ろ 一部のブラウザ

の

た

め

の

邪

魔

な

広

告

よ け ス ペ ー ス で す。

2007年6月30日(土)
<<移調楽器>>
ゲーテの日。昼前に自宅を出て、SBUX新京極店にて簡単に昼食。ウオーミ ングアップのためにドイツ語の代数の本を読んですごす。数学が書かれている 本文のドイツ語は定型文が多くて簡単すぎるので、今日は序文を読んでみた。

ゲーテでは謎の広告代理店社員氏が、ケーキはシフォンケーキのように 「こそげて」食べるもの以外は嫌いだと発言したのだが、「こそげる」(こす り削るの意)という言葉は初耳だった。それは何処の国の言葉かと問う私に、別の ところから「それはドイツ語でいうところの××××でしょ、××××!」と の声が聞こえてきたが、平明なドイツ語の文章で説明するならともかくとして、 日本語で聞いて分からないものをドイツ語の単語1発連呼で説明されても分かる わけないだろうがと瞬殺却下して、自分で広辞苑で調べた。どうも宇治拾遺物 語にも使われている由緒正しい日本語のようである。そんな古い言葉を知って いる貴方は一体何歳なのか、若そうにみえて実は今年の夏で840歳の誕生日 を迎えるとか言い出すんじゃないでしょうねと意味無し馬鹿発言をぶちかまし ておいた。

それから、先日シューマンの「3つのロマンス」の楽譜を眺めて以来、何 故オーボエの楽譜よりもクラリネットの楽譜の方が長2度程度高い音で書かれ ているのか?という疑問をもっていたが、クラリネット奏者氏に聞いてみたと ころ「それはクラリネットが移調楽器だからです。実際に出る音の高さはオー ボエもクラリネットも同じです」という答が返ってきた。どうも、わざと調律 の狂った楽器で強引に演奏するために楽譜を改竄しているような奇妙奇天烈な 話に聞こえる。50年近く生きてきて、もはやちょっとやそっとの事では驚い てやるもんか、たとえ広告代理店社員氏が「ええ、確かに高山さんが仰るとお り、実は私、今年の夏で827歳になるんです」とそっと告白してくれたとし ても、「あ、そうですか。すいませんねえ、さっきは840歳だな んて年寄り呼ばわりしてしまって」ぐらいの事は平然と答えられる覚悟はできてる 積もりのフテブテシイおじさんの私が、不覚にも驚愕してしまっ た。一体全体、何でそんな「間違った」楽器を「のさばらせておく」ような 「不正」を許しているのか、と。残念ながらゲーテ の短い休憩時間ではそれ以上根掘り葉掘り問いただす時間が無かったが、後で ネットで調べてみたら、詳しいことは分からないけど、兎に角、複数の管楽器の指使い を共通化して、一人の演奏者が複数の楽器を容易に扱えるようにするための措 置であることが判明し、ようやく納得。

ゲーテのみなさん、刺激的な会話を有難う。今日の私は幸福でした、と 日記には書いておこう。夜はスポーツクラブでへとへとになる。

2007年6月29日(金)
<<平和利用の難しさ>>
暑苦しくて早目に目が覚めてしまい、昨日に引き続きやや睡眠不足気味。午前 中に出勤して、午後の授業で使うプリントを急遽準備。研究室でコソコソと昼 食の後、12時半から授業2つ。その後研究室に戻って、2つ目の授業で提出 されたレポートのチェックを少し行った後は、眠さも手伝ってぼんやりと1時 間程過ごす。

夜は、昨夜から考えていて朝の通勤電車の中で閃き、紙切れに走り書きし ておいたことを纏める。別に新しい発見ではなく、例のたった3ページで七転 八倒のフランス語のビミョーに専門外論文の解読の話。えー!?まだアレを突っ 突き回してるのか、執念深い奴だなってか?この執念深さを世のため人のため に平和利用できないかと、数学以外への用途に試してみることもあるけど、う まくいったためしが無い。男女問わず人間相手に適用するとストーカじゃない かしらと気味悪がられるし、学科長時代は「断固として教室会議を開か ない状態」を執念深く追求した結果、心を病んでしまったし、ロクなことはな い。では数学への適用はうまく行ってるかというと、残念ながらそうでもない。 数学はセンスが無いといくら執念深くても駄目だしね。数学に限らないかも知 れないけど。

2007年6月28日(木)
<<歩行訓練>>
授業寿司詰めの木曜日。午前1つ、午後2つの授業。昼休みは、研究室でコン ビニ弁当をコソコソと食べながら定期試験の問題作成切り張り作業を完了させ、 事務に提出。寿司詰めスケジュールは私が教務委員の先生にお願いして、わざ とそうしてもらったのである。理想としては週2日だけ朝から晩まで授業と会 議に明け暮れれば、あとは好きな場所で好きなように数学研究に励めるという 状態だが、実際は拘束日数を週3日に押さえるのがやっとである。外国を含む あちこちの大学の先生に聞いてみても、まあ、授業や会議がこの程度で収まる のが研究も教育もやっている普通の大学の平均水準のようである。この拘束日 数は、研究中心大学になると週1日未満ぐらいに押さえられ、教育中心大学に なると週5日以上になるところもあるらしい。

もっとも同じ大学でも、学内行政の役職が回ってくると、膨大な量の会議 だけで拘束日数が跳ね上がったりするし、研究中心大学では、授業や会議以外 に大学院生の指導の比重が大きくなるので、自分の研究時間の確保は見掛けよ りも難しいという説もある。しかし、研究中心大学も上位レベル校になると 数学科の大学院生は完全に放置状態で、やはり教員は自分の研究時間をたっぷ り取れるのだという説もあって、若い時はそういう話を聞いて羨ましく思った。 しかし今は、いくら研究時間がたっぷりあってもそれに見合うだけの研究能力 が伴っていないと単に暇をもてあますだけでなく、暇の中で自分の不甲斐なさ を直視しなければならなくなるので、精神衛生上もよろしくないことを経験的 に知っている。だから別に羨ましくも何ともない。

非常に大雑把に見れば、研究能力の優れた人ほど拘束日数の少ない大学の ポストを得るチャンスに恵まれやすいわけだが、必ずしもそうとも限らない。 というより、とても優れた人なのに研究条件のあまりよくない所で苦労してい る人も少なくない。その反面、私のように研究能力が大したことない割には ちょっと恵まれすぎかなというケースもある。だからこそ怠けていてはいけな くて、もっともっと研究の方を頑張らなくっちゃと、わが身に鞭打ってやって いるフリだけはしている積もりだけど。

さて、夕方帰る時、自動車通勤しているはずの同僚K先生が昨日に引き続 きバスや電車で通勤しているのを見かけた。風評によれば、K先生はその歩き 方がロボットに似ているということで、彼の行きつけの酒場では「アシモ」と 呼ばれているらしい。このことから、歩行訓練を行うために車を捨てて電車通 勤に変えたのだと推察される。あるいは、単に車のキーを紛失しただけなのか も知れない。K先生はもっと小柄な人だったはずなので、もしかしたら私が見 た大柄な人はK先生に似ている別の人だったかも知れない。何せK先生本人と は連絡が取れたわけでもないので、真実は闇の中である。

帰宅後は逃避行動の一貫としての代数幾何学のお勉強を少し。

2007年6月27日(水)
<<つまりMってこと?>>
「逃避行動からの逃避」プロジェクトは、まる一日何も拘束が無い、たっぷり 時間が取れる日でないと出来ないので、今日からしばらくお休み。午後は4回 生M君の卒研ゼミ。その前後は、大学の図書館で論文をコピーしてきたり、そ れを眺めて少し考えたり。帰宅途中に山科駅近辺で散髪。丸刈りなのですぐ終 る。夜は定期試験の問題作成や、ゲーテの宿題、そして昼間コピーしてきた論 文について考えてみるという口実での逃避行動も少し。

昨日、数学者っぽいリアクションについて少し書いたけれど、学生時代と 今ではずいぶん状況が違う。学生時代は、数学的にナンセンスな事を口走ると、 先生や先輩、クラスメート、はてまた優秀なる後輩達が、え?それは違うで しょ!とか、そんなの当たり前じゃないですか!とか、何を言ってるんですか、 これはこうでしょ!とか、目を釣り上げて叱ってくれたものである。

まあ、真実を厳しく追究する態度は尊いのだが、さっきまでニコニコして いた人が、こちらが変な事を口走った途端にさっと顔色を変えて怒り出す姿は、 まるで多重人格者の人格が入れ替わる瞬間のようで結構恐ろしい。思考の深み にも慎重さに欠ける私は、学生時代には嫌というほどこのような恐怖の瞬間を目 の当たりにしてきた。この恐怖体験は、私の人格形成にも深い影を落としてい る。(つまりMってことか?)

しかし、一応数学研究者のフリをして一人前のような顔をしている今、そ ういう恐怖体験をすることは稀である。数学会では、真実を厳しく追究する数 学者たちが互いに目を釣り上げて罵倒し合い、日々激しく露骨に身も蓋も無く 切磋琢磨しているのかというと、実はそうではない。たぶん心の中では目を釣 り上げているのだろうけど、人の出入りの少ない小さな業界だけに感情的にも つれることを極度に恐れるのか、皆さん、何か言いたいけど押し殺していますと いう顔をしていることが多い。数学者集団って、 私が学生時代に想像していたことや、(計算機屋時代のことを思い出して)今私が 願望していることとは全く違って、やや過敏に過ぎる と思えるほど人間関係について神経質な世界なのである。

数学に転向した最初の頃は、物凄く偉い先生が誰かの研究発表を聞いて 「君のその研究の仕方は間違っている!」と雷を落としているのを目撃したり、 私の論文を読んで、高山さん、ここもしかして間違いじゃないですか?と恐い 顔して質問されたりして(実は正しかったけど)、学生時代を思い出して縮み 上がったりもした。しかしそういうことは寧ろ少なく、この人何も言わないけ ど胸の内で高山って馬鹿な奴だななんて思っるのかしらとか、馬鹿だと思われ るのはいいけど、だからといって冷たくされるのは嫌だなとか、馬鹿は馬鹿な りに可愛がってもらいたいものだとか、冷たくあしらうべき馬鹿と思われる ぐらいなら寧ろ最初から眼中に入ってない方がましだとか、いじけた事を 考えながら色々相手の言葉や表情の裏を読んで、気 を遣わねばならないことの方が多い。こういうのは結構くたびれる。

やはり厳しいことを面と向かって言ってくれる人こそ信用し大切にすべき であろうと思う(やっぱりMってことか?)。学生時代、物凄く優秀な先輩の ひとりが、高山、お前、馬鹿だけどいい奴だなと言ってピザを奢ってくれたの は、終生忘れえぬ美しい思い出である。その先輩が何故か数学者にならなかっ たのが悔やまれる。

2007年6月26日(火)
<<数学者っぽいリアクション>>
逃避行動からの逃避2日目。午前中はまだ逃避行動で愚図愚図しようと思って いたが、急遽山科区内での野暮用が入る。その後ただちに京大へ。生協で速攻 昼食の後、数理研図書室に直行。その勢いで、えいっやっ!と昨日の続きを考 え始める。約3時間後、昨日の予想よりも良い形で解決できたと思われ気を良 くしたところで、来るべき(?)「天国から地獄の瞬間」から逃避するかのよ うに本日の作業終了。数日寝かせてまた見直すことにしよう、と。

その後は気分を変えてあちこち彷徨いながら、逃避行動としての代数幾何 学のお勉強。夜もそのまま逃避行動を続ける。まあ、逃避とは言うものの狙っ ている問題があることはあるんだけど。

明日の教室会議あたりから、会議再デビューを果たそうかと思っていたが、 結局明日の会議は無しとの連絡がメーリングリストで流れてきた。従って再デ ビューは7月以降にずれこむ見込み。もっとも再デビューしても、しばらくは ぼおーっとしてるだけだろうし、私の希望としては、また心の病が悪化しては 厄介なので、ずうっとぼーっとしていたいと思う。ただ、基本的に、わけの分 からない主張を聞かされるとぶちキレるという精神構造は変わっていないので、 さっきまでぼーっとしてたのに突然激しく怒り出すという、 なんだかとっても数学者っぽいリアクション(?)が飛び出す可能性はあると 思うけど。(註:そういうリアクションをする数学者は実際は稀ですので、 誤解のないように。)

2007年6月25日(月)
<<逃避行動からの逃避>>
逃避行動から逃避するには勢いが必要である。昼頃に京大数理研へ。図書室に 着くや否やえいやっと勢いをつけて論文の見直し・修正作業に入る。うーむ、 なるほど。これは予感通り根の深そうな問題だ。遅めの昼食に生協食堂へ、食 後自販機のコーヒーを飲みベンチでしばし休憩、夕方になったので百万遍から バスに乗り、京都市役所前で降り、JEUGIA三条本店に立ち寄ってシュー マンの「3つのロマンス」の楽譜を購入し、地下鉄で山科に向かう。その間も ずうっと頭の中では色々悪戦苦闘が展開し続け、とりあえずこうすれば解決す るんじゃないかしらという見通しを得たところで、本日の作業終了。一晩寝か しておいてまた明日考えよう、と。

夜は再び逃避行動として、代数幾何学のお勉強に戻る。何から逃避してい るかというと、眠れない夜やきりきり痛む胃、さらには、証明できたと思って いた定理の反例が見つかる悪夢等など、数え出したらキリがない。人生は数学 研究の縮図なんよ。いや、べつに、私の人生、逃げ回ってばかりいるって意味 では。。。(でも、そうかも知れんな。)

シューマンの「3つのロマンス Drei Romanzen, Opus 94」はオーボエとピ アノのための短い曲だけど、楽譜にはクラリネット版も付いている。例えば、 第二楽章はオーボエ版はイ長調だがクラリネット版はハ長調で、クラリネット の方がちょっとだけ高い音になっている。これが一体何を意味するのか分かる ようなら誰も苦労はしない。オーボエの方が高い音が出るはずなのに、何故ク ラリネットよりも低い音の曲になっているのかしら。ゲーテ・クラリネット奏 者氏に聞いてみるか。

2007年6月24日(日)
<<連戦連敗>>
激しい雨と風の中、野暮用の日曜日。夜は少し数学。先日突如転がり込んだ論 文の見直し・修正作業もしなければならないのだが、気が重いのでとりあえず 逃避。今日は例の3ページで七転八倒論文の攻略を目指して代数幾何学のお勉 強。

ところで私は元々代数幾何学を専攻する積もりだったのだけど、大学卒業 後10数年のブランクがあったので、代数幾何学と関連が深いけれど、代数 幾何学ほども色々な事を知ってなくても研究に手が出せる可換環論で「手を打 っておいた」のである。しかし、ふと気がつくと可換環論の研究はお留守にし て代数幾何学のお勉強に手を出していることが少なくない。勿論、代数幾何学 はとても難しい分野なので、いまだに何か研究成果が出せるメドは全く立って いないけど。

計算機科学でも可換環論でも、新しい発見を求めて取り組んでみると、 どれも同じぐらいに難しいものである。難しさは面白さに繋がるわけだが、どん な分野に参入してもそこにはお化けのように凄い連中がひしめき合っていて、 そんな中で優れた成果を出すことは並大抵のことではない。私などは何処へ行って も水面下あっぷあっぷの連戦連敗で、ごく稀にちょこっとだけうまく行くこともあ るという程度でかろうじて命脈を保ってきたのである。

しかし大事なことは精一杯やることと、精一杯やったのに結果がぱっとしない時 でも、ま、しょうがないさと軽く受け流して、 また新たな取り組みに向かっていくことである。そのためには、自分 が一番好きな分野を選ぶのが良いわけで、それほど好きでもない分野だと、上 手く行っている時はいいけど、頑張っても駄目だった時に簡単に挫けてしまう ものだろうと思う。

2007年6月23日(土)
<<通過儀礼じゃん!>>
ゲーテの日。しかしどうもドイツ語気分が盛り上がらず、なんとなくウジウジ と数学にかかずらわっていたい気分なので、ドイツ語の代数学の教科書を持っ て早めに家を出て、Sbux新京極店で昼食を挟みながら読み耽る。

ゲーテでは謎の広告代理店社員氏が私の箱庭療法体験談(6月21日版参 照)にいたく感じ入った様子。箱庭療法なんて現代の通過儀礼のようなもので、 あれをやってこそ一人前の現代人ってもんだ。何をそんなに騒ぐことがあろう か。かように先の読めないリアクションは、広告業界スタンダードなのか、そ れともこの人の個性なのかよくわからんな。とか何とか思いつつ何となく話に 付き合っているうちに、「10秒以上の台詞の対面3回やりとり基準」(6月 16日版参照)に適合した会話が成立してしまった模様。氏と会話が成立して しまった、記念すべきこの日!

40年前のおぼろげな記憶だけど、箱庭療法って何かガラクタみたいな壊 れた玩具と小さな砂場のある日当たりの良い20畳ぐらいの静かな部屋で、精 神科医だか臨床心理学者だかのおじさんと二人っきりになって、「私はここで 唯見てるから、君はここで一人で遊びなさい。何をしてもいいよ」って言われ て、えー、こんな殺風景な所で遊べと言われてもねーとか思って、 じゃあ、おじさんは僕と遊んでくれないの?と聞くと、え?えー、私は、 むにゃむにゃって感じで埒があかない。しょうがないので一人で適当に暇潰し をしてたように記憶している。しかし、最初は戸惑いもあったけど、じきに慣れて機嫌良く 遊んでいたように思う。ただそれだけ。週1回ずつ2年ぐらい通ったら、もう 来なくてもいいって言われて、それでオシマイ。何かが治ったのかもしれない し、治りそうもないから医者に匙投げられて、そのまま野に放たれただけなの かも知れない。この子はこういう子みたいですから、 こんな感じのままで無事天寿をまっとうされることをお祈りいたします。 では、さようなら、なーんてね。 で、40年後に大学でトンカチ振り回したり、精神安定剤飲んだり してるってわけか?

ゲーテの帰りはJEUGIAに立ち寄り、ちょっと楽譜を物色。フィンツィ の「5つのパガデル」は前からずっと捜しているんだけど見つからず。やっぱ り取り寄せ注文しようかしら。そういえばオーケストラとクラリネット版は リチャード・ストルツマンのCD があるが、ピアノ伴奏版はコンサートなどでも ちょくちょく取り上げられているにもかかわらず、CDはあまり見かけない。 ストルツマンのCDの出来があまりに素晴らしいので、他の演奏者がびびって しまってピアノ版か何かでCDを出す元気が出ないからじゃないかしら、というの は単なる私の邪推。

シューマンの「3つのロマンス」は元々オーボ エ用の曲で先日JEUGIAで開かれた公開レッスンの課題曲でもあったけど、 クラリネット版もある。私は オーボエ版のCDもクラリネット版のCD (たとえば、 これとか これとか これ)も持っ てるので、両方の楽譜を見比べてみるのも面白いかな、と。しかし今日は急い でいたので、購入は延期。

夜は死なない病気で中止していたスポーツクラブに復帰。へとへとになる。

2007年6月22日(金)
<<私を鍛え上げる>>
昼前に出勤。昨日作った定期試験の問題を少し修正しながら、研究室でコソコ ソ昼食。12時半から15時40分まで、授業を2コマ。数学の講義と計算機実 習。その後、計算機実習の学生レポートのチェックや集計、ついでにゲーテの 宿題も片付けてから18時過ぎに家路につく。

帰りのバスの中では、以前同じ学科だった先生二人が学内政治の話をして いた。どうも「嫌な世の中になってきましたなあ」式の愚痴のこぼし合いのよ うだった。

以前は学内の出来事について、他に誰も居ないところで何でもあけすけに 話せる友人が居たが、その人が他大学に転出してしまってからは、誰かと語り 合って憂さ晴らしができるわけでもなく、せいぜい学科長ぶちキレ日記などで 鬱憤を晴らすぐらいである。しかし、生の現実をそのままWebで書きまくっ て「世界に発信」するわけにも行かないので、多少時間を掛けて思考のフィル ターを経由させた上でさらに娯楽性も考慮し、どこかで笑いを取ってやろうと 下心をギラつかせつつ脚色および再構成されたものを書くことになる。

かように思考を経て書くという行為が私を鍛え上げるのだと自分に言い聞 かせてやってきたわけだが、その結果が電話線ひっこ抜きだったり、瞬殺クリッ クだったり、研究室のノックの黙殺だったり、トンカチ振り回しだったり、死 なない病気を理由にした会議のさぼり倒しだったりするのだから、果たして目 論み通り自分自身を鍛え上げることができたかどうかについては、はなはだ疑 問である。

2007年6月21日(木)
<<箱庭療法>>
死なない病気シリーズ、第ン弾!咳がようやく沈静化したかと思ったら、次は 汗疹(あせも)である。蒸し暑い昨日、やけに粘っこい汗をかいたなと思って たら、腕や首に天の川のように赤い小さな斑点が沢山できて少し痒い。その辺 の皮膚科は休診だし、しょうがないのでその辺の売薬を塗りたくって出勤。風 邪で声が出なくなるのも40年ぶりぐらいなら、汗疹ができるのも40年ぶり ぐらいである。次は40年ぶりに何が起こるのかしら。40年ぶりに箱庭療法 のお世話になるかも。

私は今でも十分おかしなオジサンだが、40年前はもっとおかしな子供だっ たようだ。この子は勉強の方はまずまず大丈夫そうだから、当面は学校の勉強 よりも治療の方専念してくださいという幼稚園や小学校の教師達の勧めに従っ て、週に一度学校を早引きして精神科医の元に通い、箱庭で遊んでいたのであ る。そりゃあ、休憩時間だからと言って窓から飛び出してはいけないだの、動 物の絵を描けと言ったのに何でテレビ塔の絵を描くのだ?だの、世界地図ばかり 眺めてないで皆とお遊戯しなさいだのと、人体解剖模型で一人遊びばかりして ないでお友達と折り紙をしなさいだの、色々小うるさい幼稚園や学校の先生に 比べれば、何をやったってニコニコして見てるだけの精神科医のおじさんの方 がいいに決まっている。毎週上機嫌で通ったものだ。で、ちったあ良くなった のかって?見ての通りだよ。あっ、そういえば今、心の病になって精神安定剤飲ん でるんだから、既にこの種の「40年ぶり」は進行中なんだ。じゃあ、次は何 だろう?逆声変わりして、ウイーン少年合唱団に入れたりして。それはあり得ない 、か。

本日10時40分から19時過ぎまで、授業やコソコソ昼食や定期試験の 問題作成や、あれやこれやそれやどれやの一日。帰宅後もなんだかんだと色々 むにゃむにゃ。ゲーテの宿題でもやろうかと思って、結局できず。汗疹はとり あえず沈静化に向かっている模様。

2007年6月20日(水)
<<羊飼いの歌>>
昼前にJEUGIA三条本店に立ち寄って、注文しておいた 「ソプラノ・クラリネット・ピアノのための作品集」 を受け取って、すぐに大学へ。研究室でコソコソと昼食をとりながら早速 買ってきたCD を聴いてみる。クラリネットとソプラノの組合せは、 シューベルトの「岩の上の羊飼い」 ぐらいしか知らなかったが、このCD はそれ以外にシュポーア の「6つのドイツ歌曲」、マイヤーベーアの「羊飼いの歌」、クック「『無垢 の歌』による3つの歌曲」が入っており、どれもこれもかなり珍しい。 クラリネットは谷尻忍という人が吹いている。

ジャコモ・マイヤーベーアなんて聞いたことが無い作曲家で、詩は誰が作っ たのか知らないが、「羊飼いの歌」の次の一節は、まるで心の病の治療のため に会議をサボり倒してきた過去3ヶ月の私の生活のことを書いているかのよう である。(和訳は私が適当に書いてみました)

...
Ihr flieget hinaus in die Ferne,  (鳥たちは遠くへ飛んでゆく)
Weit in die unendliche Welt! (果てしなく遠い世界へ!)
Ich weile hier oben so gerne, (私はこの喜びに満ちた天界にとどまろう、)
Nah' unter dem blauen Gezelt! (この青き天蓋のすぐ下に!)
Von den Menschen dort unten geschieden, (下界にうごめく人々からは離れ,)
Von Sorgen und Unmut und Schmerz, (悩みや不機嫌や苦痛からも遠ざかり,)
Erfüllt sich mit seligem Frieden  (至福の安らぎに満ちた)
Hir oben das ruhige Herz! (天界の私の穏やかな心!)

So webt sich aus seligen Tagen, (かように至福の日々の中で)
Still gleitend der Lebenslauf,  (静かに、そして、滑るように生活は流れゆき、)
Die stürmischen Wellen, sie schlagen (下界の荒波は)
Nicht bis hier oben hinauf! (この天界にまで打ち寄せることなどないのだ!)
....

まあ、実際のところは「死なない病気」稼業も色々大変ではあるのだけど。 で、心の病は治ったのかというと、くどいようだが「治らないまま野 に放たれ」ようとしているのである。まあ、後遺症ってやつかな。 しかし3ヶ月程ぼんやり過ごせたお陰で、学科長時代のおぞましい記憶 の生生しさは薄れてきたような気がするけど。

14時10分より16時頃まで4回生M君の卒研ゼミ。その後、 「天界」での最後の日々を噛みしめながら今日も教室 会議を欠席。すみやかに帰宅。夜、少し数学。

2007年6月19日(火)
<<ごきげんよろしう>>
昼前に家を出て京大数理研図書室へ。夕方まで数学。例のフランス語の論文、 たった3ページで七転八倒。代数幾何学のプロならすぐに正せるだろうけが、 私のような素人には暗黒帝国にそびえる大迷宮への入り口でしかないような細 かい間違いや誤植が満載で、ほとほと閉口する。ほとんど解体新書の世界に近 い。1、2年前に日大セミナーで一度だけお会いしたNW大の某先生ならちゃん と理解しているはずだから、一度押しかけて色々教えてもらおうかしら、と。

疲れ果て泣き濡れ、JEUGIA三条本店道草経由で帰宅。先日思わず引いてし まったミシェル・ポルタルがクラリネット吹いているプーランクの木管室内楽 曲集のCDをもう一度試聴してみようかと思ったが、何故かプーランク関係のCD がごっそり無くなっていた。こういう時はゲーテ・クラリネット奏者氏を問い 詰めれば「あのCD?あーあ、先週私が買いましたけど?」とか何とか白状するかも。

夜も気を取り直して、また少し3ページの暗黒迷宮に迷い込んでみる。そ うこうしているうちに、外国を遊学中の同僚某先生から「ごきげんよろし う、お元気ですか」で始まる業務連絡のようなメールが届く。冗談ぢゃあ ない。現代医学に見放され今まさに病のまま野に放たれんとしている、死なな い病気各種卸し及び小売販売業を生業とし、毎日富山の置き薬の行商人よろしく リュックサックにありとあらゆるチマチマとした常備薬と数学の本をノートを詰め込 んでその辺を彷徨っている私が、「ごきげんよろし」く「お元気」なわけない だろうに!これが学科長やってる時だったら、瞬殺クリックのお見舞いだ あ!ってことになるが、いちおう真面目に対応しておく。

2007年6月18日(月)
<<既に十分怪しい>>
深夜、定例の日大セミナーを聴講するための東京出張から帰宅。相変わらず難 しい話ばかりで、頭が壊れそうになる。学生達が私の講義を聞いている時って、 こんな気分なのだろう。まあ、自分の専門とは少し離れているので理解しずら いのは当たり前だが、何か自分の研究の参考になるような話は無いかなと思っ て顔を出してるんだけど。お陰で代数幾何学のことが多少は分かってきた。そ れに、優秀な人たちの研究が少しずつ進んで行く様子をつぶさに見ることがで きる点はおおいに刺激になる。まあ、私はあんな調子にすいすいとは研究 できないけどね。

さて、定宿にしている都庁の近くのホテルは、いつも中国人観光客 で溢れ返っている。このホテルで日本人のような顔をした客は大抵中国人であ る。たまに韓国人やそれ以外のアジア系の場合もあるが、日本人であることは 稀である。ホテルの近辺の路上では、少なくともビジネススーツを着ていない 40代以下の日本人みたいな顔をした人の2割は中国人だと思われる。飲食店 の若い店員は半分以上が中国人だ。私が東京で会社員をしてた頃と違って、新 宿はずいぶんエキゾチックな街になったものだ。私と同世代の知人は、大学の 法学部でドイツ語を選択したが、家業を継いでからは中国で仕事をすることが 多くなり、独学で中国語を勉強したという。こういう変化を思うに、一般教養の 語学を英語と中国語だけにしてしまう大学が出てくるのも、さもありなんとい う気がする。

私が学生の頃は、理工系は英語とドイツ語と相場が決まっていて、私のよ うに英語とフランス語というのは少数派。フランス語を選んだ理由は、数学を やるなら、まず「ブルバキ数学原論」を読まなければならないと勘違いしたこ と、そして、ガロアもヴェイユもシュヴァレーもコーシーもシュヴァルツもア ダマールもルジャンドルもセールもカルタンもポアンカレも皆フランス人だし、 グロタンディックはフランス語で論文書いてるから、数学やるなら断然フラン ス語だ!と学生らしく単純素朴に考えていたこと、そして、 自分はガロアの生まれ変わりだ、だってあの偏屈な性格がそっくりだと 半分本気で考えていたからでもある。

当時はまだ、数学は性格でやるものだと固く信じていたのである。偉い数学者 には変人が多いらしい。私も三重県内ではちょっとした変人高校生で鳴らしたも のよ。よし、もっともっと変人になれば、数学が出来るようになるかも知れない、 と。これは完全な論理的倒錯である。それに無理して変人ぶらなくても、 私はそのままで既に十分怪しい。

しかし、辛うじて大甘の単位を貰える程度のフランス語でも、結局40歳を 過ぎてからE.G.A. を大慌てで読む必要に迫られたりしたときに役立ったし、今 でも役に立っている。当時文系の学生の間ではフランス語に結構人気があったよ うである。まだ「フランス文化はかっこいい」という雰囲気が残っていた時代で、 中国語は開講されていたかどうかも憶えていない。 私は西洋かぶれなので、アジア語を勉強する積もりは当分ない。韓国や中 国の研究者と交流するにも英語で十分だし。

それにしてもプーランクの室内楽集を聴いていると、 良くも悪くも、ああ、フランスや なあって感じがする。そういえば東京のホテルでは、勉強に専念する積もりだった けど、結局また映画「イルマーレ」(ハリウッド版)を見てしまった。

2007年6月16日(土)
<<プーランク>>
咳はあと一歩のところが頑固に残っていて、今朝も発作で起こされる。「現代 医学ではこれが限界です。毎朝の発作とともに天寿を全うされることをお祈りいたしま す、では、さようなら」という主治医の声が聞こえてきそうだ。

本日2週間振りのゲーテの日。治らないけど死にもしない病気をいくつか 背負った私は、今日という日を噛み締めいとおしむように一歩一歩大地を踏み しめながら、まずは河原町三条界隈へ。JEUGIA三条本店にて フランシス・プーランクの室内楽集2枚組みCD(全12曲)を購入。エリッ ク・ル・サージュがピアノを弾いて、クラリネットはル・サージュと長年コン ビを組んできた盟友ポール・メイエと、現在はすっかりジャズや映画音楽の人 として有名なミシェル・ポータルが吹いている。勿論、オーボエ、バズーン、 フルート、トロンボーン、トランペット、ホルン、ヴァイオリン、チェロの曲 も沢山入っている。このCDでポータルは「二本のクラリネットのためのソナタ」 という短い曲をポール・メイエと共演しているだけ。ミシェル・ポータルが 「クラリネットとピアノのためのソナタ」を吹いている別のCDも見つけたが、 ちょっと試聴してみたところ何だかプーランクとは思えないような異様なプー ランクを吹いていたこともあって、ちょっと引いてしまい、購入は見送り。

ゲーテでは、死ねない病気ゆえに死んだようになっている私とは対照的に、謎 の広告代理店社員氏がカタコトの日本語と怒涛のドイツ語で無闇に元気そうだっ た。そういえば私は、この人とカタコトの日本語を交わすことはあるが、会話 と呼べるものをした記憶はあまりないな。今日私がこの人に放った言葉は 「あ、こんにちは」「うん、そう」「何か、挙動不審やなあ」 「『何見てんねん!』なーんちゃってね」「私は死なない病気の歩く百貨店です」 の5つ。これは会話というよりは「言葉による軽い接触」であり、離れた ところから恐る恐る棒でツンツンと突っ突いて様子を見ているのにも等しい。

もっとも私とひと月に2回以上の頻度で会話と呼べるものを する人間は、世界に3人ぐらいしかいないんだけどね。ただし ここでは一応の目安として、日本語による10秒以上の台詞のやりとりを 対面で3回以上繰り返すものを「会話」と呼び、 業務連絡やビジネス・トークの類は「会話」には含めない。

明日の午後から東京出張。次回更新は月曜日深夜以降。