の
た
め
の
邪
魔
な
広
告
よ け ス ペ ー ス で す。
2009年7月15日(水)
<<頭が痛い宿題>>
昼過ぎまで自宅で数学。学科長からの招集があったので、夕方頃出勤。半時間
ほどで用件が済み、すぐに大学を発つ。昨日あたりから左目の異常を感じたの
で、山科区内の眼科で精密検査を受ける。まあ、大したことはないので、この
まま様子を見てくださいとのこと。検査のために差した目薬の影響で左目の焦
点が合わず、何となく物が見えづらい。夜は、学科長から仰せつかった頭の痛
い宿題をどう進めたものか、関係者と連絡を取り合って、無い知恵を絞る。
さて、頭が痛い今日の1枚は、ポール・メイエとエリック・ル・サージュの
"French Clarinet Art". サン=サーンス、ショーソン、ドビュッシー、
ミョー、プーランク、オネゲルと、フランスもの定番曲で固め、メイエらの気
合いとフランス人としての誇りが感じられる。最近のポール・メイエは、時に
「俺、こんなに速く吹けるんだぜ」と言わんばかりに超絶技巧をひけらかすよ
うな演奏が目立つけど、この頃はまだしみじみとした感じで、ほろりとさせてくれる。
フランスも、いいもんだな、と。
今は立派なオジサンのこの二人も、このジャケットの写真ではピンピンの 若者ですねえ。蝶ネクタイなんかしちゃって、どこかのホテルのフロントみたい。
ポール:「いらっしゃいませ」
エリック:「いらっしゃいませ」
私:「えーと、今晩予約してました、高山ですけど」
ポール:「高山様、、、シングルで一泊のご予定ですね」
私:「はい、そうです」
ポール:「こちらに住所とお名前、電話番号のご記入をお願いします」
私:「京都市山科区、、、高山幸秀、電話番号は、、、、と。これでよろしいか?」
ポール:「はい、高山様。本日は3階の禁煙室をご用意しております。ルーム・ キーはこちらでございます。ルーム・キーのご利用方法はお分かりでしょう か?」
私:「ご利用方法って、、、これ、クラリネットじゃないの?」
エリック:「はい。当ホテルでは、フロントデスクもピアノの鍵盤になっております。」
うーん、わけがわからん。
2009年7月14日(火)
<<一応、数学者である>>
昨夜は寝苦しく、汗びっしょりになってしまった。シャワーを浴びてから昼頃
に出勤。ラクト山科で買ったサンドイッチなどで研究室こそこそ昼食の後、1
3時より14時半まで経済学部と経営学部のCプログラミングの授業。元気な
2回生3人組と4回生のいつものメンバー。たまに質問の手を挙げる学生の対
応をしながら、教卓のあたりで数学の本を読んでまったりとすごす。ひきつづ
き、14時40分より16時10分まで数理科学科2回生の群論の講義。今日
は4次対称群の部分群を全て列挙し、関連する概念や性質を説明する。授業の
後、質問したいという学生が居たので、後で研究室に来るようにと言っておい
たら17時頃に現れた。しばし質問対応の後に大学を発ち、ラクトの地下で夕
食を摂ってから帰宅。夜は大学のお仕事をシコシコと。
さて、今日の1枚は、クラウディオ・アバド指揮のモーツァルト管弦楽団によ
る、モーツァルトの交響曲第29、33、35、38、41番。アバドは昨日
紹介したザビーネ・マイヤーのCDで、ベルリン・フィルの指揮もしていた。結
構聴き覚えのある曲が多いけど、それはおそらく小中学校の音楽の授業やお昼
の校内放送で聴いたのだろうと思う。
モーツァルトに限らず、学校で聴いたクラシック音楽は、当時はあまり気 にもとめていなかったし「退屈だなあ」とも思っていたけど、そういったもの がちゃんと心のどこかに残っていて、後の人生の糧になるのだから大したもの である。
このCDは去年の今頃買ったもの。その頃ちょうど数理科学科の将来構想の 議論に引っ張り込まれていた。夜毎このCDを聴きながら、異様なテンションで さまざまな意見や提案を書きまくり、洪水のようにメールで流すという、怒涛 の1ヶ月をすごしていたのである。
ではその意見や提案はどうなったかというと、ほとんどが黙殺された。よ り正確に言うと、複雑系の皆様が、それぞれ自分の気に入った部分に対して黙っ てうなづき、気に入らない部分を黙って聞き流すという反応をしたので、結局、 私が提案したことについて何が合意され、何が保留され、何が排除されたのか 曖昧なままに終ってしまったのである。
この議論のドサクサに紛れて「高山は只のチンピラではなく、一応、数学者で ある」と、数理科学科の中で初めて認定されたという副産物があり、「私は貴方 達にとって一体何なの?」という長年の懸案が解決した。それだけで十分じゃ ないかとも思うけど、私がメールで垂れ流した膨大な言葉は一体何処に消えてし まったのかしら?という割り切れなさは残るのである。 かようにこのCDは、複雑系にまつわるほろ苦い思い出とつながっている。
さて、このジャケットの写真は私のお気に入りのひとつで、アバトの左手の 先、演奏者たちの頭上数十センチのところに広がる暗闇の部分に、真空放電で も起こるんじゃないかというぐらいの緊張感がみなぎっているところが、思わ ずぐっとくる。
昨日紹介したザビーネ・マイヤーのCDでは、50代半ばと思しき頃のエネ
ルギッシュなアバトの写真が出ているが、この写真では適当に枯れた爺さんっ
て感じがしないでもない。爺さんだか何だか知らないけど、いかにも「才能溢
れる」って感じのピンピンの若い演奏者たちを指揮して中空に真空放電を発生
させ、こんなに切れ味の良い音楽を創り出すんだから、すごいもんだと思うし、
カッコいいな。
2009年7月13日(月)
<<長年のツケを払う>>
午前中は自宅で大学の仕事。ラクト山科で買った昼食用サンドイッチなどを持っ
て、昼過ぎに出勤。ラクト山科の入口で、スポーツクラブでよく見掛ける私と
同世代ぐらいの女の人とすれ違った。
そういえば、スポーツクラブによく来ていた70歳前後と思われる「強い 爺さん」は、最近スポーツクラブにはあまり来てないようで、ちょっと心配し てたのだが、先日地下鉄の中で見かけた。ご健在のようで何より。また、2, 3ヶ月に1度私の目の前に現れる「ロードランナー逆走男」は、2週間ぐらい 前に京大の北部生協で昼食を食べていた。京大の農学部か理学部の関係者らし いけど、一体何者なんだろう。
研究室こそこそ昼食、明日の授業のプリントの印刷作業の後、14時半か ら16時過ぎまで卒研ゼミA(可換環論・代数幾何学)。加群の完全列につい てのある命題の証明で悩む。これは学生時代から何度も勉強した部分だが、ゼ ミで今使っている教科書も含めて、どの教科書も「明らか」だの「容易」だの 理由で証明を省略しており、自分で証明をつけるのをサボって通り過ぎてきた のである。
かように、学生とゼミをすると、今の今までサボってやり過ごしてきたツ ケを払わなねばならない事がたびたびあるので、私にとってはすこぶる有益で ある。今回の問題も、数十分間うんうん考えて、ようやく解決。その後、16 時半より18時過ぎまで、卒研ゼミB (初等整数論)。今日もまた、目くるめ き計算テクニックにきりきり舞いする。これもまた、時間内に何とかやっつけ る。
ゼミの後、早々に帰宅。山科駅を出るところで、スポーツクラブで時々見 かける、「この野郎、お前のモッコシなんぞ見たくもねえや!水鉄砲で撃って やろうか?」のモッコシぴちぴち短パンおナル系ちょっとイケ面男を見かけた ので、直ちに追跡を開始したが、地下鉄の駅に向かう階段のところで見失った。
かように、スポーツクラブ常連の沢山の人を知っているけど、誰とも話を したことないのよね。
夜もまた、自宅で大学の仕事。
さて、本日の1枚は、1998年にクラリネットの女王ザビーネ・マイヤーさ
まがベルリンフィルとの共演したときの録音で、「モーツァルト・ドビュッ
シー・武満」。モーツァルトの「クラリネット協奏曲・イ長調K.622」、ドビュッ
シーの「ラプソディー No.1」、武満徹の「ファンタズマ/ カンタス」。うー
ん、やっぱりマイヤーさまのクラリネットの音色は断トツに美しい。
このジャケット、背景の白や黒の円柱、切れ切れに見える外の緑、薄紫色 の正方形の枠、床の大理石(?)のタイルの並びにリズム感があり、マイヤー さまの表情もゆったりとして、とてもいい写真だなあと思う。
マイヤーさまの黒装束や、背景のあっさりとしたデザインには、何だかとっ
ても現代ドイツ的なセンスを感じてしまい、フランス人ならもうちょっと違っ
た感じにするだろうなという気がする。それから、ともすればマイヤーさまが
一瞬、(ある時期の)古手川祐子に見えたりするところも、可笑しいといえば
可笑しい。2、3年前に大阪のコンサートで見たマイヤーさまも、こんな感じ
だった。
2009年7月12日(日)
<<パリ祭>>
昼間は山科区内のスーパーに買い物に出たり、自宅で少し仕事をしたり。スー
パーでは、山科在住と思われる関西日仏学館の某先生が買い物をしており、ふ
と見ると、卵や果物といったものの他に、御手洗団子を買っていた。
夕方は、関西日仏学館のパリ祭に出かける。7月14日のフランス革命の 記念日らしいけど、梅雨明け間近で蒸し暑い日本と違い、気候の良いパリでは さぞかし気分の良いお祭だろうと思う。関西日仏のパリ祭も、フランス料理や お菓子、飲み物の屋台が出て、コンサートやその他の文化的な講演会やビデオ 上映会があって、くじ引き抽選会もあり、まあ、一種の文化祭であるが、 人が多いのが玉に瑕かな。
コンサートでヴァイオリンを弾いていた高校生が異様に上手いので、私を含 めて皆がびっくりしていた。ああいうゾクっとする音を出して、しかも長い曲 でまったく集中力が落ちないというのは、凄いとしか言いようがない。もうヴァ イオリンの音は嫌いだなんて、言ってられないな。
例年そうだけど、パリ祭の会場は蒸し暑く、喉が渇いたのでビールをぐい ぐい飲んでしまう。帰宅後、少し酔いを醒ましてから、 火曜日の講義の準備。
さて、フランス・ムードを満喫した今日の1枚は、
ビールの酔い覚ましとフランス惚けに冷や水を浴びせ、自分を苛めて
遊ぶ目的で、 "Klarinetten Wien & Berlin".
ベルリンフィルのウェンツェル・フックスとウィーンフィルのエルンスト・
オッテンザマーのクラリネットで、メンデルスゾーンの「2つのコンチェルト
シュテュック」、クルーセルの「ロンド」、プーランクの「2本のクラリネッ
トのためのソナタ」、ベールマンの「協奏的二重奏曲作品33」。
最後の曲が一番好き。
それにしても、このジャケットは何なんでしょう。暗闇で不穏な物音がす るので、何事かと暗視カメラで周囲を見渡すと、二人のオジサンが乱闘をしている。
オ:「お前、何やねん。今日のメンデルスゾーン。何で俺が言うた通りに ちゃんと吹かへんのや?ヘタクソ!」
フ:「何やて?お前こそ、あの、プーランクの時の調子の外れた吹き方は 何や?こっちはやりにくくてしょうなかったわ。俺に何か恨みでもあるんか?」
オ:「やかましいわい!これでも喰らえ、エィッ」
フ:「お、お、お、ふぁりほったわ(やりよったな!)、ふぉぬえろう (この野郎!)、ふぇい(エィッ)」
私:「待ったあ!そこの二人!不毛な争いは、やめなさい!!」
と現場の証拠写真を撮ったのが、このジャケット。双方相手の口にクラリ ネットを喰らわせて、それを真剣白羽取りみたいに口でぱくっと挟んで受け止 めるという荒業を繰り出していたところだった、と。
いやいや、CDの中身は二人の息がぴったり合ったノリノリの演奏だから、
収録後に上記のような乱闘はなかったことでしょう。
2009年7月11日(土)
<<頭に優しい数学>>
ドイツ語寺子屋夏学期最終日。昼過ぎまで自宅PCでドイツ語のテレビ放送など
を見てウオーミングアップしてから家を出る。寺子屋のレストランで遅めの昼
食をと思ったが、今日は16時から開店。昼食は京大ルネで摂ることにする。
授業の後、関西日仏学館の図書室へ。昨日の関西日仏と今日の寺子屋で、 何故か「語学って頭にキツイなあ」と感じて疲れ果てている。最近、脳のどこ かの線が切れて語学学習がシンドイ状態になってるのかしら。図書室で数学し ながら、「頭に優しいのは、何ってったて数学だよな」としみじみと思う。
その後、寺子屋のレストランで夕食。ドイツビールやドイツ料理、インド ネシア料理、デザートのケーキ&アイスクリーム、コーヒーなど、結構沢山飲 み食いした。疲れ果てた時は、美味しいものを飲み食いするのがよろしいようで。
さて、今日の1枚は、クラリネットのポール・メイエがイケ面仲間のオーボエ
吹きやファゴット吹きとトリオを組んで、G. オーリック、J. イベール、
D. ミョー、J. フランセ、L. トマージ、F. シュミットといった、(イタリア
のトマージを除いて)フランスの作曲家による室内楽を集めたもの。
木管の楽しさ満載のおススメの1枚。
このジャケット、クールな感じがとても良いのだけど、このニコリともし ない3人の男達がカッコよすぎるのが、もうちょっと何とかならんものか と思う。
左青シャツ:「おい、オッサン、ちょっと顔貸せや」
私:「お、お、お、お。イケ面が雁首揃えて、何やねん?」
右黒シャツ:「なあに、手間は取らせんよ」
中央黒シャツ:(顎をしゃくりながら)「(こっちに)来な」
左青シャツ(右手で私に肩を組んで引き寄せ)「なあ、オッサン、人聞き の悪い騒ぎ方されちゃあ、困るよ。わかってるな?」
私:「。。。 (こいつ、さっきから俺の事をオッサン、オッサンって、何やね ん! お前かて、オッサン予備軍やろに。どついたろか、ホンマに)」
って感じで物陰に連れていかれて、、、何されるんだろうな。怖いなー。
まさか麻雀のメンツになれ!って強要されるわけでもあるまいに、
椅子に縛り付けられて「さあ、俺たちの音楽を聴け!」とコンサートが
始まるようなシチュエーション、、、じゃないよね。何だか怖いなー、と。
2009年7月10日(金)
<<恐ろしいことになる?>>
夕方まで、自宅や関西日仏学館の図書室で数学。夕方からフランス語の勉強に
切り替え、動詞の活用形の復習など。隣の京大生協ルネで少し早めの夕食の後、
フランス語の授業。先週と今週は代名動詞の演習。
クラスメート:"Vous vous disputez souvent avec vos collègues?"
(同僚とよく喧嘩をしますか?)
私:"Oui, je me dispute souvent avec eux.
Mais je me réconcilie bien aussi. Et vous?"
(ええ、しょっちゅう。でも、仲直りするのも上手です[嘘だよ!]。
貴方はどうですか?)
クラスメート:"Moi? Je me dispute jamais, parce que presque
toutes les collègues sont des femmes."
(私?絶対しませんよ、だって、女性ばかりの職場ですから。)
私:"Ah bon!"(あ、そうですか)「,,,って、でも、それ、どういう事? [いきなり日本語モードになっている]」
どういう事かというと、中、高、大学と女子校育ちのそのクラスメートは、女 性同士が喧嘩すると恐ろしいことになると熟知しており、同時に女子校の中で、 争いと災難を避けるさまざまな技法を身に付けたとのこと。うーむ。この世か ら私以外のオジサンが消滅してくれたら、どんなに平和なことかと思っていた けど、案外そうでもないのかも知れないな。
さて、今日の1枚は、リチャード・ストルツマンのクラリネットで、G. フィ
ンズィの「5つのバガテル」「クラリネット協奏曲ハ長調作品31」、L. ア
シュモア編曲によるイギリス民謡「四季」と「グリーンスリーヴス」。
低い山と草原、曇り空、薄日に照らされる虹。このジャケットの写真には イギリス的情緒がムンムンしているけど、ここに収められている曲も、それと 同じ情緒が漂っている。
このジャケットを見ていると、小学生時代に国語の教科書か何かで読んだ 「金の窓」の話を思い出す。貧しい農家で毎日父の仕事を手伝っている少年は、 仕事が終る夕方頃にはるか彼方に見える、金色の窓の家に一度行ってみたいと 思っていた。一体、どんなお金持ちの家で、どんなに素敵な生活をしているこ とだろう、と。ある日、ようやく父に休みが貰えたので、胸をときめかせてそ の家に行ってみたら、自分の家と同じく貧しい農家で、「金の窓」はただガラ ス窓が夕陽に照らされていただけだった。そこの家の人は「ガラス窓で十分で すよ。それに金の窓だったら、外が見えないじゃないですか」と言うのだった、 という話。
金の窓を追いかけたことはないけど、虹の袂は一体どうなってるのだろう
と思って、虹の出ている方に一生懸命自転車漕いで走ったことぐらいは、あるな。
2009年7月9日(木)
<<頭が忙しくなる>>
研究日。今日は京大数学教室の図書室にでも籠ろうかと思っていたら、学科長
からメールが届いて呼び出しを食う。まあ、次の出勤予定日は来週なので、そ
の時にすることもできたのだが、内容的にそうのんびりできる案件でもなかろ
うと思い、午後から出勤。南草津駅から大学に向かうバスの中から見える巨大
ガスタンクは、今日は何故かタコ焼きではなく、メロンに見えた。喉が渇いて
いたのだろうか。
学科長の用件は直ぐに済んだので、久しぶりに研究室で数学。しかし 余計な事を色々考えてしまって、なかなか数学に入っていけず、少し苦労した。 私が、大学に折角良い研究室が与えられているのに、決して寄り着こうとしな いのは、研究室に居ると学内のあれやこれやの事を考えてしまって頭が忙しくな り、なかなか数学研究に集中できないからである。
しかし同僚の中には、いつも大学に来ていて、四六時中、学内や学外のあれ やこれやばかり考えているような感じの人も居て、あれでよく研究ができるもの だと感心してしまう。夕方、適当に帰宅。夜も少し数学。
さて、今日の1枚は、ウラジミール・ホロヴィッツのシューマン。「トッカー
タ作品7」「子供の情景作品15」「クライスレリアーナ作品16」「アラベ
スク作品18」「花の曲作品19」。ステレオ録音だから、かなり晩年に近い
頃の録音であろう。最晩年のホロヴィッツの演奏は滅茶苦茶だったそうだから、
それよりももっと前のものに違いない。
このCDは、たぶん京都駅前アバンティにあった中古CDショップで買ったの だと思うが、私の持ってるのはジャケットがルノアールの「マルゴの肖像」で、 この絵のようにホロヴィッツの写真は使ってない。まあホロヴィッツというの は、あまり人相がよろしくないというか、この顔半分が影になった写真も、凄 腕の消し屋みたいで、ちょっと怖い。
背景が黄土色ってのも、「どうだか」って感じ。小学生時代、私が配 属を強く希望して叶えられなかった、放送部が使っていた校内放送室に は、こんな色の防音壁が張り巡らされていた。それを思い出してしまい、 "HOROWITZ"や"SCHUMANN"の文字の下の赤線の感じとあいまって、 「古臭いなあ」と思ってしまう。わざとそういう雰囲気を出そうとしているのかも 知れないけどね。
その小学校の校舎は木造2階建で、私が居た頃には既に老朽化が激しく、 給食の時間に天井板の隙間からハトの糞が落ちてきたし、太った中年の女の先 生が廊下を歩いていたら、突然床板が抜け落ちて重傷を負い、し ばらく仕事を休んだりもした。そして私のような神経質な子供は、 暗く臭く不気味なトイレに行くのが何よりも嫌で色々苦労した。
その校舎も小学校5年の頃に取り壊されて、6年生の頃に鉄筋3階建に 新築された。古い校舎を壊す時に出てきた大量のゴミの中には、放送室にあっ た古い蓄音機や鉄製のレコード針、割れたりカビの生えた古いレコードなども あったし、図書室から出てきた古びた本もあった。その中にどこかの新聞社が 出していた昭和20年代の子供年鑑があって、半ズボンをはいたドイツ人の男 の子達のモノクロ写真が出ており、そこに「ドイツの子供たちは頭は悪いが、 躾はよくできている」というような事が書かれていた。当時は今と比べるとと んでもない差別的表現が当たり前のように使われていた時代だけど、おいおい、 「頭は悪いが」なんて事をこんな所に書いていいのかよ?昭和20年代ってこ んな事平気で書いてたのかよ?と子供心にも違和感を覚えたものである。
私はそのガラクタの山の中でも、特に円錐形をした鉄のレコード針が珍し
く、1本持って帰ってしばらく宝物箱に入れて大事にしていた。しかし私の宝
物がガラクタにしか見えない母によって、私が学校に行ってる間に宝箱ごと捨
てられてしまった。
2009年7月8日(水)
<<人の顔は饅頭ではない>>
15時前まで自宅にて数学。16時頃に出勤し、16時半から18時15分頃
まで教室会議。一時期、意味不明な沈黙と無関心に包まれていた教室会議だが、
最近は皆さん、ずいぶん積極的かつ建設的に議論をするようになり、大変よろ
しい。何故、「大変よろしい」かというと、私が要らぬ心配をしなくても数理
科学科がちゃんと回っていってくれれば、私は数学研究のことだけ考えていれ
ば良いからである。
会議の後、研究室でしばし調べ物の後、生協にて夕食。その後、図書館で カラビ・ヤオ多様体入門の新刊書を一冊借りてから帰宅。帰宅後もまた少し数学。
さて、今日の1枚は、ロマン派の作曲家アントン・エベールの"Grande
Sonate". フォルテピアノ、ヴァイオリン、チェロ、クラリネットのための室
内楽が3曲(三重奏曲、ソナタ、四重奏曲)入っている。クラリネットはどう
やら古楽器を使っているらしく、ちょっと気の抜けたような音を出している。
モーツァルトの弟子にして友人であったという人の曲だからか、いずれも結構
華やかなでロマンチックな曲である。
このジャケット、古い大きなお寺の燭台か何かの一部にも見えるけど、実 のところ何なのかは不明。ともすればひどくバランスが悪くなりそうな大胆な アングルと配置だけど、うまいことやったなって感じ。
でも実は私、これを見るたびに、チョコレートで中にこういう白い粘っとし たハッカ臭のするものの入ったやつを思い出してしまうのだ。あれ、あんまり 好きじゃないんだけどね。このCD をあまり聴かないのも、その影響が多少あ るかも。
そういえば、通勤途中にバスの窓から見える巨大球形ガスタンクが、タコ 焼きか、昔、駄菓子屋で売ってた風船に入っている球形にアイスクリームに見 えてしょうがないのである。
さらに白状すれば、私は人の好き嫌いも「うまそうか、まずそうか」で決
めてるようなところがある。オジサンなんて、どう考えても食べて旨いものに
は思えない。化粧している女の人も、「着色料や絵の具でべとべとに塗りたくっ
た饅頭なんか食う気がせんだろう」というのとほとんど同じ理由で、忌避して
たりする。「だから、人の顔は饅頭じゃないんだって!」っていうのは、理性
ではよくわかってるんだけどね。
2009年7月7日(火)
<<元々歪んでいる>>
午前中は自宅から教務関係のメールを書いて出す。ラクト山科で買った昼食用
のパンを持って、12時過ぎに出勤。研究室コソコソ昼食の後、13時から1
4時半まで経済学部、経営学部のCプログラミングの授業。出席者はいつもの
元気な2回生3人組のうちの二人と、4回生1名。時折質問を受けたり、提出
されたレポートについて個別にコメントしたりといったことをしながら、まっ
たりとした時間をすごす。
14時40分から16時10分までは数理科学科2回生の群論の講義。今 日はガロアの基本定理の概略と3次方程式のざっくりとした話。これまでに3 次対称群の話をしつこくしてあるので、結構話がしやすい。あと2回講義が残っ ているが、4次対称群の話を中心に、4次以上の代数方程式の話も少しして終 る予定。講義の後、生協で少し買い物をしてから帰宅。
最近、山科茄子のゆるキャラでちょっとした盛り上がりを見せている山科 京極通り商店街では、沿道に七夕の笹が飾られていた。願い事が書かれている 短冊をちょっと見てみたら、「元気で仕事がつづけられますように」みたいな のが多いように思えた。きっと商店主やその家族の大人たちが書いたのだろう。 私だったら、何を書くかな。「この世から私以外のオジサンが全て消滅します ように」とか「歪んだ脳が元に戻りますように」とかもいいけど、まあ、さし ずめ「死ぬまでに定理をあと2,3個証明できますように」かな。
夜は少し数学をと思ったが、夕食にワインを少し飲みすぎて、結局ぼんや りまったりとすごす。星に願いだけ掛けて、何にもしないというのも、どうか なと思うけどね。
さて、七夕の夜の1枚は、マルタ・アルゲリッチとアレクサンドル・ラヴィノ
ヴィチのモーツァルト・ピアノソナタ集。「2台のピアノのためのソナタ・ニ
長調K.448」「四手のためのアンダンテと5つの変奏曲・ト長調K.501」「四手
のためのピアノソナタ・ハ長調K.521、および、ニ長調K.381」。
このジャケット、背景のブルーや、やや大きめ白抜きの"Mozart"の文字の 感じ、人物と文字の配置、アルゲリッチの表情、アクセントになっている右上 の赤い小さな三角、いずれも申し分無いのだが、唯一つアレクサンドル・ラヴ ィノヴィチの笑顔だけがどうも気に入らない。私のオジサン嫌いバイアスの影 響もあるだろうけど、もうちょっと何とかならんものかと思う。 まあ、満面笑みのアルゲリッチの後ろで仏頂面しているわけにもいかんだろう から、無理して笑ってみたんだろうけどね。
そういえば昨夜ふと思い出したのだが、15、6年ぐらい前だったか、同
僚の先生に「飲みに行きませんか?」とメールを貰い、「私は人の顔を見て酒
を飲む習慣はありません!」と返事を返したことがあった。私の脳って、元々
歪んでたのかもしれないな、と。
2009年7月6日(月)
<<総力戦で臨む>>
出勤日。ラクト山科で昼食用のパンを買って、例によって人身事故とかで電車
が遅れているJR山科駅のホームで食べてから、おもむろに電車に乗って昼過ぎに出勤。
私は週に2,3回しかJRを利用しないが、それでも月に1,2回は人身事故に
よる遅延の影響を受けている。そんなに高い頻度で人身事故が起こっている状
況をJRは漫然と放置しているのかしら。
14時半より16時過ぎまで、卒研ゼミA(可換環論および代数幾何学)。 今日は中山の補題と簡単な等角写像の例。ひといき置いて16時半より18時 40分頃まで卒研ゼミB(初等整数論)。今日は素数の逆数の和が発散するこ との証明。小技を利かせた計算テクニックに目を見張る。ま、卒研ゼミっての は結構楽しいものだ。ゼミの後、学生のひとりに簡単に進路指導してから、帰 宅。
さて、今日の1枚はハインツ・ホリガーの「オーボエ協奏曲ハ長調K.314(W.A.
モーツァルト)」と「オーボエ協奏曲ニ長調AV.144(R. シュトラウス)」。
このCDを聴くと、モーツァルト嫌いだった10年間が人生の大きな損失のよう
に思えてくる。シュトラウスのコンチェルトも泣けてくるぐらいに美しい。
4月16日に紹介したカリ・クリークの写真は、私が落第した大学院入試の 発表の掲示の前で、「○○君が落ちたのは不思議だな。でも、高山君が落ちた のは不思議じゃないね。ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ ハハハハハハハハハハハハハハハハ、、、、、」と窒息しそうなぐらいに笑い 転げた男に似ているのだった。
そして学生時代にもう一人別の男が居て、幾何学の演習の時間に「おい高 山、この問題やってきたか?どれどれ、どんな風に解いてきたんだ。なんやこ れは?ブヒブヒブヒブヒ(笑い声)こんなドンくさい解き方はあかん!」 と言って、いきなり私のノートに巨大バッテンを書き込んできた。 その後も私が代数や幾何の演習で「ドンくさい解き方」で問題発表して担当教官 に吊るし上げを食っていると、いつも後ろで「なんや、こんな事もちゃんと考え てへんのか?」とか「こんなの、あれをこうしてこうやったら直ぐわかることや んか」みたいな事を言いながらブヒブヒブヒ笑いよって、五月蝿くてしょうがない。
それで、ある時「ブヒブヒ、五月蝿い!」とどやしつけてやったら、担当の 先生に「君、そういう態度はよくない」と叱られた。 おやあ?先生、それは言う相手が違うでしょうに。あのブヒブヒを制止して演習 を正しく進行させるのが貴方の職務でしょう。それともナンですか、貴方も学生 時代に私のようなドンくさい学生を後ろでブヒブヒと揶揄して大人になった一人 ですか?それではまるでブヒブヒの再生産じゃぁないですか。それはいけません ね、と。今ならそれぐらいの憎まれ口を叩くかも知れないが、当時の私は、ただ ただ目を爛々と輝かせてマゾっていただけだったのである。
このブヒブヒ男から毒々しい雰囲気を取り去ると、このジャケットのハイ ンツ・ホリガーになるのである。怒り狂った私は、数学ではとてもかなわない ので、その男が現れそうな教室という教室の黒板に、そいつの似顔絵を描きま くってやった。人間、闘う時は持てる才能の全てを注ぎ込こんで総力戦で臨 まねばならないのである。
時は流れ、捨てる神あれば拾う神ありの紆余曲折の人生の末に、私は勤めて いた会社を辞めて大学に戻り、ある年の数学会で10数年ぶりに奴を見かけた。この野郎、ここで会っ たが百年目!と身構えたが、彼の外見からは往年の毒々しい雰囲気は抜けてい た。まあ、私と違って、大きく見れば数学者として順調な人生を歩んでいるも のの、詳細に見れば学生時代ほど威勢良くもやってられない状況のはずなので、 奴も少しは真人間になったのだろうと思った。知らないけどね。
しかしRitsに移ってきて、このハインツ・ホリガーに風貌が似ている同僚
が2人も居たのには、少し動揺した。一人は専門が遠いこともあって、どうい
う人柄なのかも分からず、教授会などで遠くに座っているのを怖いもの見たさ
で眺めていれば良いのだが、もう一人はかなり近しい同僚で、これには往生し
た。「この野郎、また現れたか」と。私には、単に良く似ているだけの別人
同士を無意識に同一視してしまうという悪い癖がある。まあ、色々差しさわり
があるので詳しくは書けないが、その同僚とは色々あった末に現在では何ら問
題なく、結構仲良くやっている。
2009年7月5日(日)
<<油断も隙もならない>>
午前中は火曜日の講義の準備をして、午後は自宅や山科区内で野暮用を色々。
夕方はラクト山科のスポーツクラブ。ラクト山科から帰ろうとしたとき、1階
のマクドナルドの隣にベンチに座っていた若い女性が会釈をしてきたが、誰だ
か分からず。適当に会釈を返して、そのまま通りすぎる。私を誰か他の人と勘
違いしたのか、それとも、、、山科在住の新任の先生の奥さんかも。後者なら
問題だ。一度安祥寺川の橋の上でその先生夫婦にばったり出会い、その時初め
て奥さんとも顔合わせしたけど、ちらっと見ただけだから覚えていない。でも、
向こうは私の顔をちゃんと覚えていたわけで、そのことが「負けた!」って感
じがして実に悔しい。夜は悔し紛れにまた少し初等的な計算をやってみる。
さて、負けて悔しい夜の1枚は、ハインツ・ホリガーの「グラウン、クレーブ
ス、テレマン・オーボエ協奏曲集」。バロックって、やっぱり癒されますね。
特にテレマンがいいです。このジャケットも、素っ気無いようにも見えるけど、
プラスチックケースが薄いブルーに着色されていて、その色むらが表紙の白紙
の上に浮き上がって見えるようにしてあったりと、結構凝っていてよろしい。
写真は野ざらしにされた小便小僧かと思ってたけど、良くみるとそうではなく、
実のところ何なのか全くわからない。
それにしても、山科は私の縄張みたいなものだけど、その辺を歩いていた
らふと学生とすれ違ったり、同僚や同僚の家族とばったり出くわすとなると、
油断も隙もならないな。そういえば数年前、三条通りを歩いていたら、京都市
内の神社で娘の高校受験のお守りを手に入れるため、三重県からわざわざ車で
来ていた中学時代の同級生に、いつの間にか目撃されていたこともあったし。
2009年7月4日(土)
<<数学やらないんだったら>>
ドイツ語寺子屋の日。昼前から大慌てで宿題に取り組む。シュタイナー教育に
ついて書かれた記事だが、語彙がちょっと難しい。8割ぐらいやっつけたとこ
ろで自宅を出る。ドイツ語寺子屋は6月から多国籍料理のレストランも始めた
ので、そこで昼食。先週出ていたインドネシア料理を期待したのだが、今日は
やってなかったので、レンズ豆の煮込み料理にした。それから講座が始まるま
で関西日仏学館の図書室で宿題の続き。15時過ぎから17時前までドイツ
語の授業。授業の後はまっすぐ帰宅して、夜は少し数学。初等的な例を計算し
たり、来週の群論の講義の準備をしたり。
さて、今日の1枚は、サー・ゲオルグ・ソルティー指揮シカゴ管弦楽団による
マーラーの「巨人 Titan」。オーケストラ嫌いの私だけど、まあ、折角持って
るんだから、ちょっと聴いてみようか、と。5月11日に紹介した「大地の歌」
と感じが似ていて、まあ、同じ人が書いた曲なんだなとわかる。「大地の歌」
もそう悪くないし、ずうっと聴かずに放置していた「巨人」も食わず嫌いだっ
たかな、と。
このCDはずいぶん昔、たぶん、埼玉県蕨市の某情報通信機器メー カーの今は無き独身寮に住んでいた頃、JR京浜東北線蕨駅前のCDショップで 買ったのだと思う。あの頃にもう1枚クラシックのCDを買っていて、それは モーツァルトのピアノ協奏曲。私がモーツァルト嫌いになったのは、その少し後だ。
その頃は数学者への夢破れてコンピュータ技術者としての新しい人生を歩 もうとしていた矢先、まあ、数学やらないんだったらモーツァルトぐらい聴か ないとねと思って買ったのだと思う。当時はそれ以外にも、「数学やらないん だったら現代詩ぐらい読まないとね」とか、「数学やらないんだったらフラン ス語ぐらい分かるようにならないとね」とか、「数学やらないんだったらモン ゴル史ぐらいは精通してないとね」とか、「数学やらないんだったら週に1回 は映画を見ないとね」みたいなことを考えていたと思う。数学者を目指してス トイックな学生時代を送っていた反動で、この際、学生時代に我慢して控えて いたことを全部やってしまおう、と。
先日そのモーツァルトのCDを見てみたら、ピアニストがエミール・ギレリ スだったので、ちょっと驚いた。ギレリスのCDは、4月25日に紹介したもの 1枚だけしか持ってないと思っていたから。
さて、このジャケットは最近のバージョンらしいけど、私が20数年前に
買ったのはこんなのじゃなくて、オーストリアかどこかの森に大きな川が静か
に流れていて、遠くに小さな白い家が一件だけ見えているという心安らぐ風
景写真。こんなマフィアの親分が気取ってポーズを取ってるようなんじゃあな
かったぞ。
2009年7月3日(金)
<<かぶりつき>>
研究日。昼頃に京大数理研へ。ロビーで少し勉強してから、北部生協喫茶で昼
食。それから再び数理研に戻り、研究集会の講演を2つ聞く。2つとも専門が
遠かったけれど、何をやっているのかが大体分かったのが収穫。それから閉館
直前の数学教室の図書室に少し寄って、関西日仏学館に移動。図書室にて宿題
の修正と動詞の活用形の復習をしてから、京大生協ルネで夕食の後、フランス
語の授業。"Comment aimeriez-vous mourir? "(あなたは、どんな風に死にたいで
すか?)という質問にジェロンディフを使って答えましょうという演習で、
"Je voudrais mourir tranquillment en mangeant un gâteau botamochi
sur l'engawa bien ensoleillé.
Ce sera magnifique!"(日当たりの良い縁側で牡丹餅を食べながら、すっと行ければ最高でしょう)
などと答えたりしながら、無事授業終了。
今日の関西日仏学館は夏学期の初日。前学期に休んでいた謎の市役所職員 が復活し、皆から「復活ですか」と声を掛けられたり、「うわーっ!戻ってき たのね♪」と歓喜の声を上げてもらったりしていた。別にどうってこともない 「気さくな役所勤めのオジサン」って感じの人だけど、この人望の厚さがちょっ と、否、かなり羨ましい。帰りは、少し雨がぱらついていたけど、例によって京都市役所前 まで徒歩。
さて、今日の1枚は、ミッシャ・マイスキーとマルタ・アルゲリッチの"in
concert". 2003年のブリュッセルでのコンサートの録音。I.ストラヴィン
スキーの「イタリア組曲」、S.プロコフィエフの「チェロ・ソナタ、ハ長調、
作品119」「ワルツ」、D.ショスタコーヴィチの「チェロ・ソナタ、二短調、
作品40」。今、初めて気づいたけど、すべてロシアの作曲家で固めている。
プロコフィエフは、以前、別のCDでフルートの曲がとても良かったので覚えて
いるのだが、このCDにもプロコフィエフの曲が2つも入っているとは、知らな
かった。
この写真は、コンサートが成功裏に終って、皆が拍手して、アンコールな どを求めている場面を写したものだと思われる。至福の瞬間ってやつね。 舞台の裾には、かぶりつきで見ているオジサン達の頭が見えているが、何 だかストリップショーみたいな雰囲気なところが、ちょっと可笑しい。
私も以前はかぶりつきでコンサートを聴くのが好きだったけど、一度、ゲーテ・ クラリネット奏者氏のコンサートで、私が目の前に座っていると、どうもやり にくいと叱られてからは、どこのコンサートでも真ん中あたりか、すこし後ろ に座ることにしている。音響的にはそのあたりが一番良いようだ。それに私は、 この写真のように、コンサートホールの白木の床が灯りに照らされているとこ ろが好きなのだが、ホールの真ん中あたりだとそれが良く見えるのだ。
しかし、ザビーネ・マイヤーさまの大阪公演の時は、大ホールの2階席の
一番前で、マイヤーさまの顔が米粒、否、スイートコーンぐらいの大きさにし
か見えなかったのは、ちと寂しかったな。音響が良いので2階席でも十分聞こ
えるし、別にマイヤーさまのご尊顔を拝みに行ったわけでもないけどね。
2009年7月2日(木)
<<べつにいいじゃん!>>
研究日。午前中は自宅で悶々と考える。もうちょっと基本的なことに立ち返っ
てみようかしら、と。午後は京大数理研の研究集会へ。講演を2つ聞いた。ひ
とつのめの講演はとてもよく分かり有益だったが、ふたつめの講演は専門が遠
くてよくわからなかった。まっすぐに帰宅し、夜はまたすこし数学。少し気分を
変えて初等的な計算をゴリゴリやってみたり、逃避行動として来年の長期海外
出張の研究計画書を書いたりする。
来年の秋から半年間ドイツに滞在する予定なのだが、受け入れ先として考 えているマックス・プランク研究所招聘研究員の応募方法に関する問合せメー ルを二度も出したのに、返事がない。以前、大阪ゲーテに語学講座申し込みに ついて問合せしたときも、なかなか返事が返って来なくてやきもきしたし、何 せドイツといえば難攻不落の外人局や関税局やドイツ鉄道、さらには無敵を誇 る史上最強のドイツ・テレコムの例もある。いずれもヤワな神経してたんじゃ あ、とても手に負えない相手だ。私は経験がないけど、ルフトハンザの(実に ドイツ的な)顧客対応で色々不愉快な思いをしたという話も聞いている。マッ クス・プランクの事務部門も苦労する相手かしらと、ちょっと嫌な予感がする。 もっとも、ホームページを見ると、この1、2ヶ月多数の短期滞在研究者の対 応に追われて大変な状態だと書いてあり、もう少し待てば良いだけのことかも しれないけど。
さて、今日の1枚は、ザビーネ・マイヤー吹奏楽団の「セレナーデ第10番
K.361 グラン・パルティータ」(モーツァルト)。1991年の録音というから、
向かって左端に写ってるザビーネ・マイヤーも、(少し見難いかもしれないが)
まだ暢気そうな顔した30代の前半で、元気一杯のご様子である。おや?彼女
はこの頃から「赤色大好き!」だったんですね。
1、2年前にこの日誌で、「このジャケットの写真を見ると、数学の国際研 究集会の和気あいあいとした集合写真のように見えて悲しくなる」というよう な事を書いた。国際、国内に限らず研究集会への参加は研究活動には不可欠の もので、私もちょくちょく出席しているが、なかなかああいう雰囲気のものに 馴染めない自分を嘆いていたわけである。
当時はその原因を自分のコミュニケーション能力の問題と考えて、幼少時の
生育過程から学生時代のサド・マゾ体験、はてまた(旧)情報学科における
集団イジメ体験に至るまで詳細に再検討して原因を探求し、何らかの改善策を
模索していたのだが、どうやらそういうことではないらしいと分かってきた。
それで今は、ああいうものに馴染めなくても「べつにいいじゃん!」と思って
いるし、今ならこのCDもさして抵抗なく聴けるのだ。
2009年7月1日(水)
<<疎開生活>>
研究日。午前中は自宅で悶々と考え、午後は京大数理研の研究集会を覗きに行
く。数理研は耐震工事関係で、先日から半年以上閉鎖になる図書室のみならず、
所員も研究室を追われて京大の他の建物や京都市内のいくつかの施設に疎開す
るらしく、引越し用のダンボールが廊下のあちこちに積み上げられていた。
昔、衣笠キャンパスから草津キャンパスに移転する時に、学科単位で数か 月間疎開生活を送ったことがあった。そこは大きな会議室みたいな部屋に机が 並べられた、小中高校の職員室みたいな感じの所だった。私は会社員を長くやっ てたので、こういう大部屋暮らしには慣れていたけど、最初から大学教員をやっ ていて個室の研究室しか経験の無い人は大変だったらしい。
工学部の先生などは、共同研究をしている会社に顧問待遇で臨時に個室を 提供してもらったり、自分の縄張りである研究室の学生実験室に籠ったりして、 大部屋には寄り付かない人も多かった。それはそれで良いのだけど、大部屋に 居ついたうえに、誰彼となく部屋にいる同僚に声を掛けて、興奮して大声で喋 り続ける先生が居たのには閉口した。たまりかねた私は、「五月蝿い!静かに しろ!」と怒鳴りつけてやった。
個人研究室はひとりで集中して仕事するには便利だが、孤独に耐えられない タイプの人にはちょっとシンドクて、同僚に声がかけやすい大部屋だと嬉しく なって、ついお喋りに夢中になってしまうのであろう。数理研の疎開先の一部 も、そういった大部屋みたいなところもあるようだけど、、、ま、私が心配し てやることもないか。
研究集会のプログラムを見たところ、昨日と今日の講演は聞いても分かり そうにないので、明日から参加することにして、数学教室の図書室に籠って悶々 と考える。夕方は少し早めに切り上げて帰宅。自宅でまた少し悶々と考える。 悶々と無駄に考え続けてると疲れるので、適当に切り上げてフランス語の勉強 を少し。
さて、今日の1枚は、ハイドンのピアノ三重奏第9番。演奏しているトラゾム
合奏団は、18,19世紀の室内楽の古楽器での演奏を中心に活動しているそ
うだ。ピアノなんかも、あの、ピンシャンピンシャンのフォルテピアノ。別に
古楽器のCDを探してたわけではなく、「ハイドンか、じゃ、ひとつ聴いてみる
か」って感じでARTE NOVA Classics の低価格路線につられて買ってみたら、
「やっぱり古楽器!」だったってわけ。やっぱり古楽器ブームやねえ。
それにしても、このジャケットの幽霊みたいなハイドンの肖像は一体何な
んでしょう。何だか憂鬱そうな目をしてますね。霧の街を歩いていて、目の前
をふとこういうのが横切ったら、かなり怖いですよ。