邪
魔
な
広
告
よ け ス ペ ー ス で す。
2005年4月15日(金)
<<吊し上げ>>
「夢見る私はただの私」ああ、いい言葉だ。などと思いながら昼前に出勤。午
後一番で元気の無い3回生「外国書購読」。予想に反して10名以上受講生が
残った。彼らは何となく元気が良さそうである。引き続き情報理工学部1回生
の線形代数の講義。教室のマイク設備のトラブル(実は1ヶ月ぐらい前から故
障したまま放置されている)のため、新学期でひっくり返っている教務課に連
絡して急遽教室変更してもらい、別の建物の大教室に移動して講義。このクラ
スもぼつぼつ寝る学生が現れた。さらに引き続き院生O君とMatsumuraゼミ。通
勤電車の行き帰りは数学。夜はドイツ語。
そういえば韓国と中国で反日デモなどが盛んだけど、水曜日の「留学生数 学」のクラスの学生達はどう思ってるんだろう。例えば中国の反日デモに呼応 して立命館の中国人留学生達が一斉蜂起し、それに韓国人留学生も合流し、来 週の「留学生数学」で私が吊し上げを食うなんて事が起こりそうにないのは何 故かとか、考えてみればよくわからない事も多い。そういえば新宿近辺にも中国 人や韓国人の留学生や旅行者が溢れ返っているけれど、彼らは何を思ってるん だろうね。
2005年4月14日(木)
<<私はただの私!>>
午前中に出勤。昼食を挟んで明日の線形代数の講義や来週の微積分の演習の準
備など。午後は経済・経営の学生のUNIX-C言語の演習。今日はログイン、ディ
レクトリ操作、EMACS, ログアウトなどの実習。結局受講生は5名に落ち着い
た模様。その後少し数学。ちょっと見てみたい本は全部自宅なので図書館で借り出
し、新しくできた学生会館みたいな建物のカフェでコーヒーを飲みながら眺め
る。その後部屋で雑用を少ししてから帰宅。夜はドイツ語の宿題など。夜更し
続きで眠い。
会議が異様に長引く原因として、これまでに「論理の遊戯」「闇雲な議論」 「一般解への執着」という数学者の習性が3つ発見された (他にも「無駄な一般化」とか「技巧的な反例の構成」とかほとんど職業病とも 呼べるものが色々考えられる)。そして、数学者趣 味に走って無意味な議論で時間を潰すのはやめようよ、みたいな事ばかり考え ている私は、だんだん数学者じゃないような気がしてきた(ちなみに私は「全 ての議論は無意味である」と考えるアナーキストである)。そのうち「私は数学 を研究しているけれど、数学者なんかじゃない。私はただの私だ!」とか喚き 始めそうな予感がしている。「夢見る数学者」改め「私はただの私」とか。
2005年4月13日(水)
<<真正の数学者>>
午前中は「留学生数学」の講義。教室に行ってみると中国、韓国の留学生が合
計10数名。しかも1,2,3回生が入り混じっている。「私の国では高校で
行列を習わなかったのでそのレベルから教えて欲しい」「微積分の計算は勉強
したから、もっと論理的な話をして欲しい」「とにかく単位が欲しい」等等、
皆さん色んな事を言ってくるのでてんやわんやである。今日はとりあえず今日
は2行2列行列のアドリブ講義。
午後は1回生の微積分の演習。30名ちょっとのクラス。ガイダンスをやっ て、その後少し講義みたいなことをやる。割合反応の良い学生達だけど、もう 既に居眠りしているのが2、3名居る。大学入学後最初の授業から居眠りして いるようじゃあ、先が思いやられるな。
その後3時間半ほど教室会議。先週の猛反省にもかかわらず、ずうっと何 やかや発言し続けて疲れ果ててしまったのは何故か?と、今日も帰りの電車の 中でひとり反省会。何故教室会議が異様に長引くのかというと、それは数学者 が数学研究と同じ考え方で会議をやろうとするからである。では、それはどう いう考え方か。今日発見したのは、「方向性無き闇雲な議論」と「一般解への 飽くなき探求心」の2つ。
何時までにどの問題でどういう解を出さなければならないかという目標か ら逆算して、何をどの順序でどう議論すべきかという方向性を考えるのは、何 事も「納期と線表と進捗管理」の発想を持ち込みたがる工学屋の発想である。 しかし数学者は闇雲に議論する。議論をしながら新しい問題を見出し、その問 題を議論する中からまた新しい問題が見出される。次の瞬間にどのような問題 が見えてくるかわからないし、議論に区切りがつくのが何時なのかもわからな い。我々は真実を発見するために議論をする。真実は発見するものであり、人 間が恣意的に作り出すものではない。だから議論をする前から人間があらかじ め方向性や期限を設定できるはずがない。勿論数学には「ラングランズ・プロ グラム」とか「森プログラム」といった、議論の方向性や道しるべのようなも のはあるが、それはマクロなレベルのものであり、個々の議論まで制約するも のではない。
また数学者はどんな問題にも自然な一般解があり、その解は「発見」され、 論理的に証明されるものだと考えている。「AかBかどちらを取るか」決断すべ き問題は、まず「AかBかどちらが正しいか」を証明する問題と解釈し、Aの証 明、Bの証明、あるいはAの反例の構成、Bの反例の構成、はてまたAもBも包含 する一般理論の可能性を模索することに全力を尽くす。場合によっては問題を 徹底的に一般化してみるのも良いかも知れない。論理的に考えうるありとあら ゆる場合を考え、それぞれの場合のAとBのどちらが成り立ちうるのか一つ一つ 検討してみるのも良いかも知れない。多くの場合、絶対Aが正しいという理由 が見つからないし、かと言ってBで絶対駄目だという証明も見つからないかも 知れない。しかし簡単に諦めてはいけない。じっくり時間を掛けて粘りに粘っ て考えることが肝要である。
方向性無き闇雲な議論は時に会議の迷走をもたらし、最適解への飽くなき 探求心は「決断」を先送りする。これを見ていると、ああこの人達は真正の数 学者なんだと感動がこみ上げてくるのである。実は真正の数学者ではない半額 オマケ・シールの私は馬脚を現し、「その議論は本筋から外れている」「こん な事ばかり議論してたのではいつまで経っても結論が出ない」「とりあえずこ うしておいて、様子を見てはどうか」「こんな事をああでもないこうでもない と一般的に論じていてもしょうがない」等々の工学屋的発言を繰り返し、会議 を少しでも早く終わらせようと無駄に頑張って今日も沈没してしまったのである。
2005年4月12日(火)
<<人生、行き当たりばったり>>
昼前に出勤。明日の数学演習をどうしようかと準備の真似事。どうにも名案が
思い浮かばないので、当たって砕けろ式にやっていこうと腹をくくる。そうい
えば明日の「留学生数学」なんて、何をどう教えれば良いのかは学生の人数や
顔ぶれを見るまでは白紙の状態だし、明後日の「UNIXとC言語演習」も明々後
日の「外国書購読」も何人のどういう学生が残っているか見極めてからでない
と、皆目方針が立たない。かように、今シーズンは行き当たりばったりの演習
科目ばかりである。「人生、行き当たりばったり」うーむ、いい言葉だ。
午後は院生O君とのMatsumuraゼミ。引き続き教授会。生協で夕食を食べて から帰宅。新学期が始まったばかりのためか、食堂が混雑して13時を過ぎな いと昼食にありつけないし、帰りのバスも東京八重洲のポケモン・センター前 と見まがうような数十メートにおよぶ長蛇の待ち行列。
夜、ドイツ語の宿題を やっていたら、既に仲直り済みHerzog先生からメイル。せっかくだからドイツ 語で返事を出しておく。大した内容じゃないのだけどね。ゲーテ以外ではこう いう時にドイツ語を使わないと、他に使う時が無いし。
2005年4月11日(月)
<<びびっている>>
「戦争」のことはひとまず忘れて終日自宅に引き篭もり、数学とドイツ語と少
しばかりの野暮用の一日。まだ桜は残っているのだろうか。
先日からずうっとEGAをひっくり返したり考えたりして七転八倒していた疑 問が、今日ようやく解けた。と言っても別に新しい発見をしたわけではなく、 代数幾何学の専門家達が時おり当たり前のような顔をして手品みたいにさらっ と使う事実が何なのか、手近な教科書には全然書かれてなくて、EGAをよーく 読めばちゃんと書いてあったというだけの事。でも、よーく読まないとわから ない(少なくとも私には)。やっぱり代数幾何学の人ってHartshorneとかでお 茶を濁すんじゃなくって、EGAもちゃんと読んでるのかしらね。
EGAって、以前は「天才グロタンディエックがフランス語で書いた何分冊に もなっている大部の数学書」ということでびびっていたけど、数学は永田先生 のLocal rings に比べればうんと易しく書いてあるし、フランス語の方は昔挑 戦したカミューの小説とか数年前に買ったグロタンディエックとセールの書簡 集とかは全然読めない私でも、最初ちょっと戸惑っただけですぐにナナメに読 めるようになるぐらい簡単だし。今後も愛読書にしようかしら。
本当はSGA2あたりをちゃんと読まないと駄目なんだけど、これはまだびびっ ている。
2005年4月10日(日)
<<大人同士の知恵>>
桜の敵、午後から雨が降るかと思いきや、天気予報は外れ、雨は夜中に。人体の不思議展を見に行こ
うと思っているのだけど、気持ち悪くて飯が食えなくなるのではないかと危惧
して決行日をずるずると先延ばしし、本日野暮用と数学の一日。
ずっと先のことかも知れないけれど、半額オマケ・シール問題で数学教室 の同僚達と「戦争」しなければならないかも知れないなと危惧している。S藤 先生亡き後、私が(S藤先生の路線とは一味違う)「計算機代数」の卒研テーマ を引き継いだのだが、今年は卒研志望者がゼロだった。何故セロなのかについ ては色々分析があって、その分析結果に従えば来年度も志望者がゼロになり、 再来年度には少しは上向きになるかもと予想されている。卒研志望者が少ない と「戦争」への危険が高まる。何故か。
半額オマケ・シールは微妙である。数学は日々発展を続け、今や旧来の純 粋数学と応用数学の垣根は曖昧となり、物理学、生物学、経済学、心理学、情 報科学等の隣接分野とのかかわりから生まれた新しい発想は、数学の伝統的な 分野に新しい知見や方向を与えつつ未来へと繋がる大きなうねりとなって広が り続けている云々という「正の側面」もあるが、純粋数学を外圧から守るため に、「応用数学」改め「情報ナンチャラ」を、組織拡大、予算集め、受験生集 め、はてまた学生定員拡大に伴う大量の「多様な」学生の収容マシーンとして いいように利用しようという下心が見え隠れすることもまた事実である。
正の側面でも下心でもとちらでも良いのだが、現にシールを貼られている 当事者としては、両者のバランスを取るのに結構気苦労しているのである。私 としては「計算機代数」路線で適当に卒研生を集めて手を打ちたいところだし、 私の専門や数理科学科としてのバランス、教育効果その他諸々を鑑みても、こ れが一番妥当な線だろうと考えている。
しかし学生達が「気まぐれ」を起こして「志望者ゼロ」とかが何年も続い た上に、同僚教員達から「下心」が露骨に出始めたりすると厄介である。俺達 はお前さんを「収容マシーン」として雇った積もりだ。我々は「情報ナンチャ ラ」が学問的にどういうものなのかなんて元々興味なんか無い(私も実は興味 無いんですけど!)。とにかく俺達の定義によれば「情報ナンチャラ=実験系 =部屋に計算機並べて学生一杯引き受けてくれる=それによって少数精鋭の純 粋数学ゼミが守られる」なのだ。志望者ゼロとは何事かね。何?(旧)情報学科 でもずうっと志望者ゼロだったし、自分は元々マイナー志向の人間で一般受け はしないし、学生が何を考えているか基本的に理解不能なので大量の学生を集 める方法がわからないだと?そんな事は知ったことか。お前さんは何ってったっ て半額オマケとして数学教室に来たんだから、半額オマケやってもらわないと 困るんだよ。計算機代数が何だか知らないし知りたいとも思わないけど、暗号 とか何かもっと「学生が飛びつきそうな情報らしいやさしい話」は無いのか。 何?そういうのはお前さんの専門から手の届く範囲では見当たらないし、学部 ぐらいなら無理して「やさしい情報数学」で卒研指導できるかも知れないけど、 学生が大学院に行きたいとか言い出したら指導できないだと?お前さんの専門 と「やさしい情報数学」がどういう関係にあるのかなんて話はわからないし、 わかりたくも無い。とにかく 部屋に計算機並べて、学生集めて、ちゃんとやっ てもらわないと。何?「純粋数学系」の卒研は予定定員を大幅に割り込んでも 定員充足への努力を迫られないのに、半額オマケ・シール系教員だけそういう 努力が一方的に要求されるのは不公平だと?当たり前だろう、お前さんは元々 「半額」なんだから式の発言が飛び出したりした日には、そこまで言うならこ ちらも考えさせてもらおうと、もう「戦争」するしかないのである。
半額オマケ・シールが貼られるだけのことはあって、 私はずっと数学だけやってきた人の考えている事がよくわかないことがあ り、上記「下心」の記述も勿論「事実に基づくフィクション」である。しかし 当たらずしも遠からずといったところではないかと思う。いずれにせよ、「戦 争」が誰の利益にもならない事、学生の「気まぐれ」は複雑系だから防ぎよう が無い事は、(旧)情報学科での経験が教えるところである。せめて「下心の露 骨な噴出」は大人同士の知恵で何とか回避したいものだと思う。
2005年4月9日(土)
<<夜桜>>
桜満開。絶好の花見日和。
午前中は大丸ラクト山科店近辺、および、河原町三条明治屋をうろつき、花見
の食料調達に励む。イタリアワインとドイツの輸入食材系でまとめてみた。同
じ事を考えて食料調達に現れた若い力が賑々しい数カ国語任しとけの謎の旅行
会社社員氏と明治屋でばったり。その後、京都市役所前の渋谷スペイン坂洋麺屋
五右衛門ゼスト御池地下店で昼食後、コロラドコーヒー・ゼスト御池店で休憩。
午後は久々のゲーテ。1回生小集団クラス担任の仕事とフランス語まみれ のEGAの日々故にドイツ語はご無沙汰気味だったためか、なかなか口を突いて 出て来ない(元からそうだったじゃないかという説もあり)。いつもなら理解 できるはずの先生の言葉も、ふんふんと聞いていても一部はそのまま頭の中を 通過する始末(でも、やっぱり元からそうだったじゃないかという説もあり)。 ま、いいか。
ゲーテの後は、クラスで揃ってゲーテ前の鴨川べりに繰り出して花見。日が落
ちて解散の後、清少納言さま、若い力が賑々しい数カ国語任しとけの謎の旅行
会社社員氏、謎の大阪府職員氏の4人で三条河原町ジャンボカラオケに繰り出し、
三条大橋近くの夜桜を楽しみながら深夜に帰宅。明日には雨が降って、この満
開の桜も散ってしまうそうだ。
2005年4月8日(金)
<<何年振りか>>
午前中に出勤。いきなり満開の桜である。12時半から講義2つ。最初は元気の
無い数理科学科2回生改め3回生の外国書購読。2クラス分割で最大35名程
度の講座だが、大半の学生は英語の文献と聞いて怖気づいたのだろう、今日の
ガイダンスを覗きに来た学生はたったの10名弱。このうち、内容が位相
空間論と聞いてびびった学生が何名か姿を消し、来週からは5名以下に減る
ものと予想される。
次は理工学部情報学科改め情報理工学部1回生某 クラスの線形代数の講義。寝るわけでも騒ぐわけでもなく真面目に講義を聞く 100名程度の学生を見たのは何年振りかしら。こんな事もたまにはあるん だな。もっとも来週からどうなるかは知らないけど。その前後の断続的な時間 には、数日前から既に院生のO君と院ゼミの打ち合わせをしたり、講義の準備をしたり。
そういえば帰りのバスの中で、何時間睡眠を取れば講義中に寝なくて済む か実験中だと話している学生が居たな。そんな実験してないで、夜はちゃんと 寝なさい!
夜はドイツ語の予習を少しやって、またもフランス語EGAの世界に浸る。
2005年4月7日(木)
<<論理の遊戯>>
午前中は教室会議の「二日酔い」状態。やはり会議で発言し過ぎるのは体に悪い。
午前中は山科駅前SBUXでEGAで勉強したことの整理作業。
今日から新学期なので、昼過ぎに出勤。生協食堂の外には、グラウンドの桜で花見をしな
がら昼食としゃれこむ学生数名が座り込んでいた。そろそろ桜の季節だな。
午後は経済経営の学生のためのUNIXとC言語プログラミングの演習講座
の第1回目。今日は1時間ほどガイダンスをやって終る。
その後部屋に戻ってEGAの勉強の整理をしたり、講義の準備
をしたり。
昨日の会議が長引いた理由は色々考えられるけれど、ひとつ発見したことは 決定不能問題を論理的に議論し続けるという隘路に陥った事が挙げられる。 これは今回に限らず、今日はやけに議論が長引いた割には何も結論が出なかった し只消耗しただけなだなという時には、往々にして見られる現象だと思う。
この「隘路」とは、次のようなものである。 物事には両面があり、ある事にはメリットとデメリットの両方がある。 一人の論者がある事を提案しメリットを主張する。反対論者は その事のデメリットを指摘し「その提案が必ずしも良いとは限らない」 と主張する。そのデメリットは現実的には考えにくいとの再反論に対しては、 それは単に今起こってないだけで論理的には考え得るのであり、論理的に 考えうる事が将来絶対起こらないことを(論理的に)証明できますか? (できるわけがない)と応戦する。 こういう応酬が延々と続くということは、この問題が論理だけで右とも 左とも決定できない決定不能問題であることの状況証拠であると考えられる。
こういった論理の遊戯に陥るところは、なるほど論理に対して思わず ムキになってしまう数学者らしい。 ここでいうところの反対論者の方法を使えば何でも決定不能問題になってしまい、 延々と議論して「楽しむ」ことができる。しかし、そもそもメリットはデメリット によって帳消しにされるという前提自体に問題があると思われる。それは物事には良い 面と悪い面の両方があるのだから、何もするなと言っているのと同じであり、 それならば最初から議論する意味が無いからである。ディベートの練習に はなるかも知れないけどね。
むしろ大事な事は、メリット、デメリットが拮抗する問題に対して、どちらを 選択するかを論理を超えたところで考えることで、それが所謂「落としどころ」 ってやつなのだろう。私を含め、落としどころを見抜くセンスはあまり良くない ようだから、あとは論理を捨てて事実を見るしかないのかな。 それと、論理の隘路に陥ってしまったら、その事に早く気付いて脱出することか。
2005年4月6日(水)
<<烏合の衆>>
午前中は山科区内で野暮用。昼頃出勤し部屋で新学期の準備関係の雑用をやっ
たりドイツ語の宿題に逃避したり。そうこうしているうちに今年度初の教室会
議。3時間の長丁場で、何だかわけのわからない事で延々と議論が続く。私も
久しぶりの会議なので力の入れ具合を間違えてしまったのか、色々つまらない
発言をたくさんしたような気がする。会議での喋り過ぎは体に毒である、と
帰り電車の中で深く深く反省。
それにしても今シーズンは、これまで適当な頃合いで的確な落としどころ を示唆し会議を纏めていた、抜群の政治センスを誇る同僚教師2名が抜けてい るため、教室会議は何となく烏合の衆がああでもないこうでもないと言い合っ ているだけの感じがしないでもないな。
夜はドイツ語の宿題に励む。体から急速にフランス語が抜けていく感覚 を楽しむ。
2005年4月5日(火)
<<リッター・シュポート>>
午前中は前回休んだゲーテの宿題を眺め、その膨大さに溜息を
つく。最近EGAのフランス語の洪水に飲み込まれて急性ドイツ語失語症気味な
こともあって、今ドイツ語をやるのはちょっときついなあって感じ。頭
の中が股裂き状態だな。
昼間は野暮用にて京都市役所近辺へ。外はずいぶん暖かい。帰りに三条京 阪ブック・オフに立ち寄るも、吾妻ひでお「定本不条理日記」(太田出版)は 見つからず。ついでに久々の明治屋に立ち寄りプンパーニッケルを購入。リッ ター・シュポートも買おうかと思ったけど、お気に入りのフォルミルヒが無かっ たのでやめた。
ゲーテ春の短期講座に来ていたドイツ系企業の某会社員は、社長がドイツ に帰る時にお土産は何がよいか聞かれると、いつもリッター・シュポートと答 えるのだという。これは良い選択だと思うが、社長は「そんなんでいいの?」 と怪訝な顔をするだという。まあ、何の変哲もない板チョコで、ドイツでは1 00円ぐらいで何処のスーパーにも駄菓子屋にも売ってるし、駄菓子の自販機 でも買えるのだけど、何処でも売ってるだけにドイツの思い出って感じがする のだ。それに、日本で買うと300円以上するしね。
2005年4月4日(月)
<<わたし達「一般学生」>>
本日朝一番からまたもガイダンスともホームルームともつかない「授業」のた
めに出勤。と言っても、自治会系だか何だかのボランティア学生の見事な司会
で、学生達が自己紹介したりクラス委員を決めたりしているのを後ろで見てい
ただけ。私のクラスには良い学生ボランティアがついてくれたので、楽チンで
ある。「授業」のあと生協食堂は新入生で溢れ返っていたため、コンビ
ニ弁当で昼食。部屋で少し雑用をしてから昼過ぎに帰宅。引き続き
EGAをひっくり返したり。
そういえば私の学生時代は酷かった。新入生の我々は、教養部事務窓口で 履修要綱と各科目せいぜい2〜3行程度の講義概要が一緒になった、自動車教習 所のテキストよりも薄い冊子と紙っぺら一枚の時間割表を貰っただけで(実は それで十分なのだが)、ガイダンスらしいものは何も無い。来週早々から講義が 始まるし一体どうすればいいのだろうと、田舎から出てきて大学の右も左も わからずに戸惑っているところに、民青系自治会が「理学部自治会自主ガイダ ンス」と称して2日ばかり丁寧なガイダンスをやってくれた。これには大学側 は一切タッチしていない。自治会が自主的にガイダンスをやるから、大学側は 手を出さないでくれという話になっていたのかも知れないし、あるいは、大学 側が何もしないから見るに見かねた自治会が自主ガイダンスを企画したのかも しれない。
ガイダンス自体は有り難かったのだが、ガイダンスをやってくれてたお兄 さんやお姉さん達は民青の活動家で、「わたし達『一般学生』は」という言い 方をしていた。対立セクトである赤ヘル系学生を「ニセ左翼暴力集団」と呼ん で、いかにも彼らは通りがかりの学生を無差別に襲うテロリスト犯罪組織だか ら気をつけようというような事を言う。西部講堂に近寄ったら危ないよ。 吉田寮なんかは暴力集団達のアジトだよ。わたし達『一般学生』が力 を合わせて、大学から彼らのような犯罪者集団を駆逐しよう、等等。 これにはすっかり騙された。
しかし田舎者の私にも、これは要するに左翼系学生運動のセクト間の対立 なのであって、「わたし達『一般学生』」とは民青系セクトの運動家のことに ほかならず、「ニセ左翼暴力集団」の暴力行為の対象は実は彼らに限定されて いる事を理解するのに、そう時間はかからなかった。「私たちは民青です。由 緒正しい本物の左翼活動家です。今、理学部の自治会を仕切っています。 赤ヘル系セクトとは考え方が合わずに対立関係にあります。 勿論私達の考えの方が正しいと思っていますけどね。 今後ともよろしく」と玄関から礼儀正しく入ってくるならともかく、「わたし達 『一般学生』は」と言って、自らの政治的姿勢についてまだ全く白紙状態だっ た我々の居間にいつの間にか入り込んで来る人間ってのも、かなわんなと思っ たものである。
2005年4月3日(日)
<<なはは>>
朝はすこしゆっくり起きて、午前中は野暮用。午後は少しEGAを読んで夕方か
ら山科区内で野暮用に引き続き京都駅近辺に繰り出す。巨匠!吾妻ひでおの漫
画はあまり売ってないようだ。ちょっと面白そうなのはみな絶本とか。アバン
ティー中古CDショップと近鉄プラッツ新星堂で色々物色し、シューベルトの
「4手用ピアノのための」何とかというCDを見つける。ピアノから手が4本
にゅーっと伸びてきて、シッコモーロー博士が「なはは」とか笑うという吾妻
ひでお的不条理の世界のイメージが彷彿としてなかなかよろしい!と思わず購
入。購入理由にいささか不安が無いでもないが、ことシューベルトのピアノ曲
に関しては当たり外れは断じて無い!という経験則があるので、理由なんて実
は何でもよいのである。太陽が眩しかったからシューベルト、猫が屋根でおしっ
こしたからシューベルト、鯖の味噌煮が上手にできたからシューベルト等等。
夜はCDを聴きながらのんびりとEGAを読んだり。
2005年4月2日(土)
<<絶本>>
少し寒く、夜は雨。サクラも咲いてない。清少納言さまは最初今日花見をしよ
うと主張していたのだが、先週の土曜日にクラスで協議したところ、
多数派意見として「まだ寒
いだろうし、満開を逃しても葉桜にはなってないだろう」という理由で来週に
決まった。少なくとも今日にしなかったのは正解だったと思う。
本日ゲーテの日、ではなくて1回生のクラス担任(小集団教育担当)になって いるため、顔合わせガイダンスのようなホームルームのような「授業」をする ために昼頃に出勤。簡単に自己紹介して(と言っても黒板に名前を書いただけ だけど)、生協の係員の誘導でクラス写真を撮って、あとは自治会系だか 何だかの学生ボランティアの人の司会進行で、新入生がひとりずつ自己紹介して いるのを後ろでぼんやり見ているだけ。
ところで、吾妻ひでおといえば 「不条理日記」ぐらいしか知らないのだけど、学生時代に数学教室の 学部生用溜まり場部屋に置いてあるのを読んだような覚えがある。 あれをもう一度読んでみたいなと思ったのだが絶本らしく、 今まで一度も足を踏み入れた事のない近所の書店のコミッ クコーナーで捜してみたけれどやはり無い。古本屋をあたってみようかしら。 出勤前と帰宅時の2回立ち寄った書店でずっとシューベルトがかかっていたので、 また新しいCDも欲しくなってきた。
夜はスポーツ・クラブ。合間合間に少しEGAなど。
2005年4月1日(金)
<<失踪日記>>
自宅および山科区内で野暮用またはEGA読み。その辺の代数幾何学の本には
「予備知識はHartshorneの"Algebraic Geometry" 程度」などと書いてあった
りするのだが、この「程度」という表現がけっこう曲者である。どうやら
Hartshorne を座右に置いておけば予備知識は全てOKというわけでは無いよう
で、結局大部のEGAをあっちの分冊こっちのページという具合にひっくり返し、
例の懇切丁寧にしてくどい記述に付き合うはめとなった。
フランス語の方は、動詞の活用形など極めて怪しいのだけど、何せ数学書 のフランス語だから平易な言い回しばかり故何とか読める。英語より苦労する が、語彙は英語の類推がかなり利くのでドイツ語よりも楽に読める。とにかく、 若い時にやっておいたフランス語が結構役に立っている。
夕方、野暮用に出たついでに近所の書店で 「失踪日記」(吾妻ひでお)を購入。この20数年全然漫画を読んでないし、 死ぬまで読むことは無いだろうと思ってたけれど、吾妻ひでお久々の最高傑作! との評判を聞いてしまったからには話は別である。 すぐに読んでしまうのが勿体無くて、山科駅前SBUXで 最初の2,3話だけをちょっと眺めただけに留め、わくわくする気分を 楽しんでいるのだけど、今晩布団に入ってから一気読みしてしまいそう。