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よ け ス ペ ー ス で す。

2008年4月30日(水)
<<思わず笑ってしまう?>>
今朝、先日ちょっとしたメールのついでにこちらの大学の近況を伝えた他大学 の友人から、返事が届いた。教室会議が複雑系なのは、あちらの大学でも同じ だという。(定年間近の先生が異様に多い事を除いて)あまりによく似ている ので「おもわず笑ってしまった」とのこと。へー、何だかよくわかんないけど、 味方を得たみたいで心強いなと思いながら出勤。

4月最後の出勤日は第五回業務連絡から幕開ける。

事務室で郵便物の整理をしてから、研究室でコソコソ昼食。12時半から 15時近くまで卒研A(代数幾何学)。例によって学生そっちのけで自分が 勉強してしまう。その後、情報処理演習のプリント作成作業をやって、1 7時半ごろに大学を出る。この時間帯の田舎は渋滞が激しく、通常12,3分 程度で駅に着くバスが30分以上かかった。

夜はマンフォード全集などを少し眺める(予定)。

2008年4月29日(火)
<<歪みの無い上物の脳味噌>>
彷徨と研究の火曜日。午前中は昨日の計算の続きをしばらくやってみる。某偉 い先生の昔の論文に証明抜きで書かれていた事に囚われていたのだが、それは きっと間違いなんだろうという結論に達する。午後はラクト山科に買い物に出 たついでに、山科駅前Sbuxにてしばしマンフォード全集を眺めてかなり遅 めの昼食を取り、それから地下鉄東西線で太秦天神前駅に行ってみた。太秦天 神前に来るのは、西の終点が二条駅からここまで延長されて以来初めて。駅前 は別にどうってこともない街だったが、路面電車の京福電鉄嵐山線と接続して いる。そのあたりの雰囲気が何となくエッセンのHerzog先生のアパート の近所と似ていて、ちょっと懐かしくなった。もう夕方近くだったし、私は田 舎より街の方が好きなので、嵐山方面には向かわず四条方面の電車に乗った。 終点の四条大宮駅で降りて、JEUGIA四条店を偵察したり、その辺の店を 覗き込んだりしながら四条通、寺町通りをぶらぶら散歩し、京都市役所前で地 下鉄に乗って帰宅。夜はまた少しゴミ論文原稿のチェックと修正作業をすすめ、 その後、フランス語やドイツ語など(の予定)。

さて、以下、昨日の「歓迎会」の件で若干補足。

歓迎会や送別会の類のことをその場その時の気まぐれでやったりやらなかっ たりして平気でいるとすれば、さすがにそれは職場としてまともと言えるのか どうかおおいに疑問だし、やるならちゃんとやる、やらないなら今後一切やら ない、最低限そのぐらいの事はキチンとやろうよ!と言いたいのだ。それから、 歓迎会をやりたい、やるべきだ、あれば出席しようと思っている人が、もし、 「あれ?どうなってるんだろう。誰も何も言い出さないし。。。(思考停止)」 と単に気にしているだけでやりすごしているのだとすれば、アホ!そういうお 前が声上げれば済むことやろ、お前、この脳味噌は何のために付けとるんや? 歪みの無い上物の脳味噌持ってるくせに、何やねん?!と頭のてっぺんに 巨大モグサを置いてじっくり灸でもすえてやろうかしらという衝動に駆られる のだ。

ではなぜ私はそういう事を同僚に向って発言しないのか?それは混沌(カオ ス)に目鼻を穿つ愚の逸話のことを思い出しているからでもあり、複雑系の脅 威から身を守るため、たとえ「歓迎会」が開かれても私自身は出席する積もり は無いからでもあり、さらには、複雑系の自滅と再生を静かに見届けてみたい という淡い期待があるからでもある。そしてそこには、脳が歪んだ私の深い病理 が潜んでいるのである。

2008年4月28日(月)
<<わかるわけがない?>>
野暮用と研究の月曜日。自宅にてしばらく休んでいたゴミ論文原稿の牛歩チェッ ク作業を再開。午後は山科区内に野暮用に出る。スーパー西友前の上進電機を 出てしばらく山科駅方面に向かったところで自転車がパンク。マツヤスーパー 前の自転車屋まで何とかたどりつき修理。その後、山科駅前Sbuxでしばし D.マンフォードの古い論文を眺める。夕食後、また少し牛歩チェックを始め たら、ゴミ論文原稿のある定理の証明にミスが見つかった。修復を試み、計算 用紙の屑が山のように出来るほど計算してみたがうまく行くような、行かない ような。今日はひとまず頭を冷やすことにして、明日またやってみよう。

去年の4月に入ってきた先生は数理科学科所属ではないけれど昨年4月2 5日に歓迎会をしてもらっている。しかし、この4月に新しく入ってきた先生 は数理科学科所属なのに、歓迎会をしましょうという話すらも起こらず放った らかしにされているようだ。この違いは何なのかについては、

などなどと諸説あっても本当のところはわからないし、私にすれば不可解としか言いようがない。この不可解さ は超ド級であり、キティーが嫌いなフランス人が存在するのは何故だろう? という問題の比ではない。

数理科学科に移籍してからの過去8年を振り返るに、今回の件に限らず、 この学科の同僚達に通奏低音のように常に漂っているこの不可解さこそが、私 を苛立たせ、疲れさせ、時には打ちのめし、さらには私の脳を歪めしめたのだ と思う。

私はちょっとした仕草や言葉尻で相手の気持ちを読み取ることにむしろ長 けているほうであり、大抵の嘘は直感ですぐに見破れるし、相手が何を考えて いるかを理解するのは得意だと思っているのだが、我が同僚諸君に関してはか らっきし歯が立たない。その原因についても諸説入り乱れて確立した 学説は無いが、現在のところ 「そこに無いものが見えるわけがないし、何も考えて いない人が考えている事などわかるわけがない」という説がもっとも 有力である。

2008年4月27日(日)
<<俺はどっちもイケてるぜ!>>
野暮用と研究の日曜日。午前中は野暮用。午後は野暮用を交えつつ、昨日ほぼ 解決の目処がついた卒研Aの自爆問題の宿題について、細部を詰めながら簡単 なメモを纏める。ゴミ論文のチェック作業は中断したまま。

山科区内のスーパーでGaspard et Lisa (ガスパールとリサ)の買い物袋が 売っていた。あれはフランスもので、恐らくオスとメスの犬のカップルだろう。 私は連中の鼻が特に好きだし、Viens avec moi (一緒に行こうよ)とかJ'ai une bonne idee (いいこと思いついた)といった簡単な台詞が入った2匹の絵 が、どれも何かちょっとした物語を思わせるところも気に入っている。でも、 シールやストラップを携帯電話に付けて持ち歩くほどでもないな。買い物袋も 買わず。

ガスパールと言えばラヴェルのピアノ曲"Gaspard de la nuit"(夜のガス パール)を思い出してしまう。つまり、この曲は夜の街を徘徊する犬の曲であ る、と。そして何故か、子供の頃父親に連れられて散歩した夜の津の街をふと 思い出すのである。夜の津の街を犬になって徘徊する私。嗚呼、夜霧が沁みるぜ。 だがそのイメージは、多分著しく間違っている。「夜のガスパール」っ てタイトルは格好いいけど、曲は技巧的すぎてあまり面白くない。"Le Tombeau De Couperin" (クープランの墓)の方が曲としてはずっと美しくて 好きだ。昨日のコンサートでもやっていた。

それにしても関西日仏の先生、キティーが嫌いとはやっぱり解せないな。じゃ あ、ガスパールとリサはどうなんだよう?俺はどっちもイケてるぜ!って、今 度行った時にでも聞いてやろうかしら。

2008年4月26日(土)
<<で、何で豚なのよ?!>>
関西日仏学館の日。夕方授業が終ってからは、バスで京都市内某所に移動し、 簡単な夕食をとってから小さなコンサートを聴きに行く。コンサートが 終って帰ろうとしてたところ、何故か関係者のひとりに捉まって「今 日のプログラムの選曲はどうでしたか?」と想定外の質問をされたので、(何 で突然俺に振るのよ?!)と慌てふためきつつ、去年の同じコンサートの選曲 は割合変化に富んでいたが、今年はある種の雰囲気で統一されていてやや格調 が高い感じがしており、私としては今年の方が気に入っていると、かなり思い つきでコメントしておいた。

後で色々考え直すと別の言い方もあったかなとも思うけれど、べつに「コメ ントを慎重に吟味した上で200字以内に纏めて後日文書で提出せよ」という話 でもないし、こういうものは咄嗟の思いつきで飛び出す、自分でも思いもよらな い言葉の生きの良さにこそ真実があるのだ!と、さしたる根拠も無く自分に言い 聞かせる。ま、私はその時思ったことを拙い表現であれ率直に話し、相手は「そ れを聞いて安心しました」と喜んでくれたのだから、それでよしとしておこう。

夕食が軽かったので、帰りは京都駅で軽食をとって、22時前に帰宅。

そういえば今日は、関西日仏の先生(♂)はキティーが好きでない(Je n'aime pas Kitty.)と言っていたのにはかなり驚いてしまった。私の携帯電話 に貼り付けてあるキティーのシールとキティー・ストラップを見せると、僕は キティが好きじゃないって言ってるだろうがとかなり嫌がっていたから、単に 「好きではない」だけではなく「かなり嫌い」なのだろう。

キティーが嫌いな人間がこの世に居るのか!?さてはこの人は 実は、冷蔵庫のチーズを無断でかじった罰として魔法で人間の姿に変えられてし まった鼠だから猫が嫌いなのか、 それとも、 悪戯好きの子供に虐待されているのを誰かに助けてもらって、その恩返しをす るために人間の姿をしている猫だから近親憎悪しているのか、 はてまた、 地震鯰が世直しのために人間の姿をして人間界に潜入している鯰男だから、く んくん、おや?美味しそうな魚の匂いがするぞと猫に感づかれるのを恐れてい るのかしらと思ったが、 ある人(♀)は「ふっ。どうせフラれた彼女がキティー・フリークか何かじゃ なかったの?」と妙に説得力のあるコメントをしていた。 しかし真実は謎のままである。フランスは謎の国だし。

それから会話練習のために使ったワインのビンやチョコレートの空箱に混 じって、Jeu de cochons (豚ゲーム)という奇妙なゲームがあるのにも驚いた。 これは「おしりかじり虫」の歌を初めて聴いた時以来の「一体どこからそんな のが飛び出して来るのよ?」と頭を抱える驚きである。

このゲームはサイコロ2個を振って出た目のパターンで点数をつける丁半 ゲームの類型だが、サイコロの代わりに精巧な豚のミニチュアモデルを使う。 ゲームの説明書を見ると、豚がひっくりかえったら5点、逆立ちしたら3点、 頭をつんのめらした形で前のめりに倒れたら4点、2匹の豚が相撲を取る形に なったら6点のような規則が書かれている。で、何で豚なのよ?!こういうゲー ムが生まれる文化なら、振られた彼女が云々という事情が無くても ハローキティーが嫌いってこともありうるかもしれないな。

2008年4月25日(金)
<<世界的常識>>
昼前に出勤。研究室にて生協コンビニこそこそ昼食の後、12時半より1回生 「情報処理」の講義、ひきつづき、皆でぞろぞろとコンピュータ室に移動して 「情報処理演習」の授業。授業で教えたことを直後の演習で実習するので、学 生の反応が良いし、こちらも教えやすい。15時40分に終了。演習のTAを やっている院生M君にこの一週間の勉強の進捗を聞きながら研究室に戻り、講義 資料の整理や「情報処理演習」の時間に学生にメールで提出させたレポートの チェックなど。今日のレポートはEMACSエディターのコマンド演習が中心 で、自己紹介など何でも良いから好き勝手に文章を書いてみよという課題。彼 らの文章を読んでいると、結構面白い。

17時半頃に4回生がひとりやってきて、2、30分ほど就職関係の資料 を閲覧していった。私は今年度も就職委員なのである。コンピュータ関係の仕 事につきたいそうだが、C言語などあまり勉強してこなかった自分でも企業 は歓迎してくれるだろうかというような事を言うので、数学科の卒業生が良い プログラマーに育つ可能性が高いことはずっと以前から世界的常識であり、数 学科に求人してくる企業は中途半端なIT技術をかじった人よりも、数学をちゃ んと勉強していた人を求めている。君が今までちゃんと数学を勉強してきたの なら何も不安がることはない、と言っておいた。

夜は卒研Aで自分で勝手にひねり出した例の宿題を少し考える(予定)。

2008年4月24日(木)
<<十字砲火>>
午前中は経済学部、経営学部のプログラミング演習の授業。生協コンビニ弁当 で研究室コソコソ昼食をとりながら、明日の講義の補充レジュメ作りなど。1 4時過ぎから理工学部・情報理工学部の留学生数学の授業。今日も学生から質 問の十字砲火を浴び、最後は数学演習の授業で出題されたという微積分の難問 を質問されてノックダウン。来週までに考えてきますということで、時間切れ。

16時から卒研B。テーマは数理論理学。数理論理学も昔はそういうものだ と考えて、或る意味ではかるーく付き合っていたけれど、学生と一緒に虚心坦 懐に一から考え直してみると、そういえば何だかよくわからない学問である。 そこで、これもまた学生そっちのけで、この問題はどうなるんだろう?あの問 題はどうかしら?とかやっているうちに、どうしても解けない問題が残ってし まった。これは自分で勝手に問題をひねり出して自滅したパターン。18時過 ぎとかなり遅くなったので、また来週ということに。

その後、生協で夕食の後、留学生数学や卒研B の宿題を考えたり、レジュ メの印刷作業をしたり。留学生数学の宿題は相当の難問で、数学演習でこん な意地悪な問題を出題する先生は、、、たぶんあの先生だろうなとか思いなが ら悪戦苦闘。21時前にようやくねじ伏せた。

少し気をよくして、今度は帰宅のバスや電車の中で卒研Bの宿題や、同じく 昨日の卒研Aで自分で問題をひねり出して自滅した宿題を考える。そういえば、 卒研A, Bの宿題は、学生時代から今までの間、時おり脳裏をかすめたものの、 なんやかやとやり過ごして考えないようにしてきた問題でもあるので、この 際ちゃんと考えておきたい。

ここ1,2年の傾向だけど、学生相手に授業だゼミだとやってるのは結構 愉快で、担当授業の分量も研究に支障をきたすほどでもない。あとは複雑系の 毒気に当てられないように、できるだけ距離をおいて平穏な精神生活を送る ことが肝要だが、時々「思い出し笑い」ならぬ「思い出しむかつき」の 発作に襲われそうになるのを何とかやりすごす必要がある。

2008年4月23日(水)
<<ガツンと一発 >>
午前中に出勤し、しばし雑用を片付けて、12時半より2時間ほど卒研ゼミA。 テキストの「複素射影代数多様体論」は、D. マンフォードが「初学者のため に心を込めて書いた」とされているが、私のように「既に一応一通りのことは 知ってるけどさ」と勘違いしている非専門家が読むと、「お前、そんなんで分っ た積もりになっとるなよ!」と言わんばかりに、ガツンと一発食らわされること しばしば。そのため、学生そっちのけで自分が勉強する積もりでゼミの相手を している。今日も一発ガツンときましたね。

ゼミの後、またしばし雑用。そして16時より19時過ぎまで教室会議。 皆さん、数理科学科が「潰れ(ない)」、「潰れ(ます)」、「潰れる」、 「潰れる(時)」、「潰れれば」、「潰れよ」の自動詞下二段活用と、「潰さ (ない)」、「潰し(ます)」「潰す」「潰す(時)」「潰せ(ば)」「潰せ」 の他動詞五段活用について、多面的に検討を行っていたようである。

途中、業を煮やした学科長がひとりずつ順番に「では貴方はどう思うか」 と意見を求めた場面があったが、豚は「私は定年が近いから『そんなの関係ね え!』」といいました、猫も「私も定年が近いから『そんなの関係ねえ!』」 といいました、犬も「私も定年が近いから『そんなの関係ねえ!』」といいま した、最後に小さな白い学科長は「私も定年が近いから『そんなの関係ね え!』」といいました、みたいな場面があり、上記「潰す・潰れる」の議論に 一定のリアリティーを演出していた。

潰れたら困るなあと本心で思っている 先生は、数理科学科全体で1人か2人しか居ないんじゃないかしら。ま、 複雑系が考えてることは観測不能だから、「1,2名」というのは あてずっぽうで言ってるんだけど。

そういえば今日は業務連絡第四回目が発生した。

生協で夕食の後、帰宅。夜は少しだけ「一発ガツン」関係やそれ以外の事 を考える。

2008年4月22日(火)
<<どっちでもええやん! >>
研究日。午前中は自宅でごそごぞと文献をひっくり返し、昼過ぎに京大へ。ル ネで遅めの昼食をとったのだが、そこでちょっとしたトラブルがあって、それ に対するレジのパートのおばちゃんの対応があまりよろしくなく、結局生協本 部に怒鳴り込んだり「私もひとこと」に苦情を書いたりしているうちに夕方近 くになってしまう。それから数理研図書館で少し調べ物などを行ったが、あま り研究しないうちに閉館時間に。

京大ルネに限らず、権限が限定されているパートやアルバイトの人は、利 用者から何か問合せなり苦情を寄せられた時、知らぬ!存ぜぬ!そんな事私に 言ってこないで!という態度に固執するケースが散見される。しかし現場にパー トやアルバイトの人しか居ない場合は、利用者としてははなはだ困ってしまう。 知らぬ存ぜぬなんて、そんな無責任な態度取られちゃあ困ると言いたくても、 パートの人にどこまで責任を問えるかはおおいに疑問だし。これは要するに 管理責任者の問題なのである。

今日のパートのおばちゃんに対し、貴女で対処できないのなら何処へ行っ て相談すれば良いのかと私が質問しても、そんな事は知らないし貴方が何らか のトラブルを感じているとすればそれは貴方が我慢すれば済むことだというよ うな事を言い出すので(嗚呼、京都のその辺のおばちゃんの発想そのものやな あ)、私としてはもうキレるしかないのである。現場の人がこういう事を 平気で言い出すようじゃあ、おおいに問題だ。これは断固とした態度をとら ざるを得まい、と。

現場の人間で対処できない問題は、上司を呼んで来て彼らに任せるようにし ておけば良いだけのことだ。権限の小さい現場の人間だけで無理に対処しよう とするから、狭い視野で小手先だけの誤魔化しで問題をもみ消すことばかり 考えてしまうのである。これは事態を余計に悪化させる。

今日の一件の場合、現場の責任者みたいな人が出てきて、その問題でしたら ここでは対処できないので、どこそこの窓口で相談してみてください、と一言言 ってくれれば「ああ、さよか。ほな、行ってきますわ」と平和裏に全てが解決し たはず。そういう簡単な職場のルールや仕組みが出来ていないと、色々 物事が面倒になってしまうのだ。

最近は、現場はパートやバイトばかりで、奥にすっこんでいる正規雇用の 上司は「なんちゃって管理職」で過労死寸前で、現場から上がってきた 問題にいちいち対応していたら命が持たないというような職場も多いらしいけど、 京大生協はまだそこまで新自由主義経済に毒されてはいまいとと信じ、期待と信頼 を込めて上のような要望を「私もひとこと」に書き、さらに生協本部にも怒鳴り 込んだのである。まあ、「怒鳴り込んだ」というのは例によって言葉の綾で、あくま で優雅にして紳士的に立ち振る舞いましたが。

パートのおばちゃんにキレて気分がすぐれないので、京大の帰りはJEUGIA三条 本店に突撃し、その勢いで四の五の言わず(先日から購入を迷っていた)「ク ラリネッテン・ウイーン&ベルリン」を電撃購入。ウイーン・フィルのエルン スト・オッテンザマー(写真右)とベルリン・フィルのヴェンツェル・フック ス(写真左)によるクラリネットのデュオ。どちらの音も聴いたことがないか ら、誰がどのパートを吹いているのかわからないけど、もうこの際どっちでも ええやん!と。聴いていると何だかだんだん楽しくなってきて、ああ、クラリ ネットっていいなあーっていう、幸せな気分になってくる。これはオススメです。

それにしてもこの写真は何なんでしょう。ジャズのセッションみたいなノ リの良い雰囲気が出ていて、面白いといえば面白いけど、「おじさん同士、何 を気持ち悪いことしてるんですかあ?」と突っ込みたくなるような淫猥な感じ がしないでもない。え?それは日頃から(自分以外の)オジサンに強い偏見を 持っているお前の考え過ぎだと?

夜はまた少しゴミ論文原稿のチェック作業。「慎重にやってます」ということなの だが、牛歩戦術というか、逃避行動が多いので、なかなか進まない。

2008年4月21日(月)
<< 労災申請 >>
22時過ぎ、東京出張より無事帰還。日曜日の夜は、ホテルで久しぶりにテレ ビを見た。N響アワーでハンスイェルク・シェレンベルガーの特集をやっていた。 N響アワーもあまり興味の湧かないテーマの日も少なくないことを思うと、 これはなかなか良いめぐり合わせだ。

シェレンベルガーのCDはこれしか持っていない。付属の解説冊子にはまだ若々 しい40歳ぐらいの頃の写真が出ているので、ずっとそのイメージを持ってた。

しかし、この2月にサントリーホールで指揮したりオーボエ吹いた りしていたシェレンベルガーは60歳ぐらい。若き日の面影は残っているもの の、ちょっとハリソン・フォードに似たハンサムな初老の紳士って感じ。その 録画をN響アワーで見た瞬間、私の目の前で竜宮城の玉手箱が開けられ、中か らぼあぼあぼあああっと煙が出たような気がしたな。

それにしても、ピアニストのアシュケナージ(父親の方)やバレンボイム、 チェロのロストロボーヴィチと、皆さん年を取ると何故か楽器を捨てて指揮者 になりたがりますな。最近はあのポール・メイエまでもがクラリネットもそこ そこにして指揮をやり始めたそうだし。はてな?皆、オジサンばかりだぞ。そ ういえば以前、ゲーテの授業で見せてもらった女性指揮者のビデオでは、指揮 者の世界は完全な男社会で女が生き残るのは大変なのよとか言っていた。 指揮者は十分オジサン的だな。

今朝、ホテルをチェックアウトする前にワードショーをちょっと見てたら、司 法解剖の話をやっていて、どこかの解剖医が、後頭部の強打により頭蓋骨内で 髄液に浮かんでいる脳が前に動き、大脳前頭葉が損傷し、その結果人格まで変 わってしまうことがあるとか言っていた。私も、この1、2年で人格のある部 分がころっと変わってしまったような気がするな。今まで「脳が歪んだ」とか 書いてきたけど、それは単なる言葉の綾ではなく、学科長時代の継続的で強いス トレス原因で本当に大脳前頭葉が物理的に損傷しているのかも。これって労災 申請しても、駄目かしらね。

2008年4月19日(土)
<< Non, ce n'est pas beau. >>
関西日仏学館の日。私のクラスは、何故か今日から別の教室に変更になった。 受講生は若干入れ替わったようだが、総数13人で先週と変わらず。教室の大 きさは前と同じなので、団塊世代の小学生時代みたいに、溢れかえる生徒の押 し合いへいあい状態は相変わらず(京都ゲーテもこのぐらい繁盛していた時期 があったんだけどなあ)。

授業中、普段は入れない部屋に皆が誘導され、壁に架けられている藤田嗣 治から寄贈された巨大な絵を見て、間接疑問文の練習。「私はこの絵がいつ描 かれたのか知りたい」「私は藤田が誰なのか知りたい」「私はこの絵が何処の 風景を描いたのか知りたい」「私はこの絵に描かれている女の人たちが何を しているのか知りたい」等等。

藤田嗣治はフランスで絶賛されて「芸術家として非常に成功した」そうだが、 私にとっては印象の薄い画家である。今日見た絵も別に何か胸にぐっと迫るも のがあるわけでもないし、この日誌を書いている今も、ああ、またあの絵を見 てみたいななどという気は全然起こらない。最後に「この絵を美しいと思うか」 と先生に聞かれたので、Non, ce n'est pas beau. と答えておいた。

関西日仏の帰り、今日こそは例のベルリン・フィルとウイーン・フィルの 首席クラリネット奏者のCDを買うぞ!と喜び勇んでJEUGIA三条本店に直行。し かし私はこの二人の音を聴いたことがなく、二本のクラリネットの共演といっ ても、どちらがどのパートを吹いているのかわからないってのもどうかしらと 少し迷う。

ふと見ると、N響の磯部周平氏ともうひとりN響のファゴットの人のCDが出 ていた。クラリネットとファゴットのアンサンブルでベートーヴェンの曲という のは珍しいので、早速試聴。ちょっといいなと思ったけど、やはり木管だけで ピアノの音が入ってないのは私としては物足りないと、却下。

その横にN響の池田昭子氏(オーボエ)のCDが出ていた。うーむ、またN響の人か。 さてはN響がジャニーズ事務所の真似して何か新展開を始めているのかしら。 と、ちょっと試聴。曲はそれほど私好みのものではないけど、オーボエの音は素晴らし く澄み切って深く、胸の奥にぐっとくる感じ(ベルリン&ウイーン・フィルのCD はやめて、こっちにしようかしら)。とはいえ、絵の場合と違って、音楽に対し てはOui, c'est tres bien! とか Non, ce n'est pas beau. とか即断即決で 判断できない私は頭を抱えてしまい、結局今日は何も買わずじまいで帰宅。

夜はゴミ論文原稿のチェック作業を少し進める。明日から東京出張。次回更新 は月曜日の深夜以降の予定。東京出張のついでに現地のコンサートでも聴いてこようと画策したけど、 日曜日の夜のコンサートなんてほとんどないんだよね。

2008年4月18日(金)
<<バス停のカオス>>
昼前に出勤。生協コンビニ弁当を買って研究室でコソコソ昼食。12時半から 数理科学科1回生の「情報処理」の授業、同じ学生達が2クラスに分かれ、 引き続き14時10分より「情報処理演習」の授業。15時40分に終了。授業 の後片付けをしながら、TAをやってもらっている院生M君と簡単な打ち合せ。 最近勉強していることや、これから勉強しようと思っていることを少し事情聴 取。彼は私の専門分野から離れてしまったので自由に勉強してもらうことにし たのだが、あまり放置しておくのもちょっと心配なので、今やっている勉強が ひと区切りついた頃に一度セミナーで総合報告をするように指示しておく。

それから研究室に戻り、小一時間ほど雑用。17時半に帰ろうとしたら、 バス停が学生で溢れ返っていた。陸の孤島のようなところにキャンパスを作る と、どうしても一種類の交通手段ばかりに負荷がかかり色々な混乱が起こる。 去年のバス停では整然とした3列横隊の列が川の流れのようにどこまでもどこ までも続いていて、列の後ろの方に居るとバスが蜃気楼か何かのように霞んで 見えたし、何時になったらバスにたどりつけるわからないしということで、炬 燵を置いて野宿をしている学生も居た(これは嘘)。

しかし今年は南草津行きのバス乗り場の位置が変わったせいか、3方向ぐ らいからバス乗降口に向かう乱雑でゆるやかな列というか、学生達の分布が形 成されている。とくに乗降口に近い「川下」の部分は肉弾人間団子状態という か、所謂カオスか乱流状態になっており、バスまであと2メートルの位置に迫 った人間でさえも自分があと何人目に乗車できるのか皆目見当が付かない。そ の意味ではまさに、帰宅時においても「人生一寸先は闇」の教えを身をもって 学べるという深い教育的配慮が行き届いている。まあ、それでも何とか南草津 駅までたどりつき、無事帰宅。

帰宅後はゴミ論文原稿チェック作業をほんの少しだけやってから、フラン ス語(の予定)。

2008年4月17日(木)
<<何だかトクした気分>>
珍しいことに、雨が降っているのにもかかわらずJRは遅れていなかった。9時 半頃出勤。10時から半時間ほど来客。10時40分から12時10分まで、 経済学部と経営学部のプログラミング演習の授業。やはりその後、雨のせいで 45分程度JRが遅れたらしく、学生が遅刻してきた。

それから昼食。生協食堂も生協コンビニも学生の長蛇の列(しまった、朝 のうちに生協コンビニ弁当を買っておくのを忘れた)。なんとか弁当を買うこ とができてたので、研究室で朝の来客関係の雑用をやりながらコソコソ昼食。

14時10分から15時40分まで「留学生数学」。高校数学をほとんど 勉強してこなかったのに理工学部に入学を認められて、大学の数学の授業がチ ンプンカンプンで困り果てている留学生と、高校と大学初年級の数学はほぼ完 璧にマスターしていて、「先生、フーリェ解析を教えてください」とか言い出 す留学生を一緒くたに集めて、高校数学の補習をしなさいという変な科目。何 で高校数学をほとんど勉強していない留学生が理工学部に入れるのかについて は、大学側が単に補助金目当て留学生をかき集めているんだろうという説や、 日本は少子化だから次はアジアの受験生市場に目をつけて布石を打とうとして いるのだろうという説があるが、兎に角大学上層部が決めたことだし、真偽の ほどは不明。まあ、どういういきさつであれ、入学してきた学生をそれなり に教えるのが教師の責任なので、どうのこうの言ってられない。

この科目は大学の上層部で開講が決められ、有無を言わさずに各学科に担 当者を出せとのお達しが毎年来くる。数理科学科では変なもの大好きな私が結 構面白がって担当しているけど、私が担当する前は非常勤講師に押し付けてい たらしい。授業は毎回「さあて今日は何をやりましょうかね」で始まり、学生 達が教科書の疑問点や演習問題の問題を次々に質問してきて、それに私が臨機 応変に答えまくったり、立ち往生して大汗をかいたりしているうちに90分が 終る。

救急病院の医者は色々な急患がどんどん飛び込んできて、それに迅速かつ 適切に対応しなければならないので、数年間やっていると猛烈に腕が上がると 聞いたことがある。まあ私にとってこの科目は救急病院みたいなもので、主に 微積分学関係の問題解きの力を鍛える場になっている。

また「うらめしや〜」の話になってしまうが、私は学生時代に微積分学を 「高校数学の延長にすぎないじゃん!」と馬鹿にし切っていて全然勉強しなかっ たのだが、大学院入試では微積分とその発展みたいな(決して高校数学の延長 ではない)問題ばかりが出て全滅沈没落第し、それから良い方向か悪い方向か わからないけど兎に角人生が狂い始めたので、「微積分うらめしや〜」なので ある。だから今、自分の研究ではほとんど使わないけど、微積分を鍛える話に は思わずメラメラ燃えてしまい、「はい!私、担当します」と手を挙げるので ある。

留学生数学の後は、卒研Bの第1回目。テキストは「ゲーデルの世界」(横 田一正)。ゲーデルの完全性定理と不完全性定理の証明の理解が目標。昔 は数理論理学のコンピュータサイエンスへの応用が専門で、ゲーデルの定理も ちゃんと勉強しなくっちゃと思ってたところで数学に転向してしまった。まあ、 これもまた「うらめしや〜」のひとつである。もうコンピュータサイエンスに 戻る積もりはないけど、ゲーデルの定理だけはちゃんとやっておきたい、と。

卒研ゼミのあと、またも余韻と感慨に浸り、昔の同業者達は今どうしてい るのだろうと少しネットで検索。私が(旧)情報学科の野望と戦略の策士とし て、Ritsでもそれに匹敵する研究体制を立ち上げようとお手本にしていた研究 グループがコーネル大学にあって、それがまだ健在だった。論文を貰ってその 研究成果を応用したり、実際にコーネルを訪ねたときに親切に案内してくれた 当時の博士課程の学生達も、みなそれぞれの研究機関で立派に活躍しているよ うだ。何だか自分の前世を垣間見たような気分。世界にはいくつもの時間が流 れていて、私が前世に生きていた時間はそのまま今も流れていたというわけだ。

一つのことをずっと続けて来れた人のことはちょっと羨ましいし、残念な がら私はそうしたいと思っても出来なかったのである。しかし私のように何年 かに一度ガラリと専門を変えて別の世界に移り住む生活をしていると、いくつ もの人生を生きているようで何だかトクした気分である。気分だけの問題ではな く、実際、前世に少しかじった数理論理学をネタに卒研Bの指導ができるし、 前々世にやっていたプログラミングで(旧)情報学科や数理科学科の情報処理 担当教員として飯が食っていけるし、前々々世に格闘した代数幾何学をネタに 卒研Aの指導ができる。そして色々な分野をテキトーに駆け抜けてきたいい加 減さでもって、留学生数学なる変な科目もへらへらとテキトーに楽しく担当で きるのである。

2008年4月16日(水)
<<うらめしや〜>>
午前中に出勤。事務で郵便物の整理の後、研究室でコンビニ弁当コソコソ昼食 を取りながらすこし雑用。12時半から14時過ぎまで卒研ゼミAの第一回目。 テキストの「複素射影代数多様体論」(D.マンフォード)は、私が学生時代の 卒研ゼミで読んだ本である。

学生時代の私は、学部でマンフォードの本を読んでから大学院修士課程に 進学し、R. ハーツホーンの「代数幾何学」を読んでグロタンディックのスキー ム論が何なのかが一通り理解できさえすれば、たとえ数学者になれずに終って も本望だと思っていた。ところがマンフォードの本はゼミ読んでもよく理解 できなかったし、指導教官は京大の流儀に従ってお前は馬鹿だ阿呆だと怒鳴るば かりで何も教えてくれないし、あちこち受験した大学院入試もバタバタ落とさ れ、結局本懐を遂げないままに大学を放り出され、会社員となって今でいうと ころのIT技術者稼業に手を染めたのだった。

幽霊というのは、かように本懐を遂げられなかった無念の魂が化けて出た ものだというが、「執念深さが霞を食って生きている」と言われるこの私が大 人しく会社員で収まるわけもなく、うらめしや〜と言わんばかりに虎視眈々と 機会を窺った末に大学の工学部に潜り込み、さらにどさくさ紛れに数学科に乱 入して足場を固め、まずはハーツホーンをあらかた読破してスキーム論の何た るかを知り、そして順序は逆になったけれど、ようやく今日この日満を持して 27年ぶりにマンフォードの教科書への再挑戦に至ったのである。うらめし や〜、化けて出てしまえばこっちのものさ(意味不明)、と。これで私も成仏 できるかしら。

ゼミが終り、研究室で一人しばし余韻と感慨に浸った後、 ふと我にかえり、長居は無用!と脱兎の如く帰宅。夜は ゴミ論文のチェック作業を少し。