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よ け ス ペ ー ス で す。

2008年11月15日(土)
<<ミッフィーみたいな人>>
関西日仏学館の日である。フランス語を学ぶこと自体は楽しいのだが、不純な 動機メラメラの私としては、プラスαが欲しいところ。

ああ、つまんないクラスだなと、いつのもように窓越しに大文字山を眺め ていたら、山の木々の感じから一瞬ウルトラマンに出てきた怪獣ピグモンのよ うに見えた。おお、これは面白いことになってきたぞ!と思って、さらに端正 な「大」の字に目をこらしたところ、少し西北の方に顔を向けてすましている キングコングの頭に見えてきた。キングコングよ、私の関西日仏学館ライフを 見守り給え。

それから、ふと隣の京大の仏文の子のノートを見たら、あのスヌーピーと かチャーリー・ブラウンとかルーシーとかが出てくるピーナッツの漫画か描か れていた。おや、筆箱もピーナッツだ。あれ?!よく見たら、その子もピー ナッツの世界から飛び出してきた人みたい!なるほど、この子は自分の雰囲気 に似たものが好きなんだな、と。

以前、職場に居た同僚がミッフィー好きで、その人自身もあの×字の口と やや不安げな目に象徴されるような「ミッフィーみたいな人」だった。別の同 僚は、外見は全く違うのだが、どことなく隣のトトロみたいな雰囲気のある人 だなと思って、退職の時の餞に小さなトトロの縫いぐるみがついたストラップ をプレゼントしたら、えらくウケた。私は、というと、確か2000年の秋の ある日のこと、ドイツのエッセンで電撃的天啓を受けて以来、ハローキティー の熱狂的ファン。人間はハローキティのように生きなければならないと考えて おり、日々「キティ的なもの」を捜し求めて生きていると言っても過言ではな い。でも、自分がハローキティーに似ているかどうかは、わからない。自分は どう考えても自分にしか似ていない。

先週の膝の怪我も回復したようなので、夜は2週間ぶりにスポーツクラブ。

2008年11月14日(金)
<<青い鳥>>
研究日。まずは昨日の睡眠不足を解消すべく、午前中は二度寝三度寝で入念に 睡眠をとる。午後は数学。途中、散歩がてらに山科駅前まで。Sbuxやラクト山 科などでも、少し数学。9月末からの懸案問題は、相変わらず何となく解けそ うで解けず。しかし、それ以外の部分のノート整理が少し進んだ。 時折、教務関係や人事主査関係の不穏なメールが大学の方から飛んできたが、 概して平和な一日だったと思う。

明日は関西日仏学館の日かと思うと、ちょっと気が重い。 どこかに面白い人はいないかしらと青い鳥を捜し求める、動機が不純な私とし ては、今のクラスでは物足りないのである。 ああ、詰まらない、と。何事においても少しでも上達することは喜ばしいし、 その先には上級 クラスがあって、興味深い人たちとの交友が待っているのだと思うと、もう少 し頑張ってみようかという気も少しは起こる。それに、今やっている研究がも う少し進展すれば、フランスの研究機関にしばらく留学、なんてこともあるか も知れないではないか。しかし、不確かな未来を信じて今を耐え忍ぶというの は、まったくもって私の人生観、すなわち「今日と明日が全てなのさ」という のに反している。

何とかして今の関西日仏学館ライフを楽しまねばならない。さしずめ今は、 詰まらないクラスで半日死んだフリして過ごした御褒美に、帰りにJEUGIA三条 本店などのお気に入りの店に立ち寄ったりしているわけだが、もっと何か面白 いことを見つけなければならない。例えば、今のクラスが使っている教室の私 の席から、フランス風の白い壁の華奢な窓枠越しに見える大文字山の「大」の 字が綺麗だ、とか。あるいは、隣の京大西部講堂あたりから聞こえてくる、学 生達が練習している楽器のほとんど騒音の塊のような音の中から、クラリネッ トとオーボエの音が何回聴こえたか数えてみる、とか。

2008年11月13日(木)
<<力尽きる>>
夕食後に飲んだ濃い珈琲がきいたのか、昨夜はあれからまだまだ眠れず。そう こうしているうちに同僚や事務から人事主査関係のメールが届き、作業を交え てしばし断続的にやりとり。事務からの最後のメールが午前1時半頃、私が最 後に出したメールが午前3時前。それに対する事務からの返事が午前9時頃に 届いていて、「私は、先のメール発信後に力尽きて帰宅したため、御礼が遅く なりました」とあった。これには恐れ入った。力尽きる午前1時半まで大学で 仕事かよ。大丈夫か?そんなんじゃあ、過労死するぜ。

本日午前は4回生「計算機数学」。多項式の割り算定理の証明のあと、よ うやくグレブナー基底の定義に入る。昼休みは、研究室コソコソ昼食の後、 「ねんきん特別便」の問合せ電話を掛けたり、人事主査の仕事をやったりして いるうちに終り、13時半から15時過ぎまで卒研ゼミ(代数幾何学)。今日 は、具体例をいろいろいじっているうちに終る。卒研ゼミの後は、就職委員関 連の仕事を少し。15時50分より17時20分までは2回生「離散数学」。 先週のウソをお詫びして訂正した後、素因数分解の一意性の証明をし、最後に 合同数の概念を導入するための枕をすこし話して終る。講義の後も、就職委員 関連の仕事、人事主査の仕事、その他の雑用を少ししてから帰宅。

夜は少し数学。9月末以来の懸案の問題を何となく考え、少し見通しが立 ちそうな気がするのだが、睡眠不足で眠く頭がぼんやりしてきたので適当に切 り上げる。

2008年11月12日(水)
<<ねんきん特別便>>
昼過ぎに出勤。生協コンビニで買ったサンドイッチで研究室コソコソ昼食。廊 下で学生に捕まり、教員募集の件で某私立高校に電話連絡。その直後、13時 半より15時半頃まで卒研(数理論理学)。原始帰納関数の続き。この調子だ と、貴方の年末年始はゲーデルの不完全性定理で七転八倒でキリキリ舞いとい う、目出度くも楽しい展開になりそうですね、ふっふっふーぅ、と明るい展望 を示して今日のゼミを終える。私だって、折角数理論理学のゼミに付き合った んだから、不完全性定理の証明の話ぐらいは聞きたいものだ。

その後、16時から2時間ほど教室会議に出てから研究室に戻ったら、昼 間の某私立高校からメールが届いていたので返事を出す。それから事務に行っ て郵便物を出し、生協で夕食の後、明日の講義の準備を少しやってから大学を 発つ。帰宅は20時過ぎ。

夜は数学をと思ったが、昼間届いた「ねんきん特別便」の回答書を書いて 終ってしまった。昔、勤めていた会社の住所を調べる必要があって、そのつい でにその会社のHPなどを覗いてみたら、当時私が居た事業所は売却されてマン ションになっていた。衣笠キャンパス時代に私が使っていた研究室が、後に改 装されて女子トイレになっているのを知った時と同種の衝撃と感慨に耽る。

それから、当時の職場の先輩のひとりが重役になっているのを見つけた。 当時からキレ者で有名な人だったから、あま順当な線かな。ネットで検索してみた ら最近の写真も出てきて、私が記憶している30歳そこそこの頃の面影は残し つつも、その変わり果てた(?)お姿に泣きて三歩歩まず。もう一人、会社員 時代に直属上司だった人は、本社重役を経て今は関連会社の社長をしている けど、その人は当 時のコスモポリタンな怪しい雰囲気が消えて、ニッポンの普通のオジサンになって いる。

2008年11月11日(火)
<<天罰が下る>>
午前中は人事主査や卒研関係でメールをいくつか出し、少しだけ数学。来年度 の卒研ゼミを、就職組の初等整数論と進学組の可換環論の2ゼミ体制に収束さ せるべく、学生を勧誘したり説得したりと色々調整中。初等整数論のゼミも、 高木貞治の本は他のゼミでも使ってそうなので、ハーディ&ライトで差別化を 図るなど、小技に走ったりもしている。

去年の卒研配属の時は、一人の学生がいきなり研究室に現れて、(代数的) 代数幾何学を勉強したいと言うので、おぉーっ!苦節ン10年、とうとうこの 日がやってきたかと即決でOKした。それから2,3日して別の学生がいきなり 研究室に現れて、数理論理学を勉強したいと言うので、思わずひっくり返り、 (昔、数理論理学をいじり回して飯食ってた時期もあったことだし)まーあ、 しゃーないなーとOKした。3人目の学生が現れたら間髪を入れず「代数幾何か 数理論理学以外は駄目よ!」と言う積もりだったけど、誰も来なかった。かく して平和な卒研ライフの今日この頃なのである。しかし今年は去年とはいくぶ ん雰囲気が違っている。まあ、毎年同じだったら飽きるし、ボケるし。刺激が あることは良いことだ。

そうこうしているうちに昼過ぎになったので、散歩がてらに山科駅前まで。 その辺で適当に昼食の後、久々の山科駅前Sbux。やはりさまざまな年齢層の女 友達二人組が多い。隣の中年女性二人組は、網戸がどうのこうのという話を していた。反対側の隣は、むっつりしたオジサンが一人居た(私もむっつり したオジサンですけど)。

帰宅後も愚図愚図と数学。Tex版詳細ノート作成作業は、ようやく9月末ま でにやっていたことの9割ぐらい終了。9月末に解決できずに、ノートにもテ キトーな事しか書いてなかった問題を考えてみたけど、やはりテキトー以上の ことは思い浮かばず。逃避行動として、少しだけ人事主査の仕事をしてみたり。 少し疲れたので、夜はフランス語の宿題など。

とか何とかやってるうちに、またアメリカ数学会から2ヶ月前に来た論文 レビューの督促メールが届いた。まったくオジサンになると、まるで天罰が下 ったかのように忙しくなるのよね。

2008年11月10日(月)
<<すっかり忘れる>>
午前中は自宅で就職委員関係と人事主査関係の仕事など。山科駅前で昼食の後、 出勤。人事主査関係の雑用を少ししてから、先週ウソを喋った「離散数学」の 講義レジュメ懺悔改訂版作成作業。夕方から人事主査関係の会議。その後、も う少し人事主査関係のお仕事をしてから生協で夕食。ある学生に「先生、お久 しぶりです」と挨拶されるも、顔は覚えているのだが何処の誰だかは分からな い。学生は試験が終るとその科目のことをすっかり忘れてしまうけど、私は試 験が終るとそのクラスの学生のことをすっかり忘れてしまう。

夕食の後は図書館で少し調べもの。学生が来年度の卒研ゼミでブルバキの 代数(日本語版)を読みたいと言ってきたので、どの本かをチェック。研究室 に戻って、その学生に「ブルバキは時代遅れだからやめなさい」とメールを送 る。それから、就職委員の仕事もして、さらに、ある会議のWebサイトが見えな いのはブラウザが古いからだろうという親切なメールをいただき、久しぶりに Windows Updateを行う。と、いうようなことを何だかんだとやっているうちに、 今日も帰宅は23時過ぎ。

夜もまた自宅PCで最新版ブラウザのインストール。その前にサービスパッ ク3のインストールもしなくてはならなくて、これが自宅オンボロPCでは無限 かと思われるぐらい時間がかかった。

2008年11月9日(日)
<<ジャック・ルクレール>>
久しぶりに静かな日曜の朝で、昼前までたっぷり眠った。人事主査の仕事や、 その仕事に時間を取られてなかなか進まないそれ以外の色々な仕事のことが気 になって、ここんところよく眠れない日々が続いていたが、少しは睡眠不足を 取り戻したようだ。山科区内で野暮用の後、午後は少し数学。夕方は街へ散歩 にでる。1時間に1本の京阪バスの時間にちょうど間に合ったので、御陵か ら九条山越えでバスで京阪三条まで。それから徒歩で三条大橋を渡り、河原町 三条へ。昨日試聴して見送ったCDのことが気になり、JEUGIA三条本店へ。 JEUGIAの帰りはAnger河原町本店に少し立ち寄り、来年の手帳を捜す。 確か去年ドイツのAnne Bruda書店の手帳をここで買ったような気がするのだけど、 今年は見つからない。

本日購入したのは、ケルン放送管弦楽団木管トリオのこのCD。ファゴットの水 間博明氏が京都出身だということで、JEUGIA三条本店イチ押しの1枚のようで ある。彼らはもう一枚CDを出していて、その表題が"Enchente!" である。お前ら、 ケルンに居るくせに何でフランスにかぶれてんだよう!ちゃんと"Angenehme!" ってドイツ語で言えっつーの!とJEUGIEAの試聴マシンの前で思わず一喝。

F.J.ハイドン、J.S.バッハといった有名どころ作曲家の(少なくとも私は) あまり聴いたとのない曲を引っ張りだしたり、W.A. モーツァルトの父レオポ ルド・モーツァルトのディヴェルティメントというちょっと珍しい線を突いて みたり、ジャック・ルクレール、ウジェーヌ・ボザ、アレック・テンプルトン、 アストル・ピアソラ、インゴ・ルイス、エロル・ガーナーといった現代作曲家 の曲まで色々入っていて楽しい。

それにしても、ボザは経歴を読むとちょっと有名な人らしいけど、私は聞 いたことがない。A. ピアソラとI. ルイスの名前は知らなかったけど、「ブエ ノスアイレスの四季」は小学校の頃ギターを習っていた先生が好きでよく弾い ていたし、「ミスティー」はジャズのスタンダードナンバーじゃなかったっ け。でもそれ以外の人は全然知らない。

例えば、ジャック・ルクレールは小室哲哉(!)と同い年の人だが、住所・ 職業不定の謎の人物で、彼に関する情報はほとんどなく、彼の曲が演奏される ことも少ない、とある(小室哲哉云々までは書いてないが)。謎の人物!うー む、いいですね。この世の謎として生れ落ち、謎の人物のままで死ぬこと はひとつの理想である。それに紹介文がふるっている。Wenig is bekannt über ihn ausser seine Stücke, die selten aufgeführt werden. (滅多に演奏される ことのない彼の作品以外のことについて、彼のことはよく知られていない) ではなく

Wenig ist bekannt über ihn, ausser dass seine Stücke selten aufgeführt werden.
直訳:彼の曲が滅多に演奏されることがないということを除いて、彼のことは殆ど 知られていない。

とある。まあ、ドイツ語ってごく普通にこういう言い方をするのかもしれないけど、 心の琴線に触れるものがあるな。 例えば、

Wenig ist bekannt über ihn, ausser dass seine Abhandlungen selten gelesen werden.
彼の論文が滅多に読まれることがないということを除いて、彼のことは殆ど 知られていない。

とか、

Wenig ist bekannt über ihn, ausser dass er ein komisches Tagebuch auf Internet schrieb.
彼がインターネットに変な日記を書いていたことを除いて、彼のことは殆ど 知られていない。

とか。(まあ、自虐に走るのはこのぐらいにしておこう)

表題のPetite Patisserieは、ルクレールの曲の題名 で、第一楽章は「りんごタルト La Tarte aux Pommes」、第二楽章は「ロール ケーキ Le Biscuit Roule」、第三楽章は「3つのクロワッサンTrois Croissants au Beurre」、第四楽章は「蜂の巣ケーキ Le Nid d'Abelille」と なっている。うまそうである。みんな食べたい!

2008年11月8日(土)
<<マゾですか?>>
関西日仏学館の日。午前中は12月の出張の日程を確認して、忘れないうちに 宿を予約したり、就職委員の仕事をすこしやってから自宅を出る。京大ルネで 昼食後、授業が始まる直前まで図書室でフランス語の勉強。先週の復習など。 しかし今日は何故かとても眠く、20分ほど居眠り。

それにしても日仏のクラスの人たちは、授業の合間に、一体あんな会話の どこが面白いのだろうかということばかり話しているような気がする。お互い 友好的な雰囲気を形成・維持していこうと、ちょっと無理して相手に合わせて いるのか、それとも心からそう思って話しているのか、どちらかはわからない が、傍目にはシンドそうである。(貴方達はマゾなんですか?)

もっとも、これは日仏のクラスの人に限ったことではなく、私は世の中の 人々が日々交わしている当たり障りのない世間話には、ほとんど何の興味も湧 かない。しかし、親しい友人同士が少人数で話している会話は聞いていて面白 い。駅の待合室やバスの中での学生達の会話とか、Sbuxなどでの女友達同士の とりとめのない会話とか、街をさまよっている時に聞こえてくるこのような会 話は面白い。

自分が誰かと会話をするきはどうかというと、この人と話したら愉快だろう なと思える人とは何を話しても楽しいものだが、そうでない人とは何を話すに も何を聞くにもシンドそうに思えてくるものである。そして、世の中には 私にとって会話がシンドイ人の方が圧倒的に多い。シンドイことをする ぐらいなら、静かい美しいものを見たり聴いたりしてたほうが、よっぽど気がき いてると思うんだけど。でも、そういうことをしていると、だんだんボケてい くような気もする。

関西日仏の帰りはJEUGIA三条本店に立ち寄り、先日試聴した木管アンサン ブルのCD をもう一度試聴。1枚目は曲は全て好きなのだが、どの曲も同じよ うな調子で演奏していて飽きてきそうだし、もう1枚の方はは曲によって表情 が違っていて面白いのだが、最後の方に入っている曲があまり好きでない。ど うしようかなあと迷った末、今日も見送り。最近はCD買いにも勢いが無く、見 送ることが多い。以前は「迷ったら買ってみる」だったのが、今は「迷ったら 見送る」に変わっている。既に私のiPod の中には数え切れないほどの曲が入っ ているから、新しいCDを買う前に最近聴いてないあの曲を聴いてみようとか思っ てしまうからかも知れない。いけませんね。人生、守りに入っちゃあ終りです よ、と。

夜はちょっとした不注意で膝をしたたかに打って痛めてしまったので、ス ポーツクラブ行きは中止して数学。TeX化作業は、ようやく9月下旬頃に書い た手書きノートのところにさしかかる。

2008年11月7日(金)
<<パイプオルガン>>
午前中から昼過ぎにかけて、自宅からあちこちにメールを飛ばして人事主査の お仕事。それから夕方頃まで数学。夕方は山科駅前まで散歩と野暮用に出る。 山科駅前Sbuxが満席だったので、今日もラクト山科4階通路のベンチでしばし ぼんやりする。勿論、事前に近くにあったゴミ箱の中をちょっと覗いてみて、 時限発火装置付き爆発物などが投入されていないことは確かめ、念のため爆風 の直撃を受けにくいと思われる場所に座った。

このベンチは丸テーブルとセットで全面ガラス張りの見通しの良い窓際に 置かれており、幅3メートルほどの通路を挟んで反対側は1階からの吹き抜け になっている。吹き抜けの空間越しに3階の方を見ると、そこには小さなパイ プオルガンがある。ラクト山科がオープンした当初は演奏家を呼んで生演奏を していたが、その後は専らコンピュータで記憶させた同じ曲の演奏を、一定の 時刻に自動再生しているようで、演奏家の姿は一度も見たことが無い。

私は、高度な音楽教育を受けた素晴らしい演奏家たちの苦しい生活状況を 何となく見聞きしていることもあって、折角パイプオルガンがあるのだから、 定期的に色々な演奏家を呼んでミニ・コンサートなどをどんどんやれば良いで はないかと思う。能力のある人にはもっともっと活躍してもらうべきである。 ミニ・コンサートやるんだったら、もっと頻繁にラクト山科 に通って、ついでにその辺の店で買い物などもするぞ。

演奏家に限らず、人事主査として沢山の応募書類に目を通していると、何 でこんなに立派な教育を受けた優れた人たちが冷遇されているのかと、改めて 愕然とすることが多々ある。しかし当面私に出来ることといえば、公正な人事を行う ことと、数学研究に精一杯励むことぐらいかしら。

かようにラクト山科のベンチは開放感があって良いのだが、照明が暗くて 今日のように天気の悪い日の夕方などは数学をするには向いていない。 帰宅後はまた人事主査関係と就職委員関係のお仕事。夜はまた少し数学。

2008年11月6日(木)
<<嫌な感じ>>
午前中は4回生の「計算機数学」の講義。ideal membership問題の意味、多項 式の割り算アルゴリズムなど。来週はアルゴリズムの正当性と停止性の証明の 概要をさらっとやって、いよいよグレブナー基底を定義する予定。昼休みは私 が人事主査をやっているのとは別の人事の資料読み。

数学の論文なんて、数学者にとっても、ちょっと専門が違えばほとんどチ ンプンカンプンなのである。従って、公募の応募書類に添付されている論文の 別刷なんて、ほとんどはチンプンカンプンである。だから、普通はレフェリー が厳しい有名な学術雑誌で発表された論文かどうかとか、共著か単著かという ことで判断しがちである。最近はMathSciNetのCitation Rateなんてのもあっ て、少し前までは私もCitation Rate信者だった。だから、応募書類に添付さ れる論文別刷は、一般には研究業績リストが嘘でないことを示す証拠物件程度 の意味しか無いのかもしれない。

しかし私は、良い意味でも悪い意味でもこれはと思う応募者の論文の別刷 りには目を通し、その人がどういう数学をやっているのか雰囲気だけでも掴も うとする。何だか良く分からないけど深い数学みたいだとか、職人芸を駆使し て論文を量産しているような数学だとか、井戸を深く深く掘り下げるような数 学だとか、山を切り崩して巨大ニュータウンを作ろうというような数学だとか、 根性の入った数学だとか、センスの良さだけに頼った脱力系の数学だとか。 「数学は、たとえ内容は分らなくても感じることはできる」と言わんばかりに、 絵を見るように数学を見ているわけだが、これが正しいことなのかどうかはよ くわからない。

13時半から15時過ぎまでは卒研ゼミ(代数幾何学)。消去理論をつかっ たネーター正規化定理の証明。その後15時50分から17時20分まで2回 生の「離散数学」の講義。ユークリッドの互除法と互除法定理。講義の途中か ら、「あ、俺、今、変なコト喋ってるような気がする」と嫌な感じになってた のだが、後で考え直してみたら、やはり互除法定理の証明で嘘を喋ってたこと に気づいた。講義の後、学生が「ユークリッドの互除法定理、わからーん!」 とか言ってたけど、あの説明でわかる方がおかしいのです。来週はお詫びして 訂正する予定。

その後、来年度の卒研生には何故か整数論を勉強したいという学生が多そ うなので、図書館で整数論の本をいくつか借りてみる。ちょっと眺めたところ、 やはりハーディー&ライトの数論入門が手頃で面白ろそうだ。その後、生協で の夕食を挟んで、人事主査の仕事を色々。22時過ぎに大学を発ち、帰宅は深 夜零時前。

2008年11月5日(水)
<<複雑系でしたよね>>
午前中に少し数学をやってから出勤。研究室で大丸ラクト山科店で買ったサン ドイッチなどの昼食をとってから、13時半より卒研ゼミ(数理論理学)。今 日は原始帰納関数について。何とかこの調子でゲーデルの不完全性定理の証明 まで終えたいものだ。15時過ぎに終ってから、大慌てで資料などの準備をし て、16時から17時まで人事主査関係の会議。ひと息ついて17時半から1 9時半過ぎまで教室会議。半分居眠りしながら議事を聞き流していたのだが、 ふと気づくと、どういう脈絡なのか知らないけど、皆さん、自分の研究時間が 無くなろうとも時間割がパンクしようと?)もっと科目を増やして沢山教えたい という議論をしていた。

教師というのはおかしな動物で、野放しにしておくとカリキュラム改訂の たびにあれも教えたいこれも教えたいと言い出して科目数が単調増加する。 そのうちにっちもさっちも行かなくなり、上から大号令がかかって渋々 科目を精選する。しかししばらくするとまた、あの時は科目を減らしすぎた、やっ ぱりこれを教えようあれも教えようと言い出すのである。彼らは一般に教育に かかる労力の投資効果を軽視しがちで、大山鳴動して鼠一匹でも取れたら、やる 意味があると考える。

私は不真面目で教育には不熱心なので、大山鳴動して鼠一匹だけなら投資効果 はほとんど無く面倒臭いだけだし、そんなことやめようよ!ついでだから、あの 科目も廃止、この科目とあの科目は統合して、できればぜーんぶ無しにしてテキ トーにやりましょうというようなことばかり言う。勿論、あれも教えたいこれも 教えたい式の議論にはついて行けず、貴方達は気でも狂ったのですか?それとも マゾですか?違いますね、単なる複雑系でしたよね、みたいな事ばかり発言していた。

学科長の先生が教室会議の終了を宣言してからも、例によって会議の終り を名残惜しむかのように、まだ何か連絡だのアナウンスだのが続きそうだった ので、皆さん、明日の朝までごゆっくりと脱兎の如く会議室を飛び出し、研究 室に戻って人事主査関係の仕事。生協食堂での夕食を挟んで、メールを出した り電話を掛けたりネットで調べたりと色々やって、図書館に少しだけ立ち寄っ てから22時前に大学を発つ。帰宅は23時過ぎ。

2008年11月4日(火)
<<弱い者イジメ>>
16時から1時間ほど会議があるので、ついでに午後の職場検診を受けるため に昼頃に出勤。集団健診は矢鱈に待ち時間が長いので優に1時間半ぐらいかか る。その間ずうっとむさ苦しいオジサン達と一緒で、場外乱闘椅子(折り畳み式 の簡易椅子のこと)が置かれている狭い仮設待合室に押し込まれていたりするの で、気が滅入ることこの上ない。それに、健診で厄介な病気が見つかるんじゃな いかと冷や冷やするし、かと言って変に動揺していると血圧がどうの心電図がど うのと五月蝿いことを言われるといけないので、あくまで平常心を保ってなけれ ばならないし。兎に角、健康診断は疲れる。こういう弱い者イジメは、いい加減 やめたらどうかと思う。

健診が終って少ししたらもう会議の時間。健診疲れで爆睡。どうせ形式的 な会議だからいいんだけど。それから出張申請書を書いたり事務にメールを出 したりしてから帰宅。夜は申し訳程度に数学。申し訳程度でも何もやらないよ りはましか。

来年度の卒研予定生に何を勉強したいかメールで連絡せよと伝えてあるが、 今のところ整数論の希望者が多い。整数論なら専門の先生が2人居るから、そ この卒研に行くように勧めたいところだが、その先生達の卒研ももう定員一杯 になっている。整数論ねえ。。。じゃあ、貴方達の卒研は数論幾何学でキマリ ね。と、いうことで、数論幾何学の入門として代数幾何学を勉強してもらおう かしら。おっと、その前に可換環論をちゃんと勉強しとかなくっちゃね。する とテキストはアティヤ&マクドナルドかな?松村でもいいけど。 とか何とか言って若い子をダマくらかすのって、犯罪的かしら?でも、ダマして るんじゃなくって、それが正統的な勉強の仕方だと思うけど。

2008年11月3日(月)
<<時限発火装置付き爆弾>>
今日はJEUGIA三条本店でN響首席クラリネット奏者の横川晴児氏の公開レッス ンがあって、行こうかなと思ってたのだが、今月も色々忙しいことだし、やれ る時にやっておかないとと思って結局自宅で数学をすることにした。夕方、 気晴らしに山科駅近辺まで散歩し、ついでに大丸ラクト山科店地下食料品売り 場やドラッグストア・ユタカ山科店で少し買い物。夜も引き続き数学。

ラクト山科のベンチで一休みする時、もしかして近くに置かれているゴミ 箱に頭のおかしい愉快犯が時限発火装置付きの爆発物を放り込んだかも知れな いので、爆風の直撃を受けにくい場所は無いかしらとか色々悩んだ。実は、こ の手のことはずっと昔から毎日のように考えていて、駅のホームに電車が入っ てきたときに、わけのわかんない奴が後ろから突き飛ばして来たりしないか用 心したり、電車を待つ列の一番前に立っている時は、頭のおかしい輩に後ろか ら押されても良いように受身の体勢を整えたり、それとなく後ろの様子を窺っ たりしている。勿論、満員電車の中では痴漢冤罪の餌食にならないよう、女性 の近くにはなるだけ近寄らず、必ず両手でつり革などに捕まるようにしている。 街を歩く時はすれ違いざまにナイフで刺さないよう、前から来る人間のチェッ クは欠かさないし、後ろから自転車でぶつかってきてそのまま逃げようとする 不届き者を追尾してどつき回せるようにイメージトレーニングを怠らず、さり とてその時相手が逆ギレして刃物などを振り回した場合、すぐ逃げるにはど うすれば良いかと悩む。そこに通底する世界観は「世の中は頭のおかしい人間 で満ち満ち溢れており、そして大抵のオジサンは嘘つきである」といった類の ものである。

研究ノートも、外出中に自宅が放火か不審火で焼けてしまって、それと一 緒に焼失したらどうしよう。夏休みに無い知恵絞って色々考えたり、「明らか」 の連発で全然証明が書いてない意地悪論文を苦労して解読した結果が全て水の 泡だ。また考え直せばよいのだけど、火災の後に生活を復興させるは大変だし、 そんな中でまた静かに思索を重ねる作業をやり直すなんて、気の遠くなるよう な話だ。かくして学問的にはほとんどゴミ同然の考察だの計算だのが書き殴っ てある3冊の研究ノートを、何処に行く時も持ち歩いている。早くTeX化して バックアップファイルをあちこちに分散保存しないと、この面倒さからは解放 されない。

勿論、四六時中そんな調子ではいられないから、傍目には私も案外隙だら けのぼんやり人間で、そうやってして無意識のうちにバランスを取ってるはず だけど、自分としては結構しんどいものである。だからこそ数学や音楽や絵画 などの美しいものが必要だし、日々の生活からオジサンを排除することも必要 なのである。晩年のゲーデルは猜疑心の塊で、毒を盛られることを恐れて妻の 作った料理以外は一切口にしなかったそうだ。私は毒を盛られることは何故か 全然心配していないのだけど、ゲーデル大先生にはちょっと親近感を持ってし まうのだ。

2008年11月2日(日)
<<九条山越え>>
午前中はスーパーで買い物をしたりしてのんびりとすごす。遅めの昼食の後、 午後は数学でもと思ったが、今出川の同志社大学とその近辺に野暮用ができ、 天気も良いので自転車で行ってみることにした。自宅からの距離はそれほどで もなく、同志社までは片道45分ぐらいだが、九条山の心臓破りの坂が難所で ある。昔は京阪電車が地上を通っていて歩道がほとんど整備されておらず、車 の交通量も多くて自転車で通るのは危険だったが、今はその意味ではずいぶん 通りやすくなっている。しかし坂道は以前のままで、行きも帰りも大変だった。

そういえば(元)謎のゲーテ職員氏は彦根の方からJRで山科駅まで来て、 そこから自転車でゲーテに通勤していた。勿論、九条山越えをしなければなら ない。一度通勤途中の氏に旧三条通りでばったり会ったことがあるが、雨の日 は合羽を着て走るのだという。貴方のその異様な元気さは一体何なんですか? 学生時代は体育会でしたか?と聞いてみたのだが、そうではないとのことだっ た。もっとも今はゲーテをやめて別の会社に転職したそうだから、今も九条山 越え通勤をしているかどうかは知らない。

九条山越えも大変だったけど、観光シーズン真っ盛りの連休の今日、路上 に溢れ返る観光客の間を徐行ですり抜け、人が居ないところではスピードを上 げるということを繰り返してたこともあってか、夕方遅く帰ってきた時には足 腰を中心にかなり疲れていた。元々少し早く起きすぎて眠かったこともあって、 ちょっと横になったらそのまま半時間ぐらい眠ってしまった。

夜は少しだけ数学。

2008年11月1日(土)
<<気後れ>>
関西日仏学館の日。昼前に自宅を出て12時過ぎに到着。いつもは京大ルネで 昼食をとるのだが、今日は珍しくル・カフェが空いていたので、そこのデジュ ネにする。それから2階の図書室に移動し、授業の直前までノートを読み返し たりしてフランス語の勉強。帰りはJEUGIA三条本店に立ち寄りCD漁りをしたが、 収穫はなし。木管三重奏のちょっと面白ろそうなCDがあって、試聴してみたけ れど、いくつかの作曲家の曲が入っているのに、どの曲も同じように聴こえて 退屈しそうだったのでパス。木管だけだと、どうしてもそういう感じになるの かしら。私はピアノとかヴィオラとかが入って色々表情に変化がある方が好き だけど。夜はスポーツクラブ。帰宅後は少し数学。TeXノート作りといった作 業ベースになると、ちょっとした時間にも進められるのが便利。

11月は引き続き人事主査の仕事やシンポジウム出張と色々気ぜわしいの だが、8月に亡くなった永田雅宜先生のお別れ会に出席するかどうかは迷うと ころである。私は、亡くなった人を偲ぶことは極めて個人的な行為だと考えて いるので、多くの人と一緒に偲びあうこういうセレモニーは一般的に言ってあ まり好きではのだが、計算機屋時代にお世話になった人のお別れ会には遠方も 厭わずに出席することがある。今回はすぐ近くで行われのだけど、行きたくな いなあ、でも行っといた方がいいのかなと愚図愚図迷ってしまうのは何故か。 それは恐らく、私は永田先生と個人的にはほとんど何のつながりも無いから である。

永田先生の定理や理論は日々の研究の中で毎日のように使っているので、 私にとっては天地創造の神みたいな人と言っても大袈裟でも何でもないのだが、 たとえば学生として、あるいは研究者として行き詰ったり悩んだりしていた時 にそっと励ましてもらったとか叱咤してもらったとか、そういうことは皆無 である。学生時代の私は劣等生として低迷したままに終り、卒業後も10数年 数学から離れていて、数学に戻ってからもおおむね鳴かず飛ばずでコソコソ やっているだけなので、永田先生と個人的な接触をもつことはほとんど無かった のである。だけど、可換環論シンポジウムの懇親会でよく一緒に飲んだし( 勿論永田先生は私が誰だか知らない)、ご自宅が私の亡母が入院していた病院 に近いこともあって、近くの地下鉄の駅でばったり出会ったりもした( 永田先生は私に出合ったことはたぶん認識していない)。

それともうひとつ、学校時代の思い出が美しくない人や卒業後の人生が ぱっとしない人が、同窓会に行きたがらないのにも似たある種の気後れもある。 私自身は学生時代も卒業後も、まあ、自分としてはせいぜいこんなものかな、 もしかしたら上出来かもしれないぐらいに思っているのだが、数学者というの は概して意地悪で口が悪いし(実は私自身もそうなのだが)、あいつら黙って るけど、どうせ心の底では「おやおや、学生時代も卒業後もぱっとしないくせ に、棚ボタとその場の勢いのみで実力以上にウマウマやってるだけの高山が、 どの面下げてここに来てるのか」とか思ってるんだろうなどと考えなければな らないだけでも嫌である。第一、そういうのって故人を偲ぶこととは関係ないこ とだしね。

まあ、私のように後ろめたい人生を送っていると、色々つまらない事で 気苦労が多いのよね。