の
た
め
の
邪
魔
な
広
告
よ け ス ペ ー ス で す。
2005年6月15日(水)
<<ぶち切れる>>
昨日に引き続き、景気はいまいち。今日唯一良かった事は、アメリカの友人か
ら数学についてのメイルが届いたことである。メイルをプリントアウトしたも
のを片手に急ぎ出勤。
午前は留学生数学。先週に引き続き、微積分おさらい講義。 この講義をリクエストした学生は、先週に引き続き今日も 居眠りばかり。とうとうぶち切れ、私は○○君 のリクエストでこの講義を始め、あとこれこれの項目を話すべく準備してきて いる(と黒板にこれから話す予定だった項目名を列挙)。しかるに○○君は居 眠りばかりしているので、講義はここで打ち切ろうかと思う。もし、○○君以 外の学生諸君で、ひきつづきこの話を聞きたい人が居れば今ここで言って欲し い。希望者が居なければ、たった今この講義を打ち切る、と宣言。誰も希望し ない事を確認し、じゃあと黒板の項目名リストに大きくバツ印を書き、もうひ とり△△君リクエストのマクローリン展開の計算例の講義に移る。この「ぶち 切れ」は正当だったと思う。
午後は1回生数学演習。先日の小テスト返却。授業のあ と、小テストの厳しい採点に不満な某学生が、猛然と異議申し立て。 この学生は、授業中の 先生は優しい(つもりでいるんだけど)けれど採点は厳しいことに戸惑って いる、すなわち、「先生の優しさと学問の厳しさは別」である ことを、まだよく理解していないのであろうか。てんで出鱈目な答案を間違って ないと喧嘩腰で言い張るので、とうとう
これは、こうでしょ!?当たり前じゃないの!」 と、ぶち切れる。この言葉が口を突いてすっと出てくるように なったら、あなたはもう立派な数学者(?)。 しかし私 は、これは相手が「実数全体の無限集合は有限個の実数からなる有限集合に包 含される」とか「行列の転置は黒板が平面である限り絶対出来るわけない」 式の主張を執拗に繰り返すような学生でない限り禁句だと、常々自ら 戒めている言葉。この「ぶち切れ」は不当であったと猛反省。
その後教室会議。全力疾走のO坂主任も会議の進行がずいぶん上手くなっ てきたけれど、議題が重くて8時過ぎまでかかる。生協で遅めの夕食の後、電 車の中でEGA第4巻を眺めながら帰宅。
2005年6月14日(火)
<<集会>>
昨日勉強していた(手薄になっていた)基礎的事項のことを、夢の中で気にし
ながら起床。引き続き気にしながら出勤。生協コンビニ弁当を食べながら明日
の講義の準備を少しやって、午後一番で院生O君のMatsumuraゼミ。その後会
議。同じ会議室で4つぐらいの会議が行われ、終了は20時過ぎ。会議が変わ
る毎に微妙にメンバーが入れ替わる。何故か私はずっと同じ席に座りっぱなし
で、会議と人々がどんどん私を通り過ぎて行ったって感じ。最初の3つはほと
んどセレモニーみたいな会議だが、最後の会議はちょっと異例の集会で、精神
的にかなりきついもの。うまく行っていた組織が崩壊に向かい始めた瞬間って、
こんな感じなのかしら。えらいことになってきたなと思いながら帰宅。
夜は景気づけの210円ベートーベンを聞きながら、友人に数学的メイル を書いてすごす。
2005年6月13日(月)
<<ン十年振り>>
夏日の研究日。最近、夜更し寝不足傾向が強いので、朝はしっかり寝て睡眠を
確保。昼前からシューベルトのCDをガンガンかけて活動開始。夕方頃は山科
駅前で軽く野暮用とSBUX。夜中は210円のベートーベンで数学続行。
ベートーベンのピアノ・ソナタって、「明晰さ」においてはシューベルト に似てるところがあるなと思って聴いてたのだが、シューベルトの方がベートー ベン大先生を非常に尊敬していてかなり影響を受けたとか。 それにしても、「へん。ベー トーベンなんか聴きながら、学問なんかしやがって」の言葉通りになってきた な。
今日は、今週中に一通り読み終えたい論文を読み始めたものの、最初の部分 でちょっと基礎的で技術的な話を確認しておこうと思い、色々やっているうち に一日が終わってしまった(泣)。学生時代には全然解けずに放置してあった、 教科書の演習問題などを解いたりもしたのだが、ン十年振りに解けたりすると、 ちょっとだけ嬉しい。まあ、手薄になってた所だから、あせらずにちゃんとやっ ておかないとね。
2005年6月12日(日)
<<210円のベートーベン>>
朝から山科区内でせっせと野暮用。夕方業務終了。やれやれと京都駅近辺に繰
り出し、ホテル京阪の喫茶ラウンジで少し数学して、中古CDショップ、ハロー
キティーの店を梯子。
シューベルト病は相変わらずなので、ドビッシー「子供の領分」ってどん な曲だっけ?そもそもCD持ってたかしらとか、「ブーニン衝撃のショパン・ コンサート」1050円也は何で「衝撃」なんだろう?とか気にしつつも、禁 欲的にシューベルトの中古CDばかりを捜してみたのだが、いまひとつこれと いったものは無し。ふと、ベートーベンのピアノ・ソナタ集210円也!を発 見。「かすりキズあり」とは書いてあるが、この激安は何なのだ?霊感の強い 方はご遠慮下さい!の呪われた曰く付き訳あり商品か?そんなの私、全然気に しないもんね。食わず嫌いのベートーベンだが、ちょっと試聴したらそう悪く もなさそうだし、ピアノ・ソナタでしかも210円ならハズレでも惜しくはな かろうと即購入。
実際聞いてみると、食わず嫌いの想像とは違って、シューベルトに負けず 劣らずピアノの明晰さがよく出ている曲がいくつかある。まあ、シューベルト の代用は十分勤まるかな、と。楽聖ベートーベン様をシューベルトの代用呼ば わりするとはなにごとぞ!という意見もあろうが、ここで言ってるのはあくま で数学やる時の景気付けBGMとしてどうかという話。実際、「悲壮」の第二 楽章を聴きながら代数をやるのはちときついし、「月光」の第一楽章を聴きな がら証明を考えていたら、寝てしまいそうですぞ。
夜はベートーベンで景気付けして、すこし数学。
2005年6月11日(土)
<<議論嫌い>>
午前中は速攻で野暮用と床屋。午後はゲーテ。最近はテキストに沿ってちまち
ま進む授業がめっきり減って、「西洋文化の一端に触れる知的共同作業として
の議論」という名の消耗ゲームが中心になってきた。私も結構滅茶苦茶なドイ
ツ語で臆面も無くいい加減な事を発言しまくっている。議論嫌いの私だけど、
ドイツ語で議論する物珍しさと、個人の思想、信条、立場、価値観とは直接関
係せず気楽に賛成反対の論陣が張れる、言い換えればそれほど切羽詰っていな
いテーマが設定されるため、案外楽しめる。これは一種のゲームである。
もっともドイツ語じゃなければ、こういうゲームをやりたいとは思わないけど。
ところで、私が議論嫌いだというのはどういうことかというと、例えば 「数学は役に立つか?」「数学科は大学に残す意味があるか?」「数学科は純 粋数学ばかりで良いのか(あるいは、数学科に応用数学は必要か)?」といっ た事を議論するのは人生の浪費だぐらいに思っている。すこし乱暴な言い方を すると、上記のような疑問を投げかける人の多くは、虚心坦懐に真実を知りた いと質問を発しているのではなくはなく、各自の思想、信条、立場、価値観に 基づいて「数学は役に立たない」「数学科を大学の残す意味は無い」「数学科 は純粋数学ばかりではいけない(あるいは、純粋数学以外のものを入れたくな い)」と考えたい、そう考えるのが好き、それ以外の考え方をしたくない人な のである。
数学の話に限らず、およそ世の中で発生する重いテーマの議論というのは、 「そういう風に考えたい」という確固とした決意を持つ人々を相手に、彼らの 考えを変させるべく無駄に言葉を重ねる、稔無き不毛で不愉快な時間でしかな い。相手に自分の考えを押し付けるのではなく、お互いの立場の違いを確認す るだけでも議論の意味はあると人は言う。しかし私は他人の考えの詳細には興 味が無い。「他人は私と違った事を色々考えている」ことだけ知ってれば十分 ではないか。他人の考えは他人の人生である。他人の人生を詮索するのは 暇潰しであり、暇潰しは人生の些事である。些事にかまけてないで、自分の 人生を生きよ、と。 そして些事でない議論というのは、 多くの場合何としても相手に考えを改めてもらわないと、こちらとしては大変 困るような状況を意味する。
しかし、些事ではないところの議論において、我々は、あるいは少なくと も私は、決して相手の考えを変えさせることはできない。できるのはせいぜい 言葉のゲームでその場限り相手を言い負かすことだけである。その時が過ぎれ ば、相手はまた同じ考えを唱え続けることであろう。あるいは多数派工作によっ て数の力で相手を黙らせることはできよう。しかし、常に他人と異なった一般 受けしない考えを持ってしまう習性があり、「人の心を掴む」というけれど金 魚すくいじゃああるまいに、人の心なんて掴めるわけないじゃんと固く信じて いる私にとって、およそ多数派工作なる政治的活動に成功することは、私のゼ ミで卒業研究を希望する学生を5名以上集めることよりも簡単かも知れないが、 今から頑張って野球の練習をして目出度く大リーグの選手になってイチロー選 手と対決する日を迎える事に比べれば、はるかに難しい。
まあ、私の「議論嫌い」は、走るのは遅いし、跳び箱もうまく飛べない。 だから体育が嫌いだと言ってるようなものか。
夜はスポーツクラブでへとへとになる。
2005年6月10日(金)
<<自惚れと楽観>>
早めの昼食の後、12時半から元気の無い数理科学科3回生の外国書購読。ひ
きつづき居眠りのきつい情報理工学部1回生の線形代数の講義。今日は瞬間最
大居眠り率9割を記録。小テスト効果は一時的なものにとどまったようだ。
しかし、居眠
り率の変化が講義の脈絡と連動しているところが、元気の無い数理科学科3回
生(の2回生時代)とは違うところ。その後は、院生O君のホモロジー代数ゼ
ミ。今週からO君の希望で火曜日がMatsumura, 金曜日がホモロジー代数(アー
ベル圏や導来関手やTor, Ext)をやることとなった。
本日数学的には目立った進展なし。ただ、業界人なら誰もが知っている事 実の証明をずっと間違って理解していた事を午前中に突然気づき、この週末に でも正しい証明を考えてみようかと思ってたっところ、夕方突然正解を思いつ いた。
それから、昨日危惧していた、「既に解かれているかも知れない問題」に ついてデータベースで検索してみたが、特にそのようなものは見つからず。し かし、今後予想される展開は2つ。既に解かれていた問題であることが、自分 でそれを解くまでわからないケース。当然、それを解いた努力は無駄になる。 もうひとつは、やはり誰も解いてないことは確かなのだが、そんなつまらない 問題を考えたがるのはもしかして私だけではないか、という事が次第に明らか になってくるケース。そこで思いもよらない面白い結果が出ればよいが、目ぼ しい成果も無く終わる。いずれも過去に類似の苦い経験をしている。しかしま あ、自惚れと楽観は数学研究の原動力だから、くよくよせずに気楽にやるに限 るな。
夜はドイツ語など。
2005年6月9日(木)
<<想定の範囲内>>
午後は経済学部2回生「C言語とUNIX演習」。その前後は1回生微積分演
習の小テストの採点作業の仕上げ、ゴミ論文の校正仕上げ、明日の線形代数の
講義の準備など。生協での夕食後は、論文読みをしたり図書館で新しい論文の
コピーをしたり。夜10時まで図書館が開くようになったので、とても便利。
帰りのバスの中で、コピーしてきたばかりの10年以上前の論文を眺めて いたら、こんな定理が証明できないかなあ、どうすればいいかなあと数日前か ら思い描いていたのと良く似た定理が書かれていた。そうか、結局私はこの定 理の拡張を狙っていることになるのだな。それにしても、この定理の証明自体 もかなり大変そうで、ちょっとひるんでしまうなあ。まあ、明日からぼつぼつ やって行こう、と。
しかし、ひるみながらも諦めずに愚図愚図とやっているうちに、だんだん 問題の本質がわかってきて、それに伴って色々文献調査の範囲が拡大していく。 そしてある日、まさしく私が狙っていた通り、あるいは想像したよりももっと 良い定理が、私の知らない数学者の数年前の論文で証明されているのを発見す る。その瞬間にこのプロジェクトは吹っ飛んでオシマイ、と。また、こんな展 開になるんじゃないかという気もするな。
ホリエモンじゃないけど、こういう展開も「想定の範囲内」だからちゃん と作戦を立てありますという風に行きたいものだけど、想定はできても 作戦が立たないな。うーむ。
2005年6月8日(水)
<<元気なら許す!>>
午前中は留学生数学。某学生のリクエストで微積分の基礎のおさらいを講義す
るも、当該学生は居眠り。あなたの国の気高き儒教精神は何処へ行ったのだ。
それとも堕落し切った日本文化に毒されたのか。はてまた、それもこれも全て
東アジアの文化なのか。何だかようわからんが、まあ、他の学生が案外ちゃん
と聞いていることだしということで、とにかく講義する。
午後は数理科学科1回生微積分演習。演習の後、TAに採点してもらった このクラスの小テストの答案を見直していると、涙が止め処なく出てきた。し かし連中は居眠りはしないし、元気一杯なのが何よりである。この際、元気な ら何でも許すぞ!
それ以外は論文読み続行。1つの論文だけだと煮詰まってくるので、2つ 3つを乱れ読み。てなことをやっているうちに、同業者からメイル。何でも私 のゴミ論文の結果を拡張するような仕事をして論文に纏めたから送るとのこと。
科研費は当たるし、賢こそうなアメリカ留学中のお兄さんから博士論文送っ てもらうし、(とても偉い!)同業者から何だかマトモに相手してもらってる ようなメイルが届くし。今年は何だか普通の数学者っぽい気分が味わえてラッ キーだな。
2005年6月7日(火)
<<思いもよらない>>
眠い眠い病の治療と称して朝は遅くまで寝る。近頃は、眠いくせに6時間睡眠
ぐらいで目が覚めて寝ていられなくなって起きてしまうという、年寄り臭いこ
とをやっているのだが、それではいけないと無理矢理もう一度目をつぶり強引
に8時間寝たことにするも、やはり眠気は取れず。遅く起きて野暮用の後、午
後の院生O君とのMatsumuraゼミにぎりぎり間に合う。ゼミのあとは断続的に
逃避行動を交えつつ、ゴミ論文の校正稿のチェック。自分の書いた論文を長く
見ていると憂鬱になってくるので、こういう作業は一気に仕上げるに限る。帰
りは、学生時代にそれを読破しないと代数幾何学者になれないと信じていたE
GAを2巻分持ち帰る。学生時代には思いもよらなかったことだが、「EGA
はとんでもなく難解な本である」というのは間違い。そして、私は代数幾何学
者ではないのに、何故か何だかんだと読む必要に迫られる。さらに、学生時代
に思いもよらなかった事の極めつけは、自分の論文を読み返すよりもEGAを
読む方がうんと気分がよい、ということ。今となれば当たり前の事なんだけどね。
2005年6月6日(月)
<<一晩1ページ>>
研究日。自宅から一歩も出ず、少しばかりの野暮用以外は論文読みに励み、終
日堕落してないフリに努める。何故そんなのが「堕落してないフリ」になるの
か?どうせまたゴミ論文しか書かないくせに、平日の真昼間に自宅でシューベ
ルトを聴きながら、ひっくり返って数学の論文読みなんて、それだけで十分に
堕落の図になっているではないか式の突っ込みは、この際却下しておこう。
またも年寄り臭い昔話。20数年前、2度目の大学院入試に落ちて、これ 以上院浪できないし、かと言って就職なんて考えた事も無いし、とりあえず数 学を勉強する理由も日々生きている理由も無くなって暇になったしということ で、「人生相談でもするべ」と大学のカウンセリング室に行ってみたことがあ る。まだ30代半ばと思われるカウンセリングの先生ととりとめも無い事を話 した中で、「僕は文系の学問をやっているから、文献の1000ページや20 00ページを読むなんて別にどうってこともないように感じるのですが、数学 では事情が違うのですか」と聞いてきた先生に対して、次のように答えたのを 覚えている。数学者への道は厳しいのです。沢山の本や論文を読まねばなりま せん。しかも数学書は読むのに大変時間がかかります。まともな数学書は実に 難解で一晩で1ページ読み進むのがやっとです。しかし私が(院試に落ちる前 まで)目指していた代数幾何学という分野は、まずEGAの1000ページを 修士課程の2年間で読破しないととお話にならないのです、と。先生は「毎晩 1ページで、1000ページ。。。ふむ」と暗算して、「なるほど!如何に大 変かわかりました!」とにこやかに答えた。その先生が誰だか全く覚えてない けれど、まともな数学書を一晩に1ページしか読めないような事だから院試に 落ちたのじゃないですか式の突っ込みをしない人が京大にも居たのだ!と思 うと、とても救われた気分になったのを覚えている。
ちなみに修士課程でEGAを読破しないと代数幾何学者になれないのかど うかは、私は知りませんので、悪しからず。当時の私はそう信じていた、という だけの話。
2005年6月5日(日)
<<冬の旅>>
野暮用の日曜日。夜はやれやれ時間が取れたと論文読み。色々読まねばならな
い論文があってちと大変。山と積み上げられた論文をさくさく読み進める夢ぐ
らいは見るのだが、勿論目が覚めても何も進んでない。
ところで、先週買ったNAXOS廉価版CDに入っているシューベルトの D. 602, Op.27 「3つの英雄的行進曲」の2番目 Maestoso in C major を聞 いていると、去年の夏、Herzog先生に相手にしてもらえない「傷心の極み」の 中、ゲッチンゲンやハイデルベルクやミュンスターをひとり旅した時の事(何 故か特にゲッチンゲン)が思い出される。正確なところは知らないけれど、曲 の感じからして「ぼくは生き、神のように作曲しています」と手紙を書いてい た頃の作品ではなかろうか。この意気揚々とした軽快な曲が"傷心旅行"と結び つくのだから、当時自分が思ってた気分とは裏腹に、実は結構ハッピーだった のだろうと思う。
シューベルトといえば、「冬の旅」の菩提樹の歌が有名だろうか。かれこ れ40年以上昔になるが(と、また年寄り臭い話になる)、若かりし頃のあおい 輝彦などが出ていた「冬の旅」というテレビ・ドラマがあって、そのテーマ曲 にこの歌が使われていた。勿論私は当時まだ右も左もわからない洟垂れ小僧だっ たので、ドラマを見ててもさっぱり理解できなかったが(だったら何故毎週見 てたんだよ?)、何かテーマ曲とぴったりの陰鬱なドラマだったと思う。
このドラマでは、ある若い男がもう一人の男を「そんなに堕落してまで生 きている資格があるのか!」と思い余ってナイフでぶすりと刺すシーンがあっ て、その時の印象が強烈で今でも忘れられない。そうか!堕落したら生きてい る資格が無いのか。堕落したら、誰か真面目で厳しそうなお兄さんがやってきてぶ すりと刺されるのか。これはえらいこっちゃ!これがトラウマとなり、私は今 日この日に至るまで、堕落してないフリをするのに必死なのである。
「冬の旅」のCDもいつか買って聞いてみたいと思う。
2005年6月4日(土)
<<肉体疲労>>
午前中はMathSciNetで調べたアメリカの某若手数学者の全論文のレビューに目
を通す。こんな短い期間によくこんなに沢山の論文が書けるものだと感心する。
画期的に素晴らしく深い結果を示した力作論文という感じでもないけれど、そ
れなりに良いアイディアがあって、論文として発表できるボーダーラインを上
手にクリアしている。論文を書くコツみたいなものを会得しているようにも思
えるのだが、これはコツなんてものではなく、まさしく才能そのものなのかも
しれない。私なんざ、ゴミ論文をぽつりぽつり書くのが精一杯ですぜ。
午後はゲーテ。今日はF先生がかねてから予告していた"知的共同作業とし ての激しい討論"のモード。「スーパーマーケットでのビニール袋の有料化を どう考えるか」と「ブランデンブルク門前に作られた『ホロコーストを忘れな いためのアートなモニュメント』をどう考えるか」の2つのテーマで延々と議 論。皆さん上級コースにふさわしく流暢なドイツ語で色々喋ってくれるので、 議論の流れについていくのが大変だし、そこを負けじと下手な嘘上級ドイツ語 を絞り出すようにして話に割り込まないといけないので、また大変である。へ とへとになって家路につく。しかしこの「へとへと」は頭脳の肉体疲労みたい なものだから、ボケ防止に効きそうである。少なくとも教室会議のように、そ の後3日3晩身体中に毒が回って往生する手合いのものではなかろう。 来週は「省エネのためのノーネクタイ運動をどう考えるか」でバトルをすると か言ってたな。
夜はスポーツクラブで首から下の肉体疲労。寝る前にシューベルトを聴き ながら少し数学。
2005年6月3日(金)
<<電車の中>>
水曜日の会議の後遺症を振り払うかのように、電車の中で論文を読みながら出
勤。生協で早めの昼食の後、元気の無い3回生「外国書購読」。ひきつづき居
眠りのきつい情報理工学部1回生の「数学3」(線形代数)。今日は小テスト
を返却。配点、採点基準、講評等を簡単に説明してから、講義に入る。こうい
うイベントがあると学生としてもちょっと活気づくのか、居眠り少なし。ひき
つづき院生O君のMatsumuraゼミ。ゼミの後、TAをやっているO君から数理
科学科1回生微積分演習の小テストの採点報告を聞いて、少し暗い気分になる。
暗い気分を振り払うかのように、電車の中で論文を読みながら帰宅。
夜はドイツ語の宿題の仕上げなど。
電車の中だけで論文読んでるようじゃあ、駄目なんだけどなあ。もうちょっ と何とかしないと。いっその事通勤に片道5時間以上かかる所に引越ししたら、 毎日10時間は研究でき。。。んなわけないか。
2005年6月2日(木)
<<「素養」という考え方>>
午前中は自宅で野暮用の後、さて出勤と思ったものの気が乗らず、SBUXで
昼食をとりながら論文読みなど。「登校拒否」の原因は昨日の教室会議の疲れ
のようである。会議は体に毒だな。
午後は経済学部2回生のC言語とUNIXの演習。ぎりぎりに出勤して 直接教室へ。今日も受講者2名。中学、高校時代にプログラミングをすこし 勉強したという彼らであるが、この演習での苦労ぶりを見ていると、やはり きちんとしたプログラミング技術の習得には数学の素養が不可欠なことがよ くわかる。ここでいう「素養」とは勿論、数学の公式などを覚えていること ではなく、数学を学んで理解した経験を意味する。こういう「素養」という 考え方は、工学の人にはどうしてもわからないものの一つらしい。それはともかく として、プログラミングを通して数学的な考え方を学ぶって手もある ので、君達にはせいぜい頑張って課題に取り組んでもらおう。頑張れば、そ れだけ得られるものがあるはずだよ。
演習のあとは、微積分と線形代数の講義の準備を色々。帰りの電車の中 で論文の続きを読み、帰宅後はドイツ語の宿題など。
2005年6月1日(水)
<<ブーイング>>
午前中は留学生数学。今日は線形代数の講義。来週は微積分の講義をしてくれとの
こと。はいはい、何でもやりますよ。授業のあと30分以上学生達の色々な質問に
捉まる。午後は数理科学科1回生微積分の演習。今日は小テストと称して1時間ほ
どテスト。
1時間で4問なら立派に「大」テストだ。先週先生は「小」テストと予告したでは
ないかと学生からブーイング。うるさい子たちである。でも、「小」テストならせ
いぜい1問でそれが解けなかったらアウトだけど、「大」テストだと色々問題があ
るからどれか一つは解けるかもしれないからチャンスは大きい。それに、時間も長
いからゆっくり考えることができるよと応酬したら、連中はあそうかとすんなり納
得。授業の後、また質問に捉まる。はいはい、何でも答えますよ。その後採点はTA
の院生に任せて、教室会議へ。
教室会議は、またぞろつまらぬ発言をし過ぎて疲れまくる。来年度主任に決まっ てなかったら、死んだフリしてして精力を温存したのだけど。それやこれやで、 水曜日は結構疲れます。
通勤時間は論文読み。夜中はシューベルトのCDを聴きながらドイツ語など。