一部のブラウザのための

邪

魔

な

広

告

よ け ス ペ ー ス で す。

2004年11月13日(土)
<<放心>>
眠い。いくらでも眠れるのだが、今日は「呆け封じのゲーテの日」なので10 時に起きる。今日も芸術とは何かだの、猿が描いた絵は芸術かとか、最も美し いドイツ語の単語は何かだのといった、日頃考えない事を考え普段使わない脳 味噌を酷使してくたびれ果てる。気力の喪失は呆けの初期症状の一つである。 くたびれる事を億劫がって避けているとどんどん呆けが進行する。だから、歯 をくい縛って無理矢理考えて、たどたどしいドイツ語で話すのである。ゲーテ の帰りは三条寺町平野屋改めSBUXに立ち寄って放心。何のかんのと忙しい ので、夜のスポーツ・クラブはパス。出張の準備をしてから、少しだけ数学。

来週始めは徳島大学工学部で集中講義。明日から出発。次回の更新は早く ても火曜日の夜。

2004年11月12日(金)
<<楽しそう?>>
午後一番から衣笠キャンパスでパンキョウの文系数学の講義2つ。何と言って もこの講義が一番楽しく、るんるん気分である。私が勤務していた10年程前 までは、衣笠キャンパスは何となく古ぼけたぱっとしない所だった。しかし今 では色々リフォームされて、しっとりと落ち着いた大変美しいキャンパスになっ ていて、そこに居る学生達も何となく楽しそうに見える。夜はゲーテの予習な ど。

楽しそうに見えるといえば、学生がサークル活動とかゼミの勉強とか、あ るいはそれ以外の何らかの事情でたむろしている姿を見ると、何となく楽しそ うに見えてしまう。私の日々の生活を振り返ると、仲間とたむろするなどとい う事はゲーテの講座で週に1回クラスの人と顔を合わせ、時々一緒に遊びに行き、 年に1、2度程度昔の友人と会う程度。また、大学の数学教師ともなると独立性 が強い職業なので、年に2,3回学会で同業者と顔を合わせる以外は、 職場の仲間(同僚)と(例え仕事上の必要性があってのこととしても) 何となくたむろするなどという事は、月に2,3回の教室会議と年に数回の 教授会以外は原則として無い。それに比べて、学生たち は毎日のようにわいわいと何だか楽しそうでいいなあ、と。

しかしこれは非常に大雑把な物の見方でしかない。大体人と顔を合わせる事が 楽しい事であるという保証など、どこにも無い。誰とも会わなくてせいせいするって 事もあるわけだし。それに 当の学生たちも、見た目ほども楽しくも何とも無い のかも知れない。私の学生時代のおぼろげな記憶をたどっても、仲間とたむろ している人達を見ると楽しそうなので、自分もちょっと覗いてみようと色々な グループに加わってみたものの、別にどうってことも無く、むしろつまらなかっ たりもして、こんな事ばかりやっててもしょうがないなと一人で動き回る事が 増えていき、そして今日に至ったように思う。

それにしても、本人達は楽しくも何ともないのかも知れないけれど、楽しそうに見える学 生を見るのは、楽しい。そりゃあ、つまらなそうにしているのを見るより、う んといいに決まっている。

2004年11月11日(木)
<<3倍速モード>>
午前中は2回生の講義。居眠り学生の一部は欠席。こそこそとお喋りしながら ウワの空でノート取りをしている学生達がいたので、一応軽く注意(お喋りに 関して)する。この学年に関して言えば、お喋り学生は「ああ、この学年にも 少しは元気のある学生がいたんだ」とかえって安心の材料だったりする。しか し、彼らはお喋りをきつく注意すると、殺虫剤を撒かれた昆虫のようにそのま ま眠ってしまう傾向がある。こういうわけのわからない人達というのは、考えよ うによってはとても興味深く、一度きちんと調査研究してみたいという衝動に駆 られることもある。 しかし、彼らとはせいぜい週に一度程度講義で顔をあわせるぐらいだし、 卒業研究などでお付き合いすることもおそらく無いと思う。だから、結局永遠の 謎のままで終わることであろう。まあ、世の中に謎が沢山あるというのも、悪く はないけどね。

昼食後は夕方の3回生の購読の時間まで研究室で少し数学。購読の受講生 は2名だが、今日はしめし合わせて2人とも休み。講義なら構わず3倍速モー ドで「伝説の講義」をやって思いっきり先に進めるところだが(ヤな性格です ねー) 、さすがに一人芝居「伝説の購読!居もしない学生をいたぶって、むふふのふ」 をやるわけにも行かず、15分待って自然休講。すぐに帰宅して自宅にて数学 の続き、ドイツ語の予習その他いろいろ。

2004年11月10日(水)
<<恐怖政治>>
眠い。少なくとも乗り物に乗った途端気を失う。午前中は4回生の講義、昼食 後少し数学を考えて、14時過ぎから1回生の演習。その後教室会議。

半額おまけシールのみんみん油蝉の私は、来年度「教室主任見習い」とい う役職につくことになった。いきなり主任になって無茶苦茶されても困るとい う事で、1年間「主任道」をみっちり勉強し、再来年度に主任をやりなさいと いうことのようである。そんな無茶苦茶しそうな半額油蝉なら主任なんてやら さなければ良いではないかという説もあるが、教室主任と町内会長は好き好ん でなりたがる人間は居ないので、教授になればいずれ順番が回ってくるのであ る。

10年程前に町内会長を押し付けられた時は、よくも町内会長などに祭り 上げてくれたな、その事を後悔させてくれるわと、町内会に恐怖政治をしいた。 残念ながら教室主任は町内会長よりもうんと権限が小さい単なる雑役係だから、 恐怖政治は無理だな。

2004年11月9日(火)
<<みんみん>>
油蝉の私は朝からみんみんと山科区役所などで野暮用。その後大学に出勤し健 康診断、どさくさ紛れにインフルエンザの予防接種も受ける。それからかなり 遅めの昼食をとり、すぐに帰宅。さて自宅で研究でもと思ったのだが、何故か 大学の事務から留守電が入っており、しばしそれに対応。ついでに午前中の野 暮用の続きなどもゴタゴタと。

そうこうするうちに、教室主任から明日は来年度の役職を決める教室会議 だから出席するようとのメイルが届く。教室メンバー全員ではなく私だけに出 されたメイルというところが大いに不吉で、「何か特別な意味でも?」と問合 せメイルを送ったところ、これまた極めて思わせぶりな”うまいことはぐらか しメイル”が返ってきた。まあ、大体予想はついているけれど、いよいよ来る べきものが来たかって感じ。半額おまけシールの油蝉の運命や如何に。みんみ ん。

2004年11月8日(月)
<<油蝉の一生>>
野暮用の一日。朝(私としては)早めに京都を離れ、遠くの街であちこち動き 回り、夜遅く帰宅。移動の時間は居眠りの合間にゲーテの宿題など。いい季節 なんだけど、なかなか数学にどっぷりつかるって訳にいかないな。しかし、久 しぶりに日本で一番うまい(と私が認定している)鰻屋で昼食をとれたのは、正 解。

某地某喫茶店でコーヒーをすすりながら、店に置いてあったオジサン雑誌 を眺めていたら、(小説家に転向してからは全く関知していなかった)ねじめ 正一のインタビュー記事があったので「ほう」と思って斜めにさあっと読み飛 ばしてみると、50歳を過ぎて体がしんどくなってきたから、前へ前へとがん がん飛ばす生き方をやめる事にしたというような事が書いてあった。50歳を 過ぎたら創造活動の第一線から降りるのが正しいのだそうである。そら、かな わんなあ。私が数学を始めたのは40歳を過ぎてから。それで50歳でやめる のが正しいとなれば、何か油蝉の一生みたいではないか。

2004年11月7日(日)
<<専門バカの完成>>
朝はゆっくり起き、それから野暮用。終了は夕方頃。山科駅前SBUXでひと 息ついて、夜は少し研究。そろそろ、ここ2、3ヶ月ぐらい勉強してきた種々 雑多な事を整理し始める。

昨日も少し書いた事だけど、ゲーテの上級講座で毎週1人ずつ何か発表し て皆で討論しないといけなくて、発表の順番が12月に回ってくる。それを思 うと憂鬱である。自分が興味を持っている事について何でもいいから話せとい うのだけど、だからと言って可換環論とか代数幾何の話するわけにもいかんし、 絵や音楽の話も私はこれが好きであれは嫌いですというような個人的趣味の話 で「討論」のネタにはならないし、どうしたものかとパニックになっているっ てわけ。日頃から「自分の意見」なるものを持っている人だと、こういう時の ネタには困らないのだろうけど。

ところで、昨日私は「意見」自体にそれほど価値を認めていないと書いた が、なぜそうなったかというと、真に独創的で深い意見を持つのならともかく として、他人と同じ意見なら持ってもしょうがないと考えているからだと思う。 他人と同じ意見なら他人に持たせておけば良いわけで、どこにでもあるような ものを抱え込んでいても頭の中が重たくなるだけである。しかし独創的な意見 を形成するには、独創的な研究業績を挙げるのと同じ手間暇がかかるわけで、 そんな事が簡単にできるぐらいなら、鳴かず飛ばずの本業の研究でもっと頑張 りたいものである。まあ、そんな風に考えて長い事生きてきたような気がする。 その結果。。。見事に立派な専門バカが完成しました!オメデトウ!そして今 そのボケ防止対策が急務とされているというわけ。ゲーテの発表のタイトルは 「専門バカとそのボケ対策」にしようかしら。

2004年11月6日(土)
<<ボケ防止>>
ゲーテの日。上級クラスは中級クラスに比べて、皆で討論する形のレッスンが 多い。テキストの文章に関したテーマで討論したり、毎週受講生の一人が交替 で自分の好きなテーマで10分程度何か発表し、それについて皆で討論したり する。普段何も考えずに生きている私は、世の中の人々はこんな事を話題にし て語っているのかと、毎週新鮮な驚きを感じるのである。今日はフリータ問題 とモダン・アートの「難解さ」がテーマになり、蛤のように押し黙っていた前 回と打って変わって、私もたどたどしいドイツ語で色々な意見を述べたし、 日本人の喋るドイツ語にも慣れてきた。

そういえば日常生活の中で、開かれた思考の下で自由に意見を交換し合う 場面は皆無に近い。大学教師として、あるいは数学者として、同業者と話す時 は勿論仕事の話であり、それは広い意味では定型の会話でしかないから、開か れた思考の下とは言い難い。

私の歪んだ思考も、自由な意見の交換を阻んでいる。歪んだ思考とは、例 えば以下のようなものである。意見というのは通常個人的なものであり、個人 的なものは詰まるところその個人に対してのみ意味があり、そもそもその個人 にしか意味が無い意見なるものを他人の目の前で語ってはばからないというの は、子供の頃に何か悪いモノでも食べて頭がおかしくなっている人間のするこ とであり、逆に面と向かって意見を聞かされても「私は私の人生を生きている のであって、貴方の人生についてのあれやこれやが一体私に何の意味があると いうのでしょうか」としか答えようがないではないか、とか。意見の正しい述 べ方というのは、例えば、署名捺印付きで紙にでも書いて、駅前で道行く人々 にティッシュペーパーと一緒に配り、その紙が読まれることなく打ち捨てられ 踏みつけられるさまを寂しい微笑を浮かべて静かに見守るといったものである。 あるいは、この日誌のような所に書き殴って、時々カウンターをチェックして、 ははあ、どなたか知らないけれど私の意見を読んでいる奇特な方もおられるの だと、心温まる気持ちを一人噛み締める、といったものでなければならない、 とか。まあ、そういう思考である。

さらに、私は「意見」自体にそれほど価値を認めていないようであり、私 が大切にしているのは物事の好き嫌いに関する私自身の判断と日々の生活につい ての感想でしかなく、それらは「意見」よりもさらに個人的なものだから、益々 他人様の目の前で披露するものではないということになる。

私自身はかように歪んだ思考を楽しんではいるのだけど、こんな調子では どんどんボケて行くのではないかと真剣に心配し始めている。ゲーテの上級ク ラスというのは、開かれた会話に乏しい日常生活と私自身の歪んだ思考と 突き破るボケ防止の切り札になってくれているような気がするな。

2004年11月5日(金)
<<置き去り>>
午後一番から衣笠キャンパスで「数理の世界」と「情報の数理」の講義2連発。 後者の方は少しノリが悪く、帰りのバスの中で忸怩たる思いに浸る。一般に、 調子よく喋れて今日はいい感じで講義が出来たと思っていても、学生の方から すればどうなのかはよくわからない。教師だけの自己満足ってこともあろうかと 思う。そして、その逆もあるだろうしと自らを慰めつつ、山科駅前SBU Xで道草。夜はゲーテの宿題など。

文系数学の講座を受講している人の中には、小・中・高校のいずれかの 時点で数学が好きだった人が少なくないようである。彼らは例えば、問題が解 けた時の喜びや、証明が出来た時の快感は今でも覚えているというような事を 言う。しかしその後、アンドレ・ヴェイユ風に言えば「数学が私を置き去りに した」苦い経験を経て、数学があまり好きでなくなったという。

ゲーテに来ている人達の中にも、似たような事を言う人をちらほら見かけ る。そういう話を聞くたびに、数学者はこういう人達を「置き去りに」したま までいたら益々大変なことになるのではないか、という気がしてくる。私の講 座を受講している学生達は、もしかしたら昔の美しい思い出に繋がる数学に再 会できるかも知れないと期待してやってきたのだろうか。だとすれば責任重大 だと思うけれど、果たして期待に応える講義が出来てるかどうか。

2004年11月4日(木)
<<ヤな性格>>
午前中は2回生「離散数学」の講義。あっちでもこっちでも、こっくりこっく り。講義の流れや文脈から完全に独立な自律的文脈自由睡眠が繰り広げられる。 私が密かに「ため口シスターズ」と呼んでいる、先週まで割合元気だった女子 学生達のグループも、スキー場に向かう夜行バスよろしく団子になって眠りこ けている。最強の居眠り集団!寝る子は育つ数理科学科花の2003年組が戻っ てきたのである。よーし!これでこそ私が知っている彼らだ。先週までこの教 室に居たのは、学生に化けた狐か狸だったに違いない。

その後昼食。午後は微積分の演習の準備とボケ防止を兼ねて、2時間余り 計算マシーンと化す。夕方は3回生「外国書購読II」。今日も若いコをいたぶっ て、むふふのひと時を過ごす。最近何かと鬱病気味なのだが、この講座の直後 だけはニコニコしているのが自分でもわかる。あー、ヤな性格。

夜はゲーテの宿題。あまり進まず。明日に賭けるか。

2004年11月3日(水)
<<惨め?>>
気持ちの良い秋の日。昼前まで寝て、座敷童S太郎君にメイルを出し、それか ら夕方まで山科区内で色々野暮用。夕食後は久しぶりにゆっくりと数学。ちょ うどひと風呂浴びた直後のように、頭の中が少しすっきり気分良くなる。ドイ ツ語作文の宿題もあるのだが、今日はパス。

昨日のハッカーの映画は、駆け出し計算機屋だった頃を思い出させてくれ た。私は学生時代から「数学科で落ちこぼれて民間企業等に転落する人生」と いう考えに長い間取り付かれていたけれど、思い返せば計算機業界に就職した 頃はそれほど惨めではなかったように思う。

「転落する人生」という考え方は、数学科の野心溢れる学生達のみならず、 (「転落」の経験を持たない)数学教師の間にも広く共有されているように思 う。さすがに露骨に哀れみ蔑むような言動を取る教師は居ないと思うが、この 世界で生き残れずにどこか我々の知らない世界に旅立ってしまう人というよう な口ぶりに、そのような思想が滲み出ている。

夏に大学院入試に失敗し卒業するまでの半年間は実に惨めであった。そこ には自分を蔑む思想は充満してても、自分を支える思想風土が無いからである。 私のひねくれた性格の何割かは、その頃に形成されたものと思われる。しかし ながら、一度外の世界に出てしまえばそこには色々見知らぬ世界が広がってい て、若い新人として期待され励まされて煽てられてコキ使われて、しんどい事 もあるけれども案外楽しくやっていける。自分が活躍できる場とチャンスが 与えられるということは、希望が与えられるということであり、希望されあれば 人間惨めになることはないのである。世の中に出てしまえば大学で勉強し た数学はほとんど無縁になるけれど、それはそれで気分一新、かえってさっぱ りして良いとも言える。だから、細々ながらも数学がやっていける今も楽しい けれど、あの頃も結構楽しかったなあと思う。

2004年11月2日(火)
<<3行目以降>>
山科駅前Sbuxで道草を食った後、昼過ぎに大学へ。いくつか雑用を済ませ、 図書館で本を借り、研究室で少し勉強してからゲーテに向かう。18時より 「ドイツ映画セミナー」。セミナーというだけあって、最後に質疑応答の時間 があって、映画の中でこういうシーンがあったけれど、あれはどういう意味な のか?等の質問をすることができる。勿論お勉強モードの催しなので、質疑応 答は全てドイツ語である。今日は1985年頃、ソ連のスパイとして西側諸国 の情報を売り渡した某ハッカー少年の実話に基づく物語 「23」(ハンス-クリスティアン・シュミット監督 1999年) 日本 語字幕スーパー付きなのは嬉しい。ドイツ映画というと、映像も内容も暗く、 かつ、頭のおかしい物語ばかりと思っていたけれど、これはアメリカ映画のよ うに明るい映像と割合素直に見ることができる内容を持った映画だと思う。1 985年の私といえば、駆け出し計算機屋として大型冷蔵庫みたいなパーソナ ル(!)逐次型推論マシンの通信制御ソフトの実機デバックなどをやっていた 頃で、何となく当時の計算機業界の雰囲気は覚えている。今となっては博物館 モノの古臭いパソコンやミニコンが出てきたりして、結構面白ろかった。

あとはHerzog先生だな。時々わけのわからないメイルを送ってきては、返 事はまだかと執拗に催促してくる。知らん顔していると、お前の日誌は日本語 で読めないがどうやら毎日更新されていることが確認された。それから考える に、お前は毎日普通に生活し、ネットワークにもアクセスしているはずだ。な のに何故返事をよこさんのだ云々と来る。こういう執拗さを私との共同研究プ ロジェクトで発揮してもらいたかったものだなどと思いつつ、あまりに五月蝿 いので必要十分な情報を2行以下に押さえた極めてドライな返事を送り返した りしていた。しかし昨日は私もとうとうキレて、少し長い返事を送った。そも そも貴方は私に対して敬意というものを全く払おうとしない。だから、私が送っ たメイルは最初の2行より後は決して真面目には読まないし、私が一生懸命頼ん だ事も後回しにして直ぐ忘れるし、後回しにせずに約束した事もその直後には 綺麗さっぱり忘れてしまうし、私に関する事で何か少しでもこみ入った事を考 える事は人生の浪費だぐらいに考えている。高山に関する面倒事は手間暇全て 省略でテキトーにグシャグシャっと最も安易なやり方で中途半端でも出鱈目で も何でもいいからさっさと片付けちまおう、と。今度のメイルもそうだ。よろ しい。別に敬意を払ってくれなどとは言わないが、貴方の横柄で愚かし気な 申し出に取り合う積もりも毛頭ないので悪しからずご了承されたし云々。勿論 これだけ書けば2行は超えている。

その後Herzog先生から何かしら返事が返って来たけれど、その文面からは 3行目以降をちゃんと読んでたかどうかは不明。ただ、私が非常に怒っている 事は何となく伝わったようである。(旧)情報学科の件での経験から考えるに、 非常に怒っている事はちゃんと相手に伝えた方が、後々やりやすくなると思う。

2004年11月1日(月)
<<疲労回復効果?>>
昨日日曜日は野暮用にて昼頃に京都を離れ、某地で一泊し、今日の昼過ぎに京 都に戻る。移動の時間に、導来圏とか双対複体とかについて少し勉強。それに しても、一応、日、月、火曜日は研究日にしているつもりだが、最近は色々な 野暮事によって潰れてしまうことも多い。研究から遠ざかると疲れが急に溜ま り始める傾向があるが、それは研究活動に疲労回復効果がある事を意味するの か、それとも単に疲れる仕事が増えた事を意味するだけなのか。それにしても 何かこの頃、疲れた疲れたという事ばかり書いているような気がするな。 鬱病かしら。

午後は自宅で色々な宿題。ゲーテの宿題や色々な学生から引き受けた宿題 とか。私は毎日色々な事を考えて生きているつもりだけど、ゲーテに通ってい ると、実は普段何も考えずに生きている事を気づかせてもらえる。こんなに毎 日何も考えずにいると、どんどんボケて行くのではないかと不安なってくる。