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よ け ス ペ ー ス で す。

2008年12月31日(水)
<<亀田とその相棒>>
夕方近くに京都に戻る。母が倒れて入院して以来、津の「別荘」は閉めたまま で、時々私が出向いて風を通し、適当に掃除機をかけたり、猫の額ほどの玄関の 植え込みの剪定や掃除などをしているが、何せ古い建物であちこち痛んでいる し、ガスも電話も止めてあるしで、たまに行ってすぐに泊まれる状態ではない。 それで今回も近くのホテルに泊まって、そこから「別荘」の掃除に出向いたり、 中学校の同級生達との忘年会に出掛けたりしていた。

津に帰るお目当ては、何と言っても鰻。鰻が食べたくなると、何だかんだ と理由を見つけて津に帰る。表面をカリっと香ばしく焼き上げ、中はじわっと 油がのって柔らかいという焼き方は三重県の蒲焼の特徴で、東京や京都の鰻屋 ではあまりみられない。一番のお目当ては客が五人も来たら一杯になる小さなI屋。 生前無類の食通だった母が見つけた店である。それからタレがちょっと辛すぎ なのが気になるが、やはり美味しいD亭。あとは最近開拓したH 屋の3件。2 9日の夜はI屋、30日の昼はH 屋、31日の昼はD亭という計画だったのだが、 H 屋は29日から1月3日まで休業だったので、結局I屋、D亭、I屋という組 合せになった。

29日の夜にI屋に行ったら客は私ひとりだけで、店の親父といろいろお喋 りすることとなった。まあ、その親父には何の恨みも無いけれど、私はオジサ ンが嫌いで業務連絡以外でオジサンと話すのは真っ平のヒト。しかし、旨い鰻 にありつくためなら仕方あるまいと、結構愛想よく受け答えしていた。私にも その程度の社交性はあるのだ。31日の昼に再びI屋に行ったら、親父はまた 来てくれたのかと結構喜んでいたが、幸い他の客も多かったので、狭い店の隅 で黙ってコソコソと鰻を堪能できた。旨いものは誰にも邪魔されずにコソコソ 食べるに限る。

親父は何でも、11月に鰻の同業者組合の依頼か何かで東京の上野公園で テントを張って、津の鰻を宣伝するために蒲焼を売ったそうだ。1日だけのイ ベントだけど、朝から晩まで200匹の鰻を焼いたらしい。普段小さな店で細々 やっているので、1日で200匹は空前絶後の数である。「あの経験は有形無 形の恩恵があったなあ。俺はあれでグンと腕が上がったし」とのこと。

うーん、凄い話だ。まるで(ドラマERの舞台の)シカゴや(治安が悪かっ た時代の)ニューヨークのマンハッタンの救急病院に勤めていれば、毎日毎日 朝から晩まで、ナイフで刺されて腸が飛び出した人や、ピストルで頭を半分吹っ 飛ばされたような人、麻薬のやりすぎか何かで心肺停止状態になった人たちが 次々と担ぎこまれて来て、膨大な数の患者を治療するうちに医者としての腕が グングン上がる、みたいな話ではないか。

中学の同窓会はどうだったかというと、何回となく「高山、お前、アホ か!?」と言ってもらえて良かった。成年してから出来た友はそういう事は言 わないものだし、私がマゾだからということを割り引いて考えても、アホと言っ てくれる友と叱ってくれる目上の人は大事にしなければならない。しかし確か にズケズケとした物言いはあの中学の特徴らしく、これはごく最近のことだけ ど、私が何気なく言ったことに対し、津市の別の中学出身の人から「あっ、そ のカンにさわる物の言い方、いかにも○○中学やなぁ」と言われたことがある。 その時は、「何を言うか。京大数学科の毒舌の凄さはこんなもんやあらへんで」 と無意味な反論を試みたのだが。

それで思い出したけど、私が人に対して引っ込み思案なところがあるとす れば、この口の悪さも関係しているかと思う。普通に喋ってても毒舌になって しまうので、無用の争いを避けるためにも、相手の毒舌耐性の見極めがつくま で黙ってよう、と。特に好意や興味をもった相手には毒舌が出やすいので、 特段の注意が必要である。

しかし問題は、毒舌耐性は実際に毒舌を浴びせてその反応を見てみないと 分からないことだ。耐性が低いと判明した時はもう手遅れで、その時にはまた新 しい敵が誕生しているのである。そして、このペースで敵を増やしていったら人生 かなりキツくなりそうだなと思った時から「ダマ天の高山」路線への転換が図られ たように思う。

さて、今年の紅白歌合戦にはEXILEが出ると知り、例の、私がアグネス・ チャンのファンだったことを白状させたル・タンのラクト山科店の店員さんとの お喋りの一件もあり、ぜひともどんな人たちか確認しておこうと思って、さきほ どテレビを見た。何だか亀田兄弟みたいなのが一人居たな。あと、個々のメンバ ーが歌と踊りの両方をやるのかと思ったら、亀田とその相棒は歌、踊りは安室奈 美恵の元夫みたいなの4人というふうに、分業体制をとっていることがわかった。 踊ってるのはわざわざスポーツクラブに行かなくてもトレーニングできるから、 ロードランナーの「EXILEスロープ」で鍛えてるのは亀田かその相棒だろうな。

2008年12月28日(日)
<<兎に角飲む>>
今日も十分な睡眠をとって、昼前に起床。新聞の日曜版に2つのイラストを見 比べて7つの違いを捜すクイズがあるが、この手のものは私の大のお気に入り である。しかし新聞紙面でこのクイズが目に入るたびに、もう一週間が経った のかと愕然とする。まだ2,3日しか経ってないって感覚なのに。

愕然からかろうじて立ち直り、今日も論文原稿の校正作業。

自宅の書斎がもうちょっと何とかならないかしらと、夕方から修学院方面 に繰り出し、家具屋で本棚や机などを物色。何故、夷川通ではなくて修学院か というと、まあ、あまり大した意味はないのだけど、夷川通りに沢山 ある家具屋のひとつに 年末年始の営業時間などを電話で問い合わせたところ、どうも反応がおかしかっ たので、嫌になってやめたのだ。どういう風に反応がおかしいかというと、今、 店に強盗が入って店員達が縛り上げられているところに私からの電話が鳴り、 根は正直で間抜けな強盗が電話に出て適当に応対したって感じの受け答え。確 かに、「すみませんが、(貴方では埒が明かないようですので)そこの店の店 員さんに代わってもらえませんか?」という言葉が喉元まで出掛かった。 本当に強盗だったのか、明日の朝刊で確かめることにしよう。

家具屋偵察の帰りは、リカーマウンテン修学院店で正月用の酒を買った。 大吟醸の小瓶と中瓶、赤ワインと白ワイン。数年前、学生時代の同級生である 某女史と一緒に飲んだことがあったけど、40歳過ぎたら安い酒で盛り上がる 元気が無くなって、近頃はしんみりと大吟醸ばかりに手が出ると言っていた。 私はまあ、(飲む相手さえ選べば)酒なら何でも良いクチだけど、そりゃあ折 角飲むなら大吟醸だわな、と間抜けな相槌を打っていたような気がする。大吟 醸も飲んでみると色々あるみたいで、どれが良いかわからないところは、ワイ ンと同じ。分からなくてもよいから、兎に角飲むのが正しい。

夜も校正作業のつづき。やっと3割程度まで進む。

明日から「別荘」の大掃除と中学校時代の友人達との忘年会のために京都 脱出。次回更新は大晦日の深夜以降の予定。

2008年12月27日(土)
<<入ってきて3ヶ月>>
昨日は一日じゅう眠かったので、今朝は二度寝三度寝して入念に寝て睡眠をとっ た。昼前に起きて勢いをつけて論文の校正作業に着手。その関係で自宅の書斎 に散乱していた資料などを整理した。今日も天気が良かったので、午 後はBoschの代数の教科書を持って街に出た。山科駅前Sbuxで遅めの昼食をと り、河原町三条界隈に繰り出してJEUGIA三条本店やAnger河原町本店を偵察し、 寺町通りの画廊や竹細工、錫金工、陶器の店を冷やかして歩いた。

Sbuxでは新入りの店員らしいのが沢山居て、危うげな様子で注文をとった り飲食物を出したりしていた。私の近くの席に二十歳ぐらいの女の子二人が 居て、何やら作業らしいことをしながらアルバイト先の話をしていた。困った 同僚の話をしているらしく、「入ってきて3ヶ月であんなに皆から嫌われた子 は見たことがない」という発言が印象的だった。

確かに困った同僚かどうかは3ヶ月以内にわかるものだ。初対面で何だか嫌な 雰囲気を感じ、その後、その人間の正体がわかるまでにそれほど時間はかからない。 呼吸するようにウソをつかずにおれない人間。 病的に頑固なために歪んだ思考が矯正されることなく今日に至っている人間。 感情むき出しでしか仕事ができず職場で自爆する人間。 脳が歪んでいて病的に人嫌い。 思考が下品でかつ平面的。 等等が明らかになり、「えらいもんが入ってきたなあ」と暗然とした 気分になる。 問題は、そういうことが採用選考の短い期間ではわからないこと。 私なんかも、結構それでウマウマと選考をすりぬけて職を得てきたしね。

帰宅後、夜はスポーツクラブへ。風邪をひいたりクリスマスパーティーに 出かけたりで、3週間ぶりの運動。体がガチガチになっていたので、入念にス トレッチ。心なしか客が少なく、常連客も見当たらない。 かなりスリムな体をしているのに、いつも坂登り、自転車、ランニング系のマ シントレーニングばかりやっている40代ぐらいの女性は、昨日ラクト山科の 近くですれ違ったが、今日は来ていなかった。 乗馬マシーンをやるとき腰だけではなく全身が揺れて、ロディオみたいになっ てしまう30代の女性もいなかった。 それから、筋トレ系のマシントレーニングしかやらなけど、いつも1つのマシ ンを長々と占拠して髪の毛をいじったりして休憩ばかりしている50代のオジ サンも居なかった。 傍目には一向に成果がわからないウエイトトレーニングに励む20 代の男は、そういえば最近見てないな。 常連という感じではないけど、この春に中学を卒業したばかりなのに異様に筋 肉モリモリ状態で、何だか勘違いの全能感に酔い痴れているフシのあるガテン 系少年とか、何故か大学の事務室でもよく見かける30代大学職員風の男はど うしたんだろう? 勿論、ロードランナー逆走男も来てなかった。

2008年12月26日(金)
<<逃避生活>>
そういえば今日から冬休みである。ならば先日書き上げた論文の仕上げの作業 をしなくっちゃと思ったが、無駄に早起きしすぎて一日じゅう眠かったことも あって、何となく気が進まず、結局、作業は明日以降に引き延ばし、逃避生活。 終日、Boschの教科書でガロア理論とドイツ語の復習などをしてすごす。まあ、 自分の研究のためにも、また来年度の学部の講義のためにも、ここで一度ガロ ア理論の復習をしておくことは必要だし、年明けからのドイツ語寺子屋教室通 いのためのウォーミングアップのためにもドイツ語の復習は必要か、と。

ヒルベルトの定理90とか、それを使った巡回拡大の構造定理の証明なん て、今、読み返すとしみじみする。kgV とか ggT という略号が出てくるので、 何かと思ったらkgV は kleinstes gemeisames Vielfaches つまり最小公倍数、 ggT は grösster gemeinsamer Teiler つまり最大公約数のことだとか。

午前中、ふと内田樹氏のブログを見つけた。入試委員長をやらされること になり、来年度は超多忙になるから、学外の講演や原稿書きなどの仕事はほと んどキャンセルせざるをえない、と。無理すれば出来なくもないが、人間は超 多忙生活から解放された直後に長い鬱状態に陥ることが多く、自分の年齢を考 えてもそういう非生産的な何年間はぜひとも避けたいからだそうだ。

そうか。私の脳が歪んだのは、まさにこのパターンだったのだ。ちょうど学 科長の任期終了直前の3月頃になって、「あーっ、もう何もかも嫌!」って気分 に陥って、そのまま1年以上はおかしかったし、今でもオジサン嫌いとか色々 後遺症が残っているし。

昼間は、まさにキンキンに寒くて天気の良い京都の冬。嬉しくなって、年 賀状を投函した後、山科駅前をうろついた。夕方には再び山科区内のスー パーに買い物に出る。寒々とした、しかしながら明るい夕方の日差しが美しかっ た。

最近のお気に入りは、ラクト山科3,4階通路のベンチ。正確に言えばベ ンチではなくて、小さな丸テーブルとアルミ製だけど割合座り心地の良い一 人用の椅子が並べてある。結構人気のある場所で、買い物客が一休みしたり 中高生がお喋りしたり宿題をやったり、「あーあ、何にもすることがないなー」 って顔したオジサンが居眠りしてたりする。通路の一方は東向きの全壁面ハメ殺 しのガラス窓で、もう一方は一階からの吹き抜け。「ベンチ」はその大開口の窓 に寄り添うようにして並べられている。とても開放感があって、天気の良い日の 午後は西日の差さない明るく安定した日差しを楽しむことができる。そこで数学 を考えながらぼんやり空を眺めたり本を読んだりしてると、 ああ、今、世界は私に優しい!っていう幸福な気分になれるのだ。

2008年12月25日(木)
<<ちゃんとやってよね!>>
少し早めに出勤し、講義の準備。10時40分より12時10分まで4回生 「計算機数学」。ブーフバーガー・アルゴリズムとその停止性の証明など。

コンビニ弁当でコソコソ昼食をとりながら、詰まらない大学の管理文書を 読んでいるうちに昼休みが終る。

13時半から15時半まで卒研(代数幾何学)。複素数体の標準的位相の 閉包とザリスキー閉包の一致定理の証明とアフィン代数多様体の正則写像につ いて。正則写像について、そういえばずうっと以前から何となく気にはなって いたけれど曖昧なままで放置していた小さな疑問を思い出し、学生と二人で考 えるもわからず。しかしこの問題を考えるにあたって、とても単純でしかも理 論上の問題を明快に示す具体例を思いついたのは、ちょっとした収穫?

研究室に戻ったら、昨日の学科長からのトンデモ・メールに関連したメー ルが届いていたので、「もうっ、何なのよ!ちゃんとやってよね」メールを流 しておく。

15時50分から17時20分まで2回生「離散数学」。今日はRSA暗号の 話。講義に向かう途中、さきほどまで学生と二人でうんうん唸っていたことが 閃く。ああ、そういうことだったのか、こんな基本的なことを今の今までちゃ んと押さえてなかったとは。でも、こういう事ってどの教科書見てもきちんと 書いてないのよね。勉強になりました。講義の後の質問で、どさくさ紛れに群 論の授業で出されている演習問題の解き方を聞いてくる学生がいた。幸い、そ の場で少し考えたらわかった。

研究室に戻ったら、昼間の「ちゃんとやってよね」メールに対して「ちゃ んとやっときました」メールの反応が来ていた。 それから正則写像の件でわかっ たことをメールに書いて学生に送信する。

20時前に帰宅し夕食。昨日の「洒落にならない異常事態」関連のメール が関係者から届いており、素早い対応へのお礼と、対応で不十分な点の改善の お願いメールを出す。やれやれと、ワインを2,3杯あおってから、年賀状を 仕上げる。

2008年12月24日(水)
<<予想通りの展開>>
クリスマスケーキの朝食。あーっ、何て幸福!天才少年アンドレ・ヴェイユは 木から落ちて怪我をし、しくしく泣いていても、代数の本を与えれば泣き止ん だという。私は代数の本じゃあ駄目ね。やっぱりケーキ!代数じゃあ、腹は膨 れないし、心も晴れない。ここが凡人と天才の違いね。

昼過ぎに出勤して生協コンビニ弁当を買い、研究室コソコソ昼食の後学位 審議委員会。何故か私が突然博士論文の副査にされてしまう。昔、某百貨店の 取締役会で突然解任動議が出され解雇された社長が「な、なぜだ!?」 と叫んだという有名な逸話があるが、私も、「な、なぜだ!?」と叫んだ。こ の学科には常に複雑系の陰謀が渦巻いているということだ。

13時半からは卒研ゼミ(数理論理学)。ゲーデル数の定義を終え、ゲー デル数化された形式的体系の超数学を展開するための、直観的数論の述語や関数 をいくつか定義。15時半にゼミを終え、遠くの事務室に書類を提出に行く。 3月末までのこととはいえ、近くの数物事務が使えないのは、やはり不便だ。

遠くの事務室から戻り、15時40分から同僚某先生と密談。ある深刻な 事態に対する対応を協議。予想通りの展開とは言え、もうちょっと何とかなら なかったのかと溜息。まあ、半世紀も生きていると、こういう洒落になら ない異様な事態に遭遇することもあるのか、と。

16時から博士論文提出者の講演。私の予定には入ってなかったのだが、 突然副査にさせられたので、突然出席せざるをえないはめに。興味深い立派な 話だったけど、18時半になっても終わりそうにないので、後は提出された博 士論文を読んでおくことにして、お先に失礼させてもらう。

18時半からは、さきの「密談」に関連して、電話で関係者と相談したり、 メールを書いたりといった対応に追われる。21時前に大学を出る時、さきほ どの密談の某同僚と出会い、その後の進展について尋ねる。関係者たちが事の 本質を正しく理解し、最悪の事態を回避する方向に進んでいることを確認し、 少し安心。まあ年度が変わるまでは色々不便を強いられるかも知れないが、そ れだけで済めばマシと言うべきか。

22時半頃帰宅。遅めの夕食、デザートにはクリスマスケーキの残りと赤 ワイン。

食後、一息ついたら、学科長からトンデモ・メールが届いていた。 今年の学科長も色々大変だな。私が学科長だったら、お前ら、ええ加減にしとけ よ!と完全にキレてるに違いない。今までは関係者にはすこし遠慮していたけれ ど、今後は「お前、どうせ○○って事になるんだから、××するのはやめろ!」 式の強い事を言うようにしないといかんな。

2008年12月23日(火)
<<世直し鯰の化身>>
研究日。しかし同時に年賀状プロジェクトも片付けなければならない。若い頃 は枚数も少なかったこともあって版画を彫ったり一枚ずつ絵を描いたりしてい たのだが、近頃は印刷物を使い、親しい人には何か簡単な言葉を手書きで書き 加えるようにしている。

この文言をどうするかで毎年悩む。今年はあらかじめ送付者と書き添え文 言の一覧を作っておき、その後で一気に葉書に住所と文言を書いてゆく方式に してみた。しかし結局今日中には終らず、作業は明日以降にも持ち越し。

数学の方は、例の三つの問題の最後の一問はちょっとやそっと考えても解 決しそうにないので、Boschの代数の教科書でガロア理論の復習を始める。来 年の群論の講義を、五次以上の代数方程式の非可解性の問題を具体例を中心に 考えるというスタイルで進め、群論を研究する動機や起源に重点を置いていこ うか、と。勿論、ガロア理論や拡大体論は具体例でアイディアだけ示し、理論 的にきちんとした話はさらりと流す。まあ、そんなにうまく行くかどうか知ら ないけどね。

群論は今や独立した分野として、少なくとも学部で講義するレベルのこと は抽象理論として体系的に整備し尽くされている。しかし、そんなのを教えるの は退屈だし、そういう講義をしてもほとんどの学生は何も理解しようとしない だろうから。

私自身の学生時代を振り返っても、群論は「歯を食い縛って」 何度も繰り返して勉強しなければならない科目だったが、何故そこまで 頑張って勉強しようという気になったかというと、私がマゾだということも 一因ではあるが、むしろアーベルとガロアによる代数方程式論の輝かしい 数学史に魅せられたからというのが大きい。来年度の講義では、 代数方程式の研究を通じて、群論のアイディアがどのように深まっていったか を詳しく見ていければ、と思う。

昼間は山科駅近辺を徘徊していた。祝日とあって人出は多く、山科駅前 Sbux をはじめ、ラクト山科にある3件のカフェはどれも満員。日頃は1人か せいぜい2人で占拠されるSbuxの小さな丸テーブルも、2,3名ずつ客が座っ ており、さながらクリスマスケーキの食べすぎで膨れあがった皮下脂肪細胞の ようだった。ラクト山科の通路のベンチも全て満員御礼状態で、そこに居座っ て年賀状を書いている人までいた。

大丸で買い物をしたら福引を2回引くことができて、2回ともハズレだっ た。福引会場の近くに、先日4階通路のベンチで会った「あー、何にもするこ とがないなー」って退屈顔の70代男が居た。まあ、何の変哲もないその辺の オッサンみたいだけど、やはり「あー、何にもすることがないなー」って顔し て突っ立ってた。もしかして彼は、鯰男として何くわぬ人顔でその辺をうろう ろしている世直し鯰の化身かもしれない。

2008年12月22日(月)
<<免振構造>>
研究日。午前中はドイツ語寺子屋教室に問合せのメールを出す。寺子屋一家は 12月19日から1月6日まではドイツに里帰りしているから電話は通じない そうだが、電話でフランス語とちゃんぽんにならない正しいドイツ語を話す自 信が無くなっている私としては、それが狙い目なのだ。電話が通じないから、 メールで問い合わせたのだ、と。

「授業は11回と書いてあるけれど、上級クラスの開講期間では10回し か授業ができないはずである。1回増やすか、毎回9分ずつ延長するかの、い ずれかが必要ではないか?」ということを独作文。細かいところを忘れている ので、辞書や文法書で入念に確認してから、送信!

久しぶりのドイツ語の後は、数学。今日は百万遍の喫茶進々堂、京大数理 研図書室、JEUGIA三条本店、Anger河原町三条本店、自宅などを彷徨う。愚図 愚図するのもそう悪くないようで、昨日無駄に考え続けていた3問中2問まで は完全に解決した。しかし、最後の1問も解決の糸口発見か?!と一瞬思った が、、、甘かった。

東山三条から百万遍に向かうバスの中で、中国人親子に清水寺に向かうの はこのバスで良いかと聞かれた。相手はカタコトの英語を喋っていたが、だか らと言ってこちらが英語で答えても相手がカタコト以上の英語しか理解しない 人だったら面倒なので、身振り手振りと日本語で「全く逆方向だからバスを乗 り換えろ」と教えてやった。 それから、百万遍の信号で女子学生風と一緒になったが、彼女らも中国人 だった。帰り道のゼスト御池の輸入雑貨店にも中国人の家族みたいなのが入っ てきた。

今日は何か特別なのかも知れないが、京都にも中国人が多くなった。遣隋 使か遣唐使が連れてきたのかしら。現在日本の大学で留学生といえば、ほとん ど中国人だし、会社に勤めたら中国の事業所などに派遣される。だから学生達 が第二外国語で中国語を選ぶのは自然なことだ。ドイツ語やフランス語なんて、 ヨーロッパに長期滞在して役所やテレコムの窓口に怒鳴り込んだりするならと もかく、短期の海外出張では英語と気合いだけで誤魔化せるし、日本に居たら 国際研究集会などで仲間うちでドイツ語やフランス語で話している ヨーロッパの連中に、「俺、ドイツ語もフランス語もわかるし。君ら、さっき から何を話してたん?」っていきなり話の輪に乱入しても、「何や?こいつ」 って感じで厄介払いされるのがオチだし。そうなるともう、お金出して語学学校 にでも通わない限り話す機会などないし、しかも折角いい気分で語学学校に通 っていても、突然調子の良い所長が現れてリストラ宣言を食らわされる憂き目 に会う。まあ、数学もそうなんだけど、英語以外のヨーロッパ語って 贅沢な趣味だし、贅沢なるがゆえに続けるのには一定の苦労が必要なのだ。

さて、進々堂で隣に座っていた男は、文系の大学院生か大学教師 のような風体で一心に日本語の本に読み耽っているのだが、しきりに貧乏 ゆすりのような仕草をするため、どっしりとした木製の長椅子が小刻みに揺れ、 それが気になってしょうがない。貧乏ゆすり、鼻糞ほじくり、歯槽膿漏のチッチ、 唸り声、アデノイドを振動させる豚の鳴き声のような鼻すすり、意味不明の念仏 のまねごと、鉛筆回し等等。一般的に言って、無限に続く奇妙で傍迷惑な仕草の 有無は「絶滅すべきオジサン」を見分ける重要指標のひとつである。 犬の遠吠えよろしく「無限に続く」ところがポイントで、これによってオジサン かオジサンでないかの診断が分かれるのである。

では「無限に続く」ことをどうやって証明するかというと、それは簡単で 私はいつも次のようにしている。この野郎、おれが三つ数えるうちに「それ」を やめないとただじゃあおかないぞ!と念じ、一つ、二つ、三つ、無限大!と数え ればよろしい。(「お前、それで本当に数学者なんかよ?」という異議申し立ては、 この際瞬殺する。あるいは「俺は気が短いから、標数3の素体上の1次元 射影空間の中で生きてるんだよう!」とでも強弁しておこうかしら。)

そこで私も負けるものか!と、貧乏ゆすりの振動にたいする免振措置とし て、自分のお尻を動かして奴の貧乏ゆすりと同じ周期で、かつ、位相が半周期 ずれた振動や、貧乏ゆすりと異なる周期を発生させようとしたりして遊んでいた のだが、だんだん馬鹿馬鹿しくなってきて、数理研図書室に退散することにし た。

夜は歯医者など。深夜、年賀状を書いてないことを思い出し、頭を抱える。

2008年12月21日(日)
<<無駄に考える>>
研究日。良く似た演習問題レベルの問題が3つあって、自宅、天下一品山科店、 大丸ラクト山科店、山科駅前Sbux、Anger河原町三条本店、JEUGIA三条本店、 ジュンク堂書店BAL店を彷徨いつつ交互に考えるも、1つは解決、もうひとつ は前に解決したと思っていたものが間違いと判明し、最も解きたいと思ってい る最後の1つは相変わらず分からず。

考えても分からないと無駄に時間ばかりが過ぎてゆくようで、人生の有限 性を鑑みるに、考えるのはほどほどにして、適当にフランス語やドイツ語を勉 強したり、ガロア理論の復習でもした方が何かと効率的で良いような気がして くる。かと言って、そちらの方に切り替える踏ん切りもつかず、結局愚図愚図と 無駄に考え続けた一日であった。

Anger河原町三条本店で北欧風のパンを臨時販売していたので、明日 からの朝食用に早速三種類の詰め合わせセットを買ってきた。この店の スタッフは北欧に雑貨などを買出し に出かけることが多いらしく、その関係でこのような催しをしているようだ。

ジュンク堂BAL店では、山科書店では扱っていない 「おやじがき―絶滅危惧種中年男性図鑑 」が平積み状態だった。 思ったよりも薄い本で5分ぐらいで立ち読み終了。 この本では、耳毛をふさふさ生やしっ放しにしたオジサンとか、 ダブルのスーツをボタンを外してのし歩くオジサンとか、外見的に かなりextreme cases に相当するものを中心に扱っている。 その意味では猟奇的であり、オジサンを表面的にしか捉えていない。

それに対して、私が日頃毒づいているオジサンのサンプルは、外見的には もうすこしこざっぱりしていることが多い。しかし私は、彼らの思考や習性お よび生態に漂うむさ苦しさや暑苦しさ、そしてそれら内面的なものがガマの油 のように外面的な部分ににじみ出るところを見逃さないのである。どうだ、深 いだろう?所詮「おやじがき」などは私の敵ではないね、ふっ、と勝ち誇った気分で ジュンク堂を後にしたのであった。

2008年12月20日(土)
<<あほやのタコ焼き>>
昨夜は不穏メールのお陰で寝つきの悪い夜だった。 関西日仏学館の日。京大ルネで昼食後、日仏学館へ。今日は秋学期最終日。 年明けの冬学期からは金曜日の短い時間のクラスに移ろうかと考え、その クラスの見学申し込み手続きをする。

17時過ぎに講座が終り、18時半まで図書室で数学を考えたり居眠りを したりして待ち、18時半より関西日仏学館のクリスマスパーティ。一人300円 程度のプレゼントを持ち寄り、ル・カフェのシェフが腕を振るったオードブル とワインなどで立食パーティー。ひところのゲーテの立派なクリスマス・パー ティや1月に関西日仏で行われるギャロッテ・ドゥ・ロアに比べると、宣伝も 地味で参加者も少ない、とてもひっそりとしたパーティーだったが、 同じクラスの人が何名か参加しており、普段滅多に話すことはないけれど今日は 特別で、すこしお喋りすることができて、最近のゲーテのクリスマスパーティーの 様子を聞き知った。最近着任した所長の方針とかで、いろいろ昔と違った雰囲気の ようだ。

私はその所長にリストラ宣言されて関西日仏に流れたのだ。 その事を話しているうちに、リストラの悔しさとともに、あのドイツ人特有の 言い逃れのうまさというか調子のよさを思い出して沸々と怒りが湧き起こり、 連鎖反応でドイツテレコムやエッセンの外人局での、楽しかったのか情けなかった のか本人である私もよくわかっていない---(結果オーライで「(ほぼ)楽しかった」 とは言えるのだが)---てんやわんやも思い出してしまった。そして怒りとも単なる気分 の高揚ともなんとも言えない感情の炎と化した私は、(ウケ狙いもいくらかは あったものの)「あの所長、けしからん!」と吠えまくり、まあ、まあ、そん なに興奮せずにとなだめられる一幕もあった。

ああ、自分はなんてオジサン的なことをしてしまったのだろう。 私の定義によれば、過去の記憶の集積を背景に興奮して周囲になだ められるというのは、オジサン的なのである(なに?意味がわからんて?) 私は後悔にうちひしがれ、項垂れて家路についたのである。 御陵駅前で久しぶりに食べた、あほやのたこ焼きのソース味が切なく胸に沁みた。

長く生きると色々な記憶が蓄積される。今日の話はほんの10年以内の話 だ。その前にはまだ、物心ついてから40年近くの気が遠くなるほどの膨大な る記憶がある。80歳ぐらいの老人が「自分がこんなに長く生きるとは思ってな かった」と言うのを聞いたことがあるが、私だって「自分がこんなに長く生きる とは思ってなかった」のである。10年前まで記憶を遡っても、まだ40年分 残ってるって、お前は底無し沼か?と。

記憶は理性では統制できず、わだかまり、変容し、時系列を解体し、巨大 な力となって意識を支配し始める。日頃は気配を殺し「私に語るべきものは 何もありません。ただ風に吹かれて生きているだけです」みたいな顔して格好 つけて生きている積もりだけれど(え?全然そういう風には見えないって?)、 そうは問屋が卸さない。今日だって、珍しくクラスの人と他愛のないお喋りし ているうちに、さまざまな記憶の連鎖が大きなうねりとなり、とめどなく突き あがってくる言葉を押さえ切れなかったのである。

思えば脳が歪み、オジサンを憎み、人々と「業務連絡」だけで渡り合おう とするのも、とどのつまりは意識が記憶のうねりに弄ばれているということに 他ならず、人嫌いは忘れたふりをしている記憶を喚起されることに対する恐れ の表れかもしれない。そして、オジサンがどぎついのは蓄積された記憶の腐臭 が漂うからであろう。

2008年12月19日(金)
<<神様からの贈物>>
研究日。しかし、朝一番で大学の事務にちょっとした問合せの電話をし、メー ルで返事を待ち、それに対してまたメールで問合せをしたりしているうちに午 前中が終る。PCメールを携帯電話に転送するように設定してから、街に出る。

山科駅前で遅めの昼食。60代と70代ぐらいとおぼしき女性客二人組が、 隣でケーキセットを食べながら談笑する声が気になって、数学どころではなかっ た。60代の方はプレスリーとハワイアンソングの熱狂的ファンで、先生につ いて歌を習っているらしい。確かに話を聞いていても、声が綺麗な人だ。それ で、どこそこの先生のところでは一年間小学唱歌みたいな歌ばかり練習させら れてつまらなかった、せめて1ヶ月に1曲ぐらいハワイアンソングを教えて欲 しかったとか、どこそこの先生は0.5秒の狂いも許さない本格的なジャズの 指導をするとか、先日どこそこのコンサートに行ったら、京都出身の21歳の 男の子で日本一のギタリストの演奏が聴けたとか、カラオケで他人の下手な歌 を聴いて手を叩かねばならないなんて真っ平だとか、プレスリーの歌をそれっ ぽく歌う人はいるけれど、本当に上手く歌える人は少ないとか、先日ハワイア ンソングの名手だった何某が62歳の若さで無くなったが、彼女は良い歌を歌っ ていたのに作曲家と結婚して歌手をやめてしまった。芸能人は神様から人々へ の贈物ともいえるのに、一人の男が自分のものにしてしまって引退させるのは けしからんことだという話を延々としていた。

聞いている70代の方はどう思っているのか知らないけど、そんな話、私 に延々としないで黙ってブログにでも書くか、「王様の耳はロバの耳!」よろ しく、穴でも掘ってそこに向かって気が済むまで話してなさい!と叫びたい衝動に 駆られないのかしら。私はいつの頃から人々は私に対してそう思うに違いない と考えるようになって、自分が興味を持っていることについて人前で話せなく なった。でもそういう話と「業務連絡」を除くと、人々の会話として何が残る のだろう。「お前のかーちゃん、でーべーそ!」「何を!?もういっぺん言っ てみろ!」とか?そういうのは会話って言うのかな。

それから、ラクト山科の通路のベンチで数学。隣のベンチに70代ぐらい のオジサンがやってきて座った。あー、何にもすることがないなーって顔して、 腕を組んで狸寝入りをしていた。途中私は近くの山科書店で 「おやじがき―絶滅危惧種中年男性図鑑 」を立ち読みしようかと席を離 れ、しばらくして戻ってきたのだが、その時もまだ狸寝入りのままだった。私 はオジサンは嫌いだが、あの「あー、何にもすることがないなー」っていう、つ まんなそうな顔を見て、何故かこの人だけは許してやろうかしらって気が少しし た。

結局、山科書店のラクト店にも京都薬大前店にも「おやじがき―絶滅危惧 種中年男性図鑑 」が無かったけど、それはかえってよかったかもしれない。 作者の内澤旬子は女性だから、「哀しくも愛らしい「おやじ」」(Amazonの商 品説明)とか「どぎつくも愛らしい」(新聞の書評)という見方ができるのだ ろう。それに対して、同性の私が「おやじ」を見る目は近親憎悪ゆえに大変厳 しく、「どぎつくも哀しく、多くの場合おぞましい」であって「愛らしい」と は絶対ならないし、そんなものの絵を描こうという気にもならない。「おやじ」 が「絶滅危惧種」かどうかも疑わしいし、私以外の「おやじ」が本当に絶滅し てくれるならそれに越したことはないではないかと思う。だから、「おやじが き」のイラストを見てみたいと思うのも、100%怖い物見たさであり、きっ と見てからこの日誌でさんざん毒づくはめになるだろうと思う。(既に見る前 から十分毒づいているではないか?)

その後、山科駅前Sbux に移動してまた数学。その頃に事務からのメールが 携帯電話に転送されてきて、午前中の案件はほぼ解決した。Sbuxを出て自宅に 向かって歩きながら、また数学をする。では何の数学かというと、例の論文執 筆に関して確かめておきたい演習問題レベルのお話。

夜も数学をと思ったのだが、同僚某先生から不穏メールが届き数学どころ ではなくなる。半年以上前に私が言ったように物事を処理しないから、こうい うことになるのだよ、と言いたいところなんだけど。。。

2008年12月18日(木)
<<ボッシュの教科書>>
午前中は4回生「計算機数学」の講義。バスの中で見掛けたK川研の受講生は 教室には現れず。今日はブーフバーガー条件の定理の長い長い証明を紹介した。 来週はブーフバーガー・アルゴリズムに入る。

生協コンビニで買ったサンドイッチなどでこそこそ昼食の後、13時半か ら15時半近くまで卒研ゼミ(代数幾何学)。複素数体上のザリスキー閉包と 古典位相の閉包が一致することの証明の途中まで。

15時50分から17時20分まで、2回生「離散数学」。今日はフェル マーの小定理を証明して、少し有限群論としての意味を説明。次回から RSA暗号の話に入る予定。

それ以外の空いた時間は、論文執筆作業に関連したある事実を確認するた め、関連する演習問題レベルの問題を解いたり教科書を調べたりする。副産物 として、電車の中で眺めていた本の中に、先日来抱いていた豊富な因子に関す るある疑問の答が書かれているのを発見した。

そういえば、1〜3月はドイツ語教室に通うかもしれないし、4月から群 論を教えないといけないから、ボッシュの代数の教科書(ドイツ語)版でガロ ア理論の復習でもしようかと思い立つ。

今日一日でスカルラッティーを3回ぐらい聴いた。 夜は録画しておいた「風のガーデン」の最終回を見る。

2008年12月17日(水)
<<中国人剰余定理>>
大丸ラクト山科店で昼食用のサンドイッチなどを買って出勤。13時半から1 5時半まで卒研(数理論理学)。今日はゲーデルのβ関数の定義とそれを使っ て一般帰納的述語が算術的述語であることの証明。およびゲーデル数の定義な ど。β関数のところでは整数版の中国人剰余定理(これは勿論「世界中に中 国人が有り余る程沢山居る」という意味の定理ではない)を使うのだが、学生 にちょっと課題をやらせておいて、その隙に永田「可換環論」でイデアル論版 の中国人剰余定理の証明をさっと読み直してこっそり復習。べつにどうってこ ともない証明だけど、学生時代は途方もなく難解に思えたものだ。学生が群論 の講義などを聞いてチンプンカンプンなのは、そういう感覚なんだろうと思う。

15時40分から10分ぐらい企業の採用担当者が挨拶に訪れた後、訪問 内容を整理したものをWebの学生掲示用サイトにUPすべく係の人にメールを送 り、16時から教室会議。17時半頃より引き続き学位審議委。それを途中で 抜け出して18時から19時過ぎまで就職委員会。その後、生協食堂で夕食の 後、大学を出る。帰宅は22時前頃。それから少し数学をと思ったが、人事主 査などの仕事でいくつかメールを書いて送っているうちに終る。

昨日書いたように記憶に時間の概念が無いことや、人の顔の記憶が無意識 のうちに滅茶苦茶に変形されたり同一視されたりしていることは、まさに記憶 が理性では統制できないことを意味している。全然納得していないことを「も う済んだことだ」と忘れようとしても脳は言うことをきかないし、その脳は 「人は見掛けの印象が9割」と固く信じているのである。数学は理屈の学問だ し、会議でも私は特に形式的な理屈に五月蝿いほうだけど、一皮剥けば感覚と 感情が全ての人だということがよくわかる。

2008年12月16日(火)
<<暴走する記憶>>
研究日。風邪は大分治ってきたが、まだ喉が本調子ではない。午前中から午後 にかけて、論文執筆作業。午後は、天気もよかったのでラクト山科近辺に買い 物に出て、ついでに山科駅前Sbuxで遅めの昼食。帰宅後すこし野暮用。夜は論 文執筆に関連する勉強を少し。

先日買った曽根麻矢子さんのスカルラッティーの未公刊ソナタ集は、久々の大 当たりCDで、今ちょっとはまっている。以前、Ottavio Dantoneという人がヘ ンデルのチェンバロ・ソナタを弾いているこのCDにもずいぶんはまったことが あったけど、それ以来である。チェンバロはジャカジャカジャンジャンって感 じの音だから、CDを聴いていないときでも四六時中、頭の中はジャカジャカジャ ンジャンって感じになっている。

ジャカジャカジャンジャンで思い出したけど、「ポンキッキ」とかいう子 供向け番組にジャカジャカじゃんけんのコニーちゃんとじゃんけんをすると いうコーナーがあったが、「ジャカジャカじゃんけん」という言葉の馬鹿馬鹿 しさとコニーちゃんのいかにも気の良さそうなキャラが私のお気に入りだった。 いつもそれをテレビで見てから上機嫌で出勤したものだが、一体私はその頃何処 に出勤していたか全く覚えていない。国立研究所時代だったか、会社員時代か、 それとも大学に移ってからかしら。いずれにせよ私がハロー・キティーにハマ るよりも前だから、たぶん前世紀のことだったと思う。

そのことをずうっと忘れていたのだが、半年ぐらい前に電車の中でぼんや りしていたら、近くで談笑していた若い人のグループの一人が突然「ジャカ ジャカじゃんけんのコニーちゃん!」って叫んだので、電撃的衝撃が走り、 前後の脈絡をよく覚えていない過去と現在がいびつに結晶化してしまったよう である。

実は私の記憶には時間の概念がほとんど無いようで、過去の記憶と現在の記憶 の間でジャンパー線が飛び交って、開発途中の新型コンピュータのプリント基 板よろしく、まるでゴチャゴチャである。例えば誰かと対立して、その後和解 しても、和解の記憶と対立の記憶が時系列の上に並ばないので、時々相手が憎 むべき仇敵だったのか、手を結ぶべき盟友だったのかわからなくなり、しば らく考え込んだりする。暴走する記憶と戦うには、理性の力が必要である。

先日は南草津駅のホームに降り立った瞬間に電撃的天啓を得て、それが数 学的発見をもたらすものだったら良いのだけど、20数年前の国立研究所研究 員時代の出来事を唐突に思い出して、その時と同じように腸が煮え繰り返った。 それは某P社から出向していた研究員Nが私に理不尽なことを行って仕事を 邪魔してきた事件で、怒り狂った私は「今度そんな真似をしよったら、お前の デスクにある大事な資料の山は一夜にしてシュレダーの藻屑と消えると思え!」 と吠えたものである。Nとはその後職場で普通に付き合っていたような気もするし、 この電撃的天啓さえなければ、もし今Nと再会しても そこそこ友好的な感じでいられたと思うけどね。