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な

広

告

よ け ス ペ ー ス で す。

2008年9月30日(火)
<<想定外の質問>>
私の夏休みは今日で終り。おもに週に一回程度の会議の場だけとはいえ、明日 からまたオジサンたちの顔を見て仕事しなければならないのかと思うと憂鬱だ。 何度も書いていることだけど、私にとってオジサンとオジサン予備軍以外の人 類はまだ組しやすいけど、特にオジサンはどうも苦手だ。

オジサンの中でも特に数学者は超ド級にタチが悪い。要するに近親憎悪な んだけど、微妙な差異がまた違和感を増幅させて私を苦しめるのである。たと えば数学者の多くはシャイではあるもののかろうじてオープンで、まずまずフレ ンドリーだけど、私はシャイで、どちらかというとディフェンシヴで、極めて アンフレンドリーである。それで、お前ら何でそんなにお互いオープンでフレ ンドリーにしてられるんだよう、気持ち悪いやつらだ!と腹が立ってくる。

その一方で、私と同じようにシャイでディフェンシヴでアンフレンドリー な数学者も少なくないけど、そういうのに対しては「この野郎、俺の真似しやがっ て!」と益々腹が立ってきて、踏み潰してやりたくなる。

本日午前中は、纏め作業の中で見つかった最後の懸案をもう少し考えてみ たけれど、やはり埒があかず。うーん、私にとって、この問題を解決すること は全世界のオジサンと和解するよりも難しいかもしれない。そこでこの問題は 諦めてその先の検討に移ることにし、午後は京大数理研図書室へ。京大の帰り は、JEUGIA三条本店には寄らずにまっすぐにラクト山科へ。街頭で配っていた マッサージの割引券の期限が今日なので、30分コース2250円也で肩と首 を重点的に揉み解してもらおうか、と。

最近街のあちこちで、10分間1000円などのお手軽なコースから利用 できるマッサージ店が出てきてるが、私は今回が初体験。普段はラクトスポー ツクラブで運動して筋肉をほぐしているけど、9月一杯リフォーム休業なので、 結局全然運動しないままに1ヶ月をすごした。そのためか、マッサージの係の 人に首と右肩の筋肉がぱんぱんに張ってますねと言われたが、30分もやって もらって少しは楽になったような気がする。

マッサージしてもらいながら係の人といろいろお喋りしているうちに、私 のこのWeb日誌の話になり、「どんな事を書いてるんですか?」と聞かれて、 困った。正解は「オジサンは嫌いだ!とかそんなことばっかり書いて言葉を 垂れ流しています」といったところだけど、それじゃあ何のことかわからん だろうし。

先日東京でアメリカかぶれの友人と飲んだ時も、ほとんど彼女のアメリカ での研究生活やこれからの夢みたいな話ばかり聞いていたのだけど、突然、 「私ばかり話してたけど、高山くんも数学に転向してからどんなことやってる の?」聞かれて、困った。私にとって数学することは生活することと同義だか ら、「まあ、ぼちぼちやってますけど、、、むにゃむにゃ」というのが最適解 だけど、そんな瓢箪鯰みたいな答じゃあ、あのアメリカかぶれが納得するわけ ないし。

この手の直球質問は私の日常生活の中では想定外なので、結構慌ててしまう。

2008年9月29日(月)
<<アホみたいな人生>>
東京出張中に見つかった懸案の問題の一つが、明け方、夢うつつの中で解けた。 式変形にちょっとした工夫をすれば良いだけのことなので、分ってしまえば別 に大したことではない。

もう後期の授業は始まっているそうだし、公募の応募状況を確認したり、 郵便物を整理したり、出張申請書などの書類を書いて提出したりという雑用を 片付けるために出勤してみようかしら、、、という気が起こるのは、夏休みボ ケの証拠である。この大学では日々戦争が繰り広げられている。特に差し迫っ た用事もないのに出勤などしようものなら、また先日のようにアホみたいな一 日になってしまうにちがいない。

ということで、気を引き締めて京大数理研図書室へ。もうひとつの懸案問 題に取り組む。帰宅後も含めて、何枚も何枚も紙に数式を書き散らして考えた ものの、結局「半分ぐらい解けたような気がするけど、間違っているかもしれ ない」といった程度の進展に終る。

京大の帰りにJEUGIA三条本店に立ち寄ったら、最近のショパンコンクール の優勝者とかいう人のCDが目にとまったので、ちょっと試聴。ベートーヴェン のピアノ・ソナタは瑞々しく大変良い感じだし、買っちゃおうかなと思ったが、 ハイドンやモーツァルトのソナタが何となく物足りない感じなので、結局購入 を見送った。

コンクールに優勝した直後の人の演奏は、音はとびっきり綺麗だしコントロ ールは抜群だし、全く非の打ち所のないパリッパリの秀才みたいな凄みがあるも のだけど、何か物足りない感じがすることが少なくない。ブーニンが若き日の演 奏を聴きなおして、自分はあんなに嫌な感じの演奏をしていたのかと反省したと いう話があるが、コンクールなどで人に評価され「勝ち進む」ことで頭が一杯の ときは、どうしてもそういうものが演奏に出るのだろう。物足りないと感じてし まうのは、たぶんそういうことが原因だと思う。

ところで、先日東京出張の折に会った計算機屋時代の友人は国立研究所の 元同僚たちで、上限関係も利害関係の無い者同士で一緒にわいわいやっている 中で仲良くなった人達である。今にして思うに、利害関係の無い同僚と友人に なるというのは実は大変珍しいことだし、彼らとの友情は私の大きな財産だと 思う。

学生時代の同級生同士でも、研究者養成大学の数学科みたいなところだと、 お互いライバルとして凌ぎを削り会う関係だし、数学者同士が友人になるのは 基本的にお互いの研究にとってメリットがあるからで、逆に言えば「金の切れ 目が縁の切れ目」のようなあざとさがつきまとう。

大学の同僚も町内会と同じで、学科長や町内会長の順番が回ってきてもとこと ん抵抗してやろうとか、ゴミの集配所を誰かの自宅の前に押し付けて皆で知ら ん顔を決め込んでやろうとか、面倒な仕事を同僚達に押し付けて、できるだけ 自分の研究時間を確保しようとか、そういう類のバトルを繰り広げる関係である。

そういう人間関係もスリルがあって良いのかも知れないけど、 私としては、そんな日々の戦争にまじめに関わっていると消耗が激しくて 寿命が縮むし、脳も歪むし、まったくもってアホみたいな人生になってしまう ような気がするのだ。

2008年9月28日(日)
<<脈絡がない>>
早起きして津に帰り、母の一周忌。なぜか津で新しい鰻の店を開拓し、菩提寺 での法事と墓参りを済ませ、夕方京都に戻る。母は去年の昨日の朝他界し、そ の日の夜に通夜、そしてその翌日、つまり去年の今日は告別式という強行スケ ジュールを敢行したのだった。

それからは、25年ぐらい前に読みかけて放置されていたカミュの L'etranger (異邦人)が読みたくなり、 関西日仏に通い始め、 JEUGIA三条本店にもせっせと通い、 しかし複雑系の皆さまの謎は解明されず、 日々オジサン嫌いは進行し、 何故か教授・准教授人事の主査にされてしまい、 脳の歪みは治らずといった、 相変わらず脈絡の無い人生が継続し、 数学研究にもさしたる進展のないまま1年が過ぎた。

そういえば、夏休みが終ったのに、数学の方は予定の半分ぐらいしか進ま なかったな。

2008年9月27日(土)
<<憎まれ口>>
23日から今朝まで東工大(大岡山)の数学会に出張。一昨日の晩に奥歯の詰 め物が外れたため、予定を少し繰上げ、今日は午前中の講演を途中まで聞いてか ら新幹線に飛び乗り、14時半の歯医者の予約に間に合うように京都に戻った。

学会では興味深い講演を沢山聞いた。専門書の展示販売では面白そうな本 を沢山買った。脳が歪んだ私は、自分が研究発表をする場合を除いて、同業の 知人の目を避けるように気配を殺し、隠密行動する。誰とも接触することなく 透明人間のように任務を遂行すること。心静かに数学を行うには、私にとって はこれが理想的である。 しかし現実はかならずしもこの通りではなく、 ある人の最近の消息を直接本人から聞き出したり、 学生時代の同級生から某大学の内部情報を聞き出したり、 偉い先生に捕まって「そのうち頼みごとをするかもしれないから、よろしく」 と仰せつかったり、 Ritsをライバル視する某大学の先生に捕まって、「お前、Ritsだろう!生意気 だ。そのうちガツンとやってやるからな、覚えてろよ」みたいな感じで絡まれ 「ひえー!お許しを」と死んだフリしてみたりしていた。

目黒のホテルに着いた23日の晩、東京都内のホテルには温泉がついてな いという当たり前の事実に気づき、一瞬暗然とした。ああ、(温泉の出る)草 津出張は良かったよなあ、と。気をとりなおし、数学。ある疑問が湧 いてきて、結局出張の間じゅうその問題を考えることとなったが、現在に至る までわからないまま。24日の晩も、ホテルで数学。

25日の晩は国立研究所時代の友人達と品川でボウリングの後、飲み会。 飲み会には20年近く前にアメリカに高飛びしした友人が来ていた。彼女は私 の隣の席だったので、年来の友人とはいえオジサンたちと話するよりはうんと マシだと思って、もっぱら彼女とばかり話していた。アメリカに恋し、アメリ カに渡り、そこで夢を掴んだ彼女は、その夢とともにずっとそこで暮らす積も りでいたようだ。しかし、さまざまな悩ましい経験によって人生について多く のことを学び、そして(本人曰く)「全てを失って」最近日本に戻ってきたの だという。人生について多くのことを学び、仕事もまずまず順調で、前よりう んと素敵になって日本に帰ってきたのに一体何を「失った」のかよくわからな かったけど、アメリカに失恋することは彼女にとって「全てを失う」ことにも 等しいのかもしれない。貴女ねえ、まず、そのアメリカかぶれをやめなさい!と。

26日の晩は都内某所で開かれた室内楽のコンサートを聴きに行った。私 の問題なのか演奏者たちの問題なのか、よくわからないのだけど、「うわー、 今日は楽しかったなー」って感じがしなかった。それで、アンケート用紙があっ たので、やれピアノの音がきつ過ぎただの、チェロの音程が一部狂ってたみた いだぞとか、この作曲家の曲にしてはヴィオラとヴァイオリンの音に凄みが出 し切れてないだの、クラリネットはよく通る綺麗な音で良かっただのと、いっ ぱしの評論家気取りの憎まれ口を書いて出しておいた。

2008年9月22日(月)
<<やれやれ、助かった>>
山科駅前Sbuxで軽く昼食の後、昼過ぎに出勤。就職委員関連のメールを出し、 郵便物を整理し、出張報告書を3通書いて提出し、少し論文検索などをして、 15時過ぎに大学を発つ。そのまま京都駅前のホテル京阪のラウンジに直行し、 カフェオーレを飲みながらしばし数学。そこの大開口の窓から見える秋の空は 素晴らしかった。それから、帰りがてらにアバンティーのサンリオショップと ブックセンターを偵察しながら考え続け、ようやく小さいながらも重要な謎が ひとつ解けた。夜は人事主査関連の問合せメールの処理、明日からの出張の準 備のあと、また少しだけ数学。

そういえば、最近またちょくちょく入試の夢を見るようになった。しまった! もうすぐ大学院入試なのに、今やっている研究に直接関係したことしか勉強して ない。微積分も群論も可微分多様体も複素解析も手薄になっている。これでは 大学院に進学できずに、数学者への夢が完全に断たれてしまうよう! どうしよう。。。あ?もう既に数学者なんだから、今更無理して大学院なんて 行かなくていいか。やれやれ、助かった、と。

あるいは、私は大学受験の浪人生で、しまった!もう秋なのに英・数・国 ばかりやってて理科と社会を全然勉強してない!と気づいて青ざめる。 物理は得意だったけど、すっかり忘れてしまったし、化学と世界史は元々苦手中 の苦手。速攻で問題集を買いにいかなくっちゃ。でも今から受験勉強して入試 までに間に合うかしら?これ以上浪人はできないし、大学に進学できなくなったら どうしよう。。。あ?もう卒業してるんだから、入試受けなくてもいいか。 やれやれ、助かった、と。

かように、静かに数学研究に専念できる今に感謝し つつ、新しい日の朝を迎えるのである。

明日から東京出張。昼は学会、夜はホテルで数学を考えたり、久しぶりに 計算機屋時代の友人達(オジサンばっかり?)と会ったり、コンサートを聴 きに行ったりする予定。次回更新は、27日の深夜以降の予定。

2008年9月21日(日)
<<聞かれたことだけ答える>>
野暮用と数学の日曜日。昼過ぎまではスーパーで買い物をしたり、靴磨きをし たり、自宅の建具の調整をしたり。午後は、昨夜から書き始めたメモの続きを 書いていくうちに、先日来の基本的な疑問がようやく解決した。とは言っても、 当たり前のことがちゃんと分っただけなんだけど。夕方は散歩がてらに山科駅 前まで繰り出し、大丸ラクト店で買い物など。夜はメモを完成させる。

そういえば最近よく当たり前の事を再発見する。ひとつは、大学教員は研 究職だということ。傍目には気楽な職業に見えるかも知れないが、心底研究 が好きでもない限り結構きつい部分もある。私が40歳を前にして計算機科学 者をやめたのも、結局計算機科学の研究が本当に好きなわけでも無かったし、 好きでもない事を続けるために払うべきコストを考えると、大学というところ は全く割が合わないことに気づいたからである。

もう一つ再発見した当たり前のことは、次のような会話の法則。例えば、 「今日はいいお天気ですね」と聞かれた場合、私は通常、天気が良ければ「え え、そうですね」と答え、そうでもなければ「まあ、そうかも知れませんね」 とだけ答え、それ以外のことは話さない。

しかしそれでは会話は進まないのであって、「ええ、いいお天気ですね。 そういえば、先日貴方はタコの吸出しをヘソに貼って寝たらお腹が痛くなった とか言ってましたが、その後どうなりましたか?」とか、「ええ、いいお天気 ですね。そういえば、昨日、私んとこの犬が猫の子を三匹産みましてね」とか、 「ええ、いいお天気ですね。で、天気の良いところで、来年度の学科長を引き 受けてもらえませんか?」等々という風に話を繋げていかなければならない。

この法則に気づいたきっかけは、人々の会話を聞いていて、どうも問いと 答えが論理的にずれていることが多いし、それでも結構会話が成立しているこ とを不思議に思ったこと。それから私自身も、こちらが色々質問して会話の きっかけを投げかけているのに、聞かれたことにしか答えない人が居たりする と、こんなヤな感じの奴に二度と話しかけるものかと決心するのが常 だということを思い出したから。

そういえば10年以上前の私はこの法則を知っていたし、もっと普通に会 話が出来たように思う。しかしその頃はまだ(旧)情報学科の助教授で、計算 機科学に対する学問観の違いがもとで、同僚教員や学生達から寄ってたかって 集団イジメみたいな目に会わされていた。 それで彼らのことがほとほと嫌になり、聞かれた事に答える以外は何も喋らな いというスタイルが確立されていったようだ。

本当は聞かれたことにも答えたくなかったけど、流石にそれでは教授への 昇任人事で横槍が入るだろうと危惧して、とりあえず何か最低限の応答だけは しておこうということになったのである。もっとも、この深謀遠慮は効を奏せ ず、私の昇任人事では「あいつ、生意気だ。昇任なんかさせるな!」といった 横槍が入りまくったけど。

それはともかく、当時は(旧)情報学科関係者限定で明確な悪意をもって 使われていたその会話スタイルも、学科長で脳が歪んでからは悪意が無意識化 し、特に悪気の自覚もないままに不特定多数を対象に広がり、現在に至って いるようである。そしてこの会話の法則のこともすっかり忘れていたのだ。

2008年9月20日(土)
<<昼食バトル>>
午前中は数学。しかし、どうも考えが纏まらない。それでも自宅を出て京大ル ネで昼食をとり、関西日仏学館にたどり着く頃には、だいたいこれで行けそう だという方針がはっきりした。関西日仏では、夏休み前に仕立ての浴衣を自慢 していた人が来ていたので、「無事浴衣デビューはできましたか?」と聞いて みた。人の名前はすぐに忘れてしまうけど、そういう事は結構執念深く覚えて いる。夜は昼間分ったことの詳細を紙に書き下す作業を少し。

今日は京大で何かしら高校生向けのイベントがあったらしく、京大ルネの 食堂は高校生で溢れ返っていた。では、ルネはやめて関西日仏のカフェのデジュ ネにしようかと思ったが、ここも一杯だったので、覚悟を決めてまたルネに戻っ た。

生協食堂が高校生で溢れ返る光景は、土曜日毎に何やかやと高校生向けの イベントをやっているRitsでは、10年ぐらい前から見られた。昼食にありつ けない土曜日に辟易した私は、土曜出勤を避けて語学学校に通うことにしたの である。高校生と昼飯の奪い合いをするよりも、よっぽど気が利いた土曜日の 過ごし方だと思っていたのだが、今日は図らずしも京大で彼らと昼食バトルを 繰り広げることとなった。とうとう京大もRitsの真似をするようになったのか しら。

Ritsでは、高校生は麺類かカレーか丼物に群がるという顕著な傾向が見ら れたが、今日京大で見かけた高校生たちもやはり同じ動作傾向を示していた。 子供というのは、そういうものかもしれない。昼食はオジサンっぽく麺類(と サラダバー)でキメている私と競合してしまうところが、悩ましい。

2008年9月19日(金)
<<心の弱い私の一日>>
昼前に何となく出勤。特に用事も無いけれど、8月29日を最後に大学に行っ てないから、少し様子を見て来ようなどと考えるところが、私の心の弱さなの である。

9月に入ってからは、大阪と温泉の出る草津の二つの研究集会に参加し、 その合間には京大数理研図書室などに通い詰め、その麗しい学術的生活の日々 ゆえにすっかり気が緩んでしまい、複雑系の皆さんの不思議や、彼らに「はめ られた」いまいましい記憶なども薄れていたためかしら。それとも、私が知ら ないうちに「何かとんでもないこと」が起こってたとしたら、早い目に手を打っ た方が良いかも、という気弱なことを思ったためかしら。いずれにせよ、こん なことだから学科長やって脳が歪むのである。

ついでだから、しばらく読みそうにない専門書を大学の研究室に運び込み、 わずかばかりの郵便物を整理し、それから? それから、郵便物の中に何かト ンデモないものを発見して大騒ぎになり、、、ってことも無かった。自宅でも できるような雑用をいくつか片付けてから、他に用事も無いようだしというこ とで、早々と退散。珍しく京都駅前のソフマップのアバンティー店とビッグカ メラ店をうろついたり、山科駅前Sbuxで一休みしたりしてから、帰宅。

帰宅したら事務からメールが届いていた。私が大学を発った直後に送られ たようだ。この、見計らったような間の悪さ。 来週からしばらく東京出張だし、もう10月まで大学に行かないぞ と思っていたのに、またある事務書類を提出するために月曜日に出勤しなけれ ばならなくなった。はっきりとした用事がある時だけ出勤するという原則を守 らないと、こういう馬鹿馬鹿しい事態に陥る。

夜は少し数学。一度は分ったと思ったことも、纏め作業でひとつひとつ見 直してみると、往々にして全然分ってないことが判明する。いずれも基礎的な ことばかりだけど。昨日あたりから、そういう問題を何となく考えているのだ が、どうもすっきりしない。

ああ、そういえば、昨日の夕方、久しぶりに地下鉄御陵駅でロンドンから お忍びで山科に帰ってきている内田光子さんを見かけた。向こうは気づいて いないようなので、「こんにちは!」と声を掛けて、「あれから大阪ゲーテに は行ってないんですか?」とでも聞いてやろうかと思ったけど、山科・醍醐 方面の電車に乗るために急いでいるようなので、そのままやりすごした。次に 会えるのは何時か分からないが、やむおえない。

たまに大学に行くと、廊下やトイレや事務室で同僚のオジサン達と出会っ てしまい、挨拶などをされたりする。五月蝿いなあ、俺はオジサンに挨拶され る筋合いなどないんだぜ!と思いながらも、一応それなりにそこそこ愛想良く 返事をしてしまうところが、私の心の弱さかも。

かように、オジサンとオジサンならざる人達に対する露骨な対応の違い は、内面的にはともかくとして、表面的にはそれほど顕には出ないことが多い ようだ。

2008年9月18日(木)
<<コンパイルが終るまで>>
NTTの営業の口車に乗せられて、午前中は自宅のインターネットを光ファイバー に切り替える工事。その後、PCの設定など。しばし放置してあったWindowsの 更新だの新しいセキュリティー対策ソフトの全検索処理などを動かし、なかな か処理が終了しないので、それを横目で監視しながら数学。夏休みに考えてい たことの纏め作業。夕方、野暮用で御池方面へ。夜も少しだけ数学。

その昔、大型計算機のTSSが計算機の主流だった頃、ハッカー達はなかなか 終らないコンパイル時間に端末の前で仮眠をとったという。私がOS開発部隊の 下っ端プログラマをやってた若かりし日は、ちょうどそういう時代の終り頃だっ たけど、コンパイルが終るまでの間何をやってたかは覚えていない。すくなく とも数学はやってなかった。

大学院入試に落ちまくり、学部卒で仕方なく計算機メーカーに入って多忙 な技術者としての日々を送っていた、ごく平凡や能力しか持ち合わせていない 私にとって、深夜仕事から帰ってきてからや休日などに一人で数学研究を行う など望むべくもない。アマチュア数学愛好家としてならともかく、プロフェッ ショナルな数学研究を目指すのは至難の業、というよりも、ほとんど不可能に 近い。数学研究ができないのなら数学など勉強してもしょうがない、という風 に考えていたのだと思う。これは「蒲焼の匂いを嗅がされるだけで鰻丼にあり つけないのなら、最初から鰻の顔など見ないほうが悲しくならずに済む」とい うのと同じ理屈である。そんなわけで、コンパイルが終るまでは、何となくぼ ーっとしてただけだったと思う。

2008年9月17日(水)
<<本番で荒れる>>
研究日。午前中は(温泉の出る方の!)草津の研究会で聞いてきたことを適当 な文献で調べてみる。 午後は京大数理研図書室で、夏休みにわかった事の総まとめ作業。夜は、昼の 作業で浮上した基本的で小さな疑問について考える。

京大の帰り道にJEUGIA三条本店に立ち寄ったら、磯部周平「モーツァルト:ク ラリネット五重奏曲」のCDを見つけた。N響首席クラリネット奏者の磯部周平 氏のコンサートは一度聴きに行ったことがある。このCDと同じくモーツァルト とのクラリネット五重奏曲だったけど、何かに怒ってヤケになってるようなキ ツイ音で、ずいぶん荒れた演奏だった。ゲーテ・クラリネット奏者氏によると、 プロでもコンサートの主催者やスポンサーと揉めたり、伴奏者がうまく調子を 合わせてくれなかったり等の理由で、本番で荒れてしまうことはあるそうだか ら、まあ、磯部氏もこの日、何かあったのでしょう。

それで、一度磯部氏のちゃんとしたモーツァルト五重奏曲を聴きたいもの だと思っていた。モーツァルトだけだったら購入を躊躇しただろうけど、F.A. ホフマイスターだのA.v. ツェムリンスキーとかいう、聞いたことのない作曲 家の四重奏曲や三重奏曲も入っていて、試聴したところいい感じの曲だったこ とが「買い!」の決断に繋がった。ジャケットのデザインも、ちょっと頼りな い感じがしないでもないけど、青空ってところがちょっと気に入ってる。

私の場合も、例えば学会誌などに投稿していた論文の不採録通知が 届いた直後の講義などは、結構荒れるものである。嗚呼、私は雨の日も、風の日も、 そして、論文不採録通知を喰らった日も講義をしなければならぬとは、何と因 果な商売なんだろうとか何とか考えながら、よりにもよって今日という今日に 私語で騒いだり一番前で居眠りなどする学生が居たらタダじゃあおかないぞと、 青白い殺気を漂わせて教室に向かうのである。そのただならぬ殺気を感じるの か、それとも、私のテンションがあまりにも下がっているため不届き学生を察 知できないのか、これまでにこういう時に雷を落とされた学生は一人も居ない。

2008年9月16日(火)
<<草津から草津へ>>
20時前、約8時間の長旅を経て出張より無事帰還。今回は群馬県の草津にあ る国立大学研修センターで行われた研究集会に参加。宿泊はその近くのリゾー トマンション。一部の部屋を素泊まり用に解放していたので、そこに泊まっ た。「温泉の町、草津にようこそ!ところでお客様は、どちらからおいでで?」 「(悔しそうな目つきで)温泉の出ない草津から来ました」と。

久々に素晴らしい出張であった。 毎晩温泉につかり、 昼食は名産の舞茸を使った天ざる蕎麦を毎日食べ、 週末に押しかけた観光客達によって食料品の棚がほとんど空っぽになったコン ビニをいくつか駆けずり回って夕食と朝食を確保し、 夜は宿舎でコンビニで買った地酒やビールを飲みながら飲酒数学したり(酔い が回ってモノが考えられなくなったら、その日は業務終了)、 静かな宿舎から森の奥の研修センターまで森林浴をしながら通ったり、 研修センターでよくわからない数々の講演を聞いたり。

ん?よくわからない講演だと?ええ、今回の出張は、自分の専門とはちょっと 離れた分野の動向調査なので。彼らがどんな問題を考えているのか、ぼんやりでも 分ればよしとする。