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よ け ス ペ ー ス で す。

2006年7月31日(月)
<<瞬殺と対応の狭間>>
昨夜は妙な夢を見た。可換環論で勉強すべき既成理論は全て勉強し尽くした! あとはひたすら考えるだけだ、と。現実は全くそうではなく、かなり自転車操 業的にやっている。この夏休みはちょっと土台固めの勉強をやり直さないと、 足元がすくわれそうだなと危惧していたところ。

午後は比較的短時間出勤して雑用を片付ける。その前後は山科駅前SBU Xで数学。夜も数学をと思ってたけれど、またも学科長人気者メールの対応。 スパムとして瞬殺したり、適当に対応したり。では、「瞬殺」と「対応」の違 いは何なのか?私だって一応誰からのメールかぐらいは確認するのである。日 頃から誠実に仕事に取り組んでいて、学科長としての私の仕事にも協力的な人 からのメールはそれなりに対応し、それ以外は「ん?なんや、これは!?しょー もない事ごちゃごちゃ言うて来るな!(クリック)」と瞬殺。

夜中はまた少し数学。本日の心の友は、Trio di ClaroneのUNA VOCE...PER CLARONE, サイオテの"Aportrait", ウルフ・ローデンホイザーの ライネッケ三重奏曲(ビオラ三重奏)

2006年7月30日(日)
<<味噌っ滓>>
梅雨が明けたそうである。本日、小さな野暮用ゆえに近所をうろついたり、自 宅で数学をしたりの一日。

本日の心の友、その1はポール・メイエ版のブ ルッフ8つの小品(他)。 ブルッフ(Max Bruch)は19世紀に活躍した ドイツの作曲家だが、ライネッケ(Carl Reinecke) に作曲を習っていたそうで ある。だから、近藤良版ライネッケ三重奏曲(ビオ ラ)・ブルッフ8つの小品 は師弟の作品を集めたCDというわけ。 ブルッフとは、ドイツ語で「破壊、崩壊、瓦礫、がらくた、骨折、ヘルニア、裂け目、 家宅侵入、分数、沼地、湿地」と、(「分数」を除いて)ロクな意味は無く、 子供の頃は結構イジメにあったのではなかろうか。

イジメといえば、ドイツの子供達のイジメの現場を目撃したことがある。 小学生と中学生ぐらいのグループが、近くで遊んできた帰りなのか郊外の寂し いSバーンの無人駅にやってきて、他のメンバーと逆方向の電車で帰ろうとし ている(たぶん一番年下の)子が、電車が来るたびに年長の子に羽交い絞めに されたりして妨害され、電車に乗りそびれるのだ。何と古典的なイジメだこと か。悔しそうに半泣き状態になっているその男の子は、昨今日本では絶滅した と思われる「味噌っカス」であろう。この味噌っカス君を見て、私は心の中で つぶやいたのだ。君、この悔しさを忘れるなよ。復讐というのは、一生掛けて 行うものだ。何をもって「復讐」とするかは君自身が決めることだけど、 復讐だけの人生になっちまったら、つまんないぞ、と。

心の友その2は、ザビーネ・マイヤー率いるTrio di ClaroneのUNA VOCE...PER CLARONE. モーツァルトはバセッ トホルンという低音域まで出る長いクラリネットを使った曲をいくつか書いた そうだが、Trio di Claroneは3本のバセットホルンを使った曲を演奏するた めに結成されたトリオ。現在はバセットに限らず普通のクラリネットを使った 曲の演奏活動も行っているらしい。写真の右端はザビーネ・マイヤの兄のウォ ルフガング・マイヤー、ザビーネ・マイヤーの向かって左が夫君のライナー・ ヴェーレ、左端がピアノのカレ・ランダルらしい。ただし、写真で彼らが持っ てるのはバセットホルンではなく、「普通の」クラリネット。写真では小さく で見えないかも知れないが、CDの写真を見ると、さすがドイツ人だけあって 彼らはフランス式べーム管ではなくドイツ式エーラー管を使っていることがわ かる。もっともドイツ人が皆エーラー管を使っているわけでもないらしく、さ らには、私のようにただ聴いてるだけ人間にとってはべームとエーラの違いな んてほとんど無い。

心の友その3は、クレニャーン版のクラリネッ トとピアノのための幻想曲 Op.22 (ライネッケ)。ライネッケはピアニス トとしてもずいぶん活躍しただけあってか、伴奏のピアノが時折キラキラと美しい旋律 を放ってさり気なく目立つように曲が書かれているところが、ちょっと面白い。

2006年7月29日(土)
<<スパム・メール>>
ゲーテの無い土曜日をどうやって過ごせば良いのか、まだ調子がつかめない。 先週の土曜日は早朝の電撃的天啓のため、幸か不幸か一日大騒ぎしてやり過ご せたが、そう毎週天啓が得られるとは限らないし。今朝は天啓ならぬ学科長人気者メール が1つ届いたけれど、土曜日はこんなものを相手にするために存在するのでは ない。邪魔臭いので瞬殺消去。本当に必要な用事なら、また何か言ってくるだ ろうから、その時に考えるさ。うむ、なかなか名案だ。以後、学科長人気 者メールは、3回に1,2回は瞬殺消去することにしょう、と。 教室会議の代わりとして私が毎週のように流している 学科長通達メールも、同僚教員の3人に2人はスパムメールと一緒に 瞬殺消去していると思われるし、3分の2というのはいい割合だな。 あっ、そうか!

学科長人気者メール = スパム

こういうことだったんだ。いやあ、日々ひたむきに生きていると、こういう 大発見をすることがあるんですねえ。これからしばらくは、電話には出ない、 誰かが部屋をノックしても無視する、学科長人気者メールは気が向いたもの だけ読み、それ以外はスパムとして瞬殺する、廊下で捕まっても白目をむいて 死んだフリをする。これで完璧だな。私は自由だ。自由になって何をしようかしら。

本日午前中は数学する気が起こらず、ロー デンホイザー版のライネッケ三重奏曲(ビオラ三重奏)と近藤良版のライネッケ三重奏曲(ビオラ) を繰り 返し聴いて徹底比較。それぞれ数回聴いたらくたびれてきたので、ポール・メイエ版のブルッフ8つの小品(他) で一休み。午後は数学。心の友は、サイオテの"Aportrait" やクレ ニャーン版のライネッケ三重奏曲(ホルン) など。ライネッケも最初は 何だかもっさりしているなと思ってたのだが、何度も聴いているうちにしみじ みとしていいなあと思うようになってきた。夜はスポーツクラブ。 夜中も学科長人気者スパムメールが届いたが瞬殺し、少しだけ数学。

2006年7月28日(金)
<<ドイツ語お好き?>>
どうやら、一度は私を愕然とさせた、来週の学科長会議は中止らしい。やれや れ、これで8月末までは会議に引っ張り出されてあれをやれこれをやれと色々 無理難題を押し付けられることは無さそうだ。そういえば、先々週のゲーテ最 終日に次のような会話が行われた(以下のドイツ語は極めて怪しいので、良い子 は真似しないように)。

先生:,,Was machen Sie in den Sommerferien oder Urlaub?''
(皆さん、夏休みは何をしますか?)
私:,,Ich? Arbeiten! Nur Arbeiten!''
(私ですか?仕事ですよ!仕事しまくりですよ!)
生徒A:,, Aber, Sie sind Lehrer. Deswegen haben Sie die Sommerferien...''
(でも、貴方は学校の先生してらっしゃるのですから、夏休みは取れるのでは。。。?)
私:,,Wissen Sie was? Für mich bedeutet Arbeit nur Mathematik zu machen!''
(あのね、私は「数学研究」以外のものは「仕事」とは呼ばないんです。)
先生:,,Aber Arbeiten ohne Ruhe machen Sie krank...''
(でも、仕事ばかりでゆっくりしないと病気になっちゃいますよ。。。)

しかし、病気になるぐらい思う存分数学が出来れば結構な話ではないか (Sehr gut! Ich werde froh sein, wenn ich zu viel Mathematik machen kann, so dass ich krank werde.)。 私なんか、学科長会議とそこで押し付けられる無理難題の数々で毎日気が狂い そうだぜ (Als Dekan muss ich viel Sitzungen teilnehmen, in denen ich fast unendliche verrückte Aufgaben annehmen muss. Das hässliche Alltagen ärgern mich sehr! )。 今日も院生と数学のゼミだけやっていられる日だと思ってたら、 朝っぱらから学科長人気者 メールだの電話だの何だので、あれをしろ、これをしろと、下らない仕事の洪 水だ (Hör mal. Heute denkte ich, dass ich nur ein mathematisches Seminar mit meinem Student geniessen könnte. Aber von Morgen überfallen mich furchtbare Emails und Anrufe, die forderteten mir ganz viele verrückte Scheisse!)! 学科長会議が無くなったと思ったら、今度はメールと電話だぜ (Nach hässliche Dekansitzungen kommen jetzt Emails und Anrufe!)! まてよ。お前、いつまで下手な独作文やってんだよ (Aber Moment. Wie lange willst DU diese schlechte Übersetzung zwischen Japanisch und Deutsch machen?)? いいじゃんかよ(Na und?)! たまにはこういう事して遊んでみないと、気が晴れないぜ (Das macht mir Spass. Ich muss sonst in Melamcholie ewig bleiben. Ewig!!)!

本日の心の友は、 ザビーネ・マイヤーの新しいCD 、 ローデンホイザー版のライネッケ三重奏曲 (ビオラ三重奏とホルン三重奏)、 近藤良版のライネッケ三重奏曲(ビオラ)、 ツアーバ・クレニャーン版の ライネッケ二重奏曲・三重奏曲(ホルン)・六重奏曲。

2006年7月27日(木)
<<京大はお好き?>>
学科長という名の自由刑に服している私は、ああ猫になりたい!会議の無い国 に行きたい!政治亡命してやる!これは地獄の風景だ!責任だけ持たされて権 限は無いのかよ!自爆してやるぞー!等等と、毎日毎日愚痴愚痴と愚痴を垂れ てのたうち回っているうちに、鉛の心は深い深い悲しみの淵にぶくぶくと沈ん でゆくのである。ぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶく。。。むふっ、と。

非政治的人間が正気を保って生き続けるためには芸術と学問が必要で、音 楽と数学はまさにこういう時のために存在しているようなものだ。 アンヌ・ケフェ レックのG.H.ヘンデル とポール・メイエ 版のブルッフ8つの小品(他) で何とか平常心を取り繕いつつ、午前中 は山科区内で野暮用。午後は京大数理研図書室へ。日大セミナーで話した内容 をちくちくと詳細に詰める作業を開始する。数学考えると、一時的ではあるけ れど気分がすっとしますねえ。

数理研図書室では何故か副学科長の某X先生もうろうろしていた。という ことは、今日の数理科学科は完全に政治的空白状態だったというわけだ。では 我らが数理科学科は一体何日間政治的空白に耐えられるのか、一度破壊実験(?)で もしてみると面白いのではなかろうか。そういえば百万遍の交差点付近では、 以前エレベータの中で、私が教室会議を廃止したことに対して「助かります!」 と深く感謝してきた某Y先生も、共同研究者と一緒にうろうろしていた。 ゴキブリと同じで、数理科学科の教員が私を含めて3名発見されたということ は、京大じゅうをくまなく捜せば合計10名ぐらいは居たかも知れない。ちな みに数理科学科の教員は全部で15名である。皆さん京大がお好きなようで。

京大の帰りはJEUGIA三条本店に立ち寄って、クラシックのCDや楽 器や読めない楽譜をを冷やかしたり、コンサートのチラシを漁ったり、楽器の 個人教授の手作り広告を眺めたり。ふとザビーネ・ マイヤーの新しいCD を見つけたので瞬殺購入。とにかくザビーネ・マ イヤーとポール・メイエのCDは見つけ次第瞬殺購入すべし。ハズレなどあり 得ない!否、待てよ。正確には「滅多に無い!」だ。たまには、頭がおかしくなり そうなこういうのもあるからね。

2006年7月26日(水)
<<ほとんど奇跡>>
梅雨明け間近とおぼしき蒸し暑い一日。午前中は自宅近辺を徘徊し野暮用。午 後は出勤し学科長のお仕事。夜は少し数学。ちょっと気分を変えて代数幾何学 の一般的な話のお勉強。

さて今日も学科長職の愚痴。ここんところ愚痴が止まらないんだよう!

学科長というのは中間管理職だが、企業等のそれとの最大の違いは、一定 の責任を負わされているのにもかかわらず、教室会議の招集と議事進行以外に 何の権限も無いことである。これは学部長でもたぶん同じ。権限が無いという ことは、配下の者に対する職務上の強制力が無いということであり、居眠りを したりチェスの本に読みふけったりしている人々相手にいちいち会議にはかっ て、案件の内容やそれの処理方法をひとつひとつ説明し、これでいいでしょう かあれでいいでしょうかとやらなければならない。要するに、後でヘソ曲げな いでねと皆をひとつひとつ納得させながら事を進めていくわけである。これが 大学が会議漬けになってしまう根本的な原因だと考えられる。その一方で、少 しでも会議が長引くと、やれ猫になりたいだの、会議の無い国に行きたいだの、 議事進行が下手糞だの、殺人会議だのと、後でさんざん悪態をつく者(私もそ の一人だが)が現れたりもする。かと言って役職者にそれなりの権限を与えて 多少なりとも物事をスムーズに進めようとすると、やれ権力の暴走を許す危険 な体制だとか、現場教員の英知に依拠する大学運営をすべきだとかいう話になっ てしまう。

私は今のところ、それぞれの大学人はおそらく政治的人間か非政治的人間 かのどちらかであろうと推察している。大雑把に言えば「後でヘソを曲げ」 たり「権力の暴走」がどうの「現場教員の英知」がこうのと言うのは政治的人 間で、「猫になりたい」だの「殺人会議」だのと言ってるのは非政治的人間だ と思う。そして例えば、政治的人間がいくら「現場教員の英知の結集を」と叫 んでも非政治的人間はあくまで沈黙を守り続けるだろうから、結集される英知 とは政治的人間の英知に限られるはずである。自分は何も言いたくないけれど、 良きに計らって欲しいというのが非政治的人間の思考。

私が教室会議をやらずにメールだけでほとんど全て済ませている理由とし ては、政治的人間の発言の機会はメールで十分担保できると考えていること、 もしそれで仮に政治的人間がヘソを曲げるような事態が起これば、学科長の責任 を全て放棄して「自爆」してやれば済むことだと考えていることが挙げられる。 権限も無いのに責任だけ持たされては、たまらんのである。さらには、私が主 催した会議の後で私以外の非政治的人間に悪態をつかれるのは我慢ならない (何と身勝手な話か!)ことや、私自身が非政治的人間だから会議が大嫌いだ し、学科長の仕事は面倒臭いから会議をやりながら皆の前で慎重かつ丁寧に事 を進めるよりも、陰でチョチョッとテキトーに辻褄だけ合わせて誤魔化したい からでもある。

こんな学科長であと8ヶ月乗り切れたら、ほとんど奇跡だろうね。

2006年7月25日(火)
<<自由刑>>
どんな職業生活でも受難の日はあるもので、今日はまあそう いう一日である。11時から40分程度、大学院入試の問題検討会議。その後 会議室に残って、20分ほど試験問題の切り張り作業。まあ、こういう単純作業 は嫌いではない。否、むしろ今日行った仕事の中で最もファンシーで創造性に 溢れるものだったと断言できる自信がある。生協コンビニ弁当で昼食の後、 13時より15時まで学科長会議。15時から18時過ぎまで教授会。教授会 の後は、教授会の親睦宴会である親和会。

もう10年以上前の話なのでうろ覚えでしかないのだが、ドイツの自由刑 か何かの話を新聞で読んだことがある。受刑者は高い塀に囲まれた薄暗い建物 に監禁されているのではなく、ごく普通の家に住んでごく普通に生活を楽しん でいるかのように見え、一体これが本当に受刑者なのかと目を疑うほどである。 しかし、彼らは常に行動を監視されて定められた生活圏から外に出る自由は無 く、好き勝手に旅行に出たり休暇をとったりすることもできないという。「自 由を制限される事、それが何よりも重く辛い刑罰なのです」と。その言葉の重 みが今ならわかる。学科長とは自由刑そのものである。では一体私が何の罪を 犯したというのか?

親和会宴会が「つまらない学内政治の話ばかり」なのかどうか、本当のと ころは知らない。何故ならばいつも退屈のあまり各種の酒を痛飲し、宴会開始 後早々と前後不覚になっているからである。では、何故退屈な宴会に皆出席し ているのかというと、それは多分数学者に対する近親憎悪が原因である。彼ら は断固としてこの宴会には出席しない。この頑固さが数学者っぽくて嫌いであ る。ならば私は断固として出席してやろう、と。でも本当は単に酒が飲みたい だけなのかも知れない。

今日は会議と宴会ばっかりで、心の友はサイオテのクラリネット のみ。

2006年7月24日(月)
<<政治亡命>>
夜遅く日大でのセミナーから帰宅。セミナーでは、土曜日に半日かけて修正し た定理についての話を、偉い先生達に聞いてもらうことができた。この方面の 仕事をするのは初めてなので色々不安があったのだけど、沢山の有益なコメント を頂くことができて良かったと思う。しかし何よりも良かったのは、しばしの 間だけでも自分が学科長であることを忘れることができたことだ。

ちょっと1週間ばかり外国に行ってきまーすとか言って、そのまま政治亡 命して帰ってこないでおこーうかなー。年間50回近く学科長会議に引っ張り 出されるというのは、「何で私ばっかりそんなに苛められやなあかんの?」っ て言いたいし、それだけで十分「政治的迫害」として亡命申請してみるだけの 価値があるんじゃないかしら、と。

さて、出張の友。ポール・メイエ版のブルッフ 8つの小品(他) はポール・メイエのクラリネットの音色の美しさが十 分堪能できる大変良いCDである。近藤良版のライ ネッケ三重奏曲(ビオラ)・ブルッフ8つの小品も悪くないなと思ってた のだけど、ポール・メイエ版と聴き比べるとやはりメイエの方がいいなと思う。 しかし、私が大好きなブルッフ8つの小品唯一の長調の作品第7番については、 近藤良版の方が溌剌とした中にもほのぼのとした感じがあって好きだ。 メイエ版だとちょっとテンポが早くて音がきつ過ぎる。あとは津田&サイオテの "Aportrait" 。サイオテのクラリネットも綺 麗な音だと思うけど、やっぱりポール・メイエの方が断然綺麗な音だな。 しかしこのCDはルーマニア民謡など珍しい曲ばかり入っていて面白い。 以前ルーマニア数学会の学会誌に論文を載せてもらえたこともあって、 私はちょっとルーマニア贔屓である。でも、政治亡命先として 考えているわけではないよ。実際どこに亡命したいかは秘密だけど、まあ、 ドイツ語圏かな。

2006年7月22日(土)
<<「これを見よ!」>>
ゲーテの土曜日は先週で終ったのである。あれからずいぶん月日が流れたよう にも思えるのだけど、まだ1週間しか経っていない。ま、今日はゆっくり寝て るか、と思って、朝方布団の中でうとうとしていると、突然電撃的天啓に襲わ れた。天才ポアンカレとは違って、私の電撃的天啓は大抵は天からの悪い知ら せである。数日前になにげ無くちょっと眺めただけの、ある論文に書かれてい た1行の数式がふと脳裏に浮かび、

「これを見よ!」

との天から雷のような怒号が聞こえてきたような気がした。びっくりして飛び 起き、「それ」と私のゴミ研究ノートに書かれているゴキブリの屍骸のような 「定理」を見比べて真っ青になる。それから、朝食、風呂掃除、スーパーへの 買い物、昼食の間じゅうずっと考え続け、昼食後もずっと夕方まで考え続け、 何とか修復したような格好にして本日の業務は終了。夜はスポーツクラブ。帰 宅後は、新たな間違いが見つかるかも知れない数学から逃避して「楽しい事だ け考えて笑って生きよう」と、少しのんびりとしてみる。

それにしても、津田&サイオテの "A portrait"は結構大当たりCDではなかろうかという気がしてきた。 今日はこれしか聴いてない。サイオテのクラリネットはいいぞ。

明日から東京出張。次回更新は月曜日の深夜以降。

2006年7月21日(金)
<<既に潰れている>>
院ゼミの金曜日。途中1時間15分の休憩を挟んで11時より17時前ぐらい まで院生O君と研究ゼミ。ゼミの前や休憩時間は、学科長メールを飛ばしまく る。と、卒研生Y君から「今日も卒研があるんですか?」とのメール。そうい えばもう前期試験の期間か。すっかり忘れてたな。

教室会議は例え必要があってもほとんどやらないし、担当講義は他学科や 他学部の演習系科目だけなので定期試験は無い。だから数理科学科の同僚教師 達や学生達と顔を会わす機会はごく限られている。去る者日々に疎しで、その せいか、少なくとも私の頭の中では数理科学科は既に潰れているのである。で は「既に潰れている」もののために何故私は働けるのか?それは、私は虚しい ものを相手にするのが得意だからである。つまらない学内政治の話ばかりで退 屈極まりない教授会の親睦宴会、学生が誰も居ないか全員寝ているかどちらか の教室での講義、「葬り去れらた」人々、自分で思いついたモノにならない 数学研究のテーマ、歪んだ人 格から逃れられない私自身、等等。

ゼミ終了後、私が考えていることに関係しそうな論文を検索し、プリント アウトしてから帰宅。夜も少し数学。

悪人なほも往生す、ましていわんや南無阿弥陀仏と、 昼間から夜にかけては 津田&サイオテの "A portrait" をひたすら念仏のように繰り返して聴くも、根性無しの私は、 夜中にとうとう U.ローデンホイザー版のライネッケ三重奏曲(ビオラ三重奏とホルン三重奏) に手を出す。ああ、とうとうやってしまった。「一切れのパン」 もあっさり食べてしまい、我ながら何て辛抱の足 りない奴だろうと呆れ果てる。 でも、ローデンホイザーのクラリネットは沁みます。。。ゲー テ・クラリネット奏者氏の先日のコンサートでの演奏は、近藤良版よりもローデンホイザー版に近いものだっ たと知る。 この調子だと、 ポール・メイエ版のブルッフ8つの小品(他) も間もなく陥落することであろう。

2006年7月20日(木)
<<一切れのパン>>
まだ梅雨が明けない研究日。午後は京大数理研図書室および喫茶進々堂で数学。 夕方、JEUGIA三条本店道草経由で帰宅。夜も、断続的に学科長 人気物メールなどに対応しながら、数学。

今日はとうとう退屈な平均律クラヴィーア曲集を放り出し、昼間は勇敢に も音楽無しですごず。昔、煙草をやめたとき、煙草無しでも生きていられる自 分が不思議に思えたものだが、音楽無しで生きている私も不思議といえば不思 議だ。しかし、かつて何度も禁煙に失敗したように、JEUGIAにて津田理 子(ピアノ)&アントニオ・サイオテ(クラリネット)の "A portrait" もう「絶食」は我慢できない!の 大枚2、625円也!を衝動買い。曲目は

  1. ベーラ・バルトークの「ルーマニア民族舞踊曲集」、
  2. ズビグニェフ・ランバルトの「断章H」、
  3. シャルル=マリー・ヴィドールの「序奏とロンド作品72」、
  4. フェルナンド・ラバの「全てでもなく、無でもなく」、
  5. アーサー・ベンジャミンの「ラヴェルの墓、奇想的ワルツ」、
  6. 吉松隆「鳥の形をした四つの小品」
と、まさに現代音楽物オンパレード状態だが、バルトークが入っているから、 以前 ポール・メイエ版で聴いた ストラヴィンスキーの「3つの小品」みたいに頭がおかしくなりそうなもので はあるまいという読みと、ゲーテ・クラリネット奏者氏もかつてコンサートで 取り上げた「鳥の形をした四つの小品」は一度聴いてみたかったこともあり、 これは断然「買い」だと踏んだ。 ということで、「音楽的絶食療法」は6日目にして終了、というか、半分挫折。 アントニオ・サイオテのクラリネットも、特別綺麗という感じでもないけ れど艶のある音だし、超絶技巧もさり気なく繰り出して、結構いい感じだと思う。 津田理子とのアンサンブルも、ぴったり息が合っている。

でも、クラリネット奏者氏から与えられた U.ローデンホイザー版のライネッケ三重奏曲 と ポール・メイエ版のブルッフ8つの小品(他) を聴く気にはまだなれな い。あれは「一切れのパン」物語のようなもので、苦しい時や辛い時に「これ は、本当にもう駄目だという最後の最後に聴くことにして、今はもう少し我 慢して前に進もう」と自らを励ますための最後の砦である。で、苦しみを乗り越 えた暁におもむろにCDのケースを開けてみたら、ぼわわああんと怪しい煙が 立ち上って、そこには何も入ってなかった!そして私は涙ながらに、苦しみを 乗り切る勇気を与えてくれたその2つのCD(の空ケース)に感謝するのであった、 なーんてね。てな事を書いておきながら、明日にはもう聴いてるかもしれ ないけど。

2006年7月19日(水)
<<結構ストイック>>
前期の授業は今日が最後。何だかあっという間に終ってしまった「留学生数学」 と「C言語とUNIX演習」。まあ、昼食分割摂取はちときつかったけれど、 授業としては適当に面白く、受講生も少なくて楽チンだったな。

前期の授業は終ったけれど、前期分の学科長会議はまだまだあって、気が 遠くなる気分だ。宇宙船に取り残された、元々好きで宇宙に来たわけでもない 宇宙飛行士というのは、きっとこういう気分なんだろうと思う。「ああ、地球か。何 もかもが懐かしい。。。」とか呟いてみたりしてね。

14時に授業が終わり、その後は散発的に学科長メールだの学科長電話だ ののやりとりをする以外は、久しぶりに研究室で少し数学。夕方、図書館でア ラケロフ幾何学の本を借りてから帰宅。別に研究に必要なわけではないけれど、 ちょっと様子を覗いてみたかっただけ。夜も少し数学。

それにしても、平均律クラヴィーア曲集 第一 巻と 第二巻だけで生きていくのって、 私にとっては水とわずかな塩だけで荒修行するような感じで、結構ストイック である。玄人筋には凄く面白い曲なんだろうけど、私にしてみれば「ああ、魂 が解き放たれ、救われてゆく私!」って感じが全然しないところが物足りない。 人の魂を救わずして何の音楽ぞ。せめてゴールドベルク変奏曲でも聴いてみよ うかとか、あるいは無伴奏チェロ組曲でもいいから!とかいう欲望も禁じてい る。何でそんな事に意地になってるか、昨日は色々理由らしい事を書いたけれ ど、本当のところは自分でもよくわかってない。

2006年7月18日(火)
<<鯛や平目の舞踊り>>
自虐と露悪の夏4日目は、学科長全力疾走の日。13時より15時まで学科長 会議。研究室に戻り会議の「宿題」の整理を始める。と、16時25分過ぎ。 そういえば何か会議があったはずだと大慌てで会議室にダッシュするも、後の 祭り。16時から16時15分まで研究科委員会。16時15分から16時3 0分まで臨時教授会代議員委員会。一体そんな短時間で何の会議をやってたの か。皆で円陣でも組んで、エイエイオー!と気合いでも入れてたとでもいうの か。まあ、いいや。そんな事でいちいち驚いてたんじゃあ、大学教師なんて務 まらんのです。と、部屋に戻って「宿題」整理作業を続行。途中、作業の必要性か ら学内某所に出向き、学科長体当たり聞き取り調査を敢行。インタビューにご 協力頂いた皆様、どうも有難うございました。生協にて夕食の後、19時半頃に 学科長自爆テロメールをPCのメーラーにセットし、

この野郎!これでも喰らえ!!

と送信ボタンをクリックして、本日の業務は終了!と予定表を確認したら、 7月25日が最後で次は9月5日だと思っていた学科長会議が、実は 8月1日まで延々とあって、その次は8月29日だと判明。この野郎、人を 何やと思てんねん(何や?ってそりゃあ「学科長」だろ)?ホンマに暴れて やろうかしらん! と、しばし呆然としてから帰宅。夜は少しだけ、数学。

今、人生小リセット・プロジェクトの一貫として、バッハの平均律クラヴィー ア曲集だけでしばらく生きながらえようとしている。これはいわば 音楽的絶食療法。思えば私は、先日まで音楽的飽食の日々をすごしていた。 内田光子ってどうよ?と一言言えば こういうの とか ああいうの のCDが届けられ、エンマ・ジョンソンのVoyageっていいよねと一言言えば、そんなら これも あれも それ もあるから聴いておけということになり、ラルフ・マンノが バルトークのコントラストを吹いてるけど、、、 と言えば、バルトークのコントラストなら断然 これ がお勧めだから聴いておけ云々といった調子で物事が進行する、 まさに至れり尽くせり♪鯛や平目の舞踊りィ!酒はうまいしねーちゃんは綺麗だぁ♪ みたいな夢のような日々だった。私は生きて、そして、幸福であったと思う。 しかし、ゲーテの講座が終ってこういう甘やかされた生活が突然消滅すると、色々 精神に変調をきたすのである。私はまた一人で生きていかねばならない。そのための 備えが必要だ。自らを苛め飽食に緩んだ精神を引き締めなければならない。もう少し 「絶食」を続けて気分がすっきりしてきたら、ゲーテの最終日にクラリネット奏者氏か ら与えられた「人生を楽しむための学習教材」である U.ローデ ンホイザー版のライネッケ三重奏曲 と ポール・メイエ版の ブルッフ8つの小品(他) をそっと聴いてみようと思う。 そして自らの足で歩いていくことにしようと思う。

2006年7月17日(月)
<<才能の上げ底>>
自虐と露悪の夏3日目は、祇園祭山鉾巡行の日。梅雨終盤の季節柄、生憎土砂 振りの雨に祟られたようだ。今日は本来研究日なんだけど、午前中は自宅で学 科長ぶちキレ仕事など、午後は人生小リセット・プロジェクトの一貫として、 文学座の演劇を観に行く。「演劇界の東大」と呼ばれているだけに、流石に文 学座の皆さんは上手いなあ。3時間弱の公演を観終った時の疲れ方は、数学の 研究集会を聴講した時に似ているから、脳味噌の同じような所を使っているの かしら。夜は数学を少し。

エゴイストの私は、詰まるところ自分の心を100%満たすにはどうすれ ば良いか?ということばかり考えているのである。概算では数学50%、クラ シック音楽15%ってところで、あとの35%をどうするかが目下の大問題。 理想としては数学のポイントを引き上げて、数学80%、クラシック音楽 15%、その他5%ぐらいにしたいものである。しかし、余程の数学的才能に 恵まれていない限り数学だけで自分の心を80%満たすのはキツイな、という のが凡庸なる私の実感。それに私の場合は、気合い、根性、面の皮の厚 さ、能天気さ等等を総動員して才能の上げ底(「底上げ」ではない!)を行う ことにより、本来20%ぐらいのものを無理矢理50%まで引き上げているの である。

2006年7月16日(日)
<<感謝の合掌礼拝>>
自虐の夏の2日目は、激しい雷雨に荒れる日曜日。夕方まで山科区内で野暮用。 夜は自宅でせっせと学科長ぶちキレ仕事。

昨日クラリネット奏者氏に、私は会議が大嫌いだから教室会議はやらずに 全部メールで流して済ませているのだと話したら、即座に「ほー、それは良い事で すね」と言われてしまった。私ってそんなに世のため人のためになることをやっ ているのかしら?と一瞬愕然として0.25秒ぐらい言葉を失い、根性で持ち 直してやっと次の言葉と続けることができたのである。

前にもエレベータの中で同僚教員に感謝されてしまったし、最近も別の同 僚教員に「高山先生!明日も教室会議無いですよね?」とニコニコしながら 聞かれたことがあり、「ええ、勿論ありませんよ」と答えると、彼はスキップ しながら(というのは嘘だけど)去っていった。おかしいなあ。私は学科長メー ルを出す時はいつも「この野郎、これでも喰らえ!」と心の中で唱えながら自 爆テロの一貫として送信ボタンをクリックしているのである。だから、

俺は良い事なんか1つもやってないんだよう(怒)!!

貴方達は私の学科長メー ルに、怒りに血走った私の眼差しを感じないのか。じゃあ一言言うけどな、私の 学科長メールをロクに読まずに消去する前に、PCのディスプレイに対してで いいから感謝の合掌礼拝ぐらいやってもバチは当らないぜ。

と、一通り暴れて終る、自虐の夏2日目であった。