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よ け ス ペ ー ス で す。

2007年7月31日(火)
<<38パーセント>>
昨日に引き続き、比較的カラっとした夏の日。今日も朝から晩まで、会議室に 監禁されたり、研究室で前期試験の採点をしたりと、大学の仕事に励み、21 時過ぎに家路につく。ここ2、3日は逃避の数学は諦め、通勤途上などでは極 道猫物語をすこしずつ読み進める。

今日は会議室に監禁されている人たちと仕事の合間に雑談をしていて、品 性卑しきRitsの人件費が経常経費の何パーセントを占めているかと突然聞 かれ、ふと38%という数字が脳裏をかすめたのだが、それがどうやら正解だっ たようだ。ずいぶん前に、その辺に落ちていた労組関係のビラでちょっと見た だけなのに、何となく憶えていたというわけ。(ちなみに38%というのは、 日本の大学としては異様に低い数字だそうで、教職員の人件費を抑え た分が経営者の懐に入っているという噂は、関係者の間では 広く信じられているようである。)

これは私にとっては画期的なことである。私は昔から物覚えが悪く、特に 人名、歴史の年号と、独語の形容詞の活用形、仏語の動詞の活用形、独仏語の 名詞の性別、数学の公式などが憶えられない。つい先日は女優の鶴田真由の名前が 出てこなくて七転八倒したし、初対面の人にはどうせ聞いても憶えられないか らという理由で相手の名前は決して聞かないし、自分が憶えられないから相手 もそうだろうと勝手に思って自分の名をまともに名乗ったこともない。二次方 程式や三角関数や積分の公式などは、必要に迫られた時に自分で導いてから使っ ている。なのに何故、ちょっと見ただけのものを憶えていて、すっと思い出せ るのか。「高山さんって、怖いひとですねえ。。。」とクラリネット奏者氏の 呆れ顔を思い出してしまった。(私だって何だか怖いですう。)

何度でも言うけれど、こういうどうでも良いことで冴えてないで、一度で いいから本業の数学研究で冴えてみたいものだと思う。

2007年7月30日(月)
<<品性卑しき我々>>
もう秋の気配かと思わせる爽やかな夏の一日。まずは 逃避の数学、昨日までの疑問は早朝の夢うつつの中でなんとなく解決。今日は 朝から大学の仕事で会議室の監禁される。隙を見て昼食時に1時間ほど脱出。 さらに15時前、別の会議を口実に脱出。16時半過ぎまで。その後、前期試 験の答案の採点をすこし。早起きしたので眠い。今夜は逃避数学はそこそこに して、極道猫物語(Nero Corleone)でも読んで早く寝るつもり。

最近ウチの経営者達のみっともない姿がマスコミでも時折報道されている が、関係者のひとりとして何とかしなくちゃと思うと同時に、そのみっともな さが妙にウチの大学に似合っているなあと納得してしまうのだ。

品性とは守るべき理想を守り続けることによって備わってくるものである。 先輩達が積み上げてきた輝かしい学問的伝統とか、時代を超えて受け継がれる 教育に対する高い理想を掲げた大学創始者とか、そういうものを持っている大 学は強い。経営者がおかしな事をしたとき、そんなアホな事しよっててウチの 大学からノーベル賞が取れなくなったらどないするねんとか、そんな人の道に 外れたことをして創始者の誰それ大先生に対して恥ずかしくないのかといった 形で適宜制御がかかり、学問や教育に対するその大学独自の理想が守られてゆ くのだろうと思う。 経営者ばかりではない、現場の教職員にも守るべき理想があるかないかでは、 大違いだ。今日もある会議で、何でこんな品の無い事を議論するのだろうと気 が滅入る場面があった。

残念ながらRitsには圧倒的な学問的伝統も無ければ、理想に殉 じたカリスマ創始者が居るわけでもない。学問なら巨人・白川静を輩出したで はないかと言うかも知れないが、さまざまな分野で白川静クラスが合計30人 ぐらい輩出しているならともかくとして、一人とか二人程度なら突然変異とほ とんど同じである。また、建学の精神として「自由と清新」が掲げられている が、これはせいぜい大学運営のスローガンか社会人としてのあり方を指し示し ているだけで、人の内面に迫り、人の心の気高さの何たるかを厳しく示した言 葉とは言いがたい。

かように研究・教育で守るべき理想無きRitsが品性に乏しいのは、別 に不思議でも何でもないただの自然現象だと思う。ただ「自由と清新」が少し は役に立っていて、守るべき理想は無くても、自由闊達な議論によって折々に理 想を模索し続けることによって、これまでは辛うじて地に堕ちるのを免れてき たようである。でもこれからはどうなるかは、知らないよ。

2007年7月29日(日)
<<政治家と私>>
愚図愚図と逃避数学の一日なるも、進展すくなし。ハーツホーンのある部分以 降にさも当たり前のように頻繁に使われる議論がどうもよく分からない。その 直前の部分までの関連する部分をあちこち読み直して考えてみるも、すっきり せず。これは何か基本的なことがわかっていない証拠であろう。

途中、山科区内で野暮用、参議院選挙の投票、河原町三条界隈の散歩、iPod「風 呂焚き」、昼寝など色々。

選挙の投票には毎回欠かさず行っているが、選挙の結果にはあまり興味が 湧かない。結果を見ても、人々が一体何を考えているのか、そして何故そう 考えるのかがよく分からないから、つまらないのである。選挙後に色々な識者が 行う選挙結果の分析を見聞きしても、やはり分かったような気にはならない。そ もそも投票という意思表明のシステム自体が、有権者の思考や意見を極度に抽 象化するものだから、分かりにくくなるのは当然といえば当然か。

私は世の中の多くの人々が何を考えているのかさっぱりわからない。それ に対して、政治家は人々の考えを識り人々の心を掴む事に長けた人間だと思っ ていたが、近頃は案外私と似たようなものかも知れないという気がしてきた。 ただ彼らと私の違いは、彼らは分からない人々の考えを何とかして少しでも分 かって自分の仕事の糧にしようと執念深く頑張るのに対し、私はそんなわけの 分からないものを相手にするのは真っ平だと、最初から匙を投げてしまうこと である。でも「人々の考え」を「数学」に置き換えたら、私も政治家とあまり 変わらないような気がするな。

2007年7月28日(土)
<<蛍光スタンドのジジ>>
午後は山科区内で野暮用。数学で「怖いひとですねえ」と言われるようになり たい私は、野暮用以外では愚図愚図と逃避の数学。それと並行して、iPod 「風呂焚き」も少し。

下の写真はやや巨大すぎて、後ろに並んでいる本の書名がバレバレでちょっ と恥ずかしいのだが、どうせ同業者は見てないだろうということで、気にしな いことにしよう。書斎の蛍光スタンドのアームからこちらの様子を窺っている のは、猫のジジである。ジジは勿論、宮崎アニメの「魔女の宅急便」に出てく る魔女修行に出た女の子キキの相棒。一時的に魔法が弱くなって猫語が分から なくなったキキが、ジジに向かって「何を猫みたいな声出してるのよ!ジジ、 言葉はどうしたの?」と叫ぶシーンは印象深い。勉強に疲れた時、 蛍光スタンドのジジを見て、「何を猫みたいな顔してこっち見てんだよう!」 と絡んでみるのも面白い。


宮崎アニメで有名な「風の谷のナウシカ」では、王女ナウシカの相棒 としてシマリスの「テト」が居たが、テトは野生化したピカチュウみたいな 顔をして、ただキキーッっと鳴くばかりで、あまり可愛げがなかったな。

2007年7月27日(金)
<<怖いひとですねえ>>
本日、午後の「離散数学」の試験監督のために出勤。

山科駅で電車を待ってたら、どこかで見覚えのある西洋人のオジサンが、 向かいのホームのベンチで座ってサンドイッチを食べているのに気付いた。そ ういえば1ヶ月ほど前JEUGIA三条本店の楽譜売り場でフルートの楽譜を 探していた人だ。フルートの楽譜とクラリネットの楽譜はすぐ近くに置いてあ り、この背の高いオジサンがずいぶん長い時間同じところで仁王立ちしてたの で、その日私はフィンィの「5つのバガテル」の楽譜を捜すのを断念したのだっ た。だから覚えている。

おや、その隣の若い女性は誰だ?このオジサンの知り合い?娘?友人?ちょっ と年が離れているみたいだけど、二人の仕草からするとどうも夫婦のようだ。 ふーん。どこかで見たような女性だなあ。。。と、閃きました!!女性は山科 在住のピアニストのひとり。2年ほど前だったか、京都コンサートホールかど こかでヨーロッパの弦楽奏団とコンサートをやってて、それを聴きに行こうか と思って自宅の部屋の見えるところにコンサートのチラシをしばらく貼り付け ておいたのだけど、結局行けなかった。だから覚えている。そして西洋人のオ ジサンはその夫のフルート奏者。確かオランダ人だったと思う。1年ぐらい前、 新聞で彼らの自宅でミニコンサートをやっているとの記事が出ていたのを思い 出した。二人は新快速に乗って、大阪方面に向かったようだ。

まさに「この顔にピンときたら110番」の世界だな。

前にもJEUGI Aで私の隣で一緒になってクラリネットの楽譜を探していた人が、2、3週間 後に聴きに行ったコンサートの出演者だった(と私は信じている)し。

そういえば、 ゲーテ・クラリネット奏者氏が何年か前に開いたコンサートの共演者の一人 の経歴(チラシなどの演奏者紹介に書いてある)を何となく覚えていて、 先日氏とちょっとお喋りしてたとき、氏が「私の友人が○×県で の仕事の話をもってきてくれた。その友人は○×県の▲◇高校出身 だから、その関係かと思う」と言っただけで私はふと閃き 「ああ、その友人って◎■さんのことでしょう」と見事言い当ててしまい、 「(何でそんなことがパッと分かるんですか?)。。。高山さんって、 怖いひとですねえ、、、」と氏をたじろがせてしまった。

自分でもよくわからないけど、私は時々こういう冴え方をしてしまうのだ。 こんな冴えが数学研究に生かせたら、私はもっとまともな数学者になれると思 うんだけどね。

さて、「離散数学」の試験は、受験者総数150名余と予想の3倍の数に 驚いたばかりではなく、後半になって問題のミスが見つかり、それを確認する ために試験会場の教室(2階)と資料が置いてある研究室(ちょっと離れた別 棟5階)の間を階段上り下りの光速ダッシュ往復したりして、ちょっと大変だっ た。まあ、この日のために毎週スポーツクラブに通ってきたようなもんである。

夜は衣笠キャンパスで開かれた労働争議関係の集会を覗きにいった。 へー、面白いことになってきたぞと思いながら話を聞いていたのだが、 皆さん善い人が多いのか、これから闘う相手に対して何となく甘い見通しを語って いるような場面があったので、昨年の労働組合の幹部もそうだったけど、 またこんな事を言ってるのかと思って、少し意見しておいた。闘うからには、 相手に何かしらでも期待を持ってはいけないのである。そもそもまともな期待 が持てる相手ではないから、闘うことになったのではないか。 まあ、誰だって自分がこれからやることが「悪魔との長く不毛で稔り少ない戦い」 だとは思いたくないから、物事を楽観的に捉えて元気を出して行こうという心理が 働くのだろうけど、もう少し身も蓋も無い現実を厳しく踏まえて作戦を練らないと、 脇が甘くなって敵につけいる隙を与えかねないぞ、と。

本音のところを言うと、私は「世論」とか「社会の人々」とかの不特定多数の 人々というものを「気まぐれでうつろいやすいもの」として全く信用していない ので、そういうものに依拠せざるを得ない運動に対しては、かなり悲観的な 見方をもっているのだ。

2007年7月26日(木)
<<楽チンが一番>>
昨夜何故だかさっぱりわからずに困っていた事が、明け方半分目が覚めかけて きた頃にぼんやり考えていたら、なんとなくすんなり解けてしまった。何だ、 そういうことだったのか、と。午前中はその続きで、自宅にて逃避の数学。そ れから山科駅前Sbuxで少し遅めの昼食をとってから出勤。15時から16 時までは「情報処理」の前期試験の試験監督。受験者136名は、私の授業と しては多い方。そのせいか、試験進行補助員とかいうアルバイトの人が2名も ついてくれて、問題や答案用紙の配布や回収などを全部やってくれたので、結 構楽チンだった。その後研究室ですこし雑用の後、帰宅。夜も引き続き逃避の 数学。ひとつ疑問が解けると、また次の疑問が生まれ、切りがないな。

寝る前は、昨夜に引き続き、イタリアの極道ネコの物語Hlke Heidenreich の"Nero Corleone" の読み直し(の予定)。HörebuchのCD2枚をiPodに 入れたので、それを本と見比べて聴きながらドイツ語のお勉強。

ゲーテも潰れてしまったし、秋から関西日仏学館通いなどをするとなると、 ドイツ語を忘れないようにする方策が必要だが、ドイツ語とフランス語を別々 に勉強するのも面倒だ。電子独仏・仏独辞典なんてのがあればフランス語をド イツ語を通して勉強できるので、一挙両得!となるはずだけど、残念ながらそ ういうものは売ってない。ドイツで買ってきたポケット版の紙の独仏・仏独辞 典ならあるけど、紙の辞書を引くのは面倒臭い。

兎に角、語学が好きなくせに面倒臭がりで、単語覚えるのも活用形覚える のも嫌い、というか、大学受験生時代じゃああるまいに、そんなのがさっさと 覚えられるとはハナっから思ってない。さらには、無類の人嫌いで、余程自分 の眼鏡にかなった奴じゃないかぎりお喋りなんかしてやるもんかというヤな根 性をしている上に、いいオジサンが人を押しのけて自分の言いたい事を喋るの はいかにもオジサン臭くてみっともないという信仰を持っているので、気さく に誰とでも話したり、何時でも何処でも言いたい事を言っている人に比べて会 話の上達が遅い。これじゃあ語学が上達する方がおかしいぐらいだ。ま、いい さ。とにかく一番楽チンな方法で、その言葉と細く長く付き合っていくやり方 が自分に合っている。

そういえば、ドイツのテレビ番組で日曜日の午前中などにフランス語会話 の講座をやっていて、文法などの説明は勿論ドイツ語だった。 そういうのは楽チンでよろしい。 ゲーテ・日仏学館共同開催講座「ドイツ語で学ぶフランス語会話」(!) なんて講座が関西日仏学館にあれば絶対に 受講するぞ。(んなもん、あるわけないか)

2007年7月25日(水)
<<画期的な第一歩>>
ちょっとした用事があるのでそのついでに研究室の整理でも少しやろうかと、 昼過ぎに出勤。昼食は大学生協食堂で。試験期間ゆえに学生でごった返してい ない気楽さもあるけれど、ごく最近まで頑として研究室コソコソ昼食を守り通 していたことを考えると、これは画期的な第一歩である。用事はすぐに終わり、 研究室の整理を少し。学科長時代の無残な傷跡が正視に耐えないという理由で 先延ばしにしていた、研究室の整理を少しだけでもやろうという気になったの は、これまた画期的である。本格的な夏を迎えて、いよいよ私の心の病も回復 に向けて大きく一歩を踏み出したのであろうか。

帰りのバスで、前の席に座っていた学生が携帯電話で試験対策について相 談していた。どうやら私の試験のようだった。この学生はたぶんほとんど授業 に出ておらず、そのためバス停で一緒だった私の顔が認識できなかったのであろう。 ま、せいぜい頑張ってくれ(私は手加減はしないからね)と心の中で言っておく。 帰宅途中、山科駅前Sbuxは満員御礼だったため、ラクト山科4階のホリー ズ・カフェで道草。

今日は終日こんな感じで何だかんだと逃避の数学に励むも、7月中にハー ツホーン読破!はちょっときついかなって感じ。

2007年7月24日(火)
<<釜茹でにして踏み潰す>>
昼前まで自宅と山科駅前Sbuxで逃避の数学。Sbuxでは商談を詰めてい るおじさん二人が「それでは話が違うでじゃないですか」「え、そうですか? そんな事、今言われても困りますね」「でも、そもそもこれこれこうで、こう いう風に話が進んできたからこそ、今こうやって云々となっているんじゃない ですか」等等と喧嘩していた。

私はこういう交渉事が大の苦手である。数学の議論のように、お互いが真 実を知るという共通の目標を共有し、如何なる時も真実に対しては謙虚に敬意 を表する用意がある場合ならともかくとして、それぞれの利益、思惑、面子、 立場の強弱、不信感などが複雑に絡み合う通常の交渉事は、一方または双方の 不誠実や意固地によって往々にして耐え難いほど面倒で気の重い作業になる。 こういう時のおじさんというのは、最低である。釜茹でにして踏み潰してやり たいぐらいだ。

最初は友好的な表情を浮かべていたのに、途中から目を三角にして喧嘩ごし になったり、冷淡に突き放したりする様子を過去に何度か目の当たりにし、それが たまたま中年男性であることが多かったがため、私はおじさん嫌いになったのだ ろうと思う。こういうことは交渉事に限らず、職場や地域社会に生息するおじさ んたちの日常的な立ち振る舞いに広く見られる傾向で、私自身はむしろ、 交渉ごと以外の場面で、この野郎、釜茹でにして踏み潰してやろうかと思ったこと が多い。

午後は教授会とその後の親和 会宴会に出席するために出勤。

さて、「退屈な親和会宴会」でiPodはあまり役に立ったなかった。電車の 中と同じで、周りの騒音で音楽もフランス語やドイツ語の例文もよく聞こえな い。騒音性難聴の危険を避けるため、あまり音量を上げるわけにはいかない。 かといって、宴会場でノートの切れ端に「うるさい、静かにしろ!iPodが聴こ えないではないか!」と書いて参加者全員の鼻先に突きつけてやる訳にもいか ないし。

では親和会宴会は「退屈で死にそう」だったかというと、「退屈」には違 いないけど「死にそう」でもなかった。大広間の端っこの席だったので、おぞ ましきおじさん達の饗宴を目の当たりにして気分が悪くなることもなく、また、 隣の席がたまたまこの宴会の裏方仕事してくれている事務職員の人だったので、 仕事の事などで普段はゆっくり話してられないような事を中心に、ごく普通に お喋りをして楽しんだ。

私は自分で言うのも変だけど、お喋り上手である。相手の話を丁寧に聞い て、それに応じた受け答えをしてさらに相手の話を引き出す。状況に応じて相 手の興味の度合いを探りつつ自分の話も小出しに切り出し、話題の発展・展開 を図り、相手をできるだけ楽しませる。そういう調整がある程度出来る積もり である。話題に詰まった時の、引き際の立ち振る舞いがやや洗練に欠ける嫌い はあるけれど。

問題は、この方法が使えるのは相手が一人の時、しかも何らかの意味で私と よく似た人に限られ、そして私に似た人は稀であり、しかも、自分に似ている かどうかはほとんど一瞬の勘だけで決めており、その勘がアテになるかどうか は経験的にみてどうも完璧とは言えず、そのくせ勘によってバツになった人と は決して話をしたがらないことである。要するに偏屈ってことなんでしょう。

2007年7月23日(月)
<<風呂焚き>>
梅雨はもう明けたのか、からっと晴れた気持ちの良い一日。昼間は自宅でお気 に入りCDのiPod 注入作業をしながら、逃避数学の勉強。

ソフトウエアがアップデートされるたびに巨大化するためか、近頃、自宅 のPCはすぐに過熱して、小さな冷却ファンの奮闘も虚しく突然自動停止して しまう。だからCDからiTunesにインポートするなどの重い作業をするときは、 部屋にエアコンをきかせ、放熱しやすようにPCの底面に数センチの隙間を開 け、常にPCのそばを離れず過熱状況に注意を払いながら適宜団扇で扇いで いないといけない。これは子供の頃の風呂焚きを思い出させる。

私が小学生の頃、自宅の風呂は薪を燃やして沸かしていた。風呂焚きは当 時の私がもっとも得意とするところで、紙屑や薪を絶妙の塩梅で竃にくべ、冬 などは暖を求めて近寄ってきた飼い猫の髭や尻尾を引っ張ったりて肉球をいじっ たりして遊ぶ傍ら、竹筒で作ったフイゴなどで風を送って火加減を調節したも のである。竃とフイゴと猫が、それぞれPCと団扇と数学の本に代わっただけ で、やっていることはあの頃とあまり変わらない。

夕方は、散歩がてらに河原町三条近辺に出かけ、Sbux新京極店で 逃避数学を続けたり、JEUGIA三条本店を偵察したり。JEUGIAではザビーネ・マイヤーの新しいCDが出ていたの で、即購入。フランツ・クロマー(Franz Krommer 1759-- 1831) の2本のクラ リネットのためのコンチェルト、およびルイズ・シュポアのコンチェルト(2、 4番)という取り合わせは、ちょっと珍しいんじゃないかしら。いずれの曲も、 彼女の愛弟子である、英国が生んだ若干17歳の天才少年 ジュリアン・ブリス(Julian Bliss)との共演である。ブリスのクラリネッ トは師匠譲りの明るく澄んだ音色でテクニックもしっかりしており、マイヤー との共演でも全く引けをとらない。こんな凄いコが弟子だったら女王 ザビーネ・マイヤーも思わず頑張って一緒にCD出してしまおうという気にな ろうかというもの。

夜は早速このCDをiPodに入れて、引き続き逃避数学を少し。

明日はお待ちかね、おじさん社会に対する歪んだ世界観にとらわれた私が、 勇猛果敢に生のおじさん社会に乗り込んでいく親和会宴会の日。無事に帰還で きれば拍手御喝采ものゆえ、この日誌が更新されるかどうかは保障の限りにあ らず。

2007年7月21・22日(土・日)
<<退屈しのぎにiPod >>
土曜日の午後は山科区内で野暮用。夕方は自宅で逃避の数学を少しと昼寝。こ の際だから、下らないスパム論文の書き直し作業は後回しにして、この夏休みの前半 までにハーツホーンの代数幾何学のテキストを最後まで一通り読んでしまおう か、と。曲線と曲面の所でまだ読んでない部分を読めば良いだけだし、そこま で読めば代数幾何学の「家庭教師」を捜さなくても良くなりそうな気もする (甘いか?)。夜は久しぶりにスポーツクラブでへとへとになり、通称 葦藻先生が飲んだくれているという山科の某酒場の横を通って帰宅。

土曜日の深夜と日曜日は、3月に買ったiPodへのお気に入りCD転 送作業と逃避の数学など。3月初めにiPodを買って、CDを何枚か転送した直後に 「心の病」の発作でドクターストップがかかり、長らく手付かず状態で放置さ れていたのである。クラシック音楽のCD以外に、「しっかり学ぶフランス 語文法」(ベレ出版)についているフランス語例文CDも転送しておいた。こ れも3月に計画して中断していたもの。

そういえば今度の火曜日は親和会の宴会で、むさ苦しいおじさん達の顔を 眺め、退屈で死にそうになりながら手酌で独り酒をあおる2時間余を過ごすの である。この自虐的営みに病みつきになっている私は一体何なのかといった問 題について、過去この日誌においても何度も解明に努めてきたけれど、いまだ に腑に落ちる答は得られていない。いずれにせよ、私にとって親和会宴会を欠 席するという選択肢は私自身が断固として許しておらず、あるとすれば退屈し のぎにiPod でも持って行こうか否かという選択ぐらいである。しかし、宴会 にiPodを持って行くというのは、かなり異様な図ではないか。

それ以外に日曜日は山科区内で野暮用など。私が滅多に見ない テレビが壊れてきたので、電気店に最近のテレビ事情を偵察に行く。 夜はまた自宅でアルコールを摂取した後、iPodの作業と平行して逃避の数学を少し。

テレビと言えば、土曜日の夜、珍しくテレビをちょっと見てたら、50代、 60代のおじさんたちのラジコン模型飛行機クラブの様子を紹介していた。少 し前には、別の番組でやはりおじさん達の紙飛行機クラブの紹介をしていた。 幾つになっても少年の心を失わない男達だの、男のロマンだの、ストレス解消 明日への鋭気だの、お父さんの生き甲斐だの、親子のコミュニケーションだの。 どう表現しようが構わないし、それはそれで正しいのだろうし、何かそういう ものがこの社会を形作り動かしている大事なものなんだろうというのは認める。 しかし、おじさん同士が仲良くつるんでいる図というのは、それ自体私にとっ ては宴会場で独りiPodに聴き耽る異様さを圧倒するほど奇妙で不思議な光景に しか思えないし、その嘘臭さに吐気さえ覚える。

私には特別な親友というわけでもないおじさん同士が何で仲良くできるのか、 全然わからない。お互い顔も見たくないほど仲が悪いことを前提にして、ぎりぎ りのところで危うい共存関係や協力関係を切り結んで行くのがおじさん社会と いうものではないのか。しかし私のこの「仮説」では、多くのおじさん達が持つ 男同士でつるみたがる習性を説明することはできないのである。

親和会宴会では、100名以上の「『心行くまでご歓談』するおじさんた ち」という血も凍るような地獄絵図が、テレビじゃなくてまさに自分の目の前 でリアルに展開するのだ。何だかよくわらないけど、わくわくするじゃないか。 iPodでお気に入りの音楽やフランス語の例文でも聴きながら、とっぷり見学さ せてもらうことにしよう。火曜日の夜が楽しみだな。

2007年7月20日(金)
<<前期の授業終了>>
本日午後の「情報処理演習」が前期最後の授業。今回使ったプリントは数年前 に講義のレジュメとして作ったものを演習用に転用したもので、学生はサンプ ルとして与えられたプログラムを色々作り変えてみて、その動作がさまざまに 変わる様子を観察することにより、プログラム言語の基本的な考え方を深く学 ぶ仕掛けになっている。

TAとしてこの授業を手伝ってくれている院生の中には、数年前にこのプ リントを使った私の講義を「死んだ魚のような」目をして聞いていた学年の人 も居るが、今TAとして学生達に楽しそうに教えている様子や、学生達の元気 な取り組みようを見ていると、演習用に転用したのは正解だったかなと思う。 このプリントは、先生の話を聞いているよりも、自分で手足を動かして作業す る方が面白いのであろう。

しかし問題が無いわけではない。学生達は頭を空にして唯々プリントで指 示された通りに手を動かしていることが多く、それが何を意味するか何故動作 が変化したかを考える学生は少数だった。これでは「基本的な考え方を深く学 ぶ」と胸を張って言うわけにはいかない。

プログラミングはサイエンスである。そう言うと普通の数学者はアルゴリ ズムの方ばかりに目が行くようだが、実はプログラム言語そのものもサイエン スなのである。それはプログラム言語の設計思想を正しく理解して、その特性 を生かしたプログラミングを心掛けるということである。そのためには「何 故?」ということを考えながらプログラミングを学べば効果的である。

もし来年度もこの授業を担当することになったら、プリントを手直しして 学生達にもっと「何故?」ということを考えさせるようなものに改良しようか と思う。

授業の前後は、ある学生が他の先生の科目の質問に現れた。ああ、明日か ら定期試験か。すっかり忘れてた。学生は試験前に担当の先生に直接質問する ことには抵抗があるものらしい。全然気にすることは無いと思うけどね。では 学生達は私の科目についての質問は誰に聞いているのかしら。

夜は自宅で大学の仕事を少し。

2007年7月19日(木)
<<存在そのものがスパム?>>
午前は経済・経営学部の情報処理の演習最終回。そして夕方は、大学院の確率 統計の授業の最終回。今日は学生が作ったプログラムの簡単なデモも見せても らった。この数ヶ月の授業で大学院生達に確率統計や数理ファインアンスのサ ワリの部分を教えてもらったのだが、一般理論の探求と現象の理解が自然に調 和した実に面白い学問だし、多くの学生が好んで勉強するのも無理からぬこと だなという気がしてきた。2つの授業の間の数時間は、研究室で逃避数学のお勉強。

帰宅後、大阪ゲーテに2日前に出した問合せメールの返事がまだ届いてい ない事を知り、キレる。まさか、先日のヨーロッパの学術雑誌みたいに(?)、 "Yukihide Takayama" からのメールは全てスパムとして処理してんじゃないだ ろうな。問合せ先のアドレスも複数あるし、(まさか語学学校でそれはやらな いと思うけど)ヨーロッパの某大学みたいに大学関係機関からのメールでない とスパムとして弾き返す設定になってるかもしれないしということで、とりあ えず同じ文面のメールを、大学の計算機から2つのあて先に合計2通、自宅の PCからやはり2つのあて先に合計2通、そして大阪ゲーテのWebから先日 とは別のあて先でもう1通の合計5通出しておく。それでも返事が来なければ 大阪ゲーテ語学部の担当者に電話を掛け、それで埒があかなければ、「単に講 座登録時の成績チェックのあり方と、申し込み期間を過ぎた場合の扱いについ て問合せただけなのに、私をスパム人間扱いするとは如何なる根拠に基づく行 為か?」と郵政省メールによる質問状を出し、それでも駄目なら面倒臭いけど 大阪ゲーテに怒鳴り込むことになるのかしら。

何か、こういうのって、6年前 のドイツ関税局やドイツ・ポストやドイツ・テレコム騒動を思い出してしまっ て、熱くなるのよね。ゲーテよ、お前もかって。それにしても、私は存在そ のものがスパムじゃないかしらって気がしてきたな。

と、怒涛の同一文面問合せ再送メール5通を送りつけた約1時間後に、返 事が届いた。怒涛の5通が功を奏したのか、何もしなくてもその時間には ちゃんと返事が届いたはずなのかは不明。夜は大学の仕事を少し。

2007年7月18日(水)
<<「登録」はスパム用語?>>
山科駅前Sbux道草経由で昼過ぎに出勤。例によって研究室でコソコソとコ ンビニ弁当の昼食をとりながら、情報処理演習のレポートのチェックや集計な ど。午後は4回生M君の卒研ゼミ。夏休みの宿題として、代数トポロジーの初 歩を勉強しておくようにとの課題を出しておく。ゼミ終了後早々に家路につき、 帰りも山科駅前Sbuxで少し逃避数学。夜は自宅で大学の仕事。

昨日大阪ゲーテに問合せのメールを出したけれど、まだ返事が届かない。 日仏学館は近場の気楽さから、ちょっとお試しでしばらく通って様子をみよう かという気になれるけど、大阪ゲーテの場合、決して安くはない受講料とJR の運賃を支払い、満員電車に揺られて押し合いへし合いしながら梅田くんだり まで出掛けて行くからにはそれなりの中身でないとと、自然に見る目が厳しく なってしまうのである。事務職員は親切か、授業は着実に力が付くような内容 か、クラスはお通夜や初七日状態ではないか、暴言・妄言・不規則発言をするクラス メートは居ないか等々。ドイツ語は上達しないのに、毎週半日潰して大阪で気 分悪くしてもらって帰ってくるだけというのでは、踏んだり蹴ったりであろう。 とは言っても、まさか「おたくの事務職員は意地悪ですか?」なんて事を問い 合わせたわけではないけどね。

先日、関西日仏学館にもメールで問合せをしたけど、翌日の昼前にはちゃ んと返事が届いた。しかし、今やお払い箱状態の自家製スパムフィルターが作 動し、いつの間にかスパムメール・フォルダーに放り込まれていて、届いて いることに半日ぐらい気付かなかった。私のスパムフィルターが何に反応した かというと、セックス系スパムメールのキーワードのひとつの「登録」と いう言葉。

2007年7月17日(火)
<<気分は冴えず>>
今日は少しゆっくり起きて、昨日の睡眠不足を解消する。午後に関西日仏学館 に見学に行き、ついでにゲーテ京都校をさっと偵察、その後河原町 三条近辺をちょっとだけうろついた以外は、自宅で大学の仕事。

関西日仏学館では、図書室やカフェ、教室、建物の裏側などをくまなく調 査し、事務局でフランス語講座の様子なども係の人に色々聞いてみた。予想通 りフランスの雰囲気が充満していて、結構いい感じである。ゲーテと比べると、 図書室は似たようなものだが、教室は少し多く、またカフェがあるため講座が 開かれていない時でも何となく人の気配がある点がゲーテよりも好ましい。

帰りにゲーテを偵察したら、ゲーテの臨時職員でもあるクラリネット奏者 氏(その2)が居た。(その1)奏者氏はクランポンのべーム管だけど、 (その2)奏者氏は日本人には珍しくエーラー管を使っているという。結構 暇そうにしていたし、私も暇だったので、どこのメーカーのエーラー管を使っ ているのかとか、メンテナンスは何処で頼んでいるのかとか、最近ゲーテの 講座には来なくなってたけどどうしているのかとか、カール・ライスターと アルフレット・プリンツとどちらが好きかとか、一寸無駄話でもしてから帰 ろうかと思ったけど、何となく気が乗らずに挨拶だけして通り過ぎてしまった。 やはりゲーテには結構なついていただけに、いきなりリストラされてしまうと 気分がいまひとつ冴えないのである。

2007年7月16日(月)
<<偵察>>
かなり睡眠不足気味に朝から京都を発ち、終日野暮用。今日は気の重い交渉事 に出かける。何とか纏まり、夕方遅く京都に戻る。京都駅前で夕食の後、祇園 祭りの行き帰りの人々に混じって、地下鉄で帰宅。

睡眠不足の原因は今日の交渉事というよりも、蒸し暑くて寝苦しかったこ とと、ゲーテ・リストラの余波。ゲーテは私の居場所のひとつだったので、そ れが突然消滅することはかなり大きな環境の変化であり、脳へのストレスも自 分が思っている以上に大きいのであろう。普段と異なるストレスがかかった脳 内では、ゲーテとは全然関係無い大学や学会での過去や現在の理不尽について のさまざまな記憶が蘇り、自分でも何で今頃そんなことに腹を立てるんだろう と不思議なくらい、むらむらと腹が立ってきて眠れなかったのである。 かくして、リストラは脳を歪めることを発見した。

本日数学はなし。野暮用の近鉄特急の中では、 関西日仏学館 のHPからダウンロードした 月刊誌Mimiに読み耽る。日本語訳がついてるので、それと見比べなが らだと何とか読めるのだけど、やっぱり基礎からやり直さないと駄目みたい。

受講生減にあえぎ、携帯電話での無料ドイツ語ワンポイントレッスン など、ドイツ語普及へのさまざまな施策を展開するも、中・上級コースは 初七日クラスやお通夜クラス続きで、「今後の講座改善とゲーテのさらなる 発展のため」に行った断末魔の授業アンケートで我々にRitsの授業アン ケートよりも遥かに沢山の質問に答えさせておきながら、その翌週に 突然のリストラ発表をしなければならなくなったゲーテに比べ、関西日仏学館 の方はHPを見る限り講座数も多く景気良さそうに見えるのだが、本当のとこ ろはどうなのかしら。ちょっと偵察して来ようかと思う。