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一部のブラウザの
た
め
の
邪
魔
な
広
告
よ け ス ペ ー ス で す。
2007年4月29・30日(日・月)
<<要石と地震鯰>>
昨日は野暮用の日曜日。夜は少し数学。先日から読んでいる論文の1箇所が分
からず。
昨夜は、病気の調子が非常に良かったので、精神安定剤を飲むのをや めてみたら、夜中から朝方にかけて久しぶりに猛烈な発作に襲われる。まるで、 鹿島大明神が 要石を外したら途端に暴れ始める地震鯰のようだ。
今朝は野暮用の傍ら、論文の疑問についてずっと考え続けたけれど、結局 わからず。発作は昼前には沈静化に向かう。午後は某所で開かれたゲー テ・クラリネット奏者氏のコンサートへ。(入念な準備で素晴らしい出来栄え だった)2月のコンサートが好評だったことが影響しているのか、主催者の予 想を上回る大入りで、小さな会場には座席が足りないぐらいに聴衆が溢れ返っ ていた。
このコンサートは急に入った仕事らしく、1週間ぐらい前に「で、 準備の方はどんな塩梅ですか?」と聞いてみたら、「全然間に合いません!玉砕です」 などと言っていた。それでも、その後かなり必死に練習したようで、蓋を開 けたら結構いい感じのコンサートだった。うーむ、プロというのは、ああでな くてはいかんな。私も頑張ろう。
夜は少し数学。今夜も精神安定剤の要石を外してみて、地震鯰が暴れるか どうか、様子を見てみる積もり。
この連休は水曜日の卒研ゼミ以外は授業もゲーテもなし。連休 明けのJEUGIA三条本店CDセレブ買い復帰、もとい、大学の会議復帰を 目指し、数学と静養に努める所存であります。
2007年4月28日(土)
<<高山さん。。。病んでますね>>
ゲーテの日。その前に、寺町三条のSbuxで簡単に昼食の後、JEUGIA
三条本店を偵察。
三
浦友理枝とかいう若いピアニストのCD をちょっと試聴したら、ぞくぞ
くした感じがしばらく止まらないぐらい美しいショパンだった。1つ1つの音
がひんやりと透き通っていて、それでいて女性の手のようにしっとり優しく柔らかい。
これは凄いなあ。いつもならこれで衝動買い決定!まいどありい!!ってこと
になるのだが、
先日買ったザビーネ・マイヤーの最新CDもまだ全然聴いてないし、病気
が治らない限りこのCDもまともに聴けないしと思うと、もうしばらくJEU
GIAに「預けて」おこうということになった。病気が治ったら買うぞ!(も
し治れば、だけどね)
そのかわり、今日のところはブラームスのクラリネッ
ト・ソナタop.120 Nr.2 の楽譜を購入し、夜、自宅PCで冷却ファンのクソ五
月蝿い騒音と一緒に
アルフレート・プリンツ版のCD を一度だけ聴きながら譜面を追ってみ
た。うろ覚えだが、第二楽章は、2年程前に見た映画Jenseits der Stille
(邦題:ビヨンド・サイレンス)で、
カール・ライスター版が使われていたよ
うに思う。カール・ライスターは勿論エーラー管を使っているが、映画の主人
公のクラリネット奏者を目指す少女は、ドイツ映画であるにもかかわらず(フ
ランス式)べーム管を使っていたのはけしからんという「マニアックな」批評
を目にしたことがある。当時はマニアックなこと言ってるなと思ったけど、
今は、そうりゃあ、
そうかもねとも思う。
ゲーテに到着したら、今日はとうとう瞬間最大おじさん率が100%にな りそうな気配。ここでは、成人男性は全て「おじさん」と分類されている ことに注意しよう。これは、おじさんもおじさん予備軍も似たようなものでは ないかという、強引な近似理論に基づく。
別にゲーテの男性受講生に対して個人的にどうのこうのという ことは全く無いのだけど、狭い教室で机をU字型に並べておじさんがひしめい て何やかんやと喋りまくる図が展開すれば、またもや学科長時代のおぞましき 会議の記憶のフラッシュバックで病気が悪化してしまう。
私は、この人は何年前にこういう場面でこういう酷い事を言 ったということを、いつまでも執念深く憶えていることが多い。 だからと言って、江戸のカタキを長崎で取ってやろうと虎視眈々と機会を窺 っているとか、そんな風に考えることは実際には稀で、単なる歴史的事実と して記憶しているだけのことがほとんどである。ただ、比較的最近の ことについては、その生々しさが風化するまでフラッシュバックに悩まされたり もする。
ともあれ、こういう風に嫌なことをいつまでも憶えている執念深さは、数学 研究に生かされているような気もする反面、逆に数学研究の足を引っ張ってい るような気もする。
おじさん率100%を恐れた私は、しばらく教室には入らず廊下をうろう ろした挙句、もう今日は帰ろうかと思っていたところ、授業が始まる直前に なってやっと女性受講生が一人現れたので、気をとりなおして教室に入る。 G先生を含めて部屋の中に最低2人女性が入れば、どうにか発作は抑えられ ることであろう、と。
私の不審な挙動の一部始終を知った謎の広告代理店社員氏は絶句し、 「高山さん。。。病んでますね」と。そうともさ、貴方は映画ビューティフ ル・マインドを見なかったのかね(実は私も見てないけど)。心の病気の一つ や二つ抱えてこそ、一人前の数学者ってもんだよ(このあたりは無茶苦茶な 意見を書いてますので、良い子の皆さんはくれぐれも真に受けることのないように)。 ここで私が大好きな詩をひとつ引用しておこう。
まつくろけの猫が二疋、
なやましいよるの屋根のうへで、
ぴんとたてた尻尾のさきから、
糸のやうなみかづきがかすんでゐる。
『おわあ、こんばんは』
『おわあ、こんばんは』
『おぎゃあ、おぎゃあ、おぎやあ』
『おわああ、ここの家の主人は病気です』
(萩原朔太郎「猫」)
夜はスポーツクラブでへとへとになる。
2007年4月27日(金)
<<千里眼は空中戦を制す>>
最近は朝方、何だか恐ろしい夢を見て神経が昂ぶって目を覚ますことが多く、
そういう時はかならずと言っても良いほど病状がよくない。一体どんな夢を見
ているのかは、起きてしまうとほとんど憶えていないのだが、私の日常生活
とはかけ離れた奇妙な場面が展開し、その中で私は無闇に興奮していることが多い。
少し前までは「高山の無意識は小川のせせらぎの如く浅い」と言われ、私 の見る夢は大抵現実に起こったことそのまんまであった。不可解な夢を見るよ うになったということは、分厚い意識の皮の内側にほんの少しだけ無意識の肉 が詰まった某社の肉まんのようなものだった私の精神構造が、意識の薄皮の内 側に無意識のこしあんがタップリ詰まった上用紅白饅頭のようなものへと輝 かしい成長を遂げ始めたことを意味するのだろうか。精神構造の成長はおおい に結構だが、それゆえに病気が治らないのは厄介だ。
ところで年寄り臭い話ではあるが、私の子供の頃、当時の子供たちは皆、 次のような意味不明な歌を歌って喜んでいたものだが、今でも歌われているの だろうか。
そーだ村の村長さんがソーダ飲んで死んだそうだ
葬式饅頭、うまかったそうだ!
この葬式饅頭なるものは当時は実際にあり、直径10センチ以上で厚さは 2,3、 センチほどの巨大な紅白饅頭だったと思う。大抵は、赤か白のどちらか 1個しか貰えなかったと思う。町内の葬式等に出た父が、よく持ち帰って 私にくれたものだ。普段は無口で酒好きの辛党の父は、 実は隠れお喋り男で甘党でもあり、一度だけ「葬式饅頭は子供の頃からの 好物だ。あれはうまい!」と言ったのをよく覚えている。
しかし、成人して以後、私はさまざまな葬式に参列してきたが、葬式饅頭 をもらったことは一度も無い。葬式饅頭は一体何処に行ってしまったのか? そしてそれは、私の精神構造が目指すべき姿を現しているというわけだ。 葬式饅頭の復権を目指す私! (何か違うような気がするな)
てな事を考えながら、ラクト山科で買ったのサンドイッチを持って、昼前 に出勤。午後一番で2回生「離散数学」、引き続き1回生「情報処理演習」。 昨日と同様、沢山の学生を相手に声を張り上げたり質問に追われたりし て神経が昂ぶるのか、授業後の病状はますます芳しくない。こんな一日を すごすようでは、ますます会議への復帰が遠のく(万歳!?)。
16時頃には家路につき、山科駅前Sbuxで少し道草。夕食後、 定期的な処置をしてもらうため、歯医者。夜はゲーテの宿題と数学を少し。
そういえば、今日は出勤時と帰宅時に同じ同僚教員と2回も会って しまった。もっとも、出勤時は遠くにその姿を発見して、(恐らく相手に気付 かれないうちに)すかさず回避策をとったので、事なきを得た。まさに 「千里眼は空中戦を制す」の世界である。
ここで年寄り臭い話をもうひとつ。私が小学校に上がるか否かの頃は、まだ日 本にも第二次世界大戦の余韻が残っていて、テレビドラマや少年漫画などにも 戦記物が少なくなかった。その中で(旧)日本軍の戦闘機パイロット達の漫画 があり、先輩が後輩に空中戦の闘い方を教える場面があったのを憶えている。 曰く、君たちは戦闘機の空中戦といえば、武士の一騎打のようにすれ違いざまに 機銃掃射するものを想像しているだろうが、それは漫画の中だけの世界 で(と漫画の中で言ってるところが面白いが)、実際そんなことをしたのでは 弾丸は当らない。敵機を撃ち落とすには相手の背後に回り込まねばならない。 そして余程パイロットの技量の差、あるいは、戦闘機の性能の差が無いかぎり、 宙返りして敵機の後ろの回りこむことは難しい。だから、何10キロ先に小さな 点のようにしか見えない敵機の機影をいち早く見つけ、相手に気付かれないう ちに背後に回りこまねばならない。遠くから接近する相手を、先に見つけた方が 空中戦を制すのだ、と。まあ、レーダー(先の大戦--- と言っても勿論、 応仁の乱のことではない! --- に従軍した私の父は「電波探知機」と呼んでい たが)が開発される以前の話ではあるが。
爾来私は、街で知人と出会うときは必ず自分から先に見つけないと 気がすまないのである。私が知らないうちに姿を見つけられ、いつの間にか 近づいていた知人に、「やあ、高山さん!」なんてやられると、 あーっ(空中戦に)負けたあ!と内心とても悔しい。
そういえば、あの饒舌なチェロで有名なロストロボービッチが 亡くなったそうだ。
2007年4月26日(木)
<<暴言と憎まれ口>>
午前中より授業3連発の日。
午前は経済・経営学部「C言語とUNIX演習」。本日受講生6名。 まったりとした平和な授業。
午後は数理科学科1回生わいわいガヤガヤの「情報処理」。今日から最終 兵器トンカチを導入します。裁判官よろしくばん!ばん!ばん!静粛に(Ruhe, bitte!)とやったら、紳士淑女の皆さんはすみやかに私語を謹んでください。 再三の警告にもかかわらず私語がやまない人には退場を命じる場合があります、 と宣言。
今日のところはこれで平和になったが、授業の後半に多少ざわついたので、 一度トンカチを打ち鳴らした。今日配布したレジュメは、やっつけ仕事の産物 ゆえ間違いが沢山あるはずだから、諸君はこれを注意深く読むようにと指示し たので、おそらくは間違い探しをして喜んでいたのであろう。そのあたりの 彼らの元気さというか茶目っけは、頼もしいな。
「情報処理」のあとは、引き続き大学院「計算機代数特論」。院生4人が 寄ってたかってこの私に確率統計を分からせる時間。途中、テキストの分かり にくさに思わずキレた私が「だから確率論って(妙に癖があって)気持ち悪い 人が多いんだ!」なる暴言を吐き、(特に確率論専攻の)学生達に袋叩きにさ れたり。それやこれやで「あー、面白かった!またやろうね」って感じで終る。
概して平和友好的ムードで一日の授業を終え、ストレスも少なかったと思っ たのだが、やはり沢山の学生を相手にして多少神経が昂ぶるとみえて、病状は 少し悪化。
病気療養のため、同僚たちには会わないようにしているが、今日は5人の 同僚にのべ8回も会ってしまった。学科長会議で毎週顔を会わせていた他学科 の同僚2名と数理科学科の同僚3名。殆どは大学の構内ですれ違っただけだが、 うち一人は昼間大学で一回すれ違い、夜、帰宅途中に京都市内某所のコンビニ の前でもう一度出くわした。
コンビニから出てある方向に歩き始めたその同僚に、そちらは貴方が毎晩 のように飲んだくれている例の酒場とは逆の方向じゃないですか?と挨拶でもしよ うかと思ったが、そんな憎まれ口が叩けるぐらい元気なら、会議に出席できる んじゃないですかと切り返されると厄介なので、会釈だけでやりすごす。確か に、暴言は吐けるけど、憎まれ口が叩けるほども元気じゃないのよね。( この 日誌では言いたい放題なんだけど。)
夜はほんの少しだけ、数学。
2007年4月25日(水)
<<自爆して終る>>
病気はまだ治らない。午前中は近所の医院で定期検査。医師に「連休中はしっ
かり休んでください」と言われ、2週間分の精神安定剤を処方してもらう。ま
あ、弱い精神安定剤と気休めみたいな薬を飲みながら、ストレスを避けて平穏
無事な毎日を送るぐらいしか治療法が無いようである。
それにしても、定期検査で変な結果が出で面倒なことにならないようにベスト を尽くさねばならないと思うと、結構緊張してしまう。このストレスがかえっ て病気の回復を遅らせているのではなかろうか。もしそうなら、真面目に医者 に通っている限り、ずうっと会議をさぼれるわけだ。これは喜ぶべきことか、 悲しむべきことか。
そんなことを考えながら、医院から帰宅。しばし野暮用の後、山科駅前S buxで軽い昼食をとってから出勤。まず、昨夜強引に完成させた「情報処理」 のレジュメを印刷に回す手続きをし、その後14時過ぎから16時過ぎまで4 回生M君の卒研ゼミ。夕方から教室会議や新任教員の歓迎会等があったそうだ が、どちらも病気を悪化させそうな行事としか思えないので当然パス。
そういえば実験系の人たちは研究室の管理運営が研究活動の一部だし、マ ネージメントだとか意見調整だとかは得意なはずだから、学科長やったぐらい では病気にならないんだろうな、とか、そういえば(旧)情報学科時代は無理 矢理持たされた研究室の管理運営が上手くいかなくて、結局研究室に閑古鳥が 啼きペンペン草が生い茂るようになり、それが元で体を壊したんだっけ、とか、 去年の今頃は「自爆テロリスト学科長だあ!」とか言って喜んでたけど、結局 私ひとりが自爆しただけで終ってしまったな、などと考えながら早めに帰宅。
帰宅後、山科区内でしばし野暮用。夜は数学。自爆しても数学はちゃんと できるんだよ。
2007年4月24日(火)
<<真実を伝える>>
山科駅前Sbuxで簡単な昼食をとった後、出勤。夕方、就職委員の仕事で
某企業の人事担当者と小一時間ほど面会。今日は製造業関連の企業。私も昔、10年ほど某メー
カーでエンジニアの真似事をしていたので、こういう話は興味深く、つい身を
乗り出して細かい事まで聞いてしまった。製造業に限らず、これからもちょく
ちょく色々な会社の人と面会できて、色々な業種の話が聞けるのかと思うと、
ちょっと楽しみである。
面会の前後は、電話線を引っこ抜いた研究室で アルフレート・プリンツのブラームス(クラリネット・ソナタ)や カリン・ドルンブッシュの クラリネット現代音楽集を聴きながら、 「情報処理」のレジュメ作 り。途中、事務の方から「(こみ入った話なので)電話連絡したい」というメー ルが来た。「電話線は引っこ抜いてあります」とか 「私は病気だから電話には出られないのです」とか、真実を伝えたところで 話がややこしくなるだけなので、その件はあえて触れずに強引にメールで用件 を済ませる。
夕方に教授会もあったらしいが、教授会も学科長会議も去年一年間に嫌と いうほど沢山出席して病気にまでなったんだし、もういいじゃないか、と欠席。
21時前、レジュメ作成作業を強引に完成させる。明日印刷に回すことにしよう。 22時過ぎに帰宅。
2007年4月23日(月)
<<もう、どうにでもして!>>
ラクト山科でサンドイッチの昼食を買い、山科駅前Sbuxでしばし潜伏の
後、出勤。研究室で昼食。その後、久々に
アルフレート・プリンツのブラームス(クラリネット・ソナタ)や
リチャード・ストルツマンのフィンツィー(5つのバガテル他)を聴きながら、
「情報処理」のレジュメ作り作業。あともう1、2日で完成しそう。17時過ぎに
作業を切り上げ、19時過ぎに帰宅。夜は数学など。
私はコンパクトCDディスクマンと先日買ったiPod以外のまともなオーディ オ機器を持っていない。PCのスピーカでCDを聴くと、クソ五月蝿い冷却ファ ンの機械音と一緒に音楽を聴かねばならない。ヘッドホンを使えば良いのだが、 それはまだ医者に止められている。聴きなれたCDならともかくとして、例え ば 先日買ったザビーネ・マイヤの最新CD などは、少なくとも最初ぐらいはちゃんとした音で聴きたい ので、まだ一度も聴かずに、病気が治った時までとってある。
このCDはドヴィエンヌ、サン=サ−ンズ、プーランク、ミョーの曲を扱っ ており、ドイツ人のザビーネ・マイヤーがフランス音楽をどう演奏するのか、 早く聴いてみたいものだ。そして、私が大学のロクでもない会議に復帰するの は、このCDが聴けるようになってからになることだろう。早く病気を治して CDを聴いてみたいし、でも、会議はずっとさぼっていたい。この引き裂かれ た私、もうどうにでもしてー♪
ドヴィエンヌといえば、国立研究所時代にそういう名前のフランス人 計算機科学者が客員研究員として数ヶ月滞在していた。ある日某研究会に 一緒に出かけた時、彼が「腹へった(I'm hungry)」と言った。フランス人 なので"h"の音が発音できずI'm angry. に聞こえるので、昼時なのを分か っていながら、ほー、お前、何怒ってんだよー(What are you angry about?) とか何とか言って(すぐには) レストランに案内してやらなかったことがある。嗚呼、私って、あの頃 からそうだったんだけど、心は美しいはず(!)なのに性格は無茶苦茶 悪いんだよね。
2007年4月22日(日)
<<鳴門の渦潮>>
野暮用の日曜日。夜は少し数学。
野暮用の傍ら、クラシック音楽情報誌「ぶらあぼ」(電子版はこちら)5月号をぱらぱらと眺めていた ら、この秋メゾソプラノの白井光子さまが、ご主人でピアノ伴奏のハルトムート・ ヘル氏と一緒にドイツから来日されるとの記事を見つけた。ドイツ・リートの名手であられ、 私も シューベルト歌曲集 とか シューマン歌曲集などのCDを持っております。東京近辺のコンサー ト情報しか出てないようですが、関西にはお越しにならないのかしら。 光子さまは2年前の秋に京都コンサートホールでマーラー「大地の歌」(例えば このCD) を歌われ、その素晴らしい歌声ゆえに感動の鳴門渦潮に突き 落とされた私は、その数ヶ月後にゲーテ・クラリネット奏者氏の穏やかで深み のあるクラリネットの音色によって我に返るまでの間、疾風怒涛の精神世界を 帆の無い小舟の如く彷徨っていたのでございます。
で、白井光子さまの話になると、いきなり口調が変わるのは何故かって?何で でしょうね。
2007年4月21日(土)
<<白熱灯を点す>>
ゲーゲの日。「高山さん、今日はおじさん率が下がって良かったですね」と謎
の広告代理店社員氏。「あ、そのWeb日誌、私も見ましたよ」と謎の地方公
務員氏。その会話を聞いてるのか聞いてないのか、目を白黒させてたクラリネ
ット奏者氏。そこで問題。この3人のうち、おじさんは何人居るでしょう?
ここで私は、「(ある種の)男は年を取ると何やかんやわけの わからん事をべらべら喋るようになって五月蝿いものだ」という 自説を開陳し、その具体例として何人かの名前を挙げたのだが、 広告代理店社員氏は、「そういう貴方も五月蝿いおっちゃんなん とちゃうの?」と言いたげだったような。。。ま、そうなんですけどね。 でも、私はおじさんになるずっと前からお喋りだったんですけど。
これはゲーテの帰り道に携帯電話で撮った、河原町通りの何ということはない風景写真。
古いビルを少し改装して作った店のようで、玄関の所だけ
取ってつけたような白い壁が意外と洒落た雰囲気を出しているのが面白い。
これが何の店だかは、知らない。
窓から温か味のある白熱灯の灯りが見えているところが、私のお気に入りである。
私はよく手入れされた古いビルの1階の白熱灯を点した店というものに滅 法弱い。ヨーロッパの街では当たり前のようによく見掛け、特に北中部ヨー ロッパでは雨の日が多いので、そういう鬱陶しい昼間は白熱灯がよく映える。 しかし日本では蛍光灯の方が好んで使われるので、こういった店構えは比較的 少ないように思える。
そういえば、20年前にアメリカに出張した時、シカゴの街を歩いていて
ふとそういう感じの店を見つけ、後先考えず思わず入ったら建築関係の書籍を
扱う店だった。そういうところが、いかにもシカゴらしい。その店でフランク・
ロイド・ライトの建築の本を1冊買った。フランク・ロイド・ライトの名前は
サイモン&ガーファンクルの歌で中学生の頃から知ってたが、歌詞もそれだけ
読んでも何言ってんだかよくわかないものだし、建築家の名前だってことを
シカゴ出張のときに初めて知ったのである。
その後、仕事の関係でヨーロッパと
の関係の方が深くなったり、アメリカ嫌いになったりして、アメリカには一度
も行ってない。
2007年4月20日(金)
<<お化けのポスト>>
山科駅前Sbuxでコーヒーだけひっかけて、出勤。12時半より「離散数学」
(数理科学科2回生対象の講義)。「高校数学の題材を大学数学の観点から見
直し、数学研究の現場の雰囲気を垣間見る!」という、ほとんど大法螺にも近
い大胆素敵な触れ込みも賑々しい、高山節炸裂の講座。しかし2週目の今日も、
まだ中学数学の題材から抜け出せない。ま、いいんだけどね。
引き続き「情報処理演習」(数理科学科1回生対象のコンピュータ実習)。 昨日の「情報処理」の授業のわいわいガヤガヤの半分が私のクラスで、残りの 半分が隣のクラス。ま、演習の時間にわいわいガヤガヤは大いに結構なんだけ ど。
しかし、演習の授業は臨機応援にやらないといけないので、時に思わず緊 張してしまうこともある。学生のためというよりも自分のために、なるべく肩 の力を抜いてリラックスムードで授業をするようにしているのだが、やはり緊 張すると病状が少し悪化するみたいだ。
あー、またちょっと病気の具合が悪くなってきたなと思いながら、15時 40分に授業終了。研究室に戻って、先日来やっている「情報処理」のレジュ メ作りにせっせと励む。本当は3月中にできてないといけないレジュメを泥縄 式に今作るという、自転車操業。何とか連休明けまでに完成させ、 印刷に回さないと色々面倒なことになりそう。
途中何者かが研究室のドアを何度もノックしたようだが、心の病に罹り人 知れず療養生活を送る私としては、会議には出ない、数学教室の同僚には会わ ない、電話には出ない(研究室の電話線は引っこ抜いたまま)、ノックして も決してドアを開けない、メール以外には応答しないという方針に変わりは 無い。しかし、ドアのところに用件を書いた紙を張っておけば、多くの場合 いつの間にか適切に処理される。 これってまるで、ゲゲゲの鬼太郎のお化けのポストみたいだな。
♪からーん、ころーん、からん、ころん、からん
♪からーん、ころーん、からん、ころん、からん
♪お、化、けーのポストにぃー、て、が、みーを入いーれりゃあー
♪どこかで鬼太郎のぉー、下、駄、の、お、とぉー
お化けのポストをご存知だろうか。それは或る古びた橋の下に設置されて る、人間が妖怪界と連絡を取るための唯一の窓口である。妖怪変化関連 の困り事があった時、相談したい旨の手紙を書いて入れておくと、どこからと もなくゲゲゲの鬼太郎が目玉の父さんと一緒に現れて問題を解決してくれて、 またどこか遠くの妖怪界に帰っていくのである。
19時過ぎには帰宅。夜は少し数学。
2007年4月19日(木)
<<人気爆発>>
午前中は「C言語とUNIX演習」(文系のコンピュータの演習)。また一人
学生が増えて、受講者9名。受講生が2名以下だった昨年度までのことを思う
と、今や人気爆発の講座である。TAは居ないけど、頑張っちゃいますよ。
午後は「情報処理」(数理科学科1回生対象の講義)。100名近い学生 が、わいわいガヤガヤと工学部の数学の授業のような騒ぎ方をしている。ここで もし、「五月蝿い!いつまで騒いでいる積もりだ?ばか者どもめが!」と雷を落と せば、今度は魔法がかかったように教室の後ろに固まって爆睡状態に陥るか、 教室に誰も居なくなってしまうかのどちらかになってしまうで あろうことは、経験的によく知ら れている。生き物相手の商売というのは、難しいものだ。
講義の後、一人の真面目そうな学生が目を釣り上げて詰め寄ってきて、こ の教室に溢れ返って騒いでいる子供たちを何とかして欲しいという。そして、 「先生、この騒々しさは気になりませんか?」と。何を言うか。学生が教室で 騒ぐの、寝るの、居ないのをいちいち気にしてたら大学教師なんて務まる訳な いじゃんと思い、自信と誇りに満ちた笑みをたたえつつ、「え?別に気になり ませんけど、何か?」と。でも、まあ、何とか対応を考えましょう。効果の程 はわからないけどね。
引き続き「計算機代数特論」(大学院向けの代数の講義)。本来は代数の 講座だけど、今年は確率論の院生ばかりで代数の院生が居ないということで、 テーマは確率統計および数理ファイナンス。受講生に確率統計のテキストを読 ませて発表させ、私はそれを聞いて勉強するというスタイル。昔から、いちど 確率統計をちゃんと勉強してみたいと思っていたので、いい機会だと思う。
16時前に研究室に戻り、生協での夕食をはさんで、わいわいガヤガヤの 「情報処理」の講義の準備を21時前頃まで。帰宅は22時過ぎ。
2007年4月18日(水)
<<幸福感に浸れる薬>>
午前中は近所の医院へ。定期検査をしてもらい、また精神安定剤を処方される。
最近は精神安定剤に慣れてしまって、飲んでも別に眠くならない(精神安定剤
の耐性菌って。。。無いよね、勿論)。最初の頃は、空き腹に焼酎を一杯ぐっ
と飲み干した30分後のような、何ともいえない酩酊感がたまらず、ヘッドホ
ンで音楽を聴くのを禁じられるのは辛いが、死ぬ心配は無いし、数学研究に重大な
差し障りがあるわけでもないし、病気を口実に会議はさぼれるし、飲めば幸福
感に浸れる薬は貰えるし、いい病気だなあと思ってたのだが。
どうしても出なければならない会議(なんてものは実は無いけれど)の前 にこの薬を飲めば、会議中に暴れ出してしまうこともあるまいと思っていたが、 今ではもっと強い薬を貰わないと効かなくなっているというわけだ。もっとも 医者としては、私が会議で暴れないようにするために処方してい るわけでも無いそうなので、当面はより強い薬に変える積もりなないようだ。
医院から帰り、自宅でしばし野暮用の後、山科駅前Sbuxで簡単な昼食 をとってから出勤。14時過ぎから16時過ぎまで、4回生M君の卒研ゼミ。 その後、研究室で19時過ぎまで授業の準備や事務的な雑用。その辺で適当に 夕食を取ったりスーパーで買い物をしたりして、21時過ぎに帰宅。夜は、科 研費関連の書類を書いてメールで送る。その後、ゲーテの宿題を少し眺める。
2007年4月17日(火)
<<大学ランキング>>
午前は自宅で野暮用とすこし数学。山科駅前Sbuxで簡単な昼食の後、講義
の準備のために出勤。講義の内容があまりにも私の専門や研究内容とかけ離れ
ているため、研究は自宅で講義の準備は大学でという風に物理的に区別して気
分転換を図っている積もり。
私が東京で会社員してた頃から知っている某オーボエ奏者氏は、生活の糧 をおもに某学会事務局の事務長として得ているそうだ。週何回かは事務所に通 い、それ以外は演奏活動に励んでいるようである。今準備している講義の内容 と私の研究分野が、学会事務とオーボエぐらい違うかどうかは微妙だけど、よ くサラリーマンが「自宅に仕事を持ち帰らない」とか言うのと同じ感覚だと思 えば腑に落ちる。
研究室は電話線を引っこ抜いてあるから、静かだ。電話はこちらから掛け る時だけ線を繋げばよいというのは、ちょっとしたアイディアではあるけれど 素晴らしい発見だな。昨日と同じような時刻に作業を切り上げ、家路に着く。
帰宅途中に「2008年度版大学ランキング」(朝日新聞社)を購入。夜 はしばしそれを眺めた後、数学を少し。前にこの手の本を買ったのは10年近 く昔になるが、あれから色々な大学が新設されたり、名称変更されたり、潰れ たりしているから、最近はどんな大学が有るのか調べるには便利である。それ 以外にも、大学幹部らの話を聞いたり学会に顔を出してあちこちの大学の噂話 をそれとなく聞いているだけではなかなか分からない、最近の大学業界の様子 を知るには便利かと。
しかし、 学科長会議の頻度ランキングとか、 教室に行っても受講生が誰も居ない「伝説の講義」の 教員一人あたりの講座数ランキングとか、 工学部の数学の授業での学生の爆睡率ランキングとか、 学科長任期後の心の病罹患率ランキングとか、 大学が訴えられている労働争議の訴訟数ランキングとか、 私が本当に知りたいランキングは出てないな。
2007年4月16日(月)
<<電話線をひっこ抜く>>
午前中は自宅で野暮用。研究室で講義の準備をするために、昼過ぎに大学に出
勤。事務から「おめでとうございます!」と科研費採択を知らせるメールが届
いていた。何だか福引か宝くじに当ったような言い方だし、まあ、似たような
ものかも知れないけど、私なりに色々勉強して苦心して書いた研究計画書がと
りあえず認められた、あるいは、少なくとも却下はされなかったといわけだか
ら、喜ばしいことだ。これからも研究の方を頑張ってやっていこうと
少し元気が出てきたところで、講義準備作業を開始。
途中電話。いつまでもいつまでもベルが鳴り続けて五月蝿い。この執拗さ は大学教師の生態を知らない学外の人間の仕業であろう。私も会社員時代、大 学に電話を掛けても教授たちが捕まらないことが不思議でならなかった。兎に 角、ベルが鳴り続けて五月蝿くて仕事にならないので、電話線をひっこ抜いて やる。これでもう大丈夫だと仕事を続行。
夕方、作業を切り上げて帰宅。夜は少し数学。