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た
め
の
邪
魔
な
広
告
よ け ス ペ ー ス で す。
2008年7月31日(木)
<<何者でもない人>>
昼前に出勤。生協コンビニ弁当のコソコソ昼食を挟んで、「情報処理」の成績
集計と成績報告用紙への記入作業。14時から17時まで学科の将来計画につ
いての会議。皆さん、教育熱心で話が尽きることなく、たいへん結構である。
皆さんの熱意に押され、とうとう私の主担当科目は近い将来全て廃止となり、
晴れて専任フリーター教員としてその年々の余り物の科目を担当し、それだけ
で食いつないでいく立場になれそうだ。「私はここにいる、しかし、私は何
者でもない」ってのは、私の理想でもある。
思うに自分の専門性は研究の場で発揮すれば良いのであって、教育の場で はそれはむしろ有害無益である。私は代数学の研究者なのだが、「代数の先生」 になってしまうと、毎年のように学生に代数を教えなければならない。一所懸 命学生に代数を教えても、学生が頑として何も理解しようとしなければ、 何だか自分が否定されたような気分になる。これは精神衛生上よろしくなく、 有害なのである。 (旧)情報学科時代は、「そんなにオレの事が嫌いな学生なら、これでも喰 らえ!」と不合格を乱発して腹いせをしていた。しかし、自分の専門外の事を 教える場合は、そういうことは起こらない。
幸い、私と同じように考える大学教師は極めて少数で、ほとんどの大学 教師は専門家の顔をして教壇に立ちたがり、そのお陰で大学教育が成り立 っている。私はエゴイストなので、大学教育云々よりも自分の人生の方が 大事なのである。何かしらの専門家として教壇に立つことが、自分の人生に 一体何の意味があるのか?せいぜい自分が大学からその分野の専門家として 認められているという自己満足が得られるぐらいで、それでは腹の足しにも ならないし自分の研究が進展するわけでもない。さらには、思うように理解 してくれない学生に対する失望に常に苛まれなければならない。学生に失望 してもしょうがないのである。彼らに教える時ぐらいは、希望も失望も抜き で唯へらへら笑っていたいものだ。
かと言って、自分の専門でも何でもない科目に何年も縛り付けられて、そ れが私の専門であるかのように語られたり、誤解されたりするのも癪である。 だから、大学の中では「何が専門なのかようわからん存在」で居た方がスト レスが少なく済んで、その分研究に労力が注げるというわけだ。
その後、別の演習科目の成績集計作業などを片付けてから、生協で夕食。 そして図書館でGrothendieckのTohoku論文の残りを全てコピーしてから帰宅。
2008年7月30日(水)
<<チームプレイの楽しさ>>
13時と16時にそれぞれ1時間ほど会議に出席するため、昼頃に出勤。今日
も珍しく生協で昼食。会議の合間は「情報処理」の前期試験の採点と成績判定
を終える。図書館でGrothendieckのTohoku論文の一部をコピーして大学を発つ。
明日も会議と成績表記入や採点講評執筆作業などのために 出勤である。採点関係の作業はいいけど、こう会議ばかりだと対オジサン被爆 量が増えてよろしくない。最近どうも、串刺し釜茹で踏み潰しだの、鮫に食わ れてしまえだの、電車で轢いてやれだのと、物騒なことばかり考えて頭が忙し くなっているのは、被爆量が増えているからだと思う。
そういえば大学教師の仕事は個人プレーが中心で、強い仲間意識で結ばれ たチームで仕事をすることは、普段は無い。学科の運営も、月に何回か嫌々 会議室に集まって自分達の共通の利益確保のために知恵を出し合ったり、気の 進まない仕事の押し付け会いをするだけだから、ちょうど地域の商店組合か町 内会みたいなものであって、互いの信頼感や仲間意識は薄い。
ところが、学部執行部など学内行政組織に引き込まれると、チームで作業 をこなすために事務方も含めた濃厚なコンタクトが日常的に行われ、その中で 強い仲間意識が生まれるようである。私のようなひねくれ者からすれば、まさ に身の毛のよだつような恐ろしい倒錯の世界だけど、人によっては(特に 誰とでもうまくやっていけるタイプの人)、それはそ れで毎日が充実して楽しいものらしい。
昨日チャーターバスの中で私に学内行政の話をしてきた人も、私が学科長 だった頃に学部執行部に居た人で、学科長会議などで1年間に40数回顔 を合わせた。それゆえに私に親近感を持ってくれて色々話し掛けてきたのだ ろう。私にとっては、その後、精神を少し病むことにもなり、忘れてしまい たい忌まわしい1年間だが、彼にとっては、大変だったけれど、それなりに 充実した楽しい日々だったのだろうと思う。
昨日の親和会宴会で、学部執行部に引き込まれた某同僚が、仕事仲間たち と楽しそうに談笑し、労をねぎらい合っている様子を見ると、ああ、この人も 何時の間にかチームプレイの楽しさにからめ取られてしまったようだなと感慨 深かった。執行部に取られる前までは、親和会の宴会など絶対に出席しないと いうごく普通の数学者だったのだが。
2008年7月29日(火)
<<数学者蒲鉾>>
昨日の自棄酒の影響を少し残しながら午前中に出勤。珍しく研究室こそこそ昼
食をやめて、生協食堂で昼食をとってから、図書館でホモロジー代数の教科書
を一冊借り、理工学部の事務へ。そこで情報処理の試験の答案の束を受け取り、
16時の会議の時間まで採点に励む。16時前になってもまだ終らないので、
内職用に会議にまで持ち込んでせっせと作業を続け、9割程度完了。勿論会議
の内容は聞いてなかった。何でも65歳で定年になった教員をどう処遇するか
という経営者の考えを説明していたようだけど、そんなこと私には何の関係も
無い。
今夜は理工学部教授会の親睦会(通称「親和会」)の宴会の日で、会議の 後、チャーターされたバスに乗って宴会会場に向い、そこでクジを引いて決まっ た宴席に着席するのが習わしである。親和会の名の通り互いの親睦を深めるの が目的だが、オジサン嫌いの私は勿論誰とも親睦したいとは思わず、ただチャー ターバスの中で数学を考え、宴会でうまい料理と酒を飲んで酩酊したいだけな のである。残念ながら今日はチャーターバスの中で数学は考えられず、隣に座っ た人と色々学内行政の事を話すはめになり(この世で一番詰まらない話題であ る)、最後は居眠りをしていた。
親和会の会場で某同僚に「ああ、高山さん、ちょうど良かった」と呼び止 められた。大学関係者以外の人には分りにくいかもしれないが、大学において 同僚を「ちょうど良かった」と呼び止めるのは、ほぼ100%ロクでもない用 件に決まっているのである。実際、「カンケーねーんだよ!プロジェクト」は なかなか足を洗えず、私の都合に合わせて日程が組まれる会議まで予定される ようになってしまった。
数学者というのは困った人種だ。平常時には私のことを、お前など数学者 でも何でもないとさんざん冷や飯を食わせておいて(その方が実は私にとっては 色々都合が良いのだけど)、何か揉め事が起ったときに、冷や飯食いの私が見兼 ねて、「そんなん、こうしたらええのんとちゃうの?(まあ、オレには関係な い事だけどさ)」と野次馬の気楽さでテキトーな事をちょっと言っただけで、お お、じゃあ、高山さんに任せよう(まあ、そこまでは言ってないと思うけど)、 高山さんはれっきとした数学者だ(突然こういう血迷った事を言い出す連中も 現れたな)、などとおだて始め、会議に引っ張りだし、それから、、、?あ あ、考えたくもない!
まったく自分の損にも得にもならないことに口出してる自分もほとほとお 人好しの馬鹿だと思うけど、テメエの頭の上の蝿も追えない数学者連中など、 鮫にでも食われてさっさとくたばっちまえばいいんだよ、ばーか!と言いたい ところだ。そんでもって、その鮫を蒲鉾にして、オレ様が食ってやるよ。ざま あ見ろ、とね。名づけて、数学者蒲鉾だ。うまいぞ!
というような事を考えながら、一人で料理を食べ、手酌で酒をぐいぐいやっ ているうちにかなり酔っ払ってしまった。帰宅は22時頃。
2008年7月28日(月)
<<祟りテンコ盛り>>
夕方頃まで自宅で数学。「秘策」の方針が大体決まり、しばらくは地道な足固
めに励もうということで大学院生みたいな勉強を開始。昼前から雷が鳴り始め、
間もなく激しい雨も。1,2時間でおさまるかとおもいきや、結局夕方頃まで
ゴロゴロと続く。こんなにしつこく雷が鳴り続けるなんて、何かの祟りかしら。
今日は大阪のコンサートを聴きに行くので、まだ雷が鳴っている16時頃 からぼつぼつ準備を始めたら、水洗いできる防水タイプの電気髭剃りが、水洗 い中に壊れて動かなくなってしまった。何だか不吉な予感がするなあ。
それでも何とか身づくろいを終え、17時前には自宅を出た。山科からJR の快速に乗れば18時には大阪について、その辺で夕食を摂ったりして19時 の開場には余裕で間に合うと思っていたのだが、甘かった。山科駅に着いたら、 雷の影響でJRはほぼ運休状態でとわかった。
ならば京阪電車はどうかしらと、地下鉄で三条京阪に移動したが、普通列 車のみ寝屋川まで折り返し運転とのこと。
ならばタクシーで京都駅に行けば、山科駅より少しは状況はマシだろうと 思ったが、京阪三条駅って思うようにタクシーが無い。何とか見つけた個人タ クシーは70代後半ぐらいの運転手。超安全運転でなかなか進まない。こりゃ あ走った方が早いと、京都駅が見えてきたところで降ろしてもらい猛攻ダッ シュ。時既に18時20分過ぎ。私は一体何時になったら京都から脱出できるのかしら。
京都駅でもやはり在来線はほとんど運休状態。しかし幸いなことに新幹線 は平常通り。あの、雪が降っただけで止まる新幹線が、雷でも平気とは画期的! そうかといえば、JR琵琶湖線は小雨がぱらついただけで20分ぐらい平気で遅 れるし。全くわけがわからん。わけがわからんけど、兎に角新幹線に頼るしか あるまいと、長蛇の列の券売機でなんとか切符を手に入れ「のぞみ」の自由席 に飛び乗る。「のぞみ」は速い!まるで着陸直前のジェット機みたいに、風景 がびゅーんと後ろに飛んでいくさまは快感だ。京都駅を出てたった15分で新 大阪に到着。素晴らしい。
コンサート会場は大阪駅の近くだから、JRの在来線乗り継ぎでと思ったが、 やはりここでもほぼ運休状態。ならばタクシー、と思ったが、同じような事を 考える人が多いらしく、大阪駅の手前までの近距離タクシーは長蛇の列、それ より先までの中・長距離タクシーは全然来ない。近距離タクシーで大阪駅の手 前からダッシュしようか、それとも何時来るかわからない中距離タクシーを待 とうかと迷っているところで何とか中距離タクシーが1、2台来て、短距離乗 り場と中距離乗り場の客の数や搭乗のもたつき方などを見て、咄嗟の判断で中 距離乗り場にダッシュ。何とか中距離タクシーをゲット。今度は超安全運転の 70代後半とは違って、結構ぴりっとした50代ぐらいの運転手で、何と!一 時は諦めたコンサートではあるけれど、開場時間19時に会場に滑り込むこと ができ、開演時間の19時半には余裕で間に合った。
しかし近くにコンビニ等は無く、まともな夕食は食べ損なった。結局コン サートホールで京都コンサートホールやアルティのサンドイッチとは比べ物に ならない「なめとるんか?」とちゃぶ台のひとつでもひっくり返してやりたく なるほどほどささやかなサンドイッチ、そしてオレンジジュース。それでは流 石に足りないので、コンサートの帰りにKIOSKで買ったコロッケパンを1個。
さて、これだけ大変な思いをしてたどりついたコンサートはどうであった かというと、近年稀なぐらい酷いものであった。技術的には素晴らしいことは 分るのだけど、どうも聴いていて楽しくならない。音も伸びが悪く綺麗じゃな い。これはどうしたことか。
休憩時間に人々がささやき会っている会話を聞いていると、どうやら伴奏 が良くないらしく、メインの奏者が相当ストレスを感じているらしいとのこと。 良い演奏というのは聴いているうちに楽しくなってくるもので、「ああ、何だ かよくわかんないけど、凄くいいなあ」と思って聴き終わると、演奏者も満足 そうな晴れやかな顔をするものである。しかし今日の演奏者は始終不機嫌そう に眉間に皺を寄せ、きつい音で勝手に突っ走る伴奏に振り回され、まるでその 事に対する腹いせのように、大きな音を出す時はヤケクソみたいな乱暴な音を 出し、といった調子だった。
コンサートが終り、あーあ、今日は散々な一日だったなあと、くさくさし た気分で22時頃に大阪駅へ。まだJRの在来線は半分運休状態。私はあの大阪 から京都までのJR新快速列車が嫌いである。ホームの長蛇の列で長い時間待ち くたびれた末に満員電車の立ちっぱなし。しかも停車駅が少ないので鉄の棺桶 に詰め込まれて我慢比べをしているようである。それにさらに半運休状態の混 乱が加わった日には、いくら温厚をもって鳴る(嘘つけ!)私でも尋常な気分 ではいられない。ということで、帰りも新幹線自由席。ホームにたどり着く直 前に前の列車が発車し(これも祟りだな)、22時30分発の名古屋行き「の ぞみ」を待つこと30分。22時45分京都着。それから山科までJR在来線。 しかしやはり半運休の影響で、乗客はあっちの電車からこっちの電車に乗り換 えたり、乗り換えた電車が全然出発しなかったりという状態。
帰宅はようやく23時半過ぎ。自棄酒の麦焼酎をあおってから寝る。
2008年7月27日(日)
<<白川通り>>
午前中はちょっとした計算をして、それを纏める。山科区内と自宅で野暮用の
後、午後は修学院の方に買い物に出る。行きは叡電修学院駅経由だったが、用
件を負えてから、普段あまり来ることのない白川通りを徒歩で南下した。修学
院、一乗寺、北白川のあたりは、学生時代に友人達が下宿していてよく遊びに
行ったので、結構なつかしいものである。
山科は学生時代に5年間下宿していた街で、東京の会社をやめてこちらに 越してきた当初は懐かしかったけれど、今はもう日々の生活を送る場所になっ てしまい、特に懐かしいということはない。
白川通りを銀閣寺道前から今出川通に入り、北白川からバスに乗って家路 についた。夕方近くになったためか風が涼しくなったものの、結局汗だくで3 キロ以上の道を歩いたことになり、少し疲れた。
夜は数学。「秘策」についての検討を少し。それから、もうそろそろお役 ご免かなと思っていた「カンケーねーんだよ!プロジェクト」関連のメール書 きも少し。
2008年7月26日(土)
<<立派な妖怪>>
関西日仏学館の日。朝、宿題があったのを思い出し、大慌てでやっつける。
「今、貴方はフランスに滞在しているとします。このクラスの人にフランス語
で絵葉書を書いてみてください」という課題。何で日本人に送る葉書をフラン
ス語で書かねばならんのだよう!?などと、物事を難しく考えるのはやめましょう。
そこで、「私は今、数学の国際会議でナンシーに滞在しています。天気は良い けど猛烈に暑く、人々はこれは地球温暖化のせいだと言ってます。会議の遠足 でナンシー美術館に案内してもらって、エミール・ガレの作品を沢山見ること ができて良かったです。あと1週間ぐらいで日本に帰ります」というようなこ とを書いた。
それから、クラシックギターをやっているという大学生にカポタストを見 せてやろうと、25年ぶりに押入れの中からヤマハの安物のクラシックギター を引っ張り出してみたけれど、カポタストは行方不明だった。ちょっと弾いて みようかとしたけど、25年前の私の手と今の手は全く別人の物のような感覚 だった。それやこれやを話していたら、ではカポタストを使う有名なギターの 曲は何かと問われ、やはり25年前の記憶をたどってみたけど、何も思い浮か ばなかった。たぶん、まともな曲を練習したわけでもなく、テレビやラジオで ギタリストがカポタストを使って弾いているのを見聞きして、訳もわからず真 似して弾いてただけだろうと思うが。
そういえば、関西日仏のクラスメートの6割ぐらいの人たちは、私がクラ シックギターをやめてしまった後で生まれた人たちで、まだ小学校にも上がっ てなかったかも?という人を含めると8割ぐらいになるようである。うーむ、 何だか私、長く生き過ぎていつの間にか立派な妖怪に成長してしまったような 気がするな。目指せ、座敷童!目標達成の日は近いぞ!と。
関西日仏の講座は今日から8月一杯夏休みに入る。皆さんお元気でと別れ、 三条河原町のインドネシア料理店で夕食。その後JEUGIA三条本店を偵察し、例 の素晴らしい銅版画展をやっている寺町通りの画廊で、今日こそは店員さんに 見つかるまいと、店の前で人を待つ振りをしながら隙を見てチラチラと横目で 中を覗き、しばし鑑賞。うーん、やっぱり凄い。くそー、腹立つぐらいに凄い なー、と。それから腹いせにZest御池でソフトクリームを食べてから帰宅。夜 はちょっとした計算を少し。
2008年7月25日(金)
<<訂正、そして再訂正>>
モジリアーニ効果は多少あったものの、やはり昨夜は寝つきがわるかった。
人の美醜を分けるものは、詰まるところ、聞く者の心に響く言葉を持って
いるか否かなのだと考えつつ、眠い目をこすりながら出勤。
本日午後は、情報処理の試験監督。小さいけれどちょっと深刻な問題ミス が見つかり、慌てて安易な訂正をしてしまい、後でまた再訂正をするという失 態をしでかし、学生諸君にはずいぶん迷惑をかけてしまった。その後、京都市 内某所に移動し、知人の依頼である講演の予行演習を聞き、プレゼンテーショ ン改善のための助言をいくつか行い、夕食なども済ませ、22時ごろに帰宅。 夜は少し面白い計算など。
2008年7月24日(木)
<<念仏>>
醜いものを見てしまうと、それの何倍、あるいは、何十倍もの分量の美しいも
のに触れないと、心の傷は癒えないのである。串刺し釜茹で踏み潰し。串刺し
釜茹で踏み潰し。串刺し釜茹で踏み潰し。と、念仏のように唱えながら、午前
中はちょっとした計算の見直しなどを少し。
それから、先日寺町通りの額縁屋で長時間座敷童をして手に入れた前売り 券を握り締めて、猛暑の中を大阪の国立国際美術館のモディリアーニ展へ。 串刺し釜茹で踏み潰し。串刺し釜茹で踏み潰し。串刺し釜茹で踏み潰し。
モディリアーニも初期の頃は、たまに突然変異的に素晴らしい作品も出て いるが、概して詰まらない絵ばかり描いてたのだなとか、晩年(と言っても3 0代半ばだったようだが)は病のせいか、ずいぶん絵に力がなくなってるなと か、デッサン力は大したことはなくてロートレックやピカソなどには比べよう もない程下手糞だったんだなとか、色々興味深いことが沢山分ったし、いい作 品にも出会えた。
しかし、モディリアーニの令名をもってしても、昨日見てしまったおぞま しい情景の記憶を打ち消すには至らなかった。串刺し釜茹で踏み潰し。串刺し 釜茹で踏み潰し。串刺し釜茹で踏み潰し。
展覧会の後、美術館の隅のテーブルのところで休みながら、少し数学。 「秘策」に関する小さなアイディアを試してみる。 夜はまた少し計算など。
2008年7月23日(水)
<<串刺し、釜茹で、踏み潰し>>
今朝も明け方に何となく目が覚めて、夢うつつに「秘策」について考える。
ちょっとしたアイディアが浮かび、午前中に机に向かって少し確認。その後も
色々考えてみたけれど、結局これが今日の収穫の全てとなった。それ以外に午
前中にはちょっとした別の計算をしてから出勤。帰宅後、深夜にその計算を
チェックして纏め作業に入る。
今日は会議のためだけに出勤。15時から19時過ぎまで延々と会議。前 半は私にはよく理解できない高度に技術的な学内行政の話。内容が理解できな いので死んだフリしてすごす。後半は町内会長の押し付け合いのような醜いバ トル。やっぱり、私以外のオジサンは、片っ端からしょっぴいて来て、串刺しに して釜茹でにして片っ端から踏み潰すべきである。
2008年7月22日(火)
<<あっ、人間だ!>>
夜明けはいつも危険に満ちていて、今朝も夢の中でごみ論文改定の「秘策」に
ついて無駄に考えていた。今日は大阪にモジリアーニ展を見に行こうと思って
いて、午前中はインターネットで開館時間やアクセスなどを調べていたのだが、
やはり「秘策」が気になって計画延期。京大数理研図書室へ。夕方までああで
もないこうでもないと、やはり無駄に考える。
帰り道、今出川通りの古本屋の店先で昭和14年刊行の竹内端三著「楕円関数 論」(岩波全書)を見つけ、これは掘り出し物!と即購入。100円也。
寺町通りの額縁屋を通ったら、モジリアーニ展の前売り券を売ってるとい うので店に入ったのだが、店の人には座敷童にしか見えなかったのか、3,4 人の店員さんたちは何時まで経っても皆さん知らん顔。 最後にたまたま目の会った店の人に向かって、授業中に発表する生徒の要領で 右手を挙げて見せたら、ようやく「あっ、人間だ!」と気づいてくれたようで、 無事前売り券をゲット。
それから例の画廊の前を通ったら、もう終ったと思ってた素晴らしい銅版 画の展示会をやっていた。高原 威という人の作品らしい。うああー、すげー なーと、今度は店の人に見つからないように物陰から眺めていたら、やはり思 わぬ所から現れた店員に見つかってしまい、「お入りください」と手招きされ た。で、「やばい!」と思って一目散に逃走。もうちょっと長く見てたかった なあ。
次に、JEUGIA三条本店でモーツァルトの交響曲「ハフナー」「プラハ」 「ジュピター」のうちのいずれかのミニ楽譜を買おうかと迷ったが、その半端 じゃない数の御玉杓子の乱舞ぶりにちょっと勇気がなくなって、購入見送り。
JEUGIAの後は久しぶりにアンジェ河原町本店に立ち寄ったけれど、額縁屋で ずっと座敷童をしてたのが災いしてか、時間が無くなってきたので、 1階をさらっと見て回っただけ。
夜もまた「秘策」に手を出すと眠れなくなりそうなので、禁欲的に別の計 算をしたり、してすごす。「カンケーねーんだよ!プロジェクト」関連の短い メールを少し書いたりしてすごす。どうやら今日、教授会があったようだけど、 すっかり忘れていた。
2008年7月21日(月)
<<キャラメルコーンの香り>>
昨夜は「高山は数学者か?」問題が勃発して焦ったが、どうやら
ウヤムヤに終ってくれそうだ、ということで本日研究日。
今日は生憎祭日なので、京大数理研図書室も関西日仏学館図書室もお
休みで、開店しているのはRitsだけである。用も無いのにRitsに出勤する気は
起こらないし、こんなに天気が良いのに自宅蟄居では勿体ない。ということで、
Sbux新京極店、寺町通り路上、新京極通り路上、高島屋7階エミール・ガレ店、
JEUGIA三条本店、Zest御池、京都市地下鉄、大丸ラクト山科店、山科三条通り
路上などを徘徊しながら、ゴミ論文改訂のための「秘策」を検討。
Sbux新京極店では、学生ぐらいの年格好の男の子が、未練がましく追いす がってくる「もう冷めてしまって」別れたはずの(元)彼女を振り払うためい に、日々自分が如何にに奮闘努力しているかを、連れの女の子に向かってかな りのハイテンションで力説していた。
行きと帰りの合計2回トイレを借りた、新京極のシネマコンプレックスで は、ゲゲゲの鬼太郎の実写版をやっていた。何でもこの映画にちなんで、目玉 親父プロジェクトなるものをやってたそうだが、それが何だかはわからなかっ た。あそこの1階のフロアは、いつもキャラメルコーンの香りが漂っていて、 好きである。
エミール・ガレ展はデパートの催しなのであまり期待してなかったけど、 ガラス工芸のランプと植物をモチーフにした花瓶で良いものがあった。ガレだ けではなく、ドーム兄弟とかいう人たちもいい作品を作っているようだ。
それから、ガレがナンシーの人で結構ハンサムだったことを、今日初めて 知った。ずっと昔、計算機屋の頃ナンシーの国際研究集会に出掛け、そこのエ クスカーションでMusee de l'Ecole de Nancy に連れて行かれて作品を見たの が最初だが、どうりでボランティアのガイドの女性の説明に力が入ってたはず だ。
先日は店の人に見つかって逃走したため、長く見ておれなかった寺町通りの 画廊に立ち寄ってみたけど、例の素晴らしい版画展は終っており、今日は閉店 していた。
外は暑く、その辺でソフトクリームでもと思ったが何となく買い損ね、寺 町通りのお茶の店で抹茶アイスクリームを売ってたが「今日はソフトクリーム だ!妥協はしないぞ」と断固たる態度で臨むも、結局ラクト山科のいつもの和菓 子屋で葛饅頭と蕨餅を買って帰ることに。
夜も少し「秘策」を検討。うーむ、前途多難な感触。
2008年7月20日(日)
<<言葉の洪水>>
研究の夏である。研究しなきゃあ夏休みじゃあねーぜ!と、昼間はちょっとし
た計算をシコシコやって纏め、夜はゴミ論文改訂の秘策を練る。その間にも、
「カンケーねーんだよ!プロジェクト」関連のメールがブンブン飛び交い、そ
の対応にも結構時間を食ってしまう。それまで沈黙の淵に沈んでいたような人
までもが発言し始めたのは大変良い傾向なのだが、何やら話が変な方向に進み
始め「高山は数学者か否か」という微妙な問題におよび始めたので、思わず
「そんなこと、今の議論にはカンケーねーだろうが!!」と吠えまくり、言葉
の洪水をメーリングリストに垂れ流す。
2008年7月19日(土)
<<化け猫、あるいは、座敷童>>
午前中は大慌てでフランス語の宿題をやっつけ、それからまたも「カンケーねー
んだよ!プロジェクト」関連のメール書き。午後は関西日仏学館へ。暑い。帰
り道、百万遍のローソンで久しぶりにアイスクリームを買って食べた。それか
らJEUGIA三条本店でちょっと道草して、京都市立音楽高校(旧堀川高校)のパ
ンフとDVD の無料配布をしていたので1部もらい、その帰りに寺町通りの画廊
を通りかかったら素晴らしい版画を展示してて、ひゃああ凄いなあと口を開け
て(最近気がついたら口を開けていることが多い)しげしげと覗き込んでいた
ら、店の人が気づいてこちらに向かってきたので、これはヤバイと一目散に逃
げる。それからゼスト御池に入り地下鉄の駅に向かったのだが、その途中浴衣
の値段を調査。何故、浴衣なのか?
関西日仏のクラスメートが下駄を履いていたので、へえ、ねねちゃんみた いで可愛いいですね?どうしたんですかと聞くと、”ねねちゃん”とは何かと 逆に聞き返されたので、”ねねちゃん”とは三重県津市近辺の方言で(小学校 高学年ぐらいの)ちいさな女の子を指すのだと答えると、なるほどと納得し、 今度自分で反物を買って浴衣を仕立ててもらったので、それに合わせて下駄も 買い、慣らし履きをしてるのだという。ほう、それでは浴衣デビューの日に 備えて着々と準備中ってわけですか。生憎祇園祭は終ったから、次は五山送り 火ですか。それにしても浴衣って、仕立てなくてもその辺で二千円ぐらいで売っ てませんでしたっけ?とテキトーなボケをぶちかます。すると、いや、その辺 の”ねねちゃん”なら二千円のものでも十分可愛いく着こなせるのだけど、私 はもういい年だからちょっと奮発しないと駄目なのだという。
なるほど、それ にしても若い子に限って「もう私はいい年だ」だの何だのと言いたがるけど、 私から見れば勉強が良くできる高校生にちょっと毛が生えた程度にしか見えな いけどな。だいたい私は貴方の2倍の年齢だし、貴方が「いい年」なら、私は 何になるのかしら?化け猫?化け猫は嫌だな、オレさまは自己チューだから 「座敷童」と呼んで欲しいな。オレ、数学業界の座敷童って呼ばれてるだぜ、 凄いだろ。え?何が凄いのかって?知らないよ、そんなこと、、、みたいな 憎まれ口叩くのはぐっとこらえ、へえ、何だか知らないけど難しいこと言う んですねと、わかったようなわからないようなことを答 えておく。すると、今度の浴衣、なかなか素敵なんですよ、私、気に入ってる んです、と。なるほど、それはようござんしたね、何と言っても素敵で気に入 るということが一番大事だということで一件落着。
で、それにしても既製品の 浴衣って本当に二千円ぐらいなのかしら?と気になってきて、ちょっと調べて みたという次第。
夜はスポーツクラブでへとへとになり、帰宅後、京都音高のDVDを見る。 勿論、いいとこばかり集めたんだろうけど、生徒達の演奏のレベルの高さ にちょっとびっくりする。うわー、凄い子たちだ、と。ヴァイオリンの葉加瀬 太郎やマリンバの通崎睦美も京都音高出身とは初めて知った。
2008年7月18日(金)
<<柄にもない忠告>>
12時半から14時まで1回生「情報処理」の講義の最終回。「前期試験は持
ち込み自由。今日の講義は試験範囲ではありません」と赤字で大書した紙を、
講義の時間の間じゅう教材提示装置で教室に何箇所も設置されているモニター
で表示させての授業。しかし受講生の数はいつもよりも増えたわけでも、減っ
たわけでもない。やはり1回生はまだそこまでダラクしていないのかしら、と。
引き続き計算機演習室にて「情報処理演習」の授業の最終回。最近質問さ れることが少なくなり、レポートもどんどん提出されるようになってきた。し かし、どうやら彼らのごく一部だとは思うが、メールで友人のレポートを送っ て貰って、、、という浅知恵を働かせる者も現れ始めているようで、今日は自 分のレポートの最後の方に友人のレポートが名前付きでそのまま残っているも のが提出されきた。ああ、やっぱりダラクは始まっているのか、と。
周りの人に上手に教えを請うて、自分がどんどん賢く なっていけるようなスキルを若い時に身につけておかないと、私みたいに年取っ てから苦労するぞ!などと、オレさまで自己チューでクールな私のキャラに 全然似合わない事を考え、 「友人のレポートを見せてもらう場合は、ついでに何故そういう答 になるのかも納得するまで教えてもらうこと、納得できなければ先生に質問す ること。そうすることが君自身の成長にとっても大事なことだよ」と、柄にも ない忠告をしてしまう。嗚呼、オレ、何を血迷った事言うてんのやろ? と、またも反省。
授業の後、TAをやってもらっている院生M君に、一応彼の指導教員だから ということで、最近の状況と夏休みの計画を聞き出した。 やや首をかしげたくなるような事も言ってたが、まあ、彼の場合、好きに やっててもらうしかないだろうと思う。
その後、研究室に戻り、「カンケーねーんだよ!プロジェクト」関連作文 の仕上げをし、ちょっとしたコメントを添えて教室内の教員メーリングリスト に流してから帰宅。夜はちょっとした具体例の計算をしたり、それを纏めたり。
2008年7月17日(木)
<<ご機嫌よう!>>
午前中は経済、経営学部のC言語プログラミングの演習。教員用PCの前に座っ
て横目で学生を監視しながら、明日の情報処理の授業の準備でちょっとしたプ
ログラムを作ってみる。今日は最終回なので、課題レポートは出来たところま
でで提出してもらって終了。それでは皆さん、ご機嫌よう。
研究室コソコソ昼食あと、しばらくは昨日仰せつかった詰まらない作文書 き作業。その後、14時10分から15時40分まで留学生数学。今日は簡単 な関数の極限の問題を解いて見せ、多変数関数の極値問題についての一般的な 質問に答え、最後は多変数関数のマクローリン展開の面倒臭い計算で結構時間 が潰れる。韓国の留学生に竹島問題で吊るし上げを食うかと思ったけど、そう いうこともなかった。以前、中国で反日デモが盛んだった時も、中国人留学生 に吊るされるかと思ったけど、杞憂だった。そしてこの授業も今日で最終回。 それでは皆さん、ご機嫌よう。
16時のゼミの前に、昨日提出した出張申請が処理されているか数物事務 の様子を見に行ったが、さすがにこれぐらいはやってくれた模様。
16時から19時前ぐらいまで卒研B(数理論理学)。ゲーデルの完全性定 理の証明は、結局今使っている教科書では理解不能と判断し、別の教科書を調 べることに。幸い、学生の頃に数学基礎論を専攻していたという会社員時代の 友人から譲りうけた本の中に、とても良い教科書が見つかったので、それを読 んでみるように薦めたが「英語の本は駄目です」と抵抗された。
私は数年前から「立命の数学教員志望の学生は強度の英語アレルギー」とい う予想を持っているのだが、またしてもその予想を支持するサンプルが採取され てしまった。教員志望の学生は概して優秀で、学年トップの成績を争うような 場合も珍しくない(英語の成績も良好の場合が多い)のだが、それにもかかわら ず英語だけはご勘弁を!みたいな事を言い出すところが不思議だ。もっとも私は ほとんど学生を教えていないから知らないだけで、この予想の反例は案外沢山存 在するのかもしれないが。
兎に角、しょうがないので その場で証明をざっと読んで概略を説明してやり、「夏 休み中に適当な日本語の本でも探して、証明の詳細を埋めること」という宿題 を出し、それでは9月までご機嫌よう。
ゼミの後は生協食堂で夕食。それからまた詰まらない作文書き作業。組織 に対する思い入れが学科中で一番強い人間が書き殴った文章の清書作業が、組 織に対する思い入れが学科で一番希薄な私にマル投げされるテキトーさって、 どうよ?
大学を発つ時、激しいにわか雨。今週の教室会議に出られなかった同僚と 出会い、「会議、どんな風でしたか?」と聞かれたので、荒ぶるマンモスを静めよ うと、ほとんど丸腰の人間どもが矢じりや石斧や投げ縄や蟲笛やメーヴェで勇敢 にも悪戦苦闘してましたが、その側で例によって何人かの人が思考停止しており ましたと答えておいた(嘘だよー)。
帰宅の電車には別の同僚が数名のゼミの学生と一緒に乗っていた。学生達 と、アパートのテレビがどうの洗濯機がどうのコインランドリーがどうのイン ターネット接続の障害がどうのという話を楽しそうにして、一人の学生と一緒 に山科で降りていった。私も山科で降りて、23時前に帰宅。
2008年7月16日(水)
<<サイテーのリアクション>>
昨夜はあれからまだまだ「カンケーねーんだよ!プロジェクト」のメールが飛
び交っていた。それにしても、蕎麦屋のバイトの兄ちゃん的立場の私が
あんまり出すぎた
真似してはいかんなと思っていたところ、「そろそろ潮時かもね」と言ってるか
のようなラッキー・メールが飛び込んできたので、この機会を逃すまいと「私
はここらで身を引きます。それでは皆様、さようなら」と打電。あー、やれや
れ、このクソ面倒臭い仕事も終ったと、安らかな眠りについたのであった。
本日昼前に出勤、研究室こそこそ昼食を取りながらメールをチェックする と、どうやら「さようなら」メールが「ちゃぶ台返し」と受け取られてた と知り、思わず凍りつく。
頓珍漢オヤジが何か気に入らないことがあってちゃぶ台をひっくり返し、 周りの者がオロオロしてなだめに入る。これ、私が一番嫌いなオジサンのパター ン。私の父は大した男ではなかったけど、こういう事だけは決してやらない人 だった。ああ、それなのに、それなのに、私はしっかりそのパターンにはまっ てるではないか。格好わるー!こんなオレってサイテー!と泣き濡れて、 「それは誤解です!」メールを出す。そうこうしているうちにまた別の メールが飛び込んできて、またまたサイテーのリアクションを返してしまう。
最近の私って、本当にサイテーなのよね。何か自分でもびっくりするよう な底意地悪い言葉がポンポン飛び出してくるし。しゃっくりした拍子に口から 突然エイリアンが飛び出して来るような感じ。ロクな人生送ってない人間って、 年取るとこういう風になっちまうのよ。良い子は決して真似しないようにねっ て警告して回ろうかと思ってたところに、今度はちゃぶ台返し?!
駄目だ。こんなに堕落してまで生きている意味があるのか?ひとつ数学で 身を清めてこよう、と12時半より14時過ぎまで卒研A(代数幾何学)。セグ レ射の例として双曲二次曲面の計算、射影代数多様体の有理写像の定義と、有 理関数体の元が射影直線への有理写像になること、など。1時間半ぐらいでは 大して堕落は改善せず。
卒研ゼミの後、9月の出張の宿泊の手配と出張申請書書き。壊滅状態の数 物事務だけど、出張申請ぐらいはちゃんと処理してくれるかしらと、恐る恐る 提出。
その後、16時から18時まで教室会議。議題は「『カンケーねーんだよ! プロジェクト』その現状分析と将来展望」。凄いな。何かのシンポジウムみた い。大体「カンケーねー」私が一番色々発言してて、カンケーありそうな人が 思考停止して黙りこくってるなんて、馬鹿みたいじゃん。昨夜ちゃんと「それ では皆様、さようなら」と挨拶したんだし、もうオレは喋んないぞと決心して 臨むも2、3発言してしまい、また反省。反省の甲斐なく、何だかよくわからな い作文書きの仕事を仰せつかる。
オレはこんな下らねー作文よりも論文書きてーんだよう!でも脳味噌足 りないから論文書けねーんだよう!と、またも泣き濡れて、気乗りのしない作文 のテキトーな下書き書いて、とりあえず係の人に送る。あーあ、何でこんな 事になっちまったんだろうなーと梅雨明けの夜空を見上げ、閉店間際 の生協食堂へ。残り物のおかずでテキトーな夕食を済ませてから帰宅。