の
た
め
の
邪
魔
な
広
告
よ け ス ペ ー ス で す。
2006年11月12日(日)
<<業界人の挨拶合戦>>
クラリネットのCDは現在49枚になった。オーボエのCDは6枚。全て過去
10ヶ月の間に集めたもの。さて、本日午後は京都府民ホール・アルティのコンサー
トへ。3人の演奏家が順番に独奏(あるいは二重奏)を行うというジョイント
リサイタル。
最初はクラリネットとピアノの二重奏。 1曲目のJ.フランセの「主題と変奏」は これや これにも収録されている定番曲。演奏の方は、も ひとつ調子が出ないようだった。 2曲目はR.シューマン「幻想小曲集」。もとはオーボーエ用の曲らしく ハインツ・ホリガーのCD にも入っているが、チェロ用にも編曲されて ミシャ・マイスキーのCD に入ってたり、 クラリネット用にも編曲されて好んで演奏される。 例えば ペーター・シュミードルや ラルフ・マンノや シャロン・カムや エマ・ジョンソンや ジルバース・ドウ・ペイエ なども録音している定番中の定番曲(一番のおすすめはペーター・シュミードルのもの)。 うーむ、だんだん快調になってきたようで、最後の方はメリハリも元気も良 くなってきた。調子が出てきたところで、 最後の3曲目はB.マルティーネの「ソネチネ」。これは初めて聴いた曲だけ ど、どうやらこの人はこの曲が一番吹きたかったようで、のびのびとした素晴 らしい演奏だった。
次はチェロの独奏。1曲目はJ.S.バッハの「無伴奏組曲」(私は 藤原真理のCDを持っている)、 2曲目はB. ブリテンの「無伴奏チェロ組曲」。 ブリテンの組曲は初めて聴く。たっぷりと練習を積んでるのだろうなという感 じの、最初から最後まで安定感のあるしっかりした演奏で楽しませてくれた。
最後はピアノ独奏でR.シューマンのピアノソナタ・へ短調作品14。これも 初めて聴く曲。この人、舞台に出てきた時から何だか神がかったただならぬ雰 囲気を漂わせていて、演奏もシューマンに潜む狂気をあますところなくえぐり 出す!って感じの凄味があって、十分楽しめた。
そういえば、先日の横川晴児氏の公開レッスンの時にJEUGIAで聴い た、某国産楽器メーカーのピアノと比べると、やっぱりスタインウエイのピア ノの音は澄みきっていて格段に綺麗である。
観客は200名程度。こういうコンサートの常であるが、観客の多くはロ ビーで「先生、先日はどうも有難うございました!」「いえいえ、どういたしまして という常套句で互いにうやうやしく挨拶を交わしている「業界人」のようである。 その「先生」とやらは何物か? 何をみなさん、そんなにぺこぺこ頭を下げているのか? この挨拶合戦の様子を見るだけでも、この業界に入らなくて良かったとつくづく思う。 私のように「ロクに挨拶もできない」人間じゃあとてもやってけそうにない。 あ、待てよ。でも、数理科学科潰して室内音楽楽団の専属マネージャーになってと いう、例の野望を実現したら、こういう挨拶合戦の世界に対する物見高い傍観者に とどまってはいられなくなるな。
コンサートは夕方に終わり、山科区内に移動して野暮用など。夜は 明日からの出張の準備をしてから、少し代数幾何学のお勉強など。 次の更新は16日(木曜日)の深夜以降。
2006年11月11日(土)
<<量子波動の静かな音楽>>
ゲーテの日。ゲーテの受講生は結局6人に落ち着いたようで、今日は全員揃っ
た。音楽家率33.3%、数学者率16.7%、謎の広告会社社員率16.7
%、その他33.3%. 禅坊主と怪しい画家の2大巨星を失った今、このいび
つな人口構成のもとで「お通夜ではないが四十九日の法事のような」しんみり
とした雰囲気にあえぐ私であるが、クラリネット奏者氏は「でも、私、結構居
心地いいと思ってます」と。うーむ、氏のこの感性と、コンサートでライネッ
ケ「三重奏曲」やフィンツィ「5つのバガテル」をとりあげ、ブラームスの
「三重奏曲」や長調の第7曲を除くブルッフ「8つの小品」をこよなく愛する
感性は何か通底するものがありそうだな。
まあ、今日もクラリネット奏者氏やフルート奏者氏とクラシック音楽関係 の話題についてお喋りができて良かった。何度でも言おう。オレさまで自己中 でクールな私は、お喋りをしないと寂しいウサギのように死んでしまうのであ る。週に一度とはいえ、数時間の間とりとめもなくお喋りができるのなら、そ れが日本語だろうがドイツ語だろうが構いはしない。
それにしても今日の謎の広告会社社員氏は、私の大喝を恐れて「何も言わ ないことにします」だと。しかし、クラリネット奏者氏の次のコンサートの案 内がWebで出てましたと私が言うと、「その日は友引ですね」と。は?友引 がどうしたというのだろう?この人は以前、ゲーテに皆出席する自分が悔しい です。一度ぐらい休んでみたいです、というような事を言っていた。何がどう 悔しいのか?この人の頭蓋骨の内側には、暗く深い宇宙が広がっていて、 何億光年の彼方から聞こえてくる量子波動の静かな音楽が、謎めいた言葉となっ て口を突いて出てくるのであろう。謎を理解しようとしてはいけない。謎は謎 のままで受け止めようではないか。
ゲーテの帰りは、今日も ラ・フォンテーニュ の テレマンのCD を試聴だけで済まそうと、JEUGIA三条本店で道草。特に最初の「カルテット(ト 長調)」の第一楽章が衝撃的。この、穏やかな陽の光の中で天に召されていく ような感覚がたまらなく、こんな風に死ねるんだったら何度でも死んでみたい ものだと思いつつ、今日も試聴。これに近い感覚は、 ヘンデルでも感じるな。
さて、他に何か面白いCDが出てないかなとその辺を眺めまわしたところ、 コレが出ていた。特に新しいCDではないが、 ザビーネ・マイヤーがモーツァルト、ロッシーニ、ウエーバー、ヴェルディの オペラの曲を吹くというもの。 トリオ・ジ・クラロー ネのCD などに収録されている曲とかなり重なるが、ザビーネ自身がオー ケストラと一緒に吹いているものは持ってない。トリオ・ジ・クラローネは当 然ながらザビーネ以外が吹いている曲も多いので多少躊躇するけど、ザビーネ だけが吹いているとなると、もう歯止めが利かない。ウオルフガング・マイヤー やライナー・ヴェーレもいい演奏家なんだけど、ザビーネの明るく透明感のあ る音色には及ばない。「ザビーネと一緒に何度でも死にたい(おい!それは違 うだろう)」と意味不明の言葉をつぶやきながら、はっと我に返ったときは 何度でも死にたいテレマンCDと明るく透明感のあるザビーネCDの2 枚とも買ってました。ああ、つい先日も これを買ったばかりなのに! でも、スタンプカードがかなり溜まってい たので、1000円割引で買えた。
衝動買いの2枚のCDの他に、今日はクラリネット奏者氏に貸し出してい た10枚のCDが返ってきた。今、うず高く積み上げられたCDの山を前にし て途方に暮れている。ちょいとお前さん、この山は何なんだい?数理科学科潰 して、クラリネット奏者とフルート奏者の専属マネージャーとして華麗なる転 職を果たした暁には、副業として貸しCD屋でも開くつもりなのかい?と。酒 がやめられずに何人目かの妻にまたも逃げられた男は、こんな風に後悔するの だろうか。いいんだ!自分を幸福にするものに対して、お金を惜しんではいけ ないのだ!と日誌には書いておこう。
夜はスポーツ・クラブでへとへと。
2006年11月10日(金)
<<男脳・女脳度チェック>>
山科駅前Sbuxで少し勉強してから出勤。学科長のお仕事関連で事務の人と
少し話す。色々面倒な案件が溜まり始めているようで、さらには、来週火曜日
の集中会議デーはこれまた盛大に形式的審議が行われるそうである。しかし幸
いなことに、来週は東京出張ゆえ、一週間全てを放り出してしまえる。そのま
ま「私を捜さないでください」との書き置きを残して失踪してやろうかしらん。
少なくとも、出張から帰ってきた時には全てを忘れていて、ここは何処?私は
誰?的な私無理です学科長になっていて、数理科学科を壊滅的状況に導き、野望
への大きな第一歩を踏む出すのである。え?何言ってるんだかわからないって?
いいんだよ、本人もわかって言ってるわけじゃないんだから。
そうこうしているうちに13時30分から院生O君と研究ゼミ。15時半 に終了。約30分間学科長有酸素運動を行い。16時から17時過ぎまで卒研 ゼミ。その後、学科長有酸素運動のつづきを少し行い、来週からの東京 出張に必要な資料などをリュックサックに詰め込んだりしてから、18時過ぎ に大学を出る。
昨日のニャンチュウの写真がソニー・ロリンズの若い頃に似ていると書い たけれど、それよりも実は確率解析の某偉い先生にもっと似ている。それから、 某サイトでまたも男脳・女脳度チェックをしてみたら、やはり男脳度38%、 女脳度62%と数年前にテレビ番組を見てチェックした時とほぼ同じ結果で、 「あなたの脳は女っぽい男です」との判定が出て気を良くしていたのだが、さ らに「あなたのホモ度は57%」との結果も出た。おい、ちょっと待て!そりゃ あ違うだろう!わたしゃあ人嫌いで、特に男は嫌いなの!!思考がニュー・ハー フ系というなら、わかるけど。
夜は出張の準備をしてから少し代数幾何学の勉強など。
ホモ度57%な私の今日の心の友は、 Vienna Clarinet Connectionの cafe europa, 内田光子の 「シューベルト即興曲集(D.899,D.935)」、 ホアン・エンリク・ルナの 「Rossini Y Espana (ロッシーニとスペイン)」, 最後は アンヌ・ケフェレックの 「ヘンデル・ピアノ曲集」 で締める。
2006年11月9日(木)
<<本人を連れてきます>>
夢の研究日。朝方、もう1,2時間ぐらい眠ってから起きようかという時間に、
またも
寝不足のぼんやりした頭でまずは京都駅で野暮用。ついでにアバンティー のサンリオ・ショップに立ち寄ってキティー・グッズをチェック。ハロー・キ ティー卓上カレンダーを興奮気味に比較検討していたら、店員に怪しまれて 「どなたかへのプレゼントをお探しですか?」と。いつもなら平然と「ええ、自分自身へのプレ ゼントです」と答えるのだが、今日は寝不足で頭がおかしかったので、 いつものオレさまで自己中でクールぶりを発揮できず、 「ええ。でも、また今度『本人』を連れてきます」と答えて早々に退散。 連れてくる「本人」というのは、要するに私自身のことなんだけどね。
次に地下鉄で烏丸今出川に移動して、アルティーで日曜日のコンサートの前売り券 を購入後、京大へ。ルネで昼食をとってから数理研図書室へ。寝不足の頭で 無理矢理、数学。そこで夕方まで過ごし、喫茶進々堂で一息。 コーヒーなど飲みながら論文読みでもと思ったけれど、隣に若い女性二人 組の客が座って、一方が恋愛の悩みを延々と語り、他方が聞き役になって時々 誠実な意見を述べたりしていた。こういうことはこの二人に限ったことではな く、その辺で「お茶している」若い女性二人組が、恋愛を中心とした人間関係 についての話をしている図は珍しくない。ああやって、日頃から友人と二人 でセミナーを開いて、喫茶店などで延々と議論しているのだから、彼女たちは さぞかし恋愛ついて深い問題意識と見識を持っていることであろう。
しかし、友人に恋愛の悩みを語ること自体はおおいに結構だが、何故そう いう事が話題として成立しうるのか、そういう話題を語る友人関係というのは どうやって形成されるものなのか、私としては不思議でしょうがない。 男同士でああいった話をすることは、まず無いと思われるからだ。 こういう時に、ああ、自分は男だったんだと再確認して しまうのだ。私は、個別の人物は別として一般的に言って男が嫌いで、相手の 年齢にかかわらず女相手に話をしている時がもっともリラックスできて、そう いう私の脳味噌は所謂 女脳で、まあ自分は女ではないのだろうけど、思考的に はニュー・ハーフってとこかなと思って日頃生きている。しかしそれは、 自分を鼠だと思っている猫の ニャンチュー(NHKの幼児向け番組 に出てくる私のお気に入りキャラクター)(若い時のソニー・ロリンズ にちょっと似ている?)と同じく、単に物凄い勘違いをして いるだけではないか、と。いずれにせよ、これでは勉強にならない!と退散。 JEUGIA三条本店道草経由で帰宅。
今週末はコンサートに行くことだし、今日はCDを買うまい と決心して、先日から目をつけている ラ・フォンテーヌ と いう古楽アンサンブルが演奏しているテレマンの素晴らしいCD(3000円以上も する)も試聴だけで 済まし、同じく目をつけているザビーネ・マイヤー率いるトリオ・デ・クラローネの ブルッフ&シューマン (2500円ぐらいする) も眺めるだけにして、さてそろそろ帰ろうかと思ったところ、ふと これ を手に取ってしまい。。。1300円という安さが災いしたのか、 我に返った時にはまた衝動買いしてました。「Rossini y Espana (ロッシーニとスペイン)」。 スペイン人が編曲したロッシーニの曲を中心に、 ホアン・エンリク・ルナ (HPのこの異様なセンスは アレサンドロ・カルボナーレのHPと 双璧をなすか?)というスペイン人がクラリネットを吹いている。 ロッシーニは現在ゲーテ・クラリネット奏者氏に貸し出し中の トリオ・デ・クラローネのCD"UNA VODE" や 「アレッサンドロ・カルボナーレのCD"Clarinet Sings Opera" にも入っていて結構良かった。この3つのCD の中では、やはりアレッサンドロ・カルボナーレが一番いいと思う。
夜も少し数学をと思っていたら、学科長人気者メールが飛び込んできて、 思わず熱くなる。夢の研究日も、油断しているとあっけなく終ってしまうものだ。
2006年11月8日(水)
<<公衆トイレ>>
午前中は講義をひとつ。昼食後、学科長のお仕事をいくつか片付けてから、や
れ一息と数学教室の掲示版をぼんやり眺めていたら、「あ、高山さん。ちょう
ど良かった」と某同僚が近寄ってきて、新たな学科長の仕事を2つばかり仰せ
つかった。まあ、純粋に事務的な作業なので何の問題もないが、前にも
全く同じ「あ、高山さん。ちょうど良かった」というフレーズとともに、
別の同僚に捕まったことを思い出した。「ちょうど良い」私って、何なのか。
人前に姿を見せず、昼食も研究室でコンビニ弁当で済ませ、電話線もひっ こ抜き、学科長人気者メールも相手によっては瞬殺し、学科長の任期中はひっ そりと生きていくことを心に誓った私だが、ふとした気の緩みから抜け目も 可愛げもない同僚達に捕まってしまうのである。
それにしても、「あ、ちょうど良かった」と言って気安く近寄ってきて用 を足して去って行くというのは、公衆トイレと同じである。ならば私は数理科 学科の公衆トイレである。フランスでもイギリスでもドイツでも、公衆トイレ は有料と決まっていて、いくばくかのお金を払わないと中にも入れてもらえな い。私もこれからは、本人の署名入りの「土曜お仕事券」を渡さない限り「あ、 高山さん。ちょうど良かった」と言って近寄ってきても、返事をしないことに しようかしら。「土曜お仕事券」とは、今度また学科長会議で手配師の仕事を 押し付けられたら、私が喜んでその仕事を引き受けます、という誓約書のこと である。
午後にも1つ講義。その後、少し研究。ひとしきり論文を検索したりダウ ンロードしたりしてから、18時過ぎに大学を出る。夜はゲーテの宿題をやってから、 少し代数幾何学の勉強など。
公衆トイレな私の今日の心の友は、 久々のタティアナ・ヴァッシリーヴァのチェロで 「アルペジオーネ・ソナタ」(シューベルト)「イタリア組曲」(ストラヴィンスキー)、 さらに、ロストロポーヴィチの 「アルペジオーネ・ソナタ」と「おとぎ話」 (シューマン)、 ラルフ・マンノの フランスもの、 リチャード・ストルツマンの 「5つのバガテル」(フィンズィ)他、 Vienna Clarinet Connectionの cafe europa, カリン・ドルンブッシュ "Nordic Clarinet Concertos (北欧系クラリネット協奏曲集)" 、 そして最後は、 ナディァ・ルバネンコのピアノで、 「即興曲」 (シューベルト) で締める予定。
2006年11月7日(火)
<<手配師バトル>>
学科長モードの日。13時より15時過ぎまで学科長会議。それから18時頃
まで、学科長会議の宿題をこなす。今日もじゅうぶんキレた。
学科長の重要任務の一つに「手配師」というのがある。特別入試だのオープ ンキャンパスだの何とかスクーリングだのと、主に高校生相手の土曜日の行事 がほとんど無制限に繰り出され、その度に各学科長はそれぞれの教室から担当 者を見繕って供出せよとの通達が出る。9月23日の日誌「シベリアに飛ばす」 に書いたように、これはひとつのバトルなのである。バトルに負けると学科長 の私が毎週のように土曜日に出勤する羽目になる。勿論ゲーテには行けない。 まさに食うか食われるかの闘いなのである。
まあ、中間管理職というのはそもそも手配師をやるために置かれる職制だ が、権限の無い中間管理職というのは10年前にやらされた町内会長と同じだ し、凶悪犯罪者にもほとんど丸腰に近い警棒だけで挑むといわれ る知恵と勇気のイギリスの警官のようでもある。
「話し合い」という名の不毛な押し付け合いは避けて、私はもっぱら一本 釣り。その人の持ち味や他の仕事の負荷等を勘案した上で、狙いを定めた同僚 に知恵と勇気の丸腰で直接交渉して仕事を押し付ける。こういう事は、町内会 長よりも学科長の方が比較的すんなり話が進むことは経験が教えるところであ る。それはたぶんひとつの職場という環境ゆえに、ゴネ得で楽してやろうとい う心理にある程度抑制がかかるからだと思われる。同じ人間が、職場ではもの 分かりよく仕事を引き受け、町内会の隣組長としてはゴネ得で面倒な仕事から 逃れているという事は、じゅぶんありうることだ。
今日の手配も、昨年学科長だった全力疾走O坂先生との密談なども行って周 到に準備した上で、何とかこなした。しかし、こう何度も何度も手配師をやれ と言われると、最後には一本釣りで狙う相手が居なくなる。それに、手配師の 仕事をする度に心がすり傷を負う。すり傷が癒る前に次の手配師の仕事が降っ てきて、すり傷が潰瘍になる。わが身を守るためには、適当な頃合を見計らっ て「私を捜さないでください」と書き置きでもして失踪することも視野に入れ ておくべきである。
手配師の次は学科長通達メール。可愛げのない同僚教員達に「これでも食 らえ!」と送信して本日終了。その後、生協での夕食をはさんで学会発表の準 備の仕上げ、さらに明日の講義の準備をやって21時頃に大学を出て。22時 過ぎに帰宅。
手配師な私の今日の心の友は、 ポール・メイエとアルフレート・プリンツの クラリネット協奏曲と五重奏曲(モーツァルト)、 ハイツ・ホリガーの 「オーボエ協奏曲(モーツアルトおよびシュトラウス)」、 リチャード・ストルツマンの 「5つのバガテル」(フィンズィ)他、 最後は Vienna Clarinet Connectionの cafe europa. クールな cafe europa も、すり傷の心には温かく沁みるんですね。
2006年11月6日(月)
<<可愛いもんだ>>
自由と研究日は無条件に与えられるものではなく、闘いによって勝ち取らねば
ならないのである。今日は、金曜日の夕方の「バンジージャンプと人間大砲」
によって勝ち取った研究日だから大事に使おうではないかと、夕方頃に近所に
買い物などに出た以外は、終日シンポジウムの発表準備作業。とりあえず自宅
でできる作業は終了。あとはOHP作成とか配布資料のコピーとかを残すのみ。
どうやら来週日曜日のコンサートは行けそうかな。
ところで、オレさまで自己中でクールな das ist mir egal な私だけど、 考えてみれば、春頃から夏にかけて数理科学科が潰されるかも知れないぞ!と いう話が巻き起こった時でも知らん顔していた数理科学科のほとんどの同僚達 に比べれば、可愛いもんではないかということに気づいた。 こういう可愛げの無い教師ばかり集まっている数理科学はもはや存続に値しな いから、私が学科長をしている間にぜひ潰してしまおう。そして私は、 ゲーテ・クラリネット奏者氏とフルート奏者氏らの専属マネージャーとして雇 ってもらい、謎の広告代理店社員氏を広報担当に引っ張り込んで、人々にクラ シック音楽の楽しさを広める意義ある職業に華麗なる転職を果たすんだ!とい う野望に胸膨らませたのであった。ああ、ドラマチックな人生が加速する。。。
ドラマチックな私の今日の心の友は、 Vienna Clarinet Connectionの cafe europa, アンヌ・ケフェレックの 「ヘンデル・ピアノ曲集」、 ポール・メイエの 「協奏曲」「8つの小品」(ブルッフ) 。 そしてちょっと久しぶり、ダニエル・バレンボイムの ピアノ版・ゴールドベルク変奏曲(J.S.バッハ)。ベストセラーになっ た「博士の愛した数式」で、博士が、物事が数学を静かに深く考えるのにふさ わしい状態にあることを「静かだ」と表現してたと記憶しているけど、バレン ボイムのゴールドベクって、何だかとっても「静か」です。 あと、このCDの2枚目に入っている、「ディアベッリの主題による33の変奏曲」 (ベートヴェン)もちょっとだけ聴く。
2006年11月5日(日)
<< 吊るし上げ >>
午前中は汚い字で書き殴られた学科長備忘録ノートを少し解読し、11月中旬
の学科長の仕事をリストアップ。なっ?なんと!11月18日の午後は父母懇
談会だと?数理科学科の教育には何らマトモには関与してないし、学生が何やっ
ているかてんで関知していない das ist mir egal な私が、町内会長よろしく
単純に持ち回りで回ってきた学科長だからというだけの理由で、学生の父母と
懇談などして良いものだろうか。おそらく父母から何を聞かれても、さあーと
か、どうなんでしょうねーとか答えるだけで、お前本当に数理科学科の学科長
なのかと、父母達から吊るし上げを食うに違いない。
しかし、吊るし上げが怖くて私立大学の数学者が務まるものか!と意味不 明に自らを鼓舞して、夕方まで自宅や山科区内で野暮用の日曜日。夜はシンポ ジウムの発表準備作業。
das ist mir egal な私の今日の心の友は、 Vienna Clarinet Connectionの cafe europa, カリン・ドルンブッシュ "Nordic Clarinet Concertos (北欧系クラリネット協奏曲集)" 、 カート・ラダーマの クラシック・ギター版 「ゴールドベルク変奏曲」(J.S.バッハ)、 ザビーネ・マイヤーの 「クラリネット協奏曲集」(モーツァルト、ウエーバー、シュタミッツ) 、 ハインツ・ホリガーらの 「ヘンデル:トリオ・ソナタ選集」、 ハインツ・ホリガーの 「無伴奏オーボエのための12の幻想曲」(テレマン)。うーん。先日 JEUGIA三条本店でテレマンの4重奏だか何だかのCDを試聴したら、バロックの 楽しさが一杯で「いいなあ」と思ったのだが、無伴奏オーボエはちょっと聴い ていてキツく、第8曲ぐらいから早く終ってくれーっという気分になってくる。 そこで、最後はハインツ・ホリガーの 「オーボエ協奏曲(モーツアルトおよびシュトラウス)」 で、ちょっと口なおしならぬ、耳なおし。
2006年11月4日(土)
<< Das ist mir egal. >>
ゲーテの日。さあて謎の広告代理店社員氏は今日はどんな大喝モノ発言をしてくれ
るやらと、てぐすねひいて待っていたのだが、休み。しかし珍しく今日は、ク
ラリネット奏者氏やフルート奏者氏とクラシック音楽について、少しゆっ
くりとお喋りができた。私にとって、お喋りはとても大事である。
オレさまで自己中でクールな私は、お喋り
をしないと死んでしまう。この日誌は喋り足りない分を排出する場でもある。
時々自分で読み返して、そうだ!そうだ!とか、お前!あほか?とか突っ込ん
だりして自分自身とお喋りができたりもする。
ところでドイツ語の私のお気に入り表現の一つは、Das ist mir egal. (そんなことはどうでもよい)で、直訳すると「それは私にとって同じこと だ」。口語では、Egal. (どうでもいい、どっちでも同じだ)と一言で言った りもする。egal はたぶん語源的には英語の equal と同じなんだろうけど、英 語の equal には「同じこと」=「どっちでもよい」=「どうでもよい」とい う意味合いは無いようである。Das ist mir egal. に相当する言い回しとして、 It makes no difference. とも言うのだろうけど、おそらく I do not care. (そんな事、私は関知しない) の方が使用頻度は圧倒的に高そうだから、英語 とドイツ語はかなり発想が違う。ちなみにフランス語でも égalが使わ れ Cela m'est égal. は Das ist mir egal. とほぼ同義のようであ る。
で、大学に居るときの私の気分を言い表す最も適切な言葉は egal なんだ ろうと思う。大学にはお喋りしたい人は居ないから、数学研究以外のことは 全て egal なのである。
2006年11月3日(金)
<<全ての祝日は無意味である>>
祝日は全て月曜日になったのかと思っていたが、何故か金曜日の今日は祝日で
ある。推察するに立命館大学数理科学科における私のように、とってつけたよ
うなどうでも良いような祝日は月曜日に纏められ、それ以外の先生達のように、
大事な祝日は曜日とは無関係に何月何日と決まっているのかも知れない。ただ、
はっきりしていることは、Ritsはどんな祝日でも全て営業日であり、学生達に
「全ての祝日は無意味である」と教育しているのである。
盆も正月もなく
日々数学研究に励む私も全く別
の意味で同じことを言おう、「全ての祝日は無意味である」と。
午後は院生O君と研究ゼミ。その後引き続き卒研ゼミ。さて帰ろうかと思っ てたところで、ピリピリピリとまた電話。しまった!電話線引っこ抜いておく のを忘れてた。あわてて電話線を引っこ抜く。しかし数分後に届いたメールに よって、この電話が実は、 月曜日の学科長の仕事を今夕早めに片付けることができますよ、という福音だっ たことが判明する。たった15分の事務的な用件のために月曜日に出勤し、折 角の研究日を台無しにしなくて済むというわけだ。
担当の事務職員が帰宅しては元も子も無い。急げ!気持ちの上では5階の私の部 屋の窓から隣の事務棟の1階までバンジージャンプする積もりで階段を駆け下 り、廊下をO坂先生の人生のように全力疾走し、事務室に突撃。さらには、サーカスの人間大砲よろし く1階から7階の数物事務分室に飛び戻り、そこに預けてある印鑑を取りに行っ たりもした。大学教師たるもの、研究活動を円滑に進めるためには、 こういう時のために日頃から体を鍛えておかねばならないのである。
事務の人が書類に何かを書けというので、この文章魔の私に文章を書けと はいい度胸だと思いつつ、その場で3行分の罫線を無視して山のように文章を 書きまくってやった。彼女はそれに目を通した後、満足そうに「これでよい でしょう」と。この瞬間、月曜日の研究日が確保されたのである(と信じておこう)。
実は私は、この月曜日の仕事というのをすっかり忘れていたのである。最 近は学科長備忘録ノートに記録することはあっても、読み返すことは無い。自 分が書いた字が汚すぎて、読む気が起こらないのである。
ところで、別に聞き耳を立ててその辺をうろついているわけではないが、 私はよくひとりで街を彷徨っているので、色々な話を耳にする。最近街で小耳 にはさんだ話に次のようなのがあった。ある大学教師が研究に没頭するあまり 自分の結婚式を忘れていて、奥さんになる人も「あの人はそういう人なのよ」 とニコニコとして特に気にとめるわけでもなく皆で大笑いし、新郎抜きの結婚 式はなごやかに進行した、と。 あまりにウソ臭い話なので、よく憶えている。
昨今自分の結婚式を忘れるほど研究に没頭できる大学があるのかどうかは 知らないが、Rits の先生でも数学に夢中になっていて学科長の仕事のひとつ やふたつ忘れるぐらいのことはできる。否、むしろ最近はほとんど未必の故意で どんどん忘れることにしている。しかし仕事を忘れていると事務から電 話が掛かってきたりメールが飛んできたり、やんややんやと五月蝿い。決して 「あの先生はそういう人なのよ」とニコニコ笑って済ましてはもらえない。
さて、「そういう人」な私の今日の心の友は、勿論 Vienna Clarinet Connectionの cafe europa. クール! どんな風にクールかというと、40年以上昔「ドラ猫大将」というアメリカ・ アニメがあって、その主題歌みたいにクールかも。 「♪わはは、おいらは陽気だ、わはは。銭は無いけど、イカして、すまして、 お出かけだーい。ドラねこ、チビねこ、ついておいで♪」と。うーん、やっ ぱり違うか。
でも、秋深くなってきたことだし、 モーツァルトのような暖かさも、と ザビーネ・マイヤーの 「クラリネット協奏曲集」(モーツァルト、ウエーバー、シュタミッツ) 。 もひとつ、バッハのような暖かさも、と カート・ラダーマの クラシック・ギター版「ゴールドベルク 変奏曲」(J.S.バッハ) で最後を締める。
2006年11月2日(木)
<<泣きそうになる>>
研究日。途中夕方の逃避行動を挟みつつも、ほぼ終日自宅で論文見直し・修正
作業、シンポジウムでの発表準備。通常ならこの調子で行けば発表準備は十分
間に合うはずだけど、突発的に学科長のロクでもない仕事に邪魔されるのでは
ないかとの危惧から、来週の日大セミナー出張もキャンセルし、再来週の日曜
日のコンサートの前売り券購入も控えて慎重を期す。これでコンサートに
行けなくなったら、誰に八つ当たりしてやろうかしら。
夕方の逃避行動は、例によってJEUGIA三条本 店や寺町三条あたりをふらつき、ついでに文房具などの買い物なども 済ます。JEUGIAでは、数日前から目 をつけていた、ウイーンの4人のクラリネット奏者(うち3人はペーター・シュ ミードルの弟子らしい)からなるグループ Vienna Clarinet Connection による cafe europaを購入。うーん、彼らの写真を見る限りでは、街でこういうオジサ ンたちに取り囲まれたら泣きそうになるだろうなって感じ。新作やAutumn Leavesなどのジャズのスタンダード・ナンバー、さらにはメンデルスゾーンの 曲や私の大好きなシューベルトの即興曲第2番(これは元々ピアノ用の曲であ る)の編曲なども交えたコンサートのライブ録音。どの演奏も粋でかっこ良く 仕上がった楽しいCDである。
2006年11月1日(水)
<<電話線を引っこ抜く>>
午前と午後は1つずつ講義。その前後は学科長のお仕事をやったり、
講義ノートの修正をやったり、ゲーテの
宿題に手をつけたり。17時半過ぎからは、博士論文公聴会と学位審議委員会。
何やら積分の計算ばかりやっていて私にはさっぱり理解できない話だが、これ
も学科長のお仕事。何となく見覚えのある顔のおじさん達が束になって座って
いる壮絶な光景を目にして、この人たちは一体誰なんだろう?と軽い眩暈を覚
える。どうやら数学教室の同僚たちらしい。
今年は教室会議が廃止されて、皆さん、水曜日の夕方を思い思いの方法で 過ごしているようである。ある者は学内で研究セミナーを開いたり、またある 者は学位審議委員会があるのを忘れて学外で研究会を開催したり。形式的な会 議に縛られるよりは、うんと有意義だ。その有意義な時間は一体誰からのプレ ゼントなのでしょう?それを思えば、彼らが私に対して協力的で善意に溢れた 対応をするのも、驚くに値しない。でもやっぱり、驚いてしまう。だって、知 らない人に親切にされたら気をつけなさいと、子供の頃教わったではないか。
もともと私は、諸般の事情により数理科学科の教育にはまともにタッチして いないし、最近は一部の同僚とメールでやりとりする以外は一方的に学科長通 達メールを流すだけの引き篭り学科長をやっているので、学生達とも同僚達と もすこぶる疎遠である。今や彼らは私にとっては「知らない人たち」でしかない。 「知らない人たち」のためのちまちまとした管理業務を請け負って糊口を しのぎながら、何とか時間をひねり出して数学研究に励む日々という感じ。そ ういえば私の知っているあるオーボエ奏者は、週に何日かは某弱小学会のパー トタイム事務長として働いて糊口をしのぎながら、年に数回コンサートを 開くなどの音楽活動を続けているそうである。そういうのに近い感覚かな。
その後生協で夕食を済ませ、研究室でゲーテの宿題を片付ける。それやこ れやの間に研究室に2度ほど電話が掛かって来たが、どうせ私の日誌を真面目 に読んでいない愚か者の仕業であろうと、無視。それにしても電話の音は五月 蝿い。アルフレート・プリンツのクラリネットを呼び出し音に設定できるなら ともかく、只でさえ大学に居るときは機嫌が悪いのに、ピリピリピリといかに も神経を逆なでするような音で掛かってきた電話に冷静に対応できるとはとて も思えない。やはり学科長の任期中は電話線を引っこ抜いておくことにしよう。
21時過ぎに大学を出て22時半頃に帰宅したら、電話を掛けたけれど出 なかったという学科長人気者メールが届いていたので、瞬殺。
不機嫌と瞬殺の友は、 シャロン・カム 「クラリネットとピアノのための二重奏曲集」(シューマン、ドビュッシー、プーランク、フランセ)、 カート・ラダーマの クラシック・ギター版「ゴールドベルク 変奏曲」(J.S.バッハ)、 そして最後はザビーネ・マイヤーの 「クラリネット協奏曲集」(モーツァルト、ウエーバー、シュタミッツ) 。