の
た
め
の
邪
魔
な
広
告
よ け ス ペ ー ス で す。
2009年2月28日(土)
<<コックリさん、やってます?>>
ドイツ語寺子屋の日。日誌の一部を独訳したりして、少しウオーミングアップ
してから自宅を出て、先週クラスメートの若奥様に教えてもらった、イタリア
人がやっているカフェでパスタランチの定食。関西日仏学館の事務員さんたち
も居たし、この辺りでは人気の店のようだ。40代ぐらいのごく普通の地味な
イタリアのオジサンと日本人の奥さんでやっている、こじんまりとした店だった。
関西日仏学館の図書館で、最近ご無沙汰してた独仏・仏独辞典を眺めて時 間を潰してから、寺子屋へ。寺子屋の先生は、某大学でも教えているらしく、 2年間担当した学生達が、先生にはずいぶんお世話になったから謝恩会をやり たいというので、じゃあどっかの店に行かなくても、うちに来ればいいよとい うことで、ビールとか準備しているんだと言っていた。エビスビール以外に、 Hefe-Weissbierの樽が置いてあったので、ドイツから持ってきたのかとちょっ とびっくりしたが、ちゃんと日本でも手に入るらしい。エッセンで一度だけ飲 んだが、酵母だか何だかが澱のように沈殿しているので、それを攪拌しないよ うに細心の注意を払って飲むべしとかいうのだったと思う。我々のクラスでも、 いつかパーティーをやりましょうか?というような話も出ていたので、"Ja, ich trinke gerne!(私、酒、好きですからね!) " としっかりアピールしてお いた。
寺子屋の帰り道、古巣の京都ゲーテを偵察したら、風前の灯火状態だった ドイツ語講座が活況を示していた。以前お世話になったG先生は料理を作るの が大好きだが、新しく始めたドイツ料理を紹介する講座が大当たりしているよ うで、2つ開いている講座の両方に"Ausgefüllt! (満員御礼) "と大書さ れていた。それ以外にもK先生による、ハイネの詩を読みましょうという講座 も大当たりらしく、満員だった。そういえば、エッセン大学のカフェのある建 物には"Heinrich Heine Buchhandlung (ハインリッヒ・ハイネ書店)"というの が入っていて、Boschの代数の教科書はそこで買った。これらの講座の活況は、 新自由主義者の所長が打ち出した語学講座部門リストラの大方針に対する、 以前から働いている先生達の必死の巻き返しなのかしら。
そういえばF先生は日本を引き払ってラオスに移られたそうだ。 何でラオスなのか、よくわからんけど。彼女は、ゲーテの先生の中で私が最も尊敬 していた人だが、ある時、日本人文化に馴染めないということでF先生が精神的に かなり追い詰められているらしいと人づてに聞いた。日本人の精神構造の中で、 どうしても受け入れ難いところがあるというのだ。確かに、その頃よく「どうして 日本の人達って、そうなの?」と厳しい口調で授業中に色々問いかけていたことが あって、それに対して我々は、どうして?って言われても、、、 「我々はそういう風に出来てるんです」としか言いようがないんだけど、というよ うな答をしてたのだが、勿論F先生が納得するわけがなかった。
かように、F先生から「複雑系の一味」とされてしまった私である。 しかし、数理科学科の複雑系の皆さんの精神構造の中で、どうしても受け入れ難 いところがあって脳まで歪んでしまった私は、F先生に大いなる親近感を持って いる。私は時々教室会議で「お前ら、コックリさんみたいな事やってんじゃねー よ!?」式にぶちキレるけれど、返ってくる反応は「でも我々はそういう風に 出来てるんです」と言わんばかりの事ばかり。勿論私はそんな反応には納得しな い。納得しないと、益々脳が歪む。お互い苦労しますなあ、ご同輩!とF先生を 想っても、彼女は遠い国にいっちっち!なのだ。そういう人が知らぬ間に居なく なってたとは、ちょっと寂しいものだ。
夜はスポーツクラブ。
2009年2月27日(金)
<<無念の晴らし方>>
関西日仏学館の日。昼間は自宅にて大量の宿題をせっせとこなす。途中、ラク
ト山科まで買い物に出掛け、ついでに山科駅前Sbuxにて宿題の一部を片付
ける。夕方、関西日仏学館へ。珍しく図書室で本を2冊借りた。
一冊目の「しぐさで伝えるフランス語」はフランス人の仕草と意味につい ての薄い本。仕草の写真とその意味を表す簡単なフランス語、そして数行の解 説という形式で沢山の仕草が紹介されている。
ちなみに手の指先をこめかみに当てる仕草は、日本人にとっては「うーん、 今、考え中です」という意味だが、ドイツ人にとっては「ばーか!」という意 味だと、ものの本に書いてあった。エッセンの横断歩道をオジサンが歩いて渡っ ているところに車がえぐるように突っ込んできたので、このオジサンは「危な いじゃないか!何考えてやがるんだよう、このオタンコナス!!!」って言っ てるだろうか、怒り狂って何か叫び、ドライバーの方を向いてこの仕草をしていた。 それで私は、ははあ、この仕草はそうやって使うのかと納得した。
もう一冊は、"Comment parler de musique aux enfants(子供達に音楽を 教えるには)"。クラシック音楽の本みたいだし、何か知らんけどCDも付いて るし、ちょっと眺めてみようか、と。
京大ルネで夕食の後、昨日買ったばかりの新しい電子辞書を持ってフラン ス語の授業へ。フランス語は(いい加減だけど)適当に読めるし、数学の論文 を読んだりするぶんにはさして苦労しないのだが、やはり、いい加減な知識だ けだと喋るのは大変で、簡単な言葉もすぐには出てこなかったりする。
このクラスでは3月の終りに、皆で打ち上げでもしようかという話が出て いて、打ち上げ、夕食会、何でも大好きの私は思わず身を乗り出したものの、 ちょうど東京出張と重なっていて、またの機会ということになった。この無念 を晴らすためには、東京で仲間を集めて飲み会を開くしかないな、と。
2009年2月26日(木)
<<間がもたない>>
研究費の残りで生協でフランス語の電子辞書を買おうと思い、昼頃に出勤。今
使ってるのは4年ほど前に買ったカシオ製で、とても動作が遅く、単語を打ち込
むにも一文字ずつゆっくりキーを押さないと駄目。少しでも速く打つと文字を
読み飛ばしてしまう。だから関西日仏学館のクラスメート達が持っている速
くて新しいセイコー社製が欲しかったのである。
大学到着後、食堂に直行して昼食を済ませてから電子辞書を買い、それか ら遠い遠い事務室で郵便物のチェック。研究室に着いたらドアのところに、この 春卒業する学生達の謝恩会の案内が貼り付けられてた。私も過去に何回か謝恩 会に出席したことがあったが、結局これは学生と教師が語り合う場ではなく、 学生同士、教師同士が団子になって雑談してるだけで、私にとってはどうにも 間が持たないパーティーである。ということで例年通り、欠席のメールを出しておく。
パーティーは、日頃からお互い関心を持ち合ってよく話をする間柄の者が、 普段はなかなかゆっくり話をする機会が無いからということで集まってこそ稔 りある時間がすごせる。同僚教師たちとは、原則2週間に1回の複雑系教室会 議で嫌というほど(教師としての)仕事の話をしているが、それは仕事だからやっ ているまでであって、「お互い関心を持ち合って」いるからではない。あえて 「お互い関心を持ち合って」いるとすれば、この先生、また良からぬことを企 んで妙な事を言い出したなとか、面倒な仕事を逃れて楽したい一心で見え透い た嘘ついてるなとか、自分に関係ないことだと思って思考停止してるなとか、 あーあ、またいつもの「病気」が始まったなとか、そういう類のこと、 すなわち学科運営というチームワークのより円滑な遂行のために必要不可欠な 「関心」の持ち方をしているに過ぎない。いずれにせよ、ここからはパーティー に対する動機付けは生まれない。
では、教師業を離れた面ではどうか?私にとって、ある意味で彼らの手の 内がよく見えるせいか、数学者はこの世でもっとも退屈な人種に思えてならな い。彼らが言い出しそうなことはおおよそ全て想定の範囲内で、特段の興味も 湧かないとなれば、(研究上の興味を共有できる場合を除いて)パーティーで 特に話したいこともなければ聞きたい話もありえないのである。
では学生はどうかというと、彼らとは普段せいぜい数学の話しかしてない ので、最初で最後のパーティーでいきなり対面しても、「体に気をつけて、 元気にやっとくれよ」ぐらいしか言うことがない。彼らにしても、せいぜい 「先生、○○論の単位、助かりました!」ぐらいしか言うことが思い浮かばない だろうし、単位を落とされた学生としては「この先生には何も言いたくない!」 って感じだろうし。いずれにせよ、間が持たない。
13時半より16時半頃まで卒研ゼミ(代数幾何学)。先日は非特異射の ファイバーの次元について。ゼミの後、ひといき置いてから帰宅。夜はまた群論 の講義ノートの校正作業など。前期の講義分ぐらいまでは校正が終ったので、 今回の作業はとりあえず中断し、3月からは少し研究の方に戻る予定。
2009年2月25日(水)
<<新宿2泊>>
新宿に2泊した後、昼過ぎの新幹線で京都に戻る。日大セミナーは講演者が少
なかったものの、中身が濃くて充実したセミナーだった。その夜は東京オペラ
シティーコンサートホールでのポール・メイエとエリック・ル・サージュを聴
きに行った。世界有数の音響の良さを誇るホール、、、らしい。私の席は1階
の真ん中の方。確かにエリック・ル・サージュのピアノの音が小さな音でもはっ
きり綺麗に聴こえて、彼がこんなにピアノが上手い人だったのかとびっくりし
た。しかし、ポール・メイエのクラリネットの音が遠くに聞こえてちょっと不
満。まあ、大きなホールだから仕方ないのかも知れないけれど、普段は小さな
ホールでのコンサートばかり聴きに行ってるため、無意識のうちにクラリネッ
トはもう少し大きな音に聴えるものだと思ってたので、ちょっと拍子抜け。
コンサートでは確かに二人とも絶好調で、特に最後のプーランクやアンコー ルで演奏したシューマンなどは素晴らしかったけど、不思議と「楽しかったな あ」という後味が残らなかったのは何故か?たぶん、コンサートの中ほどで演 奏したウエーバーとブラームスがあまり良くなかったからかしら。最初、メン デルスゾーンとマルティヌーをいい感じで聴いたのだけど、さあこれからウエー バーとブラームスでもっと盛り上がりたいって時に盛り上がれないと、やっぱ り調子が狂う。ウエーバーは超絶技巧に走りすぎて異様なまでに速く、ちょっ と興ざめ。ブラームスも何だかフランスっぽくて、「どうだかな」って感じ。 フランスっぽいブラームスって、やっぱり変よ。
京都の自宅に戻ってからは、群論の講義ノートの校正作業。
2009年2月22日(日)
<<カレー味で蹴散らかす>>
昼前と夕方に山科区内のスーパーなどに買い物に出た以外は、終日自宅で群論
の講義ノートの校正作業。実は今日は某私設美術館の個展を見に行こうかと思っ
ていたのだが、そこのホームページを見たら展示されている絵のいくつかが掲
載されていて、こりゃあ大したことないなと思ってやめた。ポスターの絵は結
構良かったので、期待してたんだけど。
先日来、日清カップヌードルカレー・ミニを捜しているのだが、山科のスー パーからは消えてしまった。日清食品のホームページを見ても生産中止になっ たという訳でもなさそうだし、どうなってしまったのだろう?今日は備蓄して いた最後の一つを食べてしまった。寿司に赤だしもいいのだけど、あの魚の生 臭さをカレー味で蹴散らかし、しかしながら魚も負けてはおらず寿司酢の援軍 を得て必死に虚しい抵抗を試みてくる感触が好きで、寿司にカレーヌードル・ ミニという組合せでよく食べる。普段自分はマゾだと思ってるけど、案外サド かも知れないな、とか思いながら。
それから私は干し柿が好きで、特に半透明の朱色の実の甘さと歯応えのバ ランスの絶妙さから、市田柿が大好物である。何年か前に市田柿が不作の時があっ て、品薄続きで2月上旬には早々と市場から姿を消してしまった。あの時は ちょっとしたパニックで、その時の記憶があるので、市田柿の動向にはかなり 気を使っている。今年はまだ売っているが、そろそろ終りかもしれないと思っ て2パック買った。
明日から東京出張、私費でもう一拍してポール・メイエとエリック・ル・ サージュのコンサートを聴いてくる予定。次回更新は水曜日の深夜以降。
2009年2月21日(土)
<<バナナタルト>>
ドイツ語寺子屋塾の日。まずは京大ルネで遅めの昼食。それから隣の関西日仏
学館の図書室へ向かう途中に、前学期までフランス語のクラスで一緒だった学
生さんと一緒になった。この春に大学を卒業するけれど、その後も関西日仏に
通うのだという。「ユキヒデさんは、4月になったら、また私達のクラスに戻っ
てくるのですか?」と聞かれたので、どうしようかまだ考え中だと答えておい
た。
「ユキヒデさん」というのも変な呼び方だが、関西日仏の前のクラスでは 皆そういう風に呼び合うことになっており、お互いの苗字も知らなければ、名 前を漢字でどう書くかも知らない。そのクラスではヨシコさん(仮名)という のが2人いて、区別に困った私は「プルミエ・ヨシコ premiere Yoshiko (第 一ヨシコ)」「ドウジエム・ヨシコ deuxieme Yoshiko (第二ヨシコ)」と呼 んでいたのだが、さすがに色々問題があって結局本人達が怒り出し、「ちゃん と苗字を言って下さい!」ということになった。じゃあ、苗字を教えてくださ いよということになり、ようやく我々に平和が訪れたのである。
ゲーテの時は名前を書いた紙を机の前に置いて、お互いの名前を覚えましょ うということをやっていたが、関西日仏ではそういうことはやらずに聴覚情報 だけで全て済ましてしまうので、私のような視覚情報処理に偏った人間は苦労 する。
関西日仏学館でBoschの代数の本を読んだり、ドイツ語文法の基本的なこと を復習したりしてしばらくすごし、15時過ぎから17時前まで寺子屋の授業。 クラスで一緒の若夫婦の奥さんに、「高山さん、この近くでお洒落な喫茶店を みつけました。お洒落な店はお好きでないかも知れませんが、よろしければ一 度行かれてはどうですか?」と教えてもらった。お洒落な店が嫌いな人間って のが世の中に居るのかしらと思ったけれど、いちいち逆らわずに「ありがとう」 と礼を言い、帰り道に偵察して場所を確認。イタリア人がやっている店のよう だった。来週行ってみることにしよう。
そういえば彼女の基準では、関西日仏学館は建物も講座もお洒落であり、 個人の家のガレージを改装して作った日当たりの悪い8畳ぐらいの部屋で行わ れる寺子屋教室は、「お洒落な時間をお望みでしたら、あまりお勧めでないか もしれません」と、この教室の申し込む前に釘をさされた。しかし窓の無い会 議室で、オジサンやオジサン予備軍が形成する複雑系会議に脳を歪めることを 思えば、時々窓の外を通りすぎるブテ猫を眺めながら、たどたどしいドイツ語 で、鴨川のホームレスのことやIKEYAの家具のことや不動産屋の手数料の話 をするなんて、十分お洒落じゃあありませんか。
京都市役所駅前までぶらぶら歩き、さらに足をのばしてJEUGIA三条 本店を偵察。クラリネットのCDを2つほど試聴したけれど、どうもぱっとし なかった。JEUGIAを出てリプトンの店の前を通り過ぎようとしたとき、 色々なケーキやタルトのショウウィンドウに目がとまった。バナナタルトの切 断面ってこんになってたのか!?ひやーぁ、う・ま・そー!って顔して見てた ら店員が出てきて「どうですか、おひとつ。お持ち帰りもできますよ」と声を 掛けてきたので、慌てて逃げた。別に逃げなくてもいいんだけど、「よし!い つの日か、ここのバナナタルトを食ってやる!」と決心して、一拍おくところ が幸せのレシピってもんよ。
夜はスポーツクラブ。
2009年2月20日(金)
<<ヤな性格>>
今朝は変な夢を見た。何故か私は物理の大学入試問題を解こうとしていて、ど
うも運動エネルギーの問題のようだが、かなりの難問でなかなか解けない。しば
らく悩んだ末、これは運動エネルギーの問題のように見せかけた、位置エネル
ギーに関する極めて単純な問題だと気づき、直ちに正解を得た。
何で私はこんな夢を見たんだろうと不思議に思いながら、目を覚ます。そ ういえば私が出題する定期試験の問題って、実は簡単なんだけど一 見物凄く難しそうに見せる目くらまし満載で、そういうところに私の性格の悪 さが如実に出ている。そして正解答案に対しては、「コイツ、見抜きよったか。 へっへっへー」とにやにやしながらマルをつけるのである。どうだ?ヤな性格 だろう?
複雑系の大学生協を嫌い、ラクト山科で昼食用のサンドイッチなどを買っ て、昼過ぎに出勤。13時半から2時間ほど卒研ゼミ(代数幾何学)。今日は 正則写像のファイバーの次元に関する定理の証明。いまのところ、S君の卒業 式前日までゼミを続けようかという話になっている。何とか頑張って、ザリス キーの主定理と連結性定理まで終れたらいいけどね。
ゼミの後、すぐに大学を発ち、関西日仏学館に移動。図書室で少し予習を してから、隣の京大ルネで、個人研究費の残りで買おうかと思っているフラン ス語の電子辞書を調査し、それから少し早めの夕食。19時前から21時前ま でフランス語の授業を受け、帰りは冷え込む中を徒歩で京都市役所前駅まで。 途中、いつもの酒屋で菊水生酒200mlアルミ缶を買い、路上飲酒のプチ 「飲んだくれ生活」。路上飲酒って、世界と少しだけ和解できたような気分に なれるところが、いい。
2009年2月19日(木)
<<教訓は生きている>>
出勤日。山科駅で間違えて新快速電車に乗ってしまい、あっと気づいた時には
もう遅く、南草津駅を通過して草津駅まで連れて行かれた。こうなると20分
以上時間をロスする。大学に着いてから昼食の時間は無いだろうと思って、草
津駅のホームで電車の待ち合わせをしながら昼食。
開講期間外のRitsの学食はプチ複雑系で、いつ何時大量の学生や高校 生に占拠されて利用不能になるか知れたものではないと判断し、あらかじめ 昼食用のサ ンドイッチなどを買っておいたのは正解だった。複雑系に振り回されることによっ てこうむる被害を最小限に食い止める方法はただ一つ、複雑系に近寄らないこ とである。数理科学科の複雑系の皆様から学んだこの教訓は、ここでも生きて いる。
13時の修士論文公聴会ぎりぎりに大学に到着。公聴会は1時間ほどで終 り、一旦休憩の後、判定会議も兼ねた教室会議。その後、生協に行き、科研費 の残りで文房具などを購入。それから研究室で少し雑用をした後、大学を発つ。
帰りの電車の中で、少し「佐藤-テイト予想」の一般向け記事を眺めた。素 数の分布に関連した深い数学なんだろうけど、どうもゼータとかゼータの類似 とかの話に出てくる式が唐突な感じがして、ああいう奇妙な形の式が出てくる 必然性がよく理解できないまま今日に至っている。しかし来年度の卒研では、 学生達と一緒に素数定理にまつわる古典的な議論を勉強する予定なので、少し は理解が深まるかなと期待している。
帰宅途中、ラクト山科1階の菓子売り場を逡巡しながら3回ほどぐるぐる 回って偵察し、さらにはワイン売り場にもちょっと立ち寄ったものの、気を強 く持って結局何も買わずに帰宅。夜は群論の講義ノートの校正作業。
2009年2月18日(水)
<<飼い主の年を追い越す>>
午前中からブルバキ・ノートの校正と仕上げに取り組み、夕方頃完成。PDF
ファイルを卒研ゼミ(代数幾何学)のS君にメールで送り、固有写像関係の作
業はこれにて終了。それからラクト山科近辺まで散歩に出掛ける。大丸の食料
品売り場とお菓子売り場などを偵察してから、例の大開口窓際のベンチでBoschの
代数の本をぱらぱらと眺めてすごす。夜は久々に群論の講義ノートの校正作業。
ラクトの「ベンチ」では、例の「あーあ、何にもすることがないなー」顔の オジサンが居眠りしていた。数日前も、ラクト山科の前の路上で彼を目撃した。 その時はラクト地下のスーパー「フードショップ」の袋を下げてたな。このオ ジサン以外にも「ベンチ」でぼんやり時間を潰している高齢のオジサンが何 人かいて、その多くは常連さんのようだ。
しかし、高齢のオバサンはあまりそういうことはしないようだ。10年ほ ど前に整形外科のリハビリに通っていた頃、首や腰や膝の関節を患った高齢の オバサンが何人か一緒だった。彼女達は午前中はリハビリに通い、それから近 所のスーパーで「昼食のおかずを買って」自宅に帰ってテレビなどを見てのん びりすごし、夜は早々と寝るのだと言っていた。私の母も晩年は自宅で燻って いるか、やはり近所の整形に通うか、地域のコミュニティーセンターや観音寺 などに出かけて、風呂に入ったり新聞を読んだり、鳩に餌をやったりしていた が、お気に入りの場所で何時間もじいっと座っているというような事はしなかっ たと思う。まあ、安易な類型化は危険なので、この問題については今後も調査 を続けることにしよう。
そういえば数年前に京都駅前に近鉄プラッツがオープンした時、私も長生 きしたらそこを本拠地にして、(ラクト山科のオジサン達のように)賑やかな 街や行き交う人々をぼんやり眺めてすごす日々を送りたいものだと思った。た だじっと座って何もしないのもいいし、時にはスケッチブックを持ってきて、ベ ンチに腰を下ろして鼻毛を抜いているオジサンや、来客用の食器を選んでいる 若夫婦、だだをこねる小さな子供に手を焼いているお母さん、先輩に叱り飛ば されているアルバイト店員の学生などをクロッキーをするのも悪くないな、と か。しかしその近鉄プラッツも、何だか知らないけど早々と潰れてしまった。 その時何故か「犬は飼い主の年を追い越す」という言葉を思い出していた。
近鉄プラッツがなくなってもラクト山科があるではないかと思うけれど、先の ことはどうなるかわかったものではないしね。
2009年2月17日(火)
<<そういうことだったのか>>
午前中は自宅にてブルバキ・ノート予稿の校正など。昼過ぎに出勤し、何故か
学生と高校生で溢れ返っている生協食堂は諦めて、生協コンビニ弁当を買って
研究室にてコソコソ昼食後、夕方ごろまでさまざまな事務仕事に取り組む。研
究費の残りの執行に関する事務や出張申請書の提出などで、書類を書いたり、
あちこちの事務を回ったり、生協で文房具の値段を調査したり。人事主査の仕
事の後始末というか、4月から着任する先生の受け入れ準備に関係して色々
な人との調整も行う。16時半からは就職委員として、某企業の採用担当者と
面会。
以上の仕事を行う上で、私だけに限らず学内の何人かの人達が、本来は必 要の無い作業に煩わされており、さらには来客である企業の採用担当者の方々 にもいくばくかの不便を強いざるを得ない状態である。これはひとえに、ここ 1年近く続いている数物事務室の異常状態によるもの。しかし、このような 事態が放置されて良いはずはなく、必ずや3月末には正常化され、今後同様の 異常事態が繰り返されないよう、適切な措置が取られるものと期待している。
ところで今日面会した企業の人とは、電話連絡のちょっとした行き違いも あって、面会する直前まではいささか不審な印象をもっており、「会う必要も ないのでは」とまで思っていた。しかし学生に紹介する会社だから、仮に 不審だとしても不審の真相をこの目で確かめた上で、その旨を学内の然るべき 部署に申し送りするのが就職委員の務めかと思い、結局面会したのである。 しかし実際に応接室に入ってきたその担当者をひと目見て、さまざまな不審 や不信は一瞬にして吹っ飛んでしまった。ああ、そういうことだったのか、 私は完全に誤解していた、と。そういえば前にも似たような事があった。 やっぱり人は実際に会ってみないと分からんものだなと、しみじみと思ったのである。
夜はネットで3月末の東京出張の宿を捜す。 ブルバキ・ノートの完成はまた明日以降に延期された。
2009年2月16日(月)
<<鶯餅より花見団子>>
一気に寒さが戻ってきた。午前中はブルバキの位相を少し読んだり、メールで
事務的な仕事をしたり。午後は京大ルネに繰り出し、科研費で専門書を何冊か
購入。佐藤-テイト予想関連の本2冊、ホッジ理論関係の本1冊、複素解析幾
何学の本1冊、多変数複素解析の本1冊。書棚を見ると線形論理や圏論的ラム
ダ計算、分散型π計算理論の新刊本なども並んでいて、私が数学に転向して
から世に出てきたと思われる聞きなれない名前の研究者が著者だったりする。
ああ、今でもこういうタイプのプログラム理論の研究が地味ながらも着々と進
んでいるのだなと、ちょっと懐かしい気分になった。
その後、京大北部生協食堂で遅めの昼食をとってから京大数理研図書室に 移動し、また少しブルバキの位相を読む。夕方の帰宅途中に大丸ラクト山科店 で少し買い物。私の中で異様な盛り上がりを見せたバレンタインフェアも終り、 棚卸のため、地下食料品売り場を除いて18時以降は閉店されていた。いつも 買ってるラクト地下の和菓子屋では、春らしく鶯餅が出ていた。でも私は花見 団子の方が好きだな。おおっ!?きんつばもあるぞ!でも、今日はまだ生 チョコが残っているから、何も買わず。
夜もメールで事務的な仕事をいくつかしてから、フィルターとか固有写像 あたりで勉強したことをノートに纏める作業。固有写像まわりの話は今晩で終 りにしようと思っていたが、まだ少し気になることが残ってしまい、明日に持 ち越し。