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よ け ス ペ ー ス で す。

2007年9月15日(土)
<<衝撃的告白>>
午前中と夜は少し数学。2,3年前から必須文献と分かっていたが、難し過ぎ て読む気にもなれなかった論文にようやく目を通す気になった。午後は山科区 内で野暮用。野暮用の合間は駅前で珍しくアエラを買って読んだ。

アエラは扱うテーマが面白いので昔は良く買って読んでたけれど、どの記 事も掘り下げが浅くて物足りないので、いつの頃からか全く読まなくなった。 アエラが特にどうだということではなくて、週刊誌の記事というのはどれもこ れも表面的なものばかりで詰まらない。しかし今回は「麻生太郎の口は何故ゆ がんでいるか?」という、全くもって下世話な話ではあるが、かねてからぜひ 知りたいと思っていた疑問の答が書かれているという、ただそれだけの理由で 買ってみた。

そういえば9月10日(月)<<下ネタでいきます!>> で、S藤先生が糞を しても手を洗わなかったということを書いたけど、彼は糞をしても手を洗わね ばならない科学的根拠など無いという固い信念をもってそうしていたのである。 そのことでS藤先生とはよく論争した。私も一応「手を洗わねばならぬ科学的 根拠」をいくつか持っていて、それを主張したのだが、彼はことごとくそれら を論破し頑として譲らなかった。

私が主張した「科学的根拠」も小学校時代に教頭先生から聞いた伝聞に過 ぎず、自ら追試等の実験を通して確かめたものではない。同じ教頭先生から、 当時世の中でよく言われていた、「牛乳は噛んで飲む方が消化に良い」というこ とを、やはりもっともらしい「科学的根拠」付きで教わったことを思うと、 「手を洗わねばならない科学的根拠」も一応疑ってかかるべきであり、そう考 えると論争にももうひとつ踏ん張りがきかなかったように覚えている。

医者はよく自信満々な表情で、例えば、大腸がんを予防するには食物繊維を 沢山とる必要がありますとか、ウエストのサイズがいくつ以上なら 動脈硬化などの生活習慣病になる危険が高くなりますというような事を言 う。じゃあ、貴方、それを自ら確かめたのですか?と聞くのは野暮で、 稀にその研究結果を纏めた医師本人だったりするかもしれないが、 通常臨床医がそんな事をしている暇などなく、全部伝聞に決まっている。

医者というのはそれでいいわけで、「大腸がん予防には食物繊維」と言っ た舌の根も乾かぬうちに「食物繊維は大腸がん予防に無関係」との説が有力と 見ると、照れることもなく前言を翻すとは、科学者としてあまりにも無節操で はないかと詰め寄られても困るだろうし、我々医学者は科学者集団として相互信頼に 基づく分業体制をとっているのであり、一人の医師が研究から臨床まで何から 何まで全部自分でやらねばならない理由など無いし、そんなことはそもそも不 可能だと言うだろうと思う。

ところで、数学は自分の語ることの全てについて、自分自身で確かめた根 拠を余すところなく示せる学問であり、伝聞でしかない事実をもとに何かを語 る事は、むしろスキャンダラスな事とされる。広中の特異点解消定理を使いま くっている双有理幾何学の大御所ヤノス・コラールが、「実はかく言う私も、 あの長大で複雑な広中の定理の証明をごく最近まできちんと読んだことがない のです」という衝撃的告白をし、深く反省の後に猛勉強をして、ごく最近特異 点解消定理の教科書を出版した。こういう世界に居ると、医者に対しても、受 け売りで何かを話すのはいいとしても、その際には少しは後ろめたさというか、 含羞の表情を見せて欲しいなどと思ってしまうのである。

2007年9月14日(金)
<<男性、女性、中性>>
昨夜の腹痛が早朝に激しくぶり返してきたので、タクシーを飛ばして5時過ぎ に急患で病院へ。宿直勤務で少し眠そうな若い医者によれば、大した病気では 無さそうですねということで、強い腹痛を緩和する注射を一本打ってもらい、 数日分の薬を貰って帰宅。なるほど腹痛は和らいだところで睡魔に襲われ、1 0時過ぎまで爆睡。それから大学に出勤。事務的な雑用をいくつか片付ける。 帰りは山科駅前Sbuxに寄って、しばし数学。夜も少し数学。

ドイツ語では名詞の性が男性、女性、中性と分かれるが、フランス語では 男性と女性の2つだけである。同じ意味の単語がドイツ語では男性、フランス 語では女性と扱われていたり、ドイツ語の中性名詞のあるものはフランス語で 女性、またあるものは男性という風になっているとすれば、すこぶる悩ましい。 独仏両国は長年いがみ合ってきたそうだし、言語レベルでそのぐらいの非関税 障壁はあっても不思議ではないが、実際のところはどうなのか。 Langenscheidt社のTaschenwörterbuch Französisch (フランス語ポ ケット辞典)をぱらぱらと眺めて調査を開始したところである。

あとドイツ語では、形容詞の男性、女性、中性形のみならず、形容するも のが主語か目的語かといったことによる活用変化(格変化)があるが、フラン ス語ではどうだったっけな。確か男性、女性の変化だけだったような気もする けど。

こんな風に考えていくと、ドイツ語文法の方がフランス語文法よりも複雑 な気がするが、フランス語は確か動詞の活用形が鬼門で、伝聞のうろ覚えなので 真偽のほどは定かで はないが動詞の数が200かそこらしか無いらしく、そのくせ不規則活用のパターンが 50個ぐらいあって、その50個それぞれが人称やら時制やらごちゃごちゃ一 杯活用形があって、どうだ、参ったか!そんじょそこらのドイツ語文法には負 けないぞという、フランス語文法の面目躍如といった観がある。

しかしフランス語のプロに聞くと、50種類の活用ぐらい一度憶えてしま えばそれだけのことではないか、フランス語では少ない動詞を色々な状況で使 い回すから、どの意味で使っているかを判断するセンスを養うことの方が本当 に難しいのだという。

さて、フランス語の世界が実際どのような広がりを持っているのか、そし てどんな友人たちに出会えるのか。10月からの関西日仏学館通いがちょっと 楽しみ。

2007年9月13日(木)
<<自分が弱かったから?>>
午前中に京都を離れ、某田舎町で野暮用。夜、帰宅。 さて数学をと思ったが、何がいけなかったのか、腹痛騒動。深夜、ようやく腹痛 収まる。

今日は珍しく時事ネタ。

総理大臣が「自分が弱かったから、こんなことになったんでしょうか」と、” 職務を途中で放り出して”辞任したそうだ。そうか、その手があったか!と、 私ははたと手を打った。私も任期途中で学科長を放り出してやれば、精神安 定剤のお世話にならずに済んだかも知れないし、その後、後遺症に悩み続けるこ ともなかったかも知れない。しかし総理大臣は、他になりたい人がいくらで も居るようだからいいけれど、学科長は誰もなりたがらないから、そう簡単に はやめられない。

学科長時代の私の失敗の原因は、小賢しくも複雑系を統制し混沌に目鼻 を穿とうとしたことにあると思われる。そうすれば会議の頻度も時間も短くな り、能率良く事が進むし、やれ会議が長くて足の先から魂が抜けて行きそうだ とか、会議の無いコンビニの店員になった方がマシだ(じゃあ、早くそうすれば いいのに、誰も止めやしないよと思うのだが)等々とブログなどで悪態をつかれな くて済む。しかし、こと教室構成員が数学者集団であり、従ってそこにカオス が形成されている場合は、この考え方は間違いである。

過去の例を振り返るに、むしろカオスに身を任せる積もりで、あらゆる議題 や課題をアホみたいに「私は無能ですから何もわかりません。皆さん、どうしま しょうか?」と教室にまる投げして、成り行きに任せるやり方が正しいようだ。 こうすると会議の回数や時間が多くなり、また、あちこちで悪態をつかれること になるけれど、それに負けていては駄目なのである。馬鹿で図太い学科長に徹す ること。私はそれが出来なかったのだが、それは「自分が弱かったから、こんな ことになったんでしょうか」ということなのかも知れない。

2007年9月12日(水)
<<学問の鬼>>
少し秋らしい爽やかな天気になった。午前中は自宅、午後は京大数理研図書室 や生協食堂、夜はまた自宅で、数学。ここんところ、本業の可換環論を放り出 して代数幾何学ばかりやっている。例の3ページ論文で悪戦苦闘したお陰か、 最近はようやく論文読んでも分かるようになってきたから、面白くなってきた んだけど。

新聞にリンボウ先生こと林望と茂木某とかいう脳科学者の対談が出ていて、 大学教師は皆が授業スキルを高めて上手に教えなければならないなんてことは 必要ない、イギリスにはダーウインみたいな興味の幅の広い学問の鬼みたいな 人が沢山いて、普段喋らすと、あー、とかうー、とかいうことしか言えないけ ど学問は凄くて、そういう人は雰囲気と風格で周りを圧倒するからそれだけで 十分で、わざわざ授業を持って学生に教えたりしなくていいのだというような 事を言っていた。短い対談記事なので、その「学問の鬼みたいな人」が、--- 何となく分かるような気がするのだけど--- 実際どういう人を指すのか詳しく 述べられておらず、全体としていまひとつ物足りない記事になっていたのが残 念。

私の周りには、普段喋らすと、あー、とかうー、とかいうことしか言えな いけど、どうやら講義はちゃんと出来るらしい先生とか、舌先三寸で周りの人々 を撹乱して学生に教える義務から逃れようと画策する先生とか、学問の枠にと らわれずに矢鱈興味が発散して自爆気味の先生とかはいるけれど、彼らがリン ボウ先生のいうところの「学問の鬼」に相当するのかどうかは、よくわからな い。

2007年9月11日(火)
<<隅のテーブル>>
昼過ぎまで自宅で数学。富山での計算の整理作業はとりあえず終る。さてその 先はどうしたものか。それから関西日仏学館に行ってみたが、秋学期の講座の パンフや事前面接の予約受付は未だとのこと。パンフが出来次第送付してもら うよう手続きをして京大へ。生協食堂でかなり遅めの昼食。そして食堂の隅の テーブルで食後のコーヒーを飲みながら論文読み。早めに切り上げて帰宅し、 定期的に通っている近所の歯医者へ。

この歯医者はずいぶん繁盛しているというか、毎日毎日朝から晩までよく あんなに働くものだと感心するぐらい仕事をしている。私より一回りぐらい若 い歯科医だが、写真や水彩画の趣味があるらしく、もしかして50歳ぐらいま で目一杯働いて財をなし、その後は絵を描いたり写真を撮ったりしてのんびり 暮らそうとか考えてるんじゃないかしら。

夜もまた論文読み。先日コピーしてきた論文にざっと目を通したが、役に 立ちそうなものはそのうちの半数以下だとわかった。フランス語の論文もいく つかあって、その方面の勉強にはなったが。ドイツ語を忘れないために、 Langenscheidt社の独仏・仏独辞典を使う。ポケット版だからか、小さ過ぎてち と使いにくい。

2007年9月10日(月)
<<下ネタでいきます!>>
午前中と夜は自宅で、富山出張中にノートに書き散らした計算を整理する。午 後は京大数理研図書館で論文読み。何故か睡魔との闘いに突入し、あまり進まず。 京 大の帰りに関西日仏学館に寄って、秋学期(10月からの学期をそう呼ぶそう だ)のパンフを貰ったり、受講前面接の予約をしたりしようかと思ったが、ど うやら日・月曜日は休みらしく、閉まっていた。しょうがないのでJEUG IA三条本店道草経由で帰宅。またもザビーネ・マイヤーさまの新しいCDが出てい たが、今日は見るだけで流す。楽譜売り場でベートーヴェンのチェロとピアノ のソナタの楽譜を物色したが、6000円近くするし 「むきだしの感性」の曲全てが入っているわけでもないので、やはり見送 る。シューマンのビオラとピアノとクラリネットのための 「おとぎ話」の楽譜 は見つからなかった。

地下鉄京都市役所前駅近くの京都ホテル前に、ホームレスの男が一人座っ ていた。地下鉄山科駅前にも別のホームレスの男が常駐している。少なくとも この二人に共通していることは、真夏の暑い盛りでも真冬と同じように厚着を してさらにコートを着込んでいることだ。十分な調査をしていないので仮説の 域を出ないが、青テント系ホームレスは比較的こざっぱりしているが、路上系 ホームレスは夏でも冬でも超厚着の着たきり雀状態が多いようである。上記2 人は後者に相当し、特に暑そうな顔もしていないところも不思議といえば不 思議だ。しかしこの季節にあの格好じゃあ脱水症状に陥るのではないかと素人 考えをしてしまうけど、あれはあれで何かしら彼らなりの生活の知恵なのかも 知れない。

それから、数年前ぐらいからだと思うけど、真夏でも大きなマスクをして街 を歩いている人が増えたのが不思議でならない。今日、京大数理研図書室の係 員でひとりそういう人を発見したし、私が以前通っていた理学療養士のお兄さ んも、勤務中はそうではないけれど、通勤時は普通のガーゼマスクをして自転 車に乗っている。それからバスの運転手などは若い人も年配の人もマスクをし ている人が多い。

ヨーロッパの人などは、街行く人々がマスクをして歩いている日本の風景 を見ると、黒死病(ペスト)とかエボラ出血熱とか、何かとんでもない伝染病 が流行っている国家的緊急事態かとぎょっとするという。ドイツの冬にも、 風邪をひいてクシャミをしている人も少なくなかったけれど、誰もマスクな どしていなかった。おい、お前さんの風邪がうつるじゃないか、マスクをする なり遠慮してクシャミするなり、何なりしろよと思ったものだが。

私も花粉症で春はマスクが手放せなかったりするが、5月の中旬ぐらいに なってくると口や鼻の辺りが暑苦しくてたまらない。だから炎天下でも大きな マスクをして歩いている人は、暑苦しさを押してでもマスクをしなければなら ない事情があるのかも知れない。

臓器移植をした人は免疫抑制剤を飲んでいる都合上、感染症予防のため年 中マスクが手放せないそうだが、いくら臓器移植が盛んな京大病院の膝元とは いえ、ちょっと数が多すぎるかと思う。最近は春以外にも色々な花粉アレルギー に悩む人が増えてきたからだという説もあるが、それだけが理由かどうかもよ くわからない。

前の学会で「今は亡き筋肉中年」のS藤先生に会ったらマスクをしていた ので、理由を尋ねると、花粉症なので春はマスクが手放せないが、今の勤務 地の東京は埃っぽく、それが気になってしょうがないので最近は春以外でも 年中マスクをしているとのこと。S藤先生はRits勤務以前は私と一緒に 東京で会社勤めをしており、その時はマスクをしていなかったし、その頃に 比べて東京がより埃っぽくなったとも思えない。最近はどうだか 知らないけれど、以前は糞をしても手を洗わずに私を仰天させた S藤先生だが、妙に神経質なところもあるので、加齢による人格崩壊現象に 伴ってマスク依存症に陥ってしまったのであろうというのが私の理解である。 もしかしてS藤先生のように、医学上の差し迫った必要性というよりも、 何らかの精神的な依存症のようにマスクをしている人も少なくないのかしら。

(さあ!下ネタのはじまりです)

糞をしても手を洗わないといえば、若い男の子で糞をしてまともに手を洗 うのを見たことがない。ましていわんや小用をや!である。この件については、 某オジサン向け週刊誌に掲載された、山科けいすけの数年前の4コマ漫画で、 小用をしても当然のごとく手を洗わない若手社員達を気持ち悪がるオジサン部 長の話として報告されている。

私の子供の頃は、小用をして手を洗わないオジサンはざらに居たものだが、 糞の時は手を洗うことが多かったのではないかと思う。人々は何時の時代から 糞をしても手を洗わなくなったのか、あるいは、何時の時代でも人口の何割か は糞をしても手を洗わず、その割合は実は殆ど変化してないのではないかという問 題を追跡調査し、必要に応じてその文化的背景を探ってみるのも面白いかも知 れないが、今のところそこまで手が回らない。しかしサンプルだけは着実に 集まっている。大学に勤めたり、その辺をうろ うろしてたりすると、糞をしても手を洗わない男のサンプルは鼻糞を食べる男 のサンプルの少なくとも数十倍ぐらいの頻度で集まるので、最初は驚いてい たけれど最近はいささか食傷気味である。

話は変わるが、二十歳前後の頃の私は、ある女の子から「高山クンって足 短いね」と揶揄されたのを機に、男と女とどちらが足が長いか?という問題に 取り組むことにした。街行くカップルの観察は勿論のこと、雑誌、卒業アルバ ムその他の写真などを可能な限り調べ尽くした。街を歩いていても視線は若い 男女の股ぐらの辺りばかり追いかけているのだから、若い男の子がそれをやる 分には「ちょっと頭のおかしい変な子」ぐらいに大目に見てもらえるかも知れ ないが、オジサンになった今それをやると、かなりまずいことになりそうであ る。やはり若い時にしか出来ない研究テーマというはあるものだ。

その調査の結果、「例えば、男の身長が170cm、女の身長が160c mなら、男女の足の長さはほぼ同じ」という結果を得た。男の方が座高が高い のである。しかし、その後の世代については調査をしていないので、例えば今 の若い人の体型については何の知見も持ち合わせていない。

話はまた今日に戻る。京大からの帰りに、百万遍の寺の前で私と同じぐら い年格好のおっちゃんが小学校低学年ぐらいの男の子に、寺の石垣に向かって 立小便させているのを発見した。その悪びれる風でもない様子に、私は一瞬、昭 和30年代にタイムスリップしたような感覚に襲われた。そういえば近年は街 が綺麗になったせいか、特に成人の立小便を見ることがめっきり少なくなった。

私の子供の頃、農村から街に出てきた老女が、真昼間の橋のたもとで立っ たまま、小ばかりでなくそれ以上の用を足しているのを目撃して、ヰタ・セク スアリスじゃないけど激しい衝撃を受けたことがある。昔の日本女性の下着は 腰巻だったので、然るべき技術さえ体得していればそのようなことが可能だっ たのである。興奮気味に同じく農村から嫁いできた母に話すと、お前は街で育っ たから知らないかもしれないが、そんなことは少なくとも私が娘の頃までの田 舎では当たり間のことだったと言われた。

「街で育った」とはいうもののやはり田舎者の私は、20代の終わり頃 に最初の海外出張をする際、西洋では立小便はとんでもなく 野蛮な犯罪的行為とみなされると聞いて、初めてそういうものかと思ったもので ある。もっともそれは都市部の話だろうと思うが。

それ以外にも、昭和30年代の家庭ゴミ回収事情や汲取り、子供達の止め 処なき恐怖と好奇心の源だったバキューム・カーの話、ドイツの大家さんに、 森を散策している時にもよおした場合どうすれば良いか聞いてみたとかいう話 など、汚物・下ネタ関連話は他にもいくつかあるが、とりあえず今日はこの辺 にしておく。

2007年9月9日(日)
<<フィールドワーク>>
野暮用の日曜日。午後は山科区内で野暮用。夕方、山科駅前Sbuxで少しだ け数学。夜も数学と思ってたけれど、iPod風呂焚き作業で妙に手間取ってしま い、それだけで潰れてしまった。まあ、教室会議のダメージから回復するには 2日ぐらい掛かるから、今日一日無為に過ごすのもよしとしよう。日野原某と いうえらく元気な医者が、外を出歩くことはいいことです、第一、外に居れば 鬱々としたことは考えないでしょうなどと言っているそうだ。それを聞いてう まい事を言うもんだと思ったからではないけれど、今日も昨日も 街に出てフィールドワーク。

昨日Sbuxで、隣の席に座っていた60代後半ぐらいの女性が一人虚空 に向かって、少し小声気味ではあるが延々と啖呵を切っていた。その人がちょっ と前衛的ないでたちをしていたので、最初は芝居の台詞の練習でもしているの かと思っていたけれど、どうもそうではないらしい。何かひどく腹に据えかね ることがあったらしく、その憎き相手を思い浮かべて思いのたけをぶちまけて いるようであった。ひとしきり啖呵をきってカタルシスが得られたのか、彼女 は比較的短時間でそくさくと店を出て行った。

私の子供の頃は、よく路上でデカダンスな雰囲気を漂わせた怪しいオジサ ンが一人啖呵を切っていて、子供心に恐ろしかったものである。特にヤクザ映 画を上映している映画館の近辺などは、そういう虚空啖呵男と遭遇する頻度が 高いので、できるだけ近寄らないようにしていた。しかし虚空啖呵女というの は珍しい。初めてではないような気はするが、あまりお目に掛かったことはな い。勿論、子供の頃とは違って、私はこの極めて珍しい発見に胸を躍らせてい たのだが。

珍しい発見といえば、昨日はさらに、ラクト山科でエレベータ待ちをしな がら鼻糞をほじくっている40代後半から50代前半とおぼしき女性を発見し た。これは凄いサンプルを見つけたぞ!鼻糞、食べるかなと思って観察していた が、そこまでは至らなかった。

今日はどうかというと、Sbux隣の席にいかにも恋人と待ち合わせをし てますという気合いのオーラを放っている30代前半ぐらいの女性が座ってい た。へえーっと思ってるうちに相手の男が現れたのだが、どう考えても普段よ り0.3オクターブぐらい上ずってるんだろうなと思われる、妙に弾んでかわいこぶっ た女性の声を聞くに、これが恋する女の声かとしみじみと感じ入った。 まあ、私としてはいいサンプルが採取できてフィールドワークの成果が上がっ た言うべきところだが、彼女、あんな声出してて大丈夫かいなと一寸心配にな る。知らないけどね。まあ余計なお世話だろうけど、健闘を祈る!と胸の内で エールを送って店を出た。

2007年9月8日(土)
<<数学者と暴君>>
やはり教室会議でキレるとその気分の悪さが後々まで残るものである。昔、近 畿予備校の構内に、詐欺まがいの勧誘に対して大学受験生たちに注意を促す掲 示がしてあって、「。。。に気をつけましょう。後で腹が立って勉強がで きなくなります」と書いてあったのには大いに笑ったが、会議もまた同じで、 数学の方もどうも身が入りにくい一日。夜は、ご無沙汰していたスポーツクラブ。

「教室会議でキレる」と言っても学科長時代みたいにトンカチを振り回して 吠えるわけでもなく、表面的にはちょっと口調が厳しくなる程度の優雅な ものだが、キレていることには違いない。キレる原因にもいくつかのパターン があるが、学科長時代の少し前あたりから振り返ってみると、 その殆どが議論の進め方が気に入らないことが多いようである。(昨日の ぶちキレは、それ以外の要因もあったが。)

例えば、ひとつの議題に対して何を目標にして何を議論すべきなのかをロ クに吟味せずにウザウザと議事が進行するいい加減さにキレる。また、そんな 論旨で論文書いたら恐らくまともな数学の学術雑誌なら絶対に受理されないよ うな支離滅裂な論理による身も蓋も無い議論のゴリ押しや、その対極の単に形 式論理の遊戯としか言い様の無い閉塞した議論への埋没にキレてみたりする。

「数学を勉強すると論理的思考が身に付く」というのは数学業界が数学を 売り込む時の決まり文句のひとつだが、教室会議の様子を見ている限りでは、 時にとても信じられない気分になる。明晰な議論展開ができるのはごく僅かな 人に限られるからだ。しかし恐らくは、彼らは論理的思考は得意だけど数学以 外の現実世界を把握するセンス、ときには意欲、が圧倒的に欠けているが 故に、そんな風に見えてしまうのだろうと思う。数学とは勝手が違う対象に対 して、論理が空回りするのである。

そのことを自覚してのことか、自分の足元だけのごく小さな領分を決めて、 そこだけは全力を挙げて几帳面に固め、それ以外の事には一切発言しないと 固く固く決心している人もいる。これはこれで「教室を混乱させないため」の 「身のほどをわきまえた」正しい決心なのかもしれないが、その意固地さにも 私は時々キレる。あるいは、政治は論理じゃない数だ!と割り切って政治的 小細工発言に終始するのは良いとしても、いかにも数学者らしい徹底的な割り 切り方をするあまり、芸術的なほど完璧に脱論理的な横車を押してたりするの は、見ていて痛々しい。この痛々しさにもキレる。

かように考えてみれば、どれもこれもいかにも数学者らしい。つまり、もし 「数学者の生態学」という教科書を書くとすれば、その典型例として掲げるべき 言動のパターンであろう。だとすれば、私は、いかにも数学者らしい彼らの姿に キレていることになる。彼らは正真正銘の正しい数学者としてごく自然に立ち振 る舞っているだけなのだ。そんな彼らにいきり立っている私は、一体何なのか。 まるでゴリラとチンパンジーの森に迷い込んで、何故彼らは互いに毛づくろいし たり木に登ってバナナを取って食べたりしているのだ?といきまいているのにも 等しいではないか。

それ以外にも、重要議題に対して、多くの教室構成員がいかにも数学者ら しく無関心を装ってダマを通している中、ロクに議論もせずに安易に評決に走っ たりすることにもキレる。ダマを通している連中に投票権など無い。何故なら ば、黙っているのは何も考えてないことの何よりの証拠であり、何も考えてな い人間の気まぐれな投票で重要案件を決めようとするから複雑系に陥るのだ。 「カオスな人」は悪くないが、「カオスな学科」ではかなりまずい。 議長、あんたが総合的に考えて独断で 決めれば済むことだ。俺が学科長の時はいつもそうしてたし、それでも 数理科学科は潰れなかったぞ!というわけのわからないキレかたをしたりする。

これは要するに、私の中の暴君の血が騒いでいるのである。こ ういう時の私は、愛すべき物言わぬ数学者達を簀巻きにして片っ端から釜茹で にしたり踏み潰したりする、地獄の鬼になった自分を想像している。

2007年9月7日(金)
<<それは愛?>>
午前中に出勤。研究室コンビニ弁当でこそこその昼食を挟んで雑用を片付け、 13時半から15時過ぎまで久々の教室会議。その後、またすこし雑用の後に 大学を離れ、山科駅前Sbux経由で帰宅。夜はまた少し数学。

学科長の苦い経験を経て今後学内行政からは一切手を引こうと決心した私 は、教室会議もただそこに座っていさえすれば義務が果たせるものと考えるこ とにし、最初はお気楽に論文などを読んで内職に励んでいた。そして今夜の日 誌では、例えば次のようにぶーたれてみようかと思っていたのである。「ああ、 会議は嫌だ、会議は嫌だ。ただ座って議事を聞き流しているだけなのに、何で こんなに身にこたえるのだろう。まったく足の先から魂が抜けて行きそうだ。 こんな苦渋に満ち溢れた仕事をしなければならない私には、帰り道に目に入っ たコンビニ店員のお兄さんがどんなにい輝いて見えたことだろう。もし退職金 が前借りできるものなら、即金で払ってこんな仕事から一刻も早く解放された いものだ」と。

かように、蛤の如く押し黙る我関せずの会議の退屈さを嘆いてみせ る目論みだったのが、結局またもぶちキレでアドレナリンを大量分泌させる 結果となってしまった。あまりにも稚劣で粗雑な議論、議論の体を なしていない不毛なやりとり、そして、思考停止の鳴門の渦潮の中で今将にとん でもない無法がまかり通らんとするさまや、混乱する思考をそのままコアダ ンプしたような荒唐無稽な論理が展開するのを目の当たりにして、最初は「ま あ、勝手にやっててください」と禁欲的に突き放して受け止めるように努めて いたのだが、流石に見るに見かねて「それは違うでしょ!」かそれ以上のこと を何回か口出ししてしまった私は一体何なのか。それは愛?明晰ならざるもの への憎しみ?それとも「私、貴方達と心中するの、嫌ですから!」という叫び?

「それは違うでしょ!」と半分キレながら発言している時、ふと、 (例えば高山の如き)頭の悪い数学者、あるいは数学者モドキが、 変な事を口走っているのを見てイライラしている時の、 怖くて頭脳明晰な代数幾何学者の気分ってこんなのかしらと思った。

2007年9月6日(木)
<<心の虹>>
ベートーヴェンには中毒症状を起こしやすい。前にラルフ・マンノの 「春の歌」でやられたことがある。あの時も大変だった。今朝は 明け方頃から「むきだしの感性」が 頭の中でガンガン鳴っているのは夢現で知ってはいたのだが、 どういうわけか11時頃まで爆睡。 それから夕方頃まで自宅やその近辺 で野暮用をしながら、数学。七転八倒3ページ論文との戦いの結果を纏めるな どする。夕方散歩がてらに山科駅前Sbuxに行き、 昨日京大でコピーしてきた大量の論文を拾い読み。

Sbux を出たら、山科駅前で皆が足を止めて空を見上げ携帯電話で写真を撮ったりし ているので、さては未確認飛行物体の飛来かと思いきや、虹だった。虹などき でそんなに大騒ぎするかね、私の心にはいつもこれぐらいの虹は出ているよ (嘘)と思いつつ、私も一枚撮影。

夜は論文読みをしたりスーパーに買い物に行ったり。近所のスーパーが22時前ぐらいまでやっているの で、近頃は夕涼みがてらに21時頃に買い物に出掛けることが多い。

2007年9月5日(水)
<<学生の心に火を点ける>>
昨夜校正作業を終えたスパム論文を、私が開発したドイツの大学の鉄壁のスパ ムフィルターを潜り抜ける特殊な方法を使ってメール送信した後、昼前に京大 数理研図書室へ。いくつかの文献を慎重に選んで借り出し、生協でコピー。全 部代数幾何学の論文。組合せ論的可換環論が本業の私が、こんな論文ばかり読 んでていいのかしら。夜は富山出張中に分かったことなどを纏め始める。

社交性ゼロの私が富山のシンポジウムで一体どんなお喋りをしていたのか。 その一部を紹介する。

数学者A氏は学生時代にハーツホーンの教科書を半年で読破したという。 これは私に言わせれば異様とも言えるほどの恐るべきスピードであり、もう単 純素朴にうわぁーすごいなー(何食べたらそんなに頭良くなれるの?)って思わず ニコニコしてしまった。このニコニコって何なのか、自分でもよくわからない。

数学者B氏は「(大学の数学)教育って、結局『学生の心に火を 点ける』ことに尽きると思うんです」と。おおおおおおっ、正しい!あまりに も正しい。私は思わず五山送り火と春日山の山焼きを想像してましたね。 いちどウチの大学に来て、火の点け方を実演つきで教えてもらおう かしら。そのお返しに、教室じゅうの学生を15分で爆睡させる方法を実演つ きで教えて差し上げます。

数学者C氏の噂話をしていて、私が「C氏っていかにも頭脳明晰・冷静沈 着でソツの無い感じだから、学内行政をやっても案外上手にやれそうに見える んだけど、、、」と言うと「でも彼の場合、周りの人間が皆馬鹿に見えてしょ うがないでしょうから、そういう仕事は駄目だと思います」という答が返って きた。私も学内行政に関しては「周りの人間が皆馬鹿に見えてしょうがない」 自分に気付き、以後そういうものからは一切手を引こうと決心したのだが、そ れは私が頭脳明晰・冷静沈着だからではなく、単に人嫌いだからだと思う。

ドイツ人数学者D氏が日本人数学者と何とかゴールドベルクという名のヴァ イオリニストの話をしていて、D氏が「バッハの有名な曲にもゴールドベルクっ てのがある」と言ったのをちょうど近くで小耳に挟んだ私は、すかさずその 会話に乱入し"Goldberg-Variationen!"と叫んだ。「そのとおり!」とD氏は ご満悦だった。京都に帰ってから、D氏は教科書にも出ているような有名な定 理を証明した数学者であることが判明した。優しそうなおじさんだったし、知っ てたら教科書にサインしてもらったのにね。

教科書にサインといえば、私も持っている某教科書を書いた数学者E氏と は初めてお目にかかった。どういうわけか私はE氏のことを「矢鱈に日本語が 上手い日系3世アメリカ人」だと勘違いして、懇親会の時に「え!?違うん ですか?」と 思わず大声を上げてしまった。E氏は気さくな人で、私の詰まらない質問にも 丁寧に答えていただいた。かくしてE氏を「もしかしたら怖く ないかも知れない代数幾何学者」の極秘リストに加えようかしらと、 慎重な検討を開始したところである。E氏がシンポジウムに参加することはあらかじめ 知ってたが、教科書持ってってサインしてもらおうとは思いもよらなかった。 数学者(特に代数幾何学者)って怖いし、そういうノリは深刻な事態を 招くに違いないって先入観があったから。

怖いといえば、数学者F氏がぼそりと一言、「代数幾何学って怖い人が多 いですからね」と。おおおっ!貴方もそう思いますか、同感ですね。で、代数 幾何学者である貴方自身は怖くないのですか?それにしてもその発言、まさか 私の日誌からのパクリじゃないでしょうね。いえいえ、別にパクリでも何でも いいんですけど、こんな下らない日誌読んでたら頭悪くなって代数幾何学でき なくなっちゃいますよ。

2007年9月4日(火)
<<おじさん寿司詰め>>
本日のメインは、しばらく寝かせてあった修正版論文の最終校正。午前中は自 宅で野暮用。何を思うのか昼前からビリーズブートキャンプをやっているお宅や、ちょっ と有名な若手チェリストの実家の前を横切って山科駅に向かい、昼頃に出勤。 まだ夏休み中なのに何故 か学生でごった返している生協食堂を前に、やはり今日も研究室こそこそコン ビニ弁当で済まそうかと思ったが、♪Raindrops keep falling on my head ♪ 「明日に向かって撃て!」とばかりに勇気を奮って突撃し、ツナ冷麺とわらび 餅の昼食。夕方は、おじさん寿司詰めの会議室にただ座っていて時々配布され る小さな紙に○印を書くだけの形式的な会議。隣近所に接近して座っているお じさんたちに「むさ苦しい!あっちへ行け、あほ!」と吠えてみたり、ヘソを 曲げて、配布された紙に全部×印を書いたりしない自分は、エライと思う。それ やこれやの合間や最中(!)に校正作業を進め、深夜に終了。

2007年9月3日(月)
<<球形の街>>
昼前に大学に出勤。生協コンビニ弁当を買い込み、事務に立ち寄って郵便物や 配布資料等を受け取り、その大部分はそのままゴミ箱に捨て、残りを持って研 究室に引き篭もる。いくつかの雑用を片付け、たまたま必要があっていつもは 外してある電話線を繋げたところ、某企業の人事担当者から面会を求める電話 を受ける。今こちらに来ているのでぜひ今日面会したい、と。ということで、 ついでに就職委員の仕事もしてしまう。夕方仕事が終わり、そのまま河原町三 条へ。JEUGIAで注文しておいた CD を受け取る。

このCDは、モーツァルトの「ケーゲルシュタット Kegelstatt-Trio」 (ピアノ、クラリネッ トとヴィオラのためのソナタ)、ブルッフの「8つの小品」の第1,2,5, 6曲、シューマンの 「おとぎ話Märchenzählungen」作品132の3曲が入っている。 私はケーゲルシュ タットのことを今日の今日まで「クーゲルシュタット Kugelstadt」 (球形の街)だと勘違いしていて、何て詩的でシュールな名前の曲 だろうとちょっと憧れていたのだが、 正しくはドイツ・オーストリア風ボウリング遊びのことだそうで、モーツァ ルトがケーゲルシュタットをやって遊んでいる時に着想が湧いた曲なの で名づけられたという伝説もあるらしい。まあ、そういう伝説がもっともらしく 聞こえるような、お気楽な曲ではある。

ビオラを弾いているタベア・ツィンマーマンは良く知らないが、ピアノの ハルトムート・ヘルは知る人ぞ知るメゾ・ソプラノの白井光子さまの夫君であ る。そしてクラリネットを吹いているのは、ご存知女王ザビーネ・マイヤーさ まである。20年ぐらい前の録音で、CDのジャケットの写真を見ると皆さん まだ若い。ハルトムート・ヘルはちょっとおじさん臭くなり始めているが、ザ ビーネ・マイヤーさまはまだ20代後半でぴちぴちに若く、 いかにもドイツのおねえちゃんやねーって感じのいい顔で写っている。 クラリネットの音 も、深い泉のような成熟した透明感のある今のものとは少し違って、ちょっと 荒削りなところがあり、それがかえって新鮮な感じである。

ツィンマーマン(Zimmermann)とはドイツ語で大工のことだが、ご当地では 割とありふれた名前らしく、先日聴きに行ったリュートのコンサートでスイス だかドイツだかから来てたおじさんもツィンマーマンと言って、その名前を聞 いて前学期ゲーテで一緒だった(もしかして)内田光子(本人かも知れない) さんが、「その人はピアニストのツィンマーマンと親戚縁者なのか?」という ようなことを聞いてきた。彼女が本物の内田光子なら、私などにではなく同業 者の方のツィンマーマンに聞いてみれば良さそうなものだから、やはり内田光 子ではないのかも知れないし、内田光子であることを悟られないよう にするために高度なボケをぶちかましていたのかも知れない。 あるいは、同じピアニスト同士だと案外交流が少なく、互いのことを 良く知らないのかも知れない。いずれにせよゲーテが潰れてしまった今となって は、確かめようがない。

「おとぎ話Märchenzählungen」(作品132)は同じくシューマン の「おとぎの絵本 Märchenbilder」(作品113)と紛らわしいけど全く 別の曲で、今日買ったCDを聴いていて「どこかで聴いたことがあるな」と思っ てよく調べたら、 ラルフ・マンノらのCDに入っていた。でもこのCDではギド・シーフェン がヴィオラのかわりにチェロを弾いている。ラルフ・マンノのクラリネットっ て、微妙に漫画ちっくに聴こえたりするので、ベートーヴェンの「春の歌」 とかだといい感じだけど、この音でシューマン吹くのはどうかなあーって思って、 このCDもその辺に放り込んだままで今日まで忘れてた。

2007年9月2日(日)
<<朝の電撃的天啓>>
昨日は出張の疲れもあって、すぐに寝てしまった。今朝もゆっくり寝ていよう かと思っていたのだが、8時過ぎに例によって電撃的天啓を得て2週間ちょっ と後の仙台出張の宿を予約していないことを思い出した。慌てて飛び起きて朝 食もそこそこに午前中一杯インターネットでホテルを検索するも、思うような ところは全て満室。それ以外にも富山の山奥で社交性と数学研究の関係に思い を巡らせて帰ってきた私を、沢山の野暮用(私用)や雑用(公用)や締め切り が待ち構えており、それやこれやが片付いたのは15時頃。それからいつもの 野暮用の日曜日が始まり、夕方まで山科区内でごそごそと活動。夕食後はちょっ とのんびり放心。仙台出張までに片付けたい仕事が沢山あるのだけど、今日一 杯は一休み。

そういえば富山の会議では広中平祐先生も一緒で、夕食時に色々面白い話 を聞かせて頂いた。その中で、ある数学者の奥さん(言語学専攻)は「数学よ りも数学者の方がうんと魅力的だとわかって」彼と結婚したという逸話があっ た。「まあ、人好き好きだろうけど、私は数学者よりも数学の方が遥かに好 きだな」というのが、社交性と数学研究の関係という未解決問題に取り組む 私の即座の感想。勿論その場でそういう事は言わなかったけどね。

2007年9月1日(土)
<<無事生還>>
夜、富山のシンポジウムから無事に生還。恐れていた二人相部屋を免れること ができて良かった。内容的には私の専門からは少し遠い分野の会合で、参加者 も顔見知りは殆ど居ない。かと言って、たちまち皆とお友達になって沢山のア イディアを持ち帰ってくるほど頭脳明晰で社交性に溢れているようなら、誰 も苦労はしないのである。しかし色々な講演を聞いて勉強になったし、ごく僅 かな人とだけれど半分雑談のような話を通して有益な情報を得ることができた。 それに、会議自体はとても上手に運営された快適で刺激的なものであったこと も付け加えておくべきであろう。

それにしても、計算機屋時代からそうだったのだが、社交性に欠ける私に とって、シンポジウムの類はかなり苦痛である。食事や懇親会なども皆と一緒 なので、話でもしていないと間がもたない。仕方なく何か話をしたりする のだが、特に楽しいというわけでもないし、話の方に気をとられて折角の料理 が何を食べているのかすらもわからなくなってしまう。

私は社交的会話が嫌いである。日本の研究者はパーティーで気のきいた社 交的会話もできない情けない人達が多く、それは専門馬鹿みたいになっ ていて幅広い文化的教養に欠けるからだというような事がよく言われれるが、 そういう意見は勝手に言わせておけばよろしい。私は単に不特定多数の人間と の社交という「ぬるい」ものを必要としない人間であり、これぞという選び抜 かれた人間相手ならいくらでも文化的な会話はできる積もりである。

シンポジウムの社交は、何もパーティーでの気のきいた会話ばかりではな い。むしろ研究にかかわる雑談を通して有益な研究情報が交換されることの方 が重要である。あるいは研究者としての自分の存在をいかに上手にアピールす るかという意味合いもあるのかもしれない。このように、シンポジウムを楽しん でいる(かのように見える)人達は、研究上の必要性から好む好まざるに関わ らず必死(?)に社交に努めているのか、あるいは、そもそも社交を好み、同 じ学問を学ぶ者同士という条件を生かして社交の場を作って稔り豊かな人生を 楽しんでいるのか、どちらなのかはよくわからない。私の場合は前者に近く、 研究上の必要性から仕方なく参加して、できるだけ必要最小限の社交で無事生 還することを無意識のうちに目標にしてしまっている。

かように楽し気(に見える)に活発な社交が進行しているのを目の当たり にすると、それが出来ない私が研究者として何か致命的な能力的欠陥を持って いるかのような気がしてきて、すこぶる気分が悪い。数学研究は自分と数学だ けが向かい合っていれば良い静かで平和な世界ではなくて、若しかして自分以 外の人間ともある種の社交的スキルをもって関わらなければならないのかと思 うと、暗然としてしまう。

ということで、シンポジウムの帰りは金沢に寄り道して、数時間街を放浪 して心を癒したのであった。