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よ け ス ペ ー ス で す。

2007年5月15日(火)
<<潰れたのは私だけ>>
今日も朝から大阪へ。しばし野暮用の後、午後は市内を放浪しながら、数学。 半年ぐらい前に書いた論文の見直し作業。夕方は市内を歩き倒し、またも梅田 駅で夕食の後、22時前に帰宅。

大阪は都会でいい感じだけど、京都に比べて信号が異様に長いのが困る。 故障してるんじゃないかと思うぐらいだ。それに、コンビニが密集しているけ れど、どこのコンビニにも同じものばかり売ってるのは何故か。長い信号待ち は不便だから、道路を挟んでほぼ線対称にコンビニを配置し、売ってるものも 同じにして、わざわざ信号を渡って道路の向こうの店に行かなくて良いように しているのだろうか。しかし、日本じゅう何処でもコンビニってのは同じよ うなものばかり売ってるような気もする。たまにはへそ曲がりなコンビニがあっ て、他とは違う珍しいものが売ってても良さそうなものだけど。例えば、プレー ン・ヨーグルトとか、豆腐の白和えとか、炭酸入りでしかもレモン風味とかつけてな いミネラルウオーターとか、プンパーニッケルとか、全穀粉のパンとか。

私が店長だったら、そういうちょっと変わったコンビニにして。。。それ で3ヶ月で店潰してしまうんだろうと思う。でもそんな私が1年学科長やって も数理科学科は潰れなかったけど。潰れたのは私だけだったな。

夜は少しザビーネ・マイヤーを聴きながら、ゲーテの宿題を片付ける。

2007年5月14日(月)
<<お国柄による違い>>
終日野暮用の日。午前は自宅および山科区内で野暮用。午後は大阪市内を歩き 倒し、梅田駅で夕食の後、21時過ぎにくたびれ果てて京都に戻る。その間、 暇を見つけては、ちょこちょこと数学。

深夜、普通のオーディオ機器で(つまりドクター・ストップがかかってい るヘッドホンなしで)CDが聴ける幸運が降って湧いてきたので、 早速一ヶ月ぐらい前に買って一度も聴 いていなかった 女王ザビーネ・マイヤー様の最新CDを聴いた。 プーランクやサン=サーン ズのクラリネット・ソナタは ポール・メイエのC Dでもお馴染み。ミョーのScaramouche (どういう意味?mouche はハエの ことらしいけど)は 「パリのメカニッ ク」 にも入っている玩具箱をひっくり返したような楽しい曲。ドヴィエ ンヌのクラリネット・ソナタは初めて聴いたけど、オペラ用の曲らしい。 オペラとクラリネットは結構相性が良くて、 ザビーネ・マイヤーも "A Night at the OPERA" を出してるし、 アレッサンドロ・カルボナーレの 「クラリネット吹きのオペラ(Clarinet Sings Opera)は私のイチ押しオススメCDだし、 ホアン・エンリク・ルナの 「Rossini Y Espana (ロッシーニとスペイン)」 なんてのもある。

しかし、そもそもこんなフランス・ムードたっぷりの曲を、生粋のドイツ 人のザビーネ・マイヤーが吹くとどうなるんだろう?というのが、このCDを 買った時から興味があったのだが、サン=サーンズのソナタなどはフランスの 貴公子ポール・メイエの演奏とはかなり感じが違う。そういえば、 ポール・メイエのシューマンは何だか気が抜けた感じで、シューマンの持 つどこかしらどろりとした重たさに欠けるような気がするし、 ザビーネ・マイヤーのドビュッシーも、それはないんじゃないのという 感じである。そもそも 「パリのメカニック」 をポール・メイエが吹いたら全然違った感じになりそうだし、 しばらく前から JEUGIA三条本店に 行くたびに、ポール・メイエとエリック・ル・サージューの ブラームスのCDを買おうか買わまいか迷っているのだけど、 あのどろどろのドイツ的ブラームスをぱりぱりのフランス人が 吹くとどうなってしまうのかと、 いまだに恐ろしくてJEUGIAさんに「預けた」ままである。

クラリネットやオーボエの公開レッスンを見学に行くと、講師がよく、こ こはこんな感じでドイツ風に吹いては駄目でこういうふうにフランス風に吹き なさいなどと言って、その違いを実演してくれる。確かに聴いてみると何とな く違いがわかり、それはザビーネ・マイヤーのサン=サーンズとポール・メイ エのサン=サーンズの違いと同じものである。敢えて言葉にすれば、フランス 風は柔らかく流すように音を出すが、ドイツ風はひとつひとつの音をどしどし どしと重みを持たせて吹くという言い方もできるかもしれない。でもこれは あまり正確ではなく、もっと微妙な違いのような気もする。しかし実は、楽譜でこう書いてあるところを こういう風に吹けばドイツ流、ああいう風に吹けばフランス流という感じで、 種を明かせば案外単純な違いではないかと思ってゲーテ・クラリネット奏者氏 に聞いてみたけれど、やはりそんなに単純ではないらしい。

ところで、数学でもお国柄の違いはあるらしく、学生時代に、フランスの 数学はこうでロシアの数学はこうだけどチェコやポーランドの数学はああなん だという話を聞いて、そういうものかと思っていたけれど、実際自分で数学を 研究するようになった今、どういう違いがあるかと聞かれても よくわからない。

しかし計算機屋時代は、フランス とイギリスとドイツとアメリカの理論計算機科学の違いはかなり明確に見えて いた。要するに問題意識の違いで、同じ問題を考えても、何がどこまでわかれ ば「解けた」と納得するかという基準や、問題をどういう風に解きたがるかという テイストが、それぞれの研究者の文化的背景によっ て違うのである。しかし当時も「では日本の理論計算機科学研究の特徴は?」 となると、どうもよくわからなかった。自分のことは案外わからないものであ る。でも、今、数学のお国柄による違いがよくわらないのは、単に私の勉強不 足のせいだろうと思う。

2007年5月13日(日)
<<時代のずっと先を歩く>>
野暮用の日曜日。昨日の早起きの影響で今日も早く目が覚めてしまい、午前中 に山科区内で野暮用。午後の空いた時間は数学などの美しいもののために使お うか、と。で、京都府民ホール・アルティー で開かれた、京都市立芸大関係者のコンサートにふらりと潜入。出演者 の皆さん、いずれもしっかりとした素晴らしい演奏で、楽しい2時間を過ごせ た。

それにしても最近の私は、コンサートを聴きに行っても虚心に音楽 を楽しむだけでは済まなくなってきていて、私の立場では知る必要の無い 余計なことまで気が向いてしまう。これが良いことなのか悪いことなのかは、 わからない。

たとえば、先日の西大寺のコンサートでは、一体これは誰が企画して、出 演者はどういう人脈なり選考基準なりで選ばれたのだろうか?とか、それは数 学における研究集会や学会の運営の仕方と類似性があるだろうか?なんて事 を考えてしまう。

今日のコンサートでも、1500円の激安入場料で客入りはざっと400 名ぐらいだったけど、そのうち何割かは「ご招待」の無料券のはずだし、ホー ルの使用料が日曜の午後なら幾らぐらいで、ピアノもヤマハじゃなくてスタイ ンウエイを2台使っているからそのレンタル料もこのぐらいかかって云々と、 コンサート舞台裏の台所事情を勝手に心配する始末。

休憩時間にはふと、あの曲がクラリネット、フルート、ピアノのアンサン ブルでできるんだったら、クラリネットとフルートはゲーテの2人で何とかな るけど、ピアノは誰にすれば良いかしら。あの人かこの人か、それとも別の人 か?たとえば、この手の曲は他にどのぐらいあるのかしら?出張コンサートの 各種演奏者派遣業をやるとすれば、登録演奏者を何人ぐらい揃えておこうかし ら。やはり、編曲が得意な人が何人か居ると良いな。チラシや広告をぶつ時に ゲーテ謎の広告会社社員氏に委託するにしても、私は、氏がカタコト以上の日 本語を話しているのを見たことがないし、かと言って日本でビジネスを展開す るのにドイツ語で広告ぶつわけにも行かんだろうし、どんなものかしら?云々 と、(たぶんどこか根本的なところで間違っている)怪しげなビジネスモデル を考えていたりしていた。

また最近は「のだめカンタービレ」がブレイクしたお陰で、新規のクラシッ クファンが増えたそうだが、中にはコンサートでのマナーが必ずしもよろしく ない人もいて、これまでに無かったようなトラブルも発生しているそうだけど、 関係者の皆さんコンサートの顧客管理はどうしているのかしら?そういえば、 さっきから一番前の席で演奏中にフラッシュをピカピカ焚いて写真ばかり撮っ ている客が気になってしょうがないのだけど、ああいうのにはどう対応するん だろう?とか。そういう事も考えてしまったりする。

というように、気分はもうすっかり興行師である。

顧客管理といえば、10数年程前から大学生が授業中に私語をするように なり、それ以外にも「大学生の幼稚化」に伴ってそれまでは考えられなかった ような問題に対応していかなければならなくなったという。これも大学の 「顧客管理」と呼ばれることがある。

私語といえば、今の若い人には信じられないかも知れないが(と、年寄り 臭く言い放つ)、私が学生の頃、小、中、高、大学を通して、授業中に私 語をするのは私ぐらいのものであった。高校までは先生相手に私語をする ので、職員室ではあいつには困ったものだ、授業がやりにくくてしょうがない と噂されていたようである。さすが に大学の先生は私語の相手をしてくれないので、仕方なく授業中に近くに座っ ているクラスメートに話しかけるのである。しかし当時の学生は皆、授業中に 私語なんてとんでもないという思想を堅持していたので、 「五月蝿い。今、授業中や、黙っとけ!」と何度彼らに諭されたことか。 そうさ、私はいつも時代のずっと先を歩いてきたのさ。Je marche plus loin! なーんてね。そして約10年後、時代はやっと私に追いついてきたとみえて、 私のような学生はごく当たり前になった。今や私は 教壇から学生に向けて、昔クラスメートに言われたフレーズをそっくりその まま言い放つのである。「五月蝿い。今、授業中や、黙っとけ!」と。

コンサートの前後は、色々な場所で数学。

2007年5月12日(土)
<<人生の暗黒大陸>>
朝7時半に起きて、山科区内をタクシーで駆けずり回り野暮用。ちなみに私は免 許証は持っているが車は持っていない。その理由は2つ。1つ目は面倒臭いこ と。やれガソリンだ洗車だ車検だ渋滞だ駐車場捜しだ等等、そんなことにかま けている暇があったら、電車やバスを待ちながらぼんやり風景を眺めていた方 がよほど気がきいているし、風に吹かれて街を歩くのもいい。2つ目は私が乗 りたい車がおそらく道路交通法上認められていないこと。私は気が短いので、 赤外線追尾型ミサイルとゼロ戦と同じ20ミリ機関砲搭載の装甲車で、横暴 なドライバーの車をいつでも迎撃できようにでもしておかないかぎり、腹が立っ て寝られなくなるのが嫌なのである(お前が一番横暴ではないか!との突っ込 みは即時却下)。

一旦自宅に戻ってからゲーテへ。その前にZest御池地下街で昼食、寺 町三条Sbuxで食後のコーヒー、JEUGIA三条本店でCDやコンサート 情報の物色。もう長いこと病気でCDがまともに聴けないので、3階のCD漁 りにはもうひとつ力が入らない。当面力を入れて聴きたいコンサートが無いと 4階で楽譜漁りをするにも気合いが入らない。そこで4階は軽く通り抜けて、 5階の楽器売り場に置いてあるコンサートのチラシを捜してみたけれど、何故 かフルートのものが多い。

私はフルートはいまひとつピンと来ないのである。しかし、以前はクラリ ネットでも全く同じことを言っていたのが、ゲーテ・クラリネット奏者氏の音 を何度か聴いているうちに、クラリネットの魅力に魅せられるようになった。 フルートでも同じ事が起こらないかしら、この人ならそれを実現してくれるん じゃないかしらと期待して、ゲーテ・フルート奏者氏に関西方面でコンサート を開く予定があればぜひ知らせて下さい頼んであるのだけど、長野だのスイス だのの仕事が多いらしく、近場のコンサートについてはまだ音沙汰が無い。

ゲーテでは謎の広告代理店社員氏が開口一番「高山さん、救急車がどうの と書いてましたけど体調は大丈夫ですか?」いつもお気遣い頂きまして有難う ございます。救急車はともかくとして、私はいつも病気で絶不調です。まるで 人生の暗黒大陸を逆立ちして後ろ向きに歩いているようなものです、と(自分でも 何を言っているのかわけがわからない)。

夜は2週間ぶりのスポーツクラブ。病気で絶不調で教室会議にも出られな い奴が、何でスポーツクラブなんだよう!ってか?理由は簡単。病んでるのは 心であって、体ではないからさ。

2007年5月11日(金)
<<同情するなら勉強しとくれ!>>
ポールボキューズのラクト山科店で買った昼食用サンドイッチを持って昼前に 出勤。

12時30分から14時まで2回生の講義。去年もそうだったけど、授業 中や授業の後に何のかんのと質問する学生が居るのは、大変良い傾向だ。特に、 私が嘘を教えている時に、先生、それ違うんじゃないですか?と言い出す学生 には、その場で漏れなく単位を出したいぐらいだ。(でも出さないけど。気持ち だけ取っといてね。)わざとじゃないけど、時々嘘を喋ってみるのも、 学生の注意力を喚起する教育効果があって、よろしいのではないかと思う。

引き続き14時10分から15時40分まで1回生のコンピュータ実習の 授業。今日は3名のTAと私の4人体制でコンピュータ実習に臨んだものの、 学生の質問対応で全力疾走大忙しの90分。まあ、私は演習で学生の質問攻め に合って揉みくちゃにされるのは嫌いじゃないけどね。しかし、授業が終って 帰り始めた学生たちは「この授業って、先生達も大変だよなあ」と。そうかい、 そうかい。我々のことを気遣ってくれるのかい。優しい良い子たちだねえ。そ れなら授業中にお喋りしてないでちゃんとノートを取り、レジュメやテ キストの指定された部分をきちんと見ておいて欲しいものだね。昔、「同情す るなら金おくれ!」ってフレーズが流行ったけど、「同情するなら勉強しとく れ!」だよ、ホント。

授業後、速攻で帰宅し、近所の医院へ。病気の方は少しずつ良くなってい る気がするのだけど、まだ完治とまでは行かず、今日も精神安定剤を処方して もらって帰宅。まあ、授業で興奮して病状が悪化するようなことは無くなって きた。しかし、数学教室の同僚からたまに何ということもない普通の業務連絡 メールが来たりすると、メールの内容には無関係に「複雑系どもがまた何か意 味のわからない事を言い出してきたのか?」と無闇に興奮して病状が悪化する 傾向は、あまり改善されていないようである。昨日は今年の学科長の先生に、 かような理由で今後もしばらく教室会議を休ませていただきますと、メールで やりとりしたのだが、それだけでまた病状が悪化してしまった。やっぱり、 私は病んでいる。

夜は、書きっ放し放置論文の手直し作業の本格再開に向けて、部屋中やPCの メモリー中に散乱していた資料をノートを整理して一箇所に集める。

2007年5月10日(木)
<<青テント生活に向かって>>
午前中は経済・経営学部2,3,4回生のコンピュータ実習の授業。4回生は 就職活動中なのだろう、出席者は2,3回生のみで5名。午後は数理科学科1 回生のコンピュータ実習の準備のような授業。連休が明けたというのに、 まだ100名ぐらい教室にひしめいている。トンカチが威力を発揮し、軽く トントントンと叩いて「そこの君たち!さっきからちょっと五月蝿いですよ!」 と軽く注意するだけで静かになってくれる。良い子たちだ。

私がやっているような入門段階の情報処理教育は人海戦略が鍵で、私がホ ワイトボードだの教材提示装置だの何だので説明したコンピュータの操作方法 や課題の内容がよくわからかったとか、その通りにやってみたけどうまく行か ないぞ等の学生の混乱にきめ細かく個別対応できれば、かなりの効果が期待でき る。だけど、特にクラスの人数の多い明日の演習の授業などは、残念ながらT Aがほとんど居ないので、思うように対応できないのが現状である。ま、その 分、授業をゆっくりやればいいことか。そうすることにしよう。

最後は大学院の可換環論の授業。可換環論の院生が居ないので、確率論の 教科書の輪講。近い将来にRitsの数理科学科は内部崩壊の危機に瀕し、その 機会を虎視眈々と狙っていたA堀先生の野望と戦略によって数理ファイナンス 学科に改組され、確率統計を教えられない教員はクビになると予想されので、 ちょっと頑張って勉強してみようか、と(半分マジ)。

確率統計コンバートに失敗してRitsをクビになったら、3ヶ月間ぐら いゲーテ・クラリネット奏者氏の押しかけマネージャーでもやらせてもらって 食いつなぐ積もりである。え?なぜ3ヶ月間なのかって?高山さん、貴方、マ ネージャーのくせに碌な仕事を取って来ないじゃないですか!という理由で、 3ヶ月以内にクビになるんじゃないかと思ってるから。でも、スケジュール管 理とか、会場下調べとか、(たぶん)チラシ作りとかは得意なんだけどなあ。じゃ あ、マネージャーをクビになったらどうするのかって?それに最初からマネー ジャーなんて要らん!と断られるかもしれないし。そりゃあ、その時は貴方、 青テント生活に決まってるじゃないですか、と。

ところで、まさか数学業界関係者がこのゴミ日誌を読んでいるとは思えない が(そんな暇があれば論文でも書いてろ!と言いたいものだ)、念のために一応 書いておくと、「Rits数理科学科の内部崩壊危機」説は、単なる複雑系の 拡散過程を、私が内部崩壊と勘違いしているだけかも知れないので、悪しからず。 (崩壊しているのは、お前だけじゃないのか?との突っ込みは、即時却下!) だいだい、教室会議だの打ち上げだの歓迎会だのは病気の治癒を遅らせる 危険性が大きいので全部パスしているから、最近の数学教室の動向なんて関知 していないのである。もっとも、たとえそういうのに全部顔を出していても、 皆さんが何を考えているのかよくわからないところが、複雑系の複雑系たる 由縁なんだけどね。

2007年5月9日(水)
<<お茶を濁す>>
昼食用にボールボキューズ・ラクト山科店のサンドイッチを買って昼頃出勤。 しばし雑用の後、14時10分より4回生M君の卒研ゼミ。16時15分頃終 了。その後も書類を書いて提出したりといった雑用を少し片付けてから帰宅。 夜は数学。ドイツ語の代数の教科書読み。

5月下旬か6月上旬に就職委員としてこれから就活を始める3回生に「激 励の言葉」を話すようにとの依頼が来た。彼らが生まれる前後あたりに就活し た私の経験談でもやってお茶を濁そうか、と。

大学院入試や公務員試験、教員採用試験に全て落ちまくったとか、 対人恐怖症で昼間っから酒をあおって勢いをつけてからでないと会社にアポの 電話が掛けられなかったこととか、試験落第のトラウマで、資格試験とか昇進 試験を受けなければならない会社は全てパスしたとか、 最後にちり紙交換か長距離トラックの運転手になろうかと思って 大学卒業前に教習所に通ったけれど、最後の筆記試験に合格した時は 「やっと試験と名のつくものに合格した!」とはらはらと嬉し涙を流して 喜んだこととか、そういう失敗談なら沢山ある。

それ以外にも、大学に就職したり他大学に転職するための就活の話も色々 あるけど、これは結構生臭くて憂鬱な話が多く、私自身はスリル満点の経験をし たなと思っているけれど、他人に話して面白いものかどうかはわからないし、 学生にはほとんど関係ないことだろうと思う、

2007年5月8日(火)
<<洟垂れ小僧が許せない!>>
午前中は昨夜の救急車騒ぎの続きで、山科区内で野暮用。昨夜はあまり寝てな いので、午後は寝転がってドイツ語の代数学の教科書を読んだり昼寝をしたり といったことを繰り返す。昼寝で少し楽になったので、夜も引き続き代数学の 教科書読み。

さて、今日は爺臭い思い出話をいくつか。

ベートーヴェンといえば、小学生の頃、夏休みの宿題帳「夏休みの友」だっ たか教科書準拠型学習参考書「毎日の勉強」だかに、楽聖ベートーヴェンの言葉 として「蝸牛も塔に上る。努力せよ、ひたすら努力せよ」というのが掲げられ ていて、凄い事を言うもんだと思ったことを憶えている。しかし、結構素直に この言葉を受け止めて、何かに失敗して落ち込むたびに思い出していたように思う。

それから、現代日本では「洟垂れ小僧」は既に絶滅種だと思うが、私が子 供の頃は幼稚園から小学校低学年ぐらいまでの子供の半数ぐらいは、年がら年 中青洟だの黄洟だの水洟だのを垂らしてその辺をうろうろしていたものだ。鼻 血を出す子も多く、青洟や黄洟に鼻血が混じった図には壮絶なものがあった ように思う。

私はとても神経質な子供だったので、特に青洟や黄洟を垂らした子はそれ だけで大嫌いで、できるだけ近づかないようにしていた。洟が汚らしくて嫌だ ということもあったけれど、ああいうものを鼻の下に2本の棒のようにぶら下 げて平気でいられる感性が許せなかったようである。その私が皮肉にも蓄膿症 に罹り、洟垂れ小僧の仲間入りを果たした時は大変であった。 洟を垂らした自分は絶対に許せないが、ポケットティッシュ なる便利な物も無い時代だったので、色々苦労した覚えがある。

私の神経質さは、その後の成長に伴い少なくとも物質的な面では軽減、あ るいは消失していった。しかし、何故か鼻に関するものは今でもいくつか残っていて、 鼻毛と鼻糞に関することになると上記の洟垂れ小僧が許せない!式の話が怒涛 の如く湧き出てくるのだが、まあ、今日のところはやめておこう。

ところで、「洟垂れ小僧」の絶滅あるいは激減はずいぶん前に指摘されて おり、食生活の改善で子供たちの栄養状態が良くなり、鼻の粘膜が強く健康に なるに伴い洟垂れ小僧は居なくなったという解説をどこかで読んだ覚えがある。 「洟垂れ小僧」全盛の時代は大人の栄養状態もあまり良くなく、今とは全く逆 に、やれ日本人の摂取カロリーが少なすぎるだの、特にタンパク質の摂取量が 少ないだの、もっと肉を食べなければオリンピックで勝てないだのということ が言われていた。当時、谷啓さんが出演していたマミアンという栄養補給ドリ ンクのコマーシャルソングで、次のようなのがあったのを憶えている。

♪(疲れた表情のサラリーマン達)タンパク質が足りないよ!タンパク質が足りないよ!タンパク質が足りないよ!

...そこで一瞬音楽が止まる...
(谷啓氏が栄養ドリンクを持って登場)「タンパク質の補給にはマミアン!」
♪(元気になったサラリーマン達)マミアン、マミアン、マーミアン!

この安直なCMの作りが、いかにも昭和的ではないか。

その当時の日本人の平均的な食生活を表すものとして、10数年ぐらい前 だったか小津安二郎か誰かの昭和30年代の(昭和20年代後半かも知れない) 映画で次のようなシーンを見た覚えがある。戦後の傷跡もようやく癒え始め、 高度成長時代突入直前で皆が明るい未来を感じ始めていた日本。その後公害の 象徴と変わっていった工場の煙突が、その映画では希望の象徴のように映し出 される。都会近郊の木造平屋一戸建ての自宅から会社に出勤しようとしている 新婚の夫。高層マンションなど無い時代なので、都会近郊でも空が広くて気持 ちがいい。見送る新妻に「今夜の晩御飯は何だい?」と聞くと、妻は明るい表 情で「タラコとキンピラ(牛蒡)よ」と答える。夫は「へー、ご馳走だなあ。 じゃ、行ってくるよ」と元気に歩きだす。

えー?何なんだよ、これは?!都会の会社員が夕食の時刻までに家に帰れ る時代があったことも驚いたが、当時飽食の限りを尽くしていた私は、元気一 杯のいい若いもんが、タラコとキンピラだけで「ご馳走」かよ?!とひっくり 返ったのである。

以上は私が生まれる前かその直後の日本の話だが、小学校5年生ぐらい の頃だったか、NHKの「みんなの歌」で次のようなのがあった。

♪僕らの街は川縁、煙突だらけの街なんだ
♪低い煙突、背伸びしな。
♪高い煙突、また明日。
♪そんな、僕らの街なんだ。

「そんな、僕らの街」って、どんな街なんだよう!?この頃は社会科で四 日市喘息などの公害病が教えられるようになり、黒い煙をもくもくと吐く工場 の煙突は、少なくとも希望の象徴ではなくなっていた。子供心にも、「そんな、 僕らの街」に対する微妙な価値判断を巧妙に避けたNHKらしい歌だなと思っ たことをよく憶えている。

2007年5月7日(月)
<<ベートーヴェン>>
昼前に自宅を出て、京大数理研図書室、京大生協食堂、喫茶進々堂などで夕方 まで数学。一応予定していた文献は読み終えた積もりだけど、その辺の代数の 教科書に書いてあるような事を(今更「知りませんでした」と公言するのも格 好悪いので)コソコソと勉強しておく必要が生じる。折角ゲーテに通ってんだ から、ドイツ語の教科書で勉強してみるか、と。夜も数学をと思ったけれど、 突発的異変により救急車に乗せてもらって山科区内を駆け巡ることとなる。ま あ、私は救急車は得意なんだけど、関係者の皆様、お世話になりました。帰宅 は深夜2時前。

病院の待合室で待ち時間があったので、その辺に転がっていた子供向けの ベートヴェンの伝記を読んだ。曰く、ベー トーヴェンはボンの生まれで、父親も音楽関係の仕事をしていたが、家庭を顧 みない酒飲み。祖父は王様に仕える合唱隊の団長で孫のベートヴェンを溺愛し たのだが、幼少のベートーヴェンは祖父が教えた歌を1,2回聴いただけで、 ピアノの前身のなんとかいう楽器で一音も違わず再現してみせ、その天才ぶりを発 揮したとか。あれま、これってロストロポービッチと同じではないか。 天才音楽家の幼少のパターンで私がこれまで確認しているものは、

の2つである。

偉い数学者でも、幼少の頃からかくかくしかじかの離れ業をやってみせて 天才ぶりを発揮していたとかいう話は沢山あり、高校生ぐらいの頃はそういう 逸話を読んでは無理矢理自分と天才たちの少年時代との類似性を見出して、よ し!自分もどうやら天才のようだし、ひとつ頑張って偉い数学者になってやろ うと思ったものである。そして、大学1,2回生ぐらいまでは懲りずにそうい う話を収集して喜んで勉学の励みにしていたのだが、大学3回生ぐらいにな ると流石に自分が天才でない事を認めざるを得なくなり、その後年齢を重ねる につれて天才数学者の逸話なんて、自分にはカンケーねーよって感じが強くなっ てくる。特に私の場合は、大学卒業する時には数学も天才数学者も カンケーねーやって感じだったけど。

しかし、自分は天才ではなく、いくら頑張って研究して論文を書いても、 そんなのは数学全体の中で見ればゴミ同然であると悟ったところから、数学者 として真にリアルな人生が始まるのである。限りなくゴミに近い論文を書き、 教室で講義をすれば学生達は爆睡し、せめて学校運営で世の中に貢献しようか と思って学科長で頑張れば心の病気になり、そういうえば数学教室の同僚達 が何を考えているのだかさっぱり理解していない自分に気付く。 嗚呼、ミナニデクノボートヨバレ ホメラレモセズ クニモサレズソウイウモノニ  ワタシハナリタイ。でも、「ソウイウモノ」に私は成れるのか?と。 その問い掛けをするところから、やっと自分の数学者人生が始まるのである。

(その問い掛けの結果、会議に出ないことにしたのかって?うーん、 それは何と 答えればよいやら。。。)

ところで、ベートヴェンは、祖父の死後、飲んだくれの父親のもと、優しい 母親も病気で失ったため、モーツアルトやハイドンにもその才能を認められな がらも苦労して音楽を学び、やっと音楽家としての名声を確立できた頃に耳が 聞こえなくなったそうだが、それからどうしたのかは、その本にはあまり詳し く書かれていなかった。楽譜見ても音が思い浮かばない私としては、完全に耳 が聞こえなくなったベートーヴェンが何故作曲活動を続けられたのか、その辺 に興味があるんだけど。

2007年5月6日(日)
<<「電波な」ことをする?>>
高校2年生の秋、駿台予備校京都校に模擬試験を受けに行って以来、 過去30年ぐらいの間に何度近鉄西大寺駅を通過したかわからない。 西大寺駅で電車を乗り換えたことも何度かあった。しかし、西大寺駅から 外に出たのは、今日が初めてである。西大寺は感じの良い街だった。

自宅でしばし野暮用の後、昼前に自宅を出て、奈良西大寺の秋篠音楽堂 で開 かれた、室内学フェスタへ。300席あまりの中規模のコンサートホール。音 響も良く、なかなか感じがよろしい。客の入りは200名弱ってところか。 計10曲、出演者総勢32名、途中15分程度の休憩を挟んでたっぷり4時間 程室内学を楽しんだ。

キャスリーン・バトルの シューベルト・ドイツリート集のCD の中に入っている、シューベルトの「岩の上の羊飼い」は予め知ってたけれど、他は タイトルを見てもよくわからない。 南フランスの優しい風のような作風のJ.M.ダマーズって作曲家を初めて知ったし、 C.サン=サーンズの「動物の謝肉祭」も名前だけは以前から知ってたけれど、 曲を聴くのは今日が初めて(の気がするが、エンマ・ジョンソンのCDに クラリネット編曲がいくつか入ってたかも知れない)。

それ以外では、C.フランクのヴァイオリン・ソナタは聴き憶えがあったので、 帰宅後に自分のCDを色々捜してみたところ、最近1年ぐらい聴いてなかった タティアナ・ヴァッシリーヴァのCD にチェロ用の編曲として入ってい た。史上最強のチェリストと呼ばれるロストロポービッチは、一度聴いた曲 は一音も違えずに記憶し再現し てみせたというが、勿論私にそんな芸当が出来る訳もなく、かすかに憶えてい た曲の断片と、確か以前チェロの音で聴いたような気がするということだけを 手掛かりに、やっとの思いで突き止めた。

それから、今日クラリネット吹いてた人の一人は、先日JEUGIA三条本店 で会ったような気がするんだけど。。。私が楽譜を物色してたら、隣で私と同 じくクラリネットの楽譜を捜し始め、店員さんにも問い合わせたりしているの で、むむ何者ぞ?どこかのコンサートに現れるかも知れない名のあるお方か? とチェックしたので、何となく憶えている。 職業柄、疑問は執拗に探求する習性が身についているので、コンサートの後で その人を直撃して、貴方、先日JEUGIA三条本店で楽譜買ってませんでしたか? と聞いてみる等の「電波な」ことをしても良いのだけど、危ないおじさんと警戒さ れるだけだろうから、控える。(ああ、だから世の中って、面倒臭いんだよお。)

夜は少し数学。

2007年5月5日(土)
<<歯を食い縛って頑張る>>
今日も静養モードでたっぷり睡眠。寝る前は調子が良かったのに、朝起きたら 症状が悪化している事がよくあるので、睡眠が本当に治療に役立っているのか どうかよくわからない。今日も起床後の数時間の症状は芳しくなかった。気にする と余計悪くなるそうだけど、神経の病気ってなかなか治らないよなと思いなが ら、自宅および山科区内で終日野暮用。野暮用の合間と夜にゲーテの 宿題を片付ける。そして数学も少し。

それにしても、病気が治ったら会議に復帰しなければならないと信じてい るから、それがストレスになったり、あるいは、内心「治りたくない、治って なんかやるものか」と歯を食い縛って無意識に(治らないように)頑張ってた りなんかして、それが病気の回復を遅らせているのではないか。ならば、たと え病気が治っても会議なんか出なくてもいいんだよ、それにまたクラシックの CDが聴けるようになるし、病気ネタが無くなっても新しい日記のネタぐらい 色々見つかるだろうから心配は要らないさ、と自分に言い聞かせてやらないと いけない。

で、まずは会議に出なくて良い理由を色々考えていたら興奮してきて、ま すます病気が悪くなりそう。

2007年5月4日(金)
<<見詰められてドギマギ>>
昨日よりは早く起き、しばし野暮用と数学の後、午後は街に出る。Sbux寺 町三条店にて昼食がてら少しだけ数学の後、河原町三条界隈へ繰り出す。連休 で天気も良いせいか、異様に人出が多い。子供の頃に習った伊勢湾に伝わる古 式泳法”観海流”の要領で、のらりくらりと人の波を泳ぎ進む。

JEUGIA三条本店では、 アレッサンドロ・カルボナーレ の7月のリサ イタルのチラシを見つけた。 「クラリネッ ト吹きのオペラ(Clarinet Sings Opera)にいたく感動した私としては、こ れは見逃せない。前売り券を買わないといけないのだろうが、今日のところは ちょっと躊躇。私は自分の未来を縛ることが嫌いで、鉄道、飛行機、ホテル、 コンサートなどの前売り券はできるだけ買わないようにしている。去年は ザビー ネ・マイヤーのコンサートの前売りチケットだけはやむおえず買ったが、何の アクシデントも無く無事にその日を迎えることができるか心配で、結構緊張し た。

それ以外では、いくつか聴いてみたいCDを見つけたけれど、今日買って も病気が治るまで聴けないかと思うと、何となく見送り。楽譜も、ウエーバー、 シューマン、ブラームス、メンデルスゾーン etc. のピアノ伴奏付きクラリネット 有名定番曲詰め合わせセット、今回は更にクラリネット奏者専用楽譜の付録付きで、何 と!3500円の特別サービス価格でご奉仕!というのがあって、おおぉっ! と思ったけれど、どうせ楽譜だけ見てもわからないし、病気だからCD聴けな いもんなと、これも何となく見送り。楽譜というのは案外高いもので、先日買っ たブラームスのソナタの楽譜は30数ページで2500円ぐらいした。 それを思うと、その数倍分の曲が入って3500円は超お買い得だ。

それから、Angers河原町三条店、Apa Kabar?ゼスト御池店、明治屋河原町 三条店、ジュンク堂河原町三条BAL店、 日本で唯一竹の紙を 扱う、ショップ&ギャラリーTerra などに立ち寄り、癒しの時を過ごしたり、買い物をしたり。

写真はジュンク堂内のハローキティーお喋りロボット。 数ヶ月前から置かれていて、私はこの店に行くたびにここでしばし足を止める。 こちらの動きや話し声に反応して声を出したり動いたりするはずなのだが、 呼べど叫べど少し首を横に動かしたりしてからこちらをじっと見詰める だけで、さしたる応答はなし。 「使い方がわからない時は近くの店員に聞いてください」とあるが、まだ 聞いたことがない。 まあ、所詮玩具だし、わざわざ聞くまでもないかという気もあるし、 キティーにただ見詰められるだけで満足だからということでもある (見詰められると、ちょっとドギマギしてしまうしね)。

その後、大丸デパート・ラクト山科店を経由してマツヤスー パー&ニック山科店で少し買い物をしてから、帰宅。 夜も少し数学。

2007年5月3日(木)
<<楽譜、数式、電子回路>>
静養に努めるべく昼前まで熟睡。昼前にラクト山科まで買い出しに出た以外は、 終日自宅で数学。

病気が治らず音楽が聴けないのが辛いが、今日は先日のコンサート の「5つのバガテル」(フィンズィ) や、それ以外にこれまで聴いてきた沢山のCDのうちの何曲かが、 断続的かつ断片的にに頭の中で鳴り渡り、思い出に生きる老人のように 今日この日を生き長らえることができたのである。

さらに夜は、冷却ファンの音がが五月蝿いPCで、 アルフレート・プリンツのクラリネット・ソナタOp.120の2番(ブラー ムス) を、先日買った楽譜を追いながら1度だけ聴いてみた。もしも楽 譜を見ただけで頭の中で音楽が全て再現できるんだったら、病気のため(ヘッ ドホンで)音楽が聴けない私としてはさぞかし便利だろうけど、残念ながらそ んな能力は私には無い。もしそうなら、明日にでもJEUGIA三条本店に 出掛けて楽譜のセレブ買いでもすることだろう。

でも楽譜とか、ジャンパー線が飛び交う試作コンピュータのCPU部分の 電子回路とか、読んでもわからない数学の本の数式とか、そういうのは唯見て るだけでも楽しいもんよ。形を見てるだけでも楽しいし、中身が分かってる連 中はさぞかし面白いんだろうなと思うだけでも、何だかわくわくしてきて楽し い。さらには、楽譜を追いながら音楽を聴くと、へー、この記号はこの音を 意味してるのかという事がわかって、さらに面白い。

以前、ゲーテ・フルート奏者氏に、(上の書いたような意味で)楽譜が読め なきゃ演奏家としてはペケですよねというような事を聞いてみたけれど、そう でもないような事を言っていた。暗算が下手でも数学者として十分やってける、 というか、暗算が得意なら便利であるが、それは必ずしも良い数学をやるため には必須ではない。それと同じような事が楽譜と演奏家についても言えるらし い、という風に私は理解したんだけど。

2007年5月2日(水)
<<居眠り、内職、私語、無反応>>
静養に努めるべく今日も遅めに起床。自宅でしばし野暮用の後、昼前に出勤。 郵便物を整理し、図書館で短い論文をひとつコピー。そして14時過ぎから1 6時過ぎまで4回生M君の卒研ゼミ。ゼミの後、長居は無用とすみやかに帰宅。 夜は数学。昼にコピーした論文を読み終え、昨日まで読んでいた論文のまとめ 作業に入る。この作業が終れば、そろそろ以前書いた論文の改良作業に入れる かなと考えているのだが、目論み通りに事が運ぶかどうか。

帰宅途中に立ち寄った書店で立ち読みした本に、医者から処方された精神 安定剤の服用を勝手に中止してはいけないと書いてあったので、今晩から服用 再開。これを飲んでると、ああ、自分は心の病人なんだなあとか、だから、い つまでも会議をさぼれるんだなあという気がしみじみとしてくる。会議に 出ない心静かな生活に味をしめてしまうと、病気が治っても会議に出なくて 済む方法は無いものかと考えてしまう。

学科長として教室会議の司会進行をしていた時、ただ出席してれば義務は 果たせたことになるんでしょって顔して、居眠り、内職、私語、無反応 (これは勿論、教室での学生の事を言っているのではなく、会議中の 大学教師の事を言っているのである!) などを決め込まれるぐらいなら、 委任状でも出して欠席してくれた方がうんとましだと痛感したものである。 実際、「決して発言はしまいと決心しているのなら、のこのこ会議に 出て来るな。目障りだ、帰れ!」と灰皿でもぶつけてやろうかと思ったこ ととも一度ならずあったが、幸い会議室は禁煙で灰皿が無かったので事なき を得た。

自分がやられて嫌な事は他人にしてはならないと子供の頃習った私としては、 議事に積極的に参加する気力や意欲、あるいは必要性が無い時には、会議を さぼるのが正しい姿であり、議長に対する礼儀というものであろう。と、 いう理屈をつければ、仮に病気が治っても会議をさぼり続けることができるかな。

2007年5月1日(火)
<< Apa Kabar? >>
朝はゆっくり起きて、しばし野暮用。就職委員の会議の招集メールが届いてい た。曰く、5月某日に委員会を開くから出席せよ。でも、議題は未定、と。 はてな。気の合う友人や恋人同士じゃああるまいに、 「特に決まった話題がある訳でもないけど兎に角会おう」ってか?謎だ。

大学関係の謎は沢山あるけれど、それを追究し始めるとまた病気が悪化し そうなので、とりあえず忘れることにして、昨夜からの激しい雨と風にもへこ たれず、午後は京大数理研図書室へ。そこで夕方まで数学の後、京都市役所前 ゼスト御池の輸入雑貨店"Apa Kabar?" で買い物をしてから帰宅。

"Apa Kabar?"は小さな店だけど、いかにも私の病気に良さそうな癒し系の ムードが漂っているところが良い。店の名前はインドネシア語で「お元気です か?」の意味らしい。かと言って、インドネシアの商品が置いてあるわけでも なく、前にこの店でイタリア製か何かのソムリエ・ナイフを買った。この近く にある別の輸入雑貨店Angers も私のお気に入りだけど、まだ何も買ったこと がない。私としては、店というよりはほとんど美術館だと思っていて、いつも 唯見てるだけーって感じで満足して帰ってくる。

夜も数学。