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よ け ス ペ ー ス で す。

2008年1月15日(火)
<<清清しい教授会>>
午前中は4回生の講義最終回。今日は試験の範囲外のことを喋ると宣言したの に、受講生数が先週と比べてあまり減らなかったのは不思議といえば不思議。 でもまあ、大学には私に理解できないことや理解しない方がよいことが沢山あ るから、いちいち理由は詮索しませんけど。

研究室こそこそ昼食を速攻で済ませ、短時間だけ形式的な会議。その後事 務で郵便物の整理などをした後、4月からの卒研予定生のS君がマンフォード の教科書を借りにきた。これは私が学生の頃卒研ゼミで使ったテキストだが、 ゼミでは頭ぶっ叩かれて「お前、そんな事もわからんのか、アホ!」と叱られ るばかりで、指導教官に何か教えてもらった覚えはほとんど無い。しかし唯一、 「ザリスキーの主定理はとても深い定理だから詰まらない命題の証明などに滅 多矢鱈に使うべきではない」という話だけは覚えている。

その後14時過ぎから4回生M君の卒研ゼミ最終回。テキストは予定の半 分も進んでいないけど、残りは春休み中に読んどいてくださいねってことで終 了。自力でどこまで読めるかを見極めた上で、4月に修士課程に上がってから のテキストを決めようという算段。

それから出張旅費の申請書類を書いたりといった雑用をしているうちに教 授会。これもまたおじさんばかりの密室での形式的な会議。しかし、学科長会議で 面倒な宿題や無理難題を押し付けられ頭を抱えて帰ってくると、待ってましたとばかり に、さきほどの会議で決まった件、あれやれ、これやれ、早く やれ!という事務からの雑用催促メールや電話が雲霞の如く押し寄せてくるようなことを 年間50回近く経験すると、教授会のような後腐れも何もない形式的な会議なんて 「へ」でもない。それに、「理由なき反抗」モードに入って訳もなくむかむか していなければならない教室会議に比べれば、教授会なんてむしろ清清しいく らいだ。

議事を聞き流し具体例の計算などをして過ごしているうちに、清清しい 教授会は18時過ぎに終了。学部長も「予定よりも早く終わることができました」 とニコニコしていた。その後、明日の授業の準備を少しして、図書館で 本を借り、生協で夕食をとってから帰宅。夜も少しだけ計算をしてみるが、ほ んの少しだけ前進(したような気がする)。

また夜中の23時半過ぎにに事務長からお仕事メールが流れてきた。何度 も言うようだけど、夜中の23時過ぎに大学教員が研究しているは平和な風景 だが、同じ時刻に事務長がせっせとお仕事メールを書いているとしたら、それ はかなり不気味だ。

2008年1月14日(月)
<<骨のある大学>>
成人の日。文部科学省の強い指導に忠実に従って祝日を全て蹴飛ばしてガンガ ン授業をやるRitsだが、何故成人の日だけは休みになるのかしら。「成人 の日まで蹴飛ばして授業を行うのは学生の教育上好ましくない」と我らがRi tsが文部科学省に抵抗したのかしら。しかしRitsはお上に楯突くよう な骨のある大学ではない。あるいは「(総務省が決めた祝日など蹴飛ばし ても構わないが)成人の日だけは例外とせよ」と同省の方から指導でもあった のかしら。

下っ端教授の私には真実など知る由も無いが、どうやら後者のよう な気もする。実際、文部科学省のホームページを調べてみたところ、平成12 年に生涯学習政策局社会教育課というところが 各都道府県の成人式の調査を行っているから、同省としては 成人の日に重大な関心を寄せていることが窺える。

本日も研究日。夕方頃、RACTO山科に買い物に出た以外は、終日自宅 で数学や野暮用など。具体例の計算法第二段階に向けて、ああでもないこうで もないと愚図愚図過ごす。

2008年1月13日(日)
<<不気味な話>>
研究日。夕方近所に買い物に出た以外は、終日自宅で野暮用と数学。数学は、 ようやく明らかになった具体例の計算法の第一段階ともいえる部分の全容を纏 める。明日から第二段階に取り組むことにしよう。夜は来年度のシラバスを書 いたり、科研費の残高を調べて出張の計画を立てたり、Deutsche Welle を見 たり。

夜の11時過ぎに理工学部の事務長から火曜日の会議に関連したメールが 届いたが、日曜日のこんな時間まで仕事をしているのだろうか。学者は好きこ のんで盆も正月も日曜日も蹴飛ばして勉強したり研究したりするものだが、そ れはそれが楽しいからである。しかし、事務長が事務の仕事が楽しくて日曜の 夜中でも仕事してるとしたら、それは色々な意味で不気味な話である。

2008年1月12日(土)
<<補講の嵐>>
関西日仏学館冬学期の第一日目。しかし今日は3回生の演習の補講日のため、 大学に出勤。その前に山科駅前Sbuxでしばし数学。隣に若い女性二人。職 場か何かの先輩後輩らしい。モテモテの後輩は既婚者を含む3人の男に三叉を かけているらしく、どの男を選べば私は一番幸せになれるのかしらという悩み を先輩に相談していた。勿論話を聞いている先輩とやらが嬉しそうにしている わけがなく、心中察するに余りあり。少し離れた所では50代ぐらいの女性が 2人、何やら所帯じみた悩み事を相談していたけれど、よく聞こえなかった。

さて、数年前の土曜日にも補講をしたことがあったが、教室に行っても誰 も居ず、30分ぐらいしてぽつりぽつりと2、3名の学生が様子を見にやって きた。これではてんで授業にならないし、定期試験も近いので、その2、3名 の学生相手に他の科目の質問に答えたりしていた。

今日もそんな感じだろうから、さっさと自然休講にして図書館で文献のコ ピーだけしてさっさと帰ろうかと思っていたら、いつもの8割ぐらいの学生が 来ていた。今日は統一補講日とやらでキャンパスには補講の嵐が吹き荒れて いるらしく、平日と同じぐらい学生が溢れ返っていた。彼らも他の補講に出る ついでにこの授業にも出てきたのだろう。

学生ばかりではなく、今日は教員もほとんど総出状態なのか、生協食堂、 事務室、廊下、エレベータホール、建物の外等等とキャンパス内のいたる所で 矢鱈とオジサン(大学教員のほとんどはオジサンである)に出会うハメになり、 最後は吐気が催してきた。

授業の後、研究室で資料を探したり図書館で文献を捜してコピーしたりし てから帰宅。夜はスポーツクラブ。

2008年1月11日(金)
<<ちょっと雰囲気モノ>>
研究日。午後は京大数理研図書室に籠り、帰りにJEUGIA三条本店に立ち 寄ってCDを2枚買ったが、移動時間も含めて終日なんだかんだと数学。具体 例の計算については、ずっと引っかかっていた謎が解決。要するにある論文に 書かれている具体例が間違っていたのだった。この論文を参照して書かれてい る論文がいくつかあるが、あるものは間違いに気づいて修正版をさり気なく載 せており、またあるものは間違いに気づかずに新たな間違いも付け加えて (!)、その例を再掲載していたというわけだ。まあ、有名雑誌に掲載されて いる有名数学者の論文に間違いがあることは、そんなに珍しいことではない。 大抵は瑣末な部分のミスだが、中にはそうでないのもある。

JEUGIAでは、アンネ・ケフェレックの 「D.スカルラッティ、ピアノ・ソナタ集」 とヘンク・ド・グラーフの「モルター、クラリネット協奏曲(1番〜5番)」の2つのCDを買った。

ドメーニコ・スカルラッティのことは、店でかかっていた曲が気に入った ので店員さんに聞いて初めて知った。J.S.バッハやヘンデルと同じバロッ ク時代の人で、後世のピアノ奏法の先駆となるような独創的なチェンバロ曲を 500曲以上書いたそうだ。沢山のピアニストがCDを出していて迷ったのだ が、以前アンネ・ケフェレックの 「ヘンデル・ピアノ曲集」 がとても良かったので、今度も彼女のCDに した。明朗闊達で端麗な演奏は、全世界を敵を回して戦争をしているオレさま で自己中でクールな私の魂にはぐっと来ます。

クラリネットのヘンク・ド・グラーフについては全然知らなかったのだが、 激安680円ならお試しで買ってみようかという気にもなるし、ケフェレック のCDと合わせれば2000円を超えてJEUGIAお楽しみスタンプを2個押して貰える しということで買ってみた。おや、オランダ人(と思われる)のグラーフのク ラリネットって、リードをリガチャーじゃなくて紐でぐるぐる巻きにしてミミ ズの首みたいにして留めてるから、エーラー管ですかね。この モノクロ写真のジャケット がちょっと雰囲気モノで、昭和の昔からしぶ とく生きのびてきた私などは、ベン・ケーシーや逃亡者などの昔のアメリカの テレビ番組を思い出して、ちょっと懐かしいのである。

ヘンク・ド・グラーフのクラリネットは、重く詰まって音が出にくいような 感じで音色もそれ程よくなく、いまいちである。同じモルターの協奏曲なら、 第1、3,4番しか入ってないけど カリ・クリークの方がうんと良い。

2008年1月10日(木)
<<ラローズ恐い!>>
研究日。まずは昨日と一昨日の睡眠不足の解消から、と昼前まで爆睡。午後は 百万遍の喫茶進々堂、京大数理研図書室、関西日仏学館のル・カフェにて数学。 帰宅後も少し数学。具体例の計算法などを色々調べたり、関係しそうな文献を あたってみたり。例の計算は、完璧に分かったとはもひとつ言い難いモヤモヤ 感が拭い去れない。昨日から目をつけていたものも含め、文献は特に使えそう なものは見当たらず。

ル・カフェでは今のフランス語の先生と最初にレベルチェック・テストを してくれた別の先生が一緒に軽食をとっていた。レベルチェックの先生は風貌 も話し方も精悍な感じのするアフリカ系の人で、何故か山科駅近辺でもよく見 掛ける。

関西日仏学館には確かJ.ラローズという先生がいるはずだが、どの人か わからない。30年前、大学に入って最初のフランス語の授業がこの先生の 「フランス語実習」で、ウィンブルドンのチャンピオンだったテニスの ビョルン・ボルグみたいな人が教室に入って来て、 ボンジュールとか何とか挨拶したかと思うと、いきなりフランス語でなにやら ごちゃごちゃ言い出した。皆がきょとんとしているとだんだん怒り始めて、最後 に流暢な関西弁で「教科書のここを読んでみいっちゅうてんねん!」と。 後で我々は、日本語わかっとるんやったら最初から喋れっちゅうに!僕らフラ ンス語の「フ」の字もまだ習とらへんのに気合いで分かれっちゅうんか?あの先 生、無茶しよるなとさんざんぶーたれていたものだ。私が当時使っていたテキ ストを見ると、表紙の裏に、(30年前の)先生の似顔絵の習作の一部の 横に「ラローズ恐い!」と書かれているのが何とも可笑しい。それから、 確か当時使っていた辞書か何かに似顔絵の完成版と「ラローズ来たりて笛を吹 く」という意味不明の一文が書かれていたはずだが、何処に行ったか見つから ない。懐かしいから、一度ラローズ先生にお会いしたいものだと思っている。

帰宅途中にゲーテに立ち寄って、少し偵察。以前は上級クラスに居たクラ リネット奏者(その2)氏が夕方の守衛をやっていたのだが、やめてしまった とみえて、新しい人が入り口の詰め所に座っていた。そういえば少し前にゲー テで、守衛業務などを行う事務職員を募集していたから、あの頃にやめていた のだろう。

2008年1月9日(水)
<<理由なき反抗モード>>
午前中は経済・経営の一般教養の数学。この講座の受講登録者数は450名余 で、普段教室に来てるのは100名弱ぐらい。しかし今日は、試験情報を聞き 出そうと初めて教室に顔を出したような学生で溢れ返るだろう。だとすれば、久々 に私語で騒然とした巨大教室で授業をしなければならない。ああ、毎日が戦争 だった(旧)情報学科時代を思い出して血が騒ぐぜい。

そこでトンカチの用意周到準備万端にし、教室に向かう道すがらも静かに 集中力を高め、「バンバンバアーン(とトンカチを鳴らす音に続いて)諸君、 静粛に!こら、そこの学生達、お喋りが目的で来てるなら邪魔だ。直ちに出て いきなさい!」と口から火を噴いて吠えるイメージレッスンを入念に行って授 業に臨んだ。しかし実際教室に行ってみたら、せいぜい100数十名程度の学 生で、いつも通りの静けさ。学生というのは、わからんものだ。

今日も、12月最後の授業に引き続き、再度試験問題を公表した。試験当 日までよく考えておくように、と。問題を公表するのなら、レポート試験にす れば良いかも知れないが、定期試験にした方が、書式、用紙、回収日などが綺 麗に揃うので遥かに便利なのである。持ち込み不可なの で、丸写しレポートを読まされることも無いし。もっとも友人のものを丸写し するような試験問題ではないけど。

チマチマとした計算をしたりパズルのような問題を解いたりといった、い かにも文系数学の講座らしい事は、授業では色々やって見せたけれど、試験問 題には出さなかった。彼らには、人間の知的な営みや物事を見る一つの視点と しての数学が彼ら個々人にとってどういう意味を持ちうるのか?といった、す こぶるテツガク的な事を考えて欲しいと思っている。恐らくは「数学なんか勉 強して何のヤクにたつのですか?」と問うであろう彼らに、逆に「貴方の人生 にとって数学とは何ですか?」ということを問い返したいのである。そして私 の講義は、中学、高校時代の数学の授業とはひと味違った、数学とのちょっぴ りロマンティックな関係もありえるかもねといった事を沢山示唆してきた積も りである。あくまで、「積もり」だけど。

研究室コソコソ昼食の後、徳島大学集中講義のレポート採点の準備作業。 14時10分から数理科学科3回生の演習の授業。この手の授業では、当てら れてから初めてテキストの該当部分を大慌てで読みはじめる学生がほとんどな ので、照れずに彼らに合わせることにした。すなわち、問題を簡単に解けるぐ らいの大きさに細切れにして、学生を出来るだけ沢山黒板の間に引っ張り出し、 その場で考えさせたり、チンプンカンプンの学生には強引に教え込んだりして、 いずれの場合も短時間で別の学生と交代させるという方式を取ってきた。これ が教育的に良い方法かどうかは分からないが、受講生全員に満遍なく何かをや らせて強引に単位を押し付けるには向いている。何にも分かってないのに何か しらの「ぬるい達成感」が得られて、おまけに単位まで付いているというのは、 正統派数学科的には邪道の極みだが、何も分からなくて敗北感がつのるばかり で、おまけに単位も取れないというのばっかりじゃあ、元気出ないだろうしね。

演習の後は教室会議。そういえば、あの年間50回近い不毛な学科長会議 から解放され、かかりつけの医者から見離されて精神安定剤が処方されなくなっ た今、教室会議は私にとってもっとも不機嫌な時間であり、会議室に着席した 段階で既に理由なき反抗モードに入っており、半分キレかかっているのである。 今日の会議も例によってカオスが渦巻いていたけれど、最初は無視してせっせ と徳島大学のレポート採点をやっていた。しかし途中、脈絡の無い無意味な議 論が堂々巡りし始めたのが気になり始め、最後には思わずキレて吠えまくっ た。ああ、またやってしまった、、、混沌に目鼻をつけようとする野暮を。

会議の後、レポートの集計、郵送手続き、成績表メール送付をして、しば し文献検索などをやってから帰宅。夜は理由なき反抗モードを鎮めるため、 リトル・バッハ・ブック と日本酒を少々とDeutsche WelleとE'etranger.

2008年1月8日(火)
<<時間旅行>>
仕事始め。午前中は4回生の講義。既に12月末の講義で試験範囲まで終って しまったので、今日と来週は主に大学院進学予定のM君向けに少し発展的な話 題について話すと予告しておいたので、恐らく教室に行ったらM君一人がぽつ んと座っているだけだろうと予想していた。ところが実際教室に行ってみたら、 12月頃にはとんと顔を見たことのない学生達が大勢押しかけていて、肝心の M君は居ない。

大勢組は試験情報を探りに来たらしいが、前回の授業でアナウンスした事 を告げると、そんな事は知らなかったし、久しぶりに授業に出たのにアテが外 れたというような顔をしていた。(旧)情報学科あたりだと学生同士の口コミ でたちまちその手の情報は広まったものだが、どうやら数学の学生については そういうことはないらしい。彼らは彼らの教師である我々に似て、お互いへの 関心が薄く相互の連絡がすこぶる悪いままにそれぞれが勝手に飛び回っている のであろう。もしそうならば、彼らはちゃんと教師の背中を見てすくすく育っ た良い子たちだと言うべきであろう。

それでM君はというと、列車が遅れたため授業に間に合わなかったようだ。 何せ小雨がぱらついただけで10分や15分は平気で遅れるJR琵琶湖線であ る。今朝は濃い霧が出ていたため、どの列車も80分以上遅れていた。列車が 80分遅れたら80分前の列車に乗って時間旅行をすれば良いわけで、私もそ うやって午前中の授業に間に合ったのだが、私よりもうんと遠くから来る人は そう簡単には行かないのかも知れない。

兎に角、仕方がないので予定していた話は来週に回し、今日は学生からの 質問に答える時間とし、何故か剰余環の話を延々とすることとなった。

研究室コソコソ昼食の後、13時に4月から私の卒研ゼミに来ることになっ ているS君が可換環論の質問に来た。ついでだから卒研のテキスト選定につい ても少し相談した。S君は自力で代数多様体論の入門書をほぼ読み終え、今は アティヤ&マクドナルドの可換環論の教科書を読み進めているらしい。この調子 なら4月からはハーツホーンの代数幾何学の教科書かマンフォードの「複素射影 代数多様体論」が読めるだろうから、自分でもちょっと見比べてどちらが自分に 合ってそうか考えておくようにと言っておいた。

14時からはM君の卒研ゼミ。その後、徳島大学の集中講義のレポートの 採点準備作業。課題に出した問題の解答例を作り、さて採点と思ったところで、 私が準備したのは去年の問題のものと判明。正月ボケと言いましょうか、何と 言いましょうか。また明日以降作業やりなおし。

2008年1月7日(月)
<<脳が歪む>>
授業は明日からだが、冬休みは昨日で終り。そのせいか、午前中から仕事関係 のメールがちょくちょく届いた。正月といっても特に変わったことはほとんど やらない私だが、正月の街の雰囲気は胸一杯感じている積もりだし、このまま ずうっと正月だったらいいのになあなどと人並み(?)のことは思うのである。 だから、仕事関係のメールが届いただけで、ああ、本当に正月が終っちまった んだと、ちょっとがっかりする。

今日もDeutsche Welleを見てから、数学。ある基本事項の理解に曖昧なと ころが判明したので、教科書読みなど。夕方頃は、思索と野暮用を兼ねて河原 町三条から四条近辺へ。

自宅から地下鉄の駅に向かう途中、ぼんやり数学を考えている積もりがい つの間にか「数学教室はいかなる原理や法則に従って動いているのか?」 という問題を考えていた。これは急に正月気分が抜けて一時的に脳が歪んでし まったことが影響していると思う。数学教室は複雑系であり、教室会議にはカ オスが渦巻いている。それは制御不能な対象物であり、脈絡とは無縁な存在と してあらゆる論理的理解を拒否する。要するに、私がかかわるべき世界では ない。このことは既に学科長1 年の経験で明らかになっている。なのにまだそ こに原理や法則を求めてしまう私は、間違っている。

脳の歪みを正し、数学に思いを寄せながらSbux新京極店、四条寺町の 眼鏡店、JEUGIA三条本店、Apakabarゼスト御池店などを偵察。寺町通り や新京極通りは3日あたりは人出が異様に多かったが、今日は流石に平常に戻っ ていた。

2008年1月6日(日)
<<発展的解消>>
何だか嫌な夢で目が覚めた。つい数日前も、若いホモのストーカーに抱き付か れ、「俺は男は嫌いやっちゅーに!オジサンは大嫌いだし、オジサン予備軍も嫌 いだあ!」とそいつを投げ飛ばしている夢を見た。さて今朝の悪夢は何だったのか、 布団の中で思い出そうとしていると、夢の内容ではなくなぜか大学教師になる 前に受けた査読妨害のことなどを思い出していた。

大学教師になる前は、某電機メーカの研究所勤務をしていたのだが、会社 員だといつ工場や営業に配置転換になって研究者生命が断たれるかわからない ということで、私は大変な危機感を持っていた。まあ、研究者生命が断たれ たからといって、それで死ぬわけでもないのだからいいようなものだけど、当 時はそういう風に思い詰めていたのである。

兎に角、研究者として首が繋がっている間に論文をどんどん出版して学位 を取って、早く大学の就職先を探さなければならない。これは時間との戦いだ けど、世の中は必ずしも自分の思うようには動いてはくれない。折角投稿した 論文を、査読者が机の引き出しに放り込んで知らん顔を決め込んだり、不公正 で悪意に満ちた査読レポートを編集者に提出して不採録に追い込んだりといっ た査読妨害・出版妨害にたびたび見舞われた。

こういうことは競争の激しい研究の最先端ならばどの分野でも珍しくな い事だと思うが、研究者としての身分が不安定な時期にこれをやられると結構 焦るものである。焦りゆえに色々小賢しい言動を繰り返し、尊敬していた先輩 に君は学問を冒涜している!とどやしつけられたり、頼りにしていた人に突き 放されたり、悪い人に良からぬことをそそのかされたりと、今思い出しても恥 ずかしいことばかりやっていた。

まあ、そんな具合に大変な日々だったことを布団の中で思い出し、人は苦 労して手に入れたものは大切にすべきだし、これからも可能な限り研究に励ん で行こうとの決意を新たにしたのである。

悪い夢と暗い思い出に沈む憂鬱な朝を「新年の決意」の形で見事に発展的 解消させた私は、昼前に近所に買い物に出て、昼食後はしばしDeutsche Welle を見てから数学。冬休みも今日で一応終りなので、TeXの研究ノートの更新な ど。その後、山科駅前Sbuxで少し悪あがきのような計算や考察。帰宅後の 夜は観念して、関連する基礎事項を勉強し直すことにする。

2008年1月5日(土)
<<進展なし>>
今日も昨日と同じく、10時頃に起きて昼過ぎまでDeutsche Welleを聞いたり してすごし、午後は数学。あるアイディアを思いついて夕方まで色々やってみ たけれど、結局その方法では新しいことは分からないことが判明した。具体例 計算関連についても、やはりあまり進展なし。

途中、山科駅前Sbuxにしばらく居たけれど、数理科学科の院生のひと りを見掛けた。今日は六人掛けのテーブルではなく、窓際の丸テーブル。隣の 60代とおぼしき女性2人の会話で「40歳過ぎて誰にも相手されんようになっ ていくのは、見とるだけで辛いわ」という発言が聞こえてきた。一瞬、全世界 を敵に回して戦争をしている私のことを言われているのかと思い、 「人のこと、ほっとけ!」と吠えてやろうかと思ったが、どうやら彼女らの独身の 息子の結婚問題のことらしい。最後には、「こんな詰まらん事で悩むのは、私 らが暇で安泰な証拠やな」と。

夜はスポーツクラブ。その帰り道に、同僚アシモ先生が夜毎飲んだくれて いるという山科の某バーに、先生の飲み友達とおぼしき男2人が入って行くの を見た。帰宅後は、どこがどう進展しないのかをもういちど整理して、本日の業務終了 とする。

2008年1月4日(金)
<<六人掛けのテーブル>>
午前中から昼過ぎまでDeutsche Welleを聞いたりL'etrangerを読んだり。午後 はまた「具体例計算の謎」に取り組む。夕方ごろから山科駅前Sbuxへ。こ こは大学入試や各種資格試験の受験生などが多く、特に、1つだけ置かれてい る六人掛けのテーブルは、丁度図書館のように使われることが多い。元旦に来た ときは、ここに座ってた高校生の兄ちゃんが数学の問題集をやっていた。穴埋 め式の入試問題なので、もしかしたらRitsの受験生かも。

Sbuxは今日もかなり混んでいたけれど、このテーブルの席だけがうま い具合に一つだけ空いていた。左隣の女子高校生は古文の問題集、右隣の20 代ぐらいの女性は何やら職場の昇進が掛かってそうな資格試験の勉強、そして 右前の兄ちゃんは婦人科看護の本を読んでいた。兄ちゃんはSbuxの店員の 一人と知り合いらしく、今度産婦人科に就職することになったので勉強してい るのだと言っていた。この店員もさっきまで非番だったのか、この席のひとつ を陣取ってコーヒーの産地だの特徴だのを問うプリント問題を猛烈な勢いで解 いていた。これも職場の昇進だの首だのが掛かっているような事を産婦人科の 兄ちゃんに話していた。最後に、左前の某私大の女子学生は何故か24色か 32色の色鉛筆を持っており、最初は商店街の案内図みたいなのを描いていた が、その後若い女性のスケッチがいくつか印刷された紙を取り出して、塗り絵 のようなことをやっていた。大学の課題か何かかしら。皆さんテキストやノー ト、コーヒーやスナックのトレーなどをテーブル一杯に広げていたりするの で、間に挟まった私はすこぶる窮屈であった。

すこぶる窮屈ではあるが、数学は少し進展した。半年ぐらい前から、一体 どうやって計算しているのか、あるいは論文の印刷ミスではないかと疑ってい た、ある具体例の計算方法などが完全に解明された。まだまだ明らかにしなけ ればならないことは沢山あるが、これでとりあえず一つの壁が突破できたので、 少し気を良くしてスーパーで買い物をして帰宅。夜は今日の成果を纏めて、本 日の業務終了。

先日「大人の音楽史入門-- 読んでわかる!きいてわかる!クラシック音楽 の歴史」(ヤマハ)を買ったのだが、小学校の歴史の教科書みたいな感じで読 みやすい。音楽関係の人と話すと、その作曲家はロマン派の時代の人だから云々 で古典派の誰それに比べてどうのこうのといった事を頻繁に言うので、「だか らどうだって言うんだよう?」と思っていたのだが、ここらで少し音楽史を ざっと見ておくのも良かろうと思ったのである。

この本の付属CDは、よく耳にするけれど誰の曲だか知らなかったものがい くつか入っていて便利である。例えば、ハイドンの交響曲第94番「驚愕」の 第2楽章って小学生の頃に習ったクラシック・ギターの課題曲の1つで、今の 今までギター用の練習曲だと思っていた。小学生の頃って何も考えてないし、 誰が作曲したかって全然興味無かったしね。また、フォーレの組曲「ペレアス とメリザンド」の「シチリアーノ」も、ずっと前から大好きな曲だけど、今日 まで誰のものかわからなかった。フォーレのCDだったら、また関西日仏学館 で借りればいいな、と。

2008年1月3日(木)
<<それって理想的?>>
昨夜愚図愚図と眺めていた論文に、具体例計算のヒントのようなことが書かれ ていたので、今日は午前中から色々いじり回してみたものの、結局よくわから ず。気晴らしにSbux新京極店にでも繰り出してもう少し考えてみようなと 思い、三条河原町界隈に繰り出したけれど、人の多さには閉口した。

寺町通りや新京極通りなどは、暇そうな顔をした兄ちゃん姉ちゃんおっさ んおばはんらウロウロと溢れ返っていて、歩きにくいことこの上ない。そして、 Sbuxをはじめとして、その辺りの喫茶店はどこも漫ろ歩きに疲れて一休み する暇そうな人たちで満員御礼状態でどうにもならず、かろうじてドトールコー ヒーに身を落ち着けた。ドトールのカウンターには常時10名ぐらいの客が列 をなしていて、係りの兄ちゃんがいつ果てるとも知れぬ客の注文に独楽鼠のよ うに対応していた。それをぼんやり眺めながら、少し計算。でも、やっぱりう まく行かない。

それから少しJEUGIA三条本店を偵察。試聴してみたバルトーク のピアノ曲のCDが結構良かった。 津田理子&アントニオ・サイオテの"A portrait" のクラリネット版しか聴いたことがなかった「ルーマニア 民俗舞曲集」のピアノ版などが入っていたりして なかなか興味深いのだけど、最近ピアノ曲のCDをたてつづけに買っているので 今回は踏みとどまった。

ゲーテが潰れる前はクラリネット奏者氏のオーラに導かれてクラリネットの 室内楽曲のCDを片っ端から買い集めていたけれど、その反動なのかここしばらくは ピアノの独奏曲ばかりに手が伸びている。 もともと私はピアノが好きで、若い頃はピアニストと結婚することを漠然と夢見てい た時もある。コンサートを前にして曲の仕上がりがなかなか思うように行かず、 悩める芸術家を刺激しまいと努めて知らん顔を装っている夫の私にさんざん当たり 散らす。嗚呼、それって美しいものや創造的なものが好きなマゾな私にとっては、 まさに理想的な結婚生活じゃあないかと考えていたのである。でも、結婚している ピアニストが実際にそういう生活をしているかどうかは、知らないけどね。

2008年1月2日(水)
<<複雑系なヒトビト>>
正月が静かなのは元旦だけなので、自分だけでも静かにしてようと今日は昼頃 まで寝ていた。数学の方は、去年末から懸案になっている具体例の計算法をど うすれば良いやら皆目見当がつかないので、開店休業状態。午後は山科毘沙門 堂の辺りまで散歩に出掛けた。その後、大丸ラクト山科店で少し買い物をし、 山科駅前SbuxでL'etrangerに読み耽った後、何故か山科駅前と自宅を往復 している間に夕方になった。

途中、山科書店にちょっと立ち寄る。新書版の大学論関係の本があったの で、30秒ほどぱらぱらっと立ち読みをしているうちに憂鬱になってきて、出 来心とはいえその手の本にちょっと興味を示してしまったことを後悔した。

昨今大学論といえば大学経営論の話であり、大学経営といえば私も数理科 学科の教員のひとりとしてその責任の一端を担っているわけだが、無駄に回数 ばかり多い学科長会議、精神安定剤、トンカチ依存症、嘘つき野 郎や頓珍漢野郎、何考えてんだか見当がつかない複雑系なヒトビトとの戦いの 日々等等とロクでもない話をテンコ盛りで思い出してしまったというわけだ。

夜はDeutsche Welleを見た後、L'etrangerを読ん で、それからどうするかは未定。たぶん具体例計算の手掛かりを求めて、愚図 愚図と論文を眺めたりすることだろう。

2008年1月1日(火)
<<沈める寺>>
一年のうちで元旦が一番好きだけど、それは世の中が静かだからである。夕方 頃、散歩がてらに山科駅前Sbuxに出かけたけれど、それ以外は終日自宅で 数学。色々やってみたけれど、件の具体例は年が明けてもまだわからず。今詰 まっている所よりも、ずっと先まで進まないといけないんだけど。しかし、そ れ以外の部分で少しだけ進展があった。夜は少し早めに切り上げて、フランス 語やドイツ語を勉強したりして、のんびりと(する予定)。

ラヴェルを聴いて大晦日を過ごしたせいか、今日は久しぶりにドビュッシー が聴きたくなり、 Peter Röselのピアノで 「子供の領分 Children's corner-- Petite suite pour piano seul」 「ベルガマスク組曲 Suite bergamasque」「版画 estampes」、そして M.ロストロポーヴィチのチェロで 「チェロ・ソナタ Sonate pour violoncelle et piano」を聴いた。 ミシェル・ベロフとジャン=フィリップ・コラールの四手ピアノで 「小組曲 Petite suite」「6つの古代の墓碑銘 6 Epigraphes antiques」 「白と黒で En blanc et noir」も聴いた。

「小組曲 Petite suite」は某コンサートで初めて聴いて、うわー、これい い!このコンサートの中で一番美しい演奏だったと興奮して、帰りにJEUG IAでCDを買った。しかし専門家の間では、その演奏はそのコンサートで 披露されたいくつかの演奏の中では最も評判が悪かったそうだ。「あれはド ビュッシーではない」と。

まあ、そういうことはちょくちょくあって面白いものだなあと思う。私は、 大抵そういう場合は、「何だか知らないけど専門家筋の方が間違っているのだ」 と無条件に思ってしまう習性がある。でも、別に彼らと喧嘩したいわけでもないし、 単に私がオレさまで自己中でクールだからそう思うだけのことなので、特に強く 主張することはないけど。それに、私が「良い」と思ったことも、専門家が 「駄目だ」と思ったこともどちらも事実だから、誰も嘘をついていないわけだし、 それはそれで目出度いことではないかと思う。

ところで、ドビュッシーの「沈める寺 La cathedrale engloutie」は、私 の持ってるCDの中には無いし、この曲自体を今まで聴いたことがないことに 今日初めて気付いた。何処で知ったか忘れたけれど「沈める寺」って題名聞 いただけで、うわー、ドビュッシーやなーっ!えへっ ( 何が「えへっ」なんだ よう、気持ち悪い野郎だな)て思って、ついでに勝手に曲の(かなりヴィジュアルな)イメージも作り上げて、もうこの曲を完璧に知り尽くしている積もりになって、 ドビュッシーと言やあ何てったって「沈める寺」じゃあねえかよ、何だよ、おめえ 知らねえのか?じゃあ、教えてやるよ、とか何とか言って頭の中のイメージを念力 かテレパシーで送ろうとしたかも知れないぐらいなのだ。しかし今日、インターネ ットでちょっと試聴してみたら、全然違う曲だった。何だよ、これ?俺、 知らねえぞ、と。