邪
魔
な
広
告
よ け ス ペ ー ス で す。
2005年2月15日(火)
<<終電>>
午前中はゴミ論文を少し書いて、午後は山科区内で野暮用。夕方は大学に出勤
して学生の修士論文の校正の手伝いなどをやったり、ドイツ語の復習をやった
り。そうこうしているうちに、珍しく私の部屋に座敷童のS太郎の姿が見え、
しばらくして消えた。
夜は草津で数学教室の入試採点打上げ。2次会でうかうかしていたら草津 駅で終電を逃す。常に電車の時刻表のチェックと暗記を怠らないK川先生は、 タッチの差で間に合った模様。それにしても、品行方正な私が終電を逃すなん て初めてである。仕方なくタクシーで帰宅。それにしても、ちょっと飲み過ぎ た。こういう時はいつも何処かに傘を置き忘れる。結局タクシー代その他を鑑 みるに、総合的に見てずいぶん高くついた打上げであったと思う。しかし年に 一度の事だからまあよしとしておこう。
そういえば、野望と戦略の策士A堀先生は、1、2次会を通して例の調子 でずうっと野望と戦略と策略について語っていたな。
2005年2月14日(月)
<<天の声>>
午前中はゴミ論文書きを少し。午後は山科区内で野暮用の後、ゲーテに行って
春の短期講座の申込み。それから河原町御池ゼスト地下のコロラドコーヒーで
少し代数幾何学のお勉強。夜も少しゴミ論文書き。
この春休みは、先回の上級講座の復習をして、"Fermats Letzter Satz"な どを読んで気楽にドイツ語を勉強し、それ以外は数学に力を入れようと思って いたため、春の短期講座は参加しない積もりだった。先日の打上げの時も、F 先生に「これはほとんど貴方のために開講されているような講座だから」と強 く参加を勧められたけれど、断ったぐらいである。
しかし、ドイツのテレビや映画のコマーシャル(Werbung)で使われるドイツ 語を調べ、最後には自分達でコマーシャルを作ってみようという講座なんて滅 多に無い機会である。昨夜突然、これを逃したらきっと後悔するぞ!という天 の声が聞こえてきて、やはり参加しようと決心した次第。
ちなみに私はコマーシャルが大好きである。先回の上級クラスでもコマーシャ ルを少しだけ扱う単元があった。その時は、自由作文ではコマーシャルが、--- 例え田舎のUHF放送だけで、それも深夜に限って見ることができるいかにも 安っぽい仕上がりの静止画コマーシャルであっても!--- 如何に面白くて心を 込めて見るに値するエンタテインメントであり、それによって如何に時代の風 を感じることができるができるかという説を滔々とぶち上げ、コマーシャル 作成実習では"ドイツ語学習教材「むくむくドイツ語」" (実在するドイツ語 講座「めきめきドイツ語」のパロディー)のコマーシャルのナレーションを、 ドイツのテレビで朝8時からやっていたTVショッピング番組風にアレンジし、 おおいに気を吐いたのである。そんな調子だったので、F先生は「貴方のため の講座」とまで言い切ったのだと思う。
2005年2月13日(日)
<<単純な事>>
年に一度の書き入れ時に日曜日も祭日もあったものではない。今日も採点菓子
とヨーグルトの朝食を食べて出勤し、入試の採点。しかし何故か午前中であっ
けなく終了。今年最後の採点食の後、さあて脳が活性化したところで数
学でもというわけにもいかず、色々やっているうちに会議に突入。夕方解放さ
れる。合間合間に代数幾何学のお勉強を少し。そういえば、今日で入試採点は
終了。明日から何して遊ぼうかなあ。
さて、今回の採点作業で昼食時や休憩時間に野望と戦略の策士A堀先生と 一緒になる事が多かったが、それで気づいたことがひとつある。A堀先生とい うのは人が居れば年中自分の考えている野望と戦略と策略についてぼそぼそ喋っ ている人だが、あれはどうやっているかというと、誰が質問したわけでも水を 向けたわけでもなく、何の文脈も無いところで突然「エコール・ノルマルには リオンズ研究所というのがありましてね」といった調子で喋り出すのである。 話の切り出しはどうあれ、必ず最後には生臭い話に落ち着くところがA堀 先生らしいところである。
それにしてもこの人、誰も何も聞いてないし、何かの必要性があるわけで もないのに何で突然喋り出すんだろうと最初はびっくりしたのだが、考えてみ れば会話の文脈を自分で作ることは別に不思議でも何でもない。世の中の会話 というのはそうやって始まるのであるのであって、びっくりする方がおかしい。 こういう単純な事を長い間忘れていたのは、何故だろう。
2005年2月12日(土)
<<大人の計算ドリル>>
朝から入試の採点。今日の作業もすこしキツく、遅くまで居残り。夜は京都市内
でゲーテの打上げがあり、これはずいぶん楽しみにしていたものだが、それに
1時間ほど遅刻。今日でゲーテの皆さんともお別れというのもちと寂しいもので
ある。しかし、多くの人が4月からの夏学期のコースで戻ってくるそうだから、
春の訪れが楽しみである。
ところで、数学の高度な思考は意外と脳の一部しか使わないものらしく、 活性化という感じではないらしい。いっぽう、入試の採点作業というのは単純作業 が多く、K川先生説によれば近頃よく話題になっている脳を活性化する大人の計算 ドリルみたいなものである。だとすれば、入試の採点作業をサボらずにやっていれば ボケ防止に良く、日本の数学者が年を取ってもボケない(これが事実かどうかは知ら ないが)のは、案外入試採点のお陰かもしれない。よし、これからはゲーテと 入試採点でボケ防止だ!
たとえば、午前中はさっらっと採点作業でもやって脳を活性化して、午後はその 勢いで数学に励むというのも悪くないな。もっとも採点が午前中だけで「さらっと」 終わればの話だけどね。
2005年2月11日(金)
<<発見の鋭い悦び>>
祭日なんだそうだ。パスして持ち帰った採点菓子とヨーグルトの朝食を済ませ
て出勤。今日も入試採点。採点会場でふと電撃的啓示を得る。K川先生の過去
の色々な場面が一瞬のうちに頭をよぎった。そのどの場面でも彼はブルージー
ンズをはいている。もしやと思って隣に座っている本人に聞いてみると、卒業
式等のハレの場を除いてブルージーンズで通しているとのこと。発見はいつも
鋭い悦びとその後に続く幸福に満ち溢れた気分をもたらしてくれる。たとえそ
れが不幸にして数学的発見でなくても!私は満ち足りた気持ちで採点作業を続
けたのであった(嘘)。
合間合間は代数幾何学の勉強。ある教科書に書いてあることがわからず悩 む。どうも層やスキームの話は今だに「わかった!」という感じがしていない というのが本当のところ。層やスキームの言葉で毎日何か考えていればわかっ てくるのだろうけど。そういう意味でも、私は可換環論屋だけど代数幾何学屋 ではないのです。
2005年2月10日(木)
<<訃報>>
今日は
某友人から
国立研究所時代の先輩
G氏の訃報が入ってきた。日本を代表するシステ
ム管理技術者。まだ51歳。あの男がどういう風に年を取っていくか見物だな、
養老院に入っても
「あんな調子」
でやってるかも知れんななどと楽しみにして
いたのは私だけではあるまい。それにしても我々の期待に反してずいぶんと生
き急いでくれたものだ。しかし、私は彼が29歳の頃から知っているが、もう
51歳だとはちょっと驚く。そういえば国立研究所時代の先輩で、
他にも30代や40代で夭折した人
は何人か居る。皆この業界の超エリートだったから、
目一杯頑張り過ぎたのだろう。
そういう私は本日ダイエットの大敵採点食と3時のおやつと闘いつつ入試 採点。夕方には終わり、研究室で少し勉強。生協で夕食の後、山科駅前SBUX に移動してまた少し勉強。夜も少し勉強。研究所勤務時代「学者は要らん。勉 強なら自宅でやってくれ。ここでは研究をして欲しい」と、どの上司も口を揃 えて言うのには驚いたものだ。そのせいか、今でも勉強は人目を忍んでこそこ そとやるもんだという気分が残っている。
2005年2月9日(水)
<<いいとこ取り>>
本日入試の採点はなし。では数学かというとそうではなく、山科区内をあっち
に行きこっちに行きして終日野暮用。夕方、よたよたと山科駅前SBUXに辿
り着き、"Fermats Letzter Satz" を読んで一服。夜も別件の野暮用。
日々研究100%が当たり前だった研究所勤務をやめて大学に移った当初、 研究時間が色々な雑用や野暮用でどんどん削られていく生活への予感に深い恐 怖を感じ、研究時間確保のために断固闘い抜くぞと決心していたように思う。 あれから10年余。ま、週に1日か2日研究できれば恩の字さと気楽に構えて いる。これを堕落と呼ぶべきか、それとも環境への優れた適応能力と言うべき か。雑用・野暮用の大津波に逆らってもしょうがないから、力を抜いてプカプ カ浮かんで、とにかく生き延びようとしているつもりなんだけどね。
どうせ碌な研究をしてないのだから、お前が研究者としての現役生活を続 けることに大した意味は無いではないかと言われればそうかも知れない。しか し、私にとって数学の研究をつづける事は生きる事とほとんど同義なので、例 え、お前は碌な生き方をしてないから生きていてもしょうがないではないかと 言われても、それは余計なお世話であって、はいそうですかと死ぬわけには行 かないのと同じで、少なくとも今のところは研究者を続けるしか無いのである。
ところで数学者というのは案外世間体を気にする人種のようである。正確 に言えば、同業者からの評価を極端に気にする人が少なくないように思う。ハー ディー大先生なども、自分は歴代何位の数学者だというようなツマラナイ事を 言ってたそうだし、自分より「位が極端に低い」数学者とは、同じ仲間だと思 われたくないから、なるべく口をきかないようにしている数学者も居るようで ある。
一方、あいつあんな面白くも何ともない事研究して一体何やってのやとか、 お前とこの数学教室なんであんなしょうもない事やらかすんやとか、他人の事 を評価してごちゃごちゃ言うのも大好きなようである。そういう悪口を聞いて いると、ますます他人の評価に敏感になってしまうのだろう。これを「学問の 健全性を保つための相互批判」と呼ぶ。
相互批判は大切で、それが無い学問は退廃するしかない。あの、いい加減 さが身上で何でもありの計算機科学の世界でも、相互批判はあったな。しかし 数学の場合は何だか狭い世界の中で身も蓋も無い事を言い合ってお互い煮詰まっ ている感じがあり、私は好きでない。正直言ってあんな事してて楽しいのかしら と思ってしまう。 計算機科学には何の未練も無いけど、あの業界の オープンなところが懐かしくもある。 幸い私はもともと世間体を気にする神経が欠落している人種だし、そろそろ数 学の研究生活から引退する人も現れる40歳前にこの業界の隅っこにこっそり と忍び込んで来たといういきさつもあって、数学者どうしのあれやこれや五月 蝿い話からは距離を置ける立場にある。これって結構いいとこ取りのおいしい ポジションだと思ってるんだけどね。
2005年2月8日(火)
<<俺だって腹ペコだ!>>
今日の入試採点はきつかった。夜までかかり、生協で夕食。昼の採点食は焼き
魚定食。それでもボリュームが1.5食分ぐらいあるので、0.7食分ぐらい
をタッパーに取って夜の分に回した。推定300kcalの3時のおやつにも手を
つけず。ダイエット中とはいえ、私はハンガーストライキでもやっているのか?
そういえばハンガーストライキというものがよくわからない。何か に抗議して絶食するのだろうけど、「抗議」と「絶食」の間にどういう論理的 関係があるのかさっぱりわからない。
昔から「抗議の自殺」というのはある。裏切られた恋人の前で「死んでや る!」と高層マンションからこれ見よがしに飛び降りてみたり、ベトナム戦争 反対を訴えて3月30日の日曜日の朝パリで焼身自殺をしたフランシーヌ嬢 (ああ、また年寄り臭い昔話をしてしまった)みたいなのを指す。抗議の自殺 はかなりインパクトがあるようだが、私はどうも問答無用のやったもん勝ち的 なものを感じてしまい、イヤラシイやり方だなあという印象が拭い切れない。 「貴方が死んだからって、それがどうだというのだ?一体何様だと思ってるん だ」という(半分ばかり売り言葉に買い言葉的な)反論には一切耳を貸さない ままあの世に行ってしまうからである。
ハンストも「抗議の自殺」と同系列なのかも知れない。でもハンストで本 当に餓死する人は居ないようだから、「なんちゃって抗議の自殺」とでも呼ぶ べきか。「なんちゃって」では全然迫力が無い。かといって気合い入れて本当 に死ぬまでやるのもイヤラシイ。
「抗議の辞表」というのもあるな。こんな下らない会社なんてやってられ るか!と辞表を叩きつけるというやつである。勿論会社に慰留してもらってこ ちらの要望を叶えてもらおうという下心がある。これもイヤラシイやりかただ と思う。「貴方がやめたからって、それがどうだというのだ?一体何様だと思っ てるんだ」と多くの場合この下心は惨めな返り討ちにあう。近頃は「リストラ の手間が省けました」と感謝されるかも知れない。ハンストを打ってみたら、 「いやあ世界の食料不足問題に貢献してくれて有難う。手伝いますよ」と本当 に餓死に追い込まれるようなものである。
でも実際のハンストでは餓死に追い込まれる心配は無いわけで、その意味 でも「抗議の辞表」よりもリスクは低くて十分「ぬるく」、人々にはただ自分 に酔ってるだけじゃないかと思われるだけで大したインパクトも無く、「貴方 が腹ペコだからといって、それがどうしたというのだ?一体何様だと思って るんだ。俺だって腹ペコだ!」とダイエット中の変なオジサンは考えるかも知 れない。
2005年2月7日(月)
<<枯れている>>
今日も入試採点。ボリューム満点!魅惑の採点食にも動じることなく、今日もダ
イエット重視でちらし寿司弁当。当然全部食べたら400kcalは軽く超える3
時のおやつもパス。それにしても職業生活最大級の楽しみを我慢して何の人生
ぞと自問しないでもない。日曜日から大学でせっせと働いているので、てっき
り明日が水曜日だと思っていた。夕方になって、明日がまだ火曜日だと知って
1日得した気分。
通勤時間や帰宅前の山科駅前SBUXでの道草で"Fermats Letzter Satz" に読み耽る。ピタゴラス学派はほとんど宗教秘密結社みたいなもので、整数の 深い性質を調べる事は魂の神秘を明らかにすることであり、それによって神に 近づけると考えたとか、数学研究の成果を外部に漏らすのは固く禁じられてい たとかいう話はどこかで聞き知っていたのだが、あれはピタゴラス学派だった かそれともアルキメデス学派だったか、この本を読むまで記憶が曖昧なままだっ た。また文系数学の講義をすることがあった時にネタに使うことにしよう。 それにしても整数論の人は今でも神に近づくために数学を研究しているのかしら。
数学を研究する動機は人それぞれで、「悲しいことがあったときは、数学 を考えて心を慰めます」という発言をどこかで聞いて凄い話だなと思ったこと もある。私の場合は数学をやることと日々心静かに生きることはほとんど同義 なので、「心の慰め」説には結構共感できるものがあるな。
いっぽう、ハーディー大先生の有名な「弁明」によると、数学者たるもの 強烈な野心がなければ歴史に名を残せるほどの発見できず、野心はいくら不純 でも良く、むしろ謙譲を旨とする聖人君子では駄目なのだそうだ。そういえば 現在立派に活躍している数学者の中には野心ギラギラの人が少なくないし、J. P.セールなども若い時はどうしようもなくギラついていたそうだ。数学者で はないけど、ノーベル賞取った人達って年取ってから仙人みたいになる人もい るけど、現役の頃は結構野心家だったという話も聞かないでもない。良く言え ば「精力的に研究に打ち込んでいる」ということだろうけど、もし「研究」が 「金儲け」に置き換わっていたらトンデモなく嫌な奴だったろうなと、ふと思 わないでもない。かたや人類文化への偉大なる貢献、かたや飽くなきエゴの追 求。この違いは無視できないかも知れないけど、当事者のメンタリティーは同 じだと思う。
ちなみに私は30代後半で数学に転向した時以来ずっとギラツキとは無縁 である。従ってハーディ説によれば、偉大な発見とも無縁だという身も蓋も無 い話になる。自分が偉いと思っている(中途半端に偉い)数学者の中には、往々 にしてこんな風に人の能力についてわかったような事をごちゃごちゃ言いたが る人がいるものだ。偉い数学者は黙ってニコニコしてれば良いのである。
それはともかくとして、才能が野心を育むのか野心が才能を生み出すのか どちらか知らないけど、私はそのいずれからも自由で十分「枯れて」いる。私 としては日々自分に合った形で数学と向き合い楽しくやっていて、ありがたや ありがたや南無阿弥陀仏の毎日なので身も蓋も無かろうが何だろうが別に関 係ないのだけど、他の数学者と比べると「そういえば枯れているな」と思うこ ともある。
帰宅後は少し数学。ここ数日遠ざかっていたけれど、 あまり間を空けるとそれまで何を考えていたのかわ からなくなるので、少しでも続きをやらないと。
2005年2月6日(日)
<<悩殺コンビネーション>>
別に秘密でも何でもない入試の採点期間の始まりである。私は1月半ばあたりにダイエット
を決意し現在鋭意努力中なので、昨年この日誌でも写真入りで紹介したような、
ボリュームたっぷりの採点食は目の毒である。今日私の心を捉えたのは、鍋焼
き饂飩定食。具沢山の鍋焼き饂飩におかずまでついているぐらいでは立命館の
ベテラン教師たる私は動じない。しかし、デザートとしてショートケーキがつ
いているのには参った。この組合せは一体どういうセンスなのかよくわからな
いが、採点食はカロリーが勝負とばかりに形振り構わず何が何でも1000キ
ロカロリー以上の目標(?)をクリアしようという、生協食堂の並々ならぬ決
意が感じられる。いずれにせよ、一度こういう組合せで食べてみたかったんだ
よねーという悩殺コンビネーションであることには違いない。しかし私は涙を
飲んで低カロリーのお刺身定食にしたのであった。
帰宅後はひきつづき文系数学の採点作業。採点蟻地獄の合間はエッセンの 書店で買った Simon Singh, "Fermats Letzter Satz" (サイモン・シン「フェ ルマーの最終定理」のドイツ語版)でドイツ語に逃避。フェルマー予想の解決 からかなり時間も経って「次はリーマン予想だ」と言われている今、早く読ん でしまわないと興ざめになってしまいそう。
深夜、文系数学の採点終了。 「数理の世界」は A+判定9名、A判定49名、B判定58名、C判定27名、 不合格1名。これは平常点追加レポートを加味した最終結果。 「情報の数理」は A+判定12名、A判定12名、B判定31名、C判定10名、 不合格2名。あー、くたびれた。
2005年2月5日(土)
<<採点また採点>>
「情報の数理」の採点をすこしやってからゲーテへ。来週もう1回授業がある
けれど、私は今日が最後。そういえば以前よりも少しは楽にドイツ語が話せる
ようになった。もっともどうにかこうにか通じる程度の滅茶苦茶なドイツ語で
はあるが。毎回作文の宿題が出てそれを添削して返してもらえるのも有難かっ
た。返してもらった真っ赤っかの作文の復習をやっている暇が無かったので、
この春休みにでもゆっくりと見直したいものだ。それから、テキストでシュピーゲルの賢そうな記事ばかり読ま
されたので、少しは賢くなれたような気もする。だからと言って、春休みにシュ
ピーゲルに読み耽ろうという気は、起こらないけどね。ああいうの読むのって
大変だもんね。
私が密かに「冬彦さん」と呼んでいる推定30代の謎の会社員氏は、ドイ ツに10年ぐらい島流し(?)になるそうで、来週半ばに日本を発つそうであ る。別にゲーテのクラスで送別会(Abschied Party) をしてもらうというわけ でもなく、さり気なく皆さん今日でさようならと挨拶して帰っていった。
ゲーテの後、京都市役所前ゼスト御池のコロラド・コーヒーで一休みして から帰宅。夕食と少しばかり採点をやってからスポーツクラブ。帰宅後もすこ し採点。講義のレベルが彼らにとって低すぎたのか、はてまた問題が易しすぎ たのか、何だか皆さんとてもよく出来ていて、このままだとA+とAが大量に 出ることになりそう。まあ、易しい問題を出せば皆さん良くできるというのは、 当たり前のように思えるかも知れないが、少なくとも私の知る限り理工学部で は当たり前でも何でもない。
それにしても明日から入試採点マシーンになるの に、自宅でも採点また採点だな。
2005年2月4日(金)
<<手付かず状態>>
昨夜は作文問題の採点で夜更し。本日昼前に起きて野暮用。午後から証明問題
の採点。やはり数学の答案の採点の方が慣れているせいか楽だし、さくさく進
む。問題は「整数(自然数)の割り算の商と余りが一意的に決まる事を証明せ
よ」というもの。140名分余りの答案で、正解しているのはせいぜい1,2名
であとは白紙か意味不明の答案ばかりだろうと思っていたら、9名も正解者が
居た。正解ではないけど目の着けどころはよろしいという答案も10数枚ほど
あった。
A+とAを合わせた数、Bの数、Cの数はだいたい1:2:1の割合。今 回の試験でB,C判定の場合、さらに任意レポートも提出してあれば、原則と してそれぞれA,B判定に繰り上がる。講義には全く出席しておらず、試験だ け受けた学生が3分の2弱居るが、講義に出ている残りの3分の1強の学生の 多くはレポートを提出している。つまり、講義に出て、レポート出して、事前 に公開された作文問題について考えてみてと、そこそこ真面目にやってれば大 抵Aが貰える仕掛けにしてある。ああ、何て私は良心的な先生なんでしょう! とまた自分に酔いしれてしまいそうである。
夕方は野暮用と散歩をかねて山科区内をうろつき、帰りに山科駅前SBU Xで道草。ドイツ語の宿題のつづき。夜もドイツ語の宿題。明日はゲーテの (私にとっては)今期最終日。明後日から入試の採点の日々。そういえば 「情報の数理」の方の採点がまだ手付かず状態だ。嗚呼。。。
2005年2月3日(木)
<<「総括」の問題>>
山科駅前SBUXでドイツ語の宿題を少しやってから出勤。午後は4月から院
生予定O君のプレ院ゼミ。今日は圏論のアジョイントについて。色々細かい議
論で時間を取られて今日中には終わらなかったが、2月中には松村「可換環論」
に突入できそうである。
今日は法学部事務から楽しみにしていた「数理の世界」の答案の束が届い たので、自宅に持ち帰って採点。今夜は作文問題にとりかかるも、まだ全部を 読み終わってはいない。問題は、実用性功利性に依存しない数学固有の価値と は何か?それがわからない場合は、小学校時代から今までの自分と数学の関わ りを総括せよというもの。
「固有の価値」問題は、数学の論理性など大体同じような事を書いた答案 が多いが、救済問題である「総括」の問題は約半数の学生が選択して、実に色々 なことが書いてある。実はこの「総括」問題の答案を読むのを楽しみにしてい たのだ。この講座の受講生は、中学生ぐらまでの計算中心の数学が得意だった が、高校に進んで内容が理屈っぽくなってきた頃からA.ヴェイユ大先生よろ しく「数学が私をおいてきぼりにした」状態に陥ったというパターンが多いよ うだ。
高校数学でもパターンに当てはめて解ける問題は得意だったという学生も 居て、大学生になった今でもセンター入試問題集の問題を解いて楽しんでます。 先生の講義は証明ばかりで面白くなかったので、またセンター入試問題集の世 界に戻りますなどと答案に書いてあったので、5分ぐらい大笑いさせてもらっ た。また、数学の問題を何日も考えるのが好きで、今でもZ会の通信添削をやっ てますという大学2回生も居るようである。それ以外にも色々突拍子も無い事 を書いている答案があり、実に楽しくもあり同時に数学者・数学教師の端くれ として参考になる話が多い。
月並みな感想ではあるが、答案を読んでいて、彼らは決して馬鹿ではない と思うし、俺はこんな連中相手に一所懸命講義してたのかよと愕然とする事も 無い。それどころか、彼らにはまだ学ばねばならない事が沢山あるものの、も う既に立派な紳士・淑女たちなんだと強く思った。まあ、それは彼らが提出し た平常点追加任意レポートを読んでいた時から感じていたことなんだけど。
2005年2月2日(水)
<<修行が足りない>>
雪が積もって寒い。小雨が降るだけでも遅れるJR琵琶湖線は勿論大混乱し、
いかにも数学者らしく12時から始まる作業部会のため早めに家を出たけれど、
結局ぎりぎりで間に合う。そういえば日大文理のセミナーも12時から13時
30分まで講演という感じでやっていた。数学者ってのはこうでなくてはいけ
ないのであろう。12時に昼食を食べたがる私はまだ修行が足りない。
遅めの昼食の後、元気の無い2回生「離散数学」の採点の続き。A+2名、 A5名、B11名、C6名、不合格16名。合格率60%。これは悲惨である。 ちなみに昨年は合格率70%、2年前は86%、3年前はちゃんとした資料が 手元に残っていないけれど、不合格者3名とあるから恐らく95%弱の合格率 だったと思われる。(旧)情報学科と合同開講していた時期は、不合格者は そもそも学科自体に真面目に勉強する雰囲気が希薄だった(旧)情報学科の学生 がほとんどで、そこそこ真面目に勉強する数学の学生は滅多に落第しなかったの である。また、実はA判定以上の答案の割合・絶対数の方もともに下がっていて、 昨年と2年前はいずれもは22%強だが、今年は17%強に下がった。
まあ、この程度の内容の話は頭の良し悪しよりも元気の良し悪し で試験の出来不出来がきまるものである。去年の2回生もいまひとつ元気が無 かったけれど、今年の2回生はそれに輪をかけて元気が無い。それが何故なの か、結局よくわからないままである。だいたい入学してすぐの講義から居眠り ばかりしているというところからして何かおかしいのである。 しかし、幸いにして今年の1回生は何だかとっても元気が良く、数年前までの 学生たちを彷彿とさせるものがある。 だから、来年度は合格率9割も夢じゃないと楽観している。
その後部屋で少し研究と雑用をして帰宅。
2005年2月1日(火)
<<救われる>>
31日(月)は日大文理学部のさる有名なセミナーに潜入。色々面白い話を聞
くことができた上に、大勢の人の前で「今年は密着閉包と特異点理論
を勉強します」という大法螺まで吹く羽目となり、色々良い刺激になった。今
後も出張旅費が続く限り参加しようかと思う。慣れてくれば日帰りできそうだ
が、今回は初めてなので色々用心して前日と当日は新宿で泊まった。
京王線下高井戸駅から日大文理までは「日大通り」という細い通りがある が、これがまたいかにも気取りの無い東京の心温まる商店街って感じの所で、 ちょっとそこの筋を曲がれば住宅街。こういう所は京都にも珍しくないけれど、 街の表情というか雰囲気が京都のそれとは全く違う。たぶん百年前は狸などが 住んでいて、「先の戦争で焼け野原になりまして」は応仁の乱ではなく東京大 空襲の焼夷弾を意味するだろうから、何かこう京都みたいな私ら千年前からこ うやって暮らしとりますというべっとりとした重さだの気の遠くなるような思 慮の積み重ねといったものは無くほどよくがさつであり、かといって昭和の昔の 高度成長時代だのバブル期だのに金儲けに目がくらんで急ごしらえで開発され た街のような、投げやりで殺伐とした気分に支配されているわけでもなく、 心地よい品の良さが漂っている。日大通りに限らず東京都内にはこういう街が 多いけれど、学生時代とか新入社員 時代とかの若い頃に一度こういう所に住んでおきたかったと思う。しかし学生 時代は京都で過ごしたし、会社員時代もお金が無くて結局都内から遠い埼玉に 住んでたな。
東京は年に1、2回出張する程度だが、行くたびに会社員をやっていた2 0代の頃を思い出して懐かしくもあり嬉しくもある。当時は院入試に落とされ て数学者への道を断たれた上に、教員採用試験にも公務員試験にも落とされて、 関西近辺の企業への就職活動も思うように行かず、結局一番なりたくなかった 東京の会社員になってしまって人生自棄糞の極みだったはずだし、自分でも そう思っていた。しかし、思い出がこんなに輝かしいぐらいだから、何だかんだ と言って結構楽しかったに違いない。結局私は東京に流れ着くことによって救 われたのだと思う。
セミナーは今日も開かれていたがそれには欠席。昼過ぎには大学に戻り元 気の無い2回生「離散数学」の後期試験の採点。とりあえず○×はつけ終わっ た。予想通り受験者数は過去最低で不合格者数は過去最高を記録しそうだ。概 算だが、数理科学科2回生受験者の合格率は6割程度になる模様。大甘の採点 基準は昔のままなんだけどなあ。やはり零点(かそれに限りなく近い)答案 じゃあ単位は出せません。 ちなみに2、3年前までは9割近くが合格し ていた。ただ、良く出来ている答案の絶対数は例年とあまり変わっていない所 が救いといえば救い。