の
た
め
の
邪
魔
な
広
告
よ け ス ペ ー ス で す。
2008年2月29日(金)
<<2冊の表現辞典>>
今日も研究日。いつもよりも早く8時半頃に目が覚めたので、自宅で野暮用の
後、ゲラ刷り論文の訂正表とリプリントのオーダーフォームを仕上げてメール
で送る。
それから久しぶりにDeusche Welleの学術番組を見た。現在のドイツ数学会 会長は組合せ論関係の人らしく、よくこの番組に出て物流や生産現場で如何に 数学が使われ数学者が活躍しているかという宣伝をしている。今日は物流や生 産管理の話を、現場の映像と本人の短いコメントを含めて10分以内でさらり と紹介していた。あくまでイメージを伝えるのが目的らしく、数学の内容的な ことにはほとんど触れていない。
午後はまた京大数理研図書室とその帰りの路上で数学。ほんの少しだけ進 展あり。今日の数理研はどうしたことか、25度設定のエアコンを2台とも動 かし、結構暖かかった。
数理研の帰りは河原町三条のジュンク堂BAL店に立ち寄り、研究費の残 りで「フランス語表現辞典」を買って帰宅。同じシリーズの「ドイツ語表現辞 典」は絶版らしいが、私は以前八重洲ブックセンターの1冊だけ残っていたの を買った。2つを比べてみたら何と!この2つの本は、おなじ例文を扱ってい る!つまり、「フランス語表現辞典」の方に例えば
「私が無実だと証明してください。 Je vous en prie, apportez la preuve de mon innocence.」
とあれば、「ドイツ語表現辞典」にはちゃんと「私が無実だと証明してください。Bitte beweisen Sie, dass ich unschuldig bin!」
と出ているのである。 他にも「英語表現辞典」もあるそうだが、まあ出版社側からすれば日本語例文 を使いまわした方が作り易いのだろう。これは私にとっては素晴らしいことで、 これで独仏語を見比べながら勉強できるというわけだ。 もうすこし欲を言えば、日本語をスキップしてJe vous en prie, apportez la preuve de mon innocence.
=
Bitte beweisen Sie, dass ich unschuldig bin!
夜はフランス語。明日の関西日仏学館の宿題をまだやってなかった。 宿題はすぐに片付いたので、フランス語サブノート作りを少し進める。
2008年2月28日(木)
<<無愛想すぎる>>
午前中は某委員会の会議を1時間ほど。ただその場に居れば良いだけの会議だ
が、人数が少ないので内職するわけにもいかず、生憎今日は頭の中だけで考え
る内職用問題もなかったので、結局何となくその場に居ただけ。
その後、事務で郵便物を整理してから生協食堂で昼食の後、夕方まで研究室に籠っ て論文のゲラ刷り校正作業。作業自体は今日で終ったので、あとは修正箇所リ ストを作ってメールで送るだけ。今日は下書きだけ作り、明日見直してから 送付する予定。
授業アンケートの集計結果というのが届いていて、経済・経営学部の一般教養の 授業アンケートの自由記述欄に「授業以外の場での応対が無愛想すぎる」というの があって、少なくとも10分ぐらいは大笑いさせてもらった。講義ではニコニコと 機嫌よく喋っているし質問に来た学生には割合愛想良く答えている積もりだが、それ 以外の場で私は学生には極めて無愛想かもしれない。学生に限らず、昔からの友人と か、最近知り合った人でも特に心の美しさが確認された人といった特定の人間以外に は無愛想だと思う。脳が歪んでからは、その落差が益々激しくなっているようだ。 やはり脳が歪むとロクなことはないのだ。でも「授業以外の場での応対」って 授業アンケートの範囲外じゃないの?
そういえば、EUとアメリカの数学会から依頼された論文レビューが2つ 放置されているが、今日また1つ新しい依頼が届いた。まあ、出張中にでも やっつけようかしら。フランス語のサブノート作りも滞っているし、Deutsche Welle を見るのも最近はご無沙汰だ。自分の時間が細切れにしか取れない開講 期間中は、この中途半端に空いた時間にフランス語でもやっていようとか、この 会議はその場に居ればよいだけだから(大学には何故かそういう会議が矢鱈に多い) 論文レビューの仕事を片付けてしまおうとか、今日は一日ばたばたして疲れたから 数学はやめてDeutsche Welleのアーカイブでも見ようかといった時間配分ができる。 しかし長期の休みなど、自分の時間がゆったり取れるときは、厳しい締め切り のある仕事を除くと、結局数学研究ばかりやってしまって、他のことは先送りに なりがちである。まあ、それでいいんだろうと思うけど。
数学研究って物凄い時間食いで、まる一日やっても思うように進まず、や ればやるほど時間が足りない気分になってくる。1ヶ月ぐらいならあっという 間に過ぎてしまうし、じゃあ、それで論文がじゃんじゃん書けるのかというと、 そういう人も居るけれど、私の場合は残念ながらそうではない。唯々、あれも わからないこれもわからない、これが分かったけど別にどうってこともないか 等々とジタバタしているうちに時間だけが無闇矢鱈に過ぎ去るのである。何と も贅沢な時間の浪費だ。
明日で2月は終りだけど、明後日3月に突入したかと思ったら、あっとい う間に4月になるんだろうなと思うと、ちょっと恐ろしい。夜も少し数学。
2008年2月27日(水)
<<大丈夫か?>>
研究日。まずは論文のゲラ刷り校正を3月5日までに提出せよとの異様にタイト
なお達しが届いて、あわてふためく。とりあえず校正作業の準備だけを
終えて、作業は明日以降に回す。
午 後は厳寒の京大数理研図書室を避け、喫茶進々堂で数学。しかし古い文献を読む 必要が生じて結局数理研に行き、資料を借り出して生協でコピーしすぐに返却。その まま、つまりコートやマフラーをしたまま、閉館時間までコピーした論文を眺 める。地球温暖化を食い止めるために寒い思いをするというのは、それだけ考 えると何か矛盾しているように思えてくるところが面白い。
その後道草なしに真っ直ぐ山科まで戻り、日用雑貨ニックと西友を梯子し て買い物。夜、3月の国際会議のプログラムのメールが届いたので、聞きたい 講演のチェックをしてから、少し数学。
西友は人件費を削減するためか、売り場によってはほとんど店員が居なかっ たり、商品について訊ねても「そこにあるものしかありません」というような 答えしかしないバイトの子だけだったりといった調子。大丈夫なんかなあ。
2008年2月26日(火)
<<判決を蹴飛ばす>>
午前中は京都地方裁判所へ。私も原告側に少し肩入れしているある民事訴訟の
公判見学。30分ぐらいの簡単な会議って感じだった。
折りしも今日のニュースで、東京の某有名ホテルが裁判所の決定に従わない ことが問題になっていた。今更何を騒いでるのかしら。争う内容によっては一部 公権力による強制執行もありうるが、一般に民事の判決は強制力が無いので、被 告は自分にどんな不利な判決が出ても気にするにはおよばない。はあ、裁判所は そういうご意見ですか、見解の相違ですなと蹴飛ばして知らん顔してれば済むこ とである。民事裁判は昔からそういう風になっている。
今回の裁判も長い時間と費用を費やして例え勝訴しても、被告側が控訴せずに 判決を確定させた上で蹴飛ばすという手に出てくるかも知れないし、もっと巧 妙な手を使ってくるかも知れない。そういう具体例を実際にこの目で見てみた いものだという好奇心もあって、首を突っ込んでみたのである。
民事の判決に従わなくても、(多少の罰金は取られるかも知れないが)別 に刑務所にぶち込まれる心配は無い。だから実際、判決など蹴飛ばして好き勝 手に契約を破り、従業員の首を切り、賃金をカットし、他人に危害・損害を与 え続ける人間が後を絶たない。 そう考えると民事裁判なんて茶番じゃないかと思えてくる。
民事判決を蹴飛ばすのは立派な刑法犯だと考えてどんどん刑務所にぶち込 めるように法整備をすべし!と近くの法曹関係者に言うと、お前は民事と刑事 を混同していると哄う。何だか知らないけど、それは法理論的には筋の悪い考 え方なのだそうだ。筋の悪い考え方は却下するというのが、私をはじめとする 形式論理派の立場であるが、ことこの件に関しては私はモデル論派である。社 会正義のために必要とあらば、民事と刑事の融合ぐらい適当に辻褄を合わせて やってしまえばいいではないかと言いたいのだ。
その辺りのことを、法の何たるかを知らない蒙昧の民と一笑に付さずに懇 切丁寧に教え諭してくれる専門家がいたら、たとえオジサンでも茶飲み友達ぐ らいならなってもいいかなと思う。
午後は京大数理研図書室で数学。しかしあまりに寒いのに音をあげて、 途中から関西日仏学館の図書室へ避難。夜も少し数学。
2008年2月25日(月)
<<今年度を振り返る>>
最近平和だなと思っていたら、もう春休みだった。時折会議や出張があって、
3月半ばに教授会の年度末打ち上げ(親和会)があるが、それ以外には何もな
い。この合間に何とか論文1本をでっち上げようと画策しているのだが、そう
思い通りに行くかどうか。
今年度を振り返るに、前半は心の病の治療に専念するため、教室会議と教 授会を全て欠席して可能な限りオジサン達の顔を見ないようにし、授業と精神 安定剤と土曜日のゲーテ通いだけの心安らかな生活を送り、幸福感に満たされ ていた。
しかし後半は、母親がいかにも彼女らしい絶妙のタイミングでこの世を去 り、ゲーテが潰れ、関西日仏学館通いが始まった。これだけなら単なる「刺激 的な生活の変化」に過ぎないけれど、いつまでもサボっている訳にもいかない 教室会議に復帰して、心の病の影響で脳が歪んでいることが判明したのだった。
脳が歪んだため、教室会議ではキレまくり吠えまくり、てんで自制心とい うものが働かない。数学を考えたり、美しいものを聴いたり見たり、入試採点 全脳トレに全力投球猛烈ダッシュしてもこのビョーキは矯正できず、現在全く お手上げの状態である。会議のたびにキレるのも結構しんどいし、後で腹が立っ て勉強ができなくなるので研究活動にも悪影響が出る。これを何とかしなけれ ばというのが、来年度の課題。では教室会議の何にキレてるのか。
数学者には、「正しい推論によって導かれたものが正しい結論である」と考え る形式論理派と、「自分が正しいと思ったものが正しい結論である」と考えるモ デル論派と、数学以外のことは何にも考えてない思考停止派の3種類居る。
「モデル論派」というのがちょっと分かりにくいかも知れないが、要するに 「理屈と膏薬はどこにでもつく」というやつで、自分の欲望なり目標なりを 実現するために如何に関連事項の辻褄を合わせるかという思考をする人たちを 指す。
ちなみに私は、数学教室の運営に対して何の欲望も目標も持っていないの で、純粋な形式論理派である。モデル論派最右翼みたいな人の話を聞いている と、彼らが得意とする「辻褄を合わせるための論理」と形式論理派の「何かし らの結論を導くための論理」は全く違うことが分かる。
数理論理学の教えるところによれば、正しい議論とはモデル論派が主張する 結論と形式論理派が導く結論の整合性が取れているものを指す。数年前までの 教室会議ではかろうじて「正しい議論」が行われていた。しかし最近は教室会 議メンバーの構成等が変化してきて、形式論理派とモデル論派(と思考停止派) のバランスが悪くなってきている。このバランスの悪さが色々な カオス現象を巻き起こし、それに対してキレてしまうのである。
私も形式論理派をやめて思考停止派に転向すればキレずにすむはずだが、 「歪んだ推論によって導かれた歪んだ結論」の集積が、結果的に私の研究活動 を脅かす事態を招かないかと心配で、気が小さい番犬のようにワンワン吠えて しまうのだ。でもこの心配はたぶん無意味だろうから、思考停止派転向は正 しい方向だと思うし、お手本にできる同僚は沢山いる。
本日研究日。午後は京大数理研図書室。帰宅後も少し数学。
2008年2月24日(日)
<<ミルクプディング>>
昨夜の雪が今朝も残っていた。昼過ぎまで自宅や近所で野暮用など。午後はフ
ランス語のサブノート作り。夕方、ふらりと三条河原町に繰り出し、明治屋で
久しぶりにプンパーニッケルを買ってSbux新京極店で少し数学。
そういえばプンパーニッケルが大好きというドイツ人にはあまりお目にか かったことがない。ゲーテの先生達に聞くと、私、あれ嫌い!という人ばかり で、Herzog先生も、お前、あんなのが好きなのか?(物好きだな)って感じだっ たし。
話は飛ぶけれど、まだ私の人生が切羽詰っていなかった頃、西洋の小説だ の映画の台詞だので、子供の頃、母親の作ったミルクプディングを食べさせら れるのが苦痛だった、というような話をよく耳目にしたけれど、あれは一体何 だったのかしら。ミルクプディングという世にも不味いお菓子があって、そ のお菓子を嬉々として作って子供に食べさせる母親。西洋の子供達は人参と 法連草とミルクプディングが大嫌い?でも、ミルクプディングって要するにプ リンのことだろうから、どう作ってもそんなに不味くはならないだろうと思う のだが。不思議だ。そういう疑問に答えてくれる人なら、たとえオジサンでも お友達になってもいいかと思う。
さて、これまで500円ぐらいでずっと値段の安定していたプンパーニッケルが、 今日は700円ぐらいに激しく値上がりしていて、ちょっと驚いた。最近言わ れている麦の投機的価格上昇の影響かしら。投機筋が悪さをしてるなら取り締まれば 良いのに、それが野放しになっているのは、数理科学科の複雑系が制御不能なことと 通底するのだろうか、などとそこはかとなく考えながら帰宅。
夜はまたフランス語や数学などをしてすごす。
2008年2月23日(土)
<<吹雪>>
関西日仏学館の日。まずは京大生協ルネで腹ごしらえ。よく見ると、日仏学館
の職員の人の多くも、ここに食べにきている。まあ、隣だし、日仏学館にある
カフェの日替わりフランス料理も、毎日じゃあちょっとしんどいしね。その後、
授業が始まるまでの1時間程は天井の高い暖かい図書室でフランス語の勉強。
なかなか覚えられない表現などをサブノートに纏める作業。サブノートに纏め
たら覚えられるのかというのは、また別の問題。授業では、先日描き損ねたク
ラスメートの似顔絵と名前をノートに書き留めることに成功した。授業が終る
頃には外は物凄い吹雪。こういうのは京都では珍しい。帰宅して自宅で夕食の
後、吹雪の合間を縫ってスポーツクラブへ。昨日の舟田潤子ショックの影響か、
トレーニングをしながら、また絵を描き始めようかしらとぼんやり考える。ずっ
と以前から、色々なことがどうでも良くなったら絵を描く生活に戻ればいいや
と思っていたのだが、脳も歪んだことだし、そろそろその時期じゃあないかな、
と。スポーツクラブの帰りもまた吹雪。
2008年2月22日(金)
<<嫉妬の塊>>
午前中は近所の電気店でDVD−VHSレコーダーを注文する。家電製品はい
つも山科区内の某量販店で買っていたのだが、昨日パンフを貰いに行ったとき
の店員の対応がすこし不気味だったので、気後れしたのである。前からいる店
員で結構愛想も良く熱心な人だったのだが、昨日会ったらずいぶん雰囲気が変
わっていていた。しばらく見てない間に職場でトンデモナイ目に会い、脳が歪
んでしまったのかしら。やっぱり脳が歪むと色々大変だよね。
昼からは京大数理研図書室で数学。昨日研究室の本棚で眠っていたある本 をふと手にしてパラパラっと眺めてみたら、何やら使えそうな命題が目に留まっ たので、今日はそれの検討。期待通り計算が少し進展し、小さいながらも新し い結果が出た。
それに気を良くしたわけでもないけど、すこし早めに数理研を退散し、某 音楽系大学院修士課程の終了コンサートへ。時間的に余裕を持って出たので途 中色々道草。ある店で舟田潤子というまだ20代半ばの若い版画家の作品を見 つけた。これは物凄い才能を持った人だ。こんな凄いのを平気でじゃんじゃん 描かれたんじゃあたまらんよねと思いながら、溜息交じりに見入っていると、 店の人が察知して近寄って来て、いいでしょう、買いませんか?とくる。これ はまずいと思って適当に誤魔化して逃げてきた。今日突然現れた巨大な才能を 前に嫉妬の塊と化した私としては、にわかにはそういう気にはなれないし、百 歩譲って、気に入ったのをいちいち買ってたら、それこそ「セレブ買い」になっ てしまうし。まあ、心中複雑なのさ。
コンサートは結構楽しかった。理工系の大学院で言えば修士論文公聴会に 相当するものだけど、音楽系の大学院ではこんな風にやるのかと興味深いし、 立派な演奏や作品も少なくなかった。
2008年2月21日(木)
<<巨大な第一歩を記す>>
午後は修士論文公聴会。公聴会への出欠は教員各自の自由意思に委ねられ、適
当な大義名分を掲げればいくらでもサボれるとする先日の教室会議での申し合
わせや、俺は断固としてサボるぞ!と宣言していた某同僚の話を真に受けるほ
ど今の私はお人好しではないのである。コンナスレッカラシ二ダレガシタ?
これまで予測不能な複雑系の皆さんの言動にはさんざん振り回されてきて、 脳まで歪んだぐらいである。その経緯を踏まえ、薄汚れたオジサンの心でもっ て推察するに、彼らは恐らく私には理解できない不思議な理由ゆえに全員ビシ っと公聴会に現れるに違いない。そんな中で、例えば、「公聴会への出席は 大学院担当教員としての職務上の義務であり、それが各自の自由意志に委ね られるとする無責任な考え方には断固抗議する!」と私一人が真面目に欠席 しても完璧に浮きまくるか、沈む込むかのいずれかである。ちょうど今日は 大学に用があることだし、Ritsの修士論文のレベルの相場を見極め今後 の院生指導の参考とするためにも、ここはひとつ裏をかいで断固として公聴会 に出席するのが正しいにちがいない、と。
そして私の予感は見事に的中し、複雑系教員全員がビシっと公聴会に姿を 見せていた。これまで手に負えないとされていた複雑系の統制に向けた巨大な 第一歩が記された記念すべき日!大地震の予知に成功した地震学者達ってこう いう気分じゃないかしら。彼らは勝ち誇ってこう言うだろう、鯰の心は分から ない、でも注意深く観察を続ければ、鯰の行動を予知できることがあるのだ!と。
初めて複雑系の皆さんの行動を正しく予見できた満足感にひたりつつ、私は ゆったりとした気持ちで学生達の研究発表に耳を傾け、夢見る眼差しで彼らに 質問したりコメントしたりしていたのである。
夜は何故か近所の電気店でかき集めてきたパンフレットを眺め、昨日まで 完璧に他人事で関心が無かった、やれHD DVDだのブルーレイだのの勉強 と比較検討を行うハメに。HD DVDとDVDとブルーレイディスクの 何が違うのかとか、CPRMだのMPEGが何のことかとか、地上デジタル 放送を表すと思われるアイコンやそのアイコンに「×2」が書かれているのはどう いう意味かとかいうことすら、パンフレットには一切書かれていない。 つまり未定義語や未定義アイコンの乱舞状態。
しょうがないのでネットで色々検索したりパンフの文面を詳細に検討 して推理したりして、ようやくこれらの疑問を解決したが、家電製品のパンフレット なのに悪名高いパソコンのマニュアルみたいな感じである。要するにコンピュータ系 の技術者が家電系も手がけるようになり、パンフやマニュアルもそれっぽい ものに変わってきたということなのかしら。
そういえばあるメーカのパンフには、この製品はパソコンのようなものなので、 スイッチを入れても立ち上がるのにしばらく時間がかかりますので悪しからず、とい うようなことが小さな文字で書かれていた。じゃあ、この製品をネットに繋げておく と、勝手にソフトのバージョンアップを繰り返し、だんだん動作が遅くなったり、 発熱して勝手に停止したりするようになり、それが酷くなって、しまいにはそれに 我慢できなくなったユーザが新しい機種に買い替えたくなるように仕組まれているの かしら。
2008年2月20日(水)
<<青白い殺意の理由>>
午前中は自宅。まだ少し研究費が残っているので、近場の大学の談話会かセミ
ナーでも聞きに行こうかとネットで色々調べてみたが、適当なものは見つから
ず。しかし偶然、某大学に勤務する学生時代の先輩が1999年度と2006
年度に学科長をやっていた事実が判明した。昨年夏に或る研究集会でお会いし
た時は、以前と比べて少し疲れたような表情ではあったけど、私のように脳が歪
んだ様子もなく、昔ながらの穏やかで優しい人柄のままだった。7年間に2回
も学科長やって(教授の数に比べて学科長の回転が速すぎるのは何故?)、そ
れでも人格が壊れないとは凄い人だ。素晴らしい。
感動を胸に、午後は外へ。省エネ21度設定しかもエアコン1つは停止中 の、寒くて地球にやさしい京大数理研図書室で夕方頃まで数学。その後、三条河 原町界隈へ。外を歩いていると寒いので、JEUGIA三条本店に入ってみた り明治屋を冷やかしたりして、何となくふらふらしながら考え続けた結果、 「小さな進展?」の件は結局論文に書けるようなものは未だ何も得られていな いことが分かった。しかし長い間もモヤモヤとしてすっきりしなかった関連事 項が前よりも明快に理解できたので、良しとしておこう。夜はその結果をノー トに纏め、3月に出張する際に友人達と会うための連絡など。
この日誌でさんざんオジサン嫌いを標榜している私であるが、オジサンに なる前からの友人はオジサンになってからもオッケーである。それは多分、そ の人との若き日の愉快な記憶によって、脳が心象風景を上手く補正してくれて いるからだと思う。それに対して、出合った時には既にオジサンでしたという場合は、この 「愉快な過去の記憶」が欠けているため脳の補正は働かず、生のオジサンを直 接見るしかない。そして、オジサンを生で見るのは危険である。
しかし何と言っても最悪なのは、若き日(から今日まで)の忌まわしき記憶 によって脳が心象風景を悪く補正してしまうオジサンである。鏡を見る たびに胸をよぎる青白い殺意の理由は、それかもしれないな。
2008年2月19日(火)
<<抗議の意思を表す>>
朝、新聞を読んでいたら、大江健三郎が「そのように考えて始めてはいけない」
というシェークスピアのマクベスか何かの言葉について書いていた。要するに、
物事悪い方向に考え始めるとおかしくなるというような意味らしい。相変わら
ず大江の文章は読んでいると頭が歪んで来そうな文体なので、これ以上脳が歪
んでは大変だと適当に読み流し、午前中は自宅で数学。ある教科書で昨日の
「小さな進展(?)」の裏付け作業に関係しそうな補題を見つけ、眺める。そ
れから昼過ぎに出勤。
13時半近くになっていたのに生協食堂は学生(高校生?)でごった返し ていた。定期試験も入学試験もとうの昔に終わったというのに、何やかやと騒々 しい大学である。やむなく生協コンビニ弁当を買い、研究室コソコソ昼食の後、 しばし数学。その合間に生協書籍部に行き、少し残っている研究費で 岩波「数学辞典(改訂4版)」と特異点とルート系に関する入門書を買った。夕方からは学位 審議委員会。先日の学位審査で副査を勤めたので、この会議はサボるわけには 行かない。
そういえば木曜日は修士論文公聴会がある。(旧)情報学科時代の修士論 文公聴会は、自分の院生が居ようが居まいが教員全員出席が義務とされ、学生 に嫌われ院生が居なかった私は朝から夕方まで次から次へと(あまり興味の湧 かない)専門外の研究発表を聞かされた上に、各発表に対して何らかの教育的 コメントをすることを求められ、かなりキツかった。しかし先日の教室会議で 確認してみて初めて知ったのだが、数理科学科では主査、副査以外の教員は修 士論文公聴会への出欠は事実上各教員の自由意思なのだそうだ。
勿論、今年は自分の院生は居ないし、他研究室の院生の副査を頼まれても いないし、入試採点全脳トレに励めどもボケた頭はいっこうにすっきりしない し、最近あまり勉強してないから学生の話を聞いてもチンプンカンプンで面白 くないし、公聴会のためだけに出勤するのも面倒だからサボりますなどと言え ば、さすがに教員個人の自由と我儘を最大限に重んじる我らが数理科学科でも、 お前、真面目に教師やってるのかよ?!という話になってしまう。
しかし 例えば、昔に比べて大学院のレベルが落ちて聞くに値するような研究発表が無い、 この状態が放置されている事実に抗議の意思を表すために私は断固として公聴 会出席を拒否する!とか何とかもっともらしい大義名分を掲げれば、パスしても 良いとされているそうだ。なるほど、さすが複雑系。何だかよくわからない けど、奥が深い。
じゃあ私も「大学院に関する『何か』に抗議の意思を示すために断固とし て公聴会出席を拒否する!」の『何か』の部分をひねり出して、木曜日の公聴 会をパスしてやろう。でも、私、大学院出てないから、昔の大学院のレベルと 比べて云々などとカッコいい事も言えないし、どうしようかなあーっと。まだ 少し時間があるから、何か考えておこう。
大義名分は振りかざすこと自体に意味があって、その内容が他の理解を得られ るかどうかは二の次だから、例えば「教室会議の議事内容が複雑系すぎてわけ がわからない。私はこの事実に抗議するために、断固として修士論文公聴会に 欠席する!」というのもシュールでいいんじゃないかしら。え?教室会議と 修論公聴会に何の関係があるのかって?そんなの、おっぱっぴーだよ、 おっぱっぴー!
できれば、複雑系の他の同僚諸君もそれぞれ『何か』に対する抗議行動を 起こして主査と副査の先生以外は誰も姿を見せず、修士論文公聴会を絶滅の危 機に追い込んでみてはどうだろう。そのドサクサの中で野望と戦略の「数理 ファイナンス学科」が大半の院生とともに分離独立し、残された数理科学科は 大学当局から「修士論文公聴会もまともに運営できない自治管理能力の無い学科」 と睨まれてお家取り潰しとなり、私を含む何名かの教員は青テント生活に突入する。 かくして学科長時代に私が夢みた「自爆テロ」は完結するのだ!?
うーむ、この白昼夢はどこかが間違っているような気がする。やはり、 「そのように考えて始めてはいけない」んだろうなあ。
さて、学位審議委員会は小一時間ほどで終ったので、すぐに大学を出る。 途中久しぶりに山科駅前Sbuxで半時間ほど数学。 夜も数学。しかし「裏づけ作業」は暗礁に乗り上げている。
2008年2月18日(月)
<<小さな発見の喜び>>
午前中は昨日の買い物リスト消化プロジェクトの最後の詰めに追われ、昼過
ぎに京大近辺に繰り出す。暖かく快適な図書室の関西日仏は月曜休館だという
ことを忘れていた。仕方ない、では喫茶進々堂にしようと思ったが、定休日だか
臨時休業だか知らないけど、兎に角閉店していた。かくなる上は厳寒の
京大数理研図書室かと覚悟を決める。しかし実際行ってみたら、今日は暖房が
25度設定になっており、どうにかしのげる程度には暖かい。
何だ、やればできるじゃん!と数理研で落ち着き、夕方まで数学。小さな進展が
あったような気がするんだけど、詳細はちゃんと詰めてみないとわからない。
帰りは久しぶりにJEUGIA三条本店に立ち寄り、 ザビーネ・マイヤーのクラリネット五重奏曲(モーツァルト)と 序曲、主題と変奏(キュフナー)と アラン・ハッカーという人がクラリネットを吹いている、メンデルスゾーンのクラリネット・バセットホルン・ピアノ曲集 のCDを購入。
モーツァルト&キュフナーのはザビーネ・マイヤー様の有名なデビューC Dで、我らが世界に誇るゲーテ・クラリネット奏者氏のデビューCDもマイヤー 様と同じモーツァルトのクラリネット五重奏曲である。キュフナーの「主題と 変奏、変ロ長調」は以前どこかのコンサートで初めて聴いたのだが、 それまで曲は勿論、キュフナーの名前も全く聞いたことがなかった。 それで、演奏家というのは色々な曲を知っ てるものだと感心するが、一体こんな曲をどこから引っ張り出してきたんだろ うかといぶかっていたのだが、DENONのCREST 1000なんて、こんな身近な シリーズでCDが出てたのかと小さ な発見の喜びに浸り、思わず購入したのである。
CDを聴いてみて、ザビーネ・マイヤー様はデビュー当時からこんな綺麗 な音を出してブイブイ言わしてたのかと改めてびっくりしたな。マイヤー様と私 はほぼ同い年だけど、彼女がこのCDを録音した頃、私は大学院入試浪人をし ながら滑り止めに三重県の教員採用試験や三重県庁、および、津市役所の採用 試験を受けまくっていた。その数ヶ月後、大学院入試も受けた。それで、、、 ぜーんぶ落第!華麗なデビューを果たした音大生とさえない夜明け前の私。 ま、マイヤー様と私の人生を比べてもしょうがないんだけどね。
さて、アラン・ハッカーのCDでは、ピアノはメンデルスゾーンの時代に使われ ていたものと同じか近いものを使っているらしい。まあ、最近古楽器が流行っ てるそうで、こういう演奏のCDが多い。こないだ買った ハイドンのピアノ三重奏第9番のCDも そうだったし。皆さん、ちょっとやり過ぎじゃないのかしら。 私としては現代のピアノで現代流の解釈で弾いてくれたらそれでいいんだけど。
それにしてもメンデルスゾーンのクラリネット曲とは珍しい。でも「無言 歌集」ってもともとピアノ曲じゃなかったっけ?そういえば無言歌ハ長調「紡 ぎ歌」は ホルショフスキーのカザルス・ホール・メモリアル・アンコールのCDに も入っている。これはずっと昔、まだあまりクラシックを聴いてなかった頃に、 「へえー、これがあの有名なホロヴィッツか」と勘違いして買って、 ごく最近まで勘違いしたままだったんだけど、 結果的には私のお気に入りCDのひとつになっている。ホルショフスキーのは 流れるような軽快なテンポのエレガントでとても美しい演奏だけど、今 日買ったCDはすこしゆったりとしたテンポで、ピアノの音も古楽器 風に素朴だし、ずいぶん雰囲気が違っていた。私は ホルショフスキーの「紡ぎ歌」の方がいいな。
2008年2月17日(日)
<<知的な生活>>
野暮用の日曜日。今日の目標は溜まっていた買い物リストの全品消化。午前中
は自宅で野暮用の後、市長選挙の投票に行き、その足で山科駅方面へ。ラクト
山科で昼食、そして買い物をすこし。それから京都駅に移動し、伊勢丹やアバ
ンティーを歩き回る。
売り場を尋ねた伊勢丹の案内係の作り笑いが、脳が歪ん でいる私には少し気持ち悪かった。 先日京都駅地下の土産物売り場近くに来た時は、液晶パネルでやっていた フランス映画の「潜水夫は蝶の夢を見る」の宣伝に釘付けになった。 今日そこを通っただけで、その時の衝撃を思い出してしまった。 それから勿論、アバンティーではサンリオ ショップのチェックも忘れない。キティー雛人形は良いアイディアだ。それか ら、キティーがパンダの被り物をしているのは良いけど、パンダそのものになっ て目が白抜きになるのはどうかと思う。
山科に戻って、だいぶくたびれてきたけれどもうひと頑張りで雑貨量販店 ニックに立ち寄ったり、帰宅して上新電機に電話で問合せたり、ネットで調べ たり。効率的な買い物ということで言えばもっと違う方法があろうかと思うが、 結局京都の街を歩き回りたかったということか。あまり考えずに動き回ってい るので、自分でもよくわからない。
自宅で一休みしてからスポーツクラブへ。帰って来て遅めの夕食。久しぶ りにテレビで漫才を見る。チュートリアルはいつ見ても面白い。それから、あ あ、ややこしやー、ややこしやー!と狂言みたいな踊をする人も面白い。 大笑いしているうちにまた野暮用が入る。それが終ったら一日がほとんど終っていた。
遺憾な、今日は何も知的な事はしなかったような気がする。自分に言い訳 をするために、少しフランス語。でも、「今日も一日生きていた。それで十分 知的じゃないか」と、言い訳なしで毎日を過ごせるようにならないといけない と思う。
2008年2月16日(土)
<<ああ、そうだった!>>
関西日仏学館の日。今日も寒い。全脳トレをすれば感情や行動をコントロール
する能力が高まるとされているが、入試採点全脳トレをやって間もないのに
昨日の会議ではキレまくり、今朝もまだ気分が悪い。全脳トレって本当に
効果あるのかしら?というような事を考えながら
昼前に京大ルネに着き、昼食の後、日仏学館
に移動し授業時間が来るまでの小一時間、図書室でL'etranger を読む。
あと残り20ページほどになった。1日2ページぐらいしか読まないので、
2月中に読み終えられるかどうかといったペース。
クラスにすごくお洒落な眼鏡をしてくる人が居るので一寸聞いてみたら、 眼鏡が好きで10個ぐらい持ってて、その日の気分で選んでいるそうだ。今度、 眼鏡を買った店の名前を教えてもらうことにした。
また、午前中はゲーテ、午後は日仏という独仏語同時進行で勉強している という人に、会話練習で「今朝は何してましたか?」と聞いたら「よく寝てま した」というので、あれ?ゲーテは?と聞いたら、もう講座は終ったという。 ああ、そうだった。ゲーテは2月の始め頃に冬学期が終わり、ではまた3月下 旬からの夏学期に!と言ってクラスの皆さんにお別れをしていたのだった。で も日仏学館は春、夏、秋、冬の4学期制で3月末頃までガンガン講座をやって いる。何だか夏休みも冬休みも祭日も蹴飛ばしてガンガン授業やっているRi tsみたい。
昨日の日誌で「大学の数学教師は無意味な存在であり無意味でも構わない」 と書いたけど、本当は「大学の数学教師」ではなく「人間」とか「私」と書きた かったのかも知れないというような事を考えながら、寄り道せずに帰宅。
夜はフランス語の復習など。