ろ
一部のブラウザの
た
め
の
邪
魔
な
広
告
よ け ス ペ ー ス で す。
2007年11月15日(木)
<<カラーボール>>
午前中から山科区内の金融機関を自転車で回って野暮用に励む。昼過ぎには終
わるかと思ったら、日本郵便がネックになって思わぬ時間を食ってしまった。
手続きをスムーズに終らせようと思って、朝のうちに大阪の何とかセンターに
電話をして問い合わせたのだが、そこの係員がテキトーな事を言ったのを信じ
て山科の本局に行ったら、そこの係員はそれは駄目だと言う。でも、今朝大阪
のセンターで電話して云々と言っても、駄目なものは駄目だと威張っている。
このあたりで私はかなりキレかかってきて、じゃあ、あなたの同僚はいい加減
な嘘をついたのですねと念を押したけれど、でも私が言ったわけでもないから
知ったことではないとばかりにまだ威張っている。私の立場からすれば、貴方
は嘘つきの仲間だぜ。なのに何を威張ってるんだよう。窓口には強盗対策のカ
ラーボールがいくつか置いてあったが、よっぽどそれをぶつけてやろうかと思
った。
後で、大阪のセンターに別件で問い合わせたら、前の係員がある手続きを しなければならないと言うので色々作業をしていたのに、今日の係員はそれは 必要ないなどという。またいい加減な事を言って人心を惑わせるのかよ。リュッ クサックにありったけのカラーボールを詰め込んで大阪のセンターに乗り込み、 「○○(係員の名前)はどこだあー!○○を出せー!カラーボールのお見舞い、 くれてやるー!」と暴れてやろうかと思った。
これは数学者の職業病なのかも知れないが、計算機科学から数学に転向し て10年を経た私は、いい加減な事を平気で言う人間に対する耐性が計算機屋 時代に比べて格段に弱まっており、かなりキレやすくなっているので要注意。
それと、これは数学者であることには関係無いけれど、こちらから見れば 同じ一つの組織の人間の過失なのに「でも私がやったわけじゃないし」という 対応って、あんた、それでもプロかよ?馬鹿タレ!とカラーボールを2, 3個ぶっつけてやりたくなる。
そういえば日本郵便に限らず、先日は大丸山科店でも、レジのパートのお ばちゃんが出鱈目な事を言ったのに騙されて、あちこちたらい回しされたけど、 その事で店員に苦情を言っても、やはり「でも私が言ったわけじゃないし」と いう対応だったな。
こういうの、前にどこかで経験したことがあるなと思ったら、ドイツであ る。ドイツ外人局の場合、長期滞在ビザの手続きをスムーズに進めるために、 事前に日本からメールを出して必要書類などを問い合わせて確認したのに、現 地に行ったら「それでは駄目だ」と言われた。言われた通りの書類を揃え直し て出直したら、別の係員が出てきて、また「それでは駄目だ」と言う。そうい うことを2,3回繰り返すので、とうとうキレて、(英語でわめくと "Ich verstehe Englisch nicht! 私は英語はわからない!"と言いよるので) たどたどしいドイツ語で、一体貴方達は何なんだ、いい加減にしろ云々と吠え たものである。しかし彼らは一様に「でも、それは私が悪いわけじゃないし」 といような事を言う。
電車が出鱈目に運休するドイツ鉄道でも、 何度抗議しても間違った請求書を送りつけてくるドイツテレコムも、 窓口に近い人間は決まって「でも、それは私が悪いわけじゃないし」という ような事を言う。窓口の人間では話にならないから上司にあたる人間をと思っ ても、彼らは奥にすっこんで出てこないし、たとえ連絡がついても対応はおざ なりである。つまり、窓口の係員が皆いい加減な事ばかり言う上に、誰もが知 らん顔を決め込むので、こちらは無駄足ばかり踏まされる。 これは窓口の人間の個人的資質の問題というよりも、もっと文化的な もののようだ。それで、ははあ、これがドイツかと思ったものである。しかし、 ドイツを懐かしむ私の思いが通じたのか、今や日本に居ながらにしてドイツなの である。
全ての人が外出時には必ずカラーボールを携帯し、不当な対応に抗議して も埒があかない時には「この野郎、思い知れ!」とばかりに、それを投げつけ るようにすれば良いだろう。 「この野郎、これでも喰らえ!えいっ(と投げる)」 「おお?何するんだよう、クソ!えいっ(と投げる)」 「えーっ?何で私んところに流れ玉が飛んでくるのよう、許せない! えいつ(と投げる)」という具合に、日々あちこ ちで雪合戦よろしくカラーボールがびゅんびゅん飛び交い、街じゅうが蛍光塗 料で真っ赤に染まる風景も、また趣があるのではなだろうか。 この事態に行政も重い腰を上げ、「市民の皆さん、カラーボールの目的外使用 はやめましょう!」と警察の広報車が街を回り、町内会を通して 市民の自粛自重を訴える回覧板が回されるものの一向に効果があがらず。 しかしここで、我々は何故に日々蛍光塗料で真っ赤にならねばならないのか?と問い 直すところから、人類の新しい一歩が始まるに違いない、などと夢想しながら 数理研図書室に到着した時には、もう夕方になっていた。それから少し数学。 夜も少し数学。しかし腹が立って能率悪し。早めに切り上げて、寝る。
2007年11月14日(水)
<<わけのわからない人>>
午前中は経済・経営学部の授業。学生がまばらに座っている巨大階段教室で講
義していると、いかにも私立大学文系のパンキョウの授業だなって感じがする。
この大空間の開放感の中で好き勝手な事を喋りまくる快感。
昼休みは、昼食もそこそこに事務の人と一緒に現物照合作業。あちこちの 部屋を覗いて、とうの昔にお払い箱になったはずの機器を捜し回ったりする。
午後は数理科学科3回生の演習の授業。その後、教室会議を1時間半ほど。 今日は「できるだけ発言は控える」という目標の半分ぐらいを達成すること ができた。半分しか達成できなかったと言うべきか。
会議の後、来週からの出張の下調べなどをやって、生協食堂で夕食の後2 0時過ぎに家路につく。夕食が少なかったせいか、腹が減ってしょうがない。 かと言って夜遅く食べるとすぐにメタボ化傾向があらわれ、後が厄介である。しかし、 腹が減るというのは「おじさん失格」の何よりの証拠であり、私が忌み嫌っ ているものに失格し、そうあることを免れていることは良いことだと密かな喜 びをもってこの空腹を楽しんでいる。でもこれは何かおかしいような気がする。
そもそも、私の密かな喜びの根拠となっている「おじさんは腹が減らない 存在であり、腹が減らない人間はすなわちおじさんである」というテーゼは正 しいのか。もうすこし色々なおじさんの生態の聞き取り調査をしてみないと、 正確なことはわからないのではないか。
しかしながら、学科長体験を経て、私はほとほと人と話をするのが嫌にな り、余程気に入った人間でない限り業務連絡以外の言葉は交わさないようになっ てしまった。そうなると、例えばおじさん達の正しい生態といった、たわいも ない雑談を通してしか得られない情報からは遮断され、私の脳裏には「空腹と おじさんの関係」のような奇妙な偏見の自閉的拡大再生産が繰り広げられ、こ れまでにない速度で歪んだ世界観が形作られてゆくことであろう。つまり、ま すます「わけのわからない人」になってゆくのである。
ただ、世界観が歪んでいることはからなずしも悪いことではなく、「たぶ ん自分が考えていることは、世界の実相とはかけ離れたものであろう。でも、 まあいいや」という風に自覚している限り、世界と自分との間に十分な距離感 を感じることができて、それが巨大教室での講義のような開放感に近いものを 私に与えてくれるのである。
2007年11月13日(火)
<<おじさん失格>>
午前中は4回生の講義。昼休みは、例によってコンビニ弁当でコソコソやりな
がら雑用。14時過ぎから16時前まで、4回生M君の卒研ゼミ。引き続き全
く形式的な会議。15分程で終わり、いったん部屋に戻る。17時から再び会
議。今度は堅い椅子の大教室での教授会。教授会は延々と続いたので、その間
にEUの数学会からレビュー依頼された論文を一通り読み終えることができた。
しかし生協食堂が21時30分に閉まるので、21時15分過ぎに「まあ皆さ
ん、夜が明けるまでごゆっくり」と会議室を抜け出す。
私は腹が減るとホルモンのバランスが変わるのか、「飯食わせろ!飯食わ せろ!お前か?俺に飯食わせまいとしている狼藉者は!」と暴れ回りたい衝動 に駆られるので、腹が減らない人間や三度の飯よりも会議の方が大事だと考え ている人間と同じようにはやっていけないのである。消息筋によると、教授会は 22時 前までやってたそうだ。
私は日頃この日誌でおじさん達をさんざん馬鹿にしているけれど、 おじさんあなどるべからずである。彼らの凄いところは、飯も食べずに 堅い椅子に座って何時間でもぶっ続けで会議が出来ることだ。 何も皆が皆熱く議論をしているわけではなく、死んだフリしたり冬眠したり している人も居る。しかし、堅い椅子に座って飯も食わずに何時間も死んだ フリしてられるだけでも、ものすごいエネルギー だと言わざるをえない。
これは今日の一件に限らず、何度も目の当たりにしている世界の七不思 議とも言うべき現象である。そして、この驚異のおじさんパワーは一体どこか ら湧いてくるのか、自分がおじさんになった今でもわからないのだが、いずれ にせよ晩飯抜きで何の人生ぞと、徹夜も辞さずの勢いで進行する会議を放り出 して閉店間際の生協食堂に駆け込むようでは、おじさん失格なのである。
まあいいや、おじさんなんていくらでも失格になってやるぜ。
帰りの近江バスで、かがやき通り経由に乗った積もりなのに、運転手が間 違えて松下東口経由の道をどんどん走っていた。しばらくして気付いて、Uター ンしてまたRitsまで戻り、仕切り直してかがやき通り経由の道を進み出した。 これで数分ロスをしたため、10時2分の電車を2,3分遅れで逃し、次の電 車まで30分待つことになってしまった。まったくあのぼんやりした運転手、 ちゃんと晩飯食ってるのかしら。まだ若そうな人だったけど、おじさん達の真似 して晩飯抜きで仕事してるんじゃないだろうな。
2007年11月12日(月)
<<金欠のため欠席>>
研究日。本当は日大セミナーに行く日だけど、専門書を買いすぎて科研費が無
くなってしまったため、金欠欠席。そこで午後から、時折冷たい雨が降ったり
雲の合間から少しだけ晴れ間が見えたりする中を、京大数理研図書室へ。バス
の中から見る東大路の町並みが、一瞬ドイツやイギリスの街の雨の風景のよう
に見えた。はああ、雨の日ってのも、悪くないな。
帰宅後の夜も引き続き数学。今日は、ある理論がどこまで広い範囲に適用 できるかを占う3つの例が某論文に出ていたので、それの解読作業ばかり やってたけど、1つは何とか分かったものの、他はよくらわからず。
そういえば、ベートーヴェンの「ハンマークラヴィーア」は、 モーツァルトのピアノ・ソナタのように、ちょっと聴いて、わっ凄い! って感じではなかったけど、 何度か聴いているうちに少しずつ引き込まれる。 でもこの曲って、何だか考え過ぎで理屈っぽい感じが強く、 アイディアの煌きみたいなものが見えにくいような気がするけど。 そういう意味では、同じCDに入っているピアノ・ソナタ第30番の 方がまだ聴きやすい。
今日はそれ以外に、関西日仏学館で借りた ジャン=ミシェル・ダマーズのCDも聴いてみた。G.フォーレって、ク ラリネットかオーボエの曲で良いのがあったような気がするけど、ピアノ曲も なかなか良くて、「ピアノのための夜想曲」はこのCDのジャケットのデザ インのように静かで情感豊かな曲だと思う。M.ラベルも、どういうわけか 妙な偏見を持って食わず嫌いだったけど、悪くないな。
2007年11月11日(日)
<<喪中葉書>>
午前中は色々野暮用。午後はフランス語の復習や宿題など。夕方、河原町三条
界隈に散歩に出掛け、まずはアンジェ河原町本店を偵察。前にこの店で見つけ
た、表紙がフランス語になっている来年度の手帳を真面目に調べてみたら、こ
れもやはり日本製で表紙以外は英語と日本語。これじゃあわざわざ買う気は起
こらない。フランスでフランス人が使っている手帳を輸入しても、祝日などが
異なるため日本では売れないのだろうか。でも、Ritsの学年暦って祝日は
全部蹴飛ばして授業してるから、関係ないんだけど。
アンジェの次はJEUGIA三条本店へ。この店のコンサートのチラシ置 き場にフルートのコンサートのものが多いのは、店長がフルート吹きだから ではないかという事にふと気付いた。
今日は、エミール・ギレリスのピアノで、 ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ 第29番 変ロ長調 作品106 《ハンマークラ ヴィーア》、ピアノ・ソナタ 第30番 ホ長調 作品109 のCDを購入。先学期ゲー テのクラスで一緒だった(!)内田光子さ んのCD にも《ハンマークラヴィーア》が入っているけど、今回は見送 り。試聴してみたところ、ハンマークラヴィーアは第一楽章の出だしの部分以 外はそれほど「すごく好き」って感じがしなかったので、とりあえず安い方のCD で様子を見ようというのが主な理由。それに、内田光子さんのピアノって、ず しりと重い音でどーんと押し倒されるような迫力があるのに対し、ギレリスの ピアノは透明感のある音がしたのだけど、まあ、今回は透明感でもって命の洗濯でもし ようか、と。
夜は喪中葉書の宛名書きなど。今年は心の病になって精神安定剤とともに 極楽静養ライフを送ったり、病気の後遺症が残ったり、オジサン嫌いが激しく なったり、人の顔を見て昼食が食えなくなったり、ゲーテが潰れたり、親が死 んだりと色々大変でありましたが、来年こそは、少なくとも人の顔を見て酒が 飲める程度には復活したいと思います云々と、思わず一言メッセージなどを書 こうとしてしまったけど、喪中葉書に近況や来年の抱負を書く人ってあまり居 ないような気がして、やめた。
2007年11月10日(土)
<<デブラ・ウインガーを捜して>>
関西日仏学館の日。京大生協ルネで昼食の後、日仏学館へ。図書室で
L'etrangerの朗読CDを返却し、音楽のCDを2枚借りた。1枚目は、
Jean-Michel Damaseというピアニストの1956年の録音でG. フォーレの
「ピアノのための夜想曲」とM. ラベルの「高雅で感傷的なワルツ(Valses
nobles et sentimentables)」。もう一つは、Renoirという名のカルテットの
ベートヴェンの四重奏曲と、あとHenri Dutilleux と Anton Webernとかいう
人の現代曲。それからしばらく時間があったので、図書室で
L'etranger をぼつぼつ読み進める。
授業中の会話練習で「貴方が一番好きな女優は誰ですか?」という質問が あって、これには困った。語学学校に通う生徒の宿命かも知れないが、答えに 窮する質問に答えなければならない事態にしばしば陥る。「別に誰も」と仏頂 面で正直に答えても良いのだけど、それでは会話練習にならないし、そもそも 愛想というものがない。「ハロー・キティー!」と元気良く答えたい気もする けど、キティーは女優じゃないし。
しばし黙考の末デブラ・ウィンガーを思いついたのだが、誰もそんな女優 は知らないという。そして一人が「そういえば、『デブラ・ウインガーを捜し て』という映画がありましたね」とか言い出した。何だって?そこの貴方。す ると何かい?15で姉やは嫁に行き、デブラの便りも絶え果てた、おむすび コロリン、コロコロリン、デブラ・ウィンガー何処かいな?って山の中を捜索 したり、山を越えて隣の村に探しに行かねばいけないってか?それとも、事件 は会議室で起こってるんじゃない!事件は現場で起こってるんだよう!と大捜 査線を張って、デブラ・ウィンガー狩りでもやろうってか?冗談ぢやあない。
デブラ・ウィンガーは、リチャード・ギアと共演した単純明快な恋愛物語 「愛と青春の旅立ち(An officer and a gentleman)」やシャーリー・マクレー ンと共演した癌で死んでゆく娘の物語「愛と追憶の日々(Terms of Endearment)」でアカデミー賞主演女優賞にノミネートされたし、その後もロ バート・レッドフォードと共演した(たぶん弁護士の物語だったと思うが) 「夜霧のマンハッタン (Leagal Eagles)」などにも出演した一世風靡もんのハ リウッド女優だけど、そういえば最近あまり聞かないのは、私がアメリカ映画 を見なくなったせいだけか。
帰宅後、自分でもすこし「デブラ・ウインガーを捜して」みたら、色々わ かった。しばらく女優業を引退して最近復帰したとか、『デブラ・ウインガー を捜して』という映画は実際に最近作られて評判になったとか、色々わかった けど、ティモシー・ハットンと数年間結婚してたのには驚いた。「あいつら、 デキてたのかよ!」と。
ティモシー・ハットン(Timothy Hutton)の「普通の人々」という何だかよ くわからない映画は見た覚えがある。今はすっかりいいオジサンになってしまっ たが、この映画の時はまだ初々しいお兄ちゃんだった。確か最初のシーンで、 学校か教会かどこかで皆が合唱していて、それがとても美しい曲だなと思った のだが、当時ジャズしか聴いてなかった私には分からなかった。しかしずっと 後になって、それがJ.S.バッハだとわかった。バッハのお陰で、私のハッ トンの印象はずいぶん良いものになった。あと、その映画を見た頃、私は出張 でニューヨーク州イサカのコーネル大学を訪ねたのだが、そこでとても親切に してくれた大学院生がTimothyとかいう名前だったと思う。この学生の感じの 良さが、私の単純な脳味噌の中で勝手にティモシー・ハットンと結びついて、 ますます印象が良くなったように思う。ティモシー・ハットンについて思い出 すことは、これだけである。
夜はスポーツクラブでへとへとになる。
2007年11月9日(金)
<<おしりかじり虫>>
夜遅く徳島大学での集中講義から無事帰還。今回の出張は、水曜日の午後の授
業の後、教室会議を欠席して徳島入りし、翌日から2日間にわたってヤング盤
の組合せ論や表現論の入門的な話題について講義をするというもの。
勿論、集中講義の合間を縫って、讃岐饂飩や徳島ラーメンの店を精力的に
回り、夜はホテルの部屋に籠って徳島の地酒の試飲も行った。
徳島大の先生によると、本場香川の讃岐饂飩はやはり歯応えが違って美味 しいそうで、「それなら先生、徳島大勤務になってから、もうかなり長いよう ですし、そろそろ香川大学に移籍して私を集中講義の講師に呼んでください。 何でも講義しますから」と強く申し入れておいた。
ところで今朝、ホテルでテレビを見てたら、NHK で「みんなのうた”おしりかじりむし”〜おどって♪こたえて♪ かじってナンボ」という番組をやっていた。 「おしりかじり虫」の歌 や、踊り、おしりかじり虫クイズなど盛り沢山で、 一体この騒ぎは何なんだよう、誰がこんなトンデモナイものを考えたんだよう。 それにしても何て素晴らしいんだろう、と。 私はこの時初めて「おしりかじり虫」のことを知り、深い衝撃と感銘を受けたの である。そして感動のあまりクラクラする頭を抱えて徳島大学に向かったのであった。
2007年11月6日(火)
<<単純な脳味噌>>
出勤日。午前中は4回生の講義。コンビニ弁当昼食でコソコソやった後、13
時から14時前まで某作業委員会。EUの学会から論文のレビュー依頼が来たけど、
この仕事は来週の長い会議の時の内職用にとっておこう。14時過ぎから16
時前まで4回生M君の卒研ゼミ。その後1時間ほど雑用をしてから帰宅。その
前に、久しぶりに山科駅前Sbuxで少し道草。夜は或る問題についての
問合せお仕事
メールが届いていたので、昨年度学科長やっていた頃のぶちキレ記憶をたどり、
悪い人間たちの悪行を思い出しながら、返答メールを書いて送る。
大学もひとつの社会なので、色々な人間が居て、その中には勿論悪い奴も いる。どうも私には、一人悪い奴が居ると、無意識のうちに、他の多くの人間 も皆同じように悪い奴らに違いないと思ってしまう奇妙な習性があるようだ。 だから私に言わせれば、世界は悪い奴や意地悪な奴らで溢れ返っており、油断も 隙もならないのである。しかしたぶんその世界観は半分ぐらい間違っていて、 たまに人の善意を目の当たりにすると内心かなりびっくりしてしまう。これは何かの 間違いだ、と。こういうことになるのは、ある部分で私の脳味噌が非常に単純 に出来ているからだと思う。あるいは、何かの原因で脳の一部が変性、退化し たのかもしれない。
お仕事メールの後は、明日からの出張準備、ほんの少し数学、その他いろ いろ。明日から徳島大学へ出張。次回更新は9日深夜以降。
2007年11月5日(月)
<<勢いをつける>>
研究日。まずは2ヶ月前に論文を再提出したのに、メールの受理の連絡が無い
EUの某学会誌に、「ちゃんと届きましたか?」と問合せのメールを出す。数
学研究というのは、問題を捜したり考えたりしている時が一番楽しく、解けた
時はなあんだこんな詰まらない答かと思いつつも、まだ少し楽しく、それを纏
めて論文を書いている頃からだんだん嫌になり始めて、出来上がった論文を学
会誌に投稿する頃から不安と自己嫌悪の日々が始まり、採録決定通知に狂喜
し、喜びの踊りも面白ろうてやがて悲しく、採録拒否通知を喰らった日にはしばらくへこ
んで、糞!もう数学なんかやめちまおうかと自棄を起こし、しかし何日か後に
また気を取り直して歩みはじめる。これが凡庸なる数学者の実態なのである。
「ちゃんと届きましたか?」と問合せに、「ちゃんと届いたし、おまけに、だ
いぶ前に採録拒否の通知も送ったのだけど、そちらに届いていなかったか?」
という返り討ちのような返事が届きはしまいかと、内心びくびくする気の小さ
い私。
今日は大学に出勤して簡単な事務的用件を片付けて来ようかと思ったが、 色々考えてみるとそんな事をして時間を潰している暇は無いことに気付き、予 定を変更して今日も京大数理研図書室へ。先週までの強行軍プロジェクトの纏 めをやって、その後は、もう一つの疑問を明らかにすべく、いくつかの資料を 読み比べ、とりあえず解決のメドがついたところで、図書室の閉館時間。JE UGIA三条本店道草経由で帰宅。
JEUGIAでは、また少しマルタ・アルゲリッチのCDを物色したが、 これといったものは見つからず。初期のショパンの演奏も試聴してみたけれど、 ああいう切れ味の良いインスピレーション溢れる弾き方というのは、ショパン としてはどうかしらって気がして、とりあえず見送る。
夜は、わが身に鞭打って、久しぶりにスポーツクラブ。筋トレやロードラ ンナーや山登りマシンが面白いわけがなく、体調維持のために仕方なく通って いる私としては、土曜日の午後にゲーテに行き、その勢いで夜はスポーツクラ ブに突撃してヘトヘトになり、倒れ込むように寝込んで日曜日の朝は遅くまで 寝ているというパターンで、何とか今まで続けてこれた。しかし平日だと、ど うも「勢い」というものがつかない。
夜遅くスポーツクラブから帰ってきたら、EUの学会誌から返答があった。 「再投稿された論文は然るべき編集担当者に送られました。審査結果が出次第 すぐに連絡します」とあった。「編集担当者に送られた」のは今日なのか2ヶ 月前なのか曖昧だし、何だかわかったようなわからない返答。
2007年11月4日(日)
<<完成された美>>
本日午後は山科区内で野暮用の後、京都駅へ。JRバスセンターで、徳島出張
のために予約しておいた高速バスのチケットを受け取る。その後、ホテル京阪
ラウンジ・フォンタナで少し数学。ここは私以外にも、京都に出張した折に一
人で数学を考えたい時に使っているという数学者が少なくとも1名は居るし、
元々この場所を私に教えてくれたのが学生時代の友人。案外数学者には人気の
思索スポットかも知れない。しかし今日は、怪しいおじさん達があちらの席や
こちらの席で、小沢代表の記者会見が始まるだの終っただのという話をしてい
た。
それからアバンティー・ブックセンター、文房具店、サンリオショップな どを偵察。ブックセンターでは、高瀬正二著「評伝岡潔、花の章」を見つけた。 「星の章」は読んだ覚えがあるのだけど、「花の章」はどうだか覚えがない。 文具店では、表紙にドイツ語が書かれた来年度の手帳が売ってたので、おおっ ドイツ直輸入品か?!と思って手にとってみる。しかし、どうも意味も文法も 怪しいドイツ語である。不審に思って開けてみたら、中は(怪しい)英語と日 本語が書かれたれっきとした日本製。怪しいドイツ語も困ったものだけど、英 語とドイツ語をチャンポンにするのはやめて欲しいものだ。「阿呆かいな」と 思って、隣に並んでいるフランス語が表紙に書かれた手帳は手に取らず。
サンリオショップでは、「見て見て!リボン」とかいうタイトルで、ハロー キティーの耳とリボンの部分だけのイラストをいくつか描いたデザインのペン などが売ってたけど、どうだかなあ。最近のキティーは、目がハートになって たり、たれパンダの着ぐるみ着てたり、プロレスラーの覆面してたり、ギャル になったりと、どうもよくわからんデザインが多い。以前と違って、キティ自 身をデフォルメする方向に走っているため、キティーの良さを損なっている嫌 いがある。キティーは招き猫と同じく完成された美なのであり、それに何かを 加えたり何かを削ったりしてはいけないのである。
以前、ハローキティー徳島限定グッズの中に、キティーが讃岐饂飩の巨大 ドンブリに胸から下どっぷり浸かって、クリクリした目をして讃岐饂飩を食べ ているものがあって、その奇想天外ぶりにいたく心を打たれて思わず買ってし まったけど、そういう爆発力のあるアイディアを期待したいところ。
夜はしばし野暮用の後、また少し数学。例の強行軍プロジェクトは一応終 了した。あとは少し纏めをしたいけれど、それは後回しにして、フランス語な ど。
2007年11月3日(土)
<<まずは百点減点>>
関西日仏学館は本日休講日である。ゲーテと同じく、文部科学省の管轄外にあ
るためか、「総務省などき他官庁が管轄する祝日なんて蹴飛ばしてガンガン授業
をしなさい」という強い行政指導は受けていないのだろう。そうか、平成時代
のいまどき、祝日に休講になる学校があったのかと、昭和の昔のことなどを思
い出して心温まる思いでJEUGIA三条本店へ。本日、N響首席クラリネッ
ト奏者の横川晴児氏の公開レッスンの見学。同じ催しは去年10月26日に開
かれ、今年は私にとっては2回目の参加。
13時から18時過ぎまで休憩20分を含む5時間余、横川氏の模範演奏以 外にも、楽器の演奏法や調整の仕方、曲の解釈、プロを目指す人の心構え、音 楽に対する考え方等などがたっぷり聞けて、たったの2000円は超お買い得!
このようなプロの演奏家を目指す人や演奏指導者のための催しを、楽器 を全然やっていないし楽譜も読めない私が見学して面白いかというと、それが 結構面白いのである。そして、こういう催しを面白いと思えば思うほど、この 世界の深さや厳しさがひしひしと分かり、ますます自分でその楽器をやってみ ようという気が失せていくのである。まあ、プロを目指すわけでもないし、 楽しんで楽器をやってればよろしいというのは真理だが、私の場合はきっと、 そんな形で「ぬるく」楽器と戯れる自分自身が許せないであろう。そして、か ように真剣に音楽に取り組んでいる人達のよりよい理解者になれれば、それで 良いではないか、と。
それから、公開レッスンに来ている生徒役の中・高校生の人たちも、自分 の才能を賭けて困難な道を歩もうとしているところが好きだし、いかにもそう いう道を真っ直ぐに突っ走り、四六時中音楽のことを考え、努力や工夫や研究 を重ねることを厭わないどころか、むしろそれを楽しみとし、そんな毎日を過 ごしてきて気がついたらいいオジサンになってましたという感じの横川氏も、 偉いなと思う。
私は、相手がオジサンというだけでどんな聖人君子であろうととりあえず 無差別に百点減点して、そこから物を考える近親憎悪人間だけど、横川氏の場 合は、その偉さに敬意を表してどーんとプラス90点ぐらい出しても良いかもね、 などと考えながら帰ってきた。何?それでもまだマイナス10点じゃないかって? でも、いまのところ私の閻魔帳の中でプラスのポイントがついたオジサンは居 ないし、マイナス250点とかマイナス5800点のオジサンとか、ざらに居 るんよ。
夜は少し数学。強行軍プロジェクトの仕上げを急ぐ。
2007年11月2日(金)
<<逃走と潜伏>>
もう11月に入って2日目とは、早いものだ。午前中はタクシーを飛ばして山
科区内で野暮用。すぐに終わり、地下鉄とバスを乗り継いで京大に逃走。ルネ
で昼食の後、京大数理研図書室に潜伏して強行軍プロジェクトに励む。帰りは
関西日仏学館のカフェで続きを少し。
ゲーテが潰れてひとつだけ良かったことは、日仏学館のカフェと図書室が 私の縄張りに新たに加わったことかな。しかし日仏のカフェも図書室も、どう も長居がしずらいところが玉に瑕である。しかし、縄張りが増えることはよい ことだ。
強行軍プロジェクトはまだ全部は終ってないけど、今日までわかったとこ ろで帰宅後に少し計算してみたら、懸案の疑問はとりあえず解決した。その後 は、L'etrangerを読んだりして、のんびりすごす。
2007年11月1日(木)
<<逃走の必要性>>
研究日。10月の終わり頃から始めた、某数学書の関連箇所数十ページを一気
読みする強行軍プロジェクトが、予定を超過してとうとう11月に突入してし
まった。何とか今週中にやっつけようと、今日も今出川通り喫茶進々堂、京大
数理研図書室、自宅などで終日本読み。
今週開催されている研究会の関係か、数理研には私が知っているRits 関係者が少なくとも2名も居た。別に彼らがどうだという事ではないのだが、 折角Ritsの喧騒を逃れて京大近辺に潜伏してたのに、見つかってしまった ような気分。京大の数学者は京大のキャンパス内をウロウロしていることが多 いようだけど、彼らは心静かな研究環境を求めて逃走する必要は無いのかしら。
京大の帰りはJEUGIA三条本店を偵察。アルゲリッチのCDを物色。 デビュー・リサイタルのショパンをちょっと試聴してみたけど、切れ味の鋭い かなり刺激的な演奏だった。やっぱり昔からあんな感じだったんだなと、何だ か感心してしまった。それからコンサートのチラシ置き場をチェックしたけれ ど、何故か最近はフルートのコンサートが多い。あれからずっとご無沙汰して いるゲーテ・フルート奏者氏のものがあるかと思ったけれど、見当たらず。
L'etrangerを少し読んでから寝る(積もり)。