が満遍なく当たるようにし、当たった問 題も互いに相談OKにし、難しい問題は場合によってはヒントを教えるように したのが良かったと自画自賛しておこう。しかし、そろそろ一部の学生は 寝る事を覚え始めたようだ。寝てる学生は放っておきます。
演習の後は教室会議。発言力ゼロのはすの私が、今日も色々発言。通勤電車 の中では論文読み。夜はゲーテの宿題と論文読みをすこし。
2004年12月7日(火)
<<たじろぐ>>
昨日は野暮用にて日本で一番鰻がうまい町へ行き一泊。うな重を2回食べる。
やはり夏の鰻の方が脂が乗って旨いかな。その間、色々な所でゲーテの宿題の
一部と再来週に迫った10分間のドイツ語スピーチの原稿書き、微積分の演習
の下調べで不定積分の計算など。持って行った論文は結局読む暇無し。本日夕
方に戻りそのまま歯医者へ。夜もスピーチの原稿をTeXで打ち込んだり。
流石に師走になると公私ともに色々忙しい。明日以降に降ってくる雑用、 これまで放置しておいてそろそろ手をつけないとまずい雑用等のことを思うと、 ちょっとたじろいでしまうな。
2004年12月5日(日)
<<腑に落ちる>>
午後は京阪中書島駅前で待ち合わせて、色々な人々と一緒に伏見の月桂冠の工
場見学をし、その後近所の人気料理店「鳥せい」にて会食。ドイツからの留学
生だの何だのの数名のグループと、これまた何だか知らないけれどドイツ語が
よく出来る女性数名と、ゲーテの上級クラスのメンバー(私を含めて)(5+α)
名の計10数名のグループ。どうやら、豊かなドイツ関係人脈を誇る清少納言
一行様ということらしい。ということは、私も何時の間にか清少納言様人脈に
入っているわけである。おいしい生酒をたらふく飲んで、泥酔して帰宅。
それにしてもゲーテの上級クラスともなると、いずれは語学で飯を食って 行きたいと考えている人が少なからず居るようである。彼らの多くはゲーテ主 催の国際的にも権威のあるドイツ語検定試験を狙っており、その手の試験の情 報交換にも余念が無いし、ある種の戦略を持ってゲーテに通っているような感 じである。可能ならば一日10時間でも語学を勉強していたいと言う人も居る。 それに比べて、私は検定試験を受けるつもりは毛頭無いし、語学で飯を食って 行くつもりもないし、一日10時間勉強すれば検定試験をパスできるとも思っ てないし、努力すれば語学で食えるレベルに達することができるとも思ってい ない。そもそも語学に一日10時間掛けたいなんて思わない。かといって語学 が嫌いなわけでも、全然勉強したくないわけでもない。
そこで初めて気がついた。変な話だけど、私はごく最近まで数学科に進学 する学生は当然自分の人生を賭けて数学者を目指しているものだと考えていた。 というか、数学者を目指すわけでも無いのに数学科に進学して、そこそこ数学 が好きで単位が取れる程度に適当に勉強して、それ以外は数学以外の事に精を 出して、講義もバイトも無い日は一日10時間数学勉強してなんて事は絶対に やらず、卒業後に数学とはサヨウナラとなってもそれはそれでいいやって感じ の学生が、ウチの数学教室に沢山居るのが不思議でならなかった。
しかし、 文学部の学生が全て文学者を目指しているなんて事があり得ないように、 数学科の学生が全て数学者を目指すなんて事はあり得ないし、そうであっては かえって困る。むしろ、数学者一直線!でな い数学との付き合い方を求めて数学科にやってきた学生が沢山いる方が健全で ある。それはわかるのだけど、自分自身の感覚として数学者を目指している わけでもない学生の気分ってどんな感じかしらというのが、よくわからなかったの である。ところが、ゲーテにおける私はまさにそんな感じであることを思うと、 ああ、何だ、そういうことだったのかと腑に落ちる。 かようにゲーテとはボケ防止のみならず、本業のより一層の充実にも貢献してい るのである。
2004年12月4日(土)
<<生モノ>>
ゲーテの日。15名程度のクラスだが、今日は授業開始の13時30分を過ぎ
ても、私を含めて2人しか教室に居ない。いつものようにハロー!とか言って
元気良く教室に入って来たF先生は愕然として、「午前中の上級クラスもこん
な感じでした。今日は何かあるのですか?」とかなり狼狽していた。伝説の講
義を体験した私としては、まったく同情を禁じ得ない話である。その後、ひと
りふたりと遅れて入って来て、結局半分ぐらいレッスンが進んだところで7名
まで持ち直した。
前にも書いたような覚えがあるが、このF先生、若いけれど いかにもプロの先生って感じで、授業計画の立て方や授業中の立ち振る舞いの 見事さにはいつも敬服している。私なんか、昨日の授業アンケートで「いきあ たりばったりで講義するな!」なんて書かれたもんね。しかし、大学の講義は 語学学校の授業とは違った意味で生モノなんだから、行きあたりばったりの要素 が必要である。アンケートを書いた学生はそのあたりの事がわかってないな、 と言い訳しておこう。夜はスポーツ・クラブでカチカチになった体をほぐす。
今日のゲーテでの自由討論の時間では、ドイツ語の人気低落傾向が話題に なっていた。おそらく外国語を学ぶモチベーションは、経済か文化のどちらか である。 ドイツとの経済交流が盛んであるとか、ハリウッド映画とは全く違う面白い 映画が続々と作られているとか、ドイツ生まれの新しい思想なり文学が ファッションになっている等の事があれば、ドイツ語でも勉強しようかという 気も起こるだろう。しかし実際のところ、日独の経済交流よりも日中の経済交流 の方が日本にとっては遥かに重要なようだし、ドイツと日本は大きく見れば 日常生活の有り様や、人々が日頃考えている事に大きな違いは無いし、21世紀 のドイツが文化的にも学問的にも全く新しい面白いものを猛烈な勢いで生み出して 世界を圧倒している、という感じでもなさそうである。 だとすれば、ドイツ語人気がいまひとつなのはやむおえない。かく言う私も、 ドイツ語が読めるようになってきたから、ぜひあれを読んでみようというものが 無い。
2004年12月3日(金)
<<気合いと板書の相関関係>>
美しい衣笠キャンパスで文系数学の講義の日。法学部の非常勤講師控え室に着くや否や、事務職員
の人に授業アンケートの分厚い封筒を渡される。重いカバンとコートと分厚い
封筒を抱えて、よたよたと教室にたどりつく。2つ目の授業のため産業社会学
部の非常勤講師控え室に行くと、やはり事務職員の人が待ち構えており、同様
の封筒を手渡される。また、よたよたと教室にたどりつく。
アンケート結果は再び事務に返却して集計されるのだが、その前にざっと 眺めてみた。素数の話をしている「数理の世界」は、今セメスターで一番気合 いの入っている講義である。そのためか、アンケート結果を見ると学生の反応 は明確にニ分されていて、「良くわかって面白い!(大)満足」という反応と 「サッパリわからなくてつまらない!(大いに)不満」という反応がそれぞれ 4割強程度。「先生の説明は明快だが、講義内容はいまひとつよくわからない。 だけど満足」とか、とか「講義内容はよくわかるが、先生の説明はわかりにく い。だけど満足」というちょっと不思議な回答も2割弱ある。なんでそんなの で「満足」なのか詳しく見てみると、いずれも「先生はこの講義に気合いを入 れている」という類の項目に丸印をつけており、どうやら気合いに気圧されて いるようである。
ただ、気合いの入り過ぎなのか、私は夢中になって鬼のように板書してい るらしく、さらに(これは多少自覚症状があるのだが)興奮すればするほど板 書の字が汚くなるらしく、「90分全力疾走のノート取りで死にそうです!」 という学生達の悲鳴が随所に見て取れる。そういえば徳島大工学部でも同じよ うな事を言われたし、情報学科時代から「板書が多い、字が汚い」はずっと言 われ続けている。これは何とかしないといけないと思う。その一方で、淡々と 講義しているもうひとつの「情報の数理」の方のアンケートでは、板書に関す る不満は少ないようで、気合いと板書の相関関係がここでも見てとれる。むし ろ「話はよくわかるんだけど、気合いの入ってない講義で何となくつまんない」 みたいな学生達の気分が伝わってくるところに、別の問題が見てとれる。
2004年12月2日(木)
<<カツカレー>>
午前中は元気の無い2回生の離散数学の講義。最近受講生数が10数名程度ま
でに落ち込んでいたが、今日は何故か20数名程度まで戻った。さては20数
名が集団で居眠りをするのかと身構えたが、どうもそういう感じでもない。い
ずれにせよ彼らは、私の知らない独自の法則に従って動いていることは確かな
ようだ。引き続き観察を継続することにしよう。
昼食時は珍しく、昭和の気風を今に伝えるK川先生、全力疾走のO坂先生、 野望と戦略のA堀先生と一緒になる。丁度良い機会だから、A堀先生はそんな にカツカレーばかり食べていて健康診断に引っかからないのかという、日頃か ら胸に抱いていた素朴な疑問をぶつけてみた。私もカツカレーは大好物なのだ が、あれを食べると猛烈な勢いで太るわ、健康診断でひっかかって医者から色々 嫌な事を言われるわでロクなことがない。それで今ではよほど目出度い事でも 無い限り食べないようにしている。最近あまり目出度い事が無いので、カツカ レーを食べる機会が無いな。死ぬまでにもう一度カツカレーを食べてみたい。
その後、クラス担任になっている1回生の単位僅少者面接の時間。アルバ イトに精を出し過ぎてほとんど単位を取っていない学生を呼び出して教育的指 導を行えというもの。アルバイトに忙しい学生が、そんな面接に呼び出された からと言って出頭する訳はなく、結局面接調査表に「学生出頭せず」とだけ大 書して提出。昔から何度もこの手の面接の担当をさせられたけれど、学生が実 際に出頭することは稀である。
それからは夕方の3回生外国書購読の時間まで論文を眺めて過ごす。購 読は2名とも出席。久しぶりに若い子たちをいたぶって喜ぶ。むふふ。その後生協 で夕食。またも昭和の気風を今に伝えるK川先生を中心としたW大OB一派と 一緒になり、貴方たちは何故皆申し合わせたように納豆を食べているのかといっ た愚にもつかない質問などをする。夕食後そのままW大OB一派片割のK山先 生と一緒に帰宅。途中、表現論って何を表現するのですか(「表現論」って聞 くと、心の中の暗闇を創作舞踏か何かで表現するような話を思い浮かべてしま うんですが)?という素人質問をしたりする。夜はドイツ語の宿題など。
2004年12月1日(水)
<<大反省>>
とうとう師走に突入してしまった。午前中は4回生の可換環論の講義。Zornの
補題を説明していて、(最大値と極大値は違うんですよと断っておきながら!)
極大値の定義の代わりに間違って最大値の定義を書き、
(何かちょっと変だな)と思いながらも話の勢いで何となくそれに合わせて極
大イデアルの存在定理のステートメントを「最大」イデアルのように書いてし
まい、そのまま講義終了。学生の指摘でやっとミスに気づく。こういう事って
時々ある。大反省。昼食後、雑用に追われているうちに午後の微積分の演
習。色々やる事の多い授業で大変である。本来つくはずのTAもつかず、おお
わらわ。演習の後は教室会議。発言力ゼロのはずの私が色々発言し、終了は1
9時半過ぎ。生協で夕食をとり、部屋に戻ってもう少し雑用。帰宅は22時前。
帰りのバスで今日コピーした論文をパラパラと眺める。面白そうな論文だ なあ。あれ?私が考えてみたかったいくつかの問題がもう解かれているぞ。残 念、先を越されたか。それにしても一体何時の論文だ?200X年?ああ、そ の頃の私って、この方面の事は何も知らなかったし何も考えて無かったのだか ら、先を越されたも何も無いか。
これは自慢できる事なのかどうかわからないけれど、一つの論文を読んで、 ああこんなことがわかっているのなら次はこういう問題を研究してみれば面白 いだろうなと思うと、必ず(!)と言っても良いほど、その通りの問題を解決 した過去の論文が遅かれ早かれ見つかる。我ながら目先が利くと喜ぶべきか、 誰でも考えそうな自然な事を思いついているだけだと考えるべきか。いずれに せよ、この「必ず」ってところが頭の痛いところで、未だ誰も解決していない 問題を見つけないことには研究にならない。誰もが考えそうな事を真っ先に考 えるには勢いが必要である。数学研究者には勢いが必要という説を聞いたこと があるが、それはこの事を言っているのか。そういえば私にはあまり勢いとい うものが無い。勢いが無い場合は、重箱の隅を上手にほじくるか、誰も考えそ うにない問題を考えるしかない。重箱云々にはある種の器用さが必要でそれな りの技術が要求される。また、誰も考えそうにない問題は往々にして誰も考え そうにない程つまらない問題であったりする。いずれにしても数学研究は難し い。学生時代、数学研究の難しさとは研究に必要な既成の数学理論を理解する 困難さであると勘違いしていた。しかし本当の難しさは、どのあたりに未だ知 られていない面白い定理が隠されているかを正確に嗅ぎ分けることにあると思う。