の
た
め
の
邪
魔
な
広
告
よ け ス ペ ー ス で す。
2008年11月29日(土)
<<昔の現代曲 >>
関西日仏学館の日。まずは京大ルネで昼食。と、隣に座っているのは代数幾何
学のF氏(N大)ではないか。この人はつい2、3週間前に山科駅でも見掛けた。
京大ルネでは、同じく代数幾何学のK1氏が妻子と一緒に昼食をとってたりする。
他にもやはり代数幾何学のK2氏が麺類を注文している姿をちょくちょく見かけ
る。実は京大ルネは、代数幾何学の人がウヨウヨしていて危険極まりないので
ある。しかし私は代数幾何学業界には面が割れてないので、連中が隣に居よう
が正面に座ってようが、透明人間モードで心静かに昼食をとることができる。
関西日仏学館の教室から見える大文字山は、すこし紅葉が進んでいるよう だった。あの「大」の字はやはり怪獣ピグモンの顔に見える。怪獣ピグモン( 「ガラモン」ともいう)は「ヘ」の字形の口をしていて、「ヘ」の字のまま口 を開ける。それが「大」の字の下の部分に似ている。初めて俳優の織田裕二を 見たときは、あのぎょろ目も含めてピグモン顔だなと思い、名前を覚えるまで の間「ピグモン」と呼んでいた。
私は人名を覚えるのが苦手で、中高生の頃は歴史のテストで泣かされたし、 (それだけが原因ではないが)大学受験にも一度失敗した。 しかし自分でつけたあだ名は忘れない。会社員時代の同期の女の子に「蕨ちゃ ん」というのが居て、よく一緒に飲みに行ったりしたのだが、彼女の本名は思 い出せない。織田裕二の名前も今は覚えているけど、そのうち思い出せなくなって 「ピグモン」だけが残るだろうと思う。
関西日仏の帰りはJEUGIA三条本店に立ち寄り、夜はラクトスポーツクラブへ。
本日購入したのは、以前から目
をつけていたFabio Di Casola(クラリネット)とAlena Cherny(ピアノ)による
このCD. クラリネットの人はイタリア人みたいな名前で、実際にイタリア系
かもしれないけど、スイス生まれのスイス育ちのようである。ピアノの人はロ
シア生まれでスイス在住のようだ。シューベルトの「アルペジオーネソナタイ
短調D821」、ブラームスの「ヴァイオリンソナタ第1番ト長調『雨の歌』作品
78」、セルゲイ・プロコフィエフの「フルートソナタニ長調作品94」の3曲の
クラリネット編曲(!)が入っているところが珍しい。
アルペジオーネソナタはチェロではよく演奏されているが、クラリネット 編曲のCDは今までジルバース・ドウ・ペイエのものしか見当たらなかった。ペ イエのアルペジオーネソナタは何んだかとても貧相で安っぽい感じがして、ど うも好きになれなかったが、Fabio Di Casolaのクラリネットは音も良く (とは言ってもちょっとアントニオ・サイオテ系の音って感じで、あまり 綺麗とも いえないけど)、 「こ れなら聴ける」って感じ。ブラームスのソナタも初めて聴いたけど綺麗な曲だ し、プロコフィエフのソナタも「昔の現代曲」って感じが好きだ。
「昔の現代曲」ってのはどんな感じかというと、私がまだ物心つくかつか ないかの昭和30年代頃に漂っていた(ような気がする)「(その当時の) 時代の最先端の雰囲気」みたいなもの。希望に満ちた新しい世界に向かっていく 感じが、当時にはあったような気がするんだけど。
建築でも「昔の現代建築」ってのがあって、エッセン大学の建物がそうだ
し、名古屋駅前の「大名古屋ビルヂング」もそう。最近建て変わってし
まったけど、津の三重会館って建物も「昔の現代建築」の雰囲気があった。面
白いことに、最近東京駅近辺に沢山建っている新しい高層ビルも、私には「昔
の現代建築」のリバイバルみたいに見えるんだけど。
徳島大学で集中講義を行うため、明日の夕方から移動。次回更新は 火曜日深夜以降。
2008年11月28日(金)
<<胸躍る画策>>
野暮用と数学の一日。午前中から昼過ぎまでは、自宅や山科区内で色々野暮用。
夕方近くから夜にかけて数学。TeX版詳細ノートの予定していた部分をほぼ書
き終える。12月中に要約版を作ってどこかの学術雑誌に投稿することが当面
の目標。
来年度の卒研仮配属者に招集メールを出したものの、講義だの何だので結 局私の指定した時間帯に全員が集まることは不可能となった。再調整するか、 それとも全員一堂に会するのは断念して、個別面談にしようかしら。名前だけ でどんな人たちか全く知らないから、顔を見ておくだけでも意味はあるし。
先日の教室会議で、定年退職する教授の最終特別講義が「義務でも何でもない」 ことを知って、ちょっと愕然となった。数年前に退職した某教授が「俺はそん なの絶対やりたくない!って言ったのに、○×先生が『最終特別講義は義務です。 やらないと退職金が支払われません!』と言うから仕方なくやることにしたん だ」と言っていて、私はその言葉を真に受けて信じていたのだ。まあ、立命は 変な大学だから(のちに、「立命が変!」なのではなく、大学というところは そもそも変なところだと分ったが)、そういうこともあるかも知れない、と。 そればかりではなく、最終特別講義が義務だなんて冗談じゃないぜ。もし自分がそ ういう立場になるまで無事生き長らえていたら、どうやってその義務とやらを 蹴飛ばして退職金をせしめてやろうかと、色々画策して胸躍らせていたのであ る。裁判に持ち込めば簡単に勝てると思うが、それじゃあ詰まらない。何とか 面白い方法をぶちかましてやろう、、、ふっふっふー、と。
かように私は、人の言葉を額面通りに受け取る習性があり、常に言葉の裏 を読んで応答する習慣がある人とはうまくコミュニケーションができない。そ のことと矛盾するようだけど、結構ウソは見抜ける方じゃないかと思う。何だ かよくわからないけど、「あっ、今、こいつウソ言いよったな」って感じるのである。 でも、そう思っている人間が一番騙されやすいだって?ああ、そうだとも。 しょっちゅう騙されてるから、ウソつきが大嫌いなんだよう!
2008年11月27日(木)
<<合同類は鬼門>>
午前中は4回生の「計算機数学」の講義。グレブナ基底がイデアルの生成元で
あることの証明など。生協コンビニ弁当で研究室コソコソ昼食の後、人事主査
の雑用など。13時半より15時半まで卒研ゼミ(代数幾何学)。マンフォー
ドのテキストに載っているconstructible set に関するある命題の証明がわか
らず、学生と二人で悩んだが、結局わからず。
15時50分よる17時20分まで2回生の「離散数学」の講義。今日は 合同類の話。合同類は鬼門である。話の抽象度が少しでも上がると学生が眠そ うな顔をする。具体的数値計算を始めると目が覚めたような顔をする。うーむ、 これで来年「群論」を教えなければならないとは、何て貧乏クジを引いてしまっ たのだろうと、少し暗い気分になる。
その後、しばし雑用の後、今週末からの徳島大学出張のための道具を持っ て家路につく。帰りのバスの中で卒研ゼミでわからなかった問題を考えていた ら、解けた。やれやれ、可換環論シンポジウムでひとつ宿題をもらい、先日の 大先生とのセミナーでも宿題をもらい、さらに今日のゼミでも新たな宿題!で はちとシンドイ。抱える宿題は2つまでが限度だ。
今日は睡眠不足で頭がぼんやりし、夜は数学ができそうもない。 ということで、来年度の卒研仮配属生にメールを出し、一度集まってゼミ のグループ分けやテキストを決めようと呼びかける。予備アンケートの結果、 初等整数論 をやりたいという学生が4名も居るのは何故かしらと思ってたけど、2回生の 「離散数学」で私が初等整数論の講義をしているせいかもしれない。テキスト は 「数論入門I」(ハーディー&ライト)にしようかと思ったけど、この本は 「離散数学」の講義のネタ本だからやめにして、 「素数定理の進展(上)」(W. ナルキェヴィッチ)にしようかしらとい う気になってきた。もうひとつ、可換環論関連をやりたいという学生が2名い るが、何を読ませるかは学生の顔を見てから決めることにしよう。順当な線だと、 アティア&マクドナルドか松村を読むことになるかな。
あと2名、1ヶ月近く「連絡せよ」と掲示してあるのに応答の無い学生の 動向が気になるところ。(旧)情報学科時代はそういう学生は別に珍しくも何 ともなかったけど、数理科学科にもその手の学生が居ることを初めて知った。
2008年11月26日(水)
<<ダマを通す>>
山科駅前Sbuxにて昼食の後、昼過ぎに出勤。夕方の会議の内職用に図書館で本
を借りてから、卒研ゼミ(数理論理学)。原始帰納関数と一般帰納関数の間に
k重(k≧2)帰納関数の階層があることを知り、ちょっと感動した。こういう
のってプログラム理論屋時代には知らなかったな。来週からいよいよゲーデル
の不完全性定理の章に入れる模様。16時から18時ごろまで教室会議。バス
の中ですこし講義の準備をしながら帰宅。
学科長の何が辛いかというと、学科はボランティア組織のように各人の自 由意志によって動いており、気が乗らなければ何もしなくても良く、本当に何 もしない豪傑もいたりするのだが、大学という現実の組織はそれでは回ってい かないこと。その板挟みになるのが学科長で、例えば今日みたいに、皆が知ら ん顔を決め込む中でセンター入試の監督を引き受けざるを得なくなる。
え?お前も知らん顔してたんだろうがって?私は人事主査として、同時期に 教員公募をしていた他学科の何倍もの応募者の選考で、少なくとも10月一杯 潰したんだし、試験監督ぐらい誰か他の人がやれよと思ってダマを通してたな。 他の連中が何を思ってダマを通してるのか、それは複雑系の皆さんのことだから 私には分からない。こんな時にダマを通すことが一番人を傷つけると私は思うの だけど、複雑系の皆さんはダマが好きだし、皆やってるんだったら私もそれに習 おうか、と。
こういう構造は町内会もまったく同じ。貴方がもし然るべき感受性の持ち主 ならば、学科長と町内会長を一回ずつ経験すれば、筋金入りの立派な人嫌いか、 さもなくば途方もなく陰険な策士になれます、と。私は人嫌いの方だったな。
2008年11月25日(火)
<<右肩下がり>>
まあ、人の顔見て遊んでばかりもいられないのである。午前中は数学。昨日の
纏め作業の続き。そうこうしているうちに、昼から草津で用があるのをすっか
り忘れていて、もう間に合わない!と慌ててキャンセルの電話を入れたり、代
替措置を講じたり。それから家を出て、山科駅前Sbuxでちょっと道草。先日督
促メールが来たアメリカ数学会の論文レビューの仕事に着手。15時頃に出勤
し、しばらく事務的な雑用。12月11日のクリスマスパーティーの申し込み
をしに遠くの事務に出かける。面倒臭いけど、本来の申し込み受付先である数
物事務室は3月末までは正常化が期待できないので、仕方あるまい。16時よ
り会議。報告事項の自分の番が回ってくるまで、論文レビューの仕事で内職。
会議からは17時過ぎに解放され、研究室でまた少し事務的な雑用の後、帰宅。
帰宅途中も論文レビューの仕事。夜はレビューの報告書を書いてWebからアメリ
カ数学会に送って一件落着。まあ、会議でばたばたする日は、こういう仕事も
悪くないな。
年の功と言うべきか、近頃は相手がどんな人間がひと目で分かってしまう ことが多くなったような気がする。過去数年を振り返ると、初対面で少し話し ただけで「こいつ、嘘つきだな」とか「物凄く性格の悪い嫌な奴だな」とか 「ちょっと精神的に不安定で危なそうな人だな」とか「極端に気が短そうで面 倒臭そうな奴だな」とか「悪い人ではないかも知れないけど、私にしてみれば 『わけのわからない』人だな」といった第一印象は全て当っている。悪い人間 を見抜けないことは多々あるが、悪いヤツだと思ったけど案外良い人だったと いうようなことは無い。また、面白ろそうな人だなと思ってたけど、案外つま んない人だったということはあっても、退屈な人かと思ったらそうではなくて 断然面白い人だった、というようなこともない。たまたま今までがそうだった というだけなのかもしれないが、人に対する展望は常に右肩下がりである。
人を見る目が厳しくなっているというべきか、単に猜疑心が強くなっただ けなのか、近頃は第一印象に基づく鑑識眼に妙に自信を持ってしまって、まる で17歳の小娘のように、ほとんど初対面に近い段階で「この人、もう私の視 界の外」とか決めつけてしまう。さらには初対面でない人間でもどんどん「視 界の外」に追いやられてしまう。そして一度「悪いヤツ」と判定された人々に は、余程のことがないかぎり汚名を返上するチャンスは訪れないのである。
かくして私は精神世界に引き籠り、「業務連絡」だけで世界と渡り合おうと し、そのくせ「この人は合格」と認定した数少ない人に対する評価は意地でも 下げないのである。このオレさまが出した合格認定に間違いなどあろう わけがない、と。この気難しさには我ながら頭が痛い。
2008年11月24日(月)
<<記憶の加工と変容>>
研究日。夕方前と夕食後に山科駅近辺まで買い物に出た以外は、ほぼ終日自宅
でTeX版詳細ノートの整理。先日の唐津出張の折に考えたことや、土曜日に大
先生の前で話したことなどを纏める作業。
自宅の机の前にマグネットクリップで束ねられたコンサートのチラシが ぶら下がっているのだが、実は先日来、そのチラシに出ているある女性ヴァイ オリニストの写真を見て、「この顔にピンときたら110番」状態が続いてい るのだ。以前どこかで会ったような気がするのだけど、全然思い出せない。演 奏者の経歴紹介を読んでも、どこかで私との接点があったようには思えない。 唯一心当たりがあるとすれば、このヴァイオリニストよりももっと年上の、私 が知っている或る女性の若かりし頃はこんな感じじゃなかったかしらというこ と。つまり、単に誰かに似ているだけ。しかも、似ている「誰か」とは 私の想像上の人物でしかない。
同様の事は他にもあるような気がしないでもない。私は学生の頃から、若 い人を見てその人の壮年期や老年期の顔を想像したり、逆に老人を見て彼また は彼女の若い頃の顔を想像したりする趣味があった。また、誰某は誰某に似て いるといって喜ぶ習性があり、私が「似ている」と思う半分ぐらいは、他の人 には「似ても似つかない」ように見えるらしいことも経験的に知っている。 この趣味はいつしか暴走し、今や無意識のうちに多くの人間の顔の記憶を、 私自身にも理解不能な摩訶不思議な方法で加工したり変容させたりして、場合 によっては勝手に同一視してしまっているのかも知れない。
理性では明らかに別人と分っている二人の人間を、何も考えずにぼーっと している時は同じ人間の分身ぐらいに考えている、なんてこともあるし。 ああ、そういえば会社の新入社員として独身寮に居た頃、同じ寮に居た同期の人 がその昔漫画で流行った「忍者ハットリ君」というのに似ていた。ハットリ君と 友達になろうと思って、寮の食堂で会うたびに「ハットリ君、忍術の修行は辛い ですか?」とか「手裏剣の腕は上達しましたか?」とか「テレビで見た実写版の 『忍者ハットリ君』に比べて、目が小さいですね」とか話しかけてたら物凄く嫌 がられて、2,3ヶ月のうちに何処か別のアパートに引っ越していった。 理性の大切さをしみじみと学んだ、若き日の苦い経験である。
こないだは、数学者じゃなかったら刑事に向いてたかも 知れないなどと書いたけど、刑事がこんなんじゃあ、誤認逮捕ばかりしてしまいそうだ。 やっぱり私は刑事じゃなくて数学者になってて良かったと思う。
2008年11月23日(日)
<<日曜出勤>>
何故か早く目が覚めてしまい、眠い。午前中は山科区内で野暮用。午後は山科
駅前Sbuxで少しぼんやりしてから出勤。15時過ぎに大学に着いたのだが、今
日は公募推薦入試なるものをやっていたらしく、帰りの臨時バスを待つ受験生
らが数百メートルの長い列を作っていた。早めに来て早く帰ろうとしたら、こ
の気の遠くなるような列に巻き込まれていたわけで、Sbuxでぼんやりしてたの
は正解だったと知る。
ところで何故日曜出勤したかというと、昨日大先生と二人だけのセミナー を開くというので「気が動転して」(ということにしておこう)、ゼミ室のホ ワイトボード一面に下ろしたての油性マーカーペンで数式を書き殴ってしまっ たからである。自宅にある特殊な溶剤を使えば割合簡単に消えるので、学生達 がやってくる月曜までに作業を終えようとしたわけ。作業は小一時間程度で終っ たけど、ついでに12月の出張申請書も書いて提出したり、MathSciNetで文献 を検索してみたり。
帰宅時の山科駅で、またぞろ「この顔にピンときたら110番」が起こっ たけど、それは数理科学科の学生で一度院試の面接か何かで見たことのある子 だとすぐに分った。
大丸ラクト山科店でボジョレ・ヌーヴォを買って帰宅したところ、色々あっ てタクシーを飛ばして山科区内の救急外来病院に飛び込むこととなり、それか ら帰ってきて遅めの夕食をとったりしているうちに一日が終る。まあ、数学は 明日やることにしよう。
2008年11月22日(土)
<<印象の記憶>>
土曜日にしては異様に早起きして出勤。大先生を迎えて二人だけのセミナー。
私はこの1ヶ月ぐらいの間TeX版詳細ノートに纏めていたことを話し、大先生
は最新理論の真髄を話す。もうちょっと議論していたかったのだが、大先生を
生協食堂に置き去りにして京都市内に逃走。今日は父母懇談会の日で、就職委
員の私も出なければならなかったのだが、大先生来客の件と午後の野暮用を理
由に蹴飛ばす。
京都は観光シーズンの絶頂期を迎え、道行くタクシーに空車は無く、バス は観光客で溢れんばかり。いつもよりも遅いペースで進み、約束の時間ぎりぎ りに目的地に到着。夕方野暮用が終り、観光客で溢れかえるバス停に近寄る気 力がおこらず、徒歩。JEIGIA三条本店で少し道草してから地下鉄で帰宅。
地下鉄では数ヶ月前にも見掛けた人が居た。何でそんなことを覚えている のかって?まあ、印象に残った人は何となく覚えてしまうのである。実は野暮 用の時に現れた人もどこかで見たような覚えがあるのだが、どこで見たのか思 い出せない。実は、電車に乗っても、街を彷徨っても、スーパーに行っても、 コンサートに出かけても、この人どこかで見掛けた覚えがあるのだけど、誰だっ け?ということがよくある。よくよく思い出してみると、何ヶ月か前に電車に 乗ってたときに前の席に座ってた人だとか、そういうのばかりである。ただし 目鼻立ちとかの写実的な記憶はほとんど無く、顔全体の印象で記憶しているよ うだ。だから、似顔絵を描けとか言われてもミッフィーやケムンパスの絵を書 いてしまいそうである。だって、自分にはそういう風に見えてるんだから。
時々、「この顔のピンときたら110番」じゃなくて、自分で110番の 人になれば良いんじゃないかと思う。蛇のように執念深く、一度見た顔は忘れ ない(誰の顔でもそうというわけでもないけど)というのだから、数学者をやっ てなかったとしたら、刑事をやってたかも知れないな。
夜はスポーツクラブ。流石にスポーツクラブに観光客は居ない。今日は眠い。 吾輩は寝る。寝て太平を得る。太平は寝なければ得られぬ。それでは皆さん、 おやすみなさい。
2008年11月21日(金)
<<俺は覚えてるぞ!>>
20時半頃、唐津で行われた可換環論シンポジウムから無事帰還。したくない
社交はしなくて良いと悟り、明るく毎日を送る私ではあるが、何も喋らないわ
けにも行かない。まあ、業務連絡やちょっとした挨拶程度の会話なら得意であ
る。日頃から「このウソつき糞狸オヤジの頓珍漢野郎め、早くくたばっちまえ!」
とか思っているのが相手だと、まともに返事もしないことがあるけれど、それ
はかなり例外で、概して私は誰に対しても一応愛想は良い積もりである。
問題は、借りてきた猫みたいな顔して(心の清らかな人でない限り私の姿 は見えないはずの)座敷童モードで人々の雑談を聞いていたら、突然「で、高山 さんとこでは、どうですか?」みたいな感じで会話がこちらに振られたとか、 酒が入って気が緩んだせいか、これについては私もひとこと言いたい!と柄に もなく自分で何か発言しようとした時である。普段話し慣れてないと、こうい う時に上手く話せないものだ。
社交的会話が得意な人は自分自身の会話のスタイルを持っており、自分の スタイルが通用する相手を選んで話をしている。自分と人々との関係が肯定的 なものだと自信が持てる幸運に恵まれ、その関係性の中で自分はどんな形で会 話に参加していくのかを日頃から無意識のうちにイメージしていないと、会話 のスタイルは確立できないと思われる。私のように、この世界に無造作に投げ 出された我々は、たまたま時間と空間を共有しているだけであり、我々を繋げ るものは「業務連絡」以外に何もない。そして「業務連絡」は人生にとってそ れほど重要ではないのだ、みたいな事を考えていては駄目なのである。
ところで、シンポジウムでは6年ほどまえに私の研究室に卒研生 だった人が某大学の院生として研究発表しに来ており、また、 3年ほど前のことだが、留学中のアメリカから一時帰国したとかで、初対面で いきなり私の研究室に押しかけてきて4時間雑談して帰っていった人も来ていた。 どちらも私の顔をすっかり忘れているようだったけど、俺は覚えてる ぞ!この顔にピンときたら110番だ。まあ、折角忘れているのをわざわざ思 い出させるのも野暮な話だし、思い出したからといって「業務連絡」以外に別 に話すこともないし。ということで、そのまま知らん顔しておいた。
2008年11月18日(火)
<<普段やってることの延長>>
午前中は少し数学。昨夜寝る前にTeX版詳細ノートを何となく見直していて、
ふと気づいた誤りを2,3修正する。それから、大丸ラクト山科店で昼食用の
サンドイッチなどを買ってから出勤。明日からの出張や夕方の会議で行う報告
の準備など。16時から19時前までは教授会(正式には理工学部教員会議と
呼ばれる)。
12月11日は毎月会費を積み立てている教員親睦組織がいくつか連合し て、教職員の「クリスマス会」が開かれるそうだ。今年初めての試みで、最初 は何をタワケたことをと無視してたのだが、教授会の最後にあったアナウンス を聞いて、私も参加してみようかという気になってきた。参加費以外にも積み 立て金を使うので料理や酒が良いはずだし。
それに、数理科学科の同僚達はほとんど誰も参加しないうえに、あまり顔 馴染みでもない他学科や他学部の教職員が多数参加しそうなところも魅力であ る。何故かというと、大人数で、しかも中途半端に知ってる人が居ない所だと、 誰とも話をせずに酒食を楽しめるから、かえって落ち着けるのである。これは 一人でコンサートや美術館に出かけたり、どこかのレストランに食事に行った りするのと同じ原理で、要するに普段やってることの延長なのだ。
会の趣旨は親睦会だが、私には誰かと親睦する気はまるで無い。最近わかっ てきたことは、世の中には社交を必要とする人と必要としない人の二種類の人 間がいて、私は必要としない人間だということ。「社交は人間にとって不可欠 であり、社交性に欠ける人は幸福な人生を送れない」という命題に私は長い間 悩まされてきた。本当に気が合う人わけでもない人たちと無理して社交しても、 ちっとも楽しくないし、それを楽しめない自分に対する敗北感や焦燥感に苛ま れていたのである。しかし、話したくなければ話さなければよいのだと悟って からは、ずいぶん気が楽になった。
夜になって急に冷え込んできた。生協で夕食の後、帰宅。明日か らの出張の荷造りをして、その後はすこしのんびりする。 明日から佐賀に出張。次回更新は金曜日の深夜以降。
2008年11月17日(月)
<<何時間でも吠え続ける>>
やはり今日も研究日なのである。自宅ばかりでは煮詰まってしまうから、途中、
近所の銀行に明後日からの出張費を下ろしに行き、そのついでに散歩がてらに
山科駅前Sbuxにも行ってみたけれど、やることといえばやはり数学なのである。
否、Sbuxに行けば隣近所の人たちの会話に聞き耳を立てるという楽しみもある
な。珍しく二十歳前後のスーツを着た男の子3人が入ってきて、異様なテンショ
ンでお喋りをしていたが、異様なテンションのまま15分も経たないうちに出
て行ってしまった。男の子って何でああなんでしょう?とオバサマみないなこ
とを思いながら、さらに数学続行。
そうこうしているうちに、反対側の隣で一人仕事らしきことをしていた団 塊世代ぐらいの女性と入れ替わりに、やはり団塊世代ぐらいのオジサンがひ とり座った。このオジサンは歯槽膿漏か何かで歯に不快感があるのか、数 十秒に1度ぐらいの割合で、口腔内の歯と頬の間の部分に圧縮空気を取り込む 動作を繰り返していた。こういう癖のあるオジサンは昔から珍しくなく存在す る。この動作をする時に「チッ」とか「チュッ」とかいう音がするのだが、 私はこの音がことのほか嫌いなのだ。
不在の飼い主を恋しがる飼い犬は、飼い主が戻るまで何時間でも吠え続ける ものである。隣の家の柴犬がそうだった。このオジサンも、おそらく 何時間でも「チッ」とか「チュッ」とか をやり続けることだろう。それが彼が今ここに生きていることの証である かのように。でも、そんなのに付き合わされるのは、かなわん。 ちょうど潮時だったので、退散。
夜も少し数学。しかし流石に疲れて頭が働かなくなり、靴磨きをしてみた り、音楽を聴いたり(音楽はいつでも「聴いている」か「頭の中で鳴っている」 かのどちらかだけど)、久しぶりに少し L'etrangerを読み進めたりして、ぼんやりとすごす。
2008年11月16日(日)
<<アグネス>>
まあ、日曜日というものは、基本的に研究日なのである。かと言って一日中数
学をやっているわけでもなく、睡眠をとったり、近所に買出しに行ったり、門
灯の蛍光灯を取り替えたり、それに今日の夕方は京都駅前アバンティーに行っ
て、来年の手帳を買い、サンリオショップでキティーグッズをチェックし、さ
らには夕食も済ませてきた。しかし自宅に帰ってきたら、やはり数学なのであ
る。すこし新しいことも分ったし、9月末からの懸案問題も、実は極めて簡単
な話ではないかという気もしてきた。でも特に画期的な発見があったわけでも
ないのだけどね。
昨夜は夢の中にアグネス・チャンが出てきて、「高山の×××!やーい」 などと嫌なことを言うので、なっ!?何をしょーもない事を言うか。お前、そ んなに性格の悪い奴だったんかよ?と憤慨しながら目を覚ました。先日、山科 の路上でもらった割引券を握り締めて、ラクト山科の4階でマッサージ・デ ビューを果たしたのだが、店の人が私の肩や首をぐいぐい指圧しながら、間を もたせるためか「好きな芸能人とか居ますか?」などと言うので、ややこしい 事を聞いてくる人だなと思いながらも「中学生の頃はアグネス・チャンのファ ンでした」と正直に答え、しばしアグネス談義に耽った。何でも一応ファンに なっておくと、こういう時に便利である。そのことが今朝の夢に何らかの影響 を与えていると思われるが、詳細は不明である。