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な

広

告

よ け ス ペ ー ス で す。

2007年1月15日(月)
<<悪い数学はお好き?>>
21時半頃、高飛び雲隠れより無事帰還。まさにこのときこそ数学を!と思っ ていたけれど、行き帰りの新幹線の中では強烈な睡魔に襲われ気を失っていたし、ホテル では思わず、独自に開発した重機を使ってカンボジアで地雷撤去をやっている 技術者のおじさんのテレビ番組を見て感動してしまい、 その勢いでちょうどやっていた 「戦場のピアニスト」も見てしまった。ナチの将校がユダヤ人の主人公を 助けようという気になったのは、彼の弾くショパンが素晴らしかったからであ ろう。人々に夢や希望を与えたり魂を救っ たりする仕事は素晴らしい。それに比べれば、数学者は無力だな、と。

私がテレビを見るのは、主に出張先のホテルだけである。子供の頃、「テ レビと犬に育てらてた」私がテレビ嫌いであろうはずはなく、単にここ数年 の間に人生が色々切羽詰ってきて、のんびりテレビを見る気分になれないだけ である。

翌日某所にて、某偉い数学者の「だいたい、自分のやっている事が悪い数 学のお手本みたいなものだと最初からわかっていたら、頑張って定理を証明す る気になれますか?」という非常に正しい、正し過ぎて眩しい発言を耳にした。数 学には良い数学と悪い数学があるらしい。その違いは何なのか、どうも悪い数 学のお手本のようなことばかりやっているような気がしている私に聞いてはい けない。

数学者は無力だけど、正しい数学に貢献している立派な数学者は尊いので ある。では、立派でない数学者は何なのか?という問いかけは数学業界人の 間の古典的問題で、10年ぐらい数学をやってきて自分の能力がどう やら二流以下らしいと内心わかってきた大多数の数学者は、誰しも自分なりの 答を持っている。ある者は、他人に迷惑を掛けずに自己満足の世界に浸ってる 毒にも薬にもならない凡人と考え、またある者は数学者とはとどのつまり生き方の 問題だと捉える。私の答は「そういう風にしか機嫌良く生きていけないし、幸 いにしてその通りに生きることが許されている私」ってところかな。何だか生 きてるだけでバチが当りそうだけど、日頃はテレビも見ずに数学研究に励み、 たまに学科長などやって罪滅ぼししてる積もりなんだけど。

2007年1月13日(土)
<<バーゲンはお好き?>>
ゲーテの日である。「ゲーテの日である」という言葉以上の何の想像も期待も 不安も思い浮かばない。ゲーテの日。それがどうしたのか。私にとってどうい う意味を持っていたのか?ああ、思い出せない!そういえばチューリヒ まで出稼ぎに出ていたフルート奏者氏が帰国したばかりで、今日若しかしたら 出席するかも知れないんだったな。それ以外は?

先週は何だか知らないけど毎日ずうっと学科長カンカンになってます仕事 をしていて、昨夜も♪学科長が夜なべして手袋編んでくれたあ〜♪仕事をして いたし。それゆえ今日は、宿敵力石徹との最後の死闘を終えて真っ白に燃え尽 きた、明日のジョーのような私なのである。ああ、すっきりとした形の近代ド イツ建築風の窓から見える空が遠く眩しいなあなどと思いながら、教室で座って まったりと授業の始まりを待っていると、ふと拳キチこと丹下段平の 「ジョー、真っ白だぜい!」という声が聞こえたような気がした。

しかしそれは空耳で、実は「高山さん、1分間何か喋ってくださいよ!」 という謎の広告代理店社員氏の声だったのである。ああ、そういえばこのクラ スは今日も初七日法要状態じゃあないか。それを私になんとかしろというのか い?言っとくけどね、私はもともとそういうキャラじゃないの。 夜の砂浜で人知れず潮の涙を噴きながら星を仰ぐ蛤のように、静かに押し黙り、 目だけきょろきょろさせて、時には短い舌をちろちろと出したりもして、はは あ、なるほど(何が「なるほど」なんだよう?)ってやりながら、皆から少し 離れた所にたたずんでいる変なヒトってのが、本来のキャラ設定なんよ。

そこで「俺は今頭の中が真っ白なんだよう。なのに、1分間も何を喋れと いうのだ。言葉は虚しい。沈黙こそ饒舌だ。夏学期まで来てた北国の謎の洋画 家氏の写真をホワイトボードに貼り付けて、皆で1分間黙祷でもしてりゃあい いんだよう!」と、今日も大喝をぶちかます。

駄目だ。ゲーテでは気が晴れない。こうなったらバーゲンだ!とJEUGIA三 条本店で昨日から3日間やっている輸入CDのバーゲンセールに突撃。バーゲン 会場は、何だか知らないけど私に似た感じの怪しいおじさん達で溢れ返ってい たが、それにひるまずためらわずアルフレッド・ブレンデルの2枚組みCD 「シューベルト即興曲集完全版(D.899,D.935,D.946)、 楽興の詩D.780、16のドイツ舞曲と2つのエコゼーズD.783、12のドイツ舞曲 D.790」 およびザビーネ・マイヤーの 「モーツアルト・ドビュッシー・武満」をゲット。 写真で見ると、ザビーネ・マイヤーが持ってるクラリネット がエーラー管であることがよくわかるが、いやに長いから モーツァルトの協奏曲を吹くためのバスクラリネットなのだろう。 ブレンデルの「16のドイツ舞曲と2つのエコゼーズ」は絶品。 マイヤーのクラリネット協奏曲(モーツァルト)は、 これと同じ1990年の録音かなと思ったら、1999年の録音だった。 後者の方が格段に良くなってて、ゾクゾクする。

夜はスポーツクラブで、へとへとになる。明日は待ちに待った♪高飛び雲 隠れなりぃ♪次回更新は月曜日の深夜以降。

2007年1月12日(金)
<<スカッとするのはお好き?>>
今日も昼食用にラクト山科ポール・ボキューズのサンドイッチを買って、午前 中から出勤。研究室(5階)と会議室(6階)と数物事務(7階)の間を行っ たり来たりして、学科長マジで時間との闘いですよ仕事に励む。途中院生O君 との研究ゼミ。修士論文の構成と今後の研究の方向についての簡単な打ち合わ せなどで、2時間半程度。今日も21時過ぎに家路に着き、22時半頃帰宅。 帰宅後も、学科長早くやってしまわないと忘れてしまいそうだけど昼間はなか なか時間が取れないんだよね仕事などで、夜の研究時間も潰れ。これで4日連 続「22時半の男」状態で、それまで何をどう研究していたのかスカッと忘れ てしまった。正月早々EGAなどをひっくり返して一体何をやってたのか、この 日・月曜日の雲隠れの間に思い出すことにしよう。

学科長深夜のお仕事の心の友は、 ディータ・クレッカーの 「ベートーヴェン作品〜クラリネット編曲集」、 ポール・メイエとカルミナ・カルテットの 「クラリネット五重奏曲集」(フックス、ウエーバー). ちなみに、後列向かって左のイケメンのおじさんがポール・メイエです。そして、 とうとう深夜の自宅にまで押しかけてきた学科長それは大変です仕事の興奮で眠れぬ夜のために 桜井真理& 堀米綾の "Berceuse(子守唄)"。

2007年1月11日(木)
<<かくれんぼはお好き?>>
本日昼頃に到着するはずの郵便物の処理のために出勤するも、色々あって、昼 頃に届いていた膨大な郵便物の束が事務の中で雲隠れ。郵便物が1件も届かな いのは不思議というか拍子抜けというか、まあ、そういうこともあろうかと帰 り支度を始めていた18時前、狙いすましていたかのように突然姿を現す。学 科長これはマジで時間との闘いですよ仕事をやっている時に、このかくれんぼ 遊びは思いっきり痛い。昼間はやや余裕をかましながら、学科長本日研究日返 上!でも夕方までには片付くかもね仕事をしてたのに、結局、今日も居残りで 家路についたのは21時過ぎ。帰宅後もひきつづき、学科長こんな事なら昼間 余裕なんかかましてないでさっさとやってしまったら良かったのにね仕事。 Ritsでは色々なものが雲隠れする。郵便物雲隠れの次は学科長雲隠れ。週末の ゲーテと日・月曜日は東京高飛び雲隠れに夢を託して、もうひと頑張り!

2007年1月10日(水)
<<教室会議はお好き?>>
何を隠そう、私は実は働き者なのである。自宅で野暮用をして少し論文などを 眺めた後、出勤。午前と午後に1つずつ講義。昼休みは研究室で人目を忍んで コンビニ弁当を食しながら、月末締切りの事務的雑用。学科長でなくても年度 末は色々ある。午後の講義の後は教室会議を2時間ほど。その後も、生協食堂 での夕食を挟んでせっせと学科長のお仕事に励む。21時過ぎに家路につき、 22時半頃帰宅。

まあ、仕事の内容が事務ベースのことばかりなので、気分的にはずいぶん 楽である。実は、結構悩ましい話がひとつあったけれど、それは気の短い高山 などにやらせてうまく行くわけがない、ここはひとつ長老格の先生にお任せし ようではないかという話になった。なるほど。あれほど忌み嫌った教室会議で はあるが、こういう時は有り難いものだと思う。

今日は音楽を聴いている暇もなかったが、深夜にラルフ・マンノ率いるア ンサンブル・インカントの クラリネット、ヴァイオリン、ピアノのための三重奏曲集を聴いてほっ と一息。曲目は

  1. ダリウス・ミョーの「組曲」(1936年)
  2. べーラ・バルトークの「コントラスツ」(1938年)
  3. イーゴリ・ストラヴィンスキーの「兵士の物語、組曲」(1919年)
  4. アラム・ハチャトゥリアンの「三重奏曲」(1932年)
1930年代の曲が多いが、この年代はゲーデルの完全性定理、不完全性定理 をはじめとして数学基礎論や計算理論の発展が目覚しい特異な時代である。計 算機屋だった頃は、理論計算機科学の基本的なアイディアはほとんど全てこの時代 に出ていることを知って、ちょっと驚いた。

「コントラスツ」はバルトークがジャズ・クラリネットのベニー・グッド マンとヴァイオリニストのヨーゼフ・シゲティのために書いた曲だそうで、バ ルトーク自身がピアノを弾いている録音も持っているけれど、1940年代な ので勿論モノラル録音である。「兵士の物語」は演劇用の曲らしいけど、この 組曲は何だかひねくれたややこしい曲である。このCDは、何度聴いても最初の ミョーと最後のハチャトゥリアンの曲がいいなと思う。

あとは、ザビーネ・マイヤー管弦楽アンサンブルの 「セレナード第10番 K.361 グラン・パルティータ」(モーツァルト)。 昨年末のザビーネ・マイヤーのコンサートで、このCDを衝動買いしたのは 正解だったと思う。

2007年1月9日(火)
<<学科長会議はお好き?>>
新年の仕事始めが学科長会議で幕開けるところが悩ましいのである。ポールボ キューズ・ラクト山科店で昼食用のサンドイッチを買って、昼前に出勤。午後 からは学科長会議やいくつかの形式的な会議に出たり、書類を書いたり、メー ルを出したり、有酸素運動に励んだり、パソコンの納入先がわからずにウロウ ロしている運送業者の人の道案内をしたり、分厚い資料を読んだり、ふと研究 のことを思い出して論文を探したり、生協食堂での夕食を挟んで、今日届いた 徳島大での集中講義のレポートの採点をしたり。21時過ぎに家路につき、2 2時半頃帰宅。

良いことが一つあった。学科長は入試の採点が免除されるのだそうだ。こ れでゲーテ冬学期の最終回に出席できる。私は入試の採点をそれほど苦痛とは 思わないけれど、免除してもらえるならそれに越したことはないし、ゲーテで 初七日法要よろしくしんみりとお喋りしている方が良いに決まっている。

そういえば昨年度までは、講義の直前になると必ず軽い腹痛を催してトイ レに駆け込みたくなった。誰も居ない教室で「(誰も見たことのない)伝説の 講義」をやったり、誰もが爆睡している教室で「(怒りの)炎の授業」をやっ たりしてたので、登校拒否ならぬ出講拒否症候群に陥ったのであろう。

そして今年度は、学科長会議の直前になると必ず軽い腹痛を催してトイレ に駆け込みたくなり、そのかわり講義の前はいたって平気になった。これは担 当している講義の状況が改善されたことを意味するのかも知れないし、単に 「ある苦痛を忘れるためには、もっと大きな苦痛があれば良い」ということを 実証しているだけなのかも知れない。

2007年1月8日(月)
<<雲隠れはお好き?>>
地球最後の日なのである。明日になればパンドラの学科長箱は再び開かれ、あ りとあらゆる不幸と災いが果てしなく飛び出す阿鼻叫喚の世界が展開するので ある。

この冬休み中に何人かの人から、学科長もあと3ヶ月弱だから気が楽で しょうなどと言われたけれど、向こう3ヶ月弱の間に断末魔の叫びの如く会議 が連発され、その合間を縫って人事案件、定期試験、入試、修士論文公聴会、 そしてこういう忙しい時を狙いすましていたかのように突発的に発生するであ ろう何だか知らないけどとんでもない出来事の数々が目白押しに違いない。学 科長の任期が切れる(はず!の)春までの遠い遠い道のり。走れメロス!翼よ、 あれがパリの灯だ。そして希望の灯火はただ一つ、「学科長高飛び」またの名を「学 科長雲隠れ」である。科研費も消化しないといけないし、学科長の仕事を放り 出して思いっきり出張しまくってやるんだ。 あっ、そうだ!2月末にはゲーテ・クラリネット奏者氏のコンサートもあるぞ。 これは希望の灯火というよりも、燃え盛る希望の溶鉱炉ってとこかな。 それまで大江山の酒呑童子みたいにかどこかで潜伏生活ってのも、いいな。

まあ、数理科学科の同僚諸君は慎み深い人たちである。数理科学科が潰さ れると聞いても、大人しく沈黙を守り続ける物静かな人たちである。学科長が 雲隠れしている間に発生した悩ましい案件を自分達の手で解決するなどという 差し出がましいことはせず、私が帰ってくるまでちゃんとまっさらの 手付かず状態で残しておいてくれる ことであろう。しかし、世の中には「俺の居ない間に勝手な真似するな!」な どと怒る人間が居るらしいけれど、こと私に関して言えば断じてそのような事 はなく、よくぞやって下さったとはらはらと嬉し涙を流しつつ、三拝九拝して感 謝状のひとつやふたつ差し上げますから、ぜひとも雲隠れ中の案件は自分達で 解決してくださいと言いたいところ。

地球最後の日も誇りと威厳を失ってはならない、と本日終日数学。今ま で誤魔化して使っていた定理の証明を初めてちゃんと理解し、それに関連して 長らくよく分からなかったことがいくつか分かった。

誇りと威厳の心の友は、 ザビーネ・マイヤー管弦楽アンサンブルの 「セレナード第10番 K.361 グラン・パルティータ」(モーツァルト)、 ザビーネ・マイヤー 「クラリネット協奏曲1番・2番およびクラリネッ トと管弦楽のための小協奏曲(ウエーバー)」、 ウイーン・クラリネット・コネクションの "OUT OF"、 ポール・メイエらの "Trios d'anches (リード楽器用三重奏曲集)" 、など。

2007年1月7日(日)
<<仏頂面はお好き?>>
野暮用の日曜日。午後は山科区内で野暮用。その合間は数学。ずっと前からよ く理解しないままに誤魔化して使っていたある定理をめぐって、すったもんだ した挙句、ようやく「ここを攻略すればよい」という所を特定する。明日一日 でちゃんと攻略できるかどうか。

ところで昨日のゲーテの授業で、「私は人を笑わせるのが好きです(Ich mag die Leute lachen machen.)」と答えたのだが、じゃあ、あなたは笑わな いのか?と聞かれてはたと困った。そういえば私はあまり笑わないような気が する。 へヘッという顔はしょっちゅうしているようだが、吹き出したり大笑いしたり というのは、年に数えるほどしかないように思う。性格が歪んでいるから笑え ないのかも知れないし、人を笑わせるのに忙しくて自分で笑っている暇 がないのかも知れない。

だいたい人を笑わそうと10ぐらい仕掛けても、当るのはせいぜい1つか 2である。それも、私の笑いが通用しそうな人間を入念な調査を重ねて選び、 さらに注意深い観察の結果最適と思われるタイミングを慎重に見計らって仕掛 けても、せいぜいこの程度の成功率なのである。すると残りの8個か9個の 「不発弾」をどう処理するかが問題になる。よく自分で冗談を言って自分で笑 う人間がいるが、私の場合はただ仏頂面して相手を睨んでいるだけである。別 に相手に「笑え!笑え!」と念力を送っているわけではなく、ただ、くそー、 しくじったか!と悔しがっているだけなんだけどね。それに、その方が冗談言っ てウケなかったことを相手に気づかれないままやりすごせるし。

仏頂面な私の今日の心の友は、ベートーヴェン。 ディーター・クレッカーの 「ベートーヴェン作品〜クラリネット編曲集」 とアルフレット・ブレンデルの 「ベートーヴェン・ピアノソナタOp.7&Op.28"パストラル"&Op.49.No.2」。

2007年1月6日(土)
<<ブッパタールはお好き?>>
約1ヶ月ぶりのゲーテの日。長いブランクのせいか、ドイツ語がスムーズに出 て来なくてちょっと苦労した。それに年末年始の引き篭もり生活の幸福感にどっ ぷり馴染んでしまっていたので、久しぶりに人前に出るとなると、ゲーテに向 かう途中から何だか気が重く、ましてや生徒5名の初七日法要のようなクラス でしんみりしてても気が晴れるわけでもなく。さらには謎の広告代理店社員氏 は、折角いい気分で忘れていた9日から始まる「おぞましき日々」のことを思 い出させるような発言をして、新年早々見事に私の地雷を踏んでしまったし。 これはもう帰りのJEUGIA 三条本店でのCD 衝動買いで憂さ晴らしをするしかな いか、と。

それでJEUGIAでは予定通りディーター・クレッカーと プラハ室内管弦楽団(ミラン・ライチック指揮)の 「ベートーヴェン作品〜クラリネット編曲集」 を購入。曲目は

  1. 瞑想ー「月光」のアダージョ主題による(A. ヴァルネファー)
  2. 「アデライーデ」の主題による協奏小品(I. ミュラー)
  3. 「ああ、裏切り者!」の主題による幻想曲(C. ランメル)
  4. クラリネット協奏曲ー未完成のヴァイオリン協奏曲WoO.5に基づく(J. ソーベック)
うーむ、やはりこの独特の音色は曲を選ぶな。実際、1.2.3.4. の順番で だんだん音色と曲の雰囲気が合わなくなっていく。 やはり「月光」みたいなどんよりとした曲でこそクレッカーの 凄みが出るような気がするし、3.4.なんてのはどう考えても ザビーネ・マイヤー用の曲って感じ。

ところでクレッカーは ブッパータル(Wuppertal) 生まれだそうだが、これはエッセ ンから南に10数キロぐらいのところにある街で、 S-バーンでもよくブッパタール行きの電車をよく見かけたので、 ちょっと親しみがある。 しかし、エッセンやその近郊のデュイスブルクやドルトムントやボッフムと同 じく何の変哲もないドイツ西部の工業都市(ルール工業地帯)みたいだったので、 結局行ったことはない。宙吊り型モノレールで有名らしいけど。

夜はまた少しEGAをひっくり返す。

2007年1月5日(金)
<< EGAはお好き?>>
午前中は野暮用をしてドイツ語を少し勉強してから、またもEGA読み。ずっと 前からよく理解しないままに誤魔化して使っていたある定理というかある事実 を、この際ちゃんと調べてみようか、と。しかし、相変わらず関係しそうな事 はごちゃごちゃ一杯書いてあるけれど、そのものずばりは決して書いてない本 なので、あちこち突っ突き回して拾い読みし、やっとそれらしい箇所を見つけ て、今日のところはおしまい。まあ、フランス語は少し上達したかも。数学の フランス語なんて決まり文句の繰り返しばかりで、いくら上達しても新聞ひと つ読めないレベルなんだけどね。夕方頃はEGA読みを中断して、スポーツクラ ブへ。

EGAに振り回された私の今日の心の友は、 ペーター・シュミードルの ベートーヴェン三重奏曲集、 ザビーネ・マイヤー 「クラリネット協奏曲1番・2番およびクラリネッ トと管弦楽のための小協奏曲(ウエーバー)」、 ポール・メイエらの "Trios d'anches (リード楽器用三重奏曲集)" は良いとして、 カリン・ドルンブッシュ "Nordic Clarinet Concertos (北欧系クラリネット協奏曲集)" の Carl Nielsenの協奏曲は北欧の清楚な感じがあっていいし、 John Fernstromの協奏曲もまあまあかなと思うけど、Jouni Kaipainenの協奏曲は まさに「豊かな情感」というものを否定することに躍起になっている現代音楽という感じで、 何とかならんものか。 見見直しに、 桜井真理& 堀米綾の "Berceuse(子守唄)" を聴いてから寝る。

2007年1月4日(木)
<<草なぎくんはお好き?>>
久しぶりに10時間ぐらい寝た。本日12時頃起床。相変わらず空模様がはっ きりしないが、今日はそれが好都合だ。遅く起きて野暮用を済ませ、さて本格 的に今日の活動を始めようかと思ったらもう夕焼けこやけで日が暮れてという のでは、時間に激しく置いてきぼりを食わされたようで気が滅入る。しかし天 気が悪ければ、何時夕方になったのかわからないので、その辺りのことが誤魔 化せるというわけだ。

自宅および山科区内での野暮用を終え、夕方だか何だか分からない時間帯 に、例の締切り間近の原稿を仕上げてメールで送付。既にある原稿に少し手を 加えるだけの作業だけど、終ってしまえばずいぶん気が楽だ。その後は某論文 を眺めてすごす。

そういえば昨夜SMAPのメンバーのひとりが思い出せなくて、今日はずっと 考えていた。木村くん、中居くん、香取くん、稲垣くん、そしてもう一人は誰 だっけ?顔は通勤や散歩の時に通るトヨタレンタカーの店のポスターで毎日見てて良 く知ってるし、ハングル語が得意でハングル語会話の本も出してるし、あのタイ プの顔の男は大嫌い!魔法をかけてゴキブリぐらいの大きさにして踏み潰して やりたいなどと言っていた人もいたっけな、と。そして夕食が終って後片付け をしている時に突然電撃的天啓が下った、そうだ!草なぎくんだ、と。

何日か頑張って人の名前を思い出すプロセスは、数学の問題を考えるプロ セスと酷似している。特に意識の働かせ方は同じだと思う。そして人の名前が 思い出せないなんて、私の場合日常茶飯事である。だから、とりあえず研究問 題が見つからない数学的に暇な時期は、忘れた人の名前を思い出して数学研究 のイメージトレーニングをしているというわけ。(そんな事やってるから高山はヘ ボ数学者なんだよう、という突っ込みは瞬殺却下!)

草なぎくんに思いを寄せた私の今日の心の友は、 内田光子の 「即興曲作品90および142(シューベルト)」、 トリオ・アポロンの 「20世紀のクラリネット、ヴィ オラとピアノのための作品集」、 ホアン・エンリク・ルナの 「Rossini Y Espana (ロッシーニとスペイン)」。 うーん、 ホアン・エンリク・ルナの音って、どうも好きになれないなあ。

2007年1月3日(水)
<<クレッカーはお好き?>>
午前中はWebでドイツ語ニュースを少し聞いて、おもむろに数学に移行。夕方頃 までに懸案の謎はほぼ解決。久しぶりに河原町三条界隈に繰り出す。JEUGIA三 条本店で、1年間酷使してとうとう壊れた携帯用ヘッドフォンを買い替えて、 さらにディーター・クレッカーのCDが3種類(べートーヴェンの編曲もの、 ロッシーニのオペラもの、ハイドンの2本のクラリネット曲集)入荷さ れているのを確認。あとは、画廊が軒並み正月休みの寺町通りをぶらつき、ゼ スト御池地下街の輸入雑貨店を冷やかしてから帰宅。夜はノートを纏めたり、 学科長雲隠れプロジェクトの作戦を練ったり。

私は輸入雑貨店を見て回るのが好きである。商業デザインの考え方は国に よってさまざまなので、文房具やちょっとした小物など、日用雑貨の類を見て いるだけでも楽しい。でも実際に買ったことは一度もない。私はモノにはほと んど執着しないタチなので、しばらく店をひやかして、あーおもしろかった! で十分なのだ。

ディーター・クレッカーのCDは欲しいなあと思ったけれど、 今日のところは我慢。 「20世紀のクラリネットVol.1」を持っているけれど、独特の 渋い音色がぐっとくる。この音は、人生いい具合に負けが込んできて、 やっぱり世の中甘くないよなとか思いながら、人知れず歯を食いしばって生 きている者の心にしみじみと響くのである。この音でロッシーニはちょっと 合わないような気がするけど、ベートーヴェンとハイドンは聴いてみたい ものだ。

クレッカーにじんと来る私の今日の心の友は、 アルフレット・ブレンデルの 「ベートーヴェン・ピアノソナタOp.7&Op.28"パストラル"&Op.49.No.2」、 ラ・フォンテーニュの 「テレマン室内楽作品集」、 ザビーネ・マイヤーの "A Night at the OPERA", ザビーネ・マイヤー管弦楽アンサンブルの 「セレナード第10番 K.361 グラン・パルティータ」(モーツァルト)、 ハインツ・ホリガーの 「協奏交響曲、オーボエ協奏曲K.313,314」(モーツァルト)、 ポール・メイエらの "Trios d'anches (リード楽器用三重奏曲集)" .

2007年1月2日(火)
<<役職はお好き?>>
午前中はWebでドイツ語ニュースのビデオを眺めたり、少し数学を考えたりし て過ごす。午後は山科区内で野暮用の後、大丸ラクト山科店で買い物。夜は数 学。例の、正月中に解決したい謎に取り組むも、半分ぐらいしか解けず。締切 りまで事実上1週間を切った某原稿を仕上げるためにも、この謎に一応のメド をつけておきたいのだが。明日、もう一日頑張ってみよう。

昨日、某私大で教えている友人から年賀メールが届いた。高山 さんは学科長でブチ切れる毎日をお過ごしのようですが、私も去年○×学部△ ■主任(学科長に相当する役職らしい)の仕事が回ってきて、なんとかでかんとかで、 こうしてああして、もー!公私どもども大変で、もう嫌!どうにでもして!! という気分ですというようなことがつらつらと書かれていた。私の友人たちは 例外無く役職とか長と名の付く仕事が大嫌いである。そういう人たちだからこ そ、私の友人でいるのだろう。

役職嫌いの私の今日の心の友は、 アルフレット・ブレンデルの 「ベートーヴェン・ピアノソナタOp.7&Op.28"パストラル"&Op.49.No.2」、 ジャンマルク・ルイサダの 「ショパンの17のワルツ集」 、 ポール・メイエらの "Trios d'anches (リード楽器用三重奏曲集)" 、 そして、ディーター・クレッカー 「20世紀のクラリネットVol.1」。

2007年1月1日(月)
<<正月はお好き?>>
午前中にゲーテの宿題を仕上げ、午後は数学。2,3年前からずっとわからな かった、某論文の謎めいたある一節の意味がやっと分かった。もうひとつ、た ぶん詰まらない誤解に基づく謎があるんだけど、正月三ヶ日じゅうに解けない ものかしら。

何といっても一年中で最も落ち着いて数学ができるのは、正月である。特 に元旦は世の中全体が止まっているかのような感じなので、普段のように何か に追われるように数学をやっている感覚から解放されるところが良い。子供の 頃は正月三か日のあの弛緩した雰囲気が嫌いで、自分は緊張感溢れる人生を送っ ているのだから正月なんか早く終わればいいと思っていたが、今は毎日が元 旦だったらいいのにと思う。

一年で最も幸福な一日の心の友は、 ザビーネ・マイヤーの "A Night at the OPERA", アルフレット・ブレンデルの 「ベートーヴェン・ピアノソナタOp.7&Op.28"パストラル"&Op.49.No.2」、 カート・ラダーマの クラシック・ギター版「ゴールドベルク変奏曲」(J.S.バッハ)、 ザビーネ・マイヤー管弦楽アンサンブルの 「セレナード第10番 K.361 グラン・パルティータ」(モーツァルト)、 ラ・フォンテーニュの 「テレマン室内楽作品集」、 アンヌ・ケフェレックの G.H.ヘンデル・ピアノ曲集 ポール・メイエらの "Trios d'anches (リード楽器用三重奏曲集)" 。

オペラものは美しく楽しい曲が多いし、モーツァルトの曲は相変わらず暢 気である。昔は楽しい曲も暢気な曲も正月や暑い夏と同様に嫌いで、何事にも 凛として切羽詰った感じのものばかりが好きたったけど、今では、ただでさえ 人生切羽詰まってるのに、さらに音楽や季節感で自分を追い込んでどうすんだ よう?って感じ。