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よ け ス ペ ー ス で す。

2008年2月15日(金)
<<今日もキレる>>
昼前に出勤。今日は大学院入試の採点、面接、および合否判定その他の議題で 教室会議。教室会議は今日も複雑系がわけのわからない渦巻きかたをしていた ので、「貴方達はこんな簡単なことも決められないんですか!?」とキレまく る。ただ、本当に「簡単なこと」だったかどうかは、脳が歪んでいる 私にはわからないけど。

例の如く(歪んだ脳ゆえに)ムカムカしながら教室会議の議事を聞き流し ている時、ふと議事内容とは関係なく唐突に、この学科の他の先生達に比べる と、私は学生に対してずいぶんドライなのかもしれないと気づいた。思えば私は、授業 を担当した学生の顔や名前を後々まで覚えていることもなければ、試験の合否 判定で悩むこともないし、学生の「能力の低さ」を嘆くこともない。

それは、卒研や大学院で自分のゼミに入ってくるごく僅かな学生以外につい て、彼らの名前や良く出来るとか数学的センスが良いとか悪いとかといったこと を知る必要性は特に見当たらないし(それを知りたがるのは単なる覗き見趣味 ?)、 試験の合否は然るべき基準を設定してそれに 従って判定すれば良いことだし、学生に高い能力があろうが無かろうが私には何の 関係もないことで、教師としては彼らが持っている限りの能力を最大限に引き 出すお手伝いをすれば良いだけのことだと考えているからである。

ところで学会などであちこちの立ち話を耳にしたりするに、世の中には学生 の出来の悪さを嘆く大学の数学教師が少なくないようで(かと言って多いわけでも ない)、私にはそれが不思議 でならない。例えば実験系の分野だと学生の「出来の悪さ」は自分の研究活動 に直接響いてくるので看過できない問題であるが、大学の数学教師にとって教 育活動と研究活動は全く独立のものだから、学生の出来が悪いのは教師として 何とかしようと努力してみる価値はあるだろうけど、別に嘆くような問題では ないはずである。あまりの出来の悪さにびっくりするということもあるかも知 れないが、「びっくりする」のと「嘆く」のは全く別の話である。

何故だろう? もしかして学生を見下すことにより自分がエライことを確認したい からだろうかとか(自分がエラいことに何の意味があるのかしら?)、 「こんなことでは科学技術立国たる日本の将来が危うい」と心配してみせることに より、自分が社会的に意味のある存在であるという実感を持ちたいのだろうかとか (大学の数学教師は無意味な存在であり無意味でも構わないと考えている私は志が低いのか?)、 いつの間にか研究者を「卒業」してしまってて暇でしょうがないから教育に必 要以上の思い入れを持ってしまうんじゃないかとか (それって報われない愛だと思うけど、報われなくてもいいのかしら?)、 色々理由を邪推するのだが、本当のところは分からない。まあ、世の中 私の小さな頭で全てわかってしまうほど単純とは思えないし、分からなくても 別にいいんだけど。

諸会議等は夕方には終ったので、図書館で文献を借り出したりコピーをとっ たり。しかし帰りのバスでそれらを眺めてみたら、あまり必要のない資料だと 判明した。途中、先日買ったトリュフ型抹茶生チョコが旨かったので、 もうひとつ買おうと思って大丸ラクト山科店に立ち寄ったけど、 昨日まであったチョコレート特設コーナーは真夏の夜の夢のように消え失せ、 元の饅頭売り場に戻っていた。

夜はフランス語やドイツ語や音楽で頭を冷やす。やっぱり教室会議 の後は興奮して数学に手がつかない。昔、近畿予備校の張り紙にあった「腹が 立って後で勉強ができなくなります」ってやつだな。何に腹を立ててるかって? 「全て」にさ。

2008年2月14日(木)
<<全速力で歩き回る>>
研究日。京大ルネで昼食をとった後、暖房が効いていない京大数理研図書館を 避けて関西日仏学館の図書室で夕方まで過ごす。日仏学館は最近リフォームさ れたけど元々は古い建物。そのため天井が高くて開放感があり、気持ちがよい。 10年ほど前、京大の(旧)湯川記念館に自分用の机をもらって半年ぐらい滞在 したことがあるが、そこも天井が高くて快適だった。

その後、ちょっとした買い物をするために四条烏丸から河原町三条界隈を ドイツ人の「散歩」のように(!)全速力で歩き回りながら、ぼんやり考え続 けた。夜は昼間考えたり調べたことを纏める。結局新しい結果には繋がらない けど、前に読んだ論文を読み直したりしているうちに先日から疑問に思ってい たことが分かった。

数学は適当に切り上げて、Deutsche Welleでドイツ映画の紹介のビデオを 見た。Deutsche Welleはサイエンス最前線みたいな番組が面白いのだけど、 今日見た番組も新作映画の紹介や俳優や映画音楽家のインタビューなどを していて結構面白かった。ドイツ語がもうちょっと良くわかれば、もっと面白 ろいだろうけど。ドイツ語、まだ上達し切ってないうちに「リストラ」されたからね。

私は映画を見て英会話を勉強したので、 ドイツ語もその手で行こうかと思うのだが、ドイツ語の映画は日本ではあまり見 ることができないのが残念である。ゲーテで一時期毎週のように映画上映をして いたけど、平日の通いにくい時間帯が多く、たまに出かけても観客は1,2名し か居ない。そういうことが続いてとうとう打ち切りになった。

関西日仏学館では月に2回程度フランス映画の上映会をやってるらしく、 良い機会だと思うのだが、今見ても言葉がわからずにちんぷんかんぷんだろう からということで、そして何となく、掴み所のあるような無いようなフランス映画 よりも暗く煮詰まったドイツ映画の方がいいなという妙な先入観のようなものが 邪魔をして、ちょっと二の足を踏んでいる。

2008年2月13日(水)
<<抹茶生チョコを買う>>
雪空は次第に晴れ間に変わっていったけど、今日も寒い一日。昼前に出勤し、 生協食堂での昼食を挟んで科研費を使いきり、個人研究費の残高を睨んで3月 の出張の手配をしたり生協で書籍やパソコン関連部品の値段を調べたり、ペー ジ数だけは矢鱈に増えた研究ノートを研究室のプリンタで打ち出したり。研究 室の本棚を調べたら、マンフォードのRed Bookは最初のタイプライター版しか 買ってなかったことが分かった。そうこうしているうちに夕方。昼間に融けて 泥濘になっていた雪が凍結していた。がしがし踏み鳴らしながら家路につく。

そういえば定期試験も終って学生達は何処かに雲散霧消しているかと思いき や、何故か昼の生協食堂は開講期間並みに混んでいた。何かイベント でもあったのかしら。ま、そんなこと気にしてもしょうがないけど。

帰宅途中、大丸ラクト山科店のチョコレートの特設売り場を覗いてみた。 普段は売ってないような美味そうなチョコレートが沢山並んでいるので、売り 場に群がっている女性達の間に紛れ込み、トリュフ型の抹茶生チョコを購入。 群がっているのがもしおじさん達だったら、、、勿論、最初から売り場に近寄っ ていないな。

夜は久しぶりにDeutsche Welleを30分ほど見てから、昨日の論文を眺める。

2008年2月12日(火)
<<本を買う>>
午前中は自宅で野暮用の後、少し研究ノートの改訂作業を行う。得られていた 結果をほんの少しだけ改良。しかし、まだまだ道半ばって感じ。

時折冷たい雨がぱらつく寒々とした曇り空の下、銀行で研究費を下ろして から京大ルネへ。2階の生協食堂で昼食をとってから1階の書籍部へ移動し、 フランス語の問題集とマンフォードのRed Bookを購入。フランス語は何となく 読めるのだが、文法はいい加減なままなので何とかしようということで問題 集。Red Book を買うのはこれで3冊目である。最初は読みにくいタイプライ ター版。それを読んでないうちにTeX版が出たので買い換えて、 それをそろそろ読もうかと思い始めた頃に"Curves and their Jacobians"の レクチャーノートが付録に付いた改訂版が出たので、またも 買い換えることとなった。

それ以外に、以前買ったけどあまり読んでない計算機代数システムSingularの 本の改訂増補版が出ていて、Red Bookにつづいて「Singuarよ、お前もか」と 思わず溜息。旧版は自分の研究用とコンピュータ実験をしたい卒研生の テキスト用を兼ねて買ったのだが、最近は研究でコンピュータは使わないし、 一応卒研ガイダンスでは計算機代数のテーマを掲げ、問合せに来る学生にはコン ピュータに興味はないかと聞くことにしているのだが、何故か私の卒研に来る学生 は無類のコンピュータ嫌いばかりである。結局研究費でSingular本の改訂版 を購入するのは見合わせた。

本は買ったし、あとは京大数理研図書室にでも行こうかと思ったけど、今日は 特に寒いし、先日数理研で暖房がきいてなくて風邪ひきそうになったので、結局 暖かい関西日仏学館へ。そこのカフェや図書室で夕方まで数学。今日は少し古い フランス語の論文を眺めてみる。最近フランス語を少し勉強しているお陰で、前よりも フランス語の論文が読みやすくなった。かと言って数学的内容がすらすら理解 できるようになったわけでもないが。

帰り道は河原町三条のジュンク堂BAL店に立ち寄り、前から目をつけて いたフランス語の文法書「謎が解けるフランス語文法」を購入。それ以外に 「仏独比較文法」なる本があってちょっと目を引いたけど、そんなの仏文法と 独文法の本を見比べたら済むことだしということでパス。あと、仏仏辞典があっ たけど、まあいいやって感じで、これもパス。仏英対応例文集みたいなのもあっ たけど、私が欲しいのは仏独対応例文集だから、これもパス。あれもパス、こ れもパス、みんなパス!

夜もフランス語の論文や研究ノートを突っ突き回す。

2008年2月11日(月)
<<阿含星まつり>>
朝早く、阿含星まつりの連発花火の音で一瞬起こされたけど、負けずに二度寝。 久しぶりに朝寝坊をした。天気が良くて、昨日あたりから春の気配がする。昼 過ぎまで野暮用など。北花山の山頂付近から星まつりの護摩を焚いた煙がもうも うと立ち上がっていた。

この星まつりには関東の某P大学から数学者A氏が毎年参加していると聞 いたことがある。そのP大学には私の学生時代からの友人B君も一時期在籍し たことがあって、悪い同僚Qが権力を握り狼藉の限りを尽くしているため、そ れを苦にして円形脱毛症にもなり、ほうほうのていで別の大学に転出したとい う。B君以外に何人ものスタッフが次々とP大学脱出を試みたらしい。そうした 事があってもA氏はずっとP大学にとどまり、円形脱毛症にもならずに元気 に研究活動を続けて今日に至っている。A氏は深い信仰ゆえにQ氏の狼藉に耐 えることができたのかしら。毎年星まつりが来るとこの事を思い出すのだが、 A氏のことは噂を聞いたり学会でちらりと見かけたことが ある程度で実際に会ったことは一度もない。

私は学科長で脳が歪み、入試全脳トレでも結局治らなかったけど、このまま 愚図愚図としてすっきりしないようなら、来年あたりに星まつりにでも行ってみ たら少しは良くなるかしら、と。

昼食後、昨夜よく寝たはずだけど何故か少し眠いので濃いコーヒーを飲み 少し横になったところで気を失う。入試採点の全脳トレは普段使わない脳を酷 使するから、相当疲れが溜まっていたのかしら。

夕方頃目を覚まし、おもむろに数学。研究ノートの整理を始めたら、当た り前と思って素通りしていた議論の見落としに気づく。うーん、全脳トレ効果 かしら。でも全脳トレだけでは、見落とした議論をどう修復するかまではわか らないんだよね。

2008年2月10日(日)
<<つまらないゲーム>>
雪もあがって、暖かい日差し。入試採点も今日が最終日。午前中に終れたら是 非聴きに行きたいと思ってたコンサートがあったのだが、そうは問屋は卸さず 「今から大急ぎで会場に駆けつけてもちょうどアンコールの演奏が終っている 頃」という時刻に終了した。ま、仕事だからしょうがないと諦めてゆっくりと 帰り、途中山科駅前の床屋に立ち寄ってくりくり坊主にしてもらい、自宅に帰 ってすぐに準備を整えて採点業務でかちんかちんになった体をほぐすべくスポ ーツクラブへ。さあて入試採点全脳トレでびんびんに活性化された脳ミソで、 明日からばりばり研究するぞ!(と日記には書いておこう。)

私は幸いRitsでは数学者ということにはなっていないので、入試につ いては使い走り程度の仕事しか回ってこない。その意味ではあまり貢献してい ないのだが、広い意味で入試業務に関連することとして、ひとつだけ画期的な 貢献をしたと自負していることがある。数学教室では入試採点打ち上 げという中途半端な行事があったのだが、それを廃止させたことである。

おそらくは、酒嫌いで打ち上げを教室の行事にすることに強硬に反対する人と、 酒好きで年に1度ぐらいは宴会をやろうよという人たちの間で激しいせめ ぎあいでもあったのだろう。兎に角私が数学教室に移って来たときには、その年 の入試採点進行の統括責任者の先生が、採点業務にあたった教室の同僚達を慰労 する意味で宴を設けて招待する、ただし宴を設けるかどうかは統括担当者の自由 意志が尊重される、という一風変わった運営形態をとっていた。

酒好きの大先生達が在籍中の頃は、この運営形態の下で毎年のように宴が 開催されていたようである。しかし彼らが定年退職した頃から状況が変わって きて、自分は下戸だし飲み会など真っ平だという人や、飲み会に誘われたらど こへでもついていくけど宴会の幹事など面倒臭い役は真っ平だという人は、た とえ統括担当者になっても「自由意志が尊重される」条項に従って打ち上げの件 については知らん顔を決め込むことが増えてきた。

勿論これは皆で合意したとされる運営形態を逸脱するものではないので何 ら問題無いはずだが、例年の採点打ち上げを楽しみにしている人たちにとって は由々しき事態だった。今年の統括担当の先生は結構酒好きなはずだけどいつ までも知らん顔しているし、どうしたんだろう。単に忘れているだけかしら、 あるいは、幹事をやるのが面倒だから知らん顔決め込んでるのかしら、それと ももう少ししたら打ち上げの提案があるのかしら。真意を確かめてみたいけど、 これはあくまで統括担当の先生が切り出すことになっているし、こちらから 「やらないんですか?」と詰め寄ったりしたら「自由意志の尊重」条項に抵触 してしまうし。と、何も言い出せずにいる。

統括担当者の意味不明の知らん顔と、彼らの顔色を伺いつつ内心やきもき している人たちの図。それを見た私は数年前にとうとうぶちキレ、貴方達はい つまでそんなつまらないゲームを続ける気でいるのですか?統括担当者であれ 誰であれ、打ち上げをしたい人が「行きましょう!」と皆を誘い、行きたい人 だけで行けば済むことじゃないですか!と吠えたのである。1、2名の人から、 それもそうだという反応が返ってきたが、何せ10数名からなる複雑系集団 相手に吠えたので、何がどこまで伝わったのかは確かめようが無い。 だから、上に自慢気に書いたものの、私が本当に「それを廃止させ」るという 「画期的な貢献」をしたのかどうかは、正直言ってよくわからない。

しかし、そうこうしているうちに教室内の状況は変わってきて、教室メン バーの間の入試採点打ち上げに対する期待度が下がってきていることも確かな ようだから、「統括担当者のご招待による採点打ち上げ」行事は既に自然消滅 しているのではないかとも推察される。

実際、ある研究分野の人たちは酒好きが多いようで、その研究グループ発 展のため精力的に政治活動に励んだ結果、今や目出度く一大勢力が形成され、そ れが同時に巨大な酒呑み集団にもなっている(ように外からは見える)。毎年 入試採点の少し後で開かれる研究集会の懇親会が、彼らにとって最大の酒飲み イベントなので、採点打ち上げはどうでも良く、無ければ無いでいいや という気分のようだ。

それはそれでもっともな話で、日頃の研究活動で付き合いの深い人たち との懇親会と、ひと月に2回程度、学校運営のことを話し合う会議で顔を合 わせるだけの人たちとの懇親会とどちらが大事かというと、前者の方を選ぶ のは人情であろう。

では、それ以外で酒好きな人はどうしているかというと、ある人は某大学 で定期的に開かれる研究セミナーの仲間と飲み歩き、またある人は行きつけの バーで飲み友達を作り、またある人はゼミの学生達と飲み会をやりという調子 で、それぞれ独自に酒飲み仲間をつくってよろしくやっているようである。

私は、というと、以前は採点打ち上げをおおいに楽しみにしていた時期もあっ たし、宴会のアレンジも上手くはないけど必要とあらばやらないでもなかったのだが、 今は専ら、研究集会の懇親会、ゲーテや関西日仏の行事、数学教室の人たちが 決して近寄らない年2回の教授会の宴会に参加したりしている。

採点打ち上げとは別に数学教室の送別会や歓迎会などもあるが、学科長やっ て脳が歪んでしまってからは、複雑系の皆さん方と業務連絡以外で一体何を お話しさせていただければよろしいのでしょうか?という感じ。 卒業式の後の謝恩会も、元々数理科学科の授業をほとんど担当していない上に 卒研生もあまり居ない私の場合、卒業式の日に初めて顔をあわせたような学生達 と複雑系の同僚相手では間がもたない。 ということで、最近では数学教室関係の飲み会は全部パスすることにしている。

2008年2月9日(土)
<<雪景色>>
今日も入試採点のため9時前出勤。金色に輝く幻の昼食券については、既に昨 日、一昨日と2回もゲットしたことだし、今日こそは無欲で臨むことにしよう。 でも、しかし、but、however、採点会場の妖精が2種類の昼食券を持って目の 前の現われ、貴方の昼食券はこの金色の券?ですか、それともこの灰色の券で すか?と尋ねてきたら、みみっちい欲望に突き動かされた私はきっと金色の券 を指差してしまうことであろう。一体どこが「無欲」だと言うのだい?嗚呼、 そして私は地獄に堕ちるのだ。己の小さな利益のために平気で見え透いた嘘を つく人間を何よりも憎む、この私が!そして嘘にまみれた薄汚い私は、今日も ウマウマと 幻の昼食券をゲットしてしまったというわけだ。

昼前から大雪。 昼食の帰り道のキャンパス。この風景を見ていると、さびしげな木々と黒々 と押し黙った建物、そしてありとあらゆる想いを吸い取ってくれそうな陰鬱な 空が美しく、つい引き込まれてしまいそうである。

黄金色に輝く幻の極楽レストランは、しかしながらひとつだけ困ったこと がある。それは、テーブルの数が少ないため、相席にするか隣の殺風景な会議 室にずらりと並べられた会議テーブルの特設席にするかのどちらかを求められる ことである。

殺風景で狭苦しい会議室で食事するぐらいなら灰色の昼食券の方がずっ とマシだし、相席で人の顔、とくにおじさんやおじさん予備軍の顔を見て昼食 を取るような惨めな昼休なら地獄に堕ちる危険を冒してまで 金色の昼食券を指し示した甲斐がない。しかし幸い、この3日間ともカウンター席 が空いていて、今日もそこで一人雪景色を眺めながら昼食をとること ができた。

と、いうような小市民的喜びに埋没するのが、入試採点期間を乗り切る コツではないかと思う。

2008年2月8日(金)
<<頭、冷やしてみる?>>
本日入試採点はなし。午前中は自宅にて野暮用。昼頃、京大へ。ルネ2Fで昼 食後、1Fの書店で専門書を物色。研究費がまだ少し残っているので、専門書 でも買おうかしらと下調べ。それからルネの隣の関西日仏学館に行き、CDを 返却。返却期限は明日だけど、明日は入試採点で来れないので。それから日仏 学館のカフェで一息いれながら本日の作戦を練り、京大数理 研図書室へ。

数理研に向かう今出川通りの北側の歩道は、いつもは京大生とおぼしき若 い人が自転車をびゅんびゅん飛ばして通り過ぎてゆくので、危なくてしょうがな い。確かに10年ぐらい前よりも状況は悪くなっている。しかし今は定期試験 も終ったのか、学生もまばらで暴走自転車も少なく、比較的歩きやすい。

割合最近のことだけど、今出川通りで私にぶつかりかけた自転 車が街路樹に激突しそうになったこともある。いっそ激突して思い知れば良い と思ってたので、残念であった。

そういえば田舎の中学に通っていた頃、文化祭の準備か何かで遅くなって、 中学の前の真っ暗な田舎道を駅に向かって小走りに急いでいたとき、向こうか ら来たおばちゃんの無灯自転車に衝突されたことがある。その時間帯はクラブ 活動(当時は「部活」ではなく「クラブ活動」と呼んでいた)などで遅くなっ た高等部の生徒も沢山歩いており、そんな所を無灯で走る方が悪い。無灯自転 車と歩行者が衝突した場合、勿論過失責任は自転車の方が問われて然るべきで ある。

ちなみに、ごく最近までは自転車の無灯走行はおばちゃんの専売特許だっ たと思う。彼女達は灯りを点けると発電機の抵抗でぺタルが重くなるのを嫌がっ たのである。しかし私の子供の頃、特に田舎の夜道は本当に真っ暗で舗装率も 低く、自転車の灯りを点けていても灯りが照らすその先に何があるかわかった ものではなくて恐かった。その頃はおばちゃんでも頑張って灯りをつけて走っ てたと思うが、夜の街が少しずつ明るくなるにつれて、まずはおばちゃん 達が無灯運転の先陣を切り、現在の無灯走行全盛時代に繋がっていったのでは ないかと推察している。

私と衝突したハズミで、おばちゃんの自転車は道端のドブに転落しそうに なった。田舎のドブに柵などない。雑草の生えた土手からなだらかにドブに続 いているのだ。私は衝突の痛みを堪えつつ、とっさに自転車を掴み引き上げ てかろうじて転落を防いだのだけど、おばちゃんは「もうっ!○○中学の子は、 危ないで嫌や!」と喚き散らしていた。私はというと「すいません!すいませ ん!」と謝り通し。若いということは愚かなことであり、愚かなことは悲しい ことだ。街灯が少なく真っ暗に近い中高生の下校道を無灯自転車で走り、事 故の責任を歩行者に押し付けようとするような無法者は、一度ドブに落ちて頭 を冷やせばよいのだ。そんな事がわからなかった35年前の自分が悲しい。

さて、数理研図書室ではデータベースを検索したり、文献を調べたり、研究ノー トを修正したり、しばし沈思黙考したりしてたのだが、省エネのためか暖房装 置は20度設定で研究所内は異様に寒い。天井からぶら下がっているエアコン が暖かくもなんともない風をゴーゴーとあらぬ方向に吹くばかりで、閲覧室に じっと座っていると体の芯から冷えてくる。コートとマフラーをしてもおっつか ない。書庫で作業している職員の人も、北海道大学低温科学研究所もかくやとい ういでたち。これでは風邪をひいてしまうと、閉館時刻前に切り上げ京大前 喫茶進々堂に移動。ストーブの近くの席を陣取って小一時間ほどすごし、よう やく温まったので帰宅。

2008年2月7日(木)
<<山科ホームレス>>
10時過ぎに出勤して入試採点業務。幻の昼食券については昨日で「本懐を遂 げた」ので、今日からは普通の昼食券でいいかと思ってたら、何と!今日も幻 の昼食券をゲット。昨日の早起き一番乗りは一体何だったのか。しかも今日は 業務連絡ほとんど無しで黙々と作業ができた上に、14時過ぎに作業終了。思 いのほか早く解放されたので、定期試験も終って閑散とした図書館で論文を物 色。古いフランス語の論文を2つコピーし、バスや電車の中で眺めながら帰宅。 夜も短い方の論文を読む。

先日の朝、地下鉄山科駅の多目的トイレで70代の男の焼死体が発見され たらしい。最初はいつも駅前広場で寝ているホームレスのおっちゃんかしらと 思った。近頃夜は寒いし、広場で寝るのも辛いから広いスペースの多目的トイ レの個室で寝て、それでも寒いから火を使おうとしてそれが燃え広がったのか しら、と。10年ぐらい前だったか、真冬に東京都立大学(当時)に出張して 大雪に見舞われたのだが、南大沢駅前の雪の積もった路上で着膨れしたホーム レスのおっちゃんが寝ているのを見て驚いた。幾ら着込んでるからと言って、 雪の路上じゃあ寒くて寝られないんじゃないか、と。そんな事を思い出したり していた。

しかし山科ホームレスのおっちゃんは、事件の2日後にはちゃんと広場に 居た。彼の「指定席」から少し離れたところに新入りホームレスのおっちゃん も居る。両者の間に別に師弟関係は無さそうである。

最近知った話だが、寒さが厳しい今日此の頃、プロのホームレスは凍死の 恐れのある夜は眠らずに生活の糧となる空き缶や古雑誌集めに精を出し、気温 が上昇する昼間に眠るのだそうだ。確かに昔から居る方のおっちゃんは、私が 地下鉄山科駅前広場を通る午前中の時間帯はいつも古雑誌などが沢山入った紙 袋のようなものを2つ3つ身の周りに置いてすやすや寝ている。プロだな。も うひとりの方の新入りは、身の回りの品を詰め込んだ柳行李のような箱を持っ てはいるが、「戦利品」の袋は見当たらず、目を覚まして新聞などを読んでい るから、ホームレスになってまだ日が浅いのだろうと思う。

2008年2月6日(水)
<<幻の昼食券>>
9時前に出勤。入試採点担当者は終日拘束・監禁されるかわりに出勤時に昼食 券が支給され、指定された部外者立ち入り禁止の専用食堂で昼食をとる。この 昼食券が某人気食堂のものと普通の食堂のものとの2種類あり、前者はすぐに 無くなるので、ぼんやりしているとまず手に入らない。そこで、今日こそは幻 の人気昼食券を手に入れようと、朝一番で採点会場入りを果たし、受付の事務 職員がまだ来ていなかったので、誰かに抜け駆けされないように私が受付でしばら く番をしていた。

努力の甲斐あって、無事幻の昼食券をゲット。よおし、今日は バリバリ仕事するぞ!と、オジサン達からの業務連絡の十字砲火も何のその、 矢でも鉄砲でも持って来い!とちぎっては投げちぎっては投げ、 マシーンになり切り全力疾走。

16時半に無事解放される。入試採点全脳トレでまたも脳内は活性化され たようだが、慣れない業務連絡の嵐で今日も疲れ果てる。南草津駅にて放心状 態で帰りの電車を待っていると、気配を殺していつの間にか忍び寄って来てい た教務委員の某同僚が突然横から現れ、しばし業務連絡。ああ、びっくりした。 今後時間外の業務連絡をする際は、メール等で何時何処でいきなり声を掛けま すとアポを取ってからにしてくださいと念を押しておくのを忘れた。まてよ、 時間外の業務連絡はメールでお願いします、という方が簡単か。どっちでもい いや。

2008年2月5日(火)
<<仕事サボり虫>>
昨日よりも少しゆっくりめの9時半過ぎ出勤で入試採点2日目に突入。今日も オジサン達と沢山の業務連絡を交わしつつ、マシーンになりきり自分の担当分 以外の仕事まで気前良く引き受けてガンガン作業するも、17時で根性が切れ て職場放棄して帰宅。

Ritsの入試問題は穴埋め式なので、採点は単純なパターン認識と簡単 な得点計算の繰り返しである。だから、巷で流行っている某教授御提案の全脳 トレなどやらなくても、Ritsの教師たちはいつも頭冴え冴えなのさ。これ で答案の音読なんかもやれば脳トレとしては完璧だろうけど、採点会場が五月 蝿くなりすぎるので禁止されている。

学科長などで採点免除されて、脳に変なストレスばかりかかる会議に 頻繁に引っ張り出されてると、かえって頭が悪くなってしまうに違いない。そう だ!学科長やって脳が歪み、この日誌で変なことばかり書いている私は(学科 長やる前から変なことを書いていたという説もあるが)、この入試採点作業で 脳のリハビリをするべきなんだ、と。

しかし、冴え冴えの頭で帰宅したものの、馴れない業務連絡続きで今日も ぐったり。

採点担当者は業務連絡が多い係Aと少ない係Bに分かれるが、私は昨日今 日と係A。この係は通常は2日ぐらいで交代になるのだが、何故か今年は方針 が変わって、私は採点期間中ずっと係Aで貼り付けになるらしい。その話を 耳にしたのが17時前。急に力が抜けてきて、ふと気がついたら「♪仕事サボり虫、 仕事サボり虫。サボってサボってサボってなんぼ、サボってなんぼの商売 や。。。仕事サボったら、仕事サボっても、仕事サボり虫、ララララ、サボっ てる。仕事サボり虫、仕事サボるとき、仕事サボり虫、仕事サボりたい♪」と 口ずさみながら作業をしていたのである。その数分後、腹いせに3時のお八つ に出たドラ焼きを1つ余分にかっさらって、脱兎の如く逃走を図ったのであっ た。

2008年2月4日(月)
<<手旗信号>>
何と(!)9時過ぎに出勤。今日から終日某所に監禁されて入試採点。どこの大学でも 似たようなものだと思うが、採点要員の招集礼状は原則として全教員に届き、 「良心的兵役忌避」の権利は学科長など特定の労役に服する者のみに認められ る。去年の今頃はその権利を行使して結構のんびりすごしていた。しかし年に数日 間だけマシーンになりきって採点に励むのと、学科長になって年間50回近く の会議に引っ張り出されて騙されたり無理難題押し付けられたりして心の病に なるのとどちらが良いかとなれば、勿論私はマシーンを選ぶ。しかし、マシー ンも採点会場の隅で黙々と仕事をしていられるのなら良いのだが、実際はそう もいかない。

大学の数学教師は普段は同僚とほとんど言葉を交わすことなく日常業務を 進めることができる。普段教師達が顔を合わせるのは会議のときだけである。 私は心の病の後遺症なのか、教室会議ではいつもぶちキレて禄でもない口出し をしてしまうけど、会議でずっと蛤の如く押し黙っていても別に業務上の支障 はないし、そういう人も少なからず居る。かくして1月に1、2回会議で顔を 合わせる数理科学科の同僚でも、前に直接言葉を交わしたのは何年前か覚えて いないし、恐らくこれからの生涯でこの人と言葉を交わすことは1,2回ある かないかだろうと思われる人は何人も居る。それは単に言葉を交わす必要性が 無いからという、ただそれだけの理由による。

しかし入試の採点ともなると、その共同作業としての性格から、いきなり 1日当たりに交わす業務連絡の量が格段に増えるため、帰宅した頃には、ああ、 オジサン達とこんなに沢山日本語を喋ったのは久しぶりだ(半分ぐらいドイツ 語で喋るか手旗信号で代用しとけばよかった)と、ぐったり疲れてしまう。 教室会議で誰が聞いてるんだか聞いてないんだかよくわからない複雑系の渦に 向けて言葉を放つのは、誰も居ない教室で講義をするのと同じぐらい疲れるが、 (数理科学科の人とは限らないが)何人ものオジサンと個別に対面形式で言葉 を交わすというのもそれなりのダメージがあり、ボディーブローのように後で じわじわと効いてくる。

16時前に解放され、学科事務室で就職委員の仕事を片付けてから早めに 帰宅。夜は定期的に通っている近所の歯科医へ。明日も早いので、夜は L'etrangerを少し読んで早めに寝る(積もり)。

2008年2月3日(日)
<<きっちりやろうぜ>>
寒い。そういえばここ数日寒々とした曇り空の日ばかりだ。夜、半時間ほど近 所に野暮用に出た以外は、終日自宅に蟄居。昼過ぎまでフランス語の復習など。 それから数学。ある資料にちょっと面白い定理が書かれていたので、使えそう かどうか調べてみたが、大して役に立ちそうにないと判明。

昨日の授業でフランス語で街の風景に相当する語を先生に訊ねてみたのだ が、paysage は富士山などの自然の風景を表す言葉だからこの場合は適当でな いという。ではユトリロや佐伯祐三が描いた、あの(人物画でも静物画でもない) 風景画は何という?と聞くと、「古いパリ(vieux Paris)」か「綺麗な家(belles maisons)」か「その界隈の雰囲気(atmosphere de quartier)」の絵じゃないか とか言い出してきて、どうも要領を得ない。

そうじゃなくって、通りがあって、人が居て、それに沿って家があって、 それらを包む光があって、空があって、それやこれやの総合したものという意味 での風景という意味で vue de quartier とか言わないのか?と食い下がると、 それは窓からエッフェル塔が良く見えるという感じのものを表し、貴方の言う 総合的なものは意味しないという。結局よくわからなかったので、引き続き 独自調査を進めることにした。

あと、これは先々週に調べたことだが、ドイツ語だと賃貸はvermieten 賃 借はmietenと厳密に区別するけれど、フランス語では「(誰某それに)賃貸す る」も「(誰某から)賃借する」もどちらも"louer(+ a + 誰某)"という動詞 を使い、どちらの意味で使っているかは文脈で理解するしかないようである。 その一方で、ドイツ語では賃料無しの「貸す」「借りる」の区別が曖昧でどち らもleihen をつかうが、フランス語では「貸す」は preter「借りる」は emprunter と厳密に区別される。

これがもしドイツ人とフランス人の社会生活に対 する考え方の違いを表しているだとすれば、どちらも困ったものかもしれない。 お互い借り貸しについては、きっちりやろうぜと言いたいものだが、 実際にドイツ人やフランス人の借り貸しに対する感覚に曖昧なところが あるのかどうかは、知らない。

2008年2月2日(土)
<<貴方は狢?>>
関西日仏学館の日。いつもよりもバスが異様に混んでいて、ちょっとそこまで といった普段着ではなく、今日は頑張ってお出かけするぞ!という気合いが感じられ るいでたちの年配カップルなどがやけに目につく。バスに乗ってからも道路が 渋滞していてなかなか進まない。そういえば今日から3日間は 吉田神社の節分祭だった。京大正門前でバスを降りると、吉田神社か ら帰る客を狙って道路の両側にタクシーが数十台ずつずらりと並んでいた。さ ながら因幡の白兎の物語にでてくる鱶の列もかくやとおぼしき壮観。

京大ルネで昼食の後、早めに隣の関西日仏学館に移動。図書館で 「カミュと『異邦人』」(P.G.カステックス)を返却し、予約しておいた L'etrangerの朗読CDを借り、授業の時間が来るまでL'etrangerに読み耽る。

関西日仏の授業では互いにファーストネームで呼び合う習慣らしく、ユウ コだのタカシだのという名前が飛び交っていてややこしい。人の名前が覚えら れない私は、ほとほと閉口してしまう。しかしいつまでもこの状態でいるのも 具合悪そうなので、今日は授業中にクラスの人たちの似顔絵をちょこちょこっ とノートの端に描いて待ち構え、その人の名前が判明し次第似顔絵の下に書き 込むようにしたら、隣の人を除く全員の私家製「この顔にピンときたら110 番」極秘閻魔帳が出来てしまった。

何故隣の人が除かれているのかというと、授業中にわざわざ隣の人の顔を 覗き込んで似顔絵を描くってのも気まずいものがあるからである。実際、ちら ちら見ながら絵を描き始めたら、感づかれて、は?私の顔になにかついてます かって感じで怪しまれたし(実際怪しいんだけど)、さりとて、ああ、ついてい るともさ、それとも何かね、貴方は目も鼻も口もついてない狢(むじな) だっていうのかい?だったら貴方の顔にへのへのもへじでも描いてやろうか、 と授業中に開き直って見せるのもややこしいいし。

夜はスポーツクラブでへとへとになる。

2008年2月1日(金)
<<数学者の贅沢>>
今日も寒い。昨日とは別のCDを7枚持って、昼前に出勤。生協食堂が臨時休 業していたので、コンビニ弁当を買って研究室に閉じこもり、まずは昨日やり 残した50枚弱の答案をやっつける。その後合計約400人分弱の成績表を記 入して事務への送付手続きをしたら夕方になっていた。それから就職委員の仕 事を少し片付け、さらに予算関係の書類を一枚書いて事務に提出し、おもむろ に別の科目の23枚の答案の採点。1時間ちょっとで全て完了。やれ やれ、月曜日からの入試採点期間までに何とか定期試験の採点が片付いてよかっ た。夕方開店した生協食堂で夕食をとり、荒れ果てた研究室を少しだ け整理し、論文を2つダウンロード。22時前に帰宅。

試験の採点で数学をすこし離れたこともあって、通勤時間にしばらく放置 してあった「カミュと『異邦人』」(P.G.カステックス)を読み終えた。 薄い本だから読み始めたらすぐに終ってしまう。L'etranger の方はまだ50ペー ジぐらい残っている。こういうものは自由時間がたっぷりある時はあまり読む 気になれない。時間がたっぷりあれば惜しげもなく数学に費やすのが数学者の 贅沢というものだ。私の場合、数学を考え、街を歩いて綺麗なものを眺め、音楽を聴いて いれば、本を読む時間は無くなってしまう。入試の採点期間は拘束時間が長い ことだし、この期間にL'etranger を集中的に読み進めることにしよう。