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よ け ス ペ ー ス で す。

2007年10月15日(月)
<<「チッチ男」の研究>>
近頃は季節が良くなったせいか、いくら寝ても眠くて仕方がない。午前中は近 所の郵便局で野暮用。小さな郵便局でたった1つのATMにおじさんやおばさ んが長い待ち行列を作り、誰もかれもまずお金を下ろし、それからおもむろに 少なくとも3、4箇所に送金手続きをする。一度機械の前に立ったら もう10分ぐらいはそこを離れない。一体何が起こっているのか知らな いが、とにかくなかなか順番が進まない。私は通帳記帳して入金を確かめるだ けなのにずいぶん時間が掛かるため、ほとんどキレそうになり、郵便局員を叱り 飛ばしてやろうか、それとも振込みのおばさんを怒鳴り散らしてやろうか、で もそのような行為はいかにもおっさんっぽくて嫌だな、などと頭に血をたぎら せてみたり、沈思黙考して血の気を引かせたりしているうちに、すっかり眠気 が覚めてしまった。

京都市役所前で簡単に昼食を済ませ、午後は社会保険事務所へ。社会保険 庁をとりまく昨今の情勢から考えて、ぶちキレたおじさんが職員に詰め寄った り怒鳴り散らしたりして暴れている図を期待してたのだけど、実際行ってみる と乱闘騒ぎは無く、単に待合席が満杯で待ち時間2時間の大学病院状態になっ ているだけだった。気の短い年寄りたちがぶつくさ言い合ったり舌打ちをした りしていたが、隣で待ち時間の長さを呪って唸りながら待っていた70代ぐら いのおじさんは、中年以上の男に割合高率で見られる「チッチ男」だった。

「チッチ男」とは、歯の具合が悪い時のように口の端っこで空気を吸い込 んでチッと音を立てる奇妙な習性を持つ者を指す。以前山科駅前Sbuxで4 0代ぐらいの「チッチ男」が近くに居てほとほと閉口したことがある。まだ社 会的更生の余地が残されている4、50代までの「チッチ男」は断固として矯 正の道を歩ませるか、さもなくば釜茹でにして踏み潰してやるべきだと思うが、 70代ともなればまあしょうがないかと、流石の私も「釜茹で踏み潰しは免除 してやろうじゃないか」と少しは寛容な気分になる。

で、寛容な気持ちで何をするかというと、まずはこの男の生態を知ろうと 考え、1分間に何回「チッ」とやるか計測して平均を取った。最初の頃は1分 間で平均4回だった。それから15分程度間を置いて、再び計測してみたら平 均3回に減っていた。そこで平均4回から3回への変化は何を意味するか考え てみた。おそらく長い待ち状態に慣れてきた、あるいは、諦めの心境に達して きたことが影響しているのではないか。それにしても「チッチ男」は一夜にし て出来上がるものではない。おそらく中年以降から「チッチ」が始まり、社会 保険庁の窓口で長時間待たされるという特別な事情が無くても、犬の散歩をし ながら、自宅でテレビを見ながら、あるいは、風呂に入りながらと、起きてい る間じゅう間断なく「チッチ」してる可能性が高いと思われる。ではこの男の 1分間の「平均チッチ数」は毎日大体どのぐらいなのだろうか。というような 事を考えているうちに私の順番が回ってきて、やっと「チッチ」男から解放さ れた。

待合室の席を誰かに譲り、立ちんぼでよければ、もっと早くに「チッチ男」 から解放されていたのだけど、こんな面白い研究対象は無いと思って頑張って 観察したり考察したりしていたのである。耐え難き対象を受容するひとつの手 段は、相手を「研究対象」だと考えることであり、それは時に単なる逃避より も効果的である。

社会保険事務所を出たときはもう夕方になっていた。それから京大数理研 図書室に移動し、少し数学。帰宅後も少し数学。

2007年10月14日(日)
<<異邦人>>
午前中に野暮用を済ませ、午後は京都市内某所で開かれたヴィオラのコンサー トに出掛ける。普段はチェロやクラリネットで聴いていた曲が、ヴィオラでも よく演奏されると知ってちょっと驚いたけど、結構楽しかった。コンサートの 後はSbux新京極店でしばし数学の後、何となくJEUGIA三条本店にも 立ち寄る。先日から目をつけていた マルタ・ アルゲリッチとアレクサンドル・ラビノヴィチの2台と四手のためのピアノ作 品集(モーツァルト)をもう一度試聴。うーん、凄い。凄すぎる。これは 買うしかない、と。その後、 アンジェ河原町本店にも立ち寄る。

移動のバスや地下鉄の中では、昔、最初の部分をちょっと読んだだけで放ってあっ たカミュの「異邦人」の原書版を再び読み始める。私はこの本の朗読カセットテープ も持っていて、以前はよく聞いていた。「異邦人」はよく知られているように、 母の葬儀のために養老院のある遠くの街に出かけていった主人公ムルソーが、 何だかよくわからない理由で殺人事件を起こし、殺した理由を敢えて言えば 「太陽がまぶしかったから」さと答えて死刑を宣告され、監獄の中で、大衆の憎 悪の眼差しの中で絞首刑になることを夢見て過ごすという、まさに意味のよく わからない話。

大学を出るか出ないかの頃に窪田啓作訳の新潮文庫で読んで、意味はよく わからないけど、そこに描かれている心象風景に深い親近感を持ち、わざわ ざ原書やカセットテープを調達したりしてたのである。近頃は、ムルソーの気 分が分かるんだったら意味なんてわからなくても良いのだと思えるようになっ てきたし、ちょうど母も亡くなったし、関西日仏にも通い始めたしということ で、また読み直したくなってきた。

邦訳の出だしは「きょう、ママンが死んだ。もしかすると、昨日かも知れ ないが、私にはわからない。養老院から電報を貰った。『ハハウエノシヲイタ ム、マイソウアス』これでは何もわからない。恐らく昨日だったのだろう。」 だが、原文では"Aujourd'hui, maman est morte. Ou peutetre hier, je ne sais pas. J'ai recu un telegramme de l'asile: 《Mere decedee. Enterrement demain. Sentiments distingues. 》 Cela ne veut rien dire. C'etait peut etre hier." (註:アクサンテギュ、アクサングラーヴ、アクサ ンシルコンフレックス、セディーュはHTMLでの書き方が分からないので省略し ています)である。両者を声を出して読んでみると、原文の方はそのリズム感 に思わずゾクゾクしてしまうし、ムルソーがそこに生きている気分が何となく 伝わってくるような感じがする。残念ながら邦訳ではそのリズム感までは再現 されていない。この違いがあるだけでも頑張って原文で読む価値があると思う。

夜はアルゲリッチのCDを聴きながら、少し数学。

2007年10月13日(土)
<<世間話>>
昼前に自宅を出て京大ルネで昼食。ルネの書籍部を偵察したり日仏学館の図書 室やカフェで少し数学した後、14時から17時まで授業。受講生は私を含め て9人。うち5人は前のクラスから引き続き通っている人で、既に知り合い同 士という感じ。土曜クラスということもあってか、2名の学生を除いて全員社 会人。それやこれや、大体ゲーテと雰囲気は同じである。先生は30代前半ぐ らいの割合感じのいい男の人。授業内容は、少し余裕を見てやさしいクラスを 取ったので、今日のところは結構楽だった。

受講生の一人に、午前中はゲーテでドイツ語を勉強し、午後は日仏に通っ ているという人が居た。休憩時間に、ゲーテでは誰先生に習っているのかとか、 ああ、あの先生なら授業中にこういう話をしたりするでしょう。ええ、ちょう ど今朝の授業でその話をしてました、というような世間話をした。初級クラス なので、さすがに授業中にフランス語で自由に世間話をして楽しむという感じ ではない。

職場の同僚や学生、同業者との世間話は、料理を食べた後のソースが残っ ているメインディッシュの皿でデザートのアイスクリームやプリンを食べるの と似たようなものである。味が混ざってデザートが楽しめない。たとえば、 こいつ俺の研究発表をつまらんと思ってるんだろうなとか、こないだ俺が長 期研究出張を大学に申し出たときに足引っ張りよって覚えてろよなとか、 そんな事を思いながら、あるいは、将来的にそうなる可能性があるかも 知れない相手とでも平然と世間話で談笑できるのが大人というものかも知れ ないが、そんな大人など糞くらえ!だ。 気兼ねなく世間話を楽しみたいならば、利害関係や しがらみの無いそれ以外の人脈を開拓するに限る。

それに、大学人同士の研究以外のことでの会話といえば、大学の管理運営 や学生に関する泣き言や愚痴の類が定番で、ああ、この人と話してみて良か った!と思えるような煌きに乏しい。そんな愚痴を言い合ってみたところ で、自分の人生が少しでも良くなるとは思い難い。

日仏学館の後は烏丸四条近辺に繰り出し、すこし買い物をして、その辺で 適当に夕食をとってから帰宅。夜は今日の授業の復習。早く上達して上級 クラスに進んで、ゲーテの時みたいに(今度はフランス語で) お喋りを楽しみたいものだ。

2007年10月12日(金)
<<殴り込み?>>
最近睡眠不足気味だったので、今朝は遅くまで寝ていた。明日からフランス語 の講座が始まるので、下見を兼ねて関西日仏学館へ。京大正門前でバスを降り て東大路を上がり日仏学館の前にさしかかった時、後ろから京都ドイツ文化 センター(ゲーテのあるところ)の管理人のおじさんが猛烈な勢いでスタスタ と歩いてきたので、すわ、日仏に殴り込みか?と思ったが、そのまま通り過ぎ て京大ルネの方に行ってしまった。

日仏学館では私のクラスの教室を確認してカフェで昼食をとり、図書室で 少し数学。しかし、あまり長く勉強するところではないと判断して、京大数理 研の図書室に移動し、夕方の閉館時刻まですごす。

帰りは京都市役所前でバスを降り、JEUGIA三条本店を偵察。マルタ・ アルゲリッチともう一人誰かがモーツァルトの四手ピアノ・ソナタを弾いてい るCDと、ブラームスのクラリネット・ソナタとシューマンの3つの幻想曲を、 何と!アルフレート・プリンツがピアノ伴奏をして横川晴児がクラリネットを 吹くという画期的アンサンブルでぶちかますという異色のCDを発見し、試聴。後者 はゲーテ・クラリネット奏者氏オススメの一枚で、氏のCDコレクションの中 にあるはずなので「見つかったらお貸ししましょう」とのことだったのだが、 結局、氏のCD保管庫が「(膨大な量ゆえ)大変なことになっている」た め見つからず「幻のCD」とされていたものである。

アルゲリッチのCDは、いつものような凄いインスピレーションを感じさ せる演奏に、おそらくもう一人のピアニストと連弾しているせいだろうけど、 独特の安定感も加わって、こんなモーツァルトもあるのかと新鮮な気分になる。 横川晴児氏のクラリネットの音は(アルフレート・プリンツほどでもないかも 知れないけど)やっぱり美しい。しかしもう一枚、アルゲリッチ、ミッシャ・ マイスキー、その他2人のアンサンブルのCDがあって、それは試聴できなく て中身がわからないけど、どうしよかなと迷ってしまい、結局何も買わずに店 を出る。

夜はフランス語のテキストの下見など。小型の独仏・仏独辞典では使いに くい。机上版のが欲しいな。

2007年10月11日(木)
<<異存なし>>
来週の火曜日まで出勤しない積もりだったが、卒研希望者1名の面談の予定が 入り、昼前に出勤。で、私の卒研ゼミを希望する奇特な学生は一体何者だろう かと昔の出席簿などをひっくり返して調べているうちに、偶然一つ発見。 3回生の輪講クラスの30名は、2年前彼らが1回生だった頃に私が担当した 数学演習のクラスの学生とほぼ一致している!勿論2つの講座は全く独立で、 同じ時間帯に開かれる3つの輪講クラスのどれを選んでも良いのに、何故わざ わざ昔の演習クラスと同じ先生を選ぶのか。私が特に彼らに好かれているとい うことはあり得ないので、何か他の理由があるのだろうけど、、、まあ、考え ても分からないことは考えないでおこう。

さて、面談の学生は卒研で代数幾何学を勉強したいという。代数幾何学は 数学のさまざまな分野のうちで最もメジャーなもののひとつだけど、そうい う分野があることを自分で調べて知っている学生は、Ritsではかなり珍 しい。勿論この私に異存があろうわけはなく、ではぜひ来年度は私のゼミに 来なさいということで一件落着。

面談の後、図書館にちょっと寄ってから京都駅へ移動。ホテル京阪京都の ラウンジで2時間ほど数学の後、アバンティーのサンリオショップとブックセ ンターを偵察してから、帰宅。夜も少し数学。

2007年10月10日(水)
<<衝撃の体当たり演技>>
10時40分から12時10分まで文系学部の一般教養の講義。今日はガウス の素数定理を中心とした素数の謎についてのお話。研究室に戻り、あらかじめ 買っておいた生協コンビニ弁当で昼食の後、13時から14時まで3回生対象 の来年度の卒研ガイダンス。各先生、それぞれ力の入った説明をしていたが、 私の卒研ゼミは、ガイダンスに力を入れる入れないに全く無関係に、例年志望 者がほとんど居ないので、1分ほど適当な事を喋ってお茶を濁し「お後がよ ろしいようで」とさっさと退散。

14時10分から15時40分まで数理科学科3回生の輪講の授業。教室 にはこの種の授業には異例の多さとも言える約30名の学生がいた。一体彼ら は何を考えているのか。まあ、考えてもわからないことは考えないことにしよ う。考えてもわからないことを頑張って考えるのは、数学研究の時だけにした いものだ。兎に角、30名の輪講クラスなんて担当したことがないから、その 場その場でいきあたりばったりに考えながら進める。いきあたりばったりにや ると色々ヘマをやらかし、今日も思わず90分授業2コマ分の話を10分で説 明しようとしてしまい自滅してしまったけれど、人間はヘマを恐れていては進 歩はないのである、と。こういうの何って言ったっけ。「衝撃の体当たり演 技」?ちょっと違うな。

その後16時から19時前まで3時間ほど教室会議。来年度の担当科目の 決定など。会議室の黒板に来年度開講科目の一覧が書かれていて、各教員が自 分が担当したい科目のところに名前を書き込んでゆく方式。私は例年他の先生 が全て名前を書き終わった後に、誰も担当したがらない残り物の科目をかき集 めて自分の担当科目にしている。誰も担当したがらない科目なんて廃止してし まえばいいではないかとも言えるが、そもそも私は誰も担当したがらない科目 を担当するためにこの大学に雇われているので、そういう科目が無くなると失 業してしまい、数学者としての研究活動の継続が難しくなるのである。逆に言 えば、私は数学研究ができればそれで良いのであって、授業で何を担当するか にはほとんど何の関心も無い。だから原則何でも担当する。

とはいうものの、今年は何故かあまりにも偏った科目ばかりが残っていた ので、もうちょっと何とかならんのかと異例の抗議行動に出た結果、例年通り の「その他諸々科目各種請負い」の形に落ち着いた。その後教室会議は、私に とってはどうでも良いような良くないような議題が続いた。

それにしても、今日の会議は疲れた。そもそも卒研ゼミも高々1人か2人 しか担当しない上に、誰も担当したがらない科目の落穂拾いをして糊口をしの いでいるだけの私が学科の運営にまともに関わる義務も権利も必然 性も無いのだから、教室会議の議論には口を挟むまいと固く固く心に誓ったは ずなのに、今日も何のかんのと議論に首を突っ込み、自滅の道を歩んでしまっ た私は一体何なのか。またやってしまった!と気付いた頃には時既に遅く、も うあと2,3日は大学関係者の誰の顔も見たくない気分で生協食堂で夕食の後、 21時前に帰宅。

2007年10月9日(火)
<<愚かなこと>>
午前中は4回生の講義。午後は4回生M君の卒研ゼミ。今日は予習をしてきた ようだ。16時前にゼミが終了。少し明日の講義の準備をしてから帰宅。通勤 時間は関西日仏学館のフランス語のテキストを眺める。夜は日大セミナー講演 の纏め作業。今日で一応完了。その後、またフランス語のテキストをすこし眺める。

何でも改正雇用対策法とかが10月1日から施行されているそうで、『労 働者の募集・採用時に年齢制限を設けることができなくなります』なのだそう だ。年齢差別思考が根強い日本でこういう法律ができるまでにあと20年は必 要かと思っていたので、ちょっと驚いたのだが、調べてみたら案の定労働法の ご多分に漏れず罰則規定の無いザル法だという。労働法が万事こんな調子だか ら、例えば経営者は特段の理由も無く従業員のボーナスを思いっきりカットし て、その分をお手盛りで倍増した自分の退職金に充当してもオッケーである。 実際は労働法上色々問題があるので、訴訟だ何だと五月蝿いことを言う連中が 現れるかも知れないけど、別に刑務所に放り込まれるわけでも釜茹でにされて 踏み潰されるわけでもないから、強気で突っぱねておけばよろしい。

それはともかく、採用時の年齢制限は、高齢化社会がもっともっと進んで 働けそうな人のほとんど全てが年齢制限でひっかっかり、ごく僅かな若い人を 滅茶苦茶にコキ使っても全く労働力が足らず、いよいよ企業の存続自体が危う くなり、雇用者達がようやく自分達が愚かなことをやっていると気付くまで無 くならないのではないかと思う。

2007年10月8日(月)
<<理性的な拍手>>
午前中と夜は日大セミナー講演の纏め作業。昼から夕方にかけて、京都市内某 所で開かれたコンサートに出掛け、その合間は地下鉄やSbuxや某大学のホー ルなどに出没しつつ、独仏辞典にマーカーペンで印をつけて遊んだり、ハーツ ホーンのテキストをひっくり返して少し数学したり。

今日聴きに行ったのは、今春音大や教育学部の音楽コースなどを卒業した 人たちのデビューコンサート。ピアノ、フルート、ソプラノ、トランペット、 クラリネットと色々聴けて、結構楽しかった。

こういうコンサートを聴きに来ているのは、出演者の近親者や友人、出演 者の個人レッスンの先生などの音楽業界人がほとんどで、私のような単なるそ の辺の人っぽい人は少ないようである。そのことは観客の拍手の仕方にも表れ ているような気がする。何というか、素晴らしい演奏でもそうでない演奏でも、 「うわーっ良かった!」とかいう感じではなく、「ご苦労さま」と演奏者をね ぎらうような雰囲気のある、常に一定のテンションを保ったちょっと理性的な 拍手なのだ。

2007年10月7日(日)
<<無謀につき断念>>
来週はいよいよ関西日仏学館の最初の授業だし、私家版独仏基本単語対応表の 作業に目処をつけようと、自宅内外での野暮用を挟んで夕方頃まで色々やって みたが、無謀な計画であることが益々明らかになってきて、とうとう中止に至っ た。ドイツ語に関しては、自分はせいぜい数百語程度の基本的な語彙しか持ち 合わせていないと思っていたが、実際は作業をしているうちに、そういえばこ の単語もあった、あの単語もあったと、数時間のうちに数十個単位で見出し語 が増えてゆき、全くもって収拾がつかない。

この調子でやっていけば見出し語が1000語を超えるのは時間の問題で、 派生語等を除いても最終的に2000語を超えるかも知れない。その中から2 00〜300語程度の適切な基本語を厳選できるぐらいなら私はとうの昔に言 語学者になっている。第一、私がお喋りしたい事がなんとかカバーできるよう な200〜300語でなければ「治療効果」が期待できないため、通常の語学 補助教材にあるような「基本単語300選」とは範囲がずれているかもしれな い。しかも私のお喋りの内容は相手によって変わる部分とそうでない部分があ り、それを短期間で正しく分析し把握することはほとんど不可能である。

短なる対応表だけでは使い物にならないので、各項目には簡単な例文やイ ディオムなども付けたい。ああ、気の遠くなるような作業だ。。。と、それっ てまさに独仏・仏独辞典じゃあないか。ということで、Langenscheidt社のポ ケット独仏辞典の知っているドイツ語単語に片っ端からマーカーペンで印を付 け、訳語のフランス語を知っている場合はその訳語にも印をつけるという方法 でやってみることにした。

夜は日大セミナー講演の纏め作業を細々と。

2007年10月6日(土)
<<大人の箱庭療法>>
午前中から昼過ぎにかけてMathReviewのレビューレポートを書き上げ、遅めの 昼食の後に校正作業。夕方の早い時間に完成版レビューをWebから送って一件 落着。これでだいぶ気分が楽になった。ひと息入れてから日大セミナーの講演 の纏め作業を再開。夜は久々にスポーツクラブ。土曜の夜は閑散としていてト レーニングがしやすい。帰宅後も少し纏め作業をやってから、私家版独仏対応 表の作業を少し。

非社交性傾向が強く日本人相手に日本語を話すこともほとんど無い私が、 ドイツ語やフランス語を習ってどうしようというのかというと、まあ、たまに はドイツ語圏やフランス語圏に行くこともあろうが、基本的には大人の箱庭療 法なのである。 若い頃から徐々に進行していたとはいえ、元々お喋りしていな いと死んでしまうのではないかというぐらいのどうしようもないお喋り人間が、 ここ数年の間に(特に学科長をやってから?)とうとう大抵の人間とは(業務連 絡的な言葉のやりとり以外は)口もききたくなくなったというのだから、事態は 楽観を許さず何らかの治療が必要と考えられる。

語学学校ともなれば、数名の人間の集まりの中で「さあ、会話しなさい」っ て感じで無理矢理会話をする。これが大事である。元々お喋 り人間だから、ちょっと無理強いされればどんどん喋る。過去数年間で家族以 外の日本人との会話で使われた言語としては、恐らく(ゲーテにおける)ドイ ツ語がもっとも頻度が高く、日本語を圧倒しているのではないかと思う。 (日本語は普段使用頻度が低いので、毎日この日誌を更新することで日本語を 忘れないようにしている。無人島に漂着した人が言葉を忘れないようにするために毎日 日記を書くようなものである。) ただ し現在の私のフランス語のレベルでは「治療効果」はあまり期待できず、早く 上達して関西日仏学館の上級クラスあたりで自由にフランス語でお喋りできる ようにならないといけない。これは私の精神にとっては、けっこう死活問題な のである。

2007年10月5日(金)
<<岡林仏壇店>>
朝から近鉄特急で京都を発ち津へ。朝の京都は激しいにわか雨も降っていたが、 間もなくおさまり、津は秋らしいカラリとした上天気だったけど日差しは強かっ た。サングラスを持って行けばよかった。昼食には大観亭の鰻を腹一杯食べ、 墓地と墓石屋を訪ね、ドドールコーヒーでブレンドのMサイズを一気飲みし、 岡林仏壇店で用事を済ませ、3時のおやつに虎屋の饅頭を2つ買って実家に立 て篭もり、せっせと野暮用に励む。

岡林仏壇店の店員に母の戒名を見せたら、即座に、むむっ、これは 西本願寺系ですねと見破ったので、ちょっとびっく りした。まあ、業界人にとっては大したことではないのかも知れないけど、 どんな分野にもプロは居るものだと改めて感心した。お西さんでしたら、 こんなふうにしましょうか、それともこうもできますよとか色々難しい事 を言い出してくるので、諸般の事情で西本願寺とは行きずりの関係に過ぎ ないことを説明しておいた。

近鉄特急で京都に戻り京都駅近辺で 遅めの夕食の後、夜遅く帰宅。電車の中では、この週末には終らせたいMathレ ビューの仕事をしたり、代数幾何学の本を読んだり、居眠りをしたり。帰宅後 もMath レビューの仕事に手を出したものの、眠くなってきたので私家版独仏 基本単語対応表の作業を少しだけやって寝ることにする。

2007年10月4日(木)
<<八つ当たり>>
午前中は山科区内を自転車で駆け回り、野暮用。午後は地下鉄を乗り継いだり して烏丸四条近辺で、野暮用。その帰りに久々にJEUGIA三条本店に立ち 寄り、前から目をつけていたザビーネ・マイヤー(クラリネット)とエマニュ エル・パユ(フルート)のカール・ニールセン のコンチェルトと管楽四重奏曲のCDを購入。これは去年ベルリンの某教 会で二人が共演したコンサートの録音らしい。ニールセンはそれほど好きでも ないけど、やはり女王マイヤー様の最新CDとなると思わず手が出てしまう。

ゲーテ・クラリネット奏者氏とフルート奏者氏も、いつか二人で共演しよ うとか話してたけれど、それが実現しないうちにゲーテが潰れてしまった。ま あ、ゲーテとコンサートは独立事象だけど、この際だからゲーテに八つ当たり しておこう。空の青さが目にしみるのも、鶏が裸足なのも、ハローキティーに 口が無いのも、みーんなみーんなゲーテが悪いのよ、と。

JEUGIAの後は、京都市役所前ゼスト御池のカスケードでソフトクリーム を食べて、帰宅したら夕方になっていた。それから私家版独仏対応表の作業をしたり、野 暮用をしたり。夜は日大セミナーで話した内容をとりあえずTeXで纏める作業 に着手する。

2007年10月3日(水)
<<夢にも思わなかった?>>
本日49回目の誕生日。去年は48(=2×2×2×2×3)歳だったが、今 年49(=7×7)歳、つまり素数の2乗!うーん、素晴らしい。さらにもひとつ 「しかもドイツ統一記念日でもある!」とはしゃぎたいところだが、ゲーテは もう潰れてしまっているので、いまひとつ気が乗らない。

午前中は経済・経営学部の学生対象の数学の講義。今日は「整数論の基本 定理」の話として、整数を見ると思わず因数分解したくなる数学者の心を切々 と訴える。皆さん、何かとても不思議な生き物を眺めるような顔をして聞いて いたようである。

午後は数理科学科3回生対象の輪講の授業。先週休講にしてしまったので、 今日が第一回目。私は学生に敬遠されるタイプで、沢山の授業を担当した学 年ほど、性格の悪さが露見しやすくなるせいか、学生の敬遠傾向が強 くなることが過去の経験から確認されている。今回も受講生はせいぜい2、3 名だろうと信じて疑っていなかったのだが、教室に入ったら30名前後も居た。 この現象をどう理解すれば良いのやら。一体何が起こったのか知らないけれど、 兎に角、水面下で大変な事が進行しているに違いない。

学生集団というのは、数理科学科の教員集団に比べても桁違いの複雑系で ある。数理科学科教員集団の複雑系は、その構成員が何も考えていないことが原因で発 生しているのだと信じられているが、学生集団の複雑系は、彼らがそれぞれ我々 には想像もつかないようなとんでもない事を考えていることが原因で発生して いると考えられる。思考の空白がもたらす複雑系はただひたすら危ういだけだが、 思考の充満によってもたらされた複雑系は、時に凶暴ですらある。 いずれにせよ真相を理解しようなどとは思わず、それはそ れとしてそのまま受け止めるしか方法は無いだろうと思う。

今日の授業は輪講のテキストだけ決めて早めに終わったのだが、4冊のテ キストを紹介して、どれを読んでみたいか挙手で希望調査をしたところ、私が 一番面白いと思う本が人気最低で、私が最も退屈だと思う本が圧倒的人気を得、 結局後者のテキストに決まった。この学生と私の間の身も蓋も無いほど絶望的 な趣味の乖離こそが、私が学生に敬遠される第二の理由であり、また、図らず しも私が教育の仕事に過度に忙殺されることなく、そこそこ研究に専念できる 理由にもなっている。

教室から戻って早速テキストのコピー。予想を遥かに上回る40部と想定 外の作業だったが、1時間ちょっとでやっつける。通勤電車などでは、私家版 独仏基本単語対応表の作成作業。自分は物が憶えられない人間だと思っていた ので(だから脳の記憶容量を節約するために人の名前は憶えないことにしてい る)、自分の知っているドイツ語単語なんてたかが知れた数だろうし、すぐに 全て書き出せるだろう と高をくくっていたけれど、8年近くドイツ語をやっているとそれなりの蓄積 があり、これもまた予想以上の分量の作業になりそうだ。

そういえば去年の誕生日には アルフレット・ブレンデルの「ピアノソナタOp.7&Op.28"パストラ ル"&Op.49.No.2」(ベートーヴェン)と ジリ・コタルの クラリネットと弦楽トリオのための6つの四重奏曲(ミシェル・ヨスト) と ディーター・クレッカーのクラリネット現代音楽集を 聴いていた。 そして、今年の誕生日にはゲーテが潰れていて、母が亡くなっていて、 輪講のテキスト40部のコピーをして、フランス語の復習をして、 ヘルヴィッヒ・タシェツィのベートーヴェンのチェロ・ソナタ集 と ザビーネ・マイヤーの「クーゲルシュタット」(モーツァルト) 「8つの小品」(ブルッフ)、「おとぎ話」(R.シューマン) を聴いていることになるとは、夢にも思わなかったな。 どちらもベートーヴェンを聴いているってところが、不思議と一致しているけど。

2007年10月2日(火)
<<騒々しい>>
午前中に講義をひとつ。午後は事務的な用件を少し片付け、14時過ぎから卒 研ゼミ。学生が予習をして来ず、白板の前でテキストのこれから発表する 部分をおもむろに解読し始めるので、これは当分沈黙が続きそうだということ で時間潰しにMathレビューの内職を始めたものの、学生が予習してこなかった んだから今日はこれで終わりにすれば済むことだということに気付き、「じゃ、 来週は予習してきてくださいね」との言葉を残し颯爽とゼミ室を後にする。 研究室に戻り、また 少し事務的な用事を片付ける。夜も何やかやと、私事野暮用。親が一人死ぬと 色々やることがあって、落ち着くまでにはもう少し時間がかかりそう。頭の中 が騒々しく数学をやる雰囲気でもないので、私家版独仏対応表の作成作業を進 めたり。

2007年10月1日(月)
<<久しぶり?>>
昨夜は新宿に泊まり、今日は午前中から久々の日大セミナー。夏休み中に勉強 したり考えたり計算したことについて1時間ほど発表させてもらい、色々貴重 な意見を頂いた。昨年体調を崩されたT先生も、いくぶん良くなられたらしく、 体格、顔色、食欲のいずれも以前のT先生に近いレベルに戻り、表情も明るかっ た。日大からの帰り、セミナーに参加していた若い人と一緒になり、数学のこ とやそれに関係した色々なお喋りをして新宿で別れた。日大の卒業生で今は中 学校の先生をしており、今日はたまたま学校が休みなので顔を出したとのこと。 家族以外の人間と、こんなに自然にお喋りが出来たのは久しぶりだ。帰りの新 幹線ではMathレビューの論文読み。やっと半分ちょっとまで進んだ。 こういう仕事は出張時の移動中の電車の中以外では、 大学の会議の内職にもってこいなのだが、幸か不幸か今週は会議が無いようだ。 深夜、京都に戻る。