一部のブラウザのための

邪

魔

な

広

告

よ け ス ペ ー ス で す。

2005年3月31日(木)
<<ホリエモン>>
午後は明日から院生O君とMatsumuraのゼミ。その前に、後期から数理ファイナ ンス関係の非常勤講師をお願いしている学生時代からの友人N氏が、所用のつ いでに立ち寄ってくれた。手土産は、彼の自宅で20数年眠っていた学生時代 の数学の本数冊。新品同様の永田「可換環論」(紀伊国屋書店)などは有り難 い。他にもあったらもっと持ってきてくれと無心しておく。夕方遅くゼミが終 わり、EGAの第4巻を抱えて帰宅。

数学会の出張についてもう少し。「博士の愛した数式」の小山洋子氏が、 今期から新設された日本数学会の出版者賞を受賞され、授賞式があった。数学者に限らず、出 版を通じて数学の振興に貢献した人のための賞である。衣笠文系数学でレポー トの課題図書に使ってみたけれど、学生達の反響の良さを思えば受賞はもっと もなことだと思う。

それ以外では、何故か可換環論の同業者に「ホリエモンってどう思います か?」って聞かれたな。テレビにちょくちょくホリエモンが出ているけれど、 頭良さそうな話し方をする人でそんなに下品には見えず、 しかしながら「人生金が全て」みたいに考えているらしいという話もあって、 もし本当にそう考えてるんなら 「それってちょっとアブナイんじゃないの」って感じだし、こないだ見たときは (あちこちから色々突き上げを食っている時の様子を見たからそう思うのかも知れないけど) 目つきがちょっと怖くて人相があまりよろしくなかったなあ。 と、いうような意味の事を簡単に答えておいた。

そういえば、数学者というのも「 頭良さそうな話し方をする(とは限らない?) 人でそんなに下品には見えず、 しかしながら『人生数学が全て』みたいに考えているらしいという話もあって、 もし本当にそう考えてるんなら 『それってちょっとアブナイんじゃないの』って感じだし、こないだ見たときは (問題を考え込んでいる時の様子を見たからそう思うのかも知れないけど) 目つきがちょっと怖くて人相があまりよろしくなかったなあ」 とも言えるから、 「ホリエモン?まあ、数学者と似たようなもんじゃないんですか」 とでも答えておけばよかったな。

2005年3月30日(水)
<<花の大東京>>
夜、東京で開かれていた日本数学会への出張から帰宅。いくつか面白そうな講 演を聞いて、同業者の人と少し話して、会場に出張販売しに来る洋書専門店で いくつか本を買って、久しぶりに計算機屋時代と学生時代の友人に会って、そ れ以外はホテルなどでせっせとEGA読み。

春の学会は東京、秋の学会は地方で開催される。秋の学会が小さな都市で 開かれると、ちょっと学会をさぼって散歩でもと街に出たり夕食のための飲食 店を物色したりすると、同じような事を考えてか、何処に行っても数学者臭を ぷんぷんさせた若いのだの年寄りだの数名のグループがうろうろしている。私 の学生時代からの友人などはこれを大変嫌っていて、100メートル先の妖気 を察知してはすかさず道を変えるという徹底ぶりである。当の本人の妖気も相 当なものだが、近親憎悪の原理が働くのであろう。しかし花の大東京なら高々 数百人の数学者臭で穢れる心配は無いので、春の学会は「安心して街を 歩けるのでとても気分がよい」 のだそうだ。

かくいう私も、学会会場では気にならないどころか一種の安堵感すら覚え ることもあるのだが、街の中で一般市民の中に数学者のグループが汚染物質の ように紛れ込んでいる姿を見ると、こんなのを野放しにして良いものかと(自 分の事を棚に上げて)思ってしまう。数学者は少なくとも一般市民には悪さは しないけれど、悪さをしなければ何をしても良いのか(良いのだけど)、と。

数学者臭を一言で言えば、「野放しにされた窮屈さ」とでも言おうか。精 神の自由さが最大限に尊重される反面、厳密科学として「まとも」とか「深さ」 とかという事にえらく五月蝿い。そういう数学の学問としての性格が一人の人 間にそのまま体現されると、独特の臭気が発せられ周囲数メートルの空間に特 殊な歪みが生じるのである。学生時代は、その臭気はとりもなおさず人格に高 貴さを与えるものだと信じていたように思う。しかし、今は数学者臭は単にむさ 苦しさ以外の何物をも意味せず、人格の気高さとは独立の概念であると考えて いる。むしろ、数学者は特別の人徳が無い限り、このむさ苦しさを乗り越える ことは難しいのではないか、と。

2005年3月26日(土)
<<液状化現象>>
ゲーテ夏学期第1回目。仕事の関係で隔週しか来れない謎の旅行会社社員氏は、 ゲーテとの交渉の結果受講料を6割に負けてもらうこととなり、今期の受講を 決心したという。それ以外に、ご存知清少納言さまを含む前のクラスから一緒 のメンバー数名と、新しいメンバー数名。ゲーテの前後はEGAに読み耽り、結 局独、仏、日の3カ国語が頭の中で液状化現象を起こす一日となった。

来週のゲーテは1回生小集団クラス担任の仕事のため欠席する予定。聞く ところによると、クラス担任の仕事の一貫として4月中旬から下旬にかけて学 生のクラス・コンパとか何だかわけのわからない合宿に引っ張り出される予定 だそうだ。引っ張り出されてどうなるかというと、たぶんその辺でぼんやり立っ てたり、隅っこに座って黙って飯食ってるだけだろうと思う。 私の存在は心の清らかな学生の目にしか見えないはずである。

このような催しの趣旨は、クラス担任として新入生達に大学生活や勉強の 仕方などを積極的に語って聞かせろということなんだろうけど、「学校の先生」 らしさが抜けたままになってる私にそんな事期待されても無い袖は振れないの デス。勿論、何か聞かれれば何かしらちゃんと答えるだろうし、何も聞かれな きゃ何も答えない。

明日から東京出張。次回更新は31日深夜以降。

2005年3月25日(金)
<<運動場一周!>>
「へん、シューベルトなんか聴きながら学問をしやがって」の日。昼間はEGA 読み。EGAの記述はくどいけれど懇切丁寧と言うべきか、懇切丁寧だけどくど いと言うべきか。おまけに、ふと我に返ると仏独、独独、独英辞典等で遊んで たりするから、なかなか先に進まないな。

夜は無料サービス券を握り締めてスポーツ・クラブへ。今日はまたエアロ ビをやってみた。

学校時代の体育の授業には、体操の振り付けがなかなかのみこめず、一人 だけ左右の足を逆に出したり、手をのばす角度が違っていたり、反対方向に 回ったり、テンポが微妙にずれたりする生徒が必ず居るものである。本人は一 所懸命やっているのだが、体育の先生には「ふざけている」ように見えるらし く、ペナルティーとして運動場一周!を命じられ、それがまた「ふざけながら チンタラ走ってる」ように見えるらしく、もう一周!を命じられたりする。人 が真面目にやっているかふざけてやっているかの区別がつかないようでよく先 生が務まるものだ、などと憎まれ口を叩くような知恵があるわけでもなし。何 を隠そう、子供の頃の私のことである。

大人になったからといって、この状況に目立った進歩があるわけでもない。 しかし、大人になって良いことの一つは、エアロビでしっちゃかめっちゃか踊っ ていても、インストラクターにロードランナー20分!を命じられたりしない ことだな(言われなくてもやってるけどね)。

2005年3月24日(木)
<< EGA >>
寒の戻りなのか、寒い。昼前に出勤。キャンパスは何故か学生が沢山来ていた。 午後は4月から院生O君とMatsumuraのゼミ。夕方終了。それ以外は代数幾何学 のお勉強など。久しぶりに大学に出てきたついでに、最後はやっぱりこれに 泣き付くしかない!のEGAを2冊ほど持ち帰り、必要な部分をしこしこと読む。

不明の単語はまずドイツで買ってきた仏独辞典 で調べ、それで分からなければ独独辞典、独英辞典、英英辞典、英和辞典の順 に進む。うーん、ちょっと趣味に走り過ぎかしら。フランス語から離れて長く なるけれど、まだ目で字を追って何となく意味が理解できる。だが、残念なが ら発音の仕方をすっかり忘れてしまった。頭の中で音読できない言語って、 ちょっと寂しい。

2005年3月23日(水)
<<コテコテ>>
春休みも残り少なくなった。嗚呼、数学もドイツ語の復習も思うように進んで ないなと少し焦りつつ、今日も野暮用と代数幾何学の一日。新学期も近いな。

そういえば来年度は1回生小集団クラス担任である。最近「学校の先生」 らしさがすっかり抜け落ちてしまってるのに、コテコテの「学校の先生」を演 じなければならない1回生小集団クラス担任がちゃんと勤まるのかしら。一応 淡々粛々とコトを進めようと思っているのだけど、色々わけのわからない事も やらねばならない仕事だから、どこかでキレて暴れ出したりしないとも限らない。

今思い出したけれど、来年度はさらに「学科長見習い」として毎週会議に 引っ張り出されるんだった。これも淡々粛々の積もりだけど、、、うーん。も うしばらく忘れてよっと。

2005年3月22日(火)
<<各先生から一言挨拶>>
ぐずついた天気。今日も自宅とその周辺で野暮用と代数幾何学の一日。さて、 くどいようだが今日もまた謝恩会について。

全力疾走のO坂先生は何故謝恩会の壇上で私の本の宣伝(?)をしてくれた のか。それは長らく封印されていた卒業式恒例の「各先生から一言挨拶」が復 活したからである。思い返せば私が数理科学科に移籍して間もない頃、卒業式 の挨拶なんて仰々しいし何を話せば良いかわからないし苦痛なだけだからやめ ましょうという恐るべき理由で、数理科学科の卒業証書授与式における「各先 生から一言挨拶」は廃止されたのである。こんなトロクサイ理由がまかり通る のは、流石に「朝は眠くて起きられないから1限目の講義担当は断固拒否する」 という驚くべき主張が堂々と認められる我らが数学 教室だけのことはある。

しかし、かつて(私を除く)満場一致で廃止を決定した「各先生から一言 挨拶」を、突然なし崩し的に復活させてしまうところも、やはり我らが数学教 室の特徴だと思う。実のところ、私は我らが数学教室の同僚達によって折に触 れて発揮される「ほとんど野放しの気まぐれ」ぶりにはさんざん振り回されて、 ほとほと手を焼いている。月夜に人知れず「なんでやねん?!」と叫ぶ事一度 ならず。

それはともかく、(旧)情報学科時代の私は卒業式での「各先生から一言挨 拶」をおおいに楽しみにし、学生を前に何やかやと碌でもない話をして喜んで いた。高校の同窓会でかつての恩師達を沢山お招きした折、学校の先生という のは生徒・学生を前にした「一言挨拶」が心底大好きな人種であることがよく わかったのだが、リストラ直前の崖っぷちチンピラ会社員から大学教師に転じ た私も数年のうちにすっかり学校の先生らしくなっていたのである。

ところが「一言挨拶」が廃止された後の数年間で、私は再び「学校の先生 らしさ」を失ったようである。だから、気まぐれに突然「各先生から一言挨拶」 を復活されても、私は卒業していく学生達を前にして「先生らしく」語る言葉 を何ら持ち合わせていない。「結局私は貴方達が何を考えて生きてるのかさっ ぱり分からないままで終わりました。貴方達の後輩達はもっとわけがわかりま せん。しかし、実はわたしはもう何もかもがどうでも良くて、ただ日々数学を やって生きていることだけが嬉しいのです。皆さんがこれからどう生きようと 私の知った事ではありませんが、まあ適当にやってください」が精一杯(実際 はもうちょっと違う表現で無理してゴタゴタ喋ったけどね)。

2005年3月21日(月)
<<数学を諦めない才能>>
祭日。謝恩会後遺症の朝である。布団の中で、もし謝恩会に出ずにプライベー トにどこかへうまい物でも食べに行ってたら、爽やかな気分で花粉症の朝を迎 えることができただろうかなどと考えているうちに二度寝。昼前に再び目を覚 まし、もう済んだ事だし、また新しい日々を始めればよいではないかと起き上 がる。

昨日の謝恩会会場では、退屈のあまり例によって「透明人間モード」になっ て気配を殺してぼおっと漂っていた。ふと見ると、1年365日娘の授業参観 日を除いてジーンズとトレーナーで全力疾走のO坂先生が、 何故か(本人も自分 の言っている事がよくわかっていないような理由で)スーツを着て壇上で挨拶 などをしていて、突然「

高山先生の本にも書いてあるように、

数学で一番大切な事は継続することです!」などと口走ったので、 びっくりしてしまった。この人は時々津軽の清らかで冷たい風を思わせる 不思議な事を言うから面白い。 しかし、私の隣に居たK川先生も「確かにそう書いてありましたよ」などと言っていた な。例の「数学を諦めない才能」説の事かしら。しかし「それが一番大切」か どうか私は知らないし、本にそう書いた覚えもないんだけど。

数学を諦めない私は野暮用と代数幾何学のお勉強の一日。

2005年3月20日(日)
<<数の力の魔法>>
卒業式である。年に高々2回しか着ないスーツを着て、10数年前に学位授与 式か何かで履くためにかなり奮発して買いもとめ、次は学士院賞か文化勲章の 授与式にでも履こうかなどと碌でも無い事を考えて靴箱に永久保管されかけて いた革靴を履いて出勤。午前の学部、夕方の修士の卒業証書授与式に立ち会う。 その合間は部屋で代数幾何学のお勉強。それにしても、当然の事ながら数理科 学科の卒業生数は(旧)情報学科に比べて少ない。修士の卒業式などはほんの 数名で会場は閑散としており、授与式はあっという間に終わってしまった。

(旧)情報学科では学部で400名弱、修士で200名弱の卒業生がワッ ショイワッショイ一つの教室にひしめき合っての授与式だった。こうなると数 の力の魔法が働き、一人一人の学生に元気が有ろうが無かろうがそういう事と は関係無しに、見ている方は何だか景気の良い気分になってくる。証書を渡す にも学生数が膨大なので、ほとんど時間との闘いである。学科主任は千手観音 状態になって猛烈な速度で証書を渡し、20数名の教員は餞(はなむけ)の言 葉と称して次々と壇上に上り、身を立て名を上げやよ励めよなどとつまらない 訓示を得々と垂れるのが常であった。私も社会人として仕事をしていく心得な どと下らない話を得意気にしていたように思う。あれはまさしく壮大な一大イ ベントだった。そして、碌でもない学科だとあれほど口を極めて罵っていた (旧)情報学科だし、今もその意見に何ら変わりは無いのだけど、ワッショイ ワッショイの景気の良さという点では悪くなかったな、などと既に思い出 が美化され始めている。景気が良ければ何でもいいじゃん!と。

夜は京都駅で開かれた学部卒業生の謝恩会に参加。かなり奮発した立食パー ティーで酒も料理もとても美味しかった。和食系では親和会の宴会で定期的に おいしいものが食べられるが、洋食系では久しぶりである。ケーキなどは最高 で、結局3種類のケーキ全て食べてしまい、1週間分のダイエットが1晩で水 泡に帰した。1キロ太るには1晩で十分だが1キロ痩せるには1週間はかかる (溜息)。

それにしても私にとって謝恩会は親和会宴会と同様、退屈極まりない 時間である。卒研でも担当していない限り日頃から学生と何やかやかやと付き合 う事は無いので、謝恩会だからといって急に何か話をするわけでもない。 学生と話をしないのなら参加する意味は無い。親和会宴会は和室でどっかり 腰を下ろしてという具合に自分の居場所が確保できるが、立食中心の謝恩会 だとそうも行かない。ということで、来年から謝恩会には出ない ことにしようと思う。

2005年3月19日(土)
<<無料サービス券>>
ゲーテ春の特別講座最終回。今日はドイツ在住の先生の母堂が録画して送って くれたというドイツのコマーシャルのビデオと、私が前回の失敗に懲りず再挑 戦で録画した日本のコマーシャルのビデオを見比べて討論など。今日は何だか 先生の精神的コンディションがよろしくないらしく危なげな雰囲気だったな。ま、そ ういう事もたまにはあるでしょうってことで(さあ、次行ってみよう)。来週 から引き続き2005年度夏学期の授業が始まる。前学期に添削してもらった 独作文の復習もまだ全然終わってないよう!

ゲーテの後速攻で帰り、ゼスト地下コロラド・コーヒーで代数幾何学のお 勉強を少し。帰宅して軽く夕食をとった後、施設使用無料サービス券を握り締 めてスポーツ・クラブへ。引き続きダイエット中の私だが、ゲーテに来ていた 若いお兄ちゃんが「僕、いつも運動してないと太る体質で、水飲んでも太るん です」と言ってたけど、わかるなあ。近頃の私は「飯は毒だ。ちょっとでも食 べたらどんどん太る」という拒食症傾向の思想に侵されている。しかし、 「毒食って死んでやる!」という自暴自棄思想も同時に持っている のか拒食症にならずに済んでいる。それどころか短期決戦を期したダイエット も一進一退で思わぬ長期戦にもつれ込んでいる。早くこういうのは終わりにして、 腹一杯カツカレーと鰻丼と饅頭を食べたいものだと思う。 では何故ダイエットしている かというと、健康診断で医者に碌でもない事を言われたので意地になっている からである。

スポーツ・クラブから帰宅後もすこし代数幾何学のお勉強。こっちの方も 3月末までにカタがつけられるとはとても思えないな。

2005年3月18日(金)
<<総領事の講演>>
午前中は同志社大学の講演会を聴講しに行く。何でもドイツ総領事が日独関係 (特に政治経済関係の事)について話すとか。ゲーテの所長夫妻なども来てい た。総領事って外交官の一種だから、さぞかし流暢な日本語で講演するかと思 いきや、ドイツ語で話して同志社大学の教授とおぼしき人が逐次通訳をしてい た。ゲーテに通って皆さんドイツ語を勉強して下さいなどという無茶は 言わず、日本でもっと英語が普及すれば世界中から観光客がもっと集まって良いと 思いますなどとドイツ語で話すところが何とも味があってよろしい。それにし ても、やはり通訳が無いと半分ぐらいしかわからないところがまだ「嘘上級」 な私。ゲーテの先生の話がほぼ100%理解できるのは、簡単なドイツ語で話 してくれるからだろう。あの通訳してた先生みたいになれたら、さぞかしカッ コ良かろうと思う。

その後烏丸今出川近辺で昼食を済ませ、途中山科SBUXで道草を食ってから 出勤。新学期の授業で配布するプリントを準備して事務に複写依頼を出したり、 個研室にたまった時効成立済みの事務通知書などのゴミの山を処分したり、事 務で明後日の卒業式のスケジュールを確認したり。今年は卒研生も卒業する 院生も居ないから卒業式はパスしようかと思っていたのだが、故S藤先生に 置き去りにされた座敷童S太郎くんとTy君が居たことを思い出した。

それやこれやの合間には、代数幾何学のお勉強。

2005年3月17日(木)
<<独創性の発揮>>
春の雨。午後一番で1回生小集団クラス関係の用事で自治会系(?)の学生と 打ち合わせ。その後、4月から院生のO君とMatsumuraゼミ。今日は順序数とか Zornの補題とかをヘビーに用いる部分。O君は珍しくいまひとつすっきりしな い面持ちだったので聞いてみると、彼の学年の集合論の講義は集合論の定番の 話はそっちのけでグレブナー基底の話ばかりという”独創的”なものだったと か。私が集中的に担当しているあっても無くても良いようなゴミ科目ならいざ 知らず、集合論のような基幹科目で”独創性が発揮される”事があるとは驚き である。ま、今後はそういう事は起こらないと思うけどね。

夜は日大セミナーの復習のつづき。

2005年3月16日(水)
<<家庭教師>>
昼間は自宅にて日大セミナーの復習。それぞれの講演のノートを読み直して 拙い要約を作り、そこに現れる私の知らない代数幾何学の概念、専門用語、 その分野ではよく知られている事実とされているらしい事柄などを洗い出す。 あとでそれらを「絨毯爆撃」すれば、比較的早い時期に「知ったかぶり」ぐらい は出来るようになり、そうこうしているうちに自分の研究プランも考えられるよ うになるだろうという、取らぬ狸の何とやら。 問題は「絨毯爆撃」を如何に効率的に行うか、だな。 夕方は山科区内で野暮用。夜も少しだけセミナーの復習。

先日の日大セミナーで、まだ博士号を取って間もなくて非常勤講師で食い つないでいる若い人が「学生時代の家庭教師のバイトの高給が懐かしい」と嘆 いていた。すると某有名大学の先生が、最近の大学生の中には落ちこぼれが沢 山いるから、線形代数や微積分学を教える大学生相手の家庭教師なんか需要が あるのでは、などと半分冗談で話していた。

線形代数や微積分学がわからない大学生なんて今に始まった話ではないけ ど、最近はさっぱりわからなくて(甘いはずの)単位も取れないのだけど、そう いう事を全然気にしてないような学生が増えてきたような気がするな。全然気 にせずに入学後最初の講義から脈絡無く居眠りしてるとか。 だから、家庭教師 の需要なんて無いはずです。そこのあなた、大学生相手の家庭教師なんかしな くていいから、私の家庭教師になって代数幾何学を教えておくれと言いたかっ たんだけどね。そしたら「絨毯爆撃」なんて、あっという間に終わるんじゃな いかしら。