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な

広

告

よ け ス ペ ー ス で す。

2007年9月29日(土)
<<垣間見る>>
新学期が始まって早々忌引き状態だったので、昼過ぎに大学に出勤し、溜まっ ていた雑用を片付ける。夜は私家製独仏基本単語対応表の作成に励む。

そういえば、葬儀の時に久しぶり顔を会わせた親戚の中にピアニストの人 が居て、少しだけ話をする機会があったので、「ベートーヴェンとシューベル トとショパンのそれぞれのピアノ曲の中から適当なものを選んで、3人の作曲 家の特徴の違いをデモンストレーションすることはできるか?」と聞いてみた。 すると、貴方の質問の意味はよく分からないけれど、私は長い間ベートーヴェ ンとの相性が悪く、「シューベルトみたいなベートーヴェンになっているから 全然駄目だ」とよく言われた。しかし、それまであまり聴かなかったベートー ヴェンの室内楽を聴くようになってから、やっとベートーヴェンが思うように 弾けるようになってきたという答が返ってきた。私の質問の趣旨とは少しずれ ているけれど、ピアニストが日々どんな風に音楽と向き合っているのかを垣間 見る思いがして、ああ、この人と話をしてみて良かったとつくづく思った。

明日の午後から東京出張。次回更新は10月1日の深夜以降。

2007年9月28日(金)
<<心の世界の住人>>
いささか強行軍スケジュールであったが、昨日と今日で母の通夜と告別式を終 えた。三重県で独り暮らしをしていて3年半程前に突然病に倒れ、その後山科 の病院に転院し、闘病生活を送っていたのだが、26日の朝容態が急変し27 日の朝亡くなった。この2,3日の間、さまざまな人から、母堂を亡くされ さぞ気を落とされていることでしょう、とか、長い看病は大変でしたでしょう 等の言葉を頂いたけれど、実はそうでもないのである。第一看病といったって、 病院にほとんどお任せ状態だったから、私は時折転院の手配をしてみたり、 定期的に病院に顔を出し、衣類の洗濯などをしながら母とお喋りをしていただ けなのだ。

お喋りといえば、私は親元を離れて大学に進学して以降、たまの帰省や電 話連絡等はあったものの、母とは長い間疎遠になっていた。しかしある日突然 情況が一変し、週に1,2度母に会って何ということもないお喋りをする時 間を持つこととなり、それが3年以上続いたのである。これは私にとっては実に 豊かで楽しい時間だったのだ。

病が原因で強度の認知症になっていた母は、話が支離滅裂で辻褄が合わず、 幼少時から今までの記憶や、病床で見る夢や、脳の損傷のために奇妙に変容し た記憶や認識、それやこれやによって形づくられた彼女独特の「心の世界」の 住人になってしまっていた。その意味で、もうこの人は「この世」の世界の人 ではないし、「この世」に戻ることはないのだと思うと、少し寂しい気もしな いでもなかったが、それは同時に母と永遠の別れをするためのゆっくりとした 準備期間にもなっていたわけである。

また、支離滅裂で辻褄の合わないことばかり話していたし、私が実の息子 であることすら分かってんだか分かってないんだか怪しい雰囲気だったけれど、 会話の豊かさ というものは、そんなことでは損なわれないようだ。容態が安定して以降、母 は私と会うときはいつも上機嫌だったし、私は私で、この人は昔から時々突飛 な発想で面白いことを言う人だったけれど、病のお蔭でその能力に益々磨きが かかってしまったなと、次に会う時にはどんな変テコで面白い事を言い出すや らと楽しみであった。元々口の悪い親子だったので、私の方も病気が原因で だろうが何だろうが容赦せず、「何をボケかましてるんねん?無茶苦茶言うな!」ぐらいの事は言う し、母は母で、ボケかましたぐらいでやあやあ言うなとニヤニヤしていた。

そんな調子でやってきたので、何だかこの3年半近くの間楽しかったなあ と、そんな事ばかり考えて、夢見るような幸福な気持ちで 昨日今日と喪主を勤めていたのだ。

2007年9月27日(木)
<<お休みなさい!>>
Aujourd'hui, maman est morte. Ou peutetre hier, je ne sais pas.
83年も生きてるんだから、もう死なないだろうと思ってたけど、やっぱ りあの人も人間だったんだ、と。
Aber ich bin sehr müde, weil ich die letzte Nacht gar nicht schlafen konnte.

兎に角、今日はお休みなさい!

2007年9月25日(火)
<<無謀な遊びに耽る>>
午前中は仙台出張中に書いた下書きをもとに論文レビューの原稿を仕上げ、メー ルで送る。それから京大に行きルネで昼食の後、関西日仏学館へ。レベルチェッ クの面接を受けて受講コースを決め、申し込みも済ませた。

ゲーテのレベルチェックは定型の筆記試験だったが、関西日仏ではフラン ス人の先生による口頭試問。フランス語でEGAにもSGAにも書いてないよ うな事(つまり数学以外の日常会話)を何やかやと質問されて、こちらも昔の 記憶をたどって片言のフランス語で答えた積もりだけど、本人の自覚とは裏腹 に半分ぐらいドイツ語になっていたようだ。結局、入門コースのレベルは十分 クリアしていて初級コースの真ん中あたりが適当らしいけど、土曜の午後希望 となると、初級の中の一番やさしいクラスか一番難しいクラスしか無いとのこ と。結局、のんびりやって行きたいということで、初級のやさしい方のクラス にした。

それから京大数理研図書館に行き、もうひとつの論文レビューの仕事の 仕事を少し。今度のは少し大部の論文なので、一気に片付けてしまうわけにも いかない。

京大からの帰り道に、今出川通りのフランス輸入図書専門店に立ち寄り、 独仏辞典は置いてないかと聞いてみたが、そんなもの無いとのこと。たぶん、 ドイツ輸入図書専門店のような所があったとしても、うちは仏独辞典など置い てないと言い出しそうな気がする。ではそういうものは何処で買えば良いのか。 Amazonという手もあるが、以前ドイツのAmazonに本を注文した時、例のドイツ 関税局がブラックホールの如く立ちはだかり何ヶ月も届かなかったことがあっ て、躊躇している。その時もドイツAmazonに苦情を言ったけれど、「ドイツ関 税局相手では、我々も如何とも仕様がないのです」との返事だった。やはり例 のポケット独仏・仏独辞典でしのぐしかないか。

明日から授業や会議が始まるということで、夜はちょっとのんびり。自分 が知っているドイツ語の単語を片っ端からノートに書き出して、ポケット独仏 辞典でそれに対応するフランス語の単語を調べるという無謀な遊びに耽る。で も実は「遊び」では済まされない話で、ドイツ語とフランス語をセットにして 憶えるようにしないと、両方が混濁してしまって収拾がつかなくなりそうなのである。

2007年9月24日(月)
<<サンクチュアリ>>
夕方、仙台から戻る。久しぶりの仙台であるが、駅前の風景が過去2,3年 間に出張した博多、金沢、新宿、川口、徳島、名古屋の駅前の記憶と重なって しまうのは、何故だろう。

1980年代後半を中心に仙台にはよく出張した。私は計算機科学の研究 者として某電機メーカ勤めをしていて、当時プログラム理論研究のメッカとさ れていた東北大学の工学部や電気通信研究所に頻々と通っていた。それは今思 い返しても充実した日々で、いわば仙台が私を育ててくれたようなものだが、 楽しいことはいつまでも続くわけもなく、諸般の事情で、1991年の9月に 東北大学で開かれた理論計算機科学関係の国際会議を最後に、私の東北大通い は終った。

次に仙台に行ったのは1995年の今頃。私は既に大学教員になっていて、 東北大学で開かれた数学会に参加した。計算機科学者として色々行き詰ってし まい面白くなくなってきたので、古巣の数学に戻ろうかと考えて数学業界の 様子を覗いてみようかと思ったのである。

今でもよく憶えているのだが、東北大の川内キャンパスを出て、広瀬川に 掛かる大橋を渡り青葉通りをホテルに向かって歩いている時、たまたま10メー トルぐらい前に私の学生時代の指導教官とその友人だか同僚だかの3名が話をし ながら歩いていた。と、不意に元指導教官が後ろを振り返り、「我らを付けね らうは何者ぞ?」とばかりに一瞬私を睨みつけ、また前を向いて3人でお喋り を続けた。

元指導教官が私に冷たいのは学生時代以来のことで、仙台の路上でお前誰 や?とばかりに睨みつけられたところで、今更別にどうってことはない。しか しこの時に、やっぱり数学者って怖いなと思ったことが関係してのことか、結 局数学に転向する決心をしたのはその1年先であった。

かように思い出深い仙台であるが、今回は一応数学者として普通に数学会 に参加した。どこの学会でもそうだと思うが、分野別の研究集会やシンポジウ ムは毎日朝から晩までみっちり勉強するところだが、全分野総合の学会は、適 当に面白そうな講演をつまみ食いで聞いて、あとは友人と情報交換をしたり、 街のカフェやホテルで普段は大学の細々とした雑用に追われて出来ない研究関 連の仕事をしたり、夜は地方色豊かな食事や酒を楽しんで英気を養うためのサ ンクチュアリである。

しかし、学生時代からの友人Y君が「一世一代の大発見をしたので、それ を論文に纏めるのに忙しい」という理由で今回の学会には参加しなかったため、ご無沙 汰していた何人かの人と挨拶程度の会話を交わした以外は、結局誰とも会わな かった。また、最近は地方に出張した際の夜の楽しみとしていつもやっている ことだが、現地情報をかき集めて地元演奏家による室内楽コンサートの日程を 調べたものの、残念ながら出張期間中には何も見つからなかった。そのお陰で、 論文レビューや発表原稿の準備など、研究関連の仕事の方はずいぶん捗った。

それ以外には、青葉通りを歩いてみて、12年前に元指導教官に睨みつけ られたのは確かこのあたりだったかなと確かめたり、以前は東北大の先生など に言われるままに連れ回された一番町のアーケード通りも、自分の目で確かめ ながら十往復ぐらい踏破した。食事は基本的に東北大生協食堂の昼食とコンビ ニや近くの食料品店で買い込んだ朝食であるが、仙台名物牛タン定食を2回、 三陸の海の幸の寿司を1回、仙台発祥と言われる冷やし中華もその元祖の店で 1回食べたし、コンビニなどで日本酒の地酒も色々買ってみてホテルでこっそ り飲んだ。何で「こっそり」なのか自分でもよくわからないが、こっそり飲む 酒ほどうまいものはないことも確か。

2007年9月19日(水)
<<総理大臣と学科長>>
夏休み最後の日は、「何してすごそうかしら」と迷うまでもなく、午前中すこ し数学をしてから、午後は野暮用の日曜日の水曜シフト、山科駅前Sbuxで 少し悪あがき計算、夕食後の夜のスーパーへの買い物、そして明日からの出張 の準備などで終った。夜遅く作業が片付き、その後はのんびりすごす。

先日のアエラに懲りず、昨日は「週刊朝日9月28日号”安倍逃亡”」を 買って読んだ。こういう事に珍しく興味を持ってしまうのは何故なのか自分で もよくわからないが、たぶん自分自身と相通ずるところを見出して喜んでいる のだろうと思う。私から見れば、日本の総理大臣も数理科学科の学科長も似た ようなものだ。絶妙のタイミングで総理大臣職を放り出したのに日本は潰れな かったけど、数理科学科だったら潰れてたかしら。いっぺん潰してやらんとあ かんのとちゃうか、とか。安倍さんの、自分と意見の異なる人間との対話がで きず、激しく敵対するか嫌になって鬱病みたいになるかのどちらかってところ は、私と良く似てるな、とか。(数理科学科の皆さんも、「対話」ができない ところは同じで、意見が食い違うとすぐに評決に走って「対話」から逃げよう とする。まあ、数学者というのはそういうものかも知れない、と、とりあえず 乱暴に総括しておく。)総理大臣や学科長をやる資質が無いところは同じだし、 私はべつに成りたくて学科長になったんじゃないけど、彼はどうなのかしら、 とか。お友達内閣って言うぐらいお友達が居るのは目出度いことだけど、そこ が世の中の人間はほとんど皆敵だと思っている私と違って、お育ちがいいんだ ろうな、とか。そんな風に色々考えることにより、私の内なる学科長体験のト ラウマと、少しずつ向き合うことができるような気がするのだ。

明日から仙台出張。次回更新は24日深夜以降。

2007年9月18日(火)
<<単純にして明快な事実>>
午前中、20分ほど来客応対の後、関西日仏学館に電話してレベルチェックの 面接の予約をしてから大学に出勤。今日は成績発表か何かなのだろうか、生協 食堂は学生達で溢れ返っていた。夏休み中に勉強したり考えたり計算したりし たことを纏めたノートをプリントアウトしたり、書類を書いて提出したり。そ の後すぐに大学を去り、大丸烏丸四条店で修理に出していた腕時計を受け取っ た後、京都駅前ホテル京阪のラウンジで少し数学。それからサンリオショップ を偵察し、私が桃太郎だったり無人島で暮らしたりするときに連れていきたの はハロー・キティーなのだという単純にして明快な事実に気付く。その発見の 満足感を胸に、さらにアバンティー・ブックセンターや文具店などをちょっと 回ってから、ラクト山科、山科区内のスーパーなどで少し買い物をして帰宅。 夜は少しだけ数学。大学でプリントアウトしてきたノートに少しだけ手を加え る。感覚的には明日が夏休み最後の日である。さあて、何をしてすごそうかしら。

2007年9月17日(月)
<<下品な趣味>>
午前中と夜は自宅で、午後は山科駅前Sbux、JEUGIA三条本店、輸入 雑貨Angers河原町三条店、コロラドコーヒー・ゼスト御池店などを彷徨いつつ、 数学。まあ、計算はほんの少し進んだけど、だからどうってことも無く、問題 は解けぬまま。

朝、まだ寝ぼけている間にインターネットで「あなたは戦国武将でいうと 誰?」とかいうお遊び心理テストを見つけ、けっ、オレさまには自分を戦国武 将に例えたがるような下品な趣味はねえんだよ!とか思いながらも、つい手を 出してしまった。「あなたは桃太郎です。犬、さる、キジのうちどれか一匹し かつれていけないなら?」という問いには、詰まらんことを聞くな!風の谷の ナウシカはシマリスのテトを連れてたし、魔女の宅急便のキキは黒猫のジジを 連れてたけど、猿だの犬だのを連れてってどうなるってんだよう!と「どれも つれていかない」をマーク。

そして最後の問いのの下品さにはひっくり返った。「次の女性のうち一人 と無人島で暮らすとしたら?(1) 顔も、スタイルも良いが性格悪い. (2)顔は だめ、スタイルは最高 (3) 顔もスタイルも並、性格は良い (4)顔は最高、ス タイルは最悪」だと。大体、「顔」、「スタイル」、「性格」という3項目あっ て、それぞれ上、並、下の3ランクあるのだから、場合分けは27通りあ るはずなのに、、、なんて野暮な話はやめておくとしても、無人島で一 緒に暮らすのに何で顔やスタイルが必要なんよ?おじさんにはイミわかん ねえよ。やっぱ、体 力と性格でしょうに。体力は木に登ったり魚取ったりしているうちに自然につ いてくるだろうから、あとは性格だな。歪んだ性格はなかなか元には戻らんよ、 この私が生き証人だ。邪気の無い真っ直ぐな、ハロー・キティーみたいな性格 は何ものにも代えがたい。と、(3)を選択。

で、結果はどうだったかって?何か聞いたことの無い名前の変ち くりんな武将が出てきたけど、詳しいことは忘れた。

JEUGIAでは、ザビーネ・マイヤーがフルートの人と一緒に新しいC Dを出してたのを試聴。 カリン・ドルンブッシュのCDにも入っていたニールセンの協奏曲がぞくっ とする程いい感じで、そうか、女王マイヤー様が吹くとこうなるのかと思わず 感じ入ったけど、何となく見送り。 Angersでは、色々なデザインの手ぬぐいが目を引いたが、沢山並んでいる様子 は綺麗だけど、どれかひとつを選ぼうとすると特にこれはというものは見当た らず。それ以外に、なめし皮のしっとりとした風合いが良く、しかもしっかり と丁寧に作られている靴を見つけ、これは中々良いなと思って見てたけど、婦 人物と知って見送り。

そういえば夏休みももう終わりで、20日からの仙台出張が終 れば新学期が始まるから、とりあえずノートの整理を急ぐことにする。

2007年9月16日(日)
<<忠誠を誓う>>
毎日野暮用と数学だけでは煮詰まってしまうので、午後は京都市内某所へピア ノとヴァイオリンのコンサートに出かける。シューベルトのヴァイオリン・ソ ナタが特に素晴らしかった。ヴァイオリンのコンサートは初めてだけど、プロ グラムに無い小さな曲をひとつ、さらにはアンコール3曲の大サービスで、さ まざまな表情を見せるヴァイオリンの面白さを堪能できた。

その後、京都駅に移動して、そこの小さな美術館でやっているピカソ展を 見に行く。何となく抱いていた不安な予想は的中し、2,3ちょっと面白いか なと思うものはあったけど、全体的にこれといった作品はなし。あんな天才で もこんな作品をつくって悶え苦しんでいたのかという点では面白いとも言える が、要するにピカソの駄作ばかりを集めたような展覧会。さっと見てすぐに出 てきた。

夜は少し数学。ちょっと手詰まり感が漂っているのだけど、どう打開しよ うかしらと思案にくれる。

さて、昨日のヤノス・コラールの話の続き。「衝撃的告白」をしなければ ならないのは実はコラールだけではなく、多くの代数幾何学者が広中の原論文 の証明を読んでその正しさを確認することなく日々特異点解消定理を使ってい ることは公然の秘密で、そのことはコラールの教科書の前書きでも指摘されて いる。だからこそ特異点解消定理を使う数学者の皆さん、私の教科書を読んで ちゃんと勉強しましょう!とまでは書いてないが。この教科書は、数学者が内心 抱いている後ろめたさにうまくアピールし、爆発的な売れ行きを見せている、、、 かどうかは知らない。少なくとも私は買った。でも、実際に自分で特異点解消定理 を使っているわけでもないので、その本に右手を置いて数学の女神に 忠誠を誓いさえすれば読まなくてもすむ、はず。