邪
魔
な
広
告
よ け ス ペ ー ス で す。
2005年4月30日(土)
<<限界ぎりぎり>>
どうも日曜日のような気がしてならない土曜日。4月最後の日は夏日で締め括
る。本日ゲーテも休講日。午後一杯は山科区内で何だかんだと野暮用。その前
後は歩いている時も、山科駅前SBUXで一息入れている時も、代数幾何学の
お勉強。一歩一歩進んではいるのだけど、何だか切りが無いって感じ。
思うに代数幾何学というのは、私の脳味噌で理解できる数学の限界ギリギ リである。これより難しい数学だともうお手上げで、たぶん頭から煙が出て来 て壊れてしまう。限界ギリギリの数学を勉強すると、限界ギリギリであっぷあっ ぷしている学生の気分がわかるような気がするから、数学教師をやってく上で 少しは役に立つかな。
2005年4月29日(金)
<<うっとりする>>
どうも日曜日のような気がしてならない金曜日。午前は野暮用。午後は烏丸御
池京都文化博物館の人体の不
思議展へ。気持ち悪くて飯が食えなくなるのではと心配していたが、感想
は「人間の体って案外うまそうじゃん」。筋肉はビーフジャーキーみたいだし、
内臓はモツ煮ってとこかな。プラストミック標本って、もっと弾力性があって
生の内臓や筋肉と同じリアリティーがあるかと思っていたけれど、触ってみた
感じは樹脂そのもの。土産物売り場では、蛇の骨格標本とか、肝臓
癌の標本の絵葉書とか、頭に小さな心臓の模型が付いているボールペンとか、
一体どういう趣味をしているのだと首を傾げたくなるようなものが沢山売って
いたが、展示標本のカラー写真と解説付きパンフ192ページ2500円は断
然お買い得!と判断し、即断即決で購入。
幼稚園児時代の趣味の一つは、家庭の医学大辞典に出ている人体解剖図を 眺めることだった。ある日「驚異の人体模型」という患者への説明用に病院に 置いてあるような精巧な人体模型のプラモデルがデパートに売っているのを見 つけ、親にさんざんねだって買ってもらった。プラモデルとは言っても玩具で はないので、値段は馬鹿高だし、組み立てマニュアルは全て横文字。幼稚園児 の私にはとても組み立てられず、親戚のお兄さんお姉さん達に作ってもらった。 50センチぐらいの大きさの透明の人体模型で、外から内臓や骨格が見えるし、 分解して内臓を一つ一つ取り出すこともできる。嬉しくて嬉しくて、学校が終 わると一目散に家に帰り、「これは心臓、むふっ」「これは小腸、えへっ」っ てな具合で分解したり組み立てたり人体解剖図と見比べたりしてうっとりとす る幸福な日々が続いたのである。周りの大人は、この子は将来医者になるのだ ろうかと思っていたようだが、人体解剖模型以外にもいろいろ「うっとりする」 趣味は沢山あったし、自分が医者に向いているとも思えないしということで、 本人は全然その気が無いままで終わった。
それにしても、「人体の不思議」展は、40年近く前に模型で学んだことを 実物で確かめることができて、とても有意義だった。もう一度行こうかと思う。 夜は数学でうっとり(否、実はちょっと冷や汗?)。
2005年4月28日(木)
<<琵琶湖線の法則>>
そういえば明日から連休で、講義は無いし、会議も無いし、ゲーテも無いとい
う事に気がついた。やれ落ち着いて勉強できるぞ。
午前中は山科区内の金融機関などを回りながら野暮用。ラクト山科で昼食 をとって午後から出勤。質問に来た学生の対応などをしてから、経済学部2回 生配当のC言語プログラミングの演習。受講生3名の超お買い得講座として落 ち着いた模様。夕方演習が終わり、部屋に戻って連休明けの線形代数の講義の 準備を少し。生協で夕食の後帰宅。夜もまた少し勉強。
JR福知山線の大事故の影響か、ここ2,3日のJR線琵琶湖線は後ろの車 両がやけに混雑している。JR西日本では列車の定刻運行実現に躍起になって いるとかで、それが今度の事故に関係しているかのように一部で報道されてい る。それが本当に事故の原因なのかどうかはわからないが、定刻運行に躍起に なっているのはおそらく大阪近辺だけで、京都から滋賀県側の琵琶湖線ではそ のようなことは無いはずである。
実際、「雨が降れば電車が遅れる琵琶湖線の法則」というのがあって、も う何年も前からだけど、小雨が降っただけで上り列車は必ず10分や15分は 平気で遅れる。列車の突然運休や行き先変更は日常茶飯事のドイツ鉄道の基準 では、5分以上遅れないと遅延と扱わないらしいが、ドイツ基準で考えても立 派に遅延している。「法則」と呼べるほど再現性のある現象だから、JRとしても 原因はきっと分かっているはずである。しかしこの数年間特段の改善 が見られないということは、JRとしても別に気にもかけていないと思わ れる。
2005年4月27日(水)
<<思い当たるふし>
午前中は「留学生数学」。大学1回生の数学は履修済みで確率統計やフーリエ
解析の質問をしてくる2回生。独学でどんどんテキストを読み進み、おそらく
講義では2ヶ月先に習うであろう内容の演習問題を質問してくる1回生。母国
の高校では文系コースだったので微積分もベクトルも三角関数の加法定理も知
りませんという1回生。加法定理ぐらいなら知ってますよと手を挙げる1回生。
何もかも全部知ってます。毎回出席しますから単位下さいという3回生。日本
語が怪しい留学生、日本語が堪能な留学生。全ての学生に共通していることは、
反日運動真っ盛りの国からやってきた人達だってこと。今日も何故か吊るし上
げられることなく、高校数学の教科書の微積分の部分のコピーを配って、三角
関数や対数関数の微分公式の証明、自然対数や自然対数底などについて講義す
る。
中国人や韓国人の反日感情という事で思うのは、それは私の反米感情と似 ているかしらということ。自らの反米感情を鑑みてみると、ある国の多くの人々 の態度や考え方がどうにも気に入らないというのは、こういう感じを指すので はないかと思い当たるふしが無いでもない。
午後は1回生「数学演習」。進度は遅々としたものだが、学生自らが黒板 に書いた答案の説明をして、それに対してクラスの学生達が質問したり何故だ ろうと相談し合ったり、納得し合ったり。何か「勉強するぞ」という雰囲気が 漂っていて、なかなかいい感じである。この感じがずっと続いてくれれば良い のだが、どうなることやら。これからの舵取りが難しい。
ひきつづき教室会議。毎週教室会議が開かれることに不満の声が沸々と上 がり始めている。しかしながら主任のO坂先生も何となく議事進行のコツが掴 めてきたらしく、割合早く終了。
2005年4月26日(火)
<<難問>
昼前に出勤。昼食時、制御工学のM先生と一緒になり雑談。学生達は理工学部
の1回生で学ぶはずの数学を全く身に着けないままに研究室に入って来ると不
満気であった。同じ話を電気の先生からも聞いたことがある。
最近日本のあちこちの工学部の先生達が、一般教養の数学の講座は要らな いと言っては頭数と金の力にまかせて(?)数学教室を取り潰したりしているら しく、数学者のポストがどんどん減り大学院の拡充とあいまってOD問題が未曾 有の深刻さを増している。
この原因としては、まず情報系をはじめとして研究に数学を使わない工学 系の分野が拡大し、数学不要論の人が増えてきたことが考えらえる。では、数 学を必要としている分野の人はどうかというと、これもまた厳しい。学生達は 一般教養の数学で何も学んでおらず、結局工学に必要な数学は全部自分達が最 初から教え直している。そんなことだったら一般教養の数学の講座もそれを教 える数学者も要らないではないか、と。
この意見に対しては色々反論があるが、一般教養の数学も教えている私は さしずめどうすれば良いか。まず大学入学後3回目の線形代数の講義で既に居 眠り三昧の学生をどうにかしなければならないな。これは難問だ。
午後は院生O君とMatsumuraゼミ。ひきつづき会議。
2005年4月25日(月)
<<邪道系?>>
馬鹿で何でもいいではないかと半分自棄糞に久々の京大数理研に行き、図書館で
調べ事。生協ルネで「ルネ・カレーラーメン」なる邪道系(?)ラーメンで昼
食。それから書籍売り場を一周してCD売り場を通り、またも新しいシューベル
トのCD を一枚購入。新品CDは試し聞きができないので、購入基準は専ら値段
が安い事(1000円ちょっとぐらいが目安)と、最近の演奏をデジタル録音した
ものである事(有名な演奏者の演奏でもアナログ録音ではつまらない)、そして
自分が持っているCDの曲となるべく重複しそうにないように選ぶ事。勿論「ピ
アノ・ソナタ・ハ長調D613」式の名前を全て覚えていられるぐらいなら、ゲー
テのクラスメイトの名前を覚えるのに苦労などしない。重複してそうか否かは
専ら山勘で決める。不幸にして自分が持っているCDの曲と全く同じだとしても、
安いCDなら「ま、同じ曲でも聞き比べすればいいや」と諦めがつくし、経験的
に言って安いCDがつまらないCDだった事はほとんど無い。有名(そう)な演奏
者のCDは高飛車な値段がついているが、安いCDの演奏者も一応プロなんだから
結構楽しめるものである。
午後は大学に戻り、研究と雑用の中間のような仕事を色々と。昨日か ら続いていたこの作業は、夕方メイルをいくつか出して一応完了。夜は買っ てきたCDを聞きながら、科研費の書類書きなど。数学に転向してからは 科研費が全然当たらなかったのだけど、今年初めて当たった。ちょうど東京の セミナーにちょくちょく出掛けるようになって旅費が欲しかったところだし、 少なくとも私が書いた数学の研究計画書を読んだ審査員(たぶん数学者)が 「こいつ何をアホな事書いとるんじゃ!?没!」としなかった訳だから、 やっと自分も(邪道系数学者を卒業して)数学的にマトモっぽい事が言えるよう になってきたのかも知れないな(そういうことではないのかも知れないが) と、 ちょっと嬉しい。
2005年4月24日(日)
<<馬鹿。。。ですか>>
週末は案外多忙である。土曜日はゲーテとスポーツ・クラブで潰れ、日曜日の
午前は睡眠と野暮用に、午後も野暮用に潰れ、その合間と夜には少し時間がで
きる。今朝またもHerzog先生からメイル。それに関連して午後の合間の時間は
色々調べものをしたり、どうしたものかと考え込んだり。夜は少し代数幾何学
のお勉強。
学校を出てからではなかなか勉強できない、とよく言われるが、それは半 分嘘で半分本当である。計算機科学は学校を出てからゼロから勉強したし、数 学も可換環論の現代的な理論やホモロジー代数、超越拡大体論、代数幾何学の スキーム理論や層のコホモロジー理論、代数トポロジー、複素解析、ルベーグ 積分などは全て計算機の先生をやりながら勉強したし、40歳を過ぎたら新し い語学を習得するのは不可能と思っていたが、幸いゲーテが近くにあったおか げでドイツ語もどうにかこうにか使えるようになった。学校を出てからでも良 い環境に恵まれさえすれば十分勉強はできるのである。京都というそこそこの 都会で大学教師をやっていれば、勉強するチャンスはいくらでもある。
そうは言っても生活して行くためには講義だ演習だ会議だ野暮用だと多く の時間が取られるため、子供の頃のように勉強だけやってれば良いというわけ ではない。ほぼ研究100%でずうっとやってられる大学教師は、特に数学の 場合はほんの一握りのエリートだけで、普通は1日平均2,3時間研究できれ ば御の字といったところかと思う。そして、その2、3時間をどう使うかが問 題で、新しい事を勉強していると研究問題を考える時間が無くなるし、これま で自分がやってきた事の延長線上にある研究問題ばかり考えていると新しい事 が勉強できない。
同じような問題ばかり考えていると、そのうちアイディアが枯れてきたり して先細りになる危険がある(私の場合は最初から先細ったままなんだけど)。 うまくこの道ン十年の職人芸の域に達すればそれはそれで良いかも知れないが、 飽き性の人間に職人は務まらない。かといって新しい事を勉強して新天地で研 究レベルまでこぎつけて新しい研究を始めるというのも、大変なエネルギーが 要るもので、40代半ば以降になってもそういう事をやっている研究者は余程 気力に満ち溢れているか、実力があるか、中途半端な器用貧乏型秀才の成れの 果てか、あるいは後先考えないただの馬鹿かのいずれかである。
私は透明人間モードで風に吹かれてうっとりとして漂っているところを、誰かに声を掛け られて「え?あなた、私の姿が見えるんですか?」と驚いてしまう瞬間が一番 幸せだったりする人間だから、特に気力満々型の人間ではないはずである。私 にもし実力があるならば、「代数幾何学のお勉強」などとっくに終了している はずで「誰か家庭教師やってくれないかなあ」などとは言わないはずである。 中途半端でも何でも器用貧乏型秀才だとすれば、少なくとも22年前大学院入 試で落とされたりはしてないはずだし、(旧)情報学科時代にシステム管理が 嫌いで胃に穴を空けたりはしてないはずである。という事で、やっぱり私って 馬鹿なんだ!という結論に達する。馬鹿。。。ですか。自分が馬鹿である証明 を発見して嬉しい人間っていませんよ、これは。この証明に何か誤りはないの かしら。
2005年4月23日(土)
<<浮気してますね?>>
ゲーテの日。その前に、スイスに1年間幽閉されていた殴り込み通訳帰国記念
昼食会と称して河原町竹屋町通上ルのタイ料理店 で昼食会。タイ料理
は15年ほど前、ロンドンの飯があまりに酷いのでホテルの近くのタイ料理店
に飛び込んで以来である。あの、一瞬甘いような柔らかくて豊かな味わいの後
に、少し遅れて衝撃波のように襲ってくる超ド級の辛さは、やっぱりタイ料理っ
て感じ。水をたらふく飲む。
昼食会の参加者は殴り込み通訳の他には、久々登場のガラス職人、遊びの 司令塔清少納言さま、輝くフリータ氏と私の計5名。前のクラスのG先生はゲー テの仕事、最近スペイン語だかポルトガル語だかに「浮気」しているという未 確認情報もある元塾屋は現在消息不明のまま。元塾屋以上に消息不明で私のか 弱い(!)記憶からも消去されていたガラス職人は、最近チェコ語に「浮気」 しているのだそうだ。皆さん語学がお好きなようで。ちなみに輝くフリータ氏 によれば、春休みにEGAに読み耽っていた私は、フランス語に「浮気」してい ることになるのだそうである。「高山さん、最近『浮気』してますね?」 「は?」とか何とか。別にドイツ語に操を立てたわけでもないんだけど。
昼食会の後、ガラス職人は仕事に戻り、殴り込み通訳はゲーテを休んで子 供と仕事の渦に飛び込んで行った。のんびりしてたらゲーテの授業に20分ほ ど遅刻。今日は私がRefaratの発表をするはずなのに教室に姿を見せないとい うことで、F先生はやきもきしていたようだ。
Refaratは「数学と音楽」と題して、まあ、適当に収めたって感じ。こうい う体験的数学文化論みたいな話は割合反響というかインパクトがあったようで、 クラスに来ているプロの音楽家の人も適当に面白がってくれたようだ。
夜は、Herzog先生からのメイルに返事を出してから、スポーツ・クラブ。
2005年4月22日(金)
<<世界の真相>>
午後一番から元気の無い3回生「外国書講義」、情報理工学部1回生線形代数、
院生O君のMatsumuraゼミと3連荘。少し雑用をしてから帰宅。夜は明日のゲー
テのReferatの準備など。やはりと言うべきか、線形代数の講義は既に3回目
で居眠り三昧学生が4分の1ぐらい、寝てはいないが「ほとんど死んでいる」
学生を含めると3分の1ぐらいといったところ。ただ、数年前までの学生達の
ように、講義中だろうが何だろうがお構いなくお喋りに耽ったりしないところ
は、躾が出来ていて大変よろしい。
ふと思うのだけど、単位を落とした学生は串刺し火あぶりの刑で処刑され る規則があったとしたら、彼らは入学早々の講義から居眠りをしたりするのだ ろうか。自分だったら必死になって先生に食い下がったり突き上げたりして、 何とか内容を理解して単位をせしめようとするだろうな、なんてのは私が長く 生きてきて色々痛い目に会ってきているからそう思うだけであって、 彼らは構わず居眠りしそうな気がする。 何か後先全然考えてないというか、彼らは若すぎて「後」もせいぜい20年足 らずだし「先」の事なんて全然想像もつかないのかも知れない。 そうか。年寄りは瞬間芸に生き、子供は後先を考えない。 うーむ、なるほど!世界の真相がわかってきたぞ(わかってない?)。
線形代数の講義の後で、ひとりの学生が何かよい参考書が無いかと聞いて きたので、おそらく日本で一番やさしく書かれていると思われる本を紹介して おいた。参考書を聞きにくる学生はまだ希望が持てる。
2005年4月21日(木)
<<瞬間芸に生きる>>
午前中は自宅にてHerzog先生などにメイルを出したりして仕事。昼過ぎに出勤。
昼食と雑用の後、経済・経営学部2回生配当のC言語プログラミングの演習。
今日は2名休んで3名の受講者に教員一名TA一名という、手取り足取りの超お
買い得講座。自家製Cプログラミング練習プリントを配ったけれど、結局メイ
ルの実習だけで終わる。その後は来週の「留学生数学」の準備やTA用のテキス
トの買出し、質問に来た学生の対応など。今日も生協で夕食をとってから遅め
の帰宅。夜は少し数学。やはり代数幾何学の家庭教師が欲しいものだな。
今年の前期は週5コマ担当で、うち3つが演習、1つが演習なんだか講義 なんだかという感じで、ちゃんとした講義は1つだけである。以前は何が起こ るかわからない臨機応変の演習が苦痛で、全てを自分がコントロールできる講 義の方が気分的に楽だと思っていた。今は年の功と言うべきかずうずうしくなっ てきて、演習なんて主役の学生が頑張るものであって、教師は学生を見守りな がら、その場その時に状況に応じて瞬間芸に生きていれば良いだけではないか と思うようになってきた。講義だと今日はここまで説明しておかねばならない とか、先週こう話たから今日はこう話さねばならないとか、時間の経過を追っ てないといけないのでかえって大変だともいえる。ということで、何だか今シー ズンは(今のところ)気分が楽である。
2005年4月20日(水)
<<やり溜め>>
一斉蜂起も吊し上げも無く、午前中の「留学生数学」はほのぼのと終了。逆行
列や論理や集合や数列の収束の話などをし、日本の高校数学の教科書のコピー
を配ったりする。
午後は1回生の微積分の演習。今日は演習の進め方を説明してからクラス 全員に問題を割り当てる。それから、論理や問題文の意味について補足説明。 実際に解答を発表してもらうのは来週から。
4回生はやや元気が無く、3回生は元気が無く、2回生は元気が良いのだ が、今年の1回生は現段階ではぎゃーぎゃーぴーぴーとひたすら五月蝿い。ま あ、授業の内容に反応して騒いでいるのだから大目に見ているのだけど。彼ら のハイテンションは遅かれ早かれ落ち着くだろうけど、その時には静かに、か つ、精力的に勉強に打ち込むようになっていてくれればいいのだが。
演習の後は教室会議。今日は珍しく1時間ちょっとで終わったけれど、や はり大した議題は無し。隔週の教室会議が今年度から毎週開かれるようになっ たのは、おそらく毎週ゼミを開いて規則正しく議論をするのが大好きな全力疾走 のO坂先生が教室主任をやっているからかしら。来年度は私が主任だけど「教室会議は 去年十分やりましたから今年はいいですよね」と1月1回の開催ぐらいに押さ えられたらいいのだけど。でもまあ、教室会議のやり溜めはきかんわな。
その後院生O君とすこし雑談をし、生協で夕食をとって帰宅。夜は春休みの 勉強の整理作業のつづき。
2005年4月19日(火)
<<何も分かってない>>
午前中山科駅前近辺で少し野暮用をしてから出勤。生協食堂の混雑は相変わら
ず。遅めの昼食と雑用の後、院生O君とMatsumuraゼミ。その後、明日からの演
習科目の準備など。講義科目は自分があらかじめ準備した事を喋っていれば良
いが、演習科目は学生の出方を見てその場その場で臨機応変に対処しなければ
ならない流動性に満ち溢れている。だから準備をし始めても、だんだん何を準
備たらよいやらわからなくなり、そのうち面倒になって放り出してしまうのが
常である。今日も適当に放り出し、金曜日の線形代数の講義の準備に移行。そ
の後生協で夕食を食べてから帰宅。
中国の反日デモも一体どうなって行くやら見当がつかないけれど、明日の 「留学生数学」の授業では一斉蜂起した中国人、韓国人留学生達に向かって、 「ここは竹島や尖閣諸島や靖国参拝や歴史教科書を論じるところではありませ ん。数学を勉強するところです!」と叫ばねばならない事になるのかしら。そ れとも今なお儒教精神が生きている気高く礼儀正しい彼らは、何事も無いよう な顔をして粛々と数学の勉学に励むのかしら。こういう現場を前にすると、私 が何も分かっていないことがよくわかるな。
2005年4月18日(月)
<<頑なな心>>
研究日。午後野暮用にて山科駅近辺などをうろついた以外は、自宅と山科駅
前SBUXで数学。春休みにEGAをひっくり返して調べていたことのまとめなど。
まだ新しい研究のための下準備でしかないのだけど。数学に転向してかれこれ
足掛け9年になるけれど、準備するだけで不発に終わった研究もあったな。こ
の辺に何か面白い問題が転がってるだろうと、色々勉強して準備したものの結
局何も見つからなかったとか、折角何か発見したと思ったらもう誰かが先にやっ
てた事だったとか。まあ、へなちょこ数学者である私に限らず、数学者を何年
かやっていると誰でもそういう経験を1度や2度はするものらしい。毎回そん
な調子だと困るんだけど。
ところで、私のクラシック音楽鑑賞の趣味は猛烈な偏食と食わず嫌いに支 配されている。そもそもクラシック音楽を聴くようになったのは比較的最近な ため、どんな作曲家がどんな曲を書いているかあまり知らない。勿論バロック だのロマン派だのという系列がどうなっているか全く知らない。交響曲だの協 奏曲だのロンドだのメヌエットだのソナタだのアナタだの何だのというのが何 なのかも知らないし、説明を聞いてもたぶんわからない。そんなことはどうで も良いのである。世の中には2種類の音楽しか存在しない。私の好きな曲と嫌 いな曲。それだけ区別できれば十分である。
オーケストラ音楽はどれもこれも嫌いで、専らピアノ独奏の明晰さを偏愛 する。さらに言えば、クラシック音楽は全て嫌いというのがデフォルト状態で、 でも偶然聴いたショパンだけは例外で、これは結構いいなと言ってはショパン しか聴かない時期が長く続き、他のもほは全て無視。そのうち偶然にバッハを 聴き、ああ、あの私が激しく嫌悪していたふてぶてしいオジサン顔のバッハの 曲も悪くないなと次はバッハばかり聴く。シューベルト?んなもん名前からし て気に入らんわな、それに何や?あのちっこい眼鏡は、なめとんのかとか言っ てるうちに偶然シューベルトを聴いて、次の瞬間からシューベルトしか聴かな い時期に突入する。だが、モーツアルトは何度聴いても美し過ぎるから嫌いな ままである。それ以外の作曲家にどんなのが居たのかあまり知らない。名前を 列挙してもらってもたぶんすぐ忘れる。リスト、ブラームス、ベートーベン? まあ、1回ぐらい曲を聞いたことあったかな、知らんわ。まあ、そんな調子で ある。
お気に入りの作曲家はいつも偶然私のもとに飛び込んでくる。こと音楽に 関してはガチガチの頑なな心を持っているだけに、突然やってくる「これ だ!」と思う瞬間を大切にしないと、楽しみが広がっていかない。
2005年4月17日(日)
<<シューマン>>
天気も良くずいぶん暖かい日曜日。午前は野暮用。昼食後、ちょっと横になり
ながらドイツ語の予習でもとテキストを眺めているうちに気を失う。再び現実
に戻り少し数学。また眠い眠い病なのか、濃いコーヒーを飲んでも眠気が取れ
ない。夕方は野暮用のため外出。たまには聞く音楽を変えてみないと頭がおか
しくなるのではと、今日は1枚だけ持っているシューマンのピアノ曲のCD を
聞きながら夜も少し数学。
なぜシューマンを持っているかというと、Herzog先生の車の中でちらりと 聞いたシューベルトが最初それとわからず、シューマンじゃなかろうか、だっ て曲の雰囲気がいかにもシューマンって感じだったじゃないか、とシューマン を一度も聞いた事も無いのに根拠ナシの山勘でアタリをつけて買ってみたから である。どうも違うなと思って2回目にシューベルトを買ってみたら「当り」 だったというわけ。
2005年4月16日(土)
<<賢そうな群論>>
もう桜の季節は終わりである。本日ゲーテの日。午前中はできれば今日の授業
で自分の番を終わらせてしまおうかとと思っていたReferat(ドイツ語スピーチ)
の準備。数学と音楽の類似と相違という割合陳腐なネタで乗り切ろうという魂
胆。この話で少しはオリジナリティーがあるかなと思う点は、楽譜や数式はた
とえそれが理解できなくても只眺めているだけでも美しくて楽しいという事か
な。例えばピタゴラスの定理が美しいとか、アインシュタインの方程式が美し
いという話ではなく、楽譜や数学を記述する記号の並び自体が美しいと言い切っ
てしまうところがいかにも「夢見る私はただの私」的でよろしいんじゃないか、
と。
もうかれこれ30年近い昔になるが、某大学情報工学科に進学が決まって たのに急遽浪人して数学科を目指すことにしたのは、春休みに図書館でオート マトンと群論の本を見比べて、内容は全く理解できないにしろその記号の使い 方から群論の方が断然美しくて賢そうに見えたからである。どうも私はその頃から 既に、綺麗か否か賢そうか否かという見てくれ重視で、何事も好きか嫌い かだけを基準にして生きていたようである。
とりあえずReferatの原稿の準備は終わったけど、もう少し寝かせておくこと にする。午後はゲーテ、山科駅前SBUXに立ち寄ってからその近辺で少し買い物 をして帰宅。夜はスポーツクラブ。