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一部のブラウザのための邪
魔
な
広
告
よ け ス ペ ー ス で す。
2004年9月30(木)
<<珍しい生き物>>
台風一過。午前中は2回生の「離散数学」の講義。今年の2回生達は入学当時
から、あたり構わず脈絡も何も無く随時眠り込んではまた起き、起きてはまた
眠り込むという習性があり、講義をしながら観察していると、大学生らしい覚醒
を感じさせる表情をした学生達も何人か居るものの、少なからぬ学生達が
この習性からまだ立直っていないことがわかる。彼らは大学卒業後も(卒業で
きれば、の話だが)、ああやって色んなところで当たり構わず眠り込んで一生
を終えるのであろうか。何だかよくわからない珍しい生き物を見てきた気分で講義を
終える。
夕方は3回生の「外国書購読IIc」。外国書購読は1クラス10数名程 度を見込んでa,b,cの3クラスにしてあるそうだけど、私のcクラスの受講生は 4名。何か卒研ゼミみたいである。うち一名は2回生の眠り病に感染している ように思えた。しかし注意深く観察すると、ある時点でばたっと眠り込んで、 ずーっと起きない。かように眠りに勢いがある所は2回生型の居眠りではなく、 昔懐かしい「眠り天才君」型の眠りである。だから、やはり2回生型の病理と は別のものだと思われる。もう一人の学生は、2年前バスの中で「数理科学科 よりも情報学科の方がカッコいい。そちらに転学科する方がいいかも」という ような事を嬉しそうに喋っていたので、一度根性を叩き直してやらねばならぬ と思った学生である。まあ、結局数理科学科にとどまった見識は褒めて やってもよかろう。 今日は簡単にガイダンスをやって早めに終わる。
2つの授業の合間は、
昼食を挟んで色々雑務。夕方は何度見ても”髭を剃ったイチロー”に見えてし
まう座敷童S太郎が現れたので、「もう少しで大リーグ新記録樹立だね」と言
いたくなるのをぐっとこらえて少し雑談。写真はゲッチンゲンの風格のあるア
パート。ゲッチンゲンでもこういうのはそう多くはないようだが、この界隈に
は同様の建物が多い。ドイツでは新築(Neubau)のアパートよりもこのような
Altbau (古い建物) のもの方が好まれるそうである。確かに、エッセンのアハー
ド君夫婦の住んでいるアパートに招かれたことがあるが、最近建てられたアパー
トはいかにも味気ない作りである。
2004年9月29(水)
<<台風こわいよう>>
本日台風。夜京都の真上を通過。東京での会社員時代、「何故みんな暴風警報
が出るまで働こうとするんだ!?」とムンクの叫びを演じつつ、強風注意報が
出ただけで会社を休んだ私である。台風こわいようと、朝から気が気でない。
午前中の可換環論の講義はまあ何とか済ませた。昼食後は来春から院生として
私のゼミに所属する予定のO君と、プレゼミについての打ち合わせ。可換環論
を本格的に勉強したいということなので、大学院に進学するまでにホモロジー
代数と圏論の基礎をさらっと(!)済ませてしまおうということになった。その
後、微積分の演習。講義に沿った演習科目だが、まだ講義の方は始まってない
らしいし、台風も近づいているので!!、ガイダンスをやって出席を取って早
めに終了。その後研究室でWebの台風情報をちらちら見ながら雑用を少しやっ
て、16時から教室会議。教室会議における「椅子取りゲーム」の結末は、O
先生ならぬA堀先生が私の元”指定席”に巨大な腹を横たえ、私は元”夢見る
H先生指定席”におさまった。きんきん声のKaz先生も今学期は学外留学で、
数学教室の教室会議には約15年振りに静寂が戻ったようである。
何度も言うが、台風である。早く帰らないと暴風雨なり大雨なりで大変で
ある。それに小雨が降るだけで10分以上遅れる琵琶湖線である。台風の大雨
で電車が止まって缶詰になるかも知れない。しかし、皆さん会議を手際よく終
わらせようという意思は全く感じられず、サロンの会話のように会議を楽しん
でいて、開始後3時間経っても全く終わる気配が無い。”サロンの会話”もお
おいに結構だが、今日は台風である。自宅が大学のすぐ近くだから台風が来て
も気にしない人達とか、台風を口実に大学に泊り込めば家族の束縛から解放さ
れて一晩中研究ができるぞと会議の引き延ばしを画策している(?)人達とか、
台風のことなんて何も考えてない人達とかにはこれ以上付き合ってられないと、
19時きっかりに途中退出して大急ぎで帰宅。それでも山科に着いた時は風雨
が強くなって、傘をさしてもびしょ濡れになってしまった。写真は、
ゲッチンゲンの旧市街の内側から見た、城壁都市時代の名残の石塀。
白壁部分の落書きは、現代のもの。
2004年9月28(火)
<<ぬるま湯体質>>
山科駅前SBUXで道草を食って、午後から出勤。事務的書類を作って提出し、
レクチャー・ノートや論文をいくつかダウンロードしたりして印刷。プリンター
のある生活は麗しい。その間、院生のTy君が久しぶりに大学に来ていたので、
少し雑談したりもする。夕方頃、突然”怪しい学生K君”が現れた。しばらく
見ないうちに、”怪しさ”に一層の磨きがかかったようだ。
彼は立命館を卒業し、K大学の修士課程を終え、今年度からO大学の博士 課程に進学している。ゼミの予習をしていてわからない所があるからという事 で、「前の前の」指導教員である私の所に質問に来たというわけ。何でK大学 の「前の」指導教員の所に行かないのかしら。これにはK大学には無い”立命 的ぬるま湯体質”が関係しているのかも知れない。
立命館では、例えば、 学生達が演習の授業の課題の答を別の先生に聞きに行き、教員も多くの場合「あーあ」と か思いながらも照れずに答えるという、麗しきぬるま湯的風習があるのだ。こ れは、質問に来る元気があるだけでも大変良いことだから多いに奨励すべきで あり、考えてもわからないからと言ってそのままやり過ごすとか、さらには、 分からないのかどうかすらも分からずに単に思考停止しているよりはうんと マシだ、という考えが背景にあるからだと思う。この考え方は、特に学部生 や、研究者を目指さない修士の学生に対しては、正しいと思う。
そして私も立命館の教師なので、やはり「『あーあ』とか思いながらも照れ ずに答える」習慣が身についているため、他大学の博士課程の学生とはいえ、聞 かれれば何となく答えてしまうのである。しかしそれが本当に本人のために なるのかどうか、あるいは、博士課程の学生ということでもっと厳しい事を言っ て追い返すのが良いのか、正規ルートで数学者になったわけでもない私には、 よくわからない。
それにしても、可換環論しか興味を示さなかったあのK君が、代数幾何学の質
問をしてくるとは、恐れ入ったな。写真はゲッチンゲン旧市街の中心地。夏の
土曜日の昼下がりともなれば、皆こんな風に街に繰り出して、何となく楽しそ
うである。
2004年9月27(月)
<<調整無し>>
今日から新学期。私の授業は水曜日からなので、本日も出勤して講義準備モー
ド。あちこちに散乱している講義ノートをかき集めたり、微積分の計算ドリル
で頭すっきり!させたり、数学演習の前学期の担当者の所へ行って、どんな風
に演習を進めたのか聞いたり。
例えば同一科目を3クラスに分割して別々の教員が担当する場合、同調圧
力が強かった旧情報学科の場合、3人の担当者が事前に集まって授業の進め方や評価
方法を統一すべく調整するのが常であった。それに対して、何事につけ事前申
し合せ的な事を嫌い、ぶっつけ本番を好む数理科学科では、一切調整が無いこ
とを今日初めて知った。ということで、微積分の演習は私の好きなようにやら
せてもらうことにしよう。
写真はゲッチンゲンのとある静かな裏通り。
2004年9月26(日)
<<ボケ封じ>>
本日午前零時より講義準備モード突入。昨夜布団の中でつらつら思うに、如何
に「水で薄める」にせよ文系数学で母関数の組合せ論を教えるのは色々無理が
ある。ここはひとつ勇気をもってゲーム理論入門に変更しようと決心するに至
る。本日は野暮用、歯医者等の合間は、微積分の演習、文系数学の講義の準備
など。
数学の演習を担当するのは初めてである。さらに、一変数の微積分のちま ちました計算問題を真面目にやるのは、恐らく大学受験生時代以後初めてであ る。大学生時代は、計算問題なんて馬鹿にしててんでやらなかった。計算機屋 時代はそもそも微分する必要性も積分する必要性も無かった。数学に転じてか らは可換環論なので、やはり微積分の計算とはほとんど無縁の生活である。しか し最近は、こういう単純な計算ドリルをやるとボケ封じ、いや、ボケ防止に良 いとか言われているので、授業の準備もかねて自分で問題を解いてみるのも悪 くはあるまい。毎日30分微積分の計算ドリルで頭すっきり!なんてね。
それにしても大学での数学演習というのは、学生にその場で解かせて、早 い者勝ちで発表させる方式が定番のようだけど、自分の学生時代を思い返すと 「あれはかなわんなあ」と思う。これぞと思った問題を考え始めても、他の学 生に出し抜かれてしまうかも知れないと思うと気が気でないし、実際に何回か 出し抜かれてしまうとやる気が失せてしまう。そうこうしているうちに、簡単 な問題は全て解き尽くされて、残っているのはどれも手が出せそうもないよう な難問ばかりで、発表しているのは一握りの優等生だけとなる。私の学生時代 は、例えば代数の演習など、最初は熾烈な出し抜き合戦が続いてばたばた共倒 れを起こし、受講生が少なくなってきた所で、イデアル論の問題は俺が解くけ れど、ホモロジー代数の問題はお前に任せたみたいな形で、学生同士が談合し たりしてたな。微積分のような基礎科目の演習では、受講生に万遍無く問題を 解かせるようにしたいものだ。
写真はゲッチンゲンの繁華街。この通りでは衣料品のバーゲン・セールをやっ
ているらしく、写真では少し暗くて見にくいけれど、大変な混雑ぶり。品定め
に余念が無い女性客らの気迫に押されて、この通りを突き進む勇気が無くなっ
た。上の方には黄色い横断幕がいくつも張られている。一番近くの横断幕には
"Es lohnt sich!!"とあるが、これは「断然お買い得!!」って感じだろうか。
この、中世の香りが色濃く残る街並みで、まさに私の好きな”世間話的世界”が
現在進行形て展開している当たり前さが嬉しい。
2004年9月25(土)
<<20年のスパン>>
野暮用にて昼頃に京都を離れ、夜遅く帰宅。移動の時間は専ら、J. Kollar &
森重文「双有理幾何学」(岩波)をぱらぱらと眺め、所々拾い読みや斜め読み
をしてすごす。最近の代数幾何学者たちは、「ネフ」、「ログ端末特異点」、
「Q-因子」 etc. といった、私の学生時代には聞いたことの無い専門用語を頻
繁に使って議論をしているようだけど、これらは森理論の発見・発展に伴って
出てきた概念のようだ。
代数幾何学も、この
20年ぐらいでずいぶん前進したなって感じがするな。可換環論もそれ以外の
分野も、やはり私の学生時代とはずいぶん雰囲気が変わって来ている。学問の
進歩というものは、10年ぐらいでは「何やってるのかしら」って感じでよく
わからないけれど、20年ぐらいのスパンで見てみると「ああ、そういうこと
だったのか」と進歩の大きさや方向がやっと見えてくる。写真はゲッチンゲン
でみつけたレストラン「ガウス」。その近所に「ガウス薬局」というのもあっ
た。
2004年9月24(金)
<<時間的瞬間移動>>
昼前に出勤。研究室に置いてある本でちょっと調べ物をと軽く考えての出勤だっ
たのだが、その前に、そろそろ新学期も始まるから一寸下準備でもと思って、
(そのまま腐ってしまうことを期待して)放置してあった雑用をちょっと片付
けようとしたところ、気がついたらもう夕方になっていた。この、時間に加速
度が付いた感じというか時間的瞬間移動の感覚は、やっぱり新学期って気がす
るな。
今年から初めて行う、文科系学生用の数学の講義の準備のために、Hardy & Wrightの"An Introduction to the Theory of Numbers"を読み始める。講義の 内容は、定番の「初等整数論と暗号」のような話題になろうかと思う。文系数 学はもう一つ別の講義があって、こちらは滋賀大教育学部で好評だった講義を 復活させて「ゲーム理論入門」にする案もあったけれど、もう少し難易度を上 げて数学の学生向けにやっている組合せ論の講義の焼き直しで様子を見てみよ うと考えている。(でも、やっぱり「ゲーム理論入門」にしておいた方が良かっ たかなあ。)事務から届いた書類を見ると、いずれの講義も400名ぐらい収 容の大教室が割り当てられている。私は高々10数名程度の学生相手ののんび りした授業を想像していたのだけど。さて、どうなることやら。
2004年9月23(木)
<<日本の中心>>
15年振りに札幌に行ってきた。21、22日と学会出張で北大に行き、本日
夜帰宅。講演を幾つか聞き、学会に出張販売しに来ていた東京の数学書専門書
店で何冊か注文。某書店のたぶん管理職クラスの人が、私の顔を見ただけで私
の所属と名前を思い出し、数秒で手続をしてくれたのには一寸驚いた。私はそ
の営業努力というか、商売熱心な心意気に感銘して、非常に面白そうだけど微
妙に専門外な上にとても高価なため、購入を迷っていた本を注文することにし
た。これって、何か向こうの思うツボだな。
今回の出張では伊丹空港と新千歳空港を飛行機で往復したのだが、空港や 飛行機を見るとデュッセルドフルやフランクフルトやパリの空港に居るような 気がして、悪くない。前回札幌に行ったのは雪で覆われた2月頃だったけれど、 今回は気候は良好。23日は快晴、日中の体感気温は25度以上。汗ばむぐら い暑かったものの蒸し暑さは無く、21、22日は雨だったけど北海道らしく 涼しかった。それに周りは豊かな自然に恵まれ、食べ物がうまい。あと冬に大 雪さえ降らなければこんな良い所は無いだろうに。しかし、これからの50年 は温暖化が急速に進むだろうから、雪も減って本当に住みやすくなり、21世 紀の後半は日本の中心になっているのではなかろうか。
あと、23日午前中は北海道立三岸好太郎美術館を見てきた。三岸好太郎は 札幌出身だそうである。私の結論として は、三岸好太郎の”当たり率”は1割程度。つまり、1割の作品は本当に凄いけれど、 残りは特に感動なし。当たり外れが激しい。9割の作品がつまらないのは、新し い画風を作ろうとか、新しい表現方法を模索しようとかして、頭で考え過ぎてい るからであろう。美術館には何故か奥さんの方の三岸節子画集があったので、それ もひっくり返して見てみたのだけど、”当たり率は9割以上”、これは凄い。 しかも、31歳で夭折した好太郎氏と違い、節子氏は長生きしているから、 良い作品の数が膨大である。この人は、頭で考えて絵を描いてない事は明らかで、 どの絵も理屈抜きで強引に迫ってくる。もしかしたら、好太郎氏よりも画家として 上じゃないかって気までしてくる。
2004年9月20(月)
<<虚仮・理不尽・一定期間>>
祭日。昼前に起き、論文眺めをしながら、京都市役所前ゼスト地下街、河原町
三条明治屋およびブックファースト、寺町新京極平野屋改めSBUX、さらに
河原町を少し南下して丸善、地下鉄で山科に戻りニックでプリンターのインク
を買って帰る。プリンターのある生活って、幸せ!
明治屋では、ドイツRitter社のチョコレートRitter Sportシリーズを見つ ける。ドイツ滞在中にチョコレート中毒になり、毎日朝食後と夕食後には必ず Ritter Sport Vollmilch(ミルクチョコレート)を少しずつ食べていた。買っ て帰ろうかと思ったけれど、ドイツのスーパーで100円程度で売っているも のが240円近い値段で売られているので、やめた。それ以外にリゾット用の 米とか、私が愛する炭酸入りのミネラル・ウオーターとかも売っていたが、輸 入物はやはりべらぼうに高い。レンズ豆も売っていたが、これは買った事がな いので、ドイツの相場と比べて高いのかどうかわからない。レンズ豆のスープ の作り方が載っている料理の本も買ってきたので、これは一度試してみようか と思う。リゾット米には、「表面は水分を吸って柔らかくなりやすいが、芯は ちゃんと硬さが残る、本格リゾットに最適の米」というような説明が書かれて いた。ドイツで作っていたとき、なかなか芯が柔らかくならないので、どうす ればうまく作れるのだろうかと悩んでいたのだが、リゾットというのは本来そ ういうものらしい。それにしても、明治屋は楽しい。
今日もまたミュンスターの街角の写真。ミュンスターといえば、美しく立派な
お寺がいくつか建っていて、それが街の景観に溶け込んでいるのだが、何故か
私のお気に入りは、こういう何でもないような風景。この風景は何故か15年
程前に行ったスコットランドの美しい街エディンバラを思い出させる。そして
ミュンスターというのは、「失望」問題のどん底にあった時に心を癒した、
私にとっては特別な意味を持つ街で
もある。私は、自分のことを比較的温厚な人格だと思っているのだが、情報学
科時代のことや今回の「失望」問題のことを思い返してみれば、人を虚仮(コケ)にする
ような理不尽な扱いを一定期間以上継続して受けた時に限って、心底怒り狂い、
その怒りが長く持続する傾向があることがわかってくる。この虚仮・理不尽・一定期間の3条件が全部
揃うところがポイントである。
この際、相手が侘びを入れてきた場合はあっさり収まりがつくと思われるが、
謙虚に侘びを入れるような人間が人を長期間にわたって虚仮にし続けるとは
考えにくい。なるほど、これは長引きそうだ。
やはり、自分の方が偉いとか、権力を持っている
とか、多数派だとか、そういう立場にあるからといって、人を虚仮にするよう
な態度を取り続けることは、如何なる理由があるにせよ許されるわけがない
と思う。私も気をつけないといけないな。
2004年9月19(日)
<<リスク>>
朝はゆっくり起床。午後は数学を少し。夜は寺町四条で買い物をしてから烏丸
今出川近辺をうろつく。夜も少しだけ数学。
ところで、教員の転出、死去、病気等で、学業半ばで指導教員を失う院生 というのは、少なからず居るものらしい。教員組織の大きな大学だと、同じよ うな専門の教員が複数名居るから、そこへ「里子に出される」なんてこともあ るらしいが、私立や地方国立大あたりだとそうも行かず、後任の教員が残され た院生達の研究指導を引き継げる人とも限らず、院生は書類上の指導教員だけ あてがわれて、ほったらかしにされるなんてことも珍しくないと思う。
あるいは、憧れの有名教授の居る他大学大学院に進学したものの、どうも その教授の様子がおかしいと思っていたら、実はそれは痴呆症の初期症状で、 その大学の学生達なら何と なく「あの先生、昔は偉かったらしいけど、今は何だかやばいぞ」という形で みんな知っていた、なんて事もあるかも知れない。この場合、教授の研究指導 を全面的に信頼してついていくには、かなりの勇気が必要になるかも知れない。
こう考えると大学院生というのは結構リスクを伴う稼業だし、特に研究職 を目指す場合は時に致命的な事態に陥らないとも限らない。しかし、恐らく昔 の東大や京大の数学あたりでは、ほったらかしにしておいても自分でちゃんと 修士論文や博士論文が纏められる学生こそが大学院生としてふさわしく、手取 り足取り指導しなければ潰れてしまうようなのは、早めに潰して淘汰しておい た方が良いという考えだったと思われる。だから上記のような事は何ら問題で はなく、教授達は新しい院生が入学してきて間もなく長期海外出張してしまい、 その院生が修士論文を提出する頃に帰国したりしていたのである。今は東大や 京大でも、そういう調子ではやってられまいが。
それにしても世の院生達には、例え不幸にして指導教員を失う(あるいは、最初から
×あるいは?だった)事があっても、それでへこたれる事無く何とか乗り越えて欲しいも
のだと思う。確実なことは、乗り越えれることができた暁には、物凄い実力が
ついているということである。写真はミュンスター大学の近くのカフェで見つけた
壁の落書き。鼠の巣穴と鼠の絵が描かれており「学生に賃貸するための穴」と
書いてある。これは何とも可笑しい。
2004年9月18(土)
<<椅子取りゲーム>>
久しぶりにたっぷりと眠る。昼頃起床。午後は山科駅前SBUXを経て、大学
へ。引き続きEGAをひっくりかえし、論文の疑問点潰しを続ける。肩の痛み
もおさまったようなので、夜はまたラクト・スポーツ・クラブへ。
来週は数学会で札幌に出張し、再来週からは新学期が始まる。ところで、立命 館大学数学教室では”椅子取りゲーム”が静かに進行中である。別にテレビ・ド ラマのように「教授の椅子」だの「学部長の椅子」だのではなく、文字通りの 教室会議をする時の会議室の椅子の取り合いなのである。会議室が手狭で座席 が増やせず、新しい先生もどんどん着任している状態なので、こういう頭の痛 い問題が水面下で起こっているのである。
ことの発端は昨年秋O先生が着任した時に始まる。その頃既に会議室の座 席はほとんど飽和状態にあり、O先生は自分の座席を求めて右往左往した結果、 私がいつも座っている席に目をつけ、そこを占拠し始めたのである。そうなる と、会議の時どちらが早く会議室に到着してその席に座り続けるかの勝負とな り、私の到着が早すぎたため手帳などを置いて場所を取ってちょっと外に出て いると、それと知ってか否か、後から来たO先生が手帳を横に押し退けてその 席を占拠し、私が思わずキレるという事件まで起こるという、静かで醜い泥仕 合状態が展開していたのが今年の2月頃の話。
この泥仕合は私がドイツに留学することにより、恐らくO先生の「不戦勝」 に終わり、彼は元「私の指定席」を「我が物顔」に占拠しているものと思われる。さ らに、私がドイツに行っている間に2名の新任の先生達が着任しており、彼ら が何処に座っているのかも、ちと気になる。
新学期が始まるにあたって憂鬱な事のひとつは、O先生と再び椅子取り ゲーム の泥仕合を始めるべきかどうかという問題である。 「同僚と犬猿の仲になる事」は私の得意とするところで、必要とあれば 私は躊躇しない。しかし、それにはそれなりの大義名分が必要で、 「会議室の椅子を横取りされたから」というのでは、あまりにも馬鹿馬鹿 しくてお話にならない。一方、新学期からは夢見るH先生とKaz先生が 学外留学で不在となるので、当面はそれらの席に座るという手もある。 しかし、彼らが帰って来てからも既得権益のように占拠し続けるとすれば、 「誰かにやられた事を他に転化する」という子供じみた問題解決ではないか という気もする。
あー、馬鹿馬鹿し。何でもええやんか。会議室の座席にこだわってどうするの
よ。空いてる所に座ればよろしい。どこも空いてなければ、お前は会議に出な
くてよろしいという意味だから、これ幸いと会議を退席すればよろしい。どう
せ私は半額シールだから、会議に出ようと出まいと大した違いは無いのだ。
というのが、今日の結論。「どうせ私は半額シール」というのが、魔法の
呪文のような効果を発揮しているような気がする。ああ、半額シールでよかった。
写真はミュンスターの街角。私、やっぱり
ヨーロッパ好きやねん!
2004年9月17(金)
<<すっきりしない>>
昼前は歯医者。それ以外は自宅でシューベルトを聞きながらEGAを眺めてす
ごす。折角ドイツで買ってきたのだからということと、フランス語にうつつをぬかして
いる
うちにドイツ語を忘れてしまっては困るということで、できるだけ
Langenscheidtの独仏・仏独ポケット辞典を使うようにする。それにしても、
ドイツに滞在中に適当に手当たり次第にCDを買ったのだけど、シューベルト
といのは全く当たり外れが無ところが良い。私をシューベルトに開眼させた張
本人であるHerzog先生によれば、シューベルトは何百曲と作曲したそうだが、
「全部ど外れて素晴らしい」そうだ。さもありなんという気がする。これか
らも手当たり次第にCDを買おうかと思うが、しかし、その度に「失望」問題
を思い出してハラワタを煮え繰り返さないといけないかと思うと、ちょっと気
が重い。
祖父の影響で幼少より絵画や音楽に深く親しんだというHerzog先生は、「日常
生活や数学の事はよく忘れるし、年とともに忘れることが多くなってきたが、
絵画や音楽のことは全く忘れない。たとえば一目絵を見れば誰の作品かすぐわ
かる」そうである。私とHerzog先生は、数学の趣味は若干合わない部分もある
けれど、絵画と音楽については広い範囲で趣味が合うと思うし、それゆえに全
般的に見ればよき友人たりえたはずだと思う。しかし実際には「失望」問題が
起こったわけで、不思議といえば不思議である。この問題が結構後を引いてい
るのは、一体何故そうなったのか、色々な憶測はあるものの、実際のところは
よくわからず、どうにもすっきりしないか
らである。
写真はミュンスターの路地裏から表通りを望んだところ。
なんか、おじさんがこっちを見ているな。
2004年9月16(木)
<<思わず路上で>>
朝、何となく夜更し気味なのを無理して起きたものの、朝食後ちょっと横になっ
ているうちに気を失い、昼前に再び起床。午後から出勤。研究室で泣きながら
EGAをひっくり返す。確かにその辺の薄っぺらいお手軽本よりは丁寧に書か
れていて、内容的には読みやすそうだけど、フランス語の動詞の活用(と発音)
をすっかり忘れてしまっていることもあって、読むのにちょっと苦労する。夜
もEGAを少し眺める。
今日も出勤途中に突然「失望」問題を思い出してしまい、思わず路上でハラワ
タが煮えくり返ってしまう。
しかし、それ以外の美しい思い出が、煮詰まって
しまいそうな私を救ってくれた。今日の「美しい思い出」はこれ(写真)。昨
日も少し書いたけれど、ミュンスター大学といえば、大学のシンボル・マーク
にもなっているこの建物がいつも出てくる。しかしハインリッヒ・ベーンケの
時代はどうだか知らないけれど、少なくとも今この建物は理学部のものではな
い。
それにミュンスター大学の数学教室も、 ホームページ をちらりと覗いてみた限りでは、多変数解析関数論は今は昔で、今は数論 幾何学全盛時代であることがうかがえる。立命館に居ると、私などは、現代数 学で最もホットな話題は確率論という気分になってくるのだけど、ミュンスター に行けばそれが数論幾何学だって気分になるかも知れない。私の心の中のホッ トな話題?それは学生時代から一貫して、代数幾何学と可換環論の境界部分な んだけど。そういうのって古臭いのかしら。