の
た
め
の
邪
魔
な
広
告
よ け ス ペ ー ス で す。
2005年12月28日(水)
<<数学の敵>>
朝は少し遅めに起き、適当に朝食のようなものを食べ、野暮用をして、少し数
学。年賀状投函のついでに山科駅前SBUXまで行き、昼食のようなものを食べ、
夕方頃まで居座って数学。帰宅後も数学など。なるほど、ちゃんとお勉強すれ
ば、諸文献に書かれている事がよく理解できるわい。ふむふむ。その間ずっと
ヘッドホンステレオでバレンボイム「ゴールドベルク変奏曲」が流れっ放し。
四六時中ヘッドホンを付けてその辺をウロウロしたがるのは若い時に罹る はしかのようなもので、いい大人は通勤電車の中で英会話の勉強をするといっ た涙ぐましい話でも無い限り、ヘッドホンなんて付けて歩き回らないものだと 思っていた。そのいい大人のはずの私が、ヘッドホンつけて、時々「く うーっ!」と唸ったり「はあー」と溜息をついたりしながらSBUXで数学やるよ うになってしまったんだから、返す返すも人生実際に生きてみないと何が起こ るかわからないものである。
夜は数学の敵ブラームスのクラリネット・ソナタ、五重奏曲、三重奏曲と 格闘しながらも、勇猛果敢に数学。 流石にブラームスは疲れ方が全く違います(あー、しんど)。明日 から2日ばかり京都を離れるので、次回更新は31日深夜以降。
2005年12月27日(火)
<< vernünftig 理性的>>
午前中は自宅と山科区内で野暮用。遅めの昼食も兼ねて山科駅前SBUXへ。たっ
た3日間で鈴木雅明と評価が逆転してしまった、圧倒的な底力を存分に見せつ
けるバレンボイムの「ゴールドベルク変奏曲」を繰り返し聴きながら、夕方頃
まで居座り数学。ここ数日の集中的お勉強のお陰で、某文献に書かれている証
明がようやく理解できた。夕食後は年賀状書き。何故か今年の正月に2枚の年
賀状が来ている友人が居て、それぞれ自宅の住所が違うので、携帯電話で「どっ
ちに出せばいいのだ?」と聞いてみたら、「どちらに出しても届く」とのこと。
お前はシュレーディンガーの猫か?
さて、まだまだ続く「人間やめますか?」シリーズである。そういえば、 以前ゲーテのクラリネット奏者氏と、ブラームスとシューマンの音楽って一寸 やばい(gefährlich)ですよね、みたいな話をした事を思い出した。シュー ベルトの音楽はとても理性的で数学の邪魔にはならない。むしろ数学への集中 をさまたげる余計なものを駆除してくれるから有り難いぐらいだ。ショパンは ちょっと感情的過ぎて気が散ってしまい、往々にして集中が妨げられる。シュー マンぐらいになると一寸雲行きが怪しくなってきて、ふと数学する手を止めて お耽美な世界にトリップしてしまう。いかん、いかん。でもまあ、トリップも たまには良いか。ところが、ブラームスだともっと大変である。私にとっては 当たり外れが大きい作曲家で、「外れ」の曲は退屈でただの雑音にしか聞こえ ないし、「当たり」だと何だか魂の根幹が揺さぶられて「立ってるのが精一杯」 の状態になってしまう。数学やってる時に、いちいち魂の根幹が揺すぶられるようで は商売上がったりで、てやんでえ!こっちだって生活が掛かってんだよ!一体 どうしてくれるんだい?!と啖呵の一つも切りたくなるのである。目の覚める ような数学的発見で魂の根幹が揺さぶられる(一生に一度でも良いからそうい う体験をしてみたいものである)のなら大いに結構なのだが、音楽でそれをや られると結構キツイ。
ああ、それなのに、それなのに。「クラリネット・ソナタ」中毒は猛威を 振るったままだし、ちょっと頭を冷やそうと思って聴いた「クラリネット五重 奏曲」の方は、最初のアレグロの所のクラリネットがまた泣かせるし。ちょっ と君達ねえ!先日聴いた時は退屈でつまんなかったじゃないのよ。何でそんな 1日2日寝かしておいただけで、急に良くなってまうのよ?何か本当に、道歩 いてたら突然交通事故に遭って、いてててと脇に倒れてたら、後続の車にもう 一度轢かれた、みたいな気分である。何で私はこんな状態で数学をやらなけれ ばならないのでせうか?苦しいであります。何ですと?何も聴かなきゃいい じゃんって?まあ中毒ってのは、そういうものです。で、もう限界だ!って時 に咄嗟にニトログリセリンに手を伸ばすように鈴木雅明「ゴールドベルク変奏 曲」を聴いた時は、あー、これで助かった!と思ったね。vernünftig (理 性的)って言うのかしら。シューベルトの音楽にも鈴木雅明の演奏にも 共通して見出せる、断崖絶壁の私の魂を救うこの属性を、ゲーテのReferatの 時にこう呼んだのだけど、F先生は「vernünftig? でもそれはlogisch (論 理的)と言うべきじゃないの?」と言ってた。でもlogischじゃないんだよなあ。 まあ、ドイツ人が言うんだからしょうがないのかも知れないけど、もう少しド イツ語上手くなったらF先生にもう一度ちゃんと聞いてみよう。
2005年12月26日(月)
<<生きてみないとわからない>>
午前中は山科区内で色々飛び回って野暮用の後、午後から大学へ。事務に書類
を提出し、研究室で数学。某基本理論のお勉強が予定を一日遅れで終了。あと
は文献を2,3読み直してから論文改訂作業に突入というのが、この年末年始
の予定。
それにしても今、「クラリネット・ソナタやめ ますか?それとも人間やめますか?」状態で大変なのである。ブラームスって、 悪い人では無さそうだけど(そんな事はこの際関係ないけど)よくわかんない曲ばかり 書く人だなぐらいにしか思ってなかったので、 まさかこんな事になろうとは、人生生きてみないと わからないものである。ちょっと今はシューベルトが吹っ飛んでしまったって 感じだ。
このままでは年末年始に少なくとも40回は聴いてしまいそうなブラーム ス「クラリネット・ソナタ」から一時的にでも離れなければ、身も心も持たな い。ということで、少なくとも昼間外を歩いている間はバレンボイムの「ゴー ルドベルク変奏曲」を聴くことにする。バレンボイムを4,5回聴いているう ちに、素晴らしい演奏であることがようやく分かってきた。音の強さや間合い が完璧に統制し尽くされてるって感じ。それに、ピアノの音ってどこか攻撃的 で野蛮なところがあって、そこが魅力だと思うのだけど、バレンボイムの演奏 では1つ1つの音の角が取れていて玉のように柔らかい感じが新鮮である。
夜はクラリネット・ソナタを解禁して、強引に数学。
2005年12月25日(日)
<<クラリネット五重奏>>
「ケーキやめますか?それとも人間やめますか?」と一年に一度この日だけは、ショー
トケーキサイズ2個分の(クリスマス)ケーキとコーヒーだけという夢のよ
うな朝食が許されるのである。ああ、幸福だ。また来年のこの日まで、クリス
マスケーキを心の糧として、どんなに苦しい事や辛い事があっても胸を張って
生きて行こうとの決心を新たにする(半分本気)。
午前中は自宅でバレンボイムと鈴木雅明の「ゴールドベルグ変奏曲」の聞 き比べをしながら野暮用。一昨日初めてバレンボイムの演奏を聴いた時の感想 は「何?このシケたゴールドベルク変奏曲は?!」だったけど、今日は大分違 和感が無くなってきて、なるほど良い演奏だと思えてきた。でも、やっぱり 私は、愉快痛快明快で月まで飛んでってしまいそうな鈴木雅明の演奏の方が 好きだけどね。
山科駅前SBUXで簡単な昼食を摂ってから、山科区内で野暮用。野暮用が終 わった夕方、JEUGIA三条本店へ。ブラームスのクラリネット・ソナタに味を占 め、アルフレート・プリンツ(クラリネット)らによるブラームス「クラリネッ ト五重奏曲ロ短調作品115・クラリネット三重奏曲イ短調作品114」10 50円也を購入。これで果たして幸福になれるか実験してみようというわけ。
心の狭い私に五重奏が受け入れ可能かどうかは微妙である。私は今クラリ ネットに用があるのだ。まあ、ピアノは古い友人だから勿論歓迎するけれど、 特に深い思い入れがあるわけでもないヴァイオリンだのヴィオラだのチェロは 邪魔だからあっちへ行ってて欲しいわけである。それでは五重奏にならないで はないかと言うかも知れないけど、いいんです!クラリネットとピアノだけで 五重奏やれば済むことじゃないですか!?何がいけないんですか?と無茶苦茶 言いたいのである。ゲーテのクラリネット奏者氏が5月のコンサートでこの曲 を演奏した時はぐっと来るものがあったけど(あれは名演奏だったと思う)、今 日このCDを聴いた時は「別にい」って感じ。三重奏の方は、ヴァイオリンだの ヴィオラだのの饒舌な邪魔者たちが居ない分ずいぶんマシだけど、チェロの音が邪 魔だからちょっとあっちで独りでやっててもらって、やはりクラリネットとピ アノだけで三重奏やればいいではないですかと無茶言ってみたい気分がが拭え ず。
かくして今日のところは五重奏、三重奏を聴ける精神状態でないと判明。 ブラームス「クラリネット・ソナタ」中毒に復帰して、夜は強引に数学。
2005年12月24日(土)
<<クラリネット・ソナタ>>
1575円でこんなに幸福な一日が過ごせるとは、超お買い得である。昨日に
引き続きのお勉強と、夕方にスポーツクラブに行った時も含めて、まる一日ブ
ラームスのクラリネット・ソナタ中毒状態で過ごす。今日一日で12回は聴い
たな。
幸福過ぎるクラリネットの音を聴いて数学するのは、少しきついものが
あるけれど、そこを強引に押し切る。中毒というのは、そういうものだ。
絵画だと一目見だけで良し悪しを判断できて、後でぶれることはまず無い のだけど、音楽はどうも2回以上聴かないと駄目みたいである。超安全牌記録 更新中のシューベルトのCDも、いつもテキトーに衝動買いしてくるのだが、最 初に聴いた時には「今回はハズレかな?」と思ってしまうことが多い。ブラー ムスのクラリネット・ソナタが今年3月に見た映画 Jenseits der Stille で 流れていたというのは、どうも確かなような気がしているのだけど、その時は 「ふーん」ぐらいしか思ってなかったはずである。そもそも、最初は クラリネットの音色にそれ程幸福を感じていた訳でもなく、5月にゲーテの クラリネット奏者氏のコンサートを聴いた時も、やはり基本的には 「ふーん」だったと思う。
それが半年以上の潜伏期の間に、いつの間にか私の精神構造の奥底で菌糸 を伸ばし、胞子をまき散らし、コロニーを形成し等等と大変な事になっていて、 試しにシューベルトの「岩上の羊飼い」を聴いてふむと感じ、 バッハのJesus bleibt meine Freude(「主よ、人の望みの喜びよ」なんて 変な訳語だな)のクラリネット編曲を聞いてぐっと来て、そして 偶然にブラームス「クラリネット・ソナタ」の2度目を聴いた瞬間に「発症」 し、この通りの大騒ぎである。
クラリネット・ソナタに加えて、「ケーキやめますか?それとも人間やめますか?」 と一年に一度この日だけは、夕食時にショートケーキサイズ2個分の(クリス マス)ケーキの一気食いが許されるのである。ああ、幸福だ。私はこの日のた めに一年を生きてきたようなものだ(多少嘘)。
2005年12月23日(金)
<<幸福過ぎる音色>>
何でこんな重要な基礎理論なのに今までテキトーに流してたんだろう、という
理論のお勉強に励む一日。短期集中で明日か明後日じゅうには終えたいんだけど。
と、いう芸当が出来るのは、やっぱり冬休みだからだな。午後はお勉強を中断し
て京都駅前近辺に繰り出し、アバンティーで来年の手帳などを買った後、新
星堂近鉄プラッツ店へ。夜は今日買ったCDを聴きながら、お勉強。
シューベルトはどの曲を聴いても気に入ってしまうので全曲安全牌状態な のだが、バッハは当たり外れがあって「あー、何?この曲。辛気くさ!」って こともあるので、テキトーにCDを買って帰るわけにはいかない。しかしクラリネッ トで演奏されたバッハというのは、もしあればかなり挑戦的な試みで、しかも そこで選ばれる曲はきっと私が気に入るものに違いない、だってゲーテのクリ スマス・パーティーで聴いたバッハはぐっと来たじゃないかというかなり強引 な仮説の下に色々捜してみるも、何も見つからず。手ぶらで帰るのも何だし。じゃ あ、バッハの安全牌はゴールドベルグ変奏曲だな。私は鈴木雅明氏のチェンバ ロによる、目の覚めるようなゴールドベルク変奏曲しか知らないので、この機 会に別の人の演奏も聴いてみるかと、バレンボイムのピアノ演奏2枚組CD, ベー トーヴェンの「ディアベッリの主題による33の変奏曲作品120」(聴いた 事ないけどベートーヴェンのピアノ曲ならきっと安全牌だろう)と抱き合わせ 販売の1900円毎度ありーは断然お買い得!を購入。
新星堂の店の中でカール・ライスターが演奏しているブラームスのクラリ ネット・ソナタが本日のオススメで流れてきて、デイビッド・レビンとかいう 人のピアノ伴奏って、明晰なのは私好みだが、ちょっとピアノをきつくドヤ し過ぎて、美しく統制し尽くされた野蛮さみたいなのが頭にがんがん響く感じ がちょっと鼻につくんだけど、クラリネットのあの包み込むような幸福過ぎる 音色に絡め取られないようにするには、あれ位やらなくっちゃいかんのかもね。 そう、幸福になりたければブラームスのクラリネット・ソナタを聴きなさい! と即断即決購入毎度ありー!の1575円也。
このクラリネット・ソナタ、どこかで聴いた覚えがあって、ゲーテのクラ リネット奏者氏に出会う以前の段階の私のクラリネット観を無意識のうちに形 成したものと思われるのだけど、何処で聴いたのか思い出せない。もしかした ら、ゲーテで見た映画 Jenseits der Stille で主人公の音大受験生Laraが演 奏してたのが、この曲じゃなかったかしら。
2005年12月22日(木)
<<大雪>>
5年前のエッセンの冬を思わせる大雪がとても静かである。今年の冬は20年振り
に寒いのだそうだ。20年前の私は希望に満ち溢れていた。某国立研究所研究
員のポストを得て、理論計算機科学の研究者を目指せるチャンスを手にして間
もない頃だったからだ。勿論、20年後には計算機科学もやめて数学に戻って
るなんて、夢にも思ってなかったけどね。
昨日に引き続き「キプロスの女王ロザムンデ」を聴きながら出勤。大学の 授業時間は全て30分遅らせる措置が取られ、午前中の2回生配当「離散数学」 の講義は11時過ぎから開始。雪が降っても、学生の入りはいつも通り良好。 それから、これで今年の講義は終了!と生協ラ・ポーズで目出度くカツカレー の昼食。午後は院生O君のMatsumuraゼミ。夜はシューベルトのピアノ・ソナタ を聴きながら数学。
2005年12月21日(水)
<<バッハを聴いてない>>
午前中は4回生配当「計算機数学続論2」の講義。受講生達は隔週出席で今日
は欠席日だから、今年最後の講義は再び「伝説の講義」かと思って教室に行く
と、来ないはずの2名程の学生が来ていた。彼らなりの都合があっての事か何
なのか知らないけど、いちいち気にしててもしょうがないので、いつも通り粛々
と講義。
引き続き年末雑用テンコ盛の一日!かと思いきや、大学の雑用は夕方頃突 然スカッと消滅(したはず)。図書館で、数日前から一度調べてみなければと 思っていた本を借り、生協で新しい研究用ノートを買って帰る。夜は久しぶり にシューベルト「キプロスの女王ロザムンデ」を3回ぐらい繰り返し聴きなが ら、数学。論文改訂の準備のまた準備にあたるお勉強。
こういうCDの聴き方をしていると、またぞろ「キプロスの女王ロザムンデ はかくかくしかじかの様に演奏しなければならない」式の固定概念が出来上がっ てしまい、どこかのコンサートを聴きにいった後で、先日のように膾切り感想 文を書いてしまいそうである。既に私の胸に内には「ロザムンデ序曲は断固ピ アノで演奏しなければならない」という確固とした危険思想が形成されており、 例えばオーケストラでの演奏には吐き気を催すに至っている(という心の狭い私)。
などとシューベルトに関しては五月蝿い事を言ってるけど、例えば、 ここ2年程全然聴いて無いJ.S.バッハに対しては結構おおらかに 構えている。 先日のゲーテのクリスマスパーティで、J.S.バッハの「主よ人の望みの喜びよ」 だったかをクラリネットの演奏で聴く機会があったけど、思わずじんと来てし まった。バッハの時代にはクラリネットはまだ存在せず、「主よ...」もチェ ンバロか何かの曲として作曲されたそうである(パイプオルガンには合いそう だけどな)。演奏した人も、やはりクラリネット用の編曲はイマイチだなとか 思いながら演奏していたらしい。でも、私は結構「いいなあ」と思って聴いて いたな。今でも「いいなあ」って感じが胸に残っている。例えばゴールドベル ク変奏曲(の特にテンポの速い部分)をクラリネットで演奏するとか言い出し たら、「それって、一体どうなってしまうのよ!?」とかなり不安なものを感 じるだろうけど、バッハのゆったりした曲は案外クラリネットに合うのかも。 最近あまり根を詰めて聴いてなかったお陰で、こういう発見ができたとも 言えるかな。
2005年12月20日(火)
<<嘘つきは嫌い>>
引き続き年末雑用テンコ盛の一日。自宅で野暮用の後、午後一番から全力疾走
O坂主任の代理で、学科長会議に出席。1時間半ぐらいでさらりと終了。
大学教師になって間もない10年程前にも、副学科長として学科長会議に 代理出席した事が度々あったけれど、あの頃は凄かった。議事もほぼ尽きて、 議長が「じゃあこれで今日の会議は終わりますが、最後に何かありますか?」 と締めに入ると、必ず誰かが「あ、すみません。一言だけ言い忘れてたんです けど。。。」と何か言い出す。そして決して「一言だけ」では済む事は無く、 また小一時間ほど会議が続く。そして、今度こそ終わりかと思うと、また別の 人間が「じゃあ、1分で終わりますから」などと言い出し発言を始める。1分 で終わるはずも無く結局また小一時間、という具合に延々と会議が続いたもの である。嘘つきと会議が大嫌いな私の腸(はらわた)が煮え繰り返っていたこ とは言うまでない。私がもし議長だったら、次のようにするだろう。「じゃあ これで今日の会議は終わります」「あ、すみません。一言だけ言い忘れてたん ですけど。。。」「駄目です。今まで忘れてたんですから、ずっと忘れててく ださい」「でも。。」「でもも糞もありません。会議は終わりです。ここにパ ンの耳を置いておきますから、この耳に向って気が済むまで お話しください。それではこれにて失礼」、と。
会議の後は、学生の崩壊の自由を奪うための小テスト問題・解答例のコピー、 小テスト解答用紙の準備、これが最後だ!DellのPCの発注事務手続き、個人研 究費レシートの整理、講義の準備など。バスと電車の中で少し数学。
2005年12月19日(月)
<<崩壊の自由>>
まだまだ年末の仕事が沢山残っている。研究日、なんて事は言ってられない!
朝から昼過ぎまで自宅と山科区内にて野暮用。それから山科駅前SBUXにて遅い
昼食兼数学を少し。その後、自宅で野暮用を挟んで、WindowsXPの立ち上がり
に10分もかかる古色蒼然とした大学の旧式PCを買い換えるべく、新しいパソコンの
発注作業の準備。その後線形代数の小テスト問題作成作業。
DELLの見積作成サイトが以前と変わってしまい、何を考えてんだかよくわ からない変テコな構成になっていた。結局希望スペックの入力を何度もやり直 す羽目になり、思いのほか時間を浪費。DELLは数ヶ月前に出した障害の問合せメ イルにも返事をよこさないし、変な発注画面にして客に時間を浪費させるしで、 頭に来た。DELL社のPCを買うのは今回を最後にしようと決心する。
小テスト問題は、試験直後に配布する解答例と解説も同時に作るので、思 いの外時間が掛かる。だけど、これをやっておくと定期試験の成績がかなり良 くなることが経験的に分かっているから、頑張って問題作って採点したりして いる。しかし、である。数学の面白い部分を講義すると居眠りを始め、一番面 白くない部分の話ばかり聞きたがり、かと言って、ご要望にお応えして数学の 一番面白くない部分を講義すると、当然面白くないから今度は爆睡するという、 何が何でも寝ていたい学生達に対して、そこまでする必要があるのかという疑 問は確かにある。キャンパスを何食わぬ顔で快活に闊歩し、教室では崩れる。 学生には崩壊の自由があるのだ。自分の研究時間を削ってまで、彼らの自由を 妨害するのは、犯罪的行為であると同時に私にとっては人生の浪費ではないかしら。
2005年12月18日(日)
<<気まぐれで残酷>>
気分的には昨日までが最も忙しく、やっと峠を越したなと今朝は放心状態。
全てが終わったわけでは無く、今日以降にも色々やることがあったはず。
だけど何をやるんだったか全部忘れて放心。午後は山科区内で野暮用の後、夕
方は府民ホール・アルティーのピアノ・コンサート「ピアノグループ創美ジョ
イントコンサート〜変奏曲のいろいろ〜」を聴きに行く。8人の演奏者が1つ
ずつ色々な変奏曲を演奏するという趣向。以下、私の好き勝手な感想文。技術
的・理論的なことはわからないので、聴いた印象が中心。
2005年12月17日(土)
<<下らない言葉たちの心地良さ>>
ゲーテの日。午後の授業の後半は、教室で簡単な持ち寄りクリスマス・パー
ティー。私はこの事をすっかり忘れていて何も持って行かなかったけれど、皆
さんチョコレートだのクッキーだの、ホットカルピスだの甘いお菓子類を沢山
持って来ていた。あー!お菓子でお腹一杯、だと?!ちょっと待った!皆さん
今日の17時30分から四条河原町で忘年会をするのを忘れてませんか?私、
幹事なんですけど。幹事ってあまりやった事ないので、何かへまをやらかして
店に行って「ちわー!予約してましたドイツ文化センターの高山ですけどー」っ
て言ったら、何かの手違いで店の人に「はあ?そんな予約ありませんけど」と
か言われて追い返されて、総勢12人が忘年会シーズンたけなわの京の街をあ
ちらに店で追い返され、こちらの店も一杯でという感じで宛て途無く彷徨い、
「幹事、何やっとるんやー、あほー!」とか言われる事になるかも知れません
けど、でも、私、幹事なんです。何?経験の無いお前が幹事やって大丈夫かで
すと?昔フィリピンにアキノという男の大統領が居て、その後その夫人がまた
大統領になる時、政治家の経験の無いアキノ夫人に大統領が務まるかの批判に
対し、彼女は「私は夫のアキノ大統領の側で第一級の政治を学びました」と答
えてたじゃないですか。私だって、遊びの司令塔清少納言様の下で、数セメス
ターの間第一級の遊び道を学んで来たのですよ。それはともかくとして、幹事
として一言言わせて頂ければ、「あー!お菓子でお腹一杯!」ということで、
折角インターネットで苦労して見つけた店で、付き出しとビールだけでご馳走
様!なんてことになっては張り合いが無いのです。いいですか、皆さん!今か
ら四条河原町まで40分程歩きますから、それでお腹空かせていただきます。何っ
てたって空腹は最高のソースですからね。何?寒いですと?ええ、冬は寒いと
昔から決まってますけど、何か?ミュンヘンはもっと寒いですよ。
私の古い友人で筋肉だけが心の支えみたいな人が言ってましたけど、
ニューヨーク州のバッファローなんてもう雪と氷で覆われてますよ。それに、
南極に行ってごらんなさい。皇帝ペンギンが「寒いからタクシーで移動しよう」
なんて寝言言いますか?何ですと?私達は皇帝ペンギンじゃないって?いいんで
すよ、そんなの。人間、自分は皇帝として自分自身に君臨するのだぐらいの気位
をもってないと駄目でしょうに、違いますか?え?何、訳のわかからない事言って
るかって?兎に角、四の五の言ってないで、もう行きますよ。え?今度は何?私は
店の場所がわからないけど、もう少し待って欲しいですと?ちょっと、誰か店が
分かってる人、もう少し待って彼女を連れてきてもらえますか?いいですね。
じゃあ私達先発隊はもう出発しちゃいますからね。はい、出発!、と。店に行っ
てからも、こんな調子。
嗚呼、言葉を発することができ、それを受け止める人が居てくれる悦び。 口から出任せこけ徳利と言って、私は元々お喋りな人間なのである。だが、私の 日々を見よ!虚しい言葉は無人の教室に響き渡り、崩壊する爆睡学生の涎(よ だれ)を乾かし、語られなかった言葉の数々は深い憧れを残したまま黒々とし た巨大な山を成す。だけど今日は半年分のお喋りをしたような気分だったなあ。 私の身体を突き抜ける下らない言葉たちの心地良さ。ただ、この機会を見逃す まいと、貪るように話し続けたのは良かったのか悪かったのか。まあ、私の場 合は、ちょっと無理してよく喋るぐらいが丁度良く、これぞという相手には 過度の遠慮は無用ではないかと思ってるん だけどね(おい、それで人生を何度も誤って今日に至った歴史を忘れたのか?)。
2005年12月16日(金)
<<年末特有の雑用>>
月並みではあるが師走は公私ともども多忙である。そういえば通常で既に一杯
一杯でやってるので、それに少しばかり年末特有の雑用が重なると、もうパン
クしてしまうというわけだ。いっそパンクして、焼け糞になって、口から火吹
いて大暴れしてやろうかしらん。
午前中は院生O君相手の大学院配当「計算機代数学特論1」の講義。生協 ラ・ポーズ執念の天ざるセットで昼食の後、講義の準備などを少しやってから 情報理工学部1回生爆睡線形代数の講義。ただし、起きている学生も数名程度 は居る。その後はゲーテの宿題。今回は結構時間が掛かる。夜は数学を少し。