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よ け ス ペ ー ス で す。

2004年6月15(火)
<<数学的な会話>>
昨日Herzog先生と思いついた小さな問題が、簡単に解けるのではないかという 気がしてきて、早目に目が醒める。午前中は何となくその問題ばかりを考え、 大学で計算機実験を少しやって、夕方のオーバー・セミナーで「ヒルベルト・ スキームのコホモロジー環がどうのこう」のというタイトルの、後半4分の3 は私には理解不能な”幾何学的代数幾何学”(という用語は私が勝手に使って いる言葉ですから気にしないように!)の講演で内職をしながら一応解決。

今日から金曜日まで、ベトナムからN.V. Trungさん、アメリカから S. Iyengarさんがエッセン大学に滞在するらしい。ということで、今日の昼食 から午後一杯、オーバー・セミナーも含めて彼らと付き合う。前回ドイツに滞 在した時、私はIyengarさんや彼の師匠であるAvramovさんの仕事に興味を持っ ていて、それに関連した事を色々考えていたので、これがあのIyengarさんか あ、賢そうなインド人だなあ、などと感心する(私の偏見の一つに「インド人 は皆賢い」というのがある)。それからTrungさんに関しては、何を隠そう私 は彼の論文を幾つか読んで、結構ファンになってしまっているのである。

よく数学者が別の数学者を、例えば数日ぐらい訪問することがあるが、一 体彼らは何をやっているのか私は知らなかったのである。共同研究をやってい て、最後の仕上げに膝を突き合わせて議論を詰めようというのならわかるが、 何となくこっちに来るからついでに寄ってみる、という場合はどうなるのか。 勿論何か数学的な会話をして、場合によっては共同研究プロジェクトでもやろ うかという事になったりするのだろうけど、ではそれは具体的にどういう風に 始まるのか?「それでは数学的会話を始めましょう。何を話しましょうか?」 なんて調子では馬鹿みたいである。もっと何か私の知らない世界が広がってい るに違いない。などと考えていたのだが、実際に立ち会ってみると種も仕掛け も無く「それでは数学的会話を始めましょう。何を話しましょうか?」といっ た調子で始まり、何となく色々な情報交換や意見交換をして終わった。

そういえば今回滞在して最初にHerzog先生に会ったとき,「じゃあ、俺と 何か話したいことはないか?」「え?何も無いですけど。」「何もないって!?」 というやり取りがあった。Herzog先生、何をそんなに驚いているのかしら と思ったけれど、このことは私が、数学者がどうやって数学的会話を するのか知らなかった事をよく表している。これは数学に限らず、私の 人格をよく表しているような気がするな。

さて、Trungさんのファンである私は、世界で恐らくTrungさんに質問するのが最 も正しいであろうと思われる長年の疑問を2つ抱いていたのだが、それを彼に 直接聞く機会が持ててとても良かった。彼らは今夜Herzog先生の自宅でサッカー のヨーロッパ選手権か何かの試合を見るらしいが、私は午後一杯難しい話に付 き合って疲れたし、スポーツ観戦の趣味も無いので、彼らには付き合わずに帰 宅。

2004年6月14(月)
<<聞き取れない>>
月曜午前はドイツ語講座。毎週講座の最初に配られて、その場で10分程度で 通読せよと言われるA4一枚程度の文章は、異文化コミュニケーションの専門 書からの抜粋であったり、70年代の東ドイツの若者を描いたドイツ映画の皮 肉に満ちた映画評論であったりと、(ドイツの)大学生レベルの語彙を想定し たものばかり。まあ、留学生とはいえドイツの大学生として日々何とかやって いる人たち相手の講座だから、そんなものなのだろうけど、勿論私のレベルを 遥かに超えている。「じゃあ、プリントの文章を順番に見ていきましょう。こ の単語は特に難しいですね。ユキヒデ、わかりますか?」なんて当てられても 困るのである。大体「特に難しい単語」の意味を問おうという根性が間違って いるし、そもそも、この講座のプリントに関して言えば、私にとって「特に難 しい単語」なるものは存在せず、全部難しいのである。あと、今日は上記ドイ ツ映画のビデオを見せてもらったけど、相変わらず何言ってるのか全く聞き取 れないなあ。ああ、くたびれる。

くたびれると腹が減る。メンザで全然カレーの味がしないカレー・ヴルス ト(カレー風味ソーセージ)の昼食を食べ、カフェでコーヒーを飲んで、アハー トさんの部屋のプリンターで研究ノートを印刷させてもらって、ついでにアハー トさんの数学の質問を一緒に考えて、それからHerzog先生と一時間ほど議論。

2004年6月13(日)
<<どうってことのない詳細>>
天気は肌寒くかつ曇りがちですぐれず、ゆっくり寝ていようと思っていた日曜 日である。しかし、何故か朝早く目が醒め、そうだ、今日は計算機であの実験 をやってみよう!と、ある一連の具体例の解析を思い立ち、朝食もそこそこに 実験開始。しかしならが、色々ひねくり回してみたものの余り面白い結果が出 て来ないので、昼前に放り出す。昼食後、また電車に乗ってエッセン市街に出 て、Grillo劇場前SBUXで1時間程すごし(ああ、行動パターンが山科に居る時 と同じだな)、そこでちょっと新しい実験を思いつき、帰宅後すぐに試してみ るも、大した収穫なし。夜は仕事を放棄してのんびり過ごす。

昼前に「シュパーゲル料理の名人」と大家さんの奥さんが絶賛するご主人 がやってきて、今日の昼は一緒にシュパーゲルを料理して食べませんかとのお 誘い。これは願ってもないチャンスである。私はシュパーゲルはもっぱら料理 の本を見て自分で調理して食べているので、ドイツ人の正しいシュパーゲル料 理を知らない。一般的に言って私はドイツの家庭のキッチンには大いに興味が あり、さらにシュパーゲルを調理実習付きで食べられるなんてのは、まさに夢 のような話である。名人に色々教えていただきながら一緒に調理し、食後は シュパーゲル・スープの残りと庭の畑で取れた苺を頂いて帰ってきた。あり難 き幸せなり。

ところで、エッセン中央駅南側の町は、高層ビルなどがいくつか立ち並んでい て、「面白くも何とも無いオフィス街」と決め付けて近寄った事が無かったの だが、何とオフィス・ビルの向こうには、東京三鷹の井の頭公園を思わせる広 い土地に、Herzog先生が世界に誇るオペラ・ハウスと、私が一度行ってみよう と画策しているコンサート・ホールが立ち並んでいたのである。ゆったりとし た空間に新緑が気持ちいい。京都でこんな所って、京都御苑ぐらいしか無いか な。

エッセンの町も、前回の滞在で知り尽くしたような気になっていたけれど、 まだまだ新しい発見がある。例えば今日は、エッセン中央駅にコインローカー と、両替装置があった事に初めて気づき、感動してしまった。一般的に言って 私は観光にはあまり興味が無く、ドイツの美しい街(それはエッセン以外の街 である!)を見て回りたいという気持ちは、無くはないのだがかなり希薄であ る。むしろ、このどうってことの無い町の、どうってことの無い詳細を知る事 の方が楽しい。(しかし、数学の趣味もこれに近いものがあるのは問題だな。)

2004年6月12(土)
<<病みつきになる>>

晴れ時々曇または雨、所によっては雷という、ああヨーロッパに来てるんだ なあという事をしみじみと実感できる天気の一日。昔、9月頃にエディンバラ に一週間程滞在したときも、5分10分という間隔で天気が快晴、曇り、大雨 とめまぐるしく変化していた。9時頃に起きて朝食もそこそこにステ−レ朝市 のオランダ産絶品シュパーゲルなどの買出し。帰ってから昼食を挟んで夕方頃 まで数学など。それから電車に乗ってエッセン中心街に繰り出し、Grillo劇場 前Sbuxで1時間程過ごした後、近くの書店をぶらぶらしてから帰宅。 写真はSbuxの2階フロアから見たGrillo劇場。

エッセン市街には少 なくとも2件の大きな書店があるが、日本の書店と違って書棚がゆったりと配 置されて全体的に見通しが良い。それと、ドイツの本は装丁がカラフルなもの が多く、従って書棚全体が明るく綺麗に見える。書棚自体の色や照明の選び方 を含めた、書棚全体の配色の美しさは別に大型書店に限ったことではなく、 Grillo劇場内やエッセン大学の学生寮の中にある小さな書店も同じで、何故か 猛烈に何か買って帰りたくさせるオーラを放っている。何も買わなくても、ぶ らぶらと見て回るだけでも十分楽しいのだが、今日はとうとう前から買おうと思っ ていたヨーロッパの地図帳のようなものを買う。日本だったら5000円は下 らないだろうという感じの立派な本が、10オイロ(1300〜1400円) とは驚き。写真は、大型書店のひとつマエッシェ。Mの字を○で囲んだマーク といい、雑貨部門もあることといい、日本の丸善にそっくりなのだが、何か関 係があるのかしら。

このマエッシェのトイレ が驚きもので、灯りは殺菌灯だけ。トイレに入った瞬間、青一色の著しく妖し いモノトーン世界。な、何事か、一体私はどうなってしまうのだろうかとどぎ まぎしながら用を済ませ、身も心も殺菌されてから、普通の蛍光灯が灯ってい る、トイレと書棚フロアを繋ぐ短い廊下に戻ったときには目がチカチカし、その 数秒後にフロアに通じるドアを開けた途端、ほんの数分前にはそれほど大きな 感動も無く受け入れていた、カラフルな書棚の世界の美しさに思わず息を呑み、 ああ、今ここに生きているという事自体素晴らしいことなんだ、としみじみと 感じ入るという仕掛け。この心憎い演出は、世界に誇る書籍文化を持つと言わ れるドイツの底力か。トイレに貼ってある掲示を見ると、トイレを衛生的に保 つという公共の利益のためにマエッシェは殺菌灯を採用することにしました。 何か文句があるなら(正確には「何か御質問があれば」と書いてあるのだが) いつでも係員までどうぞ。皆さんのご理解をお願い致します、などと書かれて いる。もう彼らが何を考えているのかという問題に深入りすることはやめよう。 エッセン大学のプリンターと同じで、所詮私には理解不能なのである。とにか く私はこのトイレに病みつきになってしまい、マエッシェに来るたびに一度は 入ることにしている。

2004年6月11(金)
<< 気合いが大切>>
昨日は少し早めに大学を出て、いつものように(地下鉄に乗らず)徒歩でエッ セン中央駅へ。途中、Grillo劇場前Sbuxで道草。Grillo劇場は前から知ってい るけれど、入ったことが無い。ちょうど開いていたので、中に入って色々探索。 演劇や文学中心の書店やカフェなどがあるなかなか良い感じの劇場で、今月の 予定などの写真入りパンフなどを見てみても、いかにも一癖も二癖もある面白 そうな芝居のようである。しかし、ドイツ語が聞き取れない私が見ても全然わ からないだろうから、ここに演劇を見に来ることは無いであろう。

しかし、どうやらこの劇場の系列で、エッセン中央駅の反対側にこの6月 初旬に改築されたばかりのコンサート・ホールがあるらしく、エッセン・フィ ルの本拠地にもなっているらしい。オーケストラには余り興味が無いけれど、 ピアノ・コンサートなどもあるようだから、一度行ってみたいものだ。Herzog 先生が出張ばかりして留守がちだから、例えば平日の夜にコンサートに行くな んて余裕も無いこともないしな。

そういえばHerzog先生語録に「いくら数学者だと言っても、数学以外に何 も興味が無いというのじゃあいけない」というのがあったな。実はこの言葉に 続いて「ということで、一度オペラを見に行かないか。エッセンはドイツで最 高レベルのオペラ・ハウスがあるんだぞ」とか言ってて、一般的に言って私は 歌なんだか芝居なんだかはっきりしない物は嫌いなのだけど、オペラはその観 点ではミュージカルよりは明確に「歌歌している」ようだし、そんなに自慢す るものならば冥土の土産話に一度見てみようかと「ぜひ、一度連れて行ってく ださい!!」と返事したのを彼はまだ憶えているのかしら。ま、数学以外の事は 色々忘れる人だから、気にしてないけどね。

劇場で入手してきたパンフを読んでみると、劇場やコンサート・ホールの 前売り券を持っていると、当日のエッセン市内から会場までの往復の鉄道・バス料金 は全て無料になるそうである。これは画期的!こういうのは京都では無いんじゃ ないかしら。融通の利かないドイツ人にしては、えらく気の利いたことをやっ てくれるではないかと思うけど、そういえば彼らは祝日(Feiertag)だの休養 (Erholen) だの余暇(Freizeit)だのブンカ(Kultur)だのゲージュツ(Kunst)だ のといった楽しみごとに関しては俄然気合いが入るようだから、さもありなん という気もする。やっぱり人間、気合いが大切だな、うん。

昨日あたりから、天 気も悪くまた涼しくなった。一昨日までは皆さん、男は半ズボン、女は臍出し Tシャツで夏本番のような格好でアイスクリームなんぞをぺろぺろやりながら 歩いていたのに、昨日今日はまた薄手のコートなんか着て歩いている。今日も 出勤して、数学やって、昼食食べてコーヒー飲んで、また数学やって、適当に 切り上げてエッセンの町を散歩しながら帰るという平凡で幸福な一日。写真は Grillo劇場前SBUXのすぐ近くの様子。

2004年6月10(木)
<<何が何でも>>
また祭日である。それにしてもつい先日も、死んだと思ってた偉い人が復活し ただの、その偉い人が天に上っただの、天から誰か偉い人舞い降りただのと言っ ては、家族で焼肉などをやったりして休養(Erholen)したばかりではないか。 一体今度は何なのかと大家さんに聞いてみると、何でもカトリックの聖体の祝 日とかいうそうである。ならばエバンゲリッシュ(プロテスタント)にも似た ような祝日があるのかと聞くと、それはまた別の日に似たようなものがあると いう。もう、こういうのにはいちいち付き合ってられないので、強引に大学に 出勤して平常通り仕事する。

そういえば、休みの日に店を営業することはまかりならぬとか、夜は20 時になったらぴったり閉店しなければならないとかいうことを取り決めている 閉店法(Ladenschlussgezetz)に関する判決が憲法裁判所で出たとかで、昨日 からニュースで報道している。ドイツ語が聞き取れない私にはテレビのニュー スではよくわからないので、Webでちょっと見てみたら、閉店法は憲法違反で はないが、閉店時間そのものは各州の事情の合わせて決めるべしということの ようだけど、どうもすっきりしない。いずれにせよ、こういう法律がある事自 体がドイツの著しい特徴である(とニュースでも報道しているようである)。

あの、祝日は何が何でも休むとか、閉店時間を法律で決めて金科玉条の如 く守るとかいうのは一体何なのでしょう。さらに加えれば、Herzog先生なども、 土日は何が何でも大学には出て来ないし、夕方5時になったら、どんなに大切 な数学の議論の最中でも、何が何でも帰らなくてはならないみたいである。そ れやこれやに対しては、原則祝日は全て蹴飛ばして営業する大学に勤務し、そ ういえばスーパーもデパートも祝日に休んでたりしないよね、とか言いながら、 仕事上の必要性があるからと土日に出勤してみたりしている国からやってきた 私には、どうも融通の利かん連中だという印象をもってしまう。

2004年6月9(水)
<<人間ではない>>
思えばHerzog先生というのはずいぶんせっかちな人で、彼のモットーである "Schnell denken, schnell essenn und schnell arbeiten" (速く考え、速く 食べ、速く仕事する)とは、要するに「俺はせっかちなんだ!」と宣言してい るのと同じである。昼食時のメンザにしても、「学生の大群が押し寄せてくる までに行かなくては」と目を血走らせているけれど、よく観察してみると長い 行列ができるのはせいぜい15分か20分ぐらいの間で、それを避ければそん なに大慌てすることもないはずである。まあ、性分なんでしょうね。彼が留守 をしているここ数日の単調さが、幸福な日々の表れに感じられるのは、まさし く私がのんびりぼんやりしているのが大好きな人間だからである。しかし私の 場合、のんびりしているうちに何も考えないか、ロクな事を考えないかの状態 になってしまう傾向があるので、適宜せっかちにビシビシ刺激を与えてもらう 事はとても良いことである。

本日早朝にスーパーに行ってから出勤。スーパーから帰る途中、黒猫がマ ルチン・ルッタ−病院の塀の上でバランスを取るのに精一杯という感じで立ち 往生しているので、どん臭いアホ猫だなあと思って、飛び降りるのを少し手伝っ てみた。たぶんそれを見ていたのだろうけど、向こうから来た年配のおばさん がにこにこして何か言ってきた。勿論ドイツ語が聞き取れない私にはわからな いが、どうも猫ちゃんを手伝ってやったのかい、みたいな事を言ってきたのだ と思う。また出勤途中の地下鉄で、私と似たような年恰好の男が沢山の荷物を 持っているのを見て、これまた私と似たような年恰好の女が、そんなに多くの 荷物ちゃあ子供料金を払わなくてはいけないかもね、というような事を言って 声を掛けていた。そういえば先週末、私が欠伸を連発しながら朝市に出かける とおじさん1名とおばさん1名にそれぞれ「まだ眠いのかい?」と声を掛けら れたし、その前の週にカメラを持って散歩に出かけた時に、ベンチに座ってい たおじさんに「きれいな写真をとるんだね」みたいな事を言って声を掛けられ た。そういえば、電車の中でも、どうみても今しがた初めて顔を合わせたばか りの人間同士が、何やかや挨拶じみた言葉なり会話なりを交わしているのを頻 繁に見かける。若い人はそういうことは無く、比較的年配の人にこの傾向が強 い。

これは一体何なのか。老若男女21世紀の日本人は知らない人間には絶対声を 掛けないんじゃないかな。たとえば「ちょっと通してもらえませんか」といっ た必要性のあるような言葉でもできるだけ避けて、異様なほどの沈黙を守ろう とする。逆に知らない人に突然声を掛けられた場合は、(特に若い人の場合) 相手の言葉を日本語として聞き取る以前に、既にちょっとしたパニックになっ てしまうことしばしばのようである。しかし、20世紀の頃、まだ私が小さい 子供だった昭和の昔には、知らない日本人同士が必要に応じて街で声を掛け合っ ていたように思う。

(21世紀の)日本人の場合、「知らない人間は人間ではない」と考えている ので、言葉を掛けてもまともに通じるかどうか分からないし、下手すれば訳も わからないままに殺されるかも知れないし、逆に言葉を掛けられても、それっ て人間の言葉?という事をまず考えてしまって、日本語として理解する方向に なかなか頭が働かなかったりするのであろう。相手をとりあえず人間だと思わ ないと社交は成り立たないから、日本人には「社交の場としての社会」という 概念が無いのであろう。社交の場ねえ。欠伸しただけで、何か言われるのって 嬉しいような恥ずかしいような。まあ、とりあえず人間と認められているのは、 悪い気はしないな。

写真はエッセン中心街の涼しげな木陰。

2004年6月8(火)
<<信用しない>>
暑い。天気予報通り、初夏を思わせる天気である。大学にも私の自宅にも、冷 房設備なるものは存在しないのだが、大丈夫なのだろうか。フランス人がA掘 先生に自慢したみたいに、「我々には暑さをしのぐハイテク装置がある。それ は窓だ!」なんて言うのかしら。

本日いつものように出勤して、昨日の帰りに大学からエッセン中央駅まで ぶらぶら歩きをしている間に考えた事を纏めたり、それの先を考えたり。ある 命題が鍵になっているのだけど、その証明が間違っていれば、それ以外の部分 もほぼ全滅するはず。こういうハイリスクな数学って、あまりやりたくないけ どねー。前に一度チョンボをやらかして15メートルふっ飛んでいるだけに、 全然自分を信用する気になれない。

さて、写真はドイツのパトカー。パトカーの信号灯は赤ではなくてブルーであ り、警察のシンボル・カラーは緑であることに注意。警察官の制服も緑のジャ ケットに薄い黄色のシャツという出で立ちである。テレビで見ていると、犯罪 現場に「警察だ!」と乗り込む時、「Polizei(ポリツアイ)!」と叫ぶのだけ ど、この「ツアイ」という部分にアクセントがある。聞いていると何となく粘っ こい迫力があって、雰囲気にぴったりと合う。自分で声に出して言ってみると、 「警察だ!」よりも「ポリツアイ!」の方が力を込めて言いやすいことが わかる。

2004年6月7(月)
<<研究の難易度>>
朝はスーパーで食料品の調達。大学に出勤し、午前中はドイツ語講座に出て青 息吐息。昼食後、学生寮のカフェー横の本屋でドイツ語の代数の教科書を購入。 環・体・ガロア理論の標準的な内容。19.95オイロ(約2800円)。こ の端数を作って一瞬安く見せかけるインチキっぽい値段のつけ方は、ドイツで は極めて広く見られる、というよりは、ほとんど全ての商品の値段はこういう 流儀でつけられていると言って過言ではない。

午後は部屋で数学。今回の滞在ではHerzog先生は出張ばかりしているので、 彼がエッセンに居る間は怒涛の如きアイディアの洪水をあっぷあっぷし、彼が 居ない時を見計らって自分の考えをゆっくり確かめるとというスタイルになっ ている。これは緩急よろしくなかなか具合が良い。つねに洪水の中をあっぷあっ ぷではくたびれてしまうし、自分を見失ってしまう。また、自分の考えと言っ ても、本当にひとりだけでやっているとロクな事を考えないものだが、洪水の 中をあっぷあっぷした後だと、少しはマシな事を思いつけるような気がする。 あくまで、「気がする」だけだけどね(と言ってまた気休めシューベルトに走る)。

計算機科学や数学を渡り歩いてきて思うことは、学問の技術的な難易度は 必ずしも研究の難易度とは相関しないのではないか、ということである。今やっ ている数学は、昔やってた計算機科学に比べて、技術的には比べ物にならない ほど難しい。だから、計算機科学なんて、数学で言えばちょっとした具体例の 計算みたいな事をちょこちょこっとやって、簡単な演習問題のようなものをひ とつふたつ解いてみせれば論文になるのだから楽でいいよな、などと思ってし まう。しかし、たぶんそれは幾らかは正しくて、幾らかは間違っている。研究 で恐らく一番難しいことは、どこに未知の真実が隠されているかを嗅ぎ当てる こと、つまり基本的なアイディアを出すこと、だと思う。それが旨く出来てい れば、あとは単なる(!)技術的な問題。そして、どんなに高度な技術でも何 年かやってれば、誰でもいずれそこそこ自由自在に扱えるようになるのである。 基本的なアイディアなんて中々出てくるものでもないし、アイディアを出す難 しさは、技術的難易度の違いとは直接には関係しない。そういう所で悪戦苦闘 するところなんか、計算機科学やってた頃も今もほとんど変わってないような 気がする。

2004年6月6(日)
<<不思議なオブジェ>>
午前中から昼食後しばらくまで、研究ノートをいじくったり数式処理ソ フトで計算したり。先週末ほどでもないけれど、天気も結構良いので、15時 前には切り上げて、散歩に出る。今日はエッセン・シュテーレの北隣にあるク ライという街まで行って、そこから電車でエッセン中央駅に出てその辺でぶら ぶらして帰ってくるという行程。全3時間。

クライの街には、クライ北駅と南駅がある。エッセン・クライ北駅は、前 回滞在時に一度だけ電車を乗り間違えて連れていかれた事がある。夜だったし、 当時駅が工事中で掲示、表示の類が一切無く、一体自分は何処にいるのか皆目 見当がつかずに困り果てたものである。そういうのがちょっと懐かしくてもう 一度行ってみたのだが、工事も終ってすっかり綺麗な駅になっていた。しかし 時刻表が駅の入り口に1枚張ってあるだけで、ホームには掲示されてない無愛 想さも昔のままだったな。

それにしても、クライの街の 特に南の方というか、クライとシュテーレの間の街の薄汚さは気の滅入るもの があるな、などと思いながら歩いていてふと横目に飛び込んできたのが左の写 真の絵。ある店の窓に飾ってあったのだけど、これはいい!これはこの界隈で 唯一綺麗なものに違いない、と思って撮影。それから、街を歩いていると時々 右の写真の巨大灯篭のような形の警察・消防直通連絡装置を見かけるのだけど、 今でも作動するのかしら。こういう類の、大時代的で、なりがデカくて、多分 今は使われてなくて、ただ放置されているだけであろう不思議なオブジェは、 私が子供の頃の日本の街にはまだ色々残っていたような気がする(それが何だっ たかは思い出せないが) のだが、21世紀のドイツで見られるのは愉快である。

それから、「休みの日はゴースト・タウン」という話を真に受けて、休日は街 に出ても野垂れ死にするだけだと怯えて近寄らないようにしていたのだが、恐 る恐るエッセンの中心街に行ってみたら、何のことはない、少なからぬ人たちがぶ らぶら歩きを楽しんでいた。確かに冬場の休日はゴースト・タウンで、わずか ばかりの人が閉店中の商店街でウインドウ・ショッピングを楽しんでいるだけ だった。しかし暖かい季節は、休日でもカフェーやアイスクリーム店などは営 業していて、皆さん結構そういうところでのんびりしているようである。 私もSBUXでちょっと休憩。写真中央には、野外にテーブルを出した カフェが見えて、結構繁盛している。

2004年6月5(土)
<<不気味かつ奇妙極まる>>
本日午前中は曇りで、時折小雨がぱらつく生憎の天気。傘を持っていつものよ うにエッセン・シュテ−レの家具屋クローガ前広場の朝市に、オランダ産上物 シュパーゲルの調達に向かう。先週強気の1kg5.5オイロだったのが、今 日は4.5オイロに値下げ。シュパーゲルも6月20日を過ぎた頃から市場か ら姿を消すらしく、そろそろ旬も終盤といったところのようである。帰りはR EWE Centerで食料品を少し買う。その後は、途中昼食、夕食、アイ ロン掛け等を挟んで研究ノートの整理。夜には天気は回復。大家さんに家賃を 払い、来週10日が祝日であることを知る。また祝日か。

さて、昨日のメンザ の昼食はErbsentopf(豌豆鍋)。豌豆とジャガイモがドロドロに煮崩れたもの を丼一杯よそい、その上にソーセージをぽんと一本乗っけるといった不気味か つ奇妙極まる一品。どうも人気が無いらしく、人々は鱈のフライの方に行列を 作っていた。 このソーセージは、煮崩れ液体の中をのらりくらりと逃げ 回るのだが、それを上手に追いかけて、えいっとフォークとナイフでうまく切 り刻んで食べる。ドイツの昼食には珍しいけれど(?)、パンと一緒に食べる のがよろしそうである。以上の食べ方はHerzog先生を観察して学んだ。この 料理は私の大好物のひとつで、今日のメニューはErbsentopf かと思うと、嬉しくなっ てカメラを持って昼食の時間を待ちかねていたのである。「これ、変な料理で すよね」とか言いながら嬉しそうに写真を撮り、旨そうに食べている私を見て、 Herzog先生は「この料理が好きだなんて、ちょっと驚いたな」。しかし一体何 を驚いているのか。右上に見えている小鉢は、以前紹介した「セロリか何かの 茎の甘酢漬けのような正体不明の」デザート。どうも日本や中国では漢方薬に 使われる大黄と呼ばれているものらしい。もともと大変酸っぱいものらしいが、 ドイツではRhabarberとか呼ばれていて、大量に砂糖を入れてデザートとして 食べるらしい。それにしても、メンザでは一度もシュパーゲルが出て来ないの は、何故かしら。ま、自宅で毎日食べてるからいいけど。

これはエッセン大学の支払い窓口のある階から見た景色。左の写真は 大学前の通りで、地階はロクな文房具が置いてない文房具屋 などの店舗で、1階(日本でいう2階)以上は(たぶん)学生向きのアパート になっている建物が立ち並んでいるのが見える。 ちょうど右上あたりが地下鉄エッセン大学前駅の出口で、 左の方にある塔は教会らしい。 右の写真は、エッセン大 学キャンパスの内部で、左手の緑の木々の下が芝生の中庭になっている。 以上、これでも最も綺麗な風景を選んだつもりである。ヨーロッパの大学というと、 何百年の歴史があって、歴史博物館みたいな建物が立ち並ぶキャンパスを思い 浮かべるが、エッセン大学はまだ40年ぐらいの歴史しかなく、建物の美観と いう点だけから言えば悲惨の一言である。天気が良くない(ロンドンほど酷く はないと思うが、天気が悪い事はドイツでは別に珍しいことでは無さだそうだ) せいもあるが、陰鬱である。こんな陰鬱な所で、機関銃の乱射事件が起こらな いのは、こんもりと茂った立派な木々のお陰であろうか、などと一瞬考えてしまう。 この街に何気なく植えられている木々の立派さには、いつもながら 目を見張るものがあるな。

2004年6月4(金)
<<教授天国>>
昨日のHerzog先生は絶好調に喋りまくっていたので、彼の書き殴りメモの整理 は今日の午前中までかかった。膨大な量になったメモを見直してみると、いつ かきっと使えるアイディアなのでこの際しっかり勉強しておこうと思うもの ばかりだが、今考えている問題に使えそうなものはほとんど無い。

昼食後2時間程議論。今日は、先週ぐらいに私がちょっと考えていた事を 先に進めれば、もしかして昨日の予想が解けるかも、という話。今日は二人で 粗筋を考え、来週私が細かく詰めるという段取り。Herzog先生は来週また外国 出張である。先週はイタリア、来週は旧ソ連のナントカ共和国、2週間後には メキシコ、4週間後にはドイツ南部の都市へとそれぞれ1週間づつ出張である。 4月半ばから7月下旬までの約3ヶ月の夏学期のうち、実に隔週で通算1ヶ月は出張して いる計算になる。まあ、私としてはのんびり考えられるから、このぐらいのペー スが丁度良いけど、大学としてこういう事が許されるのは凄いことだと思う。

これは、出張中に演習の授業を任せられるTAや、講義の交換という形で 代講を頼めるスタッフがいることも幸いしているようだけど、それ以外にドイ ツの大学にはまだ残っている、ある種のおおらかさが関係しているようにも思 う。授業料が無料なこともあってか、学生達は休講に対しては比較的寛容 なようだし、「1セメスター何が何でも15週開講!」の形式に固執するあま り、原則として祝日を全て蹴飛ばしている立命館(だけでなく他大学でも似た ような状況らしいが)とは逆に、ここではやれキリストが復活した日だの、天 に昇って行った日だのという祝日に対する補講という概念そのものが存在 しない。

しかし日本の大学も、私が大学教師になる前は、ドイツの大学と似たよう な教授天国だったらしい。私はちょうど大学が「世知辛く」なり始めた 10年程前に会社員から大学教師に転身したので、 大学というのはこんなものかぐらいにしか思っていないけれど、 昔から大学教師をやっている人、特に国立大学から立命館に移ったような人は、 心に冷たい風を感じているのかも 知れないな。

2004年6月3(木)
<<思考停止>>
本日ケネディー広場前CITIバンクでTCを換金して家賃を確保した後大学 に出勤、やる気の無い(?)エッセン大学支払い窓口で電話料金を支払う。大学の支 払い窓口は、請求書に私の部屋の前任者の名前が印刷されていて、私の名前が 手書きで修正されている(この修正は誰が行ったのか私の知るところではない)のを指して、この名前では困る、事務のだれそれさん の所に行って○○(この部分は聞き取れず)してもらって来い等等、何だかや やこしい事を言い出してきたので、1日2時間余しか仕事しないくせに何をご ちゃごちゃ言い出すかと思って「ヘ?ナニイッテルカ、ワッカリマシェ−ン」 と一蹴。それでも何か言ってくるので「ダッテ、ワタシ、タカヤマッテナマエ デすう。プロフェッソール・フリードラインッテナマエノオトコデハアリマシェ −ン」と頓珍漢な答をかましておく。頓珍漢は得意である。とにかく、無事支 払い終了。

外国語の習熟には3段階ある。まず話せないし聞けない段階。この段階で 外国に長期間滞在するのは色々不便である。次は、とりあえず話せるけれど、 聞けない段階。これが今の私の状態で、自分の意志を伝えることは何とかなる と漠然とした自信があるので、おっとり構えてられる。しかし、街角でとっさ に何か話し掛けられても、大抵全然わからない。これは不自由といえば不自由 である。急に何か話し掛けられたら、とっさにNein!(ノー)と返事する癖がつ いてしまっているので、事態はさらに紛糾する。スーパーでレジに並んでいる ときに、「ちょっとこれをレジの人に返すだけですから、前を通してください ね」というような事を言われ(たんだろうと思う)ても、Nein!とぼそりと答 えてしまう。相手は勿論びっくりした顔をしているが、びっくりしたのはこち らが先なんだから、お互い様さぐらいに考えておかないと、後味が悪くて眠れ なくなる。こういうことはしょちゅうである。勿論最終段階は話せるし聞ける という段階。しかし人によっては、聞けるけど話せない段階があるそうだが。 それって、Herzog 先生の話を聞けばわかるけれど、自分では思いつかないと いうのに似ているのかしら。違う...か。

本日午前に1時間午後2時間余り、計算機実験を交えながらHerzog先生と 議論。途中部屋に戻って小一時間程、私のPCで計算機実験。やはり実験を交 えながら数学の理論を議論するのは楽しいものである。私なんか、結構単純作 業が好きな方で、理論的にどうしてよいかサッパリわからない時に、数式処理 ソフトなどを使って闇雲に具体例を計算する楽しみに溺れてしまいがちである。 本当は実験をしながらも、一刻も早く理論的解決の手掛かりを見出すべく頭を 使わなければならない。しかし、多分その時は至福の表情を浮かべながら、 ぼーっと、さりとてPCを繰る手だけは手早く動かしながら、思考停止してし まっているのである。でも、今日は運良く「朝のHerzog予想」の反例を見つけ たけどね。たまには予想を支持する例を大量に構成してみたいものである。 反例見つけるばかりでは、気勢が上がらないしね。

2004年6月2(水)
<<センス>>
スーパーで食料品の買い物をしてから出勤。午前中は昨日のHerzog先生との議 論を整理したりして過ごし、昼食後メンザのカフェで1時間程また議論。昨夜 私が考えた事を最初の10分ほど報告した後は、Herzog先生があれこれ悪戦苦 闘してアイディアを出そうとしているのを眺めてすごしたって感じ。その後は 部屋に戻って、Herzog先生の書きなぐりメモを整理しながら、色々考えてみる。

偉い数学者と私の違いの一つは、こういう事を試してみてはどうかという アイディアの持ち駒の多さだと思われる。おおよそ数学での新しい発見という のは、色々な事を試しているうちにふと糸口が見つかり、その糸口を丁寧にた どって行くことによって行われるものと思われる。だからまず、色々試して失 敗してみないとだめで、沢山失敗するためには、アイディアの持ち駒が多くな いといけないと思う。持ち駒を増やすのは努力すれば何とかなるかも知れない けれど、それを必要に応じて思い出すのは、おそらくはある種のセンスが必要 で、センスの悪さは努力ではなかなか改善しそうにないな。気休めに シューベルトでも聞こう。

そういえば、オフィ スで使っている電話料金の請求書が来た。支払いはエッセン大学内某所の窓口 までよろしく。取り扱い時間は月〜木曜、午前9時から11時までの間、との こと。何だと?何で窓口が朝の2時間しか開いてないのだ。やる気あるんかね、 とまたぼやき芸。あ、それから昨日の午後、秘書とかいう人を初めて見た。す ぐに居なくなったけどね。ツチノコを発見した時って、たぶんこんな感じかし ら。あっ、あー!ツチノコ!!とか言って興奮しているうちに、ささっとどっ かに消えてしまうみたいな。

写真は、やる気があるのかよくわからない料金支払い窓口があるフロア。 うす汚いエッセン大学で、このエリアだけは別世界のように、白を基調にした 明るい壁に趣味の良い写真を飾り、間接照明をうまく使った落ち着いた雰囲気、 おまけに観葉植物まで置かれている。テレビでよく見かけるドイツっぽいすっ きりしたデザインの明るいオフィスで、「ああ、いいなあ」とか思って思わず シャッターを切ったけど、週4日午前中だけしか使われない職場をこんなに綺 麗にして、どうしょうというのか。

2004年6月1(火)
<<希望>>
プリンタも使えず図書館で論文をコピーすることもできない長い留守番を経て、 本日午前午後通算3時間半ほどHerzog先生と議論。やはり、偉い先生と議論を してみると、それなりに展望というか、希望が開けるものだな。単なる希望に 過ぎないけれど、希望は大切だ。

私の研究ノートは、3度目のプリント・コマンドでやっとまともに印刷さ れ(1回目はHerzog先生の手抜き、2回目はプリンタの不調により失敗, パソコン関係に強いViehweg先生の助けを借りて3回目で成功)、先 週からこれはぜひ検討してみなければならないと思っていた1980年代の論 文は、エッセン大学意地悪図書館をあてにせず、Herzog先生の資料棚のコピー を拝借して2次コピーすることができた。