の
た
め
の
邪
魔
な
広
告
よ け ス ペ ー ス で す。
2008年6月15日(日)
<<はっくしょーい!男>>
また眠い眠い病が始まったので、本日休息日。昼前に山科区内に野暮用に出た
以外は、自宅で居眠りをしたり、数学を考えたり、野暮用をしたり、関西日仏
学館の夏学期の講座一覧表を眺めたりといった一日。よく見直してみたら、今
度の夏学期で「初歩」段階が終り、その次から「初級」段階に進めるのであっ
て、「中級」はもっと先の話だった。
昨日筋トレをしながら考えていた疑問は何となく解決したが、代数幾何学 の中心的な問題の一つに深く関わっていることが分った。その問題のことは以 前から知っていたけれど、その難しさというか、問題の意味というか、何故そ んなことが問題になるのか、その道のプロなら誰でも知ってることだろうけど、 それが少し分っただけでも今日の進展としておこう。
コンサートのライヴ録音のCDを聴いていると、よく咳の音が入っている。
このCDにも、たぶん一人の客だと思うが、複数の曲目にわたってかなり
執拗に咳をしている。このCDに限らず、コンサートを聴きにいけばよくそう
いったことに遭遇する。咳が出るのは仕方がないとしても、音を殺す方法は
いくらでもあろうと思うが、結構思いっきり咳いているところがモンダイなのだ。
まあ、咳はともかくとして、デカイ声ではっくしょーい!って感じで
クシャミをするのはすこぶるオジサン的で、これはほとんど身震いがするほど
嫌である。80歳以上の高齢者でかなりヨロヨロしている人は許すとして、それ
以外はおまえ何考えとるんじゃ!?と頭でもひっぱたいてやろうかという衝動に
駆られる。人間、人前で悪びれる様子もなく、はっくしょーい!って傍の者の耳
が痛くなるような大声でクシャミをするようになったらお仕舞いだと思う。
幸いコンサートホールではっくしょーい!男に遭遇したことはないが。
2008年6月14日(土)
<<不良債権>>
関西日仏の日。昼前に着いて、図書室で少し勉強。最近、フランス語はサボり
気味で、金曜日の夜と土曜日の授業の前ぐらいしかやっていない。途中、隣の
京大ルネで軽く昼食、また戻ってきて授業が始まる直前まで図書室で勉強。
関西日仏学館の春学期は来週が最終回で、引き続き再来週から夏学期が始 まるが、夏学期も通うかどうか、まだ迷っている。これといって面白い人も居 ないため、お喋りを楽しむにはちょっと物足りないクラスだから、来学期は休 んでクラスをずらしてみようかなどと、志の低いことを考えている。しかしそ の一方で、今度の夏学期で初級レベルが終了しするから、もうひと頑張りして 通い、区切りをつけておいた方が良いかとも思う。中級レベルになると、テー マを決めて自由にお喋りできるような専門クラスもあるそうで、選択の幅 が少し広がるようだし。
ところで、関西日仏学館は語学学校以外に日仏文化交流に関するさまざま な活動をしているためか、大学を定年退職した数学者でフランスにゆかりの深 い人たちをちょくちょく見かける。数理物理学のA先生とか、函数論のM先生と か。彼らが日仏学館に来て何をやっているのかは、皆目わからない。
日仏学館の帰り道、JEUGIA三条本店に少し立ち寄る。ラフマニノフの映画 が上映されているらしく、JEUGIAでもそれに乗じて彼の曲のCDを大々的に売り 出そうとしているようだ。リヒテルが弾いているラフマニノフの前奏曲のCDを ちょっと試聴してから、書籍売り場に移動し、演奏家の書いた気楽に読めそう な本でもないかしらとちょっと偵察。そういえば、昨夜「ボクたちクラシック つながり」(青柳いづみこ)を興味深く読了した。特に第9章の「ピアニスト は本当に不良債権か?」は圧巻であった。数学者もかなり不良債権だと思っ てたけど、ピアニストの世界も相当なもんである。
そういえば、ピアニストになるのを諦めて数学者になった人と、数学者に なるのを諦めてピアニストになった人は、どちらが多いのかしら? 数学者には隠れピアニストが多いので、前者の例は沢山あると思われる。 後者の例も一人だけ知っているが、案外沢山いるかもしれない。作曲家を 目指したのだが経済的な理由でピアニストとして手っ取り早く生計を立て ていかなくてはならなくなった例は少なくないようなので、数学者で食ってけ ないので(クラシックとは限らない)ピアニストとして稼いでますっていう人 も居そうな気がする。40歳をすぎてようやく数学者一本で何とか食ってける ようになりました、とかね。
勿論、数学者で食ってけないので、(ピアニスト以外の)さまざまな 仕事で生計を立てている人は沢山いる。私なども、数学者としてRits 雇われているわけではなく、留学生の補習や入試の採点といった数学者の先生方 の補助的な仕事をしながら、学生にプログラミングなどを教える便利屋的教師と して雇われているのである(その割にはあまり便利ではないが)。数学者一本で 何とか食ってける兆しは今のところは皆無だけど、まあ、それでも数学研究には 特に支障は無く、十分続けていけるのだから、有り難いことである。
JEUGIAのあと、大丸山科店で買い物をしてから帰宅。夜はスポーツクラブ。 筋トレをしながら、代数幾何学のある基本事項についての疑問を考えていたの だが、結局よくわからず。明日にでもじっくり考えてみることにしよう。
2008年6月13日(金)
<<だ・か・らぁ(怒)!>>
研究室コソコソ昼食の後、12時半より1回生「情報処理」の授業。次の「情
報処理演習」の授業に直結した話題を3つぐらい話している最中に、居眠りし
ている学生が数名。そのうちの一人が14時10分からの「情報処理演習」の
時間に、その3つの話題のうちの2つを質問してきたので、これでは示しがつ
かんということで一応キレてみせる。「それはさきほどの授業で私が一生懸命
喋っていた事だ。だけど君はその間ずっと寝てたよね」、と。でも、何だかん
だといっても、結局その場で同じ説明を繰り返すことになるのだけど。
大体同じことを3回ぐらい喋る積もりでないとRitsの教師は務まらないし、 照れずに3回喋る覚悟でいさえすれば、多くの場合うまく行くと思う。1回目 は、寝てたり、他所事考えてたり、ただびっくりしてたりして、何も聞いてな い。2回目は聞いてもよくわからないので、まあいいやと聞き流す。3回目に ようやく、ああ、そういうことだったのかと分るという具合に。そもそも、 1,2回適当に聞き流せばすぐに分るような事ばかり勉強してたんじゃあ、 進歩が無いではないかとも言える。
私が研究活動の中で他の数学者に質問する場合を振り返っ てみても、本来自分にわかるはずの事はだいたい3回聞き直せば理解できる。 3回聞いても分からないことは、そもそも自分にそれが理解できるだけの準備 が出来ていない場合が多い。
しかし、数学者って恐い人が多いから、実際問題、同じ人に3回同じこと を聞くのは相当勇気が必要だ。彼らは額に青筋を立て、少し語気を強めながら、 「だ・か・らぁ(怒)!」と前置きしてから、2回目、あるいは、3回 目の説明を始める。これはかなり危険な兆候で、以後マトモに口をきいてもら えなくなる可能性が極大である。
このような危険をできるだけ回避するために、優しそうで適度に苦労して そうな数学者を厳選し、細心の注意を払いつつ高々2回同じことを聞き直し、 あとは自分で考えて解決するか、2回目、3回目の質問は別の人にする、といっ た工夫をしている。数学者稼業も大変なのよ。私も色々苦労してるのさ。
16時前に授業が終り、TAをやってくれている院生M君に久しぶりに進捗を 聞き、今後の研究の進め方についていくつかの提案をしておく。それから研究 室に戻り、さきほどの演習の授業中にメールで提出されたレポートのチェック を済ませ、図書館で「微分方程式の位相」の言葉の意味を調べてから家路につ く。途中山科駅前で散髪。夜は大慌てでフランス語の宿題を片付ける(予定)。
2008年6月12日(木)
<<居眠りするインド人>>
午前中は経済学部、経営学部のCプログラミングの授業。この講座を数年間担
当してきた感触では、段階を追って丁寧に教えさえすれば、少なくともプログ
ラミングの初歩はRitsの学生なら誰でもマスターできるようだ。初歩がマスター
できて面白さが分ってくればしめたもので、あとはちょっと難しいアルゴリズ
ムを考えるといったパズルのような問題にいかに集中できるかが上達の鍵にな
る。
研究室コソコソ昼食の後、出張報告書の作成や校費立替払いの領収書の処 理とった雑用。それから留学生数学。この授業はもっぱら学生の質問に答える だけなので、質問が無い時はひたすら気だるい時間が流れる。6月に入ってか らは何故かめっきり質問が減ってきた。こういう時、中国や韓国の学生はよく 寝ている。
これは今年に限ったことではないし、以前は韓国人学生の質問に答えて黒 板を前に説明している最中に当の学生が居眠りを始めたので、君のために説明 しているのに何事ぞ!と怒り狂って説明を中断したことがあった。そういう時 にきょとんとしているところなども、日本の学生とあまり変わらない。日本に 限らず、東アジアは居眠り容認文化地帯なんだろうと思う。しかしインド人学 生は寝ずにいつも内職に励んでいる。
学生時代、私の指導教官をだずねてタタ研究所からやってきたインド人数 学者K 先生が、黒板を前に立ち往生する私を指導教官が吊るし上げる卒研ゼミ を見学しに来た時があった。ゼミが始まる前に、たままた私とK先生だけがゼ ミ室に居合わせた時間があって、部屋の隅に座ったK先生は黙って私を真っ直 ぐに見据えてきた。な、なんだよう!何で見てるんだよう!恐いよう!と視線 を振り払うべくゼミ室の中をあちこち移動する私を、まるでミサイル追尾レーダー の如く首まで動かして、物体を見据えるかのような深く澄み切った眼差しで 追い続けてきた。そのうちあの目からレーザー光線でも飛んでくるんじゃない かしら。たすけてくれー!っと。
そうこうしているうちに指導教官が入ってきて、こんな馬鹿学生の卒研発表 なんか聞いてもしょうがないぞとか何とか説明したのであろう、K先生はゼミが 始まる前に部屋から出て行き、私は命拾いした。
これが「インド人の眼差し」を経験した最初である。ああいう眼差しを持 つ人たちが居眠りなんかするはずはないと、私は根拠無しに確信しているのだけど、 次の目標は、会議や講義中に居眠りするインド人のサンプルを発見することだな。
さて今日は中国人学生から2変数関数の(不)連続性の問題、Tayor展開の証明 や応用に関する質問を受けた。Taylor展開の話は2、3週間前に韓国人学生に 全く同じ質問をされて黒板の前で説明したのだが、その時は聞いてなかったの だろう。照れずに同じ説明を繰り返す。
中国人学生のグループと韓国人学生のグループはいつもちょっと離れたと ころに座って、決して互いに接触を持とうとはしない。しかしいつもそうだと も限らず、年度によっては中国と韓国の男女の学生が日本語で初々しく教えっ こしていたクラスもあった。
最後にインド人学生から数理生物学で使われる非線形常微分方程式の位相 (たぶんtopologyではなくphaseの意味の「位相」だろう)がどうのという質問 を受け、さすがに微分方程式は全く知らないから来週まで待ってくれと保留にする。
授業の後は、就職委員関連の仕事でちょっとした問題が起こったというこ とで、就職委員長と就職関連の事務担当者の訪問を受け、15分ほど密談。そ の後、図書館で「進化ゲームと微分方程式」という数理生物学の本を借り、そ れを読みながら家路につく。歯の詰め物が外れたので、今朝予約しておいた歯 科医に立ち寄ってから帰宅。夜はまた代数曲面関係の勉強をすこし。
2008年6月11日(水)
<<エゴイスト>>
12時半から15時前まで卒研A(代数幾何学)。マンフォードのテキストで、
学生時代の私なら恐らくここで詰まったんじゃないかしらと思えるような所で、
学生がちゃんと詰まってくれる。私の学生時代、黒板の前で立ち往生している
私に、指導教官は絶対に助け舟を出してくれなかったが、今の私はここぞとば
かり学生から問題を奪い上げて自分で解いてしまう。
これは学生の教育という観点からはあまり望ましくないのかも知れないが、 基本的にこのゼミは自分の過去に決着をつけ、これからの自分が研究をしてい くときの底力を養うためにやっている。だから、私が学生に付き合うのではな く、学生が私に付き合う形になるのである。ああ、私って、何てエゴイストな んでしょう(うっとり)。でも、こんな形のゼミができるのも、学生が優秀だ からに他ならない。
今年に限らず、過去数年を振り返っても、何故か私の卒研には優秀な学生 しか入ってこない。別に優秀ならざる学生を追い返しているわけでもないし、 それどころか、エゴイストの私にとっては、目の前の学生が優秀か否かは全くど うでも良い問題で、どんな学生であれ、それぞれに応じた教え方をすれば良い ことだと思っているのだが。
ゼミの前後はセキュリティーソフトのライセンス期間延長作業を行ったり、 本の束を抱えて図書館に返しに行ったり、出張報告書を作るために保管してお いたはずの領収書を捜し回ったりといった雑用。しかし長居は無用と16時過 ぎには大学を発ち、山科駅前Sbuxで1時間ほど数学。夜もすこし数学。
2008年6月10日(火)
<<当たり前の感覚>>
研究日。実は最近やや睡眠障害気味で、昼前でも体の芯から溶け落ちるように
眠く、勉強どころではないような日々が続いてきたので、今朝はしっかり寝る。
昼前にメールでちょっと大学の仕事をしてから、午後は京大数理研へ。北部キャ
ンパス正門のあたりでしばし待ってみたけど、例のルームランナー逆走男は現
れず。やっぱりドッペルゲンガーではないようだ。
数理研では代数幾何学の研究集会をやっていた。まあ、聞いても分からな い講演を聞いても仕方あるまいと、図書室に籠ってだらだらと代数曲面のお勉 強をしてたのだが、研究集会のテーマが代数曲面に関連する事だし、集会に来 ていた知人達に何となくそそのかされて結局一部の講演を聞いた。私にとって は予想通り、というよりは予想以上にほとんど珍紛漢紛の話だったが、気合い の入った講演で、研究者本人の深い意識の流れを感じ取るだけでもちょっとは 賢くなれたような気がして、やはり聞いて良かったと思う。
Ritsの数理科学科も研究しやすい良い環境ではあるけど、唯一の欠点は 「確率論が数学の全て」みたいな雰囲気が漂っていて、長時間そこに居ると 感覚がおかしくなってしまうことである。すくなくとも、確率論グループ がどうしたこうしたという話ばかり聞こえてきて、いささかうんざりする。
いずれにせよ、大学にはできるだけ近寄らないようにし、適宜京大などにも通 い、たまには研究集会なども覗いてみて、「確率論は数学の一部であって全て ではない」という当たり前の感覚を崩さないようにすることは、確率論からは もっともかけ離れたことを研究している私にとっては、大事なことだと思う。
ところで、西洋人にとって会議や講演などで居眠りするのは超ド級の無礼 であって、まともな人間はどんなに退屈でも内職などをしながら何とか目を覚 ましているという話をゲーテの先生から直接聞いたし、某大学の西洋系外国人 講師が新聞にも書いていて、居眠りに対する社会的許容度の高さは日本文化の 興味深い特徴の一つであり、その秘密を探るべく目下研究中であるとのことだっ た。
その話を知って以後、私は研究集会などに参加するたびに気をつけて観察 し、なるほど講演中に堂々と居眠りしているのは日本人だけだなと思っていた。 西洋人の参加者達は、最悪でも意識は朦朧としているようだが目だけは開いて いた。しかし今日は新しいサンプルを発見しましたね。腕組みして、目つぶっ て、こっくりこっくりやってる西洋人数学者を。
夜も代数曲面論の勉強をすこし。
2008年6月9日(月)
<<ドッペルゲンガー?>>
研究日。午前中は自宅で色々大学関係の雑用。午後は京大数理研図書室で代数
曲面論のお勉強。
夕方、京大からの帰りにJEUGIA三条本店に立ち寄り、中村紘 子「どこか古典派」(中公文庫)と青柳いづみこ「ボクたちクラシックつなが り、ピアニストが読む音楽漫画」(文春新書)を購入。「ピアニストという蛮 族がいる」が面白かったので、この手の本をもう少し読んでみようか、と。
夜はまた少し代数曲面論のお勉強。え?可換環論はどうしたのかって? どうしたんでしょうねえ。飽きっぽくてへそ曲がりな私は、ひとつの専門に長く とどまっていられないのでしょう。思えば過去25年の間、周りの人たちがよう やく私のことをある分野の専門家と認め始めた頃には、私はもう別の分野に夢中 になっている、というようなことを繰り返してきた。何ひとつ大成することなし にね。別に大成なんかしなくても、自分が楽しければそれでいいんだけど。
そういえば以前、土曜日の夜のラクトスポーツクラブで、ルームランナーを後ろ向き に走るトレーニングをしている怪しい男を頻繁に見かけたが、近頃はとんとご無 沙汰でどうしたのかと思っていた。 ところが最近、京大北部キャンパスの正門あたりで何故かよく姿を見かける。 なあんだ、京大の研究者だったのか、と。しかし、これがこの1ヶ月ぐらいの間 に3回繰り返されているところが、妙である。つまり、私が月曜日か火曜日の昼過 ぎの適当な時間に何の気なく正門を入ると、まるで私を待ち構えていたかのように、 彼が正門の方に向かってやってくるのだ。これはますます怪しい。もしかして ドッペルゲンガー(Doppelgänger)か。 でも、雰囲気の怪しさは似てるかもしれないけど、 風貌はあまり私には似ていないな。
2008年6月8日(日)
<<魂の黒さ100%>>
午前中に山科区内に買い物に出た以外は、終日自宅静養。
最近何だか嫌な性格になってきたなあと思うことしばしばなので、
あなたの腹黒度チェックをやってみたところ、次のような結果となった。
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へえー、そうなのかい。この俺サマは「純白の天使」だとさ、へヘッ。で も、「魂の黒さ100%」って何なんだよう。
夕方頃から代数幾何 学のお勉強。ピカール多様体やアルバネーゼ多様体が一体何なのか、それらに 関してどういう事実がよく知られているのかということが、ようやく分ってき た。え?何でお前、今頃大学院生みたいな勉強して、勉強日記みたいな事書い てるんだって?まあ、お勉強が好きなんでしょう。少なくとも退屈な社交や 世間話よりは面白いと思うけど。
2008年6月7日(土)
<<不純な動機>>
関西日仏学館の日。最近、どうも私のフランス語学習意欲が低迷しているよう
な感じになっているのは、そもそも関西日仏に通い始めた動機が不純だからだ
と思う。ゲーテ時代の終わり頃はクラスに面白い人たちが居て、ドイツ語や日
本語で結構楽しくお喋りしてすごしていたのだが、そのクラスがリストラされ
たため、「あの栄光の日々をもう一度!」と柳の下のドジョウを狙って関西日
仏に流れ着いたのである。
思えばゲーテもかれこれ6,7年通ったけれど、面白い人たちに出会えた のは最後の2,3年であり、人嫌いで気難しい私が「面白い人たち」と思える 人など、そう簡単に出会えるものではないのである。そして、今の関西日仏の クラスメートたちも、まずまず良い人たちではあるものの特別感動するほどの こともなく、私は依然死んだフリを続けている。それは何故かというと、相手 が自分にとって特別な興味をかきたてるような人でない限り、私は人々との 社交や世間話といったものには特段の価値も見出せないからである。 今学期は6月末で終了するけれど、次からはちょっとクラスを変えてみる のもいいかもしれない。と、考えるところが、やっぱり不純だ。
夜はスポーツクラブでへとへとになる。
2008年6月6日(金)
<<よく頑張っておられる>>
午前中は山科区内ですこし野暮用。12時半から「情報処理」の講義、引き続
き「情報処理演習」。終了は15時40分。その後、演習の時間に学生がメー
ルで提出したレポートのチェックと集計をやってから、帰宅。夕食後はまた山
科区内ですこし野暮用をしたり、自宅でメールベースで就職委員のお仕事をしたり。
折角2枚CDを買ったんだから頑張って2枚聴き比べなくっちゃ、などと思って
いるから苦しくなる。自分の好きな方だけ聴けばいいのだという単純なことに
気づき、今日はリヒテル壮年期の録音、
モーツァルトのピアノ・ソナタ第2番(K.280),第13番
(K.333),第5番(K.283)
の方を聴く。
一説には、ピアニストのピークは大体3,40代であって、遅い人でも5 0代ぐらい。70代80代ともなると、「円熟の域」「深い精神性」 などと表向きには言われることはあっても、少なくともプロ同士の間では「我 らが○○も老いたり」とか「あのお年でよく頑張っておられる」ということに なるらしい(「頑張っておられる」のはおおいに結構だと思うのだ が、、、)。鍵盤を叩く指先のバネの衰えやテンポの遅れなど、どう取り繕って も少なくともプロ同士では完全にお見通しで、そういうことが気になると音楽が すっと心に入ってこないので、どうしても同業者からの評価は厳しくなるのだろう。 それ以前に、自分自身がもどかしい思いに悩むのではないかと思う。
「ピアニスト」を「数学者」に置き換えると、たぶんほとんど同じことが 当てはまる。やはり同じ「蛮族」同士だな。管楽器もやはり息を吹き込む肺 の力が大事らしく、やはり60代を過ぎると厳しいという話も聞いたことがあ る。ああ、それで皆さん指揮者に転向するのかしらと思ったけど、指揮者も体 力勝負なので、年取ったから指揮者になんて調子には必ずしもいかないのだという。
絵画の方ではあまりそういう話はあまり聞かない。だから、数学に見切りをつける
時が来たら、数学なんて私知りません!って顔して、また絵を描こうという秘密
計画は当面変更なし。
2008年6月5日(木)
<<目薬と耳直し>>
10時40分から12時10分まで、経済学部、経営学部のプログラミング演
習。今日は学生からの質問も少なく、暇なので、教員用計算機で文献検索をし
たり、明日の情報処理の授業の準備などをして時間を潰す。昼休みは、研究室
こそこそ昼食と雑用、そして、別にちゃんと読む積もりではないのだけど、本
棚の隅に押し込んであったエタール・コホモロジーの教科書を取り出してぱら
ぱらと眺めているうちに、午後の授業の時間。14時10分から15時40分
までは留学生数学。今日はロピタルの定理を使う関数の極限の問題5問とテイ
ラー展開をつかった近似の問題1問、さらに偏微分に関する簡単な質問に答え
る。授業の後は、卒研B(数理論理学)は学生が教育実習中なのでお休みだし、
明日の情報処理演習のプリントをコピーし、長居は無用とさっさと帰宅。
山科駅前Sbuxですこし代数曲面論の勉強をしていたのだが、そういえばこ の一ヶ月ほど目が疲れやすい症状が抜けず、今日も目がしょぼしょぼするので、 急遽山科駅前の眼科に飛び込むことに。あれこれ検査をしてもらったけれど、 特に異常は見た足らず、疲れ目の目薬をもらって帰宅。
リヒテルの壮年期と晩年期のモーツァルト聴き比べも、聴いていてあまり面白
くもないこともあって結構しんどく、今日はマルタ・アルゲリッチとアレクサ
ンドル・ラビノヴィチの2台と四手のためのピアノ作品集で耳直し。
これはアルゲリッチ52歳の時の録音。リヒテルのは妙に安定してて、 こんな風に音が透き通っていてスリリングなモーツァルトじゃないところが、 私には物足りない。
夜は、またほんのすこしだけ代数曲面論の勉強。
2008年6月4日(水)
<<衝撃的な依頼>>
研究室こそこそ昼食の後、12時30分より15時頃まで卒研A(代数幾何学)。
研究室で雑用の後、16時から17時まで教室会議。大きな議題もなく平穏無
事に終ったけれど、実はその裏でここ数日、壮絶なバトルと駆け引きと交渉が
繰り広げられており、あわや今日の教室会議が深刻な議題で紛糾するかと思わ
れたが、今朝ぎりぎりのところで事態が目出度く終息したのである。
それやこれやは、元をただせば先週の木曜日に油断して講演会の打ち上げ について行き、聞かなくても良い話を聞いてしまったことに端を発する。しか し結果よければすべて良しで、それまで長い間燻っていたある問題が綺麗に解 消したことも確か。
そういえば、今日はEUの学会から論文レビューの依頼が新たに2件来た。 前に依頼された2件のうち、1件はまだやらずに放置してある。鶏の水飲み器 と同じ原理で、早く仕事を終えたらすぐに次の仕事が補充される。やってもやっ てもすぐに次の仕事が舞い込んでくる。ならば仕事を遅らせれば、 次の仕事が来るのを阻止できるじゃないか。Eine gute Idee! あったまい いー!って内心はしゃいでいたところだけに、今日の追加依頼はちょっと衝撃 的。
今日も暇暇にD.マンフォード「代数曲面上の曲線族についての講義録」を 無駄に突付きまわす。
2008年6月3日(火)
<<勉強の蟻地獄>>
研究日。午後は京大数理研図書室。今日も代数曲面のお勉強。
当面の目標はピ
カール多様体とは何なのかを理解すること。ピカール多様体に関連する話とし
て、アルバネーゼ多様体だの不正則数だのL進コホモロジーだのベッチ数だの
ホッジ理論だのがあるけど、こんなの勉強しているうちに一生が終ってしまい
そう。「代数幾何学に首突っ込むと勉強の蟻地獄に陥る」ってのは、本当だな。
京大の帰りに吉岡書店に立ち寄ったら藤田正嗣の画集がふと目にとまった ので、ぱらぱらっと見てみた。以前に関西日仏学館で見せてもらったのは心象 風景画のようなもので、いまひとつだったけど、他にどんな絵描いてるのかし ら、と。この人の風景画は駄目だけど、人物画は切れ味が良くてかなり面白い ことがわかった。
夜も少しD.マンフォード「代数曲面上の曲線族についての講義録」を突っ 突き回す。こういうタイプライター打ち索引無しの講義録ってのは、日頃TeX を使って綺麗に書かれた論文や本を読んで楽をしている者にとって、すこぶる とっつきが悪く骨が折れる。でも私の学生時代は最新情報が書かれている数学 の本って、みんなこんな感じだったな。
さて、今日もこのCDを聴いてみた。このモーツァルトの音が、ベートーヴェンやショ
パンみたいにしか聴こえない私って、おかしいのかしら?何だか、風邪をひい
て本調子が出てないモーツァルトって感じ。
ということで、昨日と同じ感想だな。
そして今日も比較のためにこのCDも聴いてみた。やっぱり上のCDとはピアノの
音が全然違ってて、透明感、躍動感、華やかさ、高度な集中力によって全てが
完璧に統制されている安定感、どれをとっても、おお!モーツァルト
やなって感じ。
ということで、昨日と同じような感想。昨日よりちょっと評価が高くなっ
たけど。昨日は「ああ、モーツァルトやなあ」で、今日は「おお!モーツァル
トやな」。この違いは無視できないよ。
2008年6月2日(月)
<<どっちが蛮族?>>
研究日。昼前から京大数理研図書室で代数曲面のお勉強。そういえば最近可換
環論を放り出して代数幾何学ばかり勉強している。もう人生そんなに長くは残っ
ていないのだし、これからは後先考えずに本当に好きなことだけにのめり込ん
でやろうかしらなどと考えている自分が、物凄くオジサン臭く思えて嫌だ。石で
もぶつけてやろうかしらと思うぐらい。
数理研は少し早めに切り上げて、JEUGIA三条本店でCD漁り。宣伝 用に、ビオラの古楽器版みたいなのでテレマンの室内楽を集めたCDが店内で 流れていて、それが気に入って買おうかと思ったのだけど、在庫切れとか。J EUGIAさん、折角の客を逃しましたね。
それでも最近ちょっと気になっているS.リヒテルを聴いてみようと、モーツァ
ルトのピアノ・ソナタ第18番K.533/494と第14番K.457、幻
想曲K.475のCDを購入。これはリヒテルの晩年にあたる1989年と
1991年のイタリヤとドイツでのライブ録音。
ジャケットの写真を見て、一瞬、え?ポール・ニューマン
ですか?と思ったりもしたけど。
リヒテルの晩年は演奏の質のばらつきが大きかったそうだが、日本公演の演奏 は彼の音楽の究極の頂点を示すものだとも言われている。ある人は、ピアノ独奏な のにオーケストラを聴いているように豊かな音で、そうか、これが彼が目指してい た音楽なのかと胸が熱くなったと評していた。
それで、日本公演ではないけど似たような時期の演奏はどうかしらと思って買
ってみたんだけど。家に帰ってから一回聴いてみた感じでは、まあ綺麗な
演奏なんだろうけど、特に胸に迫るものは感じられなかった。
もうひとつ、モーツァルトのピアノ・ソナタ第2番(K.280),第13番
(K.333),第5番(K.283)のCDも一緒に買った。
これはリヒテルの壮年期にあたる1966年のザルツブルクでのライブ録音。
何かピアノの前に座って指揮してるみたいですけど、グレン・グールドさん
ですか?
これも特に胸にぐっと迫るものはいまひとつ感じられないのだけど、ピア ノ・ソナタ第5番の第3楽章はちょっといい雰囲気だし、全体的にピアノ の音は上のCDに比べて透明感があって、ああ、モーツァルトやなあって感じ がする。
もうひとつ、今日は中村紘子「ピアニストという蛮族がいる」を購入。
この本のタイトルはずっと昔から知ってたんだけど、
「数学者の方がよっぽど蛮族だぜ」という妙な対抗心が邪魔をして、
まだ読んだことがなかったのだ。
2008年6月1日(日)
<<仕事、楽しい?>>
昨日は関西日仏学館の日。フランス語ももうちょっと気を入れて勉強しないと、
頭の中でプラズマ状態で融合しているドイツ語フランス語が、なかなか分離し
てくれそうにない。今日は、午前中にゲーテに通ってドイツ語を勉強している
「地球防衛家の長女」が隣に座ってたので、ちょうどいいやと思って「えーと、
von ってフランス語じゃないような気がするんだけど、ドイツ語でいいんだよ
ね?」というようなことを聞いたりしていた。私と話していると、彼女の方も
だんだん頭が混乱してくるらしい。混乱の伝染。夜はスポーツクラブ。
京都在住通算22年になるけれど、祇園祭の山鉾巡行を見たこともなけれ ば嵐山に行ったこともない。最近地下鉄東西線が延長されて嵐電との接続が良 くなったことだし、今日は天気も良いから、JEUGIAでCD探索を する予定を急遽変更して、午後は嵐山に行ってみようということになった。
嵐電嵐山駅を降り、渡月橋を渡って桂川南岸を西に向かってしばらく歩き、 また戻ってきただけだが、川沿いの細い遊歩道からすぐにそりたつ嵐山から下 りてくる、涼しい風がとても気持ち良かった。渡月橋のたもとでは、NHKが 番組の収録をやっていたので、関西日仏のクラスで一緒のディレクター氏が居 るかしらと思って覗いてみたけれど、見当たらなかった。ま、NHKには「(私 以外にも)ディレクターなんて星の数ほど居る」そうだしね。
テレビ番組作るのって、毎日が文化祭みたいなものだし、やってる彼らは 面白くってしょうがないだろうと思う。関西日仏のディレクター氏も、何だか 公私ともども忙しそうな人だけど、仕事はとても楽しいと言っていた。
そう、仕事は楽しくやれなくっちゃ駄目だよね、と、夜は仕事に関連したこ とで、知り合いの弁護士とすこし相談。