の
た
め
の
邪
魔
な
広
告
よ け ス ペ ー ス で す。
2008年3月31日(月)
<<突然そうなりました>>
風邪はまだ少しだけ残っているが、大分良くなった。午後は山科駅前まで散歩、
Sbuxでしばし滞在。それ以外は終日ゴミ論文書きに取り組むも、あまり進
まず。某論文に書かれている事実を引用しなければならないのだが、その証明
がよくわからない。学びて分らざるは則ち罔(くら)し、分らずして引用する
は則ち殆(あやう)し。だが、しかし、BUT,HOWEVER、午後一杯あ
れこれ考えたり調べたりしたけれど、書いてあることはわかるのだが、何故そ
れで証明になっているのか結局わからず。しょうがない。また明日考えよう。
さて今日で2007年度は終了。今年度後半のキーワードは「脳が歪む」 「複雑系」「オジサン嫌い」だったけど、これらは全て人間関係の構築の仕方 に関係することである。人間関係って要するに他人との距離の取り方だけど、 そこにはそれなりのセンスとスキルが要求される。距離の取り方がわからなく なったとき、人間の世界は手の施しようの無い複雑系に見えはじめる。特にオ ジサンは厄介だ。連中は概して「しっかりした考えや好み」を持っていて、そ れだけならまだいいのだが、厄介なことに押し付けがましいという習性を持っ ている。ところが私ときたら、彼らの考えや好みにはほとんど興味が無いのだ。 「脳が歪んだ」というのは、この状態を、そしてそういう状態にあることを明 確に意識するようになったことを指す。
そして私は表面的には大学で教え、ゴミ論文を書き、出張し、友人に会い、 語学学校やスポーツクラブに通い、街を彷徨い、コンサートを聴きに行き、ハ ロー・キティーに熱狂しと、それなりの社会生活を送っているけれど、気分は すっかり引き籠りである。「仮面引き籠り」あるいは「なんちゃって引き籠 り」。
この状態は別に苦痛ではないけど、何せ半年か1年ぐらい前に突然そうい う風になってしまい、まだ十分慣れていないためちょっと戸惑っているという 感じだ。歪んだ脳はおそらく元には戻らないだろうから、歪んだままでより愉 快に生きてゆく方法を編み出すことが、来年度の課題だと思う。
2008年3月30日(日)
<<白昼夢に生きる>>
朝方、ずいぶん体調も良くなったと思ったが、昼前に近所に買い物に出た時、
また冬に戻ったかのようにずいぶん寒く、そのせいかまた少し風邪の調子が悪
くなった。私は気が短いので、風邪が治るまで待ってたら人生が終っちまうぜ!
と、ゴミ論文書きに強行着手。しかし、ただでさえ頭に霞がかかっているのに、
さらに風邪で頭が少しぼんやりしている状態で数学をするのは危険ではないか。
だが、しかし、but、however, そもそも私の脳味噌に安全な日など無いのだ!それ
に考えてもみろ、新学期が始まったら何が起こるか分かったものではないぞ。
明
日ありと思う心が仇桜だ、と断固強行。とは言っても、とてもじゃないが今日
一日で終る作業ではないので、適度に逃避行動なども織り交ぜ、夜は適当に
切り上げる。
一昨日の日誌を読み直してみて思ったのだが、CDのジャケットの写真を 見るたびに20数年前の出来事を思い出して興奮している私って、 まるで尋常ならざる執念深さを持つ妖怪の如きである。 しかし、執念深いというよりも、私は半分ぐらい白昼夢の世界に生きていて、 そこにはそもそも時間の概念というものが無いから、20年前でも今でも区別 が無いのだと思う。
さて、大好評(と勝手に決めているけど)にお応えして、 今日は白昼夢の世界をもう少し紹介しよう。
一番右の女性はリーゼ・クラーン(Liese Klahn)とかいうピアニストだが、
これを最初に見たとき、私は思わず「おんちゅう!お前、いつの間にラルフ・
マンノ(写真中央のお兄さん)とお友達になってんねや?」と(心の中で)叫んでしまった。高校時代
の同級生の通称「おんちゅう」(♂)にそっくりだったもんで。
このCDの最初に入っているダリウス・ミョーの1936年の「組曲 (Suite)」
は、コンサートなどではあまり取り上げられない曲みたいだけど、先日の横浜出張の
折に出かけたコンサートでは、アンコールでやっていた。この写真のように、
賑やかで楽しげな、私のお気に入りの曲のひとつ。
私は女王ザビーネ・マイヤー様のファンなので、この人のCDは若い頃のもの
から最近のものまで沢山持っている。若い時はいかにもドイツの気の良
いおねえちゃんって感じの顔をしているが、最近は少し痩せて表情も厳しい感
じになってきている。この写真は今よりちょっと若い頃のもの。
このCDを見た時も、思わず「あっ、S姐さんや!」と(心の中で)叫ん でしまった。S姐さんは、私の国立研究所時代に総務・庶務関係の事務局に 居た臨時職員の人で、姉御肌の明るい性格と面倒見のよさで我々若い(当時) の研究員やアルバイト職員たちから絶大な信頼を置かれていた。彼女は英会話 が堪能だったが、ほとんどその研究所に勤めるようになった数年間で上達した という。さすが、お喋り好きな人は外国語の上達が早いなと皆で感心していた ものである。
さて、これはオペラの曲ばかりを集めたマイヤーにしては珍しいCDだが、
ここでも彼女のクラリネットの美しい音色が冴えてる。しかし、オペラの曲と
言えばどうしてもアレッサンドラ・カルボナーレの
「クラリネット吹きのオペラ(Clarinet Sings Opera)
印象が強烈で、なんとなく
そちらばかり聴いてしまい、このCDはあまり聴いていない。
このジャケットは凄くカッコいいと思う。内田光子さまのお召し物、手の仕草、首の角度、表情、
さりげなく乱れた髪、全体の光の強さ。これら全てが完璧に調和し、まるでど
こかの国の女王様みたいな気品と威厳をかもし出している。臙脂色の文字の位
置や配置も絶妙である。左上に空いた空間がいい。
しかし光子さまはいつもこんな風に女王様然としているわけではなく、時 には京都ゲーテの上級クラスに通ったり、西友山科店の前を歩いていたり、山 科駅前クリーニングの美装院に出入りしたり、ピアニストのツィンマーマンと リュートのツィンマーマンは同一人物なの?とボケをかましてみせたりしてい るのである。京都ゲーテが潰れても大阪ゲーテに通えばいいし、私、大阪通い は慣れてるから平気ですと言ってたが、結局大阪には通っていないらしい。山 科でも最近とんと見かけないなあ。また、ロンドンに帰っちまったんだろうか。
ところが、実は私は内田光子さまのこのCDは持ってない。(ジャケット
が気にいったので画像だけ持っている。)光子さまのピアノの音はずしりと
重く、
「ピアノ・ソナタ第19番ハ短調D.958」では、それまで私が抱いて
いたシューベルトのイメージを打ち破る、地の底から突き上げるような音に圧
倒されたけど、これをベートーヴェンでやられると私にはちょっとキツイので
ある。
でも、ベートーヴェンのハンマー・クラヴィーアは一度聴いとかんといかんな、
と思ってJEUGIA三条本店を偵察していたら、この「ゲーテのK先生のC
D」が目にとまったのである。ははあ、我々はいつもK先生と呼んでいたが、
本名はエミール・ギレルス(Emil Gilels)っていうのか。
「K理論」(トポロジーのK理論のことではない)というのがあって、そ れは日本語とドイツ語を同時にシャワーのように浴び続けると頭の中が同時通 訳者のそれと同じ状態になり、語学上達が早くなるというものである。日本語 が堪能なK先生の授業はまさにK理論の実践の場であったが、どうも私には合 わないような気がして、その後は授業中にドイツ語ばかり喋る先生の授業をと るようにした。私が「地球防衛家のヒトビト」の長女に違いないと信じている 関西日仏学館の某クラスメートは、ゲーテのK先生の授業も受けていたらしく、 K理論には特に違和感をもってないと言っていた。さすが地球防衛家は違うな。
さて、K先生のCDは透明感のある音で私には聴きやすいのだが、これが
ベートーヴェン節というものなのかも知れないが、やはりこの曲自体が何だか
ものものしい感じで馴染めず、結局あまり聴いていない。
ショパンやシューベルトの曲は「全部好き」と言っても間違いではないが、
私にとってベートーヴェンはJ.S.バッハと同じで、好きな曲と嫌いな曲の違
いが激しいようだ。
2008年3月29日(土)
<<エラールのピアノ>>
今日も風邪気味で調子が悪い。睡眠をたっぷり取ろうと10時頃まで布団の中。
午後は某所で開かれたピアノのコンサートを聴きに行く。何でも80年ぐらい
前に作られた由緒正しいフランスの名器エラールを修復したものが披露される
というので、ちょっと聴いてみようか、と。
しかし、インターネットでその音を試聴した時から気になっていたのだが、 スタインウエイの透明感のある澄んだ音が好きな私としては、中低音のゴロゴ ロと雷のような響きや切れの少ない高音部にはどうも違和感が残る。モーツァ ルトを弾いてる時は、もうやめてくれと思った。しかしR.シューマンになる と俄然面白くなり、さまざまな表情の音や伸びやかな情感を出そうとするピ アニストの要求にちゃんと応えていて、この楽器が只のなまくら包丁の雷野郎 ではないことをしっかり見せつけていた。そして最後のグリーグはまさにこの ピアノにぴったりの曲だと思った。ピアニストが、北欧の作曲家ですから舞台 の背景に白夜の風景が広がってたら雰囲気が出るんですがねと言ってたけど、 まさに北欧の白夜の音って感じでとてもよかった。
こんな風に結構曲を選ぶ気位の高い楽器のようだから、腕に自信のあるピ アニストなら興味をかきたてられるのだろう。私はピアノの「ピ」の字も弾け ないから、よくわかんないけどね。あと、現代のピアノのように真っ黒ではな く茶色の家具調で、観客席から見ていると何だか棺桶みたいに見えたな。棺桶 は心の安らぎだぞ(冗談だけど)。
夜は少しだけ数学を考え、やはり今やっている研究には 区切りをつけて、さっさと纏めてしまうべき だと思うに至った。風邪が治ったらゴミ論文執筆作業に入ろう。
2008年3月28日(金)
<<面前罵倒型毒舌口調>>
昨日の朝あたりから症状が出始めていた風邪が本格化。今日は終日自宅にて静
養。部屋に籠って愚図愚図と数学をやったり、風邪薬のせいか強烈な睡魔に襲
われ、毛布にくるまって暖房が異様に暖かい状態で昼寝したり。数学の方はとり
あえず色々小さな疑問がいくつか明らかになり、少し先に進めるようになった。
人の顔のことを云々するのは下品な趣味だということで、今まで言いはば かっていたのだが、何を隠そう私は子供の頃から人の顔には異常に興味があっ て、特に誰それと彼それが似てるということを発見する遊びが大好きである。
ただ、全てを心象風景の中で見ているので、他の人から見れば似ても似つ かぬ顔を「似ている」と思っていることも多いし、現実と空想の区別も曖昧に なりがちである。例えば、ある種の女性は私にとってはハローキティーとあ まり区別がつかないし、「まあ、似たようなもんじゃないか」ぐらいに思って たりする。また、昔、会社の独身寮に忍者ハットリ君に似た人が居て、 大真面目に「ハットリ君、忍術の修行は辛いですか?」などと連日のように 声を掛けて激しく嫌がられた苦い経験もある。
CDのジャケットに演奏者や作曲家の写真や肖像画などが出ているけど、 これも私の格好の一人遊びの材料となる。ここで日頃私がCDを聞く時に何を 思っているのか、その一部を紹介する。 下記の「誰それに似ている」「誰それはこんな人だった」というのも、 あくまで私の心象風景での話であって、全然似ても似つかない可能性 が大であることを注意しておく。
この写真は教授会でよく顔を合わせる他学科某教授にも似ているのだが、むし
ろ学生時代の同級生Y(先日会った友人Yとは別人)に良く似ている。ハイン
ツ・ホリガーについては、もっとYに酷似している写真もあるのだが、あまり
に生々しいので今回の掲載は見送った。
Yは大学2回生の幾何学の演習で、「高山、この問題解いてきたか?」と
聞くので、ノートを見せてやったら、「なんや、このドンくさい解き方は。こ
んなんアカン!」と、鉛筆で私のノートに大きく×を書いてきた男である。
おいおい、いくら京大数学科だからと言って、他人のノートに勝手に×つけるなよな
、と。
それ以外にも、演習で私が立ち往生すると「ゆび指し呼称」で、あいつ
こんなことも分からんのかと言って大笑いしよる。怒り狂った私は、
(数学ではとてもかなわないので)彼の似顔絵を
黒板に描きまくって対抗したのだった。
学生時代の2年先輩で「群論の天才」と呼ばれたTが、「数学なんか出
来たって、どうってことないよ」と気取ったポーズをとった姿が、これ。
数学者の多くは出来の悪い人間に腹を立てる習性があり、優秀な人は学生 時代からその傾向が顕著に現れることがある。私は学生時代に数学が出来なくて、 優秀なる先輩や友人に質問しては、「これはこうでしょ?当たり前じゃない の!(怒)」などの冷たい言葉を浴びせられて意気消沈の日々をすごしていたのである。
しかし、このT先輩は他と違って私に優しく接してくれた人のひとりである。 「高山、お前、馬鹿だけど、いい奴だな」とか言いながら親切に教えてくれた。 「馬鹿」は余分だけど「いい奴」と言われて悪い気はしない。しかし面と向かって はっきりと馬鹿というところが、(当時の)京大数学科の雰囲気を良く表している。
私は大学院入試に落ちて会社員をしてたので、Tのその後を知らなかったのだ
が、有り余る才能を持ちながら何故か数学者にはならなかったようだ。
「数学なんか出来たって、どうってことないよ」の口癖を地で行ったのだとすれば、
それはそれでひとつの見識だと思う。
同じく学生時代の1学年先輩にして、どんな難解な理論でもたちどころに理解して
しまう超秀才、何を食べたらあんなに頭が良くなるのか知らないけど、私の大学院
入試不合格発表の日に「高山君が落ちるのは別に不思議でも何でもないよね、ハハハ
ハハハハハハハハハハハハハハハハハー」と笑い転げよったNは、こんな人だった。
人が意気消沈してる真っ最中に、その「ハハハハハハハハハハハー」ってのは何
なんだよう!
Nは数学者として華麗なスタートを切って将来を期待されていたのだけど、 何か思うところがあってか、数年で数学から足を洗ってしまった。 今、どうしているのかしら。
それで、ゲーテ・クラリネット奏者氏にこのCDを紹介したとき、「カリ・
クリークって数学者みたいな風貌ですよね」と言ったら、はあ?と激しく引かれ
てしまった。
しかし、概して嘘をつくのが下手な人たちの集団なので、完全に知らぬ顔 が出来ずに、私は陰で貴方の悪口言ってますが、それを貴方の前で言うと角が 立ち色々面倒なことになるのが嫌ですから、言わないように最大限の努力をし ていますって感じが見え見えの人もいて、こいつ、ややこしい事しよって、首 でも絞めてやろうかと思うことがある。
時々YやTやNの身も蓋もない面前罵倒型毒舌口調の清清しさがふと懐かし くなることもある。何でも正直に言えばいいってもんでもないけど、率直である ことはそれだけで美徳である。 陰で悪口言い合ってないで、「野郎、言いやがったな、覚えてろ」「おう、いくら でも言ってやるとも、ばーか!」「何だと!?」と取っ組み合いの喧嘩が始まると いうわかりやすい世界も良いのではないか、と。
しかし数学の世界では実力の差が明確に出るので、強い者が弱い者を罵倒して 弱い者は言い返せない(言い返すとますます惨めになる)という状況になるので、 実際には取っ組み合いの喧嘩にはならないことは、学生時代に経験済みである。
いずれにせよ、数学者集団の人間関係って、結構難しいと思う。私が 難しく考え過ぎているのかも知れないけどね。
2008年3月27日(木)
<<やり過ぎじゃないの?>>
静かな研究日。久しぶりに京大中央図書館に行き、ちょっと調べ物。それから
京大数理研で数学。文献を調べたり歩き回ったりと、ゴゾゴソしているうちに、
ふと少しだけ進展。どうもこのテーマではあまり良い成果が出そうにないよう
な気がしてきたので、さっさと切り上げて論文を纏めてどこかに投稿してしま
おうかと思っているのだが、そうこうしているうちにふと何か思いついてほん
の少し進展したり、逆に退行したりするものだから、なかなか区切りがつけら
れない。
夕方は早めに数理研を退散して、JEUGIA三条本店でCDを買ったり、 山科区内で野暮用を済ませたり。
本日購入のCDは2枚ともバロック音楽。
まずは名手ハインツ・ホリガーの20数年前の録音で、ヨハン・ゴットリ−ブ・
グラウン(Graun)、ヨハン・ルードリッヒ・クレブス(Krebs)、ゲオルグ・フィ
リップ・テレマン(Telemann)のオーボエ協奏曲集。最後のテレマン以外は、ヨ
ハンなんとかって、誰やねん?俺、知らんぞって感じ。
ホリガーの音色は、ただでさえ「賢そうな小学生の男の子」みたい なオーボエの音をさらに極限まで磨き上げたようで、 モーツァルトみたいな古典派や、 シューマンとか シュトラウスみたいな ロマン派の曲なんかだと思わず引き込まれてしまうぐらいに美しい。
しかし、何故かヘンデルや
テレマンなどのバロックの曲になると、おりこうさんの度が過ぎて
ちょっとやり過ぎじゃないのって気がするのだ。キミ、キミ、真面目なのは
いいけどね、少しは女の子のお尻を追いかけてみるとか、
男の子同士で取っ組み合いの喧嘩してみるとかしないと、
50歳近くになって脳の歪んだ変なオジサン
になってしまうよと忠告してやりたくなるのだ。このCDもちょっと
そんなところが鼻につく。
もう一枚は、Ottavio Dantoneとかいうチェンバロ奏者のG. F. ヘンデルのチェ
ンバロ組曲、第一集。チェンバロというのは、ピアノみたいにフエルト付きハ
ンマーで何かをどやしつけて音を出すという近代的な凶暴さに欠ける所が、私
にとっては少し物足りないのだが、穏やかな光のゆらぎのような絵画的な音色
がちょっとだけ懐かしくなり、さらには、G.F.ヘンデルの鍵盤楽器曲
なら当たり外れは
無いだろうということで、思い切って購入。期待通り、まずまずのCD
だった。
この中の3,4曲はアンネ・ケフェレックの
「G.H.ヘンデル、ピアノ曲集」
にも入っている。では、重なっている曲ではどちらがが好きかというと、
そういえば私は脳が歪み全世界を敵に回して戦争してたんだって事を思わず忘れて
しまうぐらいに明晰で高揚感を持たせた曲づくりという点で、やっぱりケフェレックかな。
2008年3月26日(水)
<<進化する私?>>
片道2時間半かけて近畿大学へ日帰り出張。数学会最終日の午後の講演を聞く。
これで「目白押し」だった3月の「楽しいこと」は、週末のコンサートを残し
て全て終了。数学の方はやはり思うようには進まなかったけど、まあ、仕方あ
るまい。全然進展がなかったわけでもないし。
出張期間中に学生時代や会社員時代の友人たちと会い、日頃の脳の歪みを 忘れられるかと思ったけれど、やはり前回会った時とは違って何か違和感があっ た。その違和感が何なのかはわからないけれど、やはりこの1、2年で私の人 格の一部がガラッと変わったんだなと実感した。進化する私?では、どこに向 かって進化してるのか?
最近では「脳が歪んだ」んじゃなくって、実は何か「悟りを開いた」んじゃ ないかしらって気もしているが、病的なぐらいのオジサン嫌いで、(自分以外の) 世の中のありとあらゆるオジサン的なものから逃げ回っている奴の、一体どこが 「悟り」なのかという巨大な疑問は残る。
2008年3月25日(火)
<<わかりやすい展開>>
23、24日の夜は大阪市内のホテルに泊まり、そこから1時間ほどかけて近
畿大学で行われている学会(日本数学会年会)に通い、今日19時過ぎに京都
に帰宅。明日の最終日は、京都の自宅から日帰りで出張の予定。
23,24日は前もって示し合わせておいた学生時代の友人Yと会った。 何故か物理学会も同時開催されており、近畿大周辺は沢山の物理学者と数学者 が入り乱れて大変な状態だった。Yと二人で昼食で入った店では、近くのテー ブルの一団をこっそり目で合図して、連中は数学者だろうか、それとも物理屋 だろうか?と、当てっこをして遊んだ。
私はこの遊びが大好きで、ひとりで店に入ったときも、注文した料理が出 てくるまでの間、あたりを見回して、あの一見自由人っぽい雰囲気ではあるけ ど、どこか最後の一線が崩れずにグループ全体で統制がとれているところは物理 屋に違いないとか、あの底抜けの天真爛漫さを漂わせつつも相手を見て微妙に 卑屈さを装ったりするところは数学の院生かポスドクあたりじゃなかろうかと か、この長年好き勝手を積み重ねてむさ苦しく崩れ果てた者のみが発する独特 の妖気は数学者に違いない等などと色々考えたりして、ずいぶん楽しませてもらった。
ところで物理屋と数学屋は犬猿の仲というのは、この業界の定説なんだそ うだ。数学会・物理学会合同開催などという神をも恐れぬ画期的催しが開かれ たのだから、近畿大のあちこちで「野郎、上等じゃあねえか、表へ出ろ!」 「おう、やってやろうじゃねえか!」と、その辺で取っ組み合いの喧嘩が頻発 するんじゃないかと楽しみにしていたけど、残念ながらそんな分かりやすく面 白い展開にはならない。インテリ同士の喧嘩は陰湿と相場が決まっているから、 私のように物理屋でも(学生時代から数学一本でやってきたという意味での) エリート数学者でもない私には何が何だかよくわからないことが、水面下で進 行しているのだろうと邪推するばかりである。
そういえば友人Yは、上記の意味のエリート数学者で、さらには既に立派 な論文もいくつか書き、今や自他ともに認める一流数学者の一人である。色々 話を聞いていると、ある程度キャリアを重ねてきた一流数学者というのは、そ んな風にこの業界や業界の人たちを見ているのかと驚くことが多々ある。ひとこと で言って、学問に厳しく他人にも厳しい。これはYに限らず偉い数学者の多く に共通することで、まさにそれによって数学という学問全体の水準が維持され ているわけだ。しかし偉くもなんともない俺としては、お前と別の分野を選んで おいてつくづく良かったと思う、とコメントしておいた。
学生にとっても、この学生は優秀だとかそうでないとか、相手に対する評価 が常に頭にあって、それによって微妙に態度が変わるようなおっかない先生より も、そんなことカンケーないよと言わんばかりに誰彼となく気さくに対応してく れる先生の方が近寄りやすいと思うが、それは数学者同士の間でも同じだと思う。
数学者同士が互いに厳しく批判、評価しあうのは学問の健全さの表れだから 悪いことではないと思うけど、お互いに相手のことを、こいつ大したことないなとか、 俺のことを「大したことない」って思ってんだろうとか思いながら付き合わなければ ならないとすれば、かなりシンドイ話だ。 私もべつに社交家ではない(むしろその対極!)ので、実際のところみなさんどう しているのかはよくわからないが、数学者の世界にそういう面があることは確かだと思う。
24日は同じく学生時代の友人Sとも学会会場で偶然出合い、Y,Sと私 の3人でしばらく「情報交換」を行った。本日25日は、午前中はホテルで少 し数学、午後は数学会の某委員会にRits代表として出席した後、数学の講 演をいくつか聞いた。
2008年3月22日(土)
<<どさくさ紛れ>>
午前中は自宅ですこし調べもの。午後は大学に出勤し、1週間分の郵便物の整
理、図書館で本を借り出し、大学からでしかアクセスできないデータベースで
色々検索など。
土曜日のせいかキャンパスは人も少なく平和だったが、この4月からRi tsに来る学生が、母親(である場合がほとんど)と一緒に大学の下見に来て いるのをちらほら見かけた。新しくひとりぐらしを始めるアパートの準備作業 のついでに、ちょっと大学に寄ってみたのだろうか。入試も卒業式も終り、入学式 はまだ先。教授会も先日の親和会宴会でとりあえず今年度の締めを やった。大学は今が一番平和な時期なのかも。
そういえば昨日は卒業式と謝恩会があったらしい。最近は出張などを理由に 卒業式の日に出勤しないのは教育的観点から好ましくないとの理由で、色々チェッ クがうるさくなってきている。他学科では当日の朝に南アフリカ出張から大急 ぎで帰ってくる先生も居るらしい。
しかし数理科学科の場合は、午後に行われる卒業証書授与式に毎年のよう に(とは言っても去年と今年だけでだが)寝坊して出席できない先生とか、 最初から自宅静養日と決めて終日姿を見せない先生なども居るし、 さらには学科長の先生が卒業式のスケジュールのアナウンスを忘れていたりと、 さすがに複雑系だけあってこの点は極めて緩やかである。今年はさらに、まさか 卒業式を集団ボイコットするためにわざと画策したわけでもないとは思うが、 大学主催の国際会議をこの日にぶつけて開催し、関係者である何人かの先生たちは会議場 に行ったきりだったようだ。
それやこれやのどさくさに紛れて、私も卒業式と謝恩会をさぼった形になっ てしまった。もっとも「どさくさ」がなくても、私の場合、数理科学科の授業を ほとんど担当してないため「自分がこの学生達を教えたんだ」という実感は全く 無いから卒業式に出る理由は無いし、謝恩されるような立派な行いは何もしてい ないから謝恩会に出る理由も無いし、さらには脳も歪んでしまってることだし、 やはりパスしてただろうと思う。
夕方頃山科に戻り、駅前Sbuxで少し数学。夜も少し数学。
明日から近畿大学で数学会。何故か明日と明後日の夜だけは大阪市内泊。 次回更新は25日深夜以降。
2008年3月21日(金)
<<中華三昧>>
夜、横浜から無事帰宅。今回の出張は可換環論の国際会議の聴講。朝から夕方
までびっしりスケジュールが組まれている講演をずっと聞いているのも大変な
ので、適当に抜け出しては横浜の街を彷徨って数学を考えたりしていた。また、
おなじく聴講に来ていた顔見知りの数学者に、彼の専門分野に関することを教
えてもらって、ずいぶん助かったりもした。昼間ちょっと教えてもらい、その
晩ホテルで自分で詳細を考えてみて、わからなかった事を翌日また聞くなんて
ことも、こういう会議だからこそできるわけだ。一人で一ヶ月ぐらい悶々とす
るよりは、ずっと効率が良い。
研究集会参加にあたって長らく私を悩ましていた問題、すなわち社交の問 題については、今回「社交放棄」という新しい試みをしてみた。こういう場で は、単に数学の問題について誠実な意見交換をする以外に、これからの仕事上 の交友関係を円滑に維持発展させるために、さまざまな形で社交的会話が交わ される。特に、海外から有力な研究者を招待する国際研究集会はこの手の活動 が活発になる。私もそういう事をやっていかないと研究者として駄目なんじゃ ないかと思い、色々無理を重ねてきた。
しかし、もともとそういう打算に基づく言動をするのもされるのもどちら も苦手である。オッサンになって世の中の表と裏が少しは見えるようになって くると、そういう事にストレスが溜まるようになり、その傾向は学科長体験で 脳が歪むことによりますます顕著にもなった。それに、計算機屋時代も含めて 過去を振り返れば、苦手なのを無理してちょっとぐらい社交的立ち振る舞いを したところでロクな成果が得られた例はなく、結局、研究の内容そのもの以外 の部分で妙な無理をするのは自分にとってはまったく割の合わないことだと思 うに至った。
話す必要も無いのに無理して話すことはない。こう割り切ることによって、 ずいぶん気が楽になった。さしずめ、研究集会社交の頂点をなすバンケットは 当日の昼にキャンセルした。キャンセルしたら、すうっと気が楽になった。そ の晩はひとりで中華街に夕食に出掛け、老酒の酔いも手伝ってとても幸福な気 分でホテルに帰ってきた。
クソ面白くもない社交バンケットは、そういう事が得意な人に任せておけ ばよい。私にとっては中華街探索の方が重要である。会場も宿泊していたホテ ルも横浜中華街に近いので、昼食と夕食は中華、朝食は夕食時に中華街で買っ た月餅とヨーグルトと珈琲という中華三昧の食生活を送った。中華街は20数 年前に友人と行ったことがあるが、その頃に比べると、みなとみらい線など交 通の便が良くなって観光客も増えて、活気があった。
夜は東京まで足をのばして室内楽のコンサートを聴きに行ったり、会社員 時代の友人達と飲んだりもした。コンサートの私の座席の近くには、演奏者の 芸大時代の友人達が座っていて、合間合間に「(共演者は)あいつには勿体な いぐらい上手いな」とか「昔は下手だったのに、いつの間にか腕を上げたな」 という類のことを言い合っているのが面白かった。