の
た
め
の
邪
魔
な
広
告
よ け ス ペ ー ス で す。
2005年8月14日(日)
<<騙し騙し>>
曇りがちで蒸し暑い夏の日。昼前まで寝ていて、午後は山科区内で野暮用。夕
方頃SBUXで少し数学。夜も少し数学。今日は弱点強化モード度で少し基礎
的な事をお勉強。大先生のメモを見て、へー、あの定理はこうやって使うのか
と感心してから教科書を読みなおすと、また見え方が違ってくるな。
新聞に数学検定の通信講座らしきものの宣伝が出ていて、その謳い文句に、 ボケ防止が挙げられているのには思わず笑ってしまった。私は数学のことばか り考えていてボケが急速に進行するのではないかと、日々怯えながら暮らして いるのに!一日でも長く数学が続けられますようにと、ゲーテに通ってボケの 進行を遅らせ、スポーツクラブに通って体調を整えながら、騙し騙しやってん だけどなあ。
明日からしばらく京都を離れるので、次回日誌更新は18日深夜以降の予 定。
2005年8月13日(土)
<<紆余曲折>>
昼前に起きて野暮用など。そろそろ体がガチガチになってきたので、午後は久々
のスポーツクラブ。夜は数学。ここ数日考えて、ちょっと面白い事がわかった
ような気がするので、TeXで纏める。ただし「面白い事」というのは、紆余曲
折に富んだかなり長めの証明が間違っていなければの話だけど。マーフィーの
法則ではないが、長い証明は大抵間違っているもので、結局振り出しに戻って
しまうことが多い。しかも、それが紆余曲折に富んでいるとなるとほぼ確実に
間違っていると思われる。数日寝かせてからまた間違い探しでもやろう。
ところで、青柳いずみこ「ピアニストが見たピアニスト」には、同じ曲で もピアニストによって全然違う演奏になるような事が書かれていて、演奏に対 する観察というか指摘(演奏論というそうだが)が、私には何を言っているの かわからないぐらいに異様に細かく思える。まあ専門家同志がお互いを見る目 が厳しいのは、ある意味では当たり前であろう。数学者だって自分の仕事をす るために他の数学者の仕事を調べる事が多いので、それに伴って自分の専門の 範囲にある数学論文やその著者である数学者に対する厳しい評価が自ずと形成 されるものである(ついでに、自分が如何に糞数学者かもわかってしまう!)。
それにしても、ピアノの演奏はわからんなあ。絵画だとひと目見ただけで これはいい!とか駄目!とか何の迷いも無く判別できるし、構図がどうの線が どうの色の使い方がどうの絵筆のタッチがどうのという事を説明せよと言われ れば、いくらでも説明できる(絵画を「説明」することに私自身は何の興味も 持ってないから、実際にはやらないが)。そして自分の評価が他人のそれと違っ てても全く気にしない。それに比べて、音楽の良し悪しの判別の方はうんとぼ んやりとしたものである。何となく、こっちのピアニストの演奏の方が艶があ るなとか、手堅い演奏だけどちょっと面白みが無いかもねとか、この部分は ちょっとロマンティックに弾き過ぎで興ざめするかなとか、もっと単純に「す ごくいい!ぐっと来た」ぐらいの事は感じるのだけどね。
2005年8月12日(金)
<<謎の洪水>>
夕方頃、野暮用にて近所に少し出た以外は、自宅蟄居。昼間は数学、夜は珍し
くテレビを見たりして少しのんびり。20年前の御巣鷹山日航ジャンボ機墜落
事件の一部ドラマ仕立てのドキュメントをやっていた。私は当時某コンピュー
タメーカーから国立研究所の研究員として出向して間もない頃で、そこの職場
の開放的な雰囲気のお陰で、「数学科落ちこぼれ⇒民間企業へ下野⇒人生棒に
振ったも同然」式の歪んだ思考の呪縛から少しづつ解放され始めていた。事件
の直後あたりに、職場の人達と「ずいぶん惨い事故があったようだね」とか話
しながら、群馬県の方へテニス合宿をしに行ったのを覚えている。
ところで、上記番組で機長夫人がマスコミなどから遺族への謝罪を求めら れているシーンがある。夫人の言うように「フライトで起こった事は全て機長 の責任」というのはわかるのだが、では夫人に何の責任があるのか私にはよく わらない。従って彼女が番組の中で「申し訳ありません」とか言ってたのは一 体何なのか不明である。「機長の妻として、あの事故を大変痛ましく思ってい ます」ぐらいならわかるのだが。
こういう小さな違和感は、このテレビ番組だけに限ったことではない。私 は日本にかれこれ40数年住んでいるのだが、さまざまな局面で見出される日 本人の思考の神秘はまだほとんど解明されないままで、毎日自分は謎の洪水の 中で生きているのだというのが実感である。最近は面倒臭くなってきて、いち いち「何でだろう?」とは考えなくなってきた。こういう事で「何でだ ろう?」と考えるよりも、数学で「何でだろう?」と考えている方が、自分の 人生にとって稔りが多いような気がするからね。
2005年8月11日(木)
<<至高の瞬間>>
昼間山科区内ですこし野暮用をした以外は、ほぼ終日色々なところで数学。今
日は大先生との共同研究の私の担当部分。考えることがあるというのは良いこ
とだ。
確かA.ヴェイユの言葉だったと思うけれど、ひとかどの数学者なら誰で も、まるで天から何かが舞い降りてきて自分に乗り移ったかのように、次から 次へと止め処なくアイディアが湧き出てくる瞬間を経験しているものだ、という ようなことがどこかに書いてあって、ああ自分はやはり「ひとかどの数学者」 じゃないのだと、当たり前の事実を再確認したことがある。
ピアニストにも似 たようなことがあるらしく、青柳いずみこ「ピアニストが見たピアニスト」に よれば、「すぐれた演奏家は誰でも、空前絶後を経験しているもの」なんだそ うで、「コンチェルトを弾いていて、ある箇所にきたとき、俺自身が弾いてい るんじゃない。『それ』が弾いている、って感じが」(マルタ・アルゲリッチの師匠フ リードリッヒ・グルダ)したりするそうだ。
青柳はさらに「しかし、いったん至高の瞬間を体験してしまうと、その継 続がかえってむずかしくなる」と続ける。周囲は同じレベルのものを当然のよ うに期待するようになるけれど、それは大変なことだし、自分が二度と「至高の 瞬間」を再現する事はできないのではないか、できなかったらどうしようとい う強い不安や恐怖に襲われるのだそうである。
その辺の事情は「ひとかどの数学者」達も同じようで、素晴らしい定理を 証明して非常に注目された数学者が、その後ぱたりと論文を書かなくなるとい う現象はよくみられる。本人は次の大論文が書けなくて苦しいのだそうだ。馬 鹿だな。大体、「俺様のような大数学者が今更つまらない論文なんか出したら、 かえって評価が下がって格好悪い」式の下らない事考えてるんじゃないのか。 大論文が書けなければ、ゴミ論文でいいじゃないの。楽しく数学やって、たと え小さな事でも何か発見したら、それで嬉しい。嬉しければ論文に纏める。そ れがゴミ論文でも何でも、それは他人が決めるこだから、自分には関係無いじゃ ないの。という、”書けば必ずゴミ論文”の高山の意見は、「ひとかど」ならざる数学 者の典型的な負け組思考を表していると思われる。
2005年8月10日(水)
<<頭で覚えている>>
明日から大学は一斉休暇だそうで。これは、土曜も祭日も平日も試験時間割も
平常授業時間割も何もかもぜーんぶ同時進行させて、猛り狂った猛獣の如く闇
雲に驀進することをもってよしとする我らがRitsも、まるで不整脈で脈が
一瞬飛ぶかのように小休止することがあるということだ。一斉休暇の前に、居
眠りがきつい情報理工学部1回生の線形代数の成績表を、平常点なども加味し
て完成させて提出してしまおうと、昼頃出勤。
それにしてもよく寝るクラスだった。今後キャンパスで、若し彼らに声を 掛けられることがあっても「ええっと、君の顔はよく覚えてないのですが。。。 じゃあ、ちょっと頭のテッペンを見せてください。ああ、わかりました。いつ も教室の右端の前から3番目の席で居眠りしてた学生ですね。その頭はいつも 見てました」なんて事になるかも知れない。連中は講義を聞いているフリをし ながらこっくりこっくりとは眠らずに、机にどたああっと身を投げ出して 「爆睡」するのである。そういえば彼らは寝てばかりで私の顔は 覚えてないはずだから、今後声を掛けられることも無いか。 いずれにしても、私としては彼らが予想以上の 好成績を挙げてくれたので、満足である(と日記には書いておこう)。
その後数学。そういえば去年の今頃はHerzog先生に見捨てられて、エッセ ンで一人泣きながらゴミ屑論文を書いていた。しかし今年は徳島出張がきっか けで大先生と共同研究が始まったから、数学的には悪くないな。
2005年8月9日(火)
<<おっさん臭い>>
蒸し暑い日本の夏の日。本日自宅にて居眠りがきつい情報理工学部1回生の線
形代数の試験答案の採点。居眠り学生にふさわしい「簡素な答案」でも書いて
くれれば、こちらもさくさくと×をつけて採点も簡単なはずである。しかるに
何故か連中の答案にはマトモな事がゴチャゴチャ一杯書いてあり、採点が大変
である。しかも全般的に出来が良い。はてな。まったく、授業中に寝てばかりいるくせに
睡眠学習法か?(怒)
プラッツ近鉄の旭屋書店を経由してCDの新星堂へ、それから京都駅の反 対側に移動して、ホテル京阪で夕食をとり、アバンティー京都のブックセンター をふらついてから、サンリオ・ショップに立ち寄ってハロー・キティーのグッ ズを冷やかして帰るというのが、最近お気に入りのコース。青柳いづみこ「ピ アニストが見たピアニスト」(白水社)、辻志朗「誰でもぜったい楽譜が読め る!」(音楽之友社)、そして、またぞろNAXOS廉価秀盤1000円シリー ズでシューベルトのピアノソナタ(D850、D575)のCDを購入。
以前は数学にも数学者にも興味があったけれど、最近は数学には興味があ るけれど、数学者にはあまり興味が無い。それよりも今は音楽家が面白い。音 楽家の世界と数学者の世界には、何となく類似性があるような気がしている。 あちらの世界でも綺麗事では済まされない、というか、傍目に見える優雅さ華 麗さ(数学者に華麗さは無いけどね)とは裏腹に、結構しんどいところがある のでは。そういうのをちょっと垣間見て、いやあ、お互い大変ですなあ、とか 何とか、心の中でおっさん臭い事を言ってみたいわけです。
2005年8月8日(月)
<<グラマン・ヘルキャット>>
琵琶湖花火だそうである。私の住む山科でも、東の山の向こうから激しい爆音
が聞こえてきて、一瞬「ああ、あっちの方は空襲でひどくやられているな」な
どと思ってしまったのは、子供の頃に大正生まれの母親からB29の空襲の話
をよく聞かされたが故であろう。空襲に使われる爆弾の写真がテレビで紹介さ
れることがあるが、こんな大きな鉄の容器が空から落ちてきて、頭に当たった
ら痛いだけでは済まんやろうなあ、とか、その上にさらに火薬が入っていて爆
発するんやから、危なっかしくてしょうがないな、という事はよく考えたりす
る。
あと、グラマン・ヘルキャット戦闘機の機銃掃射から逃げ回った話なども よく聞かされていて、その話は私が幼児の頃、隣の造り酒屋の敷地で遊んでい て、よくスピッツとシェパードに追い掛け回され、泣きべそをかきながら必死 で逃げた記憶と結びついているらしい。それで、テレビなどでジェット戦闘機 とか軍事用ヘリコプターの画が出たりすると、こういうのに追いかけ回された らたまったものではないなと、ちょっと冷や汗が出る思をすることもある。
本日昼頃数時間だけ大学へ。生協の床屋で似非グロタンディエック・カッ トにしてもらった後、試験の答案や、新しいノート、その他の資料等を持ち帰 る。夕方からは自宅で野暮用。夜は居眠りがきつい情報理工学部線形代数の試 験答案の採点。それやこれやの合間に、少し数学。大先生走り書きメモに関連 した古典理論の復習など。
2005年8月7日(日)
<<偏屈爺への道>>
カラリと晴れた気持ちのいい真夏日。午前中少し数学。午後は自宅および山科
区内で野暮用。夜はまた数学。今日は大先生に「読んでおくように」と手渡さ
れた走り書きメモの解読作業。可換環論の古典的重要理論の一つなので、いつ
かきちんと勉強し直そうと思いつつ放置してあったテクニックを、縦横無尽に
駆使している。うーむ、これは芸術的証明だな。
加齢に伴う人格崩壊過程の一貫として、人嫌い世間嫌いがますます嵩じ、 日々数学とそれ以外のほんの2つ3つの限られたことばかり考えるか、何も考 えずにぼーっとしているかして暮らしている。それ以外の事に関わることの方 が、時間的には圧倒的に長く、あれこれ知恵を絞ったり労力をつぎ込んだりす ることも少なくないのだが、しかしながら大きく見れば変化の少ないルーチン 的なものであり、私の心象風景の中では「『ゆく河の 流れは絶えずして、しかも、もとの水にあらず』の水ですか、まあ好きに流れ ててください」程度の認識でしかない。
しかし、そういう生活をしているとずいぶんボケてしまうようで、たまに 普段あまり話したことが無いような人とマトモに会話したりすると、刺激が強 すぎて頭がくらくらしてしまう。徳島の出張でもそうだった。ひょんなことか ら私よりひとまわり若い数学者と夕食をともにすることになり、まあ、酒など も少し飲み、別に特段変わったこともない普通の会話をして分かれたのだが、 それが脳味噌の普段使っていない部分を少しばかり刺激したのか、その晩は例 のバンジージャンプへの衝動なども始まって、興奮して何も手につかないわ眠 れないわで大変だった。
そういえば計算機屋時代の学会出張というと、すぐに顔見知りの同業者を 見つけて飲みに出掛け、皆とわいわいとごく普通に楽しんでいた。最近は、数 学に転向して、どうせ俺なんかゴミ屑以下の糞数学者だとか何とか言っていじ けている事も手伝って、専ら透明人間モードでその辺を一人漂っている。この 巨大な落差は、ボケの進行と強い相関関係を持っているにちがいない。
私は偏屈爺への道をまっしぐらに突っ走っている。偏屈爺といいうのも、 ちょっと憧れないでもないのだけど、もうちょっとオープンにやらないと、ボ ケはますます進行する。数学のやり方としても、こういうのは好ましくないか も知れない。
そういえばここんところドイツ語の方はご無沙汰してる。ドイツ語はボケ の進行が食い止められているような快感があってよろしい。 またやりたいものだ。
2005年8月6日(土)
<<当たってる?>>
午前中と夕方は自宅および山科区内で野暮用。昼下がりにボールペンの替え芯
を買いにラクト山科文具の奥村まで徒歩往復。それ以外は大体、自宅にて大先
生との共同研究の私の担当部分(と思われる部分)を考えて過ごす。今日の問
題は「2時間もあれば出来る演習問題みたいなものさ」と高をくくっていたら
案外複雑で、まる一日色々やったけどまだ完全には終わらない。
とは言うものの、夏休みの読書もすこし。藤川洋子「少年犯罪の真相、家 裁調査官の視点から」(ちくま新書)は、コミュニケーション能力を中心とし た発達障害が背景にある少年犯罪についての話。まあ、子供だから脳の発達が アンバランスな時期もあるわな、と「頭のおかしい子」だった自分の子供時代 を振り返りつつ、岡田尊司「人格障害の時代」(平凡社新書)を読み始めたら、 子供は発達途上だからまだ改善が期待できるが、「頭のおかしい大人」はその 状態がずっと続くから始末に負えない、問題なのは(大部分がそのうち自然に 治っていく)「頭のおかしい子」ではなくて「頭のおかしい大人」である、と いうような事が書かれていた。では、どういうのが「頭のおかしい大人」かと いう類型の説明が続くのだが、そのうちのいくつかは自分にもあてはまってし まう。そうか、私は「頭のおかしい大人」か。なるほど当たってるなー。
大体、精神科関係の本って、どれ読んでも「あ、これ自分の事だ」と思っ てしまうことが多いのだけど、これって神社の御神籤に「小吉。学業、成果出 ずとももなお励むべし。失せ物、諦めるがよし。健康、大食避けるべし。転居、 面倒だからやめておけ。商売、お前には関係ない。縁談、それもお前には関係 ない等々」って書いてあるのをみて、なるほど当たってるなーと思うのと同 じ。。。なわけないか。
2005年8月5日(金)
<<成り行きと運のみ>>
午前中は自宅と山科区内で野暮用を少し。昼頃出勤し、事務で居眠りがキツイ
情報理工1回生線形代数の試験答案を受け取り、それを部屋の机に放り出して、
色々調べものをしたり考えたり。私のゴミ論文についての糞講演を聞いていて
何か思う所があったらしい某大先生が、あるアイディアを思いついて小さな問
題を解こうとしているのだが(というより、ほぼ解き終わりつつあるようにも
思えるのだが)、ちょっと手伝ってくれんかとのこと。大先生の研究を手伝う
程の知恵があるわけでも無いのだが、泥縄式でもちょっとは勉強しておこうか、
と。
まあ、考えるべき問題を捜し続けて、結局大したアイディアも無く、鳴か ず飛ばずで夏休みが終わってしまったら嫌だなと思ってたのだが、思わぬ所で 問題が目の前に転がり込んで来たのは幸いである。かように私は、捨てる神あ れば拾う神あり、成り行きと運のみでふらふらと生きながらえてきたのだが、 いつの日か年貢の納め時が来るのだろうなと思う。
2005年8月4日(木)
<<誤魔化す>>
夜遅く、徳島大学で開かれていたシンポジウムから帰宅。今回は研究発表をし
たので、「透明人間モードでそこはかとなく漂う」楽しみに耽るわけにも行かず。
日頃大学で行っている私の講義では、聴衆のほとんどは寝ており、たまに そうでもないのが居ると、それは単に目を開いて気を失っているだけか「内職」 をしているかのどちらかなので、別に何をどう喋っていてもあまり関係が無い。 平和な時間が淡々と流れるのである。気がついたら教室に 誰も居ない時もある。シンポジウムでも、他の講演者の時はと もかくとして、私が自分のゴミ論文についての糞講演をする時は基本的には上 記と同じような雰囲気である。 しかし大学の講義と唯一違うところは、ごく少数ではあるものの、 私が喋っている間じゅう目を覚ましていて、いろいろ突っかかってくるのが居 る。そこでお前が言っている意味はこういう事か?とか、お前はそう言うが、 それは違うだろうとか、そこの部分をこう変えたら一体どうなるのか?とか何 とか。はてな。講義とは寝るものではなかったのか(おい、勘違いするな。お 前は今学会で喋ってるんだぞ)。何だか興奮している妙な学生がいるな(違う ってば、相手は学生じゃないぞ!○×大学の某偉い先生だぞ)
それにしても、毎年集中講義をして いる徳島大学は、私の庭のようなものである。しかし、今回は3泊4日とゆっ くりできたので、徳島グルメ三昧の毎日を過ごすことができた。讃岐饂飩(勿論 これは徳島というより香川が本家)以外 にも、徳島ラーメン、鯛飯、ぼうぜ寿司、生そば、そば米を楽しんだ。特に、 鯛飯とぼうぜ寿司のうまさは格別で、毎年徳島に行ってるくせに、何故もっと 早く気づかなかったのかと激しく後悔している。