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一部のブラウザの
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め
の
邪
魔
な
広
告
よ け ス ペ ー ス で す。
2007年4月15日(日)
<<ほのかな希望>>
野暮用の日曜日。昼過ぎ、少し大きな地震。震源が私の実家からそう遠くなく、
実家の方はかなり揺れたそうだが、どうやら無事だったようだ。午後は山科区
内で野暮用。今朝なんとなく少し早く起きてしまったので、昼食後は睡魔に襲
われるはめに。野暮用は夕方には終わり、河原町三条界隈に繰り出し、しばら
くふらついてから帰宅。夜は少し数学。
昨日は「千の風になって」の替え歌「心の病になって」を作って遊んでい たが、ここ数日、少しずつではあるが気分が軽くなってきているような気がする。最初は もう治らないのではないかとも思った自律神経失調症系の病気も、もしかした ら治せるかも知れないという、ほのかな希望も湧いてきた。会議等は全て欠席 し、同僚教員との接触も極力避け、(就職委員を除いて)管理業務的な仕事を 全て蹴飛ばしていることが功を奏しているのだろうと思う。研究と教育の仕事 だけに専念している限り、大学教師の職業生活は平和である。健康を取り戻す には、平和な生活は不可欠である。
2007年4月14日(土)
<<言い訳をする>>
ゲーテの日。毎週1人ずつ受講者が増えていて、今日もひとりおじさんが加わっ
た。特に今日は女性受講生の欠席が重なってクラスの瞬間最大おじさん率が異
様に高まり、今なおおじさん集団寿司詰め監禁の
教授会、学科長会議および教室会議のおぞましい風景のフ
ラッシュバックに苦しむ私にとっては、辛い一日となった。
ゲーテの後は、平野神社に夜桜見物に。先週に比べてずいぶん葉桜が
目だっていたけれど、数十種類の桜が次々と咲き乱れるので、
5月中旬まで色々な花が楽しめるそうである。
写真は本殿に続く参拝路。
同じ敷地内にある桟敷では、職場のグループや
、(おそらくRitsの)大学のサークルの仲間で花見に来ている
客が数多く見られた。
夜は花冷えと呼ぶにはあまりにも寒く、冷え切った体を
平野神社前「和食さと」の鍋焼き饂飩で温めてから、
22時ごろ帰宅。
「私が電話に出ないからといって 気を悪くしないでください
そこに私の体はありません 眠ってなんかいません
心の病に
心の病になって
京都の町を
徘徊しています
去年は学科長で 心を病み
今年は自由を得て きらめく学者となる
朝は教師になって 学生の知性を目覚めさせ
夜は数学者になって 自らの愚かさと格闘する
私が電話に出ないからといって 気を悪くしないでください
そこに私の心はありません 死んだフリなんかしていません
心の病を
心の病をこらえ
講義の準備に
没頭しています
心の病に
心の病になって
あの大きな学問の世界を
駆け巡っています
あの大きな学問の世界を
駆け巡っています」
それにしても、就職委員が心の病になってていいのかよ?という問題は 残るな。
2007年4月13日(金)
<<勇気を讃える>>
本日12時30分より2コマ連続して授業。最初は数理科学科2回生配当の講
義。昨日の1回生の講義に負けないぐらい沢山の学生が居た。この講座は「楽
勝科目」でもなければ物凄く単位が取りにくい科目でもないが、微妙な楽勝感
がそこはかとなく漂う、お買い得講座なのかも知れない。
私の場合、大学で教える科目と自分が数学者として研究している専門が年々 かけ離れて行っているせいか、あるいは、単に年々頭が悪くなっているせいな のか、同じような事を教えている積もりなのに、私の講義はどんどん簡単になっ ていってるようだ。昨年度は定期試験の直前に受講生の一人が私のところにやっ てきて、他の先生の科目の質問ばかりするので、「ところで、私の講義の試験 の方は大丈夫かね?」と聞いてみたら 「先生の講義は簡単なので、はっき り言って油断してます!」と豪語され、この野郎、首でも絞めてやろうか しらと思ったが、その学生の答案はやはり良い出来であった。もっとも、油断 し過ぎて零点を取り、落第した学生も居たかも知れないが。
それらの事情が関係しているのか、例年、数理科学科2回生以外にも高回 生や文系の学生なども多数が受講登録をし、少なくとも初回は満員御礼状態に なる。
それでも数年前は、高々10数名の学生が教室の後ろの方にへばりついて、 ほぼ全員が爆睡していた年もあった。私の「学生=眠る人」という確固とした イメージや、私が板書する文字は、彼らにとっては女真文字か契丹文字と大同 小異であり、私が講義で話す言葉は、彼らにとっては古代ケルト語の古詩の朗 読と大して変わらないのではないかという疑いは、その頃に形成されたものと 思われる。その時と今とで何がどう違うのか、学生が変わったのか?それとも 私だけが変わったのか?本当のところはよくわからない。
その次は、昨日の1回生の講義に居た学生の半分の学生相手に、コンピュー タの実習。昨日の学生の半分といえば100人ぐらいかと思っていたが、出席 を取って数えたら実は50数名だった。50数名とはいえ、コンピューター実 習となるとティーチング・アシスタント(TA)がつかないとキツイ。
しかし当初、大学院生たちに募集を掛けても、私の講座だけはTA希望者が 居なかった。まあ、私には学生に敬遠される魔力が備わっているようだし、 しょうがないかと思っていたら、今日になって2名名乗りでてくれた(やれやれ 助かった)。あともう一人来週から加わるという。魔力溢るる高山大魔王のTA にようこそ!彼らの勇気を讃えようではないか。
15時40分に授業は終わり、その後すこし講義の準備などして早めに帰宅。 夜は数学など。
2007年4月12日(木)
<<何かの勘違い>>
本日午前中より授業3コマ。どの授業も想像していたよりも遥かに受講生が多
くて驚いた。午前中の文系学生用のコンピュータの演習は、例年2名を超える
ことは無く、今年は受講生なしで自然消滅かと思っていたが、8名集まった。
午後の大学院の講義も自然消滅を期待、もとい、予想したのだが、2名も集まっ
た。
しかし一番凄いのは数理科学科1回生の情報処理の講義だ。何だか異様に 学生が多く、200名ぐらい収容できる教室の前の席から後ろの方の席まで、 寿司詰め状態でぎっしり座っている。目を覚ましている学生がこんなに沢山教 室に居るのを肉眼で見るのは、何年振りかしら。今年の入学者は110名弱の はずなのに、やけに多いな。教室を間違えたのでは?と思ったけれど、そうで もない。
だとすれば、彼らが何か勘違いしているにちがいない。君たち、何か勘違 いしてるんじゃないですか?君たちは今、自分はRitsの数理科学科の1回 生として入学してきたと信じているかも知れないが、それは何かの思い違いか 気の迷いであって、実は情報理工学部の1回生だったとか、Ritsじゃなく て同志社大学の工学部に入学してたのだったとか、そういえば実は数理科学科 をこの3月に卒業したばかりだったことを忘れてたとか、あ!しまった、自分 はまだ高校3年生で来年Ritsを受験する予定でまだ入学してなかったんだ とか、そういうことは無いですか?今一度自分の胸に手を当てて「ここは何処? 私は誰?何故ここに居るの?」とよおく考えてみてみなさい!と念を押して聞 いてみたが、勘違いではないという。
誰も勘違いなどしていないのである、私を除いては!世界観の大幅な修正 を迫られて頭を抱える私は、自律神経失調症関連の発作の再発に苦しみつつ精 神安定剤に手を伸ばす。。。
夜はゲーテの宿題など。
2007年4月11日(水)
<<分別が災いする>>
午前中は自宅で野暮用の後、少し数学。山科駅前Sbuxに移動し、昼食と少
し数学の後、出勤。授業の準備などを少しやってから、14時過ぎから16時
過ぎまで4回生M君の卒研ゼミ。今年のテキストは
Ralf Fröberg の "An introduction to Gröbner bases"
(John Wiley & Sons, Ltd.,) 1997. 卒研ゼミの後早々に大学を発ち、
途中再び山科駅前Sbuxで少し数学。
16時から教室会議があったらしいが、発作が起こったりして病気が悪化して
はいけないので、パス。
学科長時代は「ぶちキレて机をひっくり返して口から火を噴きながら会 議室を飛び出してやる!」などとネタ半分に書いてたが、実際は一度も実行し た事はなかった。もっとも前の学部長はよく会議中にぶちキレて本当に会議室 を飛び出して行ったけど、それをやるのがいつも会議の終わり頃だったから、 案外計算づくでやってたのかも知れない。それはともかくとして、私にも一応 分別というものがあり、「それをやっちゃあ仕事にならんだろう」という判断 があったから、せいぜいトンカチを打ち鳴らすぐらいで収めておいたのである。
しかし、その分別が災いしてストレスを溜め込むことになり、病気になっ たのかも知れないな。日誌でいくら威勢のいい事を書いても、そのストレ ス発散効果は案外大したことはなく、一度ぐらい本当に机ひっくり返して会議 室を飛び出してやった方が良かったなとも思う。これって何だか 「カツカレーの朝食にデザートは軽く赤福餅に生八橋など、 昼食はカツ丼にチョコレートパフェのデザート付き、 夜は天ぷら定食にショートケーキと抹茶アイスのデザート付きだあ!」 「右手に羊羹、左手にバウムクーヘン・トゥルムを持って、バナナのように交 互に食ってやる!」 「ホットケーキのマットにバンジージャンプで頭から突っ込むんだあ!」 「巨大プリンを食べ進んでプリン鎌倉を作り、その中にカステラのベット を置いて寝てやる!」 とか景気のいい事を言っておきながら、 実はダイエットと称して何も食べずに我慢していたら拒食症になってしまった、 というような話に。。。似てないか。(全然似てないよね)
今は学科長ではないから途中で会議室を飛び出しても特に不都合は無いの だが、誰かの何気ない言動におぞましき記憶のフラッシュバックが誘発される ことにより、特にこれといった理由も無いのに会議中に突然ぶちキレて、机を ひっくり返して何か喚き叫んでしまいそうなところが、我ながら恐ろしい。
夜もひきつづき、少し数学。
2007年4月10日(火)
<<微笑みながら共存>>
午前中は定期的に通っている近所の医院へ。簡単な検査と問診の後、またも精
神安定剤を処方してもらう。自宅で野暮用の後、山科駅前Sbuxでしばし数
学。今日も昼食用サンドイッチを買って、昼過ぎに出勤。
大学では郵便物をチェックした後、学生用計算機実習室に出向く。そこで 夕方まで授業の準備でもしていようと思って機器の使用法などを確認していた ら、学生がぞろぞろ入って来て、もうすぐ授業が始まるという。もう新学期が 始まってるのか。君たちは何学科の何回生かね?○×学科の1回生です、と。 そうか、じゃあ彼らと教室で出会う可能性は限りなく零だな。教室で遭遇しな い限り、教師と学生は微笑みながら共存できるものだ。互いにあらぬ方向を向 きながら、だけどね。
計算機実習室を追い出されて研究室に戻り、ハインツ・ホリガーの 「オーボエ協奏曲(モーツアルトおよびシュトラウス)」 やシャロン・ カムの 「クラリネット・ピアノ二重奏曲集」 などを聴きながら、授業の準備。 Cプログラミング入門の講義資料などを作り始める。途中、一度だけ電話の ベルがかなり長い間執拗に鳴っていたが、当然無視。あまり五月蝿いので、電話線を 引っこ抜いてやろうかと思った所で切れた。
夕方、授業の準備は適当に切り上げて家路につく。 今日は教授会が行われたそうだが、昨年度学科長として 強引で狡猾な学部執行部と数学教室の複雑系との板ばさみで 酷い目に会った、極めて馬鹿馬鹿しい議題に付き合って病気 が悪化しては元も子も無いので、当然パス。 大学教師たるもの、自分の体は自分で守らないといけな いのである。夜も数学を少し。
2007年4月9日(月)
<<フラッシュバック>>
天気が良い。今日は数学と桜だ。京都は桜の名所で、街を歩けばいたるところ
美しい桜が楽しめる。自宅で野暮用を済ませ、すぐに家を出る。京大生協は学
生でごった返していたので諦めて、喫茶進々堂で昼食の後、まずは京大数理研
前の桜を愛でつつ、図書室でしばし数学。夕方少し早めに切り上げ、鴨川左岸
の桜を眺めながら遊歩道を南にぶらぶらと下る。
3年前に買ったカシオのデジカメは最近故障がちで、肝心な時になるとス イッチを押してもうんともすんとも言わなくなる。今日も調子が悪く、「肝心 な時に訳のわからない理由でヘソを曲げて仕事を放棄し、私を困らせる嫌な 奴!」と思わず学科長時代の忌まわしい記憶がフラッシュバックし、 ブチ切れて橋の欄干に叩きつけてやろうかしらと思ったが、カ メラ相手に八つ当たりしてどうなるものでもあるまいと、珍しく分別臭い考え が湧いて出て、かろうじて踏みとどまる。しょうがないので、携帯電話のカメ ラを使った。
まずは、琵琶湖疎水が鴨川に注
ぎ込むところから東山を望んで見た桜。この方向に疎水をずっと遡っていくと、
京都会館や平安神宮、蹴上水力発電者前などを経由して、暗いトンネルの水路を
抜けると山科に出る。
山科の琵琶湖疎水も、知る人ぞ知
る桜の名所で、疎水脇の散策路もよく整備されている。
次は桜の名所平野神社。この神社は、1992年からの2年間だけ
立命館衣笠キャンパスに通っていた頃は毎日のようにバスで横を通ったが、
中に入るのは今日が初めて。かなり大きな神社である。
西大路通りに面した鳥居から入ると、さながら
祭りの縁日のような風情で、おでん、焼きトウモロコシ、たこ焼きなどの
露店のおいしそうな香りが、そろそろお腹がすき始めた夕方に来た私には辛い。
この通りの両側には花見用の桟敷がずらりと設置されており、もう少し遅い
時間になると花見客で溢れかえることだろうと思う。
この賑やかで花見ムード満点の区画を通り過ぎると、本殿の入り口があり、 そこには拝殿があって神輿が置かれている。
この時期は週末になると邦楽や洋楽の区別のこだわらないコンサートが奉奏さ
れるらしいが、コンサートホールとしての音響は無いに等しいから、音の反射
も計算に入れて演奏する洋楽の室内楽だとかなり苦しいのではなかろうか。
さて、日が長くなったとはいうものの、夕方も遅くなってきたので、
河原町今出川までバスで戻る。賀茂大橋から高野方向を望んだところ。
橋が見えているが、これは河合橋。
この河合橋から高野の方へのびる高野川沿岸も桜の名所で、確か
2004年4月から8月までドイツに滞在する直前にここの桜を
たっぷり楽しんだものだ。
高野川と加茂川が合流する通称加茂川デルタ地帯は、私の学生時代はよく コンパを開いて、写真に写っている、川べりの大きめの石が敷き詰められた所 で酔いつぶれていたものだが、最近はどうなのかは知らない。
川の中に雑草が
生い茂ってあまり美しくないけれど、私の学生時代は、たださらさらと美しく
水が流れていた。なぜ川に干潟ができて雑草が生い茂るようになったのか、原
因はよくわかってないらしい。川の流れは複雑系だから、誤差のような違いの
積み重ねが大きな変化を生んだのだろうとも言われていたような気がする。
複雑系か。。。また学科長時代の記憶がフラッシュバックして、むらむら
と腹が立ってくる。この調子ではなかなか病気は治りそうにないな。
2007年4月8日(日)
<<採用条件>>
野暮用の日曜日。午前中は、ほんの少しだけ数学した後、近所の小学校で選挙
の投票。選挙に立候補したがるような人は、学科長を1年ぐらいやったぐらい
では神経を病んだりすることはないんだろうな。数理科学科もそういう人をあ
と4,5人雇えば、将来私に学科長が回ってくることも無く安心立命の余生を
送れるかしら。これから数理科学科で教員募集の公募を出す時は、数学と学科
長が生き甲斐で、訳のわからない理由でヘソを曲げて頼まれ仕事を途中で放り
出したリしない人という採用条件でもつけようかしら。
それにしても、小学校前の桜が美しかった。京都市内の桜を見てゆっくり 散策したいものだ。そうすれば病も少しは良くなるかも知れない。その後、夕 方まで自宅および山科区内で野暮用。夜は数学。引き続き基本文献読み。
2007年4月7日(土)
<<激しい発作>>
早朝ふと目を覚ましてしばらくしたら、突然、自律神経失調症関連の激しい発
作。これはかなりやばいな。今日は予定してなかったけど午前中にかかりつけ
の医者に行って、
ぶっとい注射を打ってもらうとか、
頭に電気ショックをかけてもらうとか、
悪さをしている神経を一本抜いてもらうとか、
催眠術をかけてもらうとか、
逆さ吊りにして頭から血でも抜いてもらうとか、
笑いガスを嗅がせてもらうとか、
猿の脳味噌の黒焼きを飲ませてもらうとか、
何でもいいから何とかしてもらわないといけないな、などとと心の準備をして
いるうちに発作がおさまる。じゃあ、もうしばらく様子を見ることにし、予定
通り医者は来週早々に行くということで、二度寝。
私は何事にも好き嫌いが非常にはっきりした人間なので、嫌いなことを 長く我慢すると大抵体のどこかがおかしくなる。ストレス耐性が弱いって ことなんでしょう。学科長の仕事も、無理して体壊さないように手抜きで やってた積もりなんだけど、やはり無理してたのかなあ。
本日午後はゲーテ。また一人新しい受講生が加わったそうだけど、今 日は姿を現さず。そういえばゲーテ・クラリネット奏者B氏は、1回目に顔を出 したままずっと欠席。このままではクラリネット奏者A氏・ B氏によるハイドン "Doppelkonzert für zwei Klarinetten" (2本のクラリネットのための協奏曲)競演の実現は微妙か?
夜はスポーツクラブ。深夜は少しだけ、数学。
2007年4月6日(金)
<<さしたる理由も無い>>
今日もラクト山科で買った昼食用サンドイッチと胡桃パンを持って出勤。キャ
ンパスは今日も学生が沢山居て、サークルの勧誘活動などもやってたし、応援
団か何かが金管楽器や太鼓を鳴らして大騒ぎをしていて、ちょっとしたお祭り
のようでもあった。いずれにせよ、私にとっては遠い世界の人たちである。
来週には、この遠い世界の中の何パーセントかの人たちと、教室で不幸な出会い をするのである。私が担当するクラスのうちのいくつかは、最初から誰も居 ないかも知れない。こういう時の対処法を、先日他大学の先生に教えてもらった。 黒板に「私は研究室に居る。用事があればいつでも呼べ」と大書して研究室で仕事 していれば良いのだ、と。ちょうど「伝説の講義ネタ」でこの日誌を書くのに飽 きてきた頃だし、これからはこの方法で行こうかと思う。
研究室でコソコソ昼食を取ってから、仕事に着手。科研費関係のちょっと 面倒な書類を作って提出し、来週の授業の準備をやり、学科長時代に溜まった ゴミ資料の分別をする。あれ?何でこんな資料が今頃こんな所から出て来るのか しら。事と次第によっては結構やばいかも?なんてのが出てきたところで今日 の作業は終わり。
途中事務に立ち寄ったら、またも昨日と同じ同僚教員に会ってしまい、ちょっ とした業務連絡を受ける。もっとも、(医者にそうしろと言われたわけでは ないけど)「昂ぶる自律神経系を休めるため」という理由でずっと耳栓を使っ ているので、何を言ってたか半分ぐらいしか聞き取れなかったけど。それにし ても、2日連続で会ってもぶちキレずに済んだのは、その人の人徳の故か。
あと2名の同僚教員が視界の隅をよぎったような気がするが、見なかった ことにして通りすぎる。見て、さしたる理由も無いのに(この辺が「心を病ん でいる」所以である)ぶちキレるより、見なかったことにして忘れる方が、ど う考えたって平和だ。こう見えても私は平和主義者なのである。思考は凶暴だ が立ち振る舞いはい たって温厚な積もりである。少し前までトンカチを振り回していたけどね。
それ以外には、学科長時代に処理した案件についての問合せメールが届い たが、そんな事は今の学科長に聞け!という内容の丁重なる一蹴メールを返し ておく。
本日電話は無し。あっても取らなかっただろうけど。こちらからは、何だ か発信元不明の資料が送られてきて秘密工作員による撹乱工作みたいだけど、 これはおたくの部署からのものか?との問合せ電話を一度したが。もっとも 「秘密工作員による撹乱工作」という言葉は使わなかったけど。いずれにせよ、 電話は掛けるものであって、受けるものではない。
早めに帰宅し、夜は数学。ひきつづき基本文献の読み込み。 今日はほとんど研究室に篭っていたので、何枚かCDを聴いた。 古楽器アンサンブルの トリオ・ファン-ブルッゲン・ヴァン-ヘンゲル・ヴェーンホフの 「クラリネットを伴う室内楽作品集」(アントン・エーベルル)、 カリン・ドルンブッシュの 「クラリネット現代音楽集」、 ザビーネ・マイヤー管楽アンサンブルの 「セレナード第10番 K.361 グラン・パルティータ」(モーツァルト)。
2007年4月5日(木)
<<何故かだ知らない>>
授業の準備をするために大学へ。キャンパスには、新入生ガイダンスや教科書
購入のためだろうか、学生達が沢山居た。彼らのうちの何パーセントかは嫌々
私の授業に受講登録しなければならない運命にある。そして登録者のうちのあ
る者は教室で爆睡し、またある者は試験の時だけ姿を見せ、そして例外的に目
を覚まして授業に参加した者は、「4回生になっても、この先生の卒業研究だ
けは決して選択すまい」と心に誓うのだろう。何故だか知らないけどね。など
と考えながら研究室でこそこそとサンドイッチの昼食。まだ学科長時代の習慣
が抜けない。
まずはインターネットで検索したり学内をうろついたりして資料を集め、 それから学生用計算機演習室に立て篭もって、今春からソフトが大幅に入れ替 わったというPCの使い勝手を色々調べ、授業計画を練る。その間、研究室に 居る時に電話が2回ほど鳴ったが、心を病んだ私が電話などに出るわけがない。 そういえば研究室に居る時間が短かったため、 ハンスヨルグ・シェレンベルガーのCDでC.サン=サーンズ のオーボエソナタぐらいしか聴けなかった。 それから、事務室で数理科学科同僚教員約1名と出会ってしまい、立ち話で ちょっとした打ち合わせをしたが、何とかぶちキレずに済んだ。
夕方はさっさと帰宅。夜は数学を少し。基礎的な文献を丁寧に読む。
研究ができるからこそ大学教師稼業は楽しいのだけど、例えば何らかの 理由で研究ができなくなり、学生の教育と学科長などの管理運営の仕事しか することが無くなったら、少なくとも職業生活に自己実現の場を求める理由 は無くなるな。その時は、絵を描こうと思う。
2007年4月4日(水)
<<歌を忘れたカナリア>>
今日も夕方までは自宅およびその近辺で数学などをして静養。夕方から大阪北
浜界隈に繰り出し、野暮用。夜帰宅後は、ドイツ語の宿題をやっつける。
そろそろ新学期の授業の準備をしないといけない。今年は留学する若い先 生の代理で新しい授業を担当するのだが、なかなか元気が出なくて さぼっている。長年の不幸 な歴史的経緯により「学生の教育=誰も居ない、あるいは、誰も起きていない 教室で虚空に向かって語り続ける作業」という固定概念が定着している。そし て、この馬鹿馬鹿しさと虚しさを突き抜けるには、てやんでい!矢でも鉄砲でも 沈黙でも爆睡でも持って来い!という、一種独特の気分高揚状態に自分を持って いかないといけない。
しかし精神安定剤を常用している現在、そ れは難しいのである。何で誰も居ない教室で喋ってなきゃならないんだよう! などとマトモな事を考えてしまうからだ。だいたい、マトモな事を考えてちゃ あ、学生とおじさんの相手は出来ないのである。
♪歌を忘れたカナリアは、柳のムチでしばきましょうか? ♪いえいえそれは、なりませぬ。
2007年4月3日(火)
<<キレ癖>>
午前中はまたも精神安定剤を処方してもらいに某医院へ。午後は自宅で数学。
夕方はJEUGIA三条本店のジャン=ルイ・カペツァリ氏オーボエ公開レッ
スン&ミニコンサートに出掛ける。公開レッスンの課題曲はR.シューマンの
「3つのロマンス」とC.サン=サーンズの「オーボエソナタ」。ミニコンサー
トはC.シューマンはともかくとして、ベリーニとかとかB.ブリテンとかJ.
W.カリウォダとか、私の知らない作曲家の曲がいくつか演奏された。
「3つのロマンス」は名手 ハインツ・ホリガーのCD などにも入っているが、クラリネット用にも 編曲されており、どうにも音色が好きになれないので聴かないことにしている ジルバース・ドウ・ペイエのCDや、 そういえば最近全然聴いてなかった シャロン・カムのCD や、 買って間もなくドクターストップがかかってなかなか聴く機会がない ポール・メイエのCD などにも入っている。曲の中に、王女が王子に愛 を告げる場面というのがあるらしく、カペツァリ氏が「僕が王子だったら、君 の今の演奏の仕方では、君が僕を愛しているなんて絶対に信じないよ」と生徒役の人に フランス人らしい言い方(?)で厳しい注文をつけていた。
オーボエソナタは ハンスヨルグ・シェレンベルガーのCDなどにも入っており、とても美しい曲である。カベツァリ氏によれば、この曲 は子供にお伽話を聞かせるように吹き、最後は物語を聞き終って眠り込んで しまう子供のように終らねばならないのだそうだ。
それにしても、王女が王子に愛を告げる場面だの、子供に物語を聞かせる 曲だのってのは、何処に書いてあるのかしら?楽譜にはそんなことは書いてな いだろうしね。
夜遅く上機嫌で公開レッスンから帰ると、数理科学科某同僚教員からメー ルが届いており、おもわずぶちキレ、あちこちに怒りメールを飛ばしまくる。 ひとしきり暴れ回って落ち着いてからもう一度メールを読み直すと、内容を完 璧に誤解していたことが判明。即座に「発言撤回!お詫びして訂正」メールを 飛ばしまくる。あーあっと。お前、変だぞ、どうかしてるのかって?勿論、ど うかしてるさ。どうもない人間が、毎週医者に通って精神安定剤貰うかって んだい。
学科長の1年ですっかりキレ癖がついてしまって、今や数理科学科の同僚 諸氏の誰であれ、顔を見ただけで訳も無く胸騒ぎがし、彼らが何かを言おうも のなら、たとえそれが「こんにちわ」という敬意のこもった友好的な挨拶であっ ても、「また複雑系が何か意味不明な事を言い出しよったか!」と暴発的に ぶちキレかねない状態なのである。今日の騒ぎは、そのことの一環と考える ことができよう。
来週医者に行った時には、精神安定剤の増量でも要求してみようかしら。
2007年4月2日(月)
<<47回>>
午後から出勤し、久々にディータ・クレッカーの
ハイドンと
ハンス・フィッツナー、
およびザビーネ・マイヤー管楽アンサンブルの
モーツァルトの
CDなどを聴きながら、研究室に散らかったゴミの整理など。1年分のゴミが1日
で片付くわけでもないので、切りがついたところで適当に帰宅。夜は少し数学。
今年度は、関連する論文をきちんと読んで足場を固めながら考えてゆくという
作業を、丁寧にやって行こう。
学科長会議の資料は47回分で大型キングファイルに2個半分、付属資料 も含めると優に3個分ぐらいになった。それ以外に教授会全体会議、教授会運 営委員会、研究科運営委員会、学位審議委員会なる会議も合計10数回程度あっ たような気がするけれど、会議資料(それは学科長会議のそれとほとんど同じ ものである!)はその都度処分していていたのでほとんど残っていない。
ちなみに他大学の友人達に聞いてみると、学科長会議は年間10回程度が 普通だという。逆に、Ritsは毎週学科長会議やって一体何を議論してい るのかとよく聞かれる。よろしい。この場を借りてお答えしよう。
要するに、どうでも良いような細かい案件にまでいちいち詳細な資料を作っ て会議で長々と読み上げ、その都度「よろしいでしょうか、よろしいですね」 と馬鹿丁寧に確認を繰り返せば、47回ぐらいは楽勝である。
その一方で、数理科学科を潰すだの潰さないだのといった、教育研究の根 幹に関わるような重大事項は、無限に続く瑣末で下らない議題に人々が ひきずり回されている間に、どこか知らないところで何者かによって 着々と検討が進められ、学科長会議でも教授会でもほとんど議論されず、ある 日突然ぶ厚い資料がポストに放り込まれ、それを自分で読んで1週間以内に異 論が無ければ了承されたものとみなす式に事が進む。その資料には、たとえば、 「数理科学科、潰しますけど、いいですよね」なんて事がさらりと書いてあった りする。この点では素晴らしい議事進行の効率化が実現されていると評価できよう。
くだらない資料は時間潰しにもってこいだから会議で丁寧に朗読するが、 大事な事が書かれた資料は「重要なことですから、ご自分でお読みください」 となる。大学教師は講義や出張や色々な会議に飛び回る毎日だから、1週間と いうのは異様に短い期限だが、その方がごちゃごちゃ反対意見が出なくてすむ わけである。勿論数理科学科の同僚諸君などは、1、2名の例外を除いてそん なもの鼻っから読む気がないので、たとえ3ヶ月ぐらい余裕を見て期限を設 定されても、同じことであるが。
それでも、奇特な人が1週間で必死に資料を読んで、さまざまな問題点を 発見し「よろしくない!」と吠えることもあるが、そんなことにはお構いなく 「おおむね、お認め願えたと理解する」と総括してサクサク決まっていく。
この、瑣末案件の「よろしいでしょうか、よろしいですね」連呼と重大案 件の「サクサク」強行突破の悩ましい落差というか、コントラストの妙という か、事の軽重の危うい倒錯的浮遊感というか、何かそういったものが47回と いう異様な数字に華を添えているのである。どうせなら47回分の学科長会議 の下らない議題も、どこか知らないところでサクサク処理してくれたら良かっ たのにね。
2007年4月1日(日)
<<嘘臭い言葉>>
野暮用の日曜日。夜は少しドイツ語の勉強など。
ここ1ヶ月程、精神安定剤処方の病気の関係で医者からヘッドホンで音楽 を聴くことを禁じられているため、何も音楽を聴いていない時間がずいぶん増 えた。そのかわり、これまで聴いた音楽の旋律が、ほとんど無秩序に頭の中で 渦巻いている。まるで思い出の中に生きる老人のようだ。
しかし「思い出」の中だけで収まるわけもなく、以前なら見送っていたよ うなコンサートにも出掛けるようになった。例えば、先日の学会出張中に聴い た怪しいピアノリサイタルは、普段ならその分のお金で新しいCDを1枚買 おうとしてたかも知れない。
怪しいコンサートでも、大学の下らない会議を思えば、比べものにならな い程いいものだ。第一、そこでは嘘臭い言葉が飛び交うことはない。それに、 長い間ずっと聴いてなくてほとんど忘れていたショパンの曲を思い出させてく れたし。私が大好きな曲のひとつで、ここ2,3日はその曲がよく頭の中を流れ ている。
会議が下らない理由は、言葉が嘘臭いからだ。中には平気で嘘をつく輩も 居るし、多くの人々は沈黙している時も嘘をついている。