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告

よ け ス ペ ー ス で す。

2006年4月15日(土)
<<楽しいものは嫌い>>
春の雨の中、数学を考えながらゲーテへ。帰りは例によってJEUGIA三条 本店で道草。今日の衝動買いはザビーネ・マイヤーのパリのメカニッ ク (Paris Mecanique). どうも現代音楽物らしいので、「外れ」のリス クを警戒したけれど、何と!エリック・サティーの曲が2つ入っている事(サ ティーの曲のクラリネット版とは珍しい)、ポール・メイエの「フレンチ・ク ラリネット・アート」やハンスイェルク・シェレンベルガーの「フランス・オー ボエ名曲集」が結構良かったのでフランス物は一応期待できそうなこと、そし て、現代音楽とはいえザビーネ・マイヤーに「外れ」などあるまい!と信頼と 実績の2700円也。

夜はスポーツクラブでへとへとになる。帰宅後は早速CDの試聴。

中身はザビーネ・マイヤー他2人のクラリネットとバレル・オルガン (barrel organ) という楽器を使って、サティー他14人の作曲家 達の短い曲を沢山演奏するといったもの。ちょっとバレル・オルガンがでしゃ ばり過ぎでねーの?という嫌いがあるけど、ザビーネ・マイヤーの圧倒的に美 しい音色と超絶技巧が適度に繰り出されているし、全体的に玩具箱をひっくり 返したような、何でもありの楽しいCDにまとまっていると思う。

しかし人格が歪んでいる私は、楽しいものは嫌いである。音楽とは、限り なく澄み切った深く静かな世界と独り向き合い、ああ、これから私はどうやっ て生きていこうかしらと、ふと遠くを見つめるようなものでなければならない などと、半ば本気で考えているのである。だが、考えてもみよ。楽しいものを 楽しいと認められない私に、未来などあろうものか。未来が欲しければ、「パ リのメカニック」で根性を叩き直すがよい!

明日から東京出張。次回更新は月曜日深夜以降の予定。

2006年4月14日(金)
<<謹んでお受けします>>
昼前に自宅を出て山科区内で野暮用。その後15時頃出勤。1時間ほど学科長 のお仕事に励み、学科長メールを出しまくる。

私は事務的仕事はそこそこ出来るし、それほど苦痛ではないが、会議の司 会は苦痛である。日頃教室で、爆睡学生や内職学生にぶち切れそうになるのを こらえて講義しているのに、さらに教室会議で、居眠りするおじさん達やチェ スの本に読み耽ったり数学の計算をしたりして内職に励むお兄さん達相手に、 詰まらない議題の司会をするなんてのは因果な話である。そこで考えたのは、 何でもかんでもメールで済ませて、できるだけ教室会議をやらずに済まそうと いう目論見。

色々な事を全部学科長判断で勝手に処理し、その結果をメールにして教室 の教員全員に送る。数理科学科教員各位、これこれの案件は会議に諮るかわり に学科長判断でこうしておきますが、もしこの措置にご意見・コメントある方 は、メールにてご連絡ください云々。そういうメールをどんどん流す。勿論、 返事が無ければ認めたものと判断するのだが、皆さんメールを読まないのか、 特に異論も出ずにどんどん案件が片付く。

そして、メールの洪水の中にそっと次のような自爆テロ・メール(題して 「誰か私を止めてくれ!メール」)を忍び込ませるのである。「大学執行部から数理 科学科廃止・解体の打診が来ており、教室での意見集約を○月×日までに返す よう指示されておりますが、この件につきましては特に皆様からのご意見・コ メントが無い限り、教室の総意として『謹んでお受けします』と回答しておき ますので、よろしくお願い致します」。このメールに気づく同僚教員は果たし て何人居るだろうか。一度実験してみたいものである。

16時から2時間ぐらい新4回生Y君の卒研ゼミ第一回。院生O君もオブ ザーバとして参加。学生が2人以上居るゼミってのも久しぶりだ。生協で夕食 後、帰宅。夜はその辺にあるCDを乱れ聴きしながら、数学(の予定)。

2006年4月13日(木)
<<洗い流す>>
論文原稿の最終チェックをしてから、ハインツ・ホリガーのオーボエを友に出 勤。生協で昼食の後、図書館で論文をひとつコピーし、事務職員の人と少しば かり学科長トークをしてから、14時から19時まで院生O君のMatsum uraゼミ。やはり数学は、いい。全てを洗い流してくれる。ゼミの途中20 分余りの休憩時間は、ひとっ走り学科長のお仕事など。

ゼミ終了後早々に退散。ウルフ・ローデンホイザーのキラキラしたクラリ ネットを友に帰宅。このCDには、モーツァルトのホルン協奏曲も入っている けれど、ホルンの音はどうもピンと来ない。聴きなれない音はピンとこないも のだ。私はゲーテ・クラリネット奏者氏のクラリネットの音の美しさがわかる までに、半年ぐらい掛かった。

帰宅後は論文原稿をメイルで送り、ついでに学科長お仕事メイルも送り、 さらに数学、およびゲーテの宿題など。夜の心の友は、ザビーネ・マイヤのク ラリネット三重奏曲(ブラームスおよびベートーヴェン)とハンスイェルク・ シェレンベルガーのオーボエ。

2006年4月12日(水)
<<ひねくれ松の一生>>
午前10時40分から「留学生数学」。受講生は中国、タイ、韓国の学生が1 0名弱。去年は中国人が多かったけど、今年は韓国人が多い。タイ人受講生は 久しぶりだな。今日はガイダンスを交えて気合いで乗り切る。

僅かな休憩時間に昼食をかき込み、引き続き12時30分から経営学部の 「C言語とUNIX演習」。受講者2名。今日はガイダンスを交えて気合いで 乗り切る。

気合いだけでは教師は務まらないので、その後、研究室で来週からの「留 学生数学」の講義の準備作業など。作業の友は、リチャード・ストルツマン、 ペーター・シュミードル、アルフレート・プリンツ、ポール・メイエのクラリ ネット、および、ハンスイェルク・シェレンベルガーとハインツ・ホリガーの オーボエ。

以前ハンスイェルク・シェレンベルガーのオーボエの方が好きだと書いた けれど、気がついたらハインツ・ホリガーの方を好んで聴いている。モーツァ ルトのオーボエ協奏曲がいい。よし!今度のゲーテのレファラートのテーマは "Ich hasste Mozart, aber... " (かくして私はモーツアルト嫌いが治りまし た)と題し、天才学生たちに苛められたトホホな京大時代に始まり、 傷心の新社会人生活と身の毛もよだつ映画「アマデウス」、 20年後のクラリネットとの出会い、クラリネット協奏曲・五重奏曲聴きまく りの血のにじむような根性叩き直しプロジェクト、そして遂にこの美しい世界 に目覚めるに至るという、「ひねくれ松の一生」物語を語ることにしよう。

夜は駅前の中華料理店で、数学教室有志による新任教職員の歓迎会。 私も有志の一人として参加。新しいメンバーの歓迎会さえも教室の行事 として行えない学科なんて、やっぱり一度潰した方がいいのかな、などと 考えながら帰宅。

2006年4月11日(火)
<<しまった!>>
新入生で溢れ返る満員バスに乗って、昼前に出勤。今日も事務から人気者メイ ルが多数が届いており、研究室で生協コンビニ弁当とサンドイッチの昼食をと りながら、あちこちメイルを出しまくって学科長のお仕事。13時より1時間 ほど学科長会議の後、2時間ほど中休み。ハインツ・ホリガーのオーボエとリ チャード・ストルツマンのクラリネットを心の友に、研究室で少し数学。16 時から18時半まで教授会。外は凄い春の嵐と雷。満開の桜は無事かしら。 「明日ありと思う心が仇桜、夜半(よわ)に嵐の吹かぬものかは」(親鸞?)。 生協で夕食後、新入生で溢れ返る満員バスに乗って帰宅。

帰宅後、さあて、明日の予定は16時からの短時間の会議と少しの雑用以 外は夜の新任教職員歓迎会だけだし、コーヒーでも飲んで深夜まで数学でもや るか!と美しい世界に片足を突っ込みかけた矢先に、明日午前・午後1コマず つ講義があることを思い出した。しまった!何も準備してないぞー。第一、ど この教室に行けば良いのか、まだ連絡が来てないけど?!でも、まあ、そうい うのは全部気合いで乗り切ればいいのです!人間、気合いが無くなったらおしま いなんです!!と、カリ・クリークなどを聴きながら予定通り美しい世界に突 入。しかし明日朝が早いので、少し早めに切り上げる。

ゲーテ・クラリネット奏者氏が、カリ・クリークのラプソディ(ドビュッ シー)の最後の音が半音狂っているなどと難しい事を言っていたので、ポール・ メイエの演奏と比較。確かに最後近くの音がくちゃっとへしゃいで半音だか何 だか狂っている。でもまあ、間違ってみせるのも曲の解釈なんじゃないの?と いう答は、当然×(ペケ)。。。なんでしょうね?

2006年4月10日(月)
<<美しい世界>>
久々に8時間睡眠を取って人生の疲れが少しは和らぐ。数年前までは、夜12 時就寝・朝8時起床、夜はテレビやビデオの映画なども楽しみ、読書も少々と いう、規則正しい余裕の大学教授ライフを送っていたのだが、いつの頃からか 人生がブラームスのクラリネット三重奏曲的に切羽詰ってきて、近頃では夜は 2時3時まで起きているのが普通である。睡眠時間も6、7時間がやっとで、 これは私としてはちと少な過ぎる。睡魔と闘うためにコーヒーは必須といった ところ。

では何故人生がかくも闇雲に切羽詰ってきたか?については諸説あるのだ けど、いよいよ数学が面白くなってきて、世の中には美しいものが沢山あって、 だけどそれらを楽しむには人生はあまりにも短すぎる事に気づいてしまったか らだという説が一番有力である。

本日山科駅前SBUXで少し数学した後、ハインツ・ホリガーのオーボエ を聴きながら昼過ぎに出勤。今日は学生と卒研の打ち合わせを短時間やって、 それ以外は簡単な雑用を一つ片付けるだけ。残りの時間は研究室で数学でもと 考えていたけれど、しかしそれは甘かった。今や人気絶頂の私を人々が放って おくはずが無く、多くの学生や同僚教師たちや事務職員たちから、声を掛けら れたり、メイルをもらったり、電話が掛かってきたりとてんてこ舞いの一日と 化した。しかし、例によって夕方に学科長備忘録ノートを閉じた瞬間に、私は 再び美しい世界へと旅立ったのである。

夜はザビーネ・マイヤーとゲーテ・クラリネット奏者氏などを心の友に、 数学。今日は論文原稿の仕上げ作業など。

2006年4月9日(日)
<<人生に疲れる?>>
野暮用の日曜日。午後は選挙の投票に行き、それから山科区内で野暮用。夕方 以降、山科駅前SBUXや自宅で断続的に数学。数年前に読んで、語学・数学 両面でわからなかったドイツ語の論文を再読。数年前よりも語学面では 格段(!)に、数学面でも少しだけオリコーさんになっている自分を見出して、ちょっ と嬉しくなる。もっとも、数学で少しぐらいオリコーさんになったところで、誤差 の範囲というか、焼け石に水なんだけどね。

野暮用、数学の友は、ハンスイェルク・シェレンベルガーとハインツ・ホ リガーのオーボエ。そしてゲーテ・クラリネット奏者氏から借りたザビネ・マ イヤーとウルフ・ローデンホイザーたちの、突き抜けた、そして、 キラキラしたクラリネット。

ブラームスのクラリネット三重奏曲って、曲全体に漂うあのドラマチック な緊張感がたまんないっす。自分で言うのも変だけど、私ってああいう気分で 生きているような所があって、それで色々根詰めたりしていると、皮膚科(!)の医 者に「あなた人生に疲れているでしょう?」と言われたりするのである (はてな?「人生に」とは言ってなかったような気がするけど)。

2006年4月8日(土)
<< (でも何で?) >>
ゲーテの日。クラリネット奏者氏にCDをお借りしたので、今日はJEUGI A三条本店寄り道は無し。夜はスポーツ・クラブでへとへとになる。 深夜は早速借りてきたCDをざっと試聴。数学は、昼食時にちょっと数学の論文を 眺めただけ。

以下、試聴したCDの感想文。

まずはウルフ・ローデンホイザーのクラリネット五重奏曲(モーツァ ルト)。2ヶ月ぐらい前にゲーテ・クラリネット奏者氏が、ローデンホイザー のクラリネットは「キラキラした音」だと評していたのがずっと気になってい て、それは一体どんな音か一度聴いてみたかったのである。なるほど「キラキ ラした音」だった。

次はカリ・クリークのラプソディ(ドビュッシー)、クラリネット 協奏曲(ユッカ・ティエンスおよびヨウニ・カイパイネン)。ドビュッシー以 外は現代音楽物。ゲーテ・クラリネット奏者氏は、高山さんはカリ・クリーク がお好きなようですねと言いながら(でも何で?)みたいな顔をしていたよう な気がするのだけど。うーん、なるほど、このCDを聴けば(でも何で?)だ な。

さくっと飛ばして次はリチャード・ストルツマンの「世の終わりのた めの四重奏曲」(メシアン)。このタイトルといい、各楽章の名前も「世の終わ りを告げる天使のためのヴォカリーズ」「鳥たちの深淵」「七つのらっぱのた めの狂乱の踊り」「世の終わりを告げる天使のための虹の混乱」等等とちょっ とサティーっぽいところも私好み。

ストルツマンを聴くのは初めてだけど、結構いい音を出す人だとわかった。 音楽の方はやっぱり現代物だから「ぐっと来る」という感じがしない。しかし、 教室会議で心がささくれた時に、まず一回この曲を聴いて心の傷口を広げてお いてから、クラシックの綺麗な曲を聴くようにすれば、通奏低音の除去効果が かえって高まるような気がする。

最後はザビーネ・マイヤーのクラリネット三重奏曲(ブラームスお よびベートーヴェン)。 うーん、まさに無敵ザビーネ・マイヤーに「外れ」無し!といったところであ る。チェロのハインリッヒ・シフとピアノのルドルフ・ブフビンダーも大変よ ろしい。

ベートーヴェンの三重奏曲を聴くのは初めて。曲の中でのピアノの使い方 が、ディアベッリ変奏曲とか「悲愴」や「テンペスト」や「月光」のピアノ・ ソナタのそれと良く似ていて、やっぱりベートヴェン節ってあるのだなとの思 いを強くする。

2006年4月7日(金)
<<大抵は真っ白>>
暖かくなった。京都薬科大学の南校舎の桜は、いきなり満開を通り越して既に 散り始めていた。本日終日自宅および山科区内で野暮用と数学。夜は大慌てで ドイツ語の宿題など。

学科長マル秘備忘録ノートは便利である。仕事をする時に、さあて今日は 何をやるんだっけ?という具合にノートを開け、印をつけた作業を片っ端から こなして独楽鼠の如く働き、今日はこれでおしまい!と、次にやるべき作業項 目を書き留めてノートを閉じた瞬間に忘却の彼方に旅立つ。しかし、この方法 は数学研究では必ずしもうまく行かない。

数学研究のある段階は、言葉で言い表せないモヤモヤとした想念、 手を伸ばせば届きそうでなかなか届かない真理の気配、発見や失敗の予感、そ して予感の予感に満ち満ち溢れている。そういった混沌の中で目を凝らしてい ると、通常は睡魔の襲われて眠ってしまうだけなのだが、ごく稀に何か が見え始めることがある。(残念ながら私の場合は、「見え始める」ものがゴ キブリの屍骸のような定理とか「この問題はお前には解けないぞー!」という 御宣託だったりすることが多いんだけどね)

こういう段階での研究ノートは大抵は真っ白である。干乾びた研究ノート!何か書こうにも書き ようがないからである。だから、雑用野暮用で長く間(ま)が空いてしまうと、 前に考えていた事を思い出す時間が必要になる。そして、ようやく思い出して エンジンがかかってきたところで別の雑用野暮用によって研究が中断される。 これではなかなか研究は進まない。研究のデリケートな段階で一番大事なのは 意識の流れを止めないことだと思う。

野暮用雑用の洪水にも負けず、ずうっと意識の流れを止めずおこうと頑張っ てしまうとどうなるかというと、卵の代わりに目覚まし時計を茹でてみたり、 左右違う靴下を履いてみたり、道を歩いていてドブにはまったりという「素敵 な学者」になるというわけである。(私の場合は、意識は停止し、ただ単にぼーっ と風景を見てるだけ、ということが多いけど)

ところで、ハンスイェルク・シェレンベルガー(オーボエ)、ハインツ・ ホリガー(オーボエ)、ザビネ・マイヤー(クラリネット)、そして、ゲーテ・ クラリネット奏者氏たちは、今日も私の心の友であった。

2006年4月6日(木)
<<便利に出来ている>>
昼前に出勤。午後は院生O君のMatsumuraゼミを、20分程度の休憩 を挟んで4時間ほど。ああ、幸福だ。3時間教室会議をやった後は、最低4時間 は美しい音楽を聴き、さらに最低4時間は麗しく数学をやるように心掛ければ、 必ずや健全な社会生活が維持でき、一年間の学科長の任期を生き延びることがで きるのではなかろうかと思う。

勿論、今日やったことは数学ゼミだけではない。人気者の私は、ゼミの前 後のちょっとした時間にも何人かの善男善女から声を掛けられたりメイルを頂 いたりし、それに対応すべく有酸素運動に励んだり、読んでも意味がよくわから ないぶ厚い書類を読んだり、あちこちにメイルを出したりして、独楽鼠のよう に働いていたような気がする。でも一体何をやっていたのか、今は全然覚えて いない。全ては学科長マル秘備忘録に記録し終えた瞬間に忘却の彼方である。 私って、なかなか便利に出来ている。夜は数学。

今日も心の友はハンスイェルク・シェレンベルガー(オーボエ)、ハイン ツ・ホリガー(オーボエ)、ザビネ・マイヤー(クラリネット)。さらにしば らくご無沙汰だったポール・メイエ(クラリネット)。最後の締めはゲーテ・ クラリネット奏者氏のCD(の予定)。

2006年4月5日(水)
<<通奏低音>>
午前中は自宅にて野暮用。昼過ぎに出勤し、研究室で何となく数学。16時か ら19時までの3時間は本年度最初の教室会議。大した議題も無いのに何で3 時間も会議するんだよー!とは、昨年の今頃、私が全力疾走O坂(前)学科長にぶー たれた時の言葉であるが、司会する立場にいると3時間なんてあっという間で ある。一応目標時間は1時間半以内だったんだけどなー。

それにしても数学を3時間やると心が温まるが、会議を3時間やると心が ささくれる。何せ美しからざるものなので、会議が終わって議事の整理を終え た次の瞬間にはすかっと忘却の彼方に追いやられるのだが、胸の奥にどろりと へばりつくような後味の悪さだけは、通奏低音のように残り続ける。それを何 とかしなければならない。何とかするには、やっぱりハンスイェルク・シェレ ンベルガー(オーボエ)、ハインツ・ホリガー(オーボエ)、ザビネ・マイヤー (クラリネット)、さらにカリ・クリーク(クラリネット)で心を清めるのが 一番である。

夜中は少し数学。そして一日の最後は、とっておきの秘密兵器ゲーテ・ク ラリネット奏者氏のCDで通奏低音にとどめを刺す予定。

2006年4月4日(火)
<<人気者>>
学科長というのは人気者である。廊下を歩いていれば、これまでせいぜい簡単 に会釈を交わす程度だった同僚教師や学生たちに呼び止められ、立ち話なり、 場合によってはちょっとその辺に腰を掛けての会話が弾む。研究室に戻れば色々 な人から丁寧なメイルが届いているし、見知らぬ学生が研究室を訪ねて来てく れる。大勢の人の集まる会合にも招待され、隣に座ったちょっとおっかなそう な人からも親しげに挨拶してもらえる。ああ、幸福だ。多くの人が私に注目し、 私を捜し、私に話しかけてくる。私はこのような人気者になることが、子供の 頃からの夢だったような気がする。そしてこの人気者の地位を、一夜にし て手にすることができたのだ。

まてよ。「人気者」というのは少し違うかも知れないな。

本日昼前に出勤。生協で昼食の後すぐに学科長会議に召集され、隣に座っ た物理学科のちょっとおっかなそうな先生に、数学科と物理学科はひとまとめ にして潰されそうな雰囲気だから、お互い共闘して頑張りましょうなどと悲壮 な挨拶をされる。会議から戻る途中、複数の同僚教師や学生につかまり、明日 の教室会議での議題提案、次の学科長会議で伝えるべき意見の申し出、院生室 のカードキー登録申請の問合せ、新入院生ガイダンスの報告などを受ける。研 究室に戻ると、明日の教室会議の開催時刻の問合せだの欠席届けだの議題提案 だののメイルが届いていた。それやこれやを処理すべく、7階の数学物理事務 室、6階の数学教室のフロア、5階の私の研究室(私の研究室は人里離れた陸 の孤島にひっそりとたたずんでいる)の間をコマネズミのように何度も何度も 走り回って、たっぷり有酸素運動を行う。よし、今週末のスポーツクラブはス トレッチングと筋トレだけでOKね! そうこうしているうちに見知らぬ学生が 研究室を訪ねて来て、研究室の先輩に言われて廃物処理手続きの書類を持って きました!という。何?それ、って君に聞いてもわからないか。まあ、いいや、 もらっときます。ご苦労さん、と。

あー、しんど。

嬉しいこともあった。アメリカの学会誌に投稿していた論文の採録通知が 届いたのである。そうだ。私は論文を書くために大学の先生をやっているので あって、人気者になるためではなかったはずだ。

通勤途中と夜は数学。今日も一日ハンスイェルク・シェレンベルガー(オー ボエ)、ハインツ・ホリガー(オーボエ)、ザビネ・マイヤー(クラリネット) 漬け。最後はやはり、ゲーテ・クラリネット奏者氏のCD2度聴きの儀式で締 める(予定)。

2006年4月3日(月)
<<それで良かった>>
本日、入学式。学科長は特に出席の必要が無いらしく、いつもと同じ野暮用と 雑用と数学の一日。午後は出勤し雑用を色々。 そういえば、4月1日の新入生ガイダンスの時も、簡単な自己紹介だけし ていきなりガイダンスを始めたし、結局、学科長として新入生を前に「皆さん、 ご入学おめでとうございます」だとか「学科を代表して皆さんに歓迎の意を表 します」とかの挨拶をすることなく終わりそうだ。

まあ、一教育者として自然な気持ちから「おめでとう」とか「歓迎します」 とかの言葉が出てくれば良いのだろうけど、私の場合はそういうことはあり得 ない。私にとって「おめでとう」や「歓迎します」は自分が好きな個人に対し て持ちうる想いであって、人間の集団、しかも初対面の集団に対してそのよう な感情を持つことは無いのである。そして私は基本的に心にも無い事は言わな い人間なので、いくら学科長として新入生を迎える場面とは言え、自分が思っ てもいない事は自らの良心に誓って口にはしないのである。この調子では、 卒業証書授与式でも、「皆さん、ご卒業おめでとうございます」とは 言わないだろうと思う。変な学科長!!

まあ、心にもない挨拶をしない気の利かなさはご愛嬌として、むしろ率直に 物を言いすぎる方が問題といえば問題だな。これでも若い時に比べてずいぶん ましになってきた方なんだけど。

夜は数学。某論文の一定理の証明を詳細に検討すれど光明は見えず。

本日の雑用と数学の友は、ハンスイェルク・シェレンベルガー(オーボエ)、 ハインツ・ホリガー(オーボエ)、ザビネ・マイヤー(クラリネット)、セァ・ キング(クラリネット)、カリ・クリーク(クラリネット)。

シェレンベルガーとホリガーは、いずれも現代を代表するオーボエの名手 らしいけれど、私の好みはシェレンベルガーの方。胸にキュンときます。 セァ・キングは、先日ゲーテのクラリネット奏者氏にどうだと感想を聞か れて「ん?フツー。安定性はあって上手だけど、特に感動なし」と、思った通 りの寸評を述べたのだけど、本当にそれで良かったっけ?と聞き直してみたとい うわけ。それで良かった。

一日の最後は、今日もゲーテ・クラリネット奏者氏のCDで締める予定。

2006年4月2日(日)
<<素敵な学者>>
昨夜は結局1分も数学をやらずに布団に沈没。本日午前中は自宅および自宅近 辺で野暮用。午後は激しい春の雨にも負けず風にも負けず山科区内で野暮用。 夜、数学。数学の友は、ハインツ・ホリガー(オーボエ)、ハンスイェルク・ シュレンベルガー(オーボエ)、ザビーネ・マイヤー(クラリネット)。最後 はゲーテ・クラリネット奏者氏のCDで一日を締めくくる。

数年前に高校の同窓会に出席たとき、ひとりの女性から、学者って素敵で すね、高山くんも研究に熱中するあまり、卵のかわりに目覚まし時計を茹でた り、左右違う靴下を履いて平気だったり、道を歩いていてドブに落ちたり、日 常生活ではヘマばかりやらかしてるんですか?と聞かれた。その時は、残念な がら私は素敵な学者ではないので、日常生活は割合ソツなくやっているという ような事を答えたと思う。

しかし最近の私は「素敵な学者」の域に近づいたと見えて、近くの郵便ポ ストに投函しがてら出勤しようと家を出たけれど、大学に着いた時も封筒を握っ たままだったとか、どこかでマフラーを落としてきた!と大騒ぎしたあげく、 常に背負っている(自分自身も何が入っているか完全には把握していない) 「何でもリュックサック」の奥から出てきたとか、コンサートチケットの自動 解約を食らったとかの類の話は枚挙に暇なしといったところである。今日も、 ここ数日メモ代わりに使っていた封筒の中身をふと見てみれば、2月半ばにちゃんと準 備して提出できる状態にしてあった、3月17日締切り(厳守)とあ る書類だった。

これらに共通することは、雑用の類は、「よし、あとはこれをやるだけだ な」という状態になった次の瞬間に、完全に忘却の彼方に追いやられてしまう ことである。これぞまさに「美しからざる何物をも私の心に留まることはでき ないという状態」であり、ようやく真・善・美の追究という人生の大目標に向 かって迷いなき道を自信を持って歩めるようになったということではないか。 と、いうような言い訳をしながら、人はボケて行くのだろうと思う。  

2006年4月1日(土)
<<考えたくもない>>
学科長のお仕事第一弾、朝7時半起きして9時45分から10時45分まで1 20余名の新入生相手に学科のカリキュラムのガイダンス。ガイダンス終了後 直ちにバスに飛び乗って大学を去り、JRと地下鉄とバスを乗り継ぎ、途中昼 食を摂っていつもの時間にゲーテへ。ゲーテの帰りは例によってJEUGIA 三条本店に立ち寄る。何だかんだと時間が押してきたので、速攻30分でCD を1枚買って帰宅。夜はスポーツクラブ。何と素晴らしく効率的な一日であろ うか。夜中は数学をと思ったけれど、すぐに力尽きて倒れる(予定)。

速攻30分本日の1枚はハインツ・ホリガー(Heinz Holliger)のオー ボエの1970年の録音で、モーツァルトとR.シュトラウスのオーボエ 協奏曲。オーボエの音を聴くと、勉強がよく出来て難関私立中学の受験を 控えた賢そうな小学生の男の子を思い浮かべてしまう。それはまさしくかつて の私である。その男の子は30数年後にどうなってしまったかって? あーっ、もう考えたくもねえや!ということで、オーボエはとりあえず今回で 最後にしようねの1200円也。