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よ け ス ペ ー ス で す。

2009年1月15日(木)
<<身を挺して止める>>
午前中は4回生配当「計算機数学」の最終講義。シチジーを使ったブーフバー ガー・アルゴリズムの最適化など。最後に後期試験で落第しないための必要条 件(勿論十分条件ではない)を示す超簡単な例題を解説し、「この問題が出る ことはないと思うけど、今やってみせた議論がさっぱり意味不明!という人 は、落第する可能性がかなり高い」と脅しておく。いや、脅しじゃなくって、 かなり本当なんだけど。

研究室こそこそ昼食の後、13時半から15時半頃まで、卒研ゼミ(代数 幾何学)。非特異射のファイバーに関するある命題の証明のつづきなど。マン フォードの教科書って、やっぱり骨があって勉強になるなあ。

15時50分から17時20分まで、2回生配当「離散数学」の最終講義。 RSA暗号の計算例(その2)とリーマン・ゼーター関数とリーマン予想の簡 単(でいい加減な)紹介。最後に、この方面を勉強したければ、3回生で複素 関数論をしっかり勉強して、4回生の卒研は○△先生のところか×○先生のと ころに行くように。両先生がリーマン・ゼータの専門家かどうかは微妙なところ だけど、彼らなら君たちが血迷って「リーマン予想解決に青春を捧げたい!」と 言い出した時にきっと身を挺して止めてくれるであろう、とアドヴァイスして締 めくくる。

え?お前なら「リーマン予想命!」青年を止めないのかって?私ならたぶ ん、「へーえ、凄いですねー。人生棒に振ることになるかも知れませんけど、 まあ頑張ってください」っていい加減なことを無責任に言うだろうね。

夜は講義ノート作成作業をすこし。しかし早起きして眠いので、適当に切 り上げる。

2009年1月14日(水)
<<消火器が欲しい>>
ポールボキューズのラクト山科店で昼食用のサンドイッチなどを買って出勤。 すぐにメールのチェックなどをしながら、研究室こそこそ昼食。誰かが部屋を ノックしたが、メール等のアポなしノックは完全無視が原則。どうせ私の日誌 を読んでない愚か者が、禄でもない用を言いつけにきたのだろう。

昼食後、1月から3月末までの期間限定で、緊急避難的に設置された臨時 ポストのところに郵便物の処理に向かう。ここ2年ほどある問題に手を焼いて いて、どうにも改善の兆しが見えないため、年末に事務長にお願いして年明 けに設置してもらったものを、今日初めて利用するのだ。最初、要領がわからず 少し戸惑ったけれど、周りの職員の人も協力的だし、何とか使えそうだ。

それから、いくつか事務的な問合せ仕事をしてから卒研ゼミ(数理論理学)。 数論を含む形式的体系における決定不能な命題の構成など。ゲーデルの不完全性定 理証明の完了は、定期試験がある来週を飛ばして再来週に持ち越される模様。

その後、会議。仮病(?)で休む者や いつもの意固地など、短い会議でもオジサンの 醜態はたっぷり鑑賞できる。消火器があったら、 「お前らの胸の内で燻っている、そのロクでもない情念の炎をさっさと消し去れ!」 などと意味不明の言葉をわめきながら、その辺にぶちまけてやろうかと思ったけど。

「やっぱりオジサンというのはロクなもんではない。奴らに情 け容赦は無用で、遠慮なく水攻めなり、火あぶりなり、踏み潰しなり、なんな りとやればよろしいのではなかろうか」などと考えながら、所用のためまた別 の遠い事務室へ。簡単な用事だったのですぐに済んで、早い時間に帰宅できた。

帰宅後は、以前書いた簡単なメモでリーマン予想の概要を復習。個人的に はあまり興味がないけど、明日の2回生の講義で紹介すると予告したから。あ まり興味はないと言っても、私はわりと数学の世界の中ではキョロキョロした がる方で、自分の専門とは違っていても皆が騒いでいる話題はちょっと覗い てみたくなるのだ。

しかしリーマン予想の話は、複素関数論の多価関数とかガンマ関数とかよ く知らないので、詳しい事は資料を読んでもよくわからない。明日の講義では 概要だけ話して適当に誤魔化す積もり。「あとは、3回生で複素関数論をしっ かり勉強してから、○○先生の卒業研究でも選択してください」と。

2009年1月13日(火)
<<開かずのトイレ>>
今日も寒い。午前中は雪がちらついていた。今日も終日、次年度の講義の準備。 夕方頃、山科駅前Sbuxまで散歩に出た時も、ガロア理論の教科書を眺める。 Sbuxの帰りには、一時的に派手に雪が降っていた。

山科駅前Sbuxは、京都薬大や橘大学の学生、洛東高校の生徒などが勉 強部屋代わりに使っていることが多い。それに対してSbux新京極店で勉強 している客は私ぐらいで、あとは友達とお喋りに夢中になっている。だから新 京極店の店内はかなり騒々しい。騒々しいのはあまり気にならないけど、10 年ほど前の大学の授業って、こんな感じで誰も聞いてなかったなとちょっと懐 かしい。最近の学生は静かに講義を聞いてくれるか、寝ているかのどちらかで、 何度注意しても私語が止まらないといったことはとんと無くなった。もっとも、 10年前とは教えている学科が違うせいかもしれないし、いつも最初の授業で、 私語が五月蝿い場合はトンカチをぱんぱんぱんあーん!打ち鳴らして警告する ぞ!と釘をさしていることが功を奏しているのかもしれない。 でも昔の学生はそんな事を言ってもお構いなしに喋りまくってたけど。

それはとにかくとして、勉強に夢中になるかお喋りに夢中になるかの 違いはあるけれど、どちらの店も客の回転はそれほど良くなく、座席の確保は いつも難しい。しかし、何時行っても席が空いている店は、遅かれ早かれ潰れ てしまう。Sbux新京極店は以前は平野屋という喫茶店で、いつ行っても席が 空いているし、トイレも男女別2つあって便利だしで重宝していたが、潰れてS buxに代わってしまったのである。Sbuxのトイレは男女兼用1つと決まっ ていて、いつも誰かが使っている開かずのトイレ状態である。これはおそらく 客の回転を確保するためにわざと不便にしているのだと思う。山科駅前Sbu xでは、そろそろトイレに行きたくなってきたけど、店のトイレの前には待ち行 列が出来ているし、じゃあ、そろそろ店を出ようかという客の動きが自然と誘 発されている。これは新京極店も同じであるが、私は向かいシネコンま で出掛けて行って用をたし戻ってくることがある。

さて、講義の準備の方だが、結局、来年度の代数学の講義は、天下り的で はあるが最初に代数拡大やガロア群の話を必要最小限話してから、3、4次の 代数方程式を群論の観点から考えてゆくというスタイルの方が無理がないし、 より教育的ではないかと考えるに至った。夜はそのアイディアで、今まで書い た分の講義ノートを修正したりする。

それにしても、代数方程式の可解性とか方程式のガロア群の話は今まであ まり真面目に勉強したことが無かったので、面白いといえば面白い。しかし、 ただ面白いだけにとどまらず、折角色々勉強したんだから、これを何か自分の 研究に生かせないかしら。

2009年1月12日(月)
<<内偵>>
寒い。どこが地球温暖化なんだよう?!夕方にスポーツクラブに行った以外は、 終日自宅で次年度の講義の準備など。

ラクト山科をうろついていたら、スポー ツクラブでたまに見掛ける「その、もっこりピッタリの赤短パン、気持ち悪い から、やめい!!(怒)」と水鉄砲で局部を狙い撃ちしたくなる40代おナル 系筋肉マンが、仕事の帰りなのか、(赤短パンく比べれば)地味なコートに手提 げ鞄を下げて、1階中央エスカレータのところで仕事仲間かと思われる女と別 れて地下に降りていった。思わず後をつけてしばし内偵してみたが、普段もや はりおナルなオーラをたぎらせてる事を除いて、特に面白いことは発見できな かった。

そういえば筋肉中年の(故)S藤先生も相当なおナルだった。服を着ている ときは筋肉モリモリにはとても見えないのだが、「私、脱いだら凄いんです!」 というところが自慢で、「そこに俺サマのおナルの真髄があるのだよ」みたいな 話をしていたことがある。赤短パン男も、コート着てその辺を歩いているぶんに はとても筋肉マンには見えない。

それ以外では、ラクト山科の例の「ベンチ」のところで、元祖「あーあ、 何にもすることないなー」オジサンが、今日は何だか楽しそうな顔をして座っ ていた。あのオジサンは何なのか、もしかしたら未来の国からやってきた 私かもしれない。もう少し内偵してみようかしら。

2009年1月11日(日)
<<考えるの、面倒臭い>>
昼頃に近所のスーパーに買い物に出た以外は、終日自宅。昼間は徳島大学の集 中講義のレポート採点の集計と最終チェック、自宅PCのメールソフトの Upgradeと設定変更、その他の細々した雑用を片付ける。

夜はBoschの代数学の教科書の序文を読む。ギリシャ時代から現代までの代 数学、とくに代数方程式論をめぐる歴史とアイディアの変遷が7ページにわたっ て概観されいる。こういうものは高校生か大学初学年ぐらいに読んで感心した 覚えはあるが、今読むと、なるほどそうだったのかと改めて納得することも多 い。序文のドイツ語は本文のそれよりも難しいので、ドイツ語の勉強にもなるし。

そういえば来週のドイツ語寺子屋塾では、日独の家族のあり方の比較につ いて論じましょうというテーマが予告されて、すこし気が重い。先生は大学の Magisterarbeit (修士論文のようなもの)で、日本の平安時代から現代まで の家族制度を調べた人らしく、結構乗り気のようである。

私は人類社会天下国家をああでもないこうでもないと論じるのが苦手だ。 元々苦手だったというわけでもないけど、ある時からそういうものを信じなく なったような気がする。「社会」という概念と目の前に広がるリアルな世界と の関連は別に自明でも何でもないではないか、と。

例えば、電車の中で鼻毛を抜いたり鼻糞をほじくって食べたりしているオ ジサン予備軍に目が釘付けになって身震いする私は、少子化・高齢化社会問題 なのか、それとも、アメリカ型新自由主義経済の破綻と終焉の問題なのか、 はてまた日本人の共同体意識の有り方の問題なのか。 うーん、よくわからん。よくわからないし、たとえわかったところで、 「身震いする私」はどうすれば良いか?ということについて良い知見が得られる とも思えない。

なーんてな事を言っているけど、実は数学に転向してから、数学以外のことを考えるのが面倒臭くなって きただけさ。

2009年1月10日(土)
<<「この人、無理!」>>
ドイツ語寺子屋塾の見学日。昼過ぎに自宅を出て、京大ルネで昼食の後、隣 の関西日仏学館の図書室で、ドイツ語のウオーミングアップも兼ねてしばし Boschの代数学の教科書を眺めてすごす。時間が近づいた頃に窓口に行き、昨 日見学した講座より15分早い時間帯の少しやさしいレベルの別の講座に まだ空きがあるか問い合わせる。まだ大丈夫だというので、今から見学するドイツ 語講座が良さそうなら、その15分早い方の講座に申し込み、ドイツ語講座を 見送るなら、これまでのクラスの継続にあたる講座を申し込もうと決心する。

昨夜は酒の勢いもあって、「怖い物見たさ」こそ私の人生の指針だから、 断固あの講座に本登録するぞ!と考えていたのだが、嫌な夢でうなされつつ一 晩眠ってすこし頭を冷やしてみて、やっぱりあの講座だけはやめるべきだと思 うに至ったのだ。何故ならば、まず、講座のレベルが少し高すぎて背伸びしな ければならず、ドイツ語講座と並行ではしんどいこと。もう一つは、--- そし てこれが最大の理由であるが--- 受講生の中に「この人、無理!」という人が 居て、少人数の語学のクラスでそれはちと辛かろうということ。

私は、オジサンと嘘つきと頭のおかしい人でなければ、通常少なくとも初 対面から拒絶することは無かったから、今回のように、まあ、ごく普通の人な んだろうけど、この範疇にない人に対して授業が終った時点で「この人、無 理!」と心底思っている自分にちょっと驚いてしまった。ああ、私は甘かった。人の世は、オジサン と嘘つきと頭のおかしい人だけ警戒しておけば、あとは脳が歪んだ私でも何と かやっていけると高をくくっていた。しかし、私が長らく見落としていた危険 な鉱脈があったのだ。私は今、激しく人生観の修正を迫られている。あの鉱脈 に棲息する膨大な数(?)の人達を正しく捉え直し、再び菊水生酒路上飲酒の 夜を迎えなくて良いようにしなければならない、と。

ドイツ語寺子屋教室の講座の見学は順調で、そのまま迷いなく受講を申し 込み、その帰りに関西日仏学館に立ち寄って決心通りクラス変更をして受講を 申し込みに行った。ちょうど土曜午後のクラスが終了する時間帯で、前学期ま でクラスで一緒だった人達が窓口のある1階に下りてきて、見つかってしまっ た。高山さんは何故今日の授業に来なかったのかとか、来学期にはまたクラス に戻ってくるのかとか。社交辞令なのかも知れないけど、人の情けが身に沁み る。「退屈な人達」とこきおろしたけれど、いい人達であることは確かなんだ ろうと思う。

ああ、昨日今日と色々大変だったなあ。こういう時こそ勢いをつけて、 迷っていたCDを買うのである。ということで、JEUGIA三条本店にて エリック・ハイドシェックの"Kinderszenen, Children's corner"を購入。 ロベルト・シューマンの「子供の情景」とクロード・ドビュッシーの「子供の領分」、 そしてエリック・サティーの「ジムノベティー」、それ以外に、これは聴いたことがない曲だけど、フランソワ・クープランの「フランス人気質またはドミノ」、 そして奥さんのターニャ・ハイドシェックが弾いているモーリス・ラヴェルの 「マ・メール・ロワ」(これも聴いたことがない)が入っている。

ターニャ・ハイドシェックは、録音した場所やピアノが違うせいなのか、 それともラヴェルの曲だからなのかよくわらないけど、夫君とは全然音が違って いて、何故かSbuxのコーヒーと関西日仏学館のル・カフェのコーヒーの違いを思 い出してしまった。私はピアノを弾かないからよくわからないけど、あの違いは 何なんでしょうね?

このジャケットも、緑の芝生に淡い藤色のカーデガンが美しく、その写真 が控えめな大きさで白地の背景の隅に収まっているところが良くて、写ってい るのがオジサンであることを帳消しにして余りある。

2009年1月9日(金)
<<菊水生酒路上飲酒>>
午前中から昼過ぎまでは、大学案内に載せる研究室紹介文を書き、さらに紹介 用の写真を撮ってメールで事務に送る。研究室紹介の写真といっても実験系で はないので、ゼミで使うようなテキストの中で数式や図の見栄えの良さそうな ページを選んでデジカメで写したもの。グロタンディックのEGAとかグリフィス の代数曲線の講義録とか色々迷ったけれど、結局マンフォードの通称「赤本」 のあるページにした。

近所に野暮用に出て戻った後、午後は徳島大学での集中講義のレポート採 点。夕方までにほぼ終了。それからラクト山科で新しいノートとボールペンを 買ってから、関西日仏学館へ。新しいクラスのお試し見学。19時から21時 までの夜のコース。今日は私を含めて6名の受講生が来ていたが、これがなか なか激辛に刺激的な方々で、特に最後の30分は大変であった。「こんなク ラス、やっぱりやめよう!」とびびる思いと、「怖い物見たさで続けよう!」と いう思いの両極端で揺れ動き、心は千千に乱れる。こういう時に私が取る態度 は決まっているのである。私はマゾだから、怖い物見たさの方に走ることにな るだろう。

しかし今日のところは想定外の事態が3つばかり重なり、我ながら動揺が 激しくてどうにもならない。 帰りは頭を冷やそうと京都市役所前まで夜道を歩いて帰ったが、「これが飲ま ずにおれようか!?」とたまりかねて途中の酒屋で 菊水一番絞り生酒200mlアルミ缶を買い、ちびちびと路上歩行飲酒。 よく駅などで、カップ酒片手のほろ酔いオジサンを見かけるが、とうとう私も 地下鉄駅構内カップ酒デビューを果たしてしまった。

酩酊路上歩行は珍しくないが、路上歩行飲酒は、学生時代のある夏の真昼 間、ひとり安い白ワインをらっぱ飲みしながら、山科からまだ路上電車だった 頃の京阪電車で三条京阪に出て、鴨川べりをうろついた時以来である。 あの時は、真昼間から路上歩行飲酒したら世界はどんな風に見えるかしら と思って実験してみたのだが、「べつにどうってこともない」と分かってつま らなくなってやめたのである。

2009年1月8日(木)
<<先送りする>>
10時40分から12時10分まで、4回生対象「計算機数学」の講義。ブー フバーガ・アルゴリズムの簡単な計算例、第1シチジーをつかったアルゴリズ ムの最適化理論の前置きとして、シチジーの定義と具体例など。授業の後で学 生がある問題を質問してきたが、どこかで見たことのある問題だなと思ってた ら、私が出した去年の試験問題だった。

昼休みは徳島大学の集中講義のレポートを採点する積もりだったのが、すっ かり忘れていて、何となく終ってしまう。明日やろう(と、先送り)。

13時30分より15時40分頃まで、卒研ゼミ(代数幾何学)。代数多 様体の間の正則写像の微分の定義、および滑らかな射のファイバーの次元定理 など。ひきつづき、15時50分から17時20分まで、2回生「離散数学」 の講義。RSA 暗号の原理と具体例の計算法。今年は調子よく喋ってかなり時間 が余りそうなので、来週はRSA 暗号の具体例をもう少し話してから、リーマン 予想の紹介などを行う予定。

その後、京都駅近辺に移動し、しばし野暮用と夕食。帰宅後は群論の講義 ノート作りなど。まあ、レポートの採点とか、半年以上放置してある論文レ ビューとか、色々仕事は溜まっているけど、結局好きな仕事から手をつけて、 気乗りのしない仕事は先送り気味になるのは、誰でも同じ、、、か?

2009年1月7日(水)
<<ちいさな白いにわとり>>
仕事始めの初出勤。13時半から15時半頃まで卒研ゼミ(数理論理学)。ゲー デルの不完全性定理の証明で、年末から引き続き、ゲーデル数化した形式的体系 の超数学を扱う算術的体系の定義など。16時から18時半過ぎまで教室会議。 ああでもない、こうでもないと愚図愚図議論が続き、何だかよくわからないま ま終る。愚図愚図と議論するのが良いことかどうか知らないけれど、まあ、基本的 に平和な議題であり、少なくとも

ちいさな白いにわとりは、みんなに向かっていいました。
「この公募人事の主査、誰がやりますか?」
豚はいやだといいました。猫もいやだといいました。犬もいやだといいました。
ちいさな白いにわとりは、ひとりで人事主査をやりました。

ちいさな白いにわとりは、みんなに向かっていいました。
「来年の学科長、誰がやりますか?」
豚はいやだといいました。猫もいやだといいました。犬もいやだといいました。
ちいさな白いにわとりは、ひとりで学科長をやりました。

ちいさな白いにわとりは、みんなに向かっていいました。
「来年の教務委員、誰がやりますか?」
豚はいやだといいました。猫もいやだといいました。犬もいやだといいました。
ちいさな白いにわとりは、ひとりで教務委員をやりました。

ちいさな白いにわとりは、みんなに向かっていいました。
「来年の国外留学、誰が行きますか?」
豚は行きたいといいました。猫も行きたいといいました。犬も行きたいといいました。
ちいさな白いにわとりは、とうとう脳を歪めてしまいました。

みたいな話ではなかったし、その間たっ ぷり内職ができて、明日の授業の予習が完了したし。生協で夕食の後、しばし研究室 でぼんやりしてから帰宅。

夜は来年度から新しく担当する代数の講義のノートを少し書き始める。来 年度は大学の仕事が忙しくなりそうなので、講義の準備は早めにやっておかな いと継続的な研究時間が確保できなくなる。

現代の代数学は群・環・体論の上に成り立っているし、群・環・体論は代 数方程式論から生まれたわけだから、まずは代数方程式論からどうやって群論 などが生まれてきたかを講義しようという野望を抱いているので、ちょっと大 変。今の代数学の教科書って、歴史の順序とは逆に群・環・体論を使って代数 方程式論を説明しているから、それをそのまま使うわけにもいかないし。そし て環・体論は必要最小限にとどめて群論に重点を置き、前期は3,4次を中心 とした置換群の計算を色々やって「群論が抽象的だなんて言わせない」方針で 臨み、後期から抽象的な群の構造理論に入っていくというアイディアだが、 そんなにうまく行くものかどうか。

2009年1月6日(火)
<<オジサンの情景と領分>>
正月休み最後の日。午後は街に出てようやく客の入りが正常化した山科駅前 Sbuxにてガロア理論の復習などをしたが、その前後は昨日完成した論文原稿に 最後の一行を書き加えて、プレプリントサーバや某学術雑誌にメールなどで投 稿。これで数ヶ月はこの論文のことは忘れていられる。それでもって数ヶ月後 には高い確率で採録拒否メールが届き、しばしへこんだ後、気を取り直して別 の投稿先を探すことになるのである。研究者稼業をやっている限り、このよう な神経をすり減らすゲームは避けられないのである。

さて、昨日JEUGIA三条本店でエリック・ハイドシェイクのCDを見送ったのは、 単に私の貧乏性だけが理由ではなく、 自宅にあるシューマンとドビュッシーのピアノ曲のCDをまず聴いてから考えようと思ったから。

左のジャケットは、ウラディミール・ホロヴィッツのシューマン・ピアノ曲集。「子供の情景」、「クライスレリアーナ」、 「アラベスク」、「花の曲」が入っている。

イケ面のアンドレアス・バッハのロベルト・シューマン・ピアノ曲集は、 「ピアノソナタ第1番、作品11」「アラベスク」「森の情景、作品82」「3つの幻想小曲、作品111」 が入っている。 このCDは、まだシューマンとシューベルトの区別もよく分からなかった2004年に、 エッセンのCDショップでシューベルトのCDだと思って買った。 その頃はまだオジサン嫌いではなかったから、「おっ、イケ面やな」と思って喜んで 買ってしまった。いい加減なもんである。

それにしてもシューマンは厄介である。まず、ロベルト・シューマンと奥 さんのクララ・シューマンはちゃんと区別しなければいけないし、「3つの幻 想小曲, 作品111」はオーボエやクラリネットで好んで取り上げられる「3つ のロマンス、作品94」や「幻想小曲集、作品73」、ヴィオラとピアノとク ラリネットの「おとぎ話」と混同しやすい。類似品にご注意を!である。 まあ、実際に曲を聴いてみれば違いは明らかなんだけど。

ペーター・ローゼルのドビュッシー・ピアノ曲集は、 「ベルガマスク組曲」「子供の領分」「版画」が入っている。これは2000年にエッセンに 滞在した時に、上のアンドレアス・バッハのCDと同じ店で買ったんじゃなかったかと思う。 画像が小さくて見にくいけど、 ジャケットに使っているクロード・モネの蓮池の絵に惹かれて、何となく買ってしまった。 流石に最近ではジャケットの絵と中身の音楽は別だと考えられるぐらいに精神的成長を 遂げたけど、当時はまだ「綺麗なジャケットがついているCDは綺麗な音楽が詰まっている」と無意識に 信じていたのである。ああ、やっぱりいい加減なもんである。

しかし大事なことは「子供の情景」(R.シューマン)と「子供の領分」 (ドビュッシー)は大違い!ということだ。言葉の意味が違うから、勿論音楽 も違う。どういう風に違うかというと、それは「オジサンの情景」と 「オジサンの領分」が全然違うことを思えば明らかだ。例えば、「私 はオジサンの領分から少し離れたところに身をおいて、オジサンの情景を注意 深く監視している」という文例を考えれば明快である。「オジサンの情景」は 怖い物見たさでまだ受け入れ可能だが、「オジサンの領分」に踏み込めば痛い 目にあって脳が歪んだりするのである。

2009年1月5日(月)
<<幸福な勘違い>>
研究日。ゆっくり起きて、昼過ぎまで論文校正作業。単なる校正にとどまらず、 色々細かいところで結果を修正したりしているので、結構時間がかかる。これで 果たして論文の内容が良くなっているのか悪くなっているのか、本人にはわか らない。

午後はBoschの代数学の教科書を持って街に出る。世の中は今日から仕事始 めと言ってるから、人出も平常に戻っているかしらと河原町三条界隈へ。しか しまだ学校が始まっていないらしく、若い人が沢山居て、特に新京極通りあた りの混み具合と歩いている人間の顔ぶれは、ちょうど普段の日曜日のような感 じだった。

そういえばゼスト御池ですれ違った私と同年輩ぐらいの女性は、よく関西 日仏学館の図書室で勉強している人だった。鼻から下はマフラーで隠れていたが、 ヘアスタイルと目だけ見れば十分判別できる。クラスが違うので話したことは ないし、向こうは多分私のことは知らないだろう。

久しぶりにスパゲティーの五右衛門ゼスト御池店に入ろうかなと思ってた ら、店から出てきた私と同年輩ぐらいの見ず知らずの女性が、「これ、私は使 わないから、どうぞ」と、ゼストの各店でやっているスピードくじの50円当 たり券をくれた。以前大阪の美術館の入り口で60代ぐらいの見ず知らずの女 性に佐伯祐三展の招待券を貰ったこともあるし、私って、結構こういう世代の 女性のモテるのかしら?と幸福な勘違いに浸ってみる。勿論50円券は有り難 く使わせていただいた。遅めの昼食を食べ終わって、帰りに店でもらったスピー ドくじはハズレだった。

それからJEUGIA三条本店を偵察。曽根麻矢子のチェンバロでJ.S. バッハの CDにするか、仲代郁代のピアノでベートーベンのCDにするか、エリック・ハイ ドシェイクのピアノでシューマンとドビュッシーのCDにするか迷ったが、結局 全部欲しいし、でもこういう時に全部買うのって何だか知らないけどまずいん じゃないかっていう貧乏性が邪魔して、全部見送った。

その後久しぶりにSbux新京極店でBoschの教科書に読み耽ったりして、最後 にAnger河原町三条本店とApakabarゼスト御池店を偵察してから山科に戻る。 そういえばゼスト御池のある店に、招き猫を模した縫いぐるみがいくつか置い てあって、それらが全部「わーっ」とか何とか叫んでいるかのように大口を開 けた猫。うーむ、これは俗に「口なし猫」と呼ばれるハロー・キティーの対極 にある概念だなと深く感じ入る。しかし「わーっ」と大口を開けたハロー・キ ティーってのも案外面白いかもしれないな、と。

帰宅後さらに論文校正作業を続け、夕食の後はスポーツクラブ。筋トレ系 のマシントレーニングしかやらなけど、いつも1つのマシンを長々と占拠して、 薄いわけでも濃いわけでもない髪の毛をいじったりして休憩ばかりしている5 0代のオジサンが来ていた。去年の春に中学を卒業したばかりなのに異様に筋肉 モリモリ状態で、何だか勘違いの全能感に酔い痴れているフシのあるガテン系 少年も来ていた。それから、たまにしか見かけないけど、「その、もっこりピッ タリの赤短パン、気持ち悪いから、やめい!!(怒)」と水鉄砲で局部を狙い 撃ちしたくなる40代おナル系筋肉マンも来ていた。しかしロードランナー逆 走男は今日も現れず。

スポーツクラブから帰ってからさらに論文校正作業を続け、ようやく完成 にこぎつける。

2009年1月4日(日)
<<煙に巻く>>
昼過ぎまで、昨日買ったPC用プリンター複合機の設定など。それから久しぶり に山科駅前Sbuxへ。相変わらず満員御礼状態でご同慶の至りだけど、こう毎度 毎度行くたびに満員じゃあ、いい加減嫌になってくるな。かろうじて窓際カウ ンター席を確保し、かなり遅めの昼食がてらにBoschの代数の教科書でガロア 理論の復習など。狭苦しいカウンター席に閉口し、例のラクト山科の「ベンチ」 に移動。ひきつづきガロア理論の復習。

「復習」とはいえ、実は私は3次と4次の代数方程式の解法やそれらのガ ロア理論の立場からの扱いは、研究に直接必要になることがないため、真面目 に勉強したことがない。しかし来年度の講義のネタにしようかと思って、少し 丁寧に見ている。

ラクト山科の「ベンチ」では70代ぐらいのオジサンが暇そうに居眠りを していた。これまでに見たことのない新しい人である。これからも沢山のオジ サンが「ベンチ」で居眠りすることだろうと思うが、オバサンが「ベンチ」で 暇そうに居眠りをしている図を見たことがない。それは何故かしら?そして それは何を意味するのかしら?

「ベンチ」での勉強を切り上げて、ラクトの山科書店で「人生は愉快だ」 (池田昌子)を再び立ち読み。上司から、先日頼んだ仕事はやっておいてくれ たと聞かれ、やってないのに「やった」と答えるなど、保身のための小さな嘘 を平気でついてしまう自分はどうすれば良いかという人生相談。ああ、そうい えば私も、病的な虚言癖のある輩に手を焼いているけど、池田センセイどう答 えるのやら、と。センセイ曰く、そもそも言葉は嘘をつくための道具であり、 言葉を使う人間が嘘をつくのは当たり前である。勿論、自分は文筆家として言 葉を操る仕事をしているから嘘をつく。くれぐれも私の言うことを真に受けな いように、などと旨く煙に巻いて逃げていた。まあ、「お前なんざ、閻魔大王 に舌抜いてもらえばいいんだよ!」とは言えないだろうしね。

帰宅後はしばし野暮用。夕食後は論文原稿の校正作業を少し進める。

2009年1月3日(土)
<<断言する>>
研究日。午後は山科区内の某家電量販店に自宅PC用プリンター複合機を買いに 行ったりラクト山科で買い物をしたりした後、山科駅前Sbuxや河原町三条界隈 はどうせ満員御礼状態だろうと思い、ラクト山科の「ベンチ」に直行。そこで 夕方までBoschの代数の本でガロア理論の復習をしたり、行き交う買い物客を ぼんやり眺めたり。

「ベンチ」では70歳前後のオジサンが私が来る前から居て、難しい顔し て暇そうに本を読んでいたが、そのうち居眠りを始めた。私が去る時もまだ居 眠りをしていた。何にもすることがなくて、あそこで時間を潰しているオジサ ンって結構いるのかもしれない。

反対側の隣には、大学生ぐらいの男の子二人が、嬉しそうに軽口を叩きあ いながらカード遊びをやっていた。ああいうノリはわからないでもないけど、 私が彼らの年頃の時はあんな風ではなかったような気がする。そもそも私は誰 かと一緒にゲームを楽しむことには、ほとんど興味を示さなかったし。さて、 彼らが数十年後に私のようなオジサン嫌いのオジサンになる可能性は何パーセ ント?

山科書店で池田昌子の「人生は愉快だ」を立ち読みしたら、つまらないお 喋りが嫌いで社交性が無いと言われる自分はどうすれば良いのかという読者の 相談に対し、それは要するに本質的な事にしか興味が無いということだから大 変結構なことであり、大いに自信を持てばよろしいというような回答をしてい た。この人の書いたものはたまにしか読まないけど、当たり前のような事ばか り書いてある。ただ当たり前の事を、よく考えた上で断言するところが偉いと 思う。それに比べて、私が(業務連絡的会話以外の場面で)断言することとい えば、「オジサンは嫌いだ!」とか、そんなことばっかりだな。それ以外のこ とは、いつも「へへへっ、まあね」で誤魔化してオワリ。

それ以外は自宅で論文の校正作業など。相変わらず某女史との「ぶーたれ 合戦」も続いており、夜はぶーたれメール書きもすこし。

2009年1月2日(金)
<<暇そうな顔>>
今日も研究日で論文校正作業をと思っていたが、諸般の事情で午後は街に出る ことになった。JEUGIA三条本店、御池の酒の量販店、Sbux御池店、ビッグカメ ラ京都駅店、大丸ラクト山科店食料品・菓子・酒類売り場などを偵察。帰宅後 は野暮用と夕食の後、自宅用プリンタの機種選定をいろいろ。はてまた、まだ まだ続く(?)某女史との「ぶーたれ合戦」の一貫として、メールの返事を書 いたり。

山科はそれほどでもなかったが、京都の街は通常の数倍もの人出で大変だっ た。何処に行っても暇そうな顔した人間が山ほど居てウロウロと行く手をは ばみ、飲食店はどこも店の外まで人が並んでいて、といった状態。正月には閑 古鳥が鳴いている津の旧市街(私の「別荘」のあるあたりである)とは大違い だ。そういえば去年の日誌を読み返しても、1月3日に街に出ていて、やはり 人の多さに閉口している。

2009年1月1日(木)
<<何故勝負に出たか?>>
私はのんべんだらりと生きているので、正月と言ってもあまり変わったことは しないのである。しかし元旦は一年のうちでもっとも数学研究に適した日だと 思う。普段は周りがせわしいので、無意識のうちに自分もそれに負けまいとせ わしく数学をやってしまう。しかし元旦は世界が止まっているかのように静かだ から、自分の本来のペースに戻ってダラダラと数学ができる。毎日が元旦だっ たらどんなに良いことか。ということで、本日、終日自宅でダラダラ研 究日。論文原稿の校正作業を進める。

ダラダラ研究日だから色々他のこともするわけで、届いた年賀状を眺めたり、 年賀メールに返事を書いたり、年末に買った酒を飲んだり、少しテレビ をみたり、野暮用をしたりといった感じ。

元旦到着分のベスト年賀状は、某先生から届いたハローキティー・バージョ ンのもの。葉書にプリントされているハローキティーとしばし目と目を見合わ せて、うっとりとした時間をすごした。年賀メールは某女史からのもので、お 互い自分の勤務している大学がいかに狂った状況にあり、自分が日々いかに激 しくぶちキレているかを自慢しあって盛り上がるのが、最近の正月恒例みたい になってきている。

夜、何の気なくテレビをつけたら、日本のテレビではあまり見られない、 気持ち悪い黄色とブルーのコントラストの風景や、キンキラに装飾された内装 にどぎつい緑とオレンジ、または赤系統の造花をあしらった古めかしいコンサー トホールの映像とかが出てきた。ははあ、これはドイツ・オーストリア系の色 彩感覚だなと思ってたら、案の定、ウイーン・フィルの新年コンサートの中継だった。 あそこら辺の人たちって、何であんなベタっとしたどぎつい色彩を好むんでしょ うね。そういえばこれと同じ番組は2001年の正月にエッセンの下宿で見 てて、同じようなことを思ったな。

普段オーケストラ音楽は聴かないので、ウイーン・フィルの指揮者を元ピ アニストのダニエル・バレンボイムがやってるとは知らなかった。そういえば、 クラリネットのエルンスト・オッデンザマーもウイーン・フィルだった。 それ以外は知らない人ばっかり。

それから、会場の映像の中に一瞬日本人の父娘の姿が映っていた。観客と して来ているのだが、娘は振袖などを着ている。例えば、ウイーンの音大に留 学した娘の身の回りの世話をするためと称して、奥さんも夫をひとり日本に残 してウイーンに住みつき、現地でむさくるしい夫ヌキで羽を伸ばしていたのだ が、正月休みに夫も現地にやってきて、久々に父子水入らずで(あるいは奥さ んも近くに居たかもしれない)ウイーン・フィルの新年コンサートを聴きにき たとか? 否、音大に留学している娘が、西洋音楽を学ぶまたとない機会のこ のコンサートで、振袖など着て「筋違いの勝負(?)」に出るとは考えにくい。 では一体、彼らは何者か?そういうロクでもないことを考えながら、ぼーっと 見ていた。