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広

告

よ け ス ペ ー ス で す。

2008年3月15日(土)
<< (セーフ!) >>
関西日仏学館冬学期の最終日。まずはギャレット・デ・ロアのクジで当った講 座無料券を使って春学期の申し込み。窓口に行ってみると、勉強大好きな高校 生が勢い余ってフランス語にまで手を出そうというのか、私より先に講座申し 込みをしている。あれ?良く見たら高校生じゃなくって私のクラスに居る社会 人の人だ。もう今日は黙っちゃぁいられないぞと、「あ、こんにちは。○×さ んでしたか。どこの勉強が良くできそうな高校生かと思いましたよ」 と思わずぶちかます。(嗚呼、またやってしまった!)

この手の不規則発言は私の得意とするところで、それ故にこれまでの半生 において、僅かばかりの奇特な親友を得る半面、数知れぬ敵を量産してきたの である。しかし幸いなことに、今回の不規則発言は悪いようには受け取られな かったようで、「(お世辞が)お上手ですね」、と。(セーフ!) お上手も なにも、思った通りをそのまま言ってしまう悪い癖が出ただけでして、、、イ ンディアンと高山、嘘つかないアルよ。

授業のあとは道草無しで帰宅。夕食後は明日からの横浜出張の準備など。 着替えや資料の荷づくりをしたり、ホテルの位置や交通の便を確認したり、横 浜近辺のコンサートのスケジュールをチェックしたり、会社員時代の友人たち と落ち合う場所を確認したり。遠足の前の日みたい。 その後、久しぶりのDeutsche Welleを見てから、L'etrangerをすこし再読。今度は主に独仏・仏独辞典を使っ てだけど、やっぱり主人公のムルソー君が私に似ているような気がして、読み 返したくなるのだ。

次回更新は21日深夜以降の予定。

2008年3月14日(金)
<<気でも狂ったんですか?>>
出勤日。終日春の雨。11時30分より12時15分頃まで教室会議。13時 より13時45分まで教授会。その後、研究室のプリンターで研究ノートを印 刷した後、来週から参加する研究集会のための資料集めなど。17時過ぎに教 授会でチャーターしたバスで大学を出発し、京都市内の某料亭にて18時半ご ろから21時過ぎまで親和会宴会。ビールをグラス2,3杯、熱燗1合、冷酒 300ccちょっと。退屈しのぎに料理を1つ1つ写真に撮っているうちに、 そういえば会席料理って、1つだけ突出した「メインディッシュ」というもの が無いので、後で何を食べたか印象に残りにくいということに気づく。

今回の親和会宴会は、数理科学科から歴代最高記録、空前絶後の6名の参 加者があった。うち1名は学部執行部役員をやっている関係上「強制的に引っ 張り出された」そうで、今回初参加。そこで私としては珍しく自分から近寄っ て行って少し話す。私より少し若い人とはいえ、オジサンと話をするのは久 しぶりだ。

気鋭の研究者である彼は、サバティカルで外国で半年間研究に専念できる チャンスを自ら返上し、大学のため学部のため、とどのつまりは数理科学科の ために日夜真摯に仕事に取り組むのだそうだ。私なら絶対そんなことはしない な。私にとって数理科学科は複雑系以外の何物でもないし、わけのわからない 複雑系のためを思ってこんなに頑張れる人はきっと凄い人なんだろうという深 い尊敬の気持ちを込めて、思わず「へえー、貴方、気でも狂ったんですか?」と。 気が狂ってないとすれば、私とは世界の見え方が全然違うのだろう。 私と世界の見え方が同じだったら脳が歪んでるってことだから、 それはそれで大変だし。

それから、宴会の帰り際に任期付き雇用の事務職員の人2名が今月で退職 だと聞いた。「折角お友達になれたのにぃー(残念)!今度街で会った時はV サインして『あらーっ、お久しぶりー!』ってやりますからね。覚悟しておい てください。長らくお世話になりました!」と挨拶。こういう感じのお喋りが 楽しめる人って、すぐにどかに行ってしまうのが残念だ。

2008年3月13日(木)
<<沈黙蛤のデフレスパイラル>>
L'etrangerは昨夜読破した。大体予定通りである。

午前中は某銀行を装った詐欺メールが届き、その文面が結構もっともらし いので、まさかと思いつつも銀行に電話で問い合わせて確認したり、その詐欺 メールを銀行に転送したりといったことに追われる。

その後は、昼頃に少し山科区内に野暮用に出た以外は、終日自宅で研究ノー トのチェックとTeX化作業。その間、出張時に落ち合う予定の友人と適宜打ち 合わせメールのやりとりも。夜にはようやく作業が終る。明日出勤したときに 大学の研究室のプリンターで印刷し、それを横浜出張時に持っていくという算 段。夜は少しだけフランス語。

さて、何のためにゲーテや日仏学館に通うのかというと、ドイツやフラン スに行くことがあるからとか、たまにドイツ語やフランス語の文献を読む必要 に迫られるからとか、原語で小説やインターネットのサイトを読んだり映画を 見たりした方が楽しいからとか、努力が報われるとは限らない、むしろ報われ ないことの方が多い数学だけやってると煮詰まって来るので何か別の事で気を 紛らわさなければならないとか、色々理由は挙げられる。

でも一番大きな理由はお喋りがしたいからである。その辺は語学学校とい うのは実に便利にできている。そこでは、お互い利害関係もしがらみも無い手 ごろな人数の人たちが、程良い広さの部屋で落ち着いた時間をすごせるのであ る。彼らの年齢層は幅広く、しかも(ドイツ語、フランス語は英語や中国語の ようにビジネス言語ではないこともあってか)オジサン率が低いのも魅力である。さら に素晴らしいことには、各クラスには会話の交通整理を行うための気の良い教 師が配置されていて、常にクラス全体に注意を払っており、例えば私がしばら く発言しそびれていると、「ユキヒデ、あなたはどう思いますか?話してみて ください」と質問してくれるというわけだ。

俺サマで自己中でクールな私は、質問されることが大好きだ。私に質問し ない人間は私に関心がないのであり、そんな奴にはこちらからは絶対に喋って やるもんか。しかし日常生活においては、よほど何か悪いことでもやらかして 週刊誌の記者に追いかけ回されるとか、何か特別な才能を持っていて常に人々 を魅了し続けているとか、そういうことでも無いかぎり人は怪しい雰囲気を漂 わせた無愛想なオジサンに質問などしないものである。そしてまさにこれが、 日常生活において私が沈黙蛤のデフレスパイラルに落ちてゆく心理メカニズム なのだ。

2008年3月12日(水)
<<楽しいこと目白押し?>>
もう完全に春である。午前中から昼過ぎにかけて、自宅や山科区内で野暮用の 後、山科駅前Sbuxがたまたま空いていたので、しばし道草。L'etrangerを あと1ページを残すところまで読み進める。帰宅後はあちこち書き散らかした 研究ノートをチェックしながらTeXで纏める作業を夜まで続ける。明日じゅう に何とか一区切りつけて、明後日は終日会議で夜は親和会宴会に突入するとい うオジサンまみれの一日をすごし、明々後日はオジサン比率がぐっと低い関西 日仏学館冬学期の最終日で身を清め、その翌日から横浜出張、出張中に会社員 時代の友人たちと酒を飲み、京都に帰って一拍おいてから大阪出張。大阪出張 では学生時代の友人に会えるかもしれないが、彼は下戸だから酒はなし。それ から某コンサートか某公開レッスンのどちらか、あるいは、両方に出掛け、そ れで3月が終るという算段。という具合に、楽しいこと目白押しの三月!のは ずなんだけど。

2008年3月11日(火)
<<二重人格?>>
独仏例文遊びを少しやってから、昼前から論文レビューの作業。東京出張中に 作っておいた下書きをもとに、3本の論文のレビューを作成。レビューは私の 署名付きでWebのデータベースで公表されるので、清書時のチェックは自分 で論文を書く時と同じぐらいに緊張する。このデータベースは論文検索をする ときにおおいに役に立つので、私を含め世界中の数学者が毎日のように利用し ている。ゴミ論文を書くよりも、こっちの方がよっぽど数学業界に貢献できる かも知れないな。

それに、自分の論文がどんな風にレビューされているのかは気になるとこ ろである。丁寧にレビューされていると、結構嬉しいものだ。しかし全ての数 学者がそうというわけでもないようだ。先日、私がレビューを書いた論文の著 者に、私のレビューはどうだったか、自分はちょっと専門外なので変な事を書 いてしまったのではないかと心配しているのだがと尋ねてみたのだが、本人は そういう事にはあまり関心が無いらしく、読んでもいないし、読む積もりも無 さそうだった。

レビューは夕方頃にようやく全て完成し、メールで送って作業終了。それ から近所に買い物に出掛け、その帰りに山科駅前Sbuxでちょっと道草して L'etranger を読む。あと5、6ページで全部読み終わるところまで来た。確 かに早く帰宅してスーパーで買ったヨーグルトを冷蔵庫にしまわなければと気 にしてはいたが、何となく気分が落ち着かなかったのはそれだけではなく、私 の近くに3人のおじさん達が居て話していたからだと思う。まあ他人のことだ からどうでもいいようなものだけど、あんな無意味な会話をしていて面白いの かしら、と。でも彼らにとっては有益で意味のある情報交換なのかしら。 うーむ、わからん、と。

私の父もそうだったが、私は子供の頃から借りてきた猫のように無口な時 と、どうでも良いようなとりとめもない話を何時までもえへらえへら喋り続け るお喋りな時との差が激しく、我ながら二重人格のように思えてすこし不気味 である。元々お喋りなのだが、気が向かないと一言も喋らない。それは何故か というと、話すことが全く思い浮かばないからである。目の前の人や、話題や、 話題の扱い方に興味が湧かない時は何も話す気になれないし、話す言葉も思い 浮かばない。しかし所謂「お天気屋」ではなく、人の好き嫌いや何に興味が無 いかについては一定の基準があるので、同じ人や話題に対してその日その時に よって興味が湧いたり湧かなかったりすることはあまり無い。

この現象にはコミュニケーション・スキルの問題も大きく関係していて、 多少気が乗らなくても意識して相手と話してみよう、できるだけお互い気持ち よい会話をしようと少し努力してみることによりある程度改善できる。人間が 社会的存在である以上、そのような努力を惜しむべきではない、と。実際、す こし前までの私はそういう風にしていて、自分もオッサンになって多少はそう いう技量に長けてきたかな、ふむ、と、ちょっと自信を持ったりもしていたよ うな気がする。

しかし脳が歪んでしまってからは、「そんなケチな努力をチマチマとやっ てコミュニケーション・スキルとやらを伸ばし、その結果が学科長で自爆テロ かよ?」という、自分で思いついたくせに自分でもよく意味を理解していない 命題が導かれ、それを機に社会生活のさまざなな局面で類似の命題が量産され るに到っては、何だかもう頑張るのが馬鹿馬鹿しくなり、元の木阿弥の「気が 向けば話す、気が向かなければ話さない」というシンプル・ライフに回帰し たようである。でもこんな調子でこの先やってけるのかなという不安は あるな。

2008年3月10日(月)
<< Nein, das ist für mich! >>
22時過ぎに東京出張から帰宅。9日の夜は予定通り、ホテルの部屋で密かに 焼酎とウイスキーの水割りを飲んだ。飲んだくれているうちに、N響アワーを 見そこなった。でも、その日の放送はマーラーの交響曲だったそうだから、別 に惜しくもないか、と。

ひとり飲んだくれて、テレビで"Das Leben der Anderen"(「他人の生活」) を見た。邦題は「善き人のためのソナタ」らしいが、これがよくわからない。 映画の中で主人公がちょっとだけピアノで弾いてみせる"Die Sonate vom guten Menschen" の訳らしいけど、この訳もドイツ語も変である。guten Menschen は(3格)複数形だから von dem + (単数3格)の省略形である vom を使うのは誤りで"Die Sonate von guten Menschen"が正しいのではなかろう か。それから、前置詞von はこの場合「〜による」(受身文での動作の主体) か「〜についての」の意味で、「善き人達によって作られたソナタ」か「善き 人達に関するソナタ」という意味になる。「善き人のためのソナタ」だった ら"Die Sonate für gute Menschen"になるんじゃないか。勿論この場合 gute Menschen は4格複数である。

でも、映画は良かった。まず、日本語字幕付きのドイツ語版ってところが よろしい。久しぶりのドイツ語か、ああ、何もかもが懐かしい。そして一番最 後の書店のシーンで、店員が「ご進物用ですか?」と訪ねたのに対し、主人公 の元東ドイツ盗聴工作員が"Nein, das ist für mich." と答えて終ると ころがジンと来ましたね。「これは自分用の本なので、特別な包装の必要はあ りません」という普通の意味以外に、彼が買おうとしたのが、エリート官僚の キャリアをふいにしてまで庇ったある(元)隠れ反体制劇作家が、彼に対する 感謝の気持ちを込めて書いた本だったという意味も掛けられているわけで、そ のタイミングの良さとドイツ語の簡明な響きが大変よろしい。それに、この主 人公の役の人が何だか私によく似ていて、(原則として)自分以外のおじさん はみーんな嫌い(!)な俺サマでおナルな私でも、違和感無く見ていられたこと も大きい。(違和感は無くても抵抗感はあるんだけど)

飲んだくれてるだけではなく、今回の出張期間中にアメリカ数学会とEU 数学会から依頼された論文レビュー計3件の草稿を纏め、さらに電撃的啓示を 得て今取り組んでいる計算が劇的に進展する方法を思いついた。帰りの新幹線 の中で詳細を詰めていくうちに、あまりにも全ての計算結果が単純でつまらな いものに近づき、これまでやってきた事が全部吹っ飛びそうになって青ざめた のだが、自宅にたどりつく頃には「電撃的啓示」自体が間違いであることが わかり、ひと安心。

2008年3月8日(土)
<<卓球には手を出すな!>>
だいぶ春らしくなってきた。今日は関西日仏学館の日。春、夏、秋、冬の4学 期制は当然ながら1学期の期間が短く、こないだ冬学期が始まったばかりのよ うな気がしてたけれど、もう来週が最終回である。また、学期の間の休みが短 くて息をつく暇も無しといった感じもある。

ところで、クラスメートの一人が今日はとくに「公立図書館に受験勉強し に来た勉強がよくできる真面目な高校生」みたいな雰囲気だったのが可笑しい というか微笑ましく、本人にそういう風に言おうかどうかさんざん迷った末、 やめておいた。大学を卒業してからもまだそういう雰囲気を保っているのはあ る意味で凄いことで、私は別に悪い意味で言うわけでもないのだが、そのこと がちゃんと伝わるかどうか不安だったし。

話は変わるが、朝、新聞を読んでいたら舞鶴かどこかで子供達に卓球を 教えている夫婦が居て、彼らは卓球を通じて子供を教育しているのだ書いてあっ た。私も中学、高校、大学、社会人と卓球部に所属し、それなりに練習法を工 夫したりスポ根一色に染まったりして色々励んでみたけれど、公民館の卓球台 で遊んでいる見るからに下手糞な小学生と試合してもボロ負けするという状況 に何ら変化は起こらなかった。結局私は、ありとあらゆる卓球の試合で一度も 勝ったことが無い。

そしてこのことから私は学んだのである。努力してみてほんの少しでも手 応えがあれば続けるがよい。しかし、しばらく色々努力してみて何の手応えも 無ければ、それは私にとっては本質的に卓球と同じであり、早めに他のことに 鞍替えするのが正しい。つまり、「卓球」には手を出すな、と。語学や数学は 私にとっては「卓球」ではないけど、例えば、(旧)情報学科時代に苦労した 理論計算機科学の研究室運営とか、複雑系の皆様相手の学科長のお仕事とかは 立派に「卓球」だな。概して人相手の管理的業務は「卓球」である。

しかし人相手の仕事でも、営業みたいなのは案外「卓球」ではないような気 もしている。これは集団を相手にするか個別の人間を相手にするかの違い で、個人相手はまだ何とななるが、人間の集団は複雑系だから手に負えないと いう単純な事実を反映しているものと思われる。複雑系は卓球である。

夜はスポーツクラブでへとへとになる。スポーツクラブでは、最近押入れ の奥から新品同様の状態で見つかった、社会人卓球部時代のユニフォームを着 ている。これは幽霊部員として余生を送ろうと決心する直前に、会社の卓球部 で買ってしまったもの。よく見ると昔勤めていた会社の名前が小さく刺繍で入 っている。

明日から東京出張。次回更新は月曜日の深夜以降の予定。

2008年3月7日(金)
<<コンクール>>
寒さがすこし緩んだようだ。夕方頃、近所の銀行に出張費を下ろしに行った以 外は、終日自宅。午前中、すこしだけ例の独仏例文を調べる遊びをやってから、 数学。この1ヶ月足らずの間に付け加わった、ゴミのような細々とした結果の 集積をチェックしたり改良したりTeXで纏めたりといった作業。ゴミはいくら 集めてもゴミかも知れないが、何かひょこっと面白いものが出てこないかなと 期待しているうちが花かもね。

夕食後は後片付けをしながら少しだけテレビで漫才を見た。今はまた漫才 ブームなんだろうか。若手の漫才師がどんどん出てきて競い合っている。20 年ほど前にも漫才ブームがあったけど、その頃よりも上手い人が多いような気 がする。

若手漫才師のコンクールみたいな番組も増えてきたようだけど、これはク ラシック音楽業界で昨今乱立気味とも言われている(?)コンクールと同じ事 情で、人々の注目が集まる優勝者を輩出させて、より多くの若手に興行的成功 のチャンスを生み出そうというものだと思う。

似たようなことは数学業界にもあって、大学院を出たばかりの若い数学者 のための賞が増えてきた。これは参加者が一堂に会して競い合うような形のコ ンクールではなく、良い研究論文を書いてその道の専門家に高く評価された研 究者が選ばれる。ここにこんな良い論文を書いた人がるぞ!と広くアナウンス するわけである。残念ながら昨今のアカデミック・ポストの就職状況は大変厳 しく、そういった賞を貰った新進気鋭の数学者たちでも、大学教師の就職口は 簡単には見つからないようである。

2008年3月6日(木)
<<それは"在る"だけ>>
研究日。午前中は自宅でフランス語とドイツ語を少し。例の2冊の表現辞典か ら、頻繁に使いそうな例文を選び、フランス語版、ドイツ語版を左右に並べて ノートに書き出してゆくというもの。結構面白い。

朝、新聞を読んでいたら、フランスの作家に「世界に意味があるわけでも ないし不条理であるわけでもない。ただ単に、それは"在る"だけだ」と考えて いたアラン・ロブ=グリエという人がいて、先月85才で亡くなったと書いて あった。近頃の私には、「世界に意味などなく、ただ単に、そこに在るだけで あり、私の人生に意味などなく、ただ単に、ここに生きているだけだ」と思っ ている瞬間が時々あるように思う。これはグリエの考えていたこととは違うの だろうか。この人の書いたものも一度読んでみたいような気がする。

私が上のように考えるに至ったのは、やはり「脳の歪み」が関係している ようだ。この1年ぐらいの間、歪んだ脳を持て余しているうちに、「数理科学 科に意味は無く、私はただそこに所属しているだけである」という認識に至り、 それは自由を意味するのか、それとも虚無を意味するのか、考えあぐねている。 しかし、春休みに入ったこともあってか、そういう事を考えるのがだんだん面倒 臭くなってきて、まあ、世界にも人生にも意味なんて無い方が楽チンでいいよ ねって具合にテキトーな思考に飛躍したようなのだ。

新聞を眺め独仏語を勉強した後、昨日までわかったことのチェックと研 究ノートの整理を少し。しかしある文献を読む必要に迫られ、京大数理研図書 室へ。Ritsの図書館の方が、長期借り出しもできるし色々便利だし、大学 の研究室の方が居室環境としても優れているのだが、京大の方が自宅から近い し京都の町中にあるので気分的に行きやすい。もっとも、学校運営に関する日々 の煩わしい記憶が染み付いている本務校には、できるだけ近寄りたくないとい う気持ちも勿論ある。折角良い物理的環境が与えられているのに、勿体無い話 だとは思うが。

夜も少し数学。小さな疑問のいくつかを解決しながら、研究ノートの整理作業。 その後、すこしフランス語など。

2008年3月5日(水)
<<サンプル>>
研究日。自宅、京大生協ルネ、関西日仏学館のカフェ、京大数理研図書室、喫 茶進々堂と徘徊しているうちに、ここ数日来考えていたいくつかの小さな問題 が、最後の1つを除いてほぼ解決した模様。

帰りのバスの中で、久しぶりに「鼻毛抜きが止まらないオジサン」のサン プルに遭遇した、連れの女とお喋りしながら、抜いては指をぴっぴと弾いてそ の辺に飛ばし、また抜く。これをずっと繰り返している。しかしながら、鼻毛 を食べる姿は確認されなかった。鼻糞を食べる人間の存在は既に何度も確認さ れているが、鼻毛を食べる人間は恐らく居ないだろうというのが、私の仮説で ある。ようやく鼻毛抜きの手が止まったかと思うと、下車していった。路上で の挙動も観察したかったが、やはり数学研究の方が大事だと思い、深追いはや めておいた。路上で鼻糞を食べる人間は確認されていないことから、このオジ サンが路上でも鼻毛を抜き続けている可能性は極めて低いものと予想される。 それにしても凄いもの見てしまった。今日はラッキーだ(と日記には書いてお こう)。

夜は、昼間にわかった事の一部を詳細に確認しながらノートに纏める。 さらに少し考えて、懸案の最後の1つも(たぶん)解決する。 その後すこしフランス語とドイツ語の勉強。

2008年3月4日(火)
<<3時間きっかり>>
研究日。終日色々考え続けて、 いくつかの小さな問題が解決し、 新たな問題に気づき、 とうとう解決できなかった疑問が残ったり してたのだけど、その間いろいろな事があった。

まず昼過ぎに山科駅前Sbuxを覗いてみたが、やはり今日も満席。新京 極店は比較的すいていたので、そこでしばらく滞在した後、すこしJEUGI A三条本店を偵察。アルフレット・ブレンデルとスビャトスラフ・リヒテルと 中野振一郎の「イタリア協奏曲」(J.S.バッハ)を試聴したけど、いずれ もグールドのとはずいぶん違うことがわかった。特に第3楽章はグールドの力 強く畳み掛けるような演奏が一番いいと思う。また、中野振一郎は、ゴールド ベルク変奏曲の時もそう思ったのだが、妙なところで溜めるというか、何でこ こで一瞬テンポを遅らせるのよ?って弾き方が気になって、私はあまり好きに なれない。

それから17時半頃に大学に出勤し、18時に生協食堂で早めの夕食をと り、18時半から教授会に出席した。開始時間だけを見ると、平日のコンサー トみたいだ。教授会はただそこに居れば良いだけの形式的な会議なので、数学 を考えたり居眠りをしたりしてすごす。会議はまだまだ続くような雰囲気だっ たけど、あらかじめ決めておいた通り3時間を経過した21時半きっかりに退 席。

2008年3月3日(月)
<<ああ、シンドそう!>>
研究日。しかし研究費関係の事務処理のため、午後は大学へ。用件はすぐに終っ たが、ついでに事務室で郵便物を整理し、研究室のパソコンで論文を2つばか り検索してダウンロードしてから、長居は無用とさっさと帰宅。そういえば教 室会議があったそうだが、忘れていた。大学に向かう時と帰ってきたときの2 回とも山科駅前Sbuxに立ち寄って、数学。今日は珍しく(?)すいていたので。夜 も数学。3月中に何とか目処をつけたいのだが、なかなか進まない。まあ、焦っ てもしょうがないんだけどね。

最近はiPS細胞の研究で活躍する京大医学部の山中教授のニュースが頻繁 に流れてきて、それを耳目にするたびに、ああ、シンドそう!と胸が苦しくな る。iPS細胞の話に限らず、生命科学系は研究競争が激烈で、今この瞬間にも ライバルに出し抜かれるかも知れないと、片時も気が抜けないという。この分 野の人たちは、これを刺激に満ちた活気のある世界と感じて、おおいに楽しん でいるのだろうけど、私は肝っ玉が小さいせいか、そういう他人との競争に凌 ぎを削るような世界は御免だ。

数学の世界でも、部分的に競争の激しい分野があるようだが、勿論私はそ ういうところには近寄らない。「人が集まっている所は本能的に避ける」とい うのが、私の研究者としての基本的習性である。これが研究者のあり方として 良いことかどうか考えあぐねていたとき、或るシンポジウムで偉い先生が私と 同じような事を言っていたので、少し嬉しくなった。しかし後でよく考えてみ たら、私の言うこととは微妙に違う。つまり彼は「人が集まってきたら本能的 に逃げる」と言ったのだ。

その偉い先生は、深く豊かな問題に誰よりも早く気づいて研究を 始め、多くの人がその問題の意味にようやく気づいて集まってくる頃に、「も はや静かに落ち着いて考えることはできない」とまた次の問題を捜すのであ る。それに対して私は、誰も見向きもしない、筋が良いのか悪いのかすらも分 からない問題に手を出したがる。これはずいぶん違う。一方はセンスが良いが 他方はセンスが悪いと、まあ、そこまで自虐的に言うのはやめよう。でも「ゆっ くり考える愉しさ」という意味では同じさ。

2008年3月2日(日)
<<イタリア協奏曲>>
野暮用と数学の日曜日。しかし数学の方は、昨日から真面目に考え始めている 小さな問題がどうもよく分からず。しかし副産物として別の小さな問題がわかっ た。

午後は久しぶりに山科駅前Sbuxに少し立ち寄った。あの店は結構繁盛 しているらしく、最近は何時行っても満席なので面倒臭くなって足が遠のいて たのだが、今日ふらりと入ったらたまたま席が空いていた。しかし野暮用 があったので長居はできず、烏丸四条近辺へ。

四条に出たついでにJEUGIA四条店でCDを捜していたら、いつの間 にか1時間ぐらい経っていた。先日来、何となくJ.S.バッハの「イタリア 協奏曲」のチェンバロ版を捜していたのだが、この曲は12、3分位の短いも のなので、それと一緒に入っている曲の方が時間的に長くなり、それが良い曲 かどうかで「お得感」がずいぶん違ってくるのである。しかしなかなかこれと いったものが無く、結局チェンバロ版は諦めて グレーン・グールドのイタリア協奏曲とパルティータ第一・第二が入ったピア ノ・ソロのCDを購入。

イタリア協奏曲はどこかで何度も聴いたような覚えがあるのだけど、手持 ちのCDを捜してみても別の演奏は持ってないし、何処で聴いたのか全然思い 出せない。最近そういうのが多くて困っている。その辺でかかっている曲を聴 いて、ああ、これ知ってる、この先こういう旋律になってこうやってああやっ て、、、ああ、やっぱりそうだ、この曲だ。で、誰の曲だっけ?曲の感じから たぶん --- 例えば--- モーツァルトだろうけど、ウチにそんなCDあったか しら?それともどこかのコンサートで聴いた?全然わからない!で、自宅のC D探しても見つからない。酒を飲まなくても見事に記憶が飛んでいるのか、そ れとも前世の記憶が蘇っているのか。

しばらく考えているうちに、イタリア協奏曲は1月17日に関西日仏学館 で見たグレン・グールドの映画の中で一度だけ聴いて「いいなあ」と思ったこ とをようやく思い出した。これで安心して眠れます。

2008年3月1日(土)
<<記憶が飛ぶ>>
3月になってしまった。最近まじめに酒を飲む機会が少ないけど、今月は親和 会宴会(百名近いオジサンたちと一緒!)と横浜出張時に東京の友人達(すべ てオジサン!)と会った時に酒が飲めるはずだ。あとは来週日大月曜セミナー に出張する際、前日の日曜の夜にホテルでひとり焼酎を呷りながらテレビでN 響アワーを見るのも楽しみだ。ポール・メイエの東京公演も横川晴児のNHK ホールでの独奏も、同じように東京のホテルで聴いたのだ。

酒を飲むのに好ましいシチュエーションとして、ベストは誰にも邪魔され ずに眠くなったらそのままベッドに倒れ込めば良いという状態で一人で飲む こと。この自由気侭さがたまらない。2番目は気のおけない人達とお喋りを楽 しみながら飲むこと。私はとても気難しい人間なので、業務連絡は誰とでも平気 だけど、お喋りの相手にかなり選り好みがあり、酒の席ではそれがさらに激しく なる。3番目は全くどうでも良い沢山の人々の中で、彼らを風景として楽しみな がらマイペースで飲むというもの。 そして3月はこのベスト3が全て揃っているというわけだ。 ああ、楽しみだな。数学やって、酒飲んで、時々フランス語か。 いいなあ、と思いながら関西日仏学館へ。

今日隣に座った人と休憩時間にお喋りしていたら、ワイン2本ぐらいでは 酔わないけど、その後も調子良くぐいぐいやっているといつの間にか記憶が飛 んでしまうという。なかなかの酒豪のようだ。私はワイン半分ぐらいではあま り酔わないけど1本飲むとかなりいい気分になる。たぶん2本より少し前ぐら いが生理的限界で、そのあたりで胃が気持ち悪くなって飲めなくなるか、寝てし まう。半世紀近く生きてきて、これまで記憶が無くなるまで酒を飲んだことは 一度も無い、というか、それ以前の段階でダウンしてしまう。

学生の頃、クラスコンパで生理的限界近くまで飲んで、雨も降ってきたし 山科の下宿(薬大南校舎の裏に住んでいた)まで帰るのも大儀だということで、 他の数名とともに大学近くの友人の下宿に転がり込んで雑魚寝することになっ た。しかし、やはり自分の下宿で落ち着いて寝たいということで、いったん 消灯した後に起き上がり、友人の制止も聞かず「俺は帰る!」と深夜1時か 2時ごろに飛び出した。真っ直ぐに走れない程の泥酔状態で自転車に乗り (自転車の飲酒運転!良い子は決して真似をしないように)、前がほとんど見 えないぐらいの土砂降りの雨の中を、途切れることなくやってくる対向車の ヘッドライトの光を頼りに九条山の心臓破りの坂を越え、奇跡的に車にはねら れもせずに無事下宿に戻り、ずぶ濡れの衣服を着替え、倒れこむように寝入った。 その間のことは今でも全て覚えている。

記憶が飛ぶほど大酒を飲む人は、私とは少し違った人生に対するスタンス を持っているような気がする。ちゃんと確かめたわけでもないのだが、そうい う雰囲気を感じるのだ。彼らは、こいつは何年前にこういう場面で俺にこうい う事を言いやがった奴だ、というような事をいつまでも執念深く覚えてはいな いと思う。たとえ忘れてなくても、飛んだ記憶と同じく、「ま、いいか」と 赦してしまうのではなかろうか。執念深い人間として生きるのも結構シンド イし、何とか頑張って大酒飲んで記憶を飛ばせるようになってみたい気もする。

夜はスポーツクラブでへとへとになる。