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邪

魔

な

広

告

よ け ス ペ ー ス で す。

2005年1月29日(土)
<<闇雲に不機嫌>>
たまには調子の悪い日もある。朝、風呂掃除をしている時に何故か突然(旧)情報 学科の事を思い出してむらむらと腸が煮えくり返ってしまう。ゲーテに向かう 地下鉄の中で、つらつらと考えた。Herzog先生との事は、わざわざドイツくん だりまで出掛けて行ってああいう扱いされたんじゃあたまったもんじゃないわ なという事には違いは無いのだけど、その恨みツラミたるや一生モンかと思い きや数ヶ月ぐらい経った時「まあ、しゃあないわな」とあっさり和解する気に なった。なのに、(旧)情報学科での事は5年以上昔の話なのに、今だに”あの連 中だけは許せない”という気持ちは何も変わっていない。ただ普段はその事を 忘れているだけである。ある意味でもう「時効」だしね。どうもそういう事ら しい。しかし、この違いは一体何なのだろう。まあ、何か違いはあるんだけど 今はわからない。そのうちわかるだろうと地下鉄京都市役所前駅で降り、ゼス ト御池で昼食。しゃっくりと同じで、接続法第二法ってどんなのだったっ けとドイツ語文法の本を眺めながら昼食を食べているうちに、この話は忘れてし まった。よろしい。

先週は野暮用で休んだことだし、久しぶりのゲーテだなと気を取り直して京都市 役所前バス停からバスに乗り、荒神口で降りる。荒神橋を鴨川左岸へ渡り 川端通りを少し上がるとゲーテだが、その途中に最近マンションが建った。マン ションは勝手に建てればよろしい。しかしその外壁の配色が気に入らない。一 体どういうセンスをしているのか知らないが、何でああいうちぐはぐな色を使 うのかしら。建築家というのはそれなりの美術的センスを持っているはずだ。 小学校時代一緒に絵を習っていた1、2歳年下のI君はいいセンスを持ってて 結構やるなあと思ってたけれど、その後離れ離れになって大学に入ったら建築 学科に来ていた。はああ、そういうものかと思って以後建築家というのには一 目置いているのだけど、それにしてもあの配色は何なんだ。まさかI君が 設計したんじゃないだろうな。まあ、いいか、と ゲーテにたどりつく。

ゲーテに一歩足を踏み入れれば「さあ、ドイツ文化です!」と いうあの独特の雰囲気が漲っているので、またぞろしゃっくりよろしくマンショ ン外壁配色問題は忘れてしまう。しかしゲーテはゲーテで、まあ、これは小さ な事だけど私個人的には「一体何をやってくれるんや、間の悪いやっちゃなあ」 と言いたくなる事が進行していて、それが関係してかしないでか楽しいはず のゲーテのレッスンも前半はどうもノリが悪い。おまけに前半はゲーテ語 学部のエライ人が授業参観に来るとかで、我らのF先生はかなり緊張気味。 これはただの見学ではなく、おそらく上司として部下の仕事ぶりを評価しに 来てるのだろう。 以前もG先生のクラスで似たような授業参観があったけど、ベテランの G先生は堂々たるものだった。F先生は大変優秀な語学教師なので まったくびびる必要は無いと思うのだが、まだ若い先生ということもあって フテブテシサが十分身についていないのであろう。 追い詰められたネコのように、いつもの溌剌としたノリの良さが無い。 上司が自分の授業を採点しに来たのだからそりゃあ緊張するわなと、同じ教師 として心中お察し申し上げますと言いたいところ。 否、むしろF先生の緊張が我が事のように思えてきて、こちらも心穏やかでは ない。しかも私のノリが悪い時にF先生のノリもいまひとつとなると、ちょっ と目も当てられない展開となる。

これはかなわんあ。何だか知らないが、闇雲に不機嫌である。私には気分 が落ち込んで、もう今日はあかん!死んだフリしてよという日はそう珍しくも ない。むしろ毎日そういう日ばかりで、日々死んだフリして生きているという べきかも知れないけれど、闇雲に不機嫌な日というのは滅多に無い。滅多に無 いけれど、たまにはある。「闇雲に不機嫌」というのはどういう感じかという と、事あらは直ちにちゃぶ台の一つもひっくり返し、不幸にしてちゃぶ台が無 ければ「ふん!ちゃぶ台の一つも置いてねえのかよ。シケてやがるな!」と訳 のわからない捨て台詞の一つも吐きながらその辺のテーブルに蹴りを入れて立 ち去ってやろうかと待ち構えている心理状態である。勿論私に迂闊に話しかけ るのは極めて危険である。何が危険かというと、穏やかではあるが少し元気の ないやりとりとは裏腹に、私の頭の中で八つ裂き、簀巻き、串刺し、膾切り、 股裂き、踏み潰し、皮はぎ辛子塗り、斬首、ムチ打ち、どつき回し、火あぶり、 水責め等々が繰り広げられている可能性があるからである。「私は今頭の中で 貴方を膾切りにした。今度は火あぶりにしてみようかと思っている。でもそれ は貴方には何の関係も無いことだ。」確か に何の関係も無いな。

ゲーテ後半は気分は多少上向いて nicht schlecht といったところか。レッ スン終了後速攻でゲーテを発ち、タクシーを拾って山科区内へ直行。野暮用の 世界へ。ここでもちょっとした行き違いがあって、闇雲不機嫌が瞬間的に閾値 を超えて目が釣り上がる。ちなみに私は子供の頃からずっと釣り目がトレード マークのようになっていて、おまけに長い間「身も心も釣り目」で通してきた のだが、昔から私を知る人はこの10年ぐらいの間に普通の目になってしまっ たなどと証言する。それは恐らく加齢現象に起因する人格崩壊の兆しかもしれない。 それを人は「人格が円くなる」と言うらしいが、人格が円くなったぐらいでい ちいち目まで円くなったんじゃあたまったものではないのである。

それはともかくとして、こう一日中次から次へとちゃぶ台をひっくり返し たくなるような事が起こるというのも何かおかしい。世界というのはそもそも ちぐはぐなものだ。今日もまた昨日と同じ地球大の小さなちぐはぐの集積とし ての一日がやってきて、明日の私が今日の私を質問攻めにしている。それだけ のことではないか。なのに何故今日だけこういう調子なんだろう。カルシウム が足りないのかと牛乳を買って飲んでみたが、何がどう変わったというわけで もない。もう、いい。明日から3日間東京出張である。私は寝る。

2005年1月28日(金)
<<大名行列>>
本日午後一番から衣笠キャンパスにて文系数学の後期試験2つ。法学部開講科 目「数理の世界」と産業社会学部開講科目「情報の数理」。定期試験の進め方 は、理工学部とはいくぶん雰囲気が違うようである。法学部の方は受講登録者 190名の試験(実際の受験者数は145名、しかし講義に出ている学生は5 0名ちょっと)に試験監督補助の事務職員が4名もつき、試験会場の教室への 行き帰りはゾロゾロとまるで大名行列のようである。勿論殿サマは私。いい気 分である。受験生からの質問への対応など、試験の内容的な事以外はほとんど 彼らがやってくれた。ちなみにこれが理工学部だと、監督補助は学生アルバイト が1名かせいぜい2名。これが普通だと思ってたけどね。

産業社会学部の方は、試験監督の召集さえもかからず。事務連絡を忘れら れているのかなと思って学部事務室に問い合わせると、担当教員が来てくれた のならそれに越したことはない。試験の進行はこちらでつつがなくやるけれど、 質問等の対応のために教室に行ってくださいとのこと。教室に行ってみると8 0名程度の受講登録者の試験で、事務職員1名と年配の教授1名が試験監督を している。別の科目の試験会場なのかと思い「ここは『情報の数理』の試験会 場ですね」と訪ねると、「そうです。じゃあ、そこに座って受験してください」 と指示される。「えー、でも、私、教員なんです。別に試験受けてもいいん ですけど。」これは結構学生にウケた。33歳で大学教員になって以来10数 年、学生に間違えられたのは今日が初めてである。まあ、悪い気はしないけど ね。

私は色々勘違いしていて、今日の試験監督に召集されるとは思っていなかっ たのだが、いま一度あの大学らしい落ち着きを持ち程良く小じんまりとした美 しい衣笠キャンパスに仕事に行くチャンスがあった事を嬉しく思う。夜はスポー ツクラブ。

2005年1月27日(木)
<<単なる好奇心>>
午前中は元気の無い2回生「離散数学」の後期試験。試験時間というのは、た だ試験監督をしているだけではなく、日頃の講義でよく眠りこけている学生や、 何となくわかっていそうな学生や、わかってんだかわかってないんだかわから ない学生等々、教壇から見ているだけでも色々特徴があって顔をよく覚えてい る学生の名前をチェックできる唯一のチャンスである。そうすれば採点が2倍 楽しくなるというわけだ。ははあ、あの学生は毎回講義に出席しては寝てばか りいたけれど案外よく出来てるじゃないかとか、何だこの学生はわかってそう な顔をして熱心にノートを取ってたけれどさっぱりだなとか、色々意外な展開 になるかも知れない。最も興味があるのは、あんなに寝てばかりいる彼らは一 体どうなっているのか?という問題である。講義が簡単すぎて退屈だから寝て いるのか、講義がさっぱり理解できなくて思わず気を失っているのか。はてま た、講義が理解できようとできまいと単位が取れようと取れまいとそんな事は どうでもよく後先考えずにただ眠っているのか。これらの問題を少しは解明できる かも知れない。何故こういった問題に興味があるのかというと、それは単なる好奇心 である。教壇で講義しながら、変な人達だなあ、一体何なんだろうって思って いたわけ。

昼休みは雑用をいろいろ。それから午後一杯、今春院生予定O君のプレ院ゼミ。圏 論の極限・余極限の部分。次回は随伴(アジョイント)のところをやってホモ ロジー代数・圏論ゼミは一応終わりにし、その後はいよいよ松村「可換環論」 を読み始める予定。

2005年1月26日(水)
<<確信犯>>
まだ風邪が少し残っているのだが、山科駅前SBUXで少しだけ数学を考えて から、12時からの某作業部会のために昼前に出勤。12時から会議だと!? 昼飯はどうすんだよー? と思うが、皆腹が減ってくるので自ずと会議が長引かなくて良いのだという説 と、数学者は朝寝坊だから12時に昼飯を食べたがる者など居ないのだという 説があって、後者の方が有力説のようである。

会議の後、微積分演習の成績「調整」の打ち合わせ。私のクラスは早い者 勝ちの弱肉強食主義を取らなかったため、クラスのほぼ全員が同じ数の問題を 解き、さらに十分に考える時間を保証した上で互いに教え合うことを奨励した ため、解答の出来不出来がほとんど無かった。つまりケチのつけようが無い。 よって、ほとんどがA+で残り数名がA判定。しかし、早い者勝ち原理でやっ ている他のクラスでは、B,C、不合格判定などもそれなり出たようである。

これはある程度予想されたことではある。他のクラスとあまりに進め方や 成績評価が違うのも問題かも知れないけれど、私は低回生の演習は学生に競争 圧力を掛けて出来る人を中心に伸すよりも、出来る人が多少退屈しても良いか ら全員が一定レベル以上を狙う方針で進める方が良いと考えている。退屈して いる学生は困っている学生を教えて回れば、退屈はしないし自分の勉強にもな る。学生のほぼ全員が数学者としての生き残りを賭けて1回生からしのぎを削 るような特殊な大学ならともかく、ちょっと数学が好きなごく普通の若者が集 まるウチの数学教室の場合はなおさらそうだと思う。(旧)情報学科と違い 数学教室では複数クラスに分かれる講座で事前調整は行わないことを逆手にとっ て、いわば確信犯的に他クラスとは違ったやりかたを試行してみたというわけ。 実際に何となく全員そこそこのレベルの達したなという感じがしているし、皆 さん楽しそうに問題を解いたり教えっこしたりしてたし、おおいに結構じゃな いかと思うんだけどね。実は私が一番楽しかったんだけど。

その後、4回生「計算機数学続論�供廖焚調拘掴斉�門講座)の試験採点。 A+判定該当者無し、A判定2名、B判定4名、C判定6名、不合格2名。不 合格者が2名にとどまったのは、芸術的激安問題が功を奏した証拠であろう。 その後某作業部会関連業務やその他の雑用に励み、生協で夕食をとってから帰 宅。夜はドイツ語の予習など。

2005年1月25日(火)
<<シュツットガルト便り>>
風邪が本格化したため、今日も終日自宅静養しながら数学。午後、清少納言様 が2003年の酷暑の夏のヨーロッパで書いたという、シュツットガルト (Stuttgart)便りが何故か今日電子メイルで届く。ゲーテのクラスメイト達に宛てたものだ が結局出しそびれ、何かの手違いで今日送信されてしまったらしい。シュツッ トガルトか。深い謎につつまれた清少納言様のルーツはこの南ドイツの街にあ るらしいけれど、行った事ないなあ。

夜はゴミ論文書きの手を休めてドイツ語の予習でもと思ったけれど、気が ついたらもう夜中。風邪の方は大分良くなってきたようだ。

2005年1月24日(月)
<<極楽>>
昨夜から鼻が詰まり始めたので花粉症の発症かと思いきや、どうやら鼻風邪を ひいたらしい。去年も鼻風邪を花粉症と勘違いして、近所の耳鼻科に駆け込み、 図らずしも医者を騙くらかした形で薬を貰ってきた。まだその薬は使っていな い。でも、患者に騙される医者ってのもどうだか。でもまあ、カタイ事言うのはや めときましょう。

本日終日自宅。野暮用抜きで昼間は数学。TeXでシコシコとゴミ論 文書き。極楽である。野暮用や雑用もいいけれど、たまにはこういう日も無い と何のために生きているのかわからなくなる。夜は久しぶりにドイツ語の予習 など。

2005年1月23日(日)
<<領海侵犯>>
朝は日曜日らしく少しゆっくり起き、それから朝食、昼食、夕食を挟んで晩ま で自宅および山科区内で野暮用。途中、ちょっと一息ついて数学を考えようと 立ち寄った山科駅前SBUXは、昨日の朝店の窓ガラスが大破する事故があっ たようで、人気のボックス席のある大窓際が閉鎖されていた。

SBUXのソファー席というのも不思議なものである。私が京都で見るの は、小さなテーブルを挟んで一人用ソファーが一対、しかも他のソファー席 と互いに独立した位置に置いてあるのが普通である。これは暗黙のうちに、2 名のカップルまたは友人同士が使うことが想定されており、1名だけが一方の ソファーを占拠してもう一つが空いている場合、例え満席状態の時でもそこに 座る事には強い抵抗がある。具体的に誰が抵抗するわけでもないのだが、一 人座っている客が「もう一つの席は空いてるけど、誰も座っちゃ駄目だ ぞ!」と暗黙のオーラを発しているように見えるし、こちらとしても見知らぬ 人間の領海侵犯を犯してまで座りたい気分にはなかなかなれない。

エッセンでも2軒のSBUXがあったけれど、こちらは様子が違っていて、 京都のSBUXで見られる独立性の強い2人席という感じのものは無いかわり、 見ようによっては何となく4人席、何となく6人席という曖昧な感じになって いた。何となく4人席みたいになっている所に一人座っていると、別の客がやっ てきてここは空いてるかと聞き、空いているぞと答えると、そうかと言って仲 間を呼び、たちまち3名のドイツ人に取り囲まれてしまう。

こういう現象はエッセン大学のカフェの4人席でもそうで、「ここ空いて ますか?」に「ええ」と一言答えれば、気がつけば4人席に6人ぐらいがぎゅ うぎゅうに詰めて座っていてドイツ語(当然だけど)でわいわいやっている。 6人も座れば私も小さくならざるを得ず、何事ぞと周りを見回すと「やあー、 窮屈な思いをさせてすみませんねー、へへっ」みたいな事を言われたりもする。 もっとも実際にドイツ人はそういう風には言わず「やあー、詰めてもらってあ りがとう、へへっ」と言うのだが。彼らは「すみません」とは言わず「ありが とう」と言う。これは大変良いことだと思う。

昔読んだものの本には、西洋人は東洋人に比べて自分の「領海」の範囲が 広く、レストランなどで相席する時はちゃんと相手に断らないと駄目だ、みた いな事が書いてあったように思う。40年ぐらい昔の日本ではレストランなど での相席は当然のことで、いちいち相手に断るような事はなかったと思う(と、 また年寄り臭い事を言ってみる)。ところが今は相席はよほどの事が無いかぎ り「してはいけないこと」になっているような気がする。何故ならばそれは 「領海侵犯」だからである。たとえ4人席に1人座っていても、その一人の 「領海」は4人席全体に及ぶ。だから、相席の申し出は下手に出なければなら ず、もし相席が許されたとしても相手の領海を使わせてもらっているという遠 慮の態度が必要である。 そんな窮屈な思いをするぐらいなら、いっそ別の店 をあたった方がマシだという考え方も十分成り立つ。 なるほど、現代日本人は昔読んだ本に書いてあったよ うな西洋人と同様の感覚を持っているというわけだ。しかしそれは本当か。

エッセンのカフェで私を取り囲んだドイツ人達は、なるほど相席を申し出 る時は礼儀正しくこの席は空いているかと聞いてきたけれど、ひとたび私がO Kすれば上述の如きであったではないか。彼らの解釈によれば、彼らは私の 「領海」を使わせてもらっているのではなく、私がOKした瞬間に私が「領海」 多くの部分を放棄したことになっているのであろう。広い「領海」を保持し続 けたければOKと言わなければ良いわけで、その時はその時で(あっさりと引 き下がるなり粘り強く領海割譲の交渉をする等の)彼らなりの処置の仕方があ るのだろう。混雑時に相席を申し出るのに躊躇することも無いようだ。いやあ、 混んでるなあ。あ、あそこの席が空いている。4人席に一人だぞ。座らせても らおうか。でも相席を申し出るのって抵抗あるなあ。店の人に間に入ってもら えればいいけど。でも、自分自身が相席が嫌だな。しょうがない、別の店にし よう等等といった事をウジウジ考えたりはしないように思える。そういうドイ ツ人って、さっぱりしてて良いなあと思う。しかし「だからドイツ人は田舎者 なんだ」とヨーロッパの何処かの国の人が思っているかどうかは、知らない。

夜やっと一息つくと、清少納言さまから私と謎の旅行会社社員宛てにメイ ルが来ていて、昨日休んだゲーテの授業の進度や宿題を知らせてくれた(そう か旅行会社社員も欠席してたか)。ああ、何かこういうのって昔あったな。そ うだ!高校3年生の頃、学校を休んだ級友のためにノートの写し(手書きだっ たと思う)を作って机の中にそっと入れておいてくれる女子生徒の謎のボラン ティア・グループがあって、私もお世話になった事がある。あれだ。懐かしい なあと思わず心温まる。それから少し数学。

2005年1月22日(土)
<<サドの血>>
本日午前は4回生可換環論入門の後期試験。受験生は14名。授業中の様子な どからみて講義をよく理解していると思われる3名の学生は試験場には姿を見 せず。彼らはとうの昔に卒業単位を揃え、この講義には受講登録をしていない のであろう。昨年度あたりからそういう学生がちらほら現れるようになってき たけれど、それが何を意味するのか今のところ不明である。 まあ、単位を必要としない学生がわざわざ聴講しに来るというのは、単位という 「飴」無しでも商売が成り立っている事を意味するのだから、こちらとしては 悪い気はしない。

試験時間中自分の作った問題をしげしげと眺めるに、やはりどう見ても猛 烈に簡単である。数学科3回生レベルの代数学をひととおり理解していれば、 別に私の講義を聴いてなくても解けるような問題がいくつも入っているし、私 の講義に依存した内容の問題でも、話の枕に使われたような導入のための簡単 な例だけ理解しておけば十分解けるものばかりである。 うーん、私は何てホトケ様なんでしょうと、我ながら感動してしまった。 にもかかわらず若し白紙同然の答案があったとしたら。。。長らく封印 されていたサドの血がいきなり沸騰してしまう、かも。とにかく採点が楽しみ である。

昼食後は早々に大学を発ち、伏見区向島近辺で野暮用。夕方帰宅後ほんの少 し数学。夜は久々のスポーツクラブ。今日は後期試験監督と野暮用のため、ゲー テはお休み。

2005年1月21日(金)
<<自画自賛>>
本日水曜シフト。午前中は4回生可換環論入門講義の最終回。今年は何故か異 例のノロノロ講義になってしまい、今日やっとのとでヒルベルト零点定理の証 明を終える。しかも時間一杯ぎりぎりで、最後は少しはしょったぐらい。何故 こんなに進度が遅くなったのかよくわからないが、例年よりも具体例を沢山計 算して見せたせいかも知れない。そういえば今日の半分以上の時間は、超越基 底の具体例の話をしていたけれど、こういうのをやるのは今年が初めてである。 その意味で、この講座は毎年少しずつ進化しているのだと自画自賛しておこう。

午後は1回生微積分の演習最終回。何故か今日は、私が教室に行ったら既 に学生達が自分の当たった問題の解答を黒板に書いたりしていて、超高速で演 習が進んで予定していた事が全て終わったので、30分程早めに授業終了。結 局ほとんどの学生がA+判定、残りの数名がA判定となった。

その後小一時間ほどしてから、今春院生予定O君のプレ院ゼミ。ゼミの後、 4月以降の方針について少し打ち合わせてから帰宅。夜は少し数学。

2005年1月20日(木)
<<板書が綺麗!?>>
本日午前中は元気の無い2回生「離散数学」の最終回。かつては受講生の間で 「高山節」と評判だった、頭痛を催す冗談か?はてまた真実をえぐり出す珠玉 の言葉か?という極めてねちこい解説で鳴らした私である。しかし、近年はど うも人間が淡白になってきたようで「高山節」は陰をひそめ、さらに今年の 「離散数学」では皆さんからっきし元気が無いので私の方も力が出ず、益々淡 白に拍車がかかり、無駄口叩かず粛々と講義を進めている。結局これが例年に 無いスピード・アップにつながり、先週あたりから既にネタ切れ気味である。

今日は先週の続きとして、母関数の積と重複組合せ問題の関係などを淡白 に、さりとて、くどくどと説明する。時間が余ったので、おまけとしてオイラー によるゼータ関数の無限積表示の証明と、それを使った素数が無限個であるこ との証明を示し、さらに最後の最後だけは猛烈に格調高くまとめようと、数学 最大の難問リーマン予想のお話をして締めくくる。本論もおまけも、衣笠文系 数学で使ったネタの使いまわしである。

講義の後で、後期試験の勉強の相談などにやってきた男女数名は物理の学 生だそうで、聞くところによると

「高山先生の講義は板書が綺麗だ」

という噂 を聞いて受講したそうである。授業アンケートなどに「板書が汚い。何とかし ろ」「読める字を書いてください」と書かれた事は数知れないが、板書が綺麗 だと言われたのは生まれてこのかた今日が最初である。 一体物理の先生達は、どんな豪快な板書をされていることか。それにしても、 物理学科の学生は良い子たちである。「板書が綺麗」と噂するだけでも、十分 良い子たちである。何なら「高山先生は、字は汚いが板書は綺麗である。それ はなぜかというと、高山先生の頭脳も心も深い森の奥底で滾滾と湧き出る清水 の如く澄み切っているからである」とでも言い広めておいとくれ。

午後は珍しく大学で研究。夕方は3回生「外国書購読」最終回。あの子た ちをいたぶるのは今日が最後だと思うと、ちょっと残念である。彼らは実に見 事にボケてくれるので、こちらもツッコミやすいのである。何か「ほれ、ここ ツッコンでみい!」とうまいこと誘導されているような気がするぐらいである。 まあ、学生はどんどん巣立って行くのだからしょうがない。いたぶり甲斐のあ る新たな学生を求めて、また放浪の旅(?)に出ようではないか。

帰宅後、夜はちょっと疲れたので、少し数学をやってから、のんびり。

2005年1月19日(水)
<<全くの錯覚>>
午前中は4回生可換環論入門。今日は何故か講義が「荒れ」てしまい、板書の 字もかなり汚く説明も思うようにすんなり決まらず。どうなっちまったんだろ うと思いながら、昼食および某学生の件で教務課と連絡をとったり、別の某学 生の質問に捕まってたりしているうちに午後の1回生微積分の演習の時間。 このクラスはこれまでずっと良い雰囲気で進んで来ていて、この分ではほぼ全 員がA+になってしまいそうである。ただ、問題を学生に割り当てたり、学生 の解答をチェックしたり、誰がどの問題を解いたか閻魔帳につけたり、その合 間に学生の質問を受けたりと色々やることがあって天手古舞で、1コマが終わ るとやれやれといった感じ。

私はこれまで大学レベルの微積分の計算問題を真面目にやった経験はほと んど皆無だが、この講座を担当してずいぶん沢山の計算問題を解いた。まった く微積分というのは色々な計算テクニックがあるものである。学生の解答を見 てても、へえーうまいことやるなあと思うこともちょくちょくあり、結構勉強 になったな。

演習の後は教室会議。その後しばし雑用をしてから生協で夕食を取り、図 書館で新書本を数冊まとめ借りしてから帰宅。

講義も今週で終わり、あとは後期試験である。毎年この時期は、やっと1 セメスターが終わったという開放感を感じて、2月と3月は何をしようかなと 色々研究のプランに胸を膨らませてしまうのだが、これは全くの錯覚である。 少なくとも1月下旬から2月下旬までは、後期試験の監督と採点、ひきつづき 入試の採点、大学院入試、修士論文公聴会等々とあれよあれよという間に終わっ てしまうのである。

2005年1月18日(火)
<<代議制>>
午前中は野暮用、および、一回生微積分演習のための積分の計算。思うに積分 計算と組合せ論には類似性があって、いずれもほんの少し問題の形が変わった だけで簡単に解けたり、相当手こずったり、未解決問題だったりする。今日も 1問厄介なのがあって、ずいぶん手こずった。

昼食後出勤。1時間程色々な雑用を片付けてから久しぶりの教授会。最近 教授会がずいぶん少なくなって目出度い事だと思っているのだが、それは教授 会が原則として代議制になり、各学科が選んだ人身御供に出席を押し付けているか らである。数学教室ではその人身御供はその翌年には学科主任となって地獄に 堕ちることになっている。ところで、来年度の人身御供は私である。そして再 来年の学科主任は勿論私である。嗚呼。。。

2時間の教授会の間に締切りが迫っているレポートの採点を終える。教授 会終了後すこし雑用をしてから帰宅。夜は月末の出張の準備などを少し。

2005年1月17日(月)
<<大怪獣>>
阪神大地震が起こった時は、体長5メートル程の大怪獣がのしのしっとやっ てきて、私の自宅の屋根を掴んでガサガサガサーとゆすっているような感じだっ た。お、おい、こら、怪獣!何してんねん?!やめんか!とか早朝の布団の中 で思ったけどやめないんだよね、これが。あの頃はまだ数学やってなかったなあ。

10年後の今朝は、ふと目が覚めてから昨日の計算に関連した事を考えて しまい、布団の中で興奮しているうちにいつの間にかまた気を失う。遅くに起 きて少し数学。昼から西大路へ野暮用に出掛け、帰りは京都駅前アバンティー ブックセンターに立ち寄ってからホテル京阪のラウンジで数学。帰宅後、夜も 数学。

2005年1月16日(日)
<<鼠一匹>>
昨夜はブラジルのなんとかという強い酒を沢山飲んだ事もあり、目が覚めたの は昼前。目覚めが幸福な気分で満たされていたのは、ゲーテの皆さんに楽しく 遊んでもらった翌日だからである。

午後は数学。夕方頃野暮用にて山科区内を駈けずりまわった以外は、「物 凄いことになっている計算」の続き。大幅に簡略化できることもわかり、計算 機実験なども含めて色々やってみたのだが、結局「大山鳴動して鼠一匹」といっ たところ。真理への道は遠いなあ、とじっと手を見る。