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な

広

告

よ け ス ペ ー ス で す。

2007年8月25日(土)
<<ロクでもない人間>>
午後は山科駅に明日の富山行きの特急列車の指定券を買いに行ったり、やはり 出張に時計が無いと不便だろうということで、四条あたりに繰り出して、今修 理に出しているものとは別に新たに腕時計を調達したり。それ以外は自宅や街 を彷徨いながら、数学。今日は以前読んであまりよく分からなかった論文を読 み直す。夜は出張の荷造りなどの準備。

さて、一昨日に書いた、若き日の二人相部屋の苦い思い出の続き。そのシ ンポジウムは当時もそう思ったし、今思い返しても色々な意味で変なシンポジ ウムだったが、「気に入りませんね」オジサン以外にも「けしからん!」オジ サンが居たのには、ほとほと閉口した。

その初老の男は、私の研究発表の後の質疑応答の時間にちょっと変なから み方をしてきたかと思うと、その後は私が何を言っても「けしからん!けしか らん!」の一点張り。翌日も翌々日も会場で顔を合わせると「けしからん、け しからん」とブツブツ言っていた。後で分かったことだが、その男が若い頃に 少しやりかけて断念した研究を、数十年後に私が本格的にやろうとしていた事 が気に食わなかったらしい。これがその分野では一応名が通った、そして少な くとも当時はある学会で重鎮の一人のような顔をしてそのシンポジウムを指揮っ たり専門書を何冊も書いていた、某大学有名教授(当時)の言動である。

そういえば、「エライ先生」たちの中には色々な人がいる。 酒を飲んでは有名大学教授たちを名指しでこきおろして自分の偉さを間接 的に誇示してみたり、 学生時代から抜群の優等生で順調な研究生活を送ってきた自慢話に飽き足らず、 不器用で苦労していた同級生達を小馬鹿にしたような言葉まで随所にちりばめ た「若き数学者への手紙」を出版してみたり、 自分の言動のみみっちさに恥じ入ることもなく、駆け出しの若造に対して「け しからん!」と無意味に怒り狂ってみたり「気に入らない」と底意地の悪い 言葉を浴びせてみたり。

「自分はエライ」と思っているオジサンにロクでもないのが多いのは、成 金にロクでもないのが多いのと同じ原理であろうかと思う。人は短期間に大金 を得ることによってロクでもなくなるわけではない。大抵の人間は元々ロクで もないのだ。ロクでもない人間が突然大金を手にして、どうしてよいかわから ずロクでもない使い方をして目立ってしまうだけである。同じように、「エラく」 なることが人をロクでもなくするわけではない。学者・研究者だからと言って 聖人君子でなければならない理由などなく、そのほとんどはごく普通の俗物で ある。どうってこともない普通の学者でいれば、「(ちょっと変わってるかも しれないけど)いい人」として平穏に人生を終えることができるかも知れない。 しかし、たまたま何かの才能に特別恵まれていたり、才能に恵まれた人のフリ をするのが上手だったりすると、(特に同業者から)身に余る敬意や励ましを 得る。それをどうさばけば良いかわからないから、自慢したり誰かを小馬鹿に したり意地悪したりと、ロクでもないことをしてしまうのであろう。権力はそ れを持つ者の愚かさを残酷なまでに暴き出すものだ。そしてその愚かさは、 誰もが持ち合わせているものと大した違いはない。

明日から富山出張。次回更新は9月1日深夜以降。

2007年8月24日(金)
<<秘密を垣間見る>>
昨日の夜大学から不吉なメールが届き、そんなアホなという返事を返しておい たのだが、その後の経緯が気になって早起き。今日もまた睡眠不足。9時半頃 に事務から「当方の勘違いでした。すみません」との連絡メール。やれやれ、 勘違いでないとすると、ちょっと厄介なことになるところだった。

それから午前中は、炎天下の山科区内を麦藁帽子に悪太郎サングラス姿で 自転車で走り回り、色々野暮用。午後は京大数理研図書室へ。この図書室には とても座り心地の良いソファーがあって、そこで本を読んでいるうちに30分 程気を失う。ああ、眠い。17時に閉館するので、例によってJEUGIA三 条本店道草経由で帰宅。

JEUGIAではベートーヴェンのピアノとチェロのためのソナタの楽譜 を見つけて、少し立ち読み。恐ろしく分厚い。1cmぐらいあるだろうか。そ れに、ピアノのパートの楽譜の並び方がかなり特徴的だ。「へえー、あのピア ノの音はこういう楽譜の並び方を意味するのか」と、何だか世界の秘密を垣間 見たような気持ちになる。

やはり眠いので、夜は数学はせずに 「むきだしの感性」を聴きながら「極道ネコ物語」を少し読んで 寝る積もり。

2007年8月23日(木)
<<覚悟の相部屋>>
昨日の睡眠不足のせいか、昨夜は寝床に入ってから「極道ネコ物語」を読む間 も無く睡魔に襲われ気を失う。今朝は10時間ぐらい寝てもまだ眠く、ゆっく り起きて久しぶりに出勤し、夕方まで色々な雑用を片付ける。途中、大学の建 物の中で緑のバットを振り回す怪しい狸のような生き物を見たような気がする のだが。。。ま、気のせいでしょう。夜も、この週末からの富山出張の準備な ど。

富山出張は厳しい旅になりそうで、無事帰ってこれるかどうか心配である。 それは、宿泊施設の関係で2人相部屋になりそうだからである。数年前、富山 で別のシンポジウムがあって、その時は宿泊施設に到着してから初めて2人相 部屋と知らされて、目の前が真っ暗になったものである。しかし今度は覚悟の 相部屋。

どうせ相部屋なら2人部屋よりも6人部屋ぐらいの方が気が紛れて良いか も知れない。おい、こいつもう寝てしまってるよ。いい気なもんだ。それに大 きな鼾かきよって、、、どうしてくれようか。よし、五月蝿いから布団ごと廊 下に放り出してしまおうぜ。お前そっち持て、俺はこっち持つから。よいしょっ と。こいつ意外と重いなあ。さあて、もう一杯飲んでから寝ようぜ。入り口に ちゃんと鍵掛けたか。廊下で奴が目を覚まして戻って来たら厄介だしな。って な感じでわいわいやるのである。しかし、そんな調子で楽しめるのは若い時だ けで、いいオジサン達はそういうことはしない。何故だか知らないけど。結局 オジサン2人でもむさ苦しいのに、オジサン6人になるとむさ苦しさが3の二 乗倍ぐらいに酷くなるのがオチかもしれない。

まだ20代の頃、あるシンポジウムで50代ぐらいのオジサンと二人部屋 になって往生した。そのオジサンは某大手電機メーカの研究所のちょっと有名 だった研究者で、私に所属研究機関と研究内容を色々聞いた挙句、「うーむ。 気に入りませんね。そんな研究をしているぐらいなら、自分の会社のコンパイ ラの見直しでもしてたらどうですか」と宣わり、その1、2分後にまだ宵の口 であるにもかかわらず、風呂にも入らずに糞五月蝿い往復鼾をかいて寝てしまっ たのである。おそらく狸寝入りだったのだろう。これには完全にキレた。

「コンパイラの見直し」が研究テーマとしてどうかという専門的な話はお くとして、当時私は某計算機メーカーから国立研究所に出向し、ある国家プロ ジェクトの研究開発に従事していたので、「自分の会社のコンパイラの見直し」 などやってはいけない身分だったし、彼がその事を知らないはずはないのであ る。さらに私は上司でも指導教官でも何でもない彼に気に入られるために仕事 をしている訳でもないし、そんな義理もない。「気に入りませんね」などとい う単なる個人的意見でしかないものを、部下でも何でも無い人間に語り、暗に 俺の気に入るようにしろと要求する傲慢さは、この人に限らず広い範囲のオジ サン集団に見出され、私の調査では少なくとも公衆の面前で鼻糞をほじくるオ ジサンよりも多い。また、私に反論の余地を与えないままに狸寝入りを決め込 む狡猾さや老獪さは、下らない人生を歩んできたオジサンに特徴的に備わる属 性であり、少なくとも自分の鼻糞を食べるオジサンよりも遥かに多く見出され る。

つまりこの発言は、陰険、傲慢、自己中、狡猾、老獪、不潔、狭量、 不寛容という、中年男の厭らしさの全てが詰まっている記念すべき名言であ り、私のオジサン嫌いの原点はここにあるのではないかとも思う。 その意味では、私は2人相部屋で人生のあるべき姿、あるいは、 あってはならない姿を学ぶことができたのかも知れないし、2人相部屋 アレルギーもこの頃に始まったのかも知れない。

今度の2人部屋の相手はオジサンとは限らず、かつての私のようなオジサン の予備軍かも知れない。では私はどんな人生を、まだ見ぬ彼に教えてしまうこ とになるのだろうか。

ところで、小谷野敦氏の8月23日にブログで、森まゆみ氏が「おひとり さまの老後」(上野千鶴子)に対する書評として私と同じような意見を書いて いることを知った。さらに小谷野氏は、「そうだよね。でも上野さんって、昔 からこういう人」と森氏に同調している。ああ、何だか仲間が出来たみたいな 気分。

2007年8月22日(水)
<<鰻蒲焼行脚>>
昨夜は何だか寝苦しく、その勢いで早起き。ちょっと厄介な交渉ごとを行うた めに、午前中に京都を発ち、夜9時頃帰宅。お土産は三重県の鰻蒲焼。今日は 新規鰻屋を開拓。

私は江戸前や京都風の蒸してぼろぼろに柔らかくしてちょっとだけ焼き目 をつけたような蒲焼はあまり好きでなく、開いてそのまま炭火で焼いた、表面 が香ばしくカりっとした蒲焼が好きなので、わざわざ三重県で調達している。 でも大阪も同じ焼き方をするらしいから、今度は大阪の鰻屋を開拓しようかし ら。

ところで、交渉ごとというのは、互いに正しい論理を展開して主張しあう だけならいいけれど、数学と違って論理以外の要素が色々入ってくるから厄介 である。では数学のように、純粋に論理だけで議論するのが好きかというと、 完璧な論理で論破された時は反論ができずに悔しいので、やはりそんなに好き でもない。

近鉄電車の中では、3ページ論文関連プロジェクトに関係しそうな論文を 少し眺めたりもしたが、昨夜の寝不足のためほとんど居眠りしてすごす。 夜は 「むきだしの感性」を聴いてしんみりしたり、 久しぶりに「極道ネコ物語」を読んでドイツ語の勉強をしてみたり(の予定)。

2007年8月21日(火)
<<論文を書きたくない数学者>>
午前中は自宅で野暮用。予想以上に時間を食い、京大数理研図書室に突撃でき たのは14時半近く。「手の込んだ校正」のチェック作業。帰宅後は、旧版と 新版の修正対応表の作成作業。こんな膨大な対応表になるとは。。。今までの 手抜きのツケがこんなところに現れたのか。

「論文を書きたくない数学者」と「論文が書けない数学者」は似て非なる ものである。前者は次から次へと創造的なアイディアが湧いて出てきて、新し い発見に夢中になっていて、 そして、--- ここが大事なところなのだが --- 実際に新しい発見が次々に出来る数学者のことである。論文を書くことは、発見済み の結果を纏めて他人に分からせる作業で、それ自体には創造的な部分は少なく、 そんなことに時間を「浪費」するよりも、次の発見に時間と労力を費やす方が はるかに有意義だと彼らは考える。そして多くの場合彼らは、「論文を書きた くないわけでもない」タイプの優秀な共同研究者を見つけて、「発見の残務整 理」を任せたりするようである。ま、いずれにせよ私にとっては雲の上の話。

「論文が書けない数学者」とは、勿論、論文に纏められるような発見から 長らく遠ざかっている数学者のことをいう。「論文が書けない数学者」に限り なく近い私も、たまに論文を書く時は、面倒臭いなあ、こんな論文書いてどこ かの学術雑誌に投稿しても、スパム扱いされたり、あるいは色々難癖をつけれ られてタライ回しにされたりするんだろうな、こんな事しているよりも新しい 問題を考えている方が楽しいんだけどなあというような事を考える。その意味 では表面的ではあるけど「論文を書きたくない数学者」の気持ちをなぞってい るし、その一方で日々新しい問題を追いかけていれば、それが徒労に終りそう なことが明らかになるまでの短い間だけは(!)自分があたかも彼らと同じ 人種であるかのような夢を見て過ごせるのである。

2007年8月20日(月)
<<進展なし>>
昼から京大数理研図書室に突撃。勢いをつけて論文の修正作業にとりかかる。 今回は「手の込んだ校正」といった内容なので気分的には楽である。内容的な 修正も少しあったが、大したものではないことが判明。今日の数理研では解析 関係の研究集会が行われていたとみえて、帰りのバスにはいかにもそれらしい 雰囲気の業界人が数名乗り合わせていた。今日は諸般の事情により、京都駅経 由でJRで山科駅を回って帰宅。夜も引き続き校正作業。今日で大体終ったけ ど、明日もう一度チェックする予定。それやこれやの前後の暇々には、例の3 ページ論文解読作業の最後の難関について色々考えてみたけれど、全く進展な し。

2007年8月19日(日)
<<むきだしの感性>>
のんびりできる週末最後の日。さて今日は何して遊ぼうかなと寝惚けてブラン チを取っていたら、ふと、いつもの野暮用の日曜日であることに変わりない事 を思い出した。ということで、午後は山科区内で野暮用。野暮用をしながら3 ページ論文攻略のための最後の3問を考える。結局、昨日少し進展のあった問 題は今日は進展せず、昨日手付かずだった残りの2問が解決。今日中に全部片 付けたかったなあ。

それ以外に今日は、昨日買った ベートーヴェンのピアノとチェロのための作品集・CD2枚組(Ivan König, Herwig Tachezi)を一通り聴き終えた。 ベートーヴェンのこの曲を聴くのは初めてなので、このCDの場合、果たして ベートーヴェンが偉いのか演奏者が偉いのか、どちらか分からないけど、聴い ていて思わずゾクゾクしてくるような物凄い演奏である。私は、一般にCDの 帯に書かれている解説文は、営業目的の美辞麗句であって、あまりアテになら ないと思っている。しかしこのCDの場合、「随所に潜んでいる古楽奏法的解 釈」と「完璧なコントロールと引き締まった美音」のチェロと、それに対して「むきだ しの感性をぶつけあ」おうとするピアノとの間で「丁々発止」が繰り広げられ、 それでいて「全く崩れない構成感」があるというは全く同感。特にピアノの「むきだし の感性」というのは、本当にそんな感じだなと思う。

ただ、私はチェロの「古 楽奏法的解釈」というのは実のところあまりよく知らなくて、トリオ・ファン-ブルッゲン・ヴァン-ヘンゲル・ヴェー ンホフの古楽器のCDのことを思い出して、この部分がそうなのかなあと 想像しているだけである。通奏低音とか言うそうだが、何か地を這うような 低音をぶおおおおおおんと響かせるように弾くのがそれじゃないかと思ってい るんだけど。

2007年8月18日(土)
<<頭の中で言っただけ>>
この週末はのんびりして、来週から論文の修正作業や色々な仕事に着手しよう。 朝、新聞を眺めていたら、以前ゲーテでクラスメイトだった某大学生がその大 学の広告に出ていた。まあ、そういう事はよくある。2,3年前だったか、新 聞の1面全体に以前の教え子がデカデカと出ていたので何事かと思ったら、某 学習塾の広告だったし。

それはともかくとして、今日明日はのんびりだ。と、いうことで、まずは 自宅にてハーツホーンより難しいような難しくないような、昨日とは別の代数 幾何学の教科書の関連部分数ページを読み、その後、山科駅前Sbux,三条 河原町界隈、そして夜はスポーツクラブを適宜移動および徘徊しながら、3ペー ジ論文解読作業最後の難関3箇所に挑む。1箇所について進展があったが、 もう一息のところがどうにもならない。残る2箇所は相変わらず闇の中。完全 に理解できないと、たぶんその後のプロジェクトで足をすくわれる、はず。

河原町三条の路上で以前ゲーテに居た通称「塾屋」が居た。「やあ、** *(塾屋の本名)さん!」と声を掛けながら、信号待ちの雑踏の中、塾屋の面 前70cmぐらいのところを通りすぎたのだが、信号と連れの人に気をとられ てか、私に全く気付かない様子だった。後で考えてみたら、「やあ、*** さん!」は頭の中で言ってただけだった。それに2,3年ぶりの再会で次は何時 会えるかわからない人に、やあ!と言うだけで通り過ぎるのも、我ながらちょっ と異様だ。まあ、そういう事はよくある。特に数学を考えながら歩いている時は。

あと、JEUGIA三条本店では久しぶりにCDを買った。 ベートーヴェンのピアノとチェロのための作品集・CD2枚組(Ivan König, Herwig Tachezi). Herwig Tacheziは古楽器チェロ奏者らし いけど、今回は現代チェロで演奏したとのこと。まだ全部は聴いてないけど、 Ivan Königのピアノも綺麗だ。ベートーヴェンのピアノの曲は、ショパン やシューベルトやモーッアルトともずいぶん違ってて、力強い躍動感とともに、 若葉に静かに水滴が滴り落ちるようなしっとりとした感じの音が多く使われる ようである。だから、そんな音が出せるピアニストだと、ちょっと期待が持て る。

内田光子のベートーヴェンのピアノ曲のCDもちょっと迷ったけれど、上 の2枚組みCDで散財してしまったので、結局今日も見送り。CDのジャケッ トの写真を見ながら、誰かに似ているなと思ったら、先学期のゲーテでクラス メイトだった人だ。この人もクラシック音楽ファンらしいけど、例によって名 前を覚えていない。もしかして、内田光子本人だったりして。彼女は同じ山科 に住んでいて、今でも時々三条通りドラッグストア・ユタカ近辺だの外環状線 西友近辺の路上で見掛ける。たぶん内田光子とは別人なんだろうけど、でもも しかして日本に居て仕事してない時は別人のように見えるだけなのかも知れな いし。「こんにちは。ところで、貴女、内田光子さんでしたよね」とボケをか ますフリをして確認するわけにもいかないし。まあ、内田光子は山科には住ん でないか。

2007年8月17日(金)
<<もう少しのんびりする>>
京都に住んでいると、五山送り火で夏が終ったような感じがする。そして夏が 終ると、何故か途端に気ぜわしくなってくる。午前中には、8月末の富山県出 張関連のメールが届き、夜はRits関係者から大学の仕事関連のメールが届 いた。そういえば7月に論文レビューの仕事を頼まれたことも思い出した。期 限は決まっていないけど、いつまでも放置するわけにもいかないし。それに昨 日届いた「論文を直して再提出せよ」メールも、詳しく内容を見てみると結構 根を詰めた作業しないといけないようだ。でも、もうちょっとのんびりしてよ う。

のんびりするのにも結構切羽詰ってしまうところが情けない。本当は毎朝、 あーっ、今日は何しようかなーっとしばらく迷ってから、数学をやったり、ド イツ語の勉強をしてみたり、「ポアンカレ予想を解いた数学者」などの一般書 を読んでみたり、どこかに遊びに行ったりと、気ままに過ごして、あー、これ で今日も一日暇が潰れたと心安らかに眠ってみたいものだのだが。それができ ない理由は、要するに数学研究ってのは無限に時間を食うから。別の言い方を すれば、一日やってても飽きないから、である。

本日午後は京大数理研図書室へ。代数幾何学のハーツホーンより難しい教 科書の関連部分に読み耽ってみたものの、よくわからず。しかしそれがきっか けとなって、例の3ページ論文関連プロジェクトの計算が少しだけ進展。その 後、JEUGIA三条本店道草経由で帰宅。

そういえば最近、とんとCDを買っていない。今まで買ったCDをiPodに 入れ始めたら、膨大な量になっていることがわかったことが理由のひとつ。

2007年8月16日(木)
<<街に漂い慣れていない>>
猛暑は続いているそうだ。2,3年前に健康診断の校医に不吉な事を言われて 奮起してダイエットに成功した私は、アスファルトの照り返しが激しい昼間の 炎天下を日傘を差しながら歩いていても、太っていた頃に比べてそれほど暑さ が苦にはならない。

でも暑いことには違いなく、家ではエアコンに頼る生活であることには違 いない。お休みタイマーに設定してエアコンをかけて寝ているのだが、これが 微妙に寒過ぎたり暑過ぎたりで塩梅が悪く、寝付いてから3,4時間すると目 を覚ましてしまう。目を覚ませば、現在解読中の例の3ページ論文の謎の部分 を何となく考えてしまったりして、なかなか寝付けず、あっちに寝返りを打ち こっちに寝返りを打ちと、寝るポーズが決まらないでいるうちにトイレに行き たくなる。トイレに行って戻ってくるとかなり目が覚めてしまって益々 寝付き難くなる。こんな調子でやっているうちにようやく朝方くたびれ果てて 2、3時間ほど爆睡してしまうので、結局11時頃にならないと起きられない。

かくして本日11時起床。おもむろに身支度をし、例の3ページ論文解読用の 文献のいくつかを研究室に取りに行くために大学へ。大学から戻ってきて、山 科駅前Sbuxで取ってきた文献を小一時間程眺めてすごす。わざわざ大学に 行っただけの甲斐あって、例えば、8月下旬に富山のシンポジウムに出張した 折に、誰か怖くなさそうな(!)代数幾何学者を捕まえて教えてもらおうかしら と思っていた疑問がほぼ解決してしまった。

今、京都はお盆休みモード。私の学生時代ほどでもないけれど、結構あち こちの店が休んでいる。今日は五山送り火なので、夕方頃から見物に繰り出す 浴衣姿の人たちをよく見掛けたし、お盆たけなわって感じ。そしてRitsが そうであるように、会社や役所もお盆休みなのだろう。そのせいか日頃は職場 に厳密に隔離されているはずのむさ苦しいオジサンたちが野に放たれていると みえて、山科駅前Sbuxには普段あまり見かけないような、街に漂い慣れて いない感じのオジサンたちが居座っていた。

中には、歯槽膿漏で歯茎の調子が悪いのかどうだか理由は不明だけど、ほ ぼ8〜12秒間隔で規則的に「チッ」と口から嫌らしい吸引音を出し、さらに2〜3分 間隔で、怒りを静める時のようにすううううううと息を吸い込み、それから、 鼻からふうううううううううううンと息を吐くオジサンもいて、この、人の神経 を逆なでするような騒々しい野郎をどうしてくれようかと思った。実は私は既 に「チッ」のオジサンと「ふううううううううン」のオジサンのサンプルを個 別に知っているのだが、一人で両方やるオジサンのサンプルは今日初めてお目 にかかった。

私は、電車の中で鼻糞をほじくって食べる(!)オジサンのサンプルも既に確 認している。もっともこれはオジサンに限らず、30代前半の若いのが電車の 中で漫画か雑誌に読み耽りながら鼻糞を食べているのを見たことも一度ならず ある。小学生ならいざ知らず、30代でそれをやってるんじゃあ一生モンに違い ない。

私は確か中学生か高校生の頃、自分の鼻糞を食べる人の話を落語の枕で聞 いて天地がひっくり返るほど驚愕し、一体全体そんな人間がこの世に存在するのだ ろうか、もし存在するならば彼らは一体何を考えて生きているのかと真剣に頭 を抱えたものである。間もなく、この世の男達のうちの何パーセントかは確か に鼻糞をほじくって喰うらしい事を発見し(人前で鼻糞を食べる女のサンプルは まだ採取していない)、彼らは私の世界観、人生観に決定 的な影響を与えた。そして鼻糞を食う人種の研究は私の隠れたライフワークと なり、持ち前の執拗さでもって通勤電車の中でのフィールドワークを続けたの である。

自分がオジサンになってしまった今、「鼻糞男の研究」は「おぞましき オジサンたちの生態学的研究」という、より広汎な対象を持ったテーマへと発展 的解消され、今日に至っている。 この研究の原動力は「怖いモノ見たさ」である。おぞましきもの、むさ苦 しいものを嫌悪し吐気を堪えつつも括目して見据える事は良いことだ。しか し、それから目を背けてはならない。何故ならば、私自身、鼻糞こそ食べないが、 オジサンであることには変わりないのだから。

(と、冗談はさておき)

夜は昼間分かった事を少し纏める。先日私の論文をスパム扱いしよったヨー ロッパの大学からメールが来ていて、ここを直せ、あそこを直せと山のように 注文をつけて来た。まあ、門前払い喰らうことに比べれば、有り難いことだと思 わないとね。(ここんところ、門前払いばかり喰らってたからな。。。)