の
た
め
の
邪
魔
な
広
告
よ け ス ペ ー ス で す。
2009年11月30日(月)
<<そっとついてくる>>
昨日とうって変わって、少し雲があるものの概して天気は良い。こんな日はラ
フマニノフを聴くのもいいかな。時々山科区内をうろついた以外は、自宅で講
義録精読ノートつくり。ややこしいところにさしかかり、なかなか前に進めな
い。昼過ぎには近所のドコモショップに行き、携帯電話の修理を依頼する。夕
方はラクト山科で買い物など。
新聞に秋山仁のインタビューが出ていて、自分は才能が無いのに無理して 数学をやってきたけど、長く続けていると才能はあとからそっとついてくる、 というようなことを言っていた。うーん、この「そっとついてくる」ってとこ ろがミソだな。私はまだ10年ぐらいしか数学をやってないので、「そっとつ いてくる」ところまでは行ってないような気がするな。
週刊現代というオジサン雑誌最新号の宣伝が新聞に出ていて、「ぶち抜き 大企画...大金を稼げる仕事は幸せか」と銘打って外資系金融マン、医者、弁 護士などと並んで大学教授が挙がっていたのには、思わずのけぞった。どうせ 東京近辺の私大医学部や莫大な特許収入のあるごく一握りの理工系教授 あたりをちょいちょいと取材して書いた記事だろうから、あまり気にし てもしょうがないけど。
ちなみに、大学教授をやって幸せなるための必要十分条件は、研究か会議 か教育の少なくともいずれかひとつが好きなことである。私は会議はあまり好 きではなく、教育はまずます好きで、研究は大好きなので、とりあえず今は 幸福な職業生活といえようか。
脳内コックリさんに励む複雑系の皆さんと無理難題の大学当局の板ばさみの 不条理ゆえに脳が歪んだりするので、そう気楽な仕事ではないが、(旧) 情報学科時代のような教員と学生が一丸となった集団イジメ体制の理不尽や、 いつ営業や工場に飛ばされて研究者生命が断たれるかわからない 不安と恐怖に怯えていた会社員時代と比べると、 「うんとマシ」とまでは言わないけど、まあ、こんなもんかなって感じ。
2009年11月29日(日)
<<小さな字を書く>>
陰鬱に曇った寒々とした日曜日。こんな日を楽しくすごすために、ショパンの
ピアノ曲を聴こう。そういえば、最初にエッセンに滞在したのはちょうど今日
のような天気がつづく秋から冬にかけてで、毎日のようにショパンを聴いてい
たように思う。次にエッセンに滞在したのは、カラリと晴れて気分が良い春か
ら夏にかけての頃で、この時はシューベルトに狂った。かように気候の違いで
聴いてみたくなる曲が変わってくるってことは、あると思います!(夏は冷房が
きいた部屋でキース・ジャレットもいいけど、秋風が吹けばはジョン・コルト
レーン、冬の最中はチック・コリアが聴いてみたくなるとか。)
自宅にCDがあるイディル・ビレトのピアノ協奏曲は十分綺麗だし、昨日 JEUGIAさんで聴いたものとの違いがあまりよく分からないから、まあ、 購入は見送ろうかしら。
本日夕方近くまでは、山科区内のスーパーに買い物に出たり自宅でのんび りしたりといった感じですごす。それから、携帯電話の筐体が壊れたので近く のドコモショップに行ってみたが、日曜日の午後とあって長い待ち行列。少し 待ってみたものの、順番が回ってくるまで1時間以上かかりそうなので、諦め て退散。
夕方からは例の講義録の精読ノートづくりを進める。自分の汚い字でも、 後で読み返してなるべく嫌にならないようにするコツは、レイアウトは綺麗に 整え(そういうことなら私にもある程度はできる!)できるだけ小さな字を書 くことだ。大きな字を書くと、汚さが余計目立って益々嫌になる。
そういえば偉い数学者ってのは、黒板の字が病的に小さかったりするけど、 その具体例としてすぐに名前が思い浮かぶ4名の大数学者はいずれもレイアウ トはしっかりしている。何か大事な事が書かれているはずの整然とした板書の 字が(一番前の席からでも!)全然読めないと、次第に腹が立ってきて、私の 数学者嫌いに拍車がかかる。「こいつ、こんな細かい字書きよって。一体何考 えてるんだ?」と。数学者は数学が出来る奴を甘やかす習性があるから、こう いうのが矯正されずに野放しになるのだろう。
ベトナムの数学研究所は講演概要と滞在日程を知らせて以後 何も連絡がない。去年みたいに、またいつの間にか私が外されているのかしら。 「え?お前はもう来なくていい事になってんだよ。知らなかったの?(知らね えよ、そんなこと!)」みたいな。もう飛行機のチケット買ってしまったし、 そういうのって困るんだけどな。
2009年11月28日(土)
<<蕁麻疹>>
数日前から手が時々痒くなり、変だなと思って午前中に行きつけの皮膚科へ。
蕁麻疹(じんましん)と診断され、抗アレルギー剤を処方される。なるほど体は正直だ。最近
はオジサン達と一緒に狭い会議室に監禁されることが多いので、蕁麻疹の一つ
も出るようになったのだろう。私が一番恐れているのは、エレベータが故障し
てオジサン達と一緒に監禁されること。その時は蕁麻疹だけでは済まないと
思う。
自宅に戻って大慌てでドイツ語の宿題の続きをやり、それから京大ルネで 昼食の後、関西日仏学館の図書室などでドイツ語の予習。15時過ぎから16 時前ドイツ語寺子屋塾。
寺子屋の帰りはJEUGIA三条本店をさらっと偵察。ショパンのピアノ 協奏曲第1番の特に第3楽章は華麗で気品に溢れる美しい曲だけど、それが店 内で流れていて、「いいなあ」としばらく聞き入る。そのCDを買おうかしら と思ったけど、そういえば自宅に1枚持ってたから、それを聴き直してから考 えようということで、とりあえず見送り。
ピアノ協奏曲のCDを試聴しようとすると、最初のオーケス トラの前奏の部分だけで終ってしまい、肝心のピアノの部分が全然聴けないこ とが多いので、なかなか選びづらい。その意味で店内でかかっていたCDは要 チェックである。
ところでショパンの肖像は、5月27日に紹介したポリーニのCDのジャ ケットにあるような、ちょっとワイルドな感じのもあるが、もうすこし線の細 そうなかしこまった感じの肖像もあって、それが最近JEUGIAさんの店内 で目につく。そうか、うちの研究室のM君って、ショパンに似てたのか、と。
ふと店内を見ると10月7日に紹介したダイアナ湯川のポスターが貼って あった。14歳でデビュー後、イギリスに9年間居たそうである。あれから見 ないなと思ってたけど、どうりで。最初は誰だかわからず、メイクをしくじっ た安室奈美恵がヤケをおこしてヴァイオリンを弾いてる写真かしらと思った。 兎に角メイクがケバい。あんなホッチキスの10号針みたいな付け睫毛、放っと いてええんかい。誰か「お前、それ、メッチャおかしいで!」ってちゃんと言う たらんとあかんで、と。
夜はスポーツクラブ。久しぶりに「強い爺さん」が来ていて、どう見ても 70代はいってるはずだけど、せっせとベンチプレスをやっていた。それ以外 では、「大人になって強気になったのび太君」も「大人になって弱気になっ たジャイアン」も来ていた。「ドラえもん」の設定では、のび太はあごひげを 蓄えて少しずんぐりした体形の世界的ロボット科学者に成長するらしいけど、 ラクトスポーツクラブの世界ではそうはなっていないようだ。
2009年11月27日(金)
<<がんじがらめ>>
関西日仏の日。大慌てで宿題に着手。すぐには終らず、自宅を出て京大北部生
協喫茶「ほくと」で昼食。それから京大数学教室図書室へ。すこし調べものを
してからフランス語の宿題を片付け、さらに少し例の講義録の精読ノートつくり。
17時前に図書室を出て、耐震工事中の数理研隣、基礎物理研究所通用口前の
「トラちゃん」こと数理研猫餌付け所を視察調査。うーむ、一応餌付け用
具は置いてあったが、数理研猫の姿は見えず。
それから関西日仏学館図書室に移動して、授業の予習など。図書室1階に はフランス語学習コーナーが設けられているが、ここにしばらく前から怪しい 男が通い詰めている。どうやら独学でフランス語を勉強しているようだが、今 日は図書室の本に付属しているCDROMを借り出して、その場で音読の練習 を始めた。怪しさに符合する怪しい声。 彼の声を聴いたのは初めてで、ちょっと珍しいので最初は興味を持 った。しかし、いつまでもいつまでもブツクサ音読しているので、 「黙れ!アホ!そんなことは自宅でやれ!」と頭でもしばいたろかと思いつつ退散。
隣の京大ルネで少し早めの夕食後、しばし書籍部を偵察し「統計でウソを つく法」(ダレル・ハフ、高木訳、ブルーバックス)を購入。18時45分か ら21時までフランス語の授業。今の先生は12月一杯で関西日仏を退職し、 本務校の某大学の仕事に専念するそうだ。受講生の1人はおおいに衝撃を受け、 「もう関西日仏の講座に通うのやめようかしら」と嘆いていた。1月からは新 任の先生が来るらしい。
ところで今日の例文の圧巻は、これ。
"Vous vous sentez
quelquefois jugé? "
(直訳すると)「貴方は時々誰かに審査(評価)
されていると感じますか?」
jugéはjugerの過去分詞だが、英語のjudgeと同義で、裁判官などが 審査して評価すること。なるほど、相手を値踏みすることだな。 私は思わず、次のような図を思い浮かべた。専門分野が違う初対面の数学者同 士が出会った時、その時はあたりさわりの無い態度に終始し、後でMathSciNet のデータベースで相手の研究業績を調べ、ああ、こいつは俺より格が上だから 頭が上がらないなとか、かなり下だからこれからはまともに相手しなくていい だろうとか評価し、専門分野が同じだとそんなことをしなくても何となく俺よ り上だの下だのと評価が済んでいて、それやこれやでお互いの評価合戦と腹の 探り合いでがんじがらめになっている。かなり私のバイアスがかかっているの で、事実かどうかは知らないけど、これが私の数学業界のイメージ。まあ、こ んなイメージを持っているから、数学は好きだけど数学者は嫌いだ、みたいな 話が出てくるわけだ。それで、
"Oui, je me sens toujous que je suis
jugé par tout le monde, quand je suis avec des
mathématiciens."
(数学者たちと一緒に居ると、いつも全ての人々から
陰で審査されているような気分になります)
と答えたくなったけど、微妙に間違い。先生の説明では、どうやら 誰かとあまりうまく行ってなくて、相手がどう思っているか、自分に対して何か 否定的なことを思っているのではないかと気になる状態などを 意味するらしいが、もひとつピンとこない。だったら、たぶんこれかな。
"Oui, je me sens toujous que je suis jugé par tout le monde."
単に「数学者たちと一緒に居ると」の部分を削除しただけ。これは、 全世界を敵に回して戦争をしていた頃の心境。めでたいことに、 今は停戦状態。
帰り道は、ブラックニッカ・クリアブレンドハイボール(250ml)の 路上飲酒。帰宅は22時過ぎ。その後、明日のドイツ語の宿題に着手。
2009年11月26日(木)
<<怖い顔>>
昼頃野暮用のため山科駅前に出た以外は、夕方頃まで自宅で講義録読みなど。
森重文先生の写真が久しぶりに新聞に出ていた。科学技術予算の軒並み削減案
に強く抗議するノーベル賞科学者たちと一緒。厳しい表情。フィールズ賞受賞
当時は、賢くてかわいい坊やがそのまま大人になったみたいな、暢気そうな雰
囲気があったけど、最近の森先生は何故かああいう怖い顔をされていることが
多い。
森先生は私の元指導教官の通夜でもあんな表情をされていた。それは当 然だろうって?まあ、当然なんでしょうね。でも私なんかは「この野郎とうと うくたばりやがったか。ざまあみやがれ、ばーか!」って顔してたかも知れな いな。何?高山先生も最近は怖い顔をしていることが多いって?それは単に脳 が歪んでるからだよ。
18時半から20時までの講演を聞くために18時前に出勤。Ritsで は「代数・表現論セミナー」なるものがあり、金曜日の夜に不定期に開かれる。 金曜日は関西日仏のフランス語とぶつかるため普段は参加しないのだが、珍し く木曜日に開かれたため顔を出した。今日は代数でも表現論でもない微分トポ ロジーの話だったが、結構面白かった。参加者の顔ぶれを見ると専門がばらば らで、研究セミナーというよりは談話会って感じ。談話会なのに話の内容は研 究セミナー・レベル。
南草津駅前で適当に夕食をとって、22時頃に帰宅。その後も講義録の精 読ノート作りを少し進める。しかし昔から字が下手なので、自分の手書きノー トはいくら丁寧に書いた積もりでも、後で読み返す気が起こらない。だから、 私にとってノートは、ほとんど勉強の抜け殻、あるいは勉強の排泄物みたいな もの。作る時に勉強して、作ったらそれでおしまい。
2009年11月25日(水)
<<愛人>>
水曜日の朝としては珍しくR琵琶湖線は平常運行していた。電車の遅延を見込
んだ予定より半時間ほど早い10時過ぎに出勤し、10時40分から大学院の
講義。今や唯一の受講生であるうちの研究室のM君とルべーグ積分のゼミ。M
君と私とでは専門の代数方面では全く趣味が合わず、彼は気乗りのしないもの
は頑としてやらない人である。そして彼が大学院に進学してきたときに、私が
付き合える範囲であれこれゼミのテーマを提案したのだが、全て拒否されてし
まった。しかし不思議なもので、どちらにとっても専門外で今までほとんど勉
強したことのないルべーグ積分ではちゃんと折り合えて、何とかゼミが続いて
いる。
研究室こそこそ昼食の後、13時から14時30分まで臨時卒研ゼミA (可換環論・代数幾何学)。その後14時40分から16時10分まで2回生 の群論の講義。ひと息おいて16時30分から教室会議。かなり白熱した議論 が展開し始めていたが、途中抜け出して18時から19時20分まで来年度の 学外研究予定者のための説明会。その後戻ってきたら、まだ教室会議をやって いて、ちょうど終ろうとしているところだった。生協食堂で夕食をとり、20 時過ぎに大学を発つ。22時前に帰宅。それから、今日の授業の記憶が新しい うちに、来週の群論の講義の準備を終える。
G.フォーレの組曲「ドリー」(何かクローン羊みたいな名前だな) 第4曲目の「キティ・ワルツ」 (Kitty-valse)はいい曲だが、キティ・フリークの私は曲を聴く前に題名に反 応してしまう。しかし「キティ」は猫ではなく、後にドビュッシーの妻となっ たフォーレの愛人の犬の名前Kettyに由来するそうだ。で、ドビュッシーが 「喜びの島」を作曲した時、彼は妻を実家に帰し、世間の非難もものともせず に愛人と喜びの逃避行を続けていた。でも奥さんは実家に帰さずにフォーレに 返せばすむことじゃん!って、まあ、そんなに簡単な話じゃないよね、きっと。 「喜びの島」は先日の東京出張のついでに立ち寄ったコンサートで初めて聴い たけど、確かに「ヨ・ロ・コ・ビの島 \(^_^ )( ^_^)/」って感じの曲だったな。まったく、 どいつもこいつも愛人といちゃいちゃしよって!
2009年11月24日(火)
<<教授会>>
昼前に出勤。JR琵琶湖線は平常運行。研究室こそこそ昼食の後、すこし雑用。
12時40分から14時過ぎまで卒研A(可換環論・代数幾何学)。ひと息つ
いて14時40分から16時過ぎまで卒研B(初等整数論)。またひと息つい
て16時半から教授会。
膨大な人事案件以外では、各研究室に毎年10数人単位で入ってくる沢山の 院生の教育をどうするかについてかなり議論していたようだ。しかし、在職 18年で院生総数3名(形式的に指導教員をしていただけの学生は除外している) で、このぶんだと定年退職までに2名程度の院生を指導することになるかなという 私にはほとんど関係ない話。教授会の議題には、こういうのが多い。
居眠りをしたり講義録読みの内職をしたりしているう ちに、会議は19時20分頃に終了。膨大な数のオジサンたちと一緒に長時間 会議室に監禁されると、さすがに疲れる。生協で夕食をとり、すこし雑用をし てから大学を出る。帰宅は21時半頃。夜も少しだけ精読ノートづくりを進め る。
2009年11月23日(月)
<<特許のノルマ>>
昨日とうって変わって、今日はよく晴れて、昨日よりも暖かい。午前中はMP
Iのサイトで向こう半年間の招聘研究員に決まった人のリストを調べる。この
数日で50名以上増えてる。10ヶ月先に訪問予定の私の分は、いつ処理され
るのかしら。午後は、夕方頃に西友山科店に買い物に出た以外は、自宅で講義
録精読の続き。ハノイに出発するまでに半分ぐらいは読破しておきたいのだけ
ど。明日から可換環論シンポジウムだけど、今年はパスしようと思う。
会社員時代の終わり頃、社外での研究発表は事前に特許を書いて出さない 限り認められなくなった。技術管理課みたいなところに、発表予定の論文と特 許申請書の両方を揃えて出さなければ、出張許可が下りないのである。 それまでは、方式設計や商品開発をやってるところならともかく、理論研究 をやっている私には特許なんて関係ないと思っていた。しかしIBMが数理計画法 か何かのアルゴリズムで特許を取り、IBMショックだとか日米特許戦争突入みた いな事が言われて始めてた頃なので、技術管理課は理論研究でも必ず特許が書 けるはずだと無理難題を言ってくる。
これにはほとほと閉口した。数学の定理から特許をひねり出す違和感も さることながら、理論研究の競争の激しい分野だと国際会議の投稿締め切りぎりぎ りに論文が書き上がることも多く、特許申請書まで書けというのは「論文を出すな」 と言われるのにも等しい。さらには年間何件という特許のノルマも全社的に導入さ れ、仕方なく愚にもつかない特許をいくつか書かされた。全くIBMも余計なこと をしてくれたものだ、と。
それから、会社で論文などを読んでいると、上司から「そういうことは自 宅でやれ。会社では手足を動かしてモノを作れ」と言われたものである。週1 回の定例ミーティングでは必ず、開発線表に沿った作業の進捗状況の報告を求 められた。理論研究をしている私にそういう事言われてもなあと困 惑したものだが、しょうがないので自分の作った理論を応用したソフトウエア を開発して、色々実験しながら理論研究を進めるようにした。それはそれで結構 良かったし、その後計算機屋をやめるまで私の研究スタイルの基本にもなった。しか し研究スタイルはテーマや研究の段階によって柔軟に変わるべきものであり、 会社の長い拘束時間にひとつの研究スタイルだけに縛られるのは窮屈である。
そうこうしているうちに会社の研究開発計画策定の方針が変わり、2,3 年後に何億円の利益を生むかの見積書を提出しなければ研究計画は認めないと いう方向に話が進み始めたので、これはもう私のような人間がやっていける場所 ではないなと思うに至った。
それやこれやに嫌気がさしたこともあって、10数年前に会社をやめて大 学に移ったのである。出張に関しては年々うるさいことを言われるようになっ てきたが、それでも自由に研究や研究発表ができる大学教師の身分は有り難い と思う。
2009年11月22日(日)
<<精読>>
寒々と曇った日曜日。時々雨も。昼過ぎと夕方に山科区内に買い物に出た以外
は、自宅でゆっくりとすごす。数学の方は、ちゃんと読まないといけないなと
以前から思ってた某講義録を、ノートを取りながら精読開始。
まあ、ちゃんと読まねばならない本は沢山あって、私のように次々と専門 分野を変えたくなる病気の持ち主の場合は尚更である。でもそういうのを全部 ちゃんと読んでたら、それだけで人生が終ってしまいそうだから愚図愚図と先 延ばしする。そのうち本当に読まねばならないものと眺めるだけで済ましても 良いものの区別が見えてくるから、慌てて読まない方が良いのだが、タイミン グを誤ると「その時にはもう人生が終ってた」なんてことになりかねない。ま あ、「終ってた」ら終わってたでいいんだけどね。
たぶんエリート研究大学だと、頭のいい大学院生がそういう本をバリバリ 読みこなしてゼミなどで教えてくれて、色々便利なんだろうけど。Ritsでも確 率論の院生だけは沢山居るから、その人的資源を利用しない手はないと思い、 大学院の講義でルべーグ積分のゼミを始めたのだけど、受講生が次々と逃げて 行って、結局うちの研究室のM君だけになった。まあ、講座の看板通りに代数 の授業をしても、結果的に同じ状態になるから、べつにいいんだけど。
新聞の書評を読んでたら、天才とアスペルガー症候群の関係を論じた本が 取り上げられていた。そこではこの症候群の特徴は「共感性の欠如」と 「想像力の障害」だとしていたが、その意味するところはどういうこと なのかしら。私などは、例えば「ちゃぶ台返しの頓珍漢オヤジ」に 「共感性の欠如」と「想像力の障害」を感じてしまうが、そういうのは アスペルガー症候群なのだろうか。たとえそうだとしても、別にどうなるもの でもないんだろうけど。いずれにせよ、私が知ってる「ちゃぶ台返しの頓珍漢オヤジ」 たちが天才だとは、とても思えない。
京大が来年度から授業で「社会常識」を教えるそうだ。何でも歩道を猛スピード の自転車で走ってはいかんことも教えるのだそうで、これで自転車よけに傘を振り 回しながら歩かなくても良くなるかな、とちょっと期待。
2009年11月21日(土)
<<ノイシュヴァンシュタイン城>>
一週間も経たないうちに、また新しいCDを買ってしまった。お前はまだ人生に疲れ
ているのかって?いや、そうでもないんだけど。JEUGIA三条本店でドビュッシーの
「喜びの島」が入ってるCDは無いかしらと捜しているうちに、ふとラフマニノ
フの「音の絵Études-Tableaux」を見つけ、最近のラフマニノフ贔屓と
詩的な和訳題名に気を良くして衝動買い。いかにも最近のEMIらしい、手抜き
気味のジャケットの下の方に描かれている天使みたいな絵。なんかこんな顔し
たおばさんって、よく見かけるな。
本日ドイツ語寺子屋塾の日。京大ルネで遅めの昼食の後、関西日仏学館図書 室でしばしドイツ語のウオーミングアップ。今日は久しぶりに独仏・仏独辞典 で昨日のフランス語の復習がてらにドイツ語の勉強。今日の授業では、私が ノイシュヴァンシュタイン城"Schloss Neuschwanstein"を知らないというので、 皆さんかなり驚いていたようだ。
私:"Schloss Neuschwanstein? Was ist das?
(ノイシュヴァンシュタイン城?何、それ?)"
皆さん:"Kennen Sie nicht? (知らないのですか?)"
私:"Nein! (知りません)"
皆さん:"Wirklich? (本当に?)"
-- しつこいな。知らないんだってば!--
私:"Genau. Ich habe keine Ahnung... (ええ、何のことだかさっぱり...)"
皆さん:"Ehrlich? Ha ha ha ha ha....(本当ですか?ハッハッハッハー)"
-- おい、お前ら何が可笑しいんだよ。
驚くことはあっても、笑うような話ではないだろうに 。
私:"Gibt es viele japanische Touristen da?
(そこには日本人観光客が一杯いるのですか?)"
皆さん:"Ja. Das ist auf Romantische Strasse. (ええ。それはロマ
ンチック街道にありますから。)"
私:"Ah, so. Romantische Strasse.
Also, ich habe keine Interesse an den Orten, in den
viele Japaner befinden sich. (ああ、ロマンティック街道ね。
まあ、私は日本人が沢山押しかけるところって興味ないです)"
皆さん:"Trotzdem... (だからと言ってさ...知らないなんて)"
私:"Ist das berühmt wie Effelsturm in Frankreich, oder?
それはフランスのエッフェル塔と同じぐらい有名なのですか、それとも...?"
皆さん:"Das ist berühmt wie Oktoberfest.
(オクトーバー・フェストと同じぐらい有名です)"
うーむ、オクトーバー・フェスト(ミュンヘンの10月祭)と同じぐらい有 名なものは全部知ってなければならないとするならば、それは私にとって過酷 な人生だと言わざるをえないな、と。
授業の後はJEUGIA三条本店で上記のCDを買い、夜はスポーツクラブへ。と、
居ました!ロードランナー逆走男!彼はこの2年以上の
間、たまに姿は見せても逆走は決してしなかったのだが、今日は久しぶりに
逆走トレーニングをしていた。さらにはJOBA(乗馬)マシーンを使っている
時に、マシーンにまたがってなにやら喜びの踊りみたいなのを踊っていた。
うーん、久しぶりに凄いものを見てしまった。長年辛抱強く待っただけの甲斐が
あったね。
2009年11月20日(金)
<<猫かぶり>>
マックス・プランクに落とされたら何処に行こうかしらと、午前中はネットで
来年度の高飛び先を色々調査。正標数の代数幾何学と消滅定理まわりをやるの
なら、やはりフィーベック、エノー両先生が居るエッセン大学が良さそうだ。
しかし前回の滞在で苦労したように、エッセン大学はビジターにとって図書館
や計算機設備が使いにくいのが悩ましい。それに、弟子達はともかくとして両
先生自身は最近は数論幾何学に興味が移っているようだし。
それから、卒研ゼミB(初等整数論)の補講といくつかの雑用をこなすため に、昼前に出勤。JR琵琶湖線は正常運行していた。13時から14時半の卒研 ゼミの前後に、徳島大学の集中講義ノートや資料のバックアップ用コピーをとっ たり、生協でベトナム行きチケットを受け取って出張手続きの事務処理をした り。
15時半頃に全てが終り、フランス語動詞活用形の復習をしながら関西日 仏学館に移動。図書室でフランス語の予習をしたり、隣の京大ルネで少し早め の夕食を取ったり。18時45分から21時前まで、フランスの授業を受ける。 二人ずつペアになって会話練習をするのだが、「私はとてもお喋りな人間です から ... parce que je suis très bavard.」と言ったら、相手の人は 「本当ですか? C'est vrai?」と驚いていた。別に関西日仏で猫かぶってるわ けじゃないけど、まあ、気が向かなきゃあ永遠に喋らないんだよ、と。この猫 かぶり癖は、どうも父親譲りのようで、死ぬまで治りそうにない。
関西日仏の帰りは地下鉄京都市役所前駅まで徒歩。タカラ缶チュウハイ(レ モン味)250mlを路上飲酒。帰宅後は明日のドイツ語の予習など。
2009年11月19日(木)
<<完成>>
午後に大丸山科店に買い物に出た以外は、終日自宅。ベトナム行き航空券手配
の件、卒研配属の件、一時金訴訟の件などで、メールのやりとりを少し。それ
以外は徳島大学集中講義ノートづくりに励み、面倒な計算を含む11ページを
書き終えて、一応完成。とりあえず懸案のひとつは片付いた。
ところで、ここ1,2年、自分は教員志望だから卒研では初等整数論を勉 強したいですという学生が増えてきたような気がする。以前は教員志望の学生 の希望は色々で、トポロジー、グラフ理論、計算機代数、代数幾何学、数理論 理学などなど、それぞれ思いおもいの分野を勉強し、中学高校の数学にはない 現代数学の奥行きに触れて巣立っていった。
教職志望者が卒研で初等整数論を学ぶことは、一つの選択としては良いこ とだが、ひっかかるところもある。まあ、学生の選択にいちいち口を挟む積も りはないが、多くの学生が異口同音に「教職志望だから初等整数論」という事 を言い出してきたところを見ると、「初等整数論は教職に有利」だとか「教職 につくなら初等整数論以外は勉強しても無駄だ」とかいった大嘘を誰かが吹い て回っているのではないかという気がしないでもない。大学人がそんなことを 言うわけないから、あるとすれば大学の外の人かな。それとも学生間で自然 発生して広く信じられている噂話か。
それにしてもマックス・プランク(MPI)はどうなってるんだ?MPIのホーム ページには「向こう6ヶ月間の来訪受理者リスト」なるものがあって、それが 毎日更新され数名ずつ追加されている。まあ、10ヶ月以上先を希望してい る私の分は後回しなんだろうけど、11日の人事委員会でもう結果だけは出て いるはずである。採否の結果だけでも教えろとメールで問い合わせることも考 えられるけど、結果を聞くのが怖いので、毎日MPIのホームページを眺めて 「蛇の生殺し」状態というか「カエルの釜茹で」状態に耐えている気の小さい 私。
2009年11月18日(水)
<<書き進む>>
午前中から授業があるので、9時過ぎに自宅を出る。昨日の仮説どおり、JR琵
琶湖線は15分程度遅れていた。10時40分からの大学院の授業の受講生は、
とうとう私の研究室のM君だけになり、しかも彼はインフルエンザでずっと寝
込んでいたらしく、予習をしてきていない。そこでルべーグ積分のゼミはやめ
て修士論文の相談。論文の表題や目次案を決めたり、過去の修士論文のコピー
して渡して論文の体裁を説明したりしているうちに、終了時間の12時10分
がくる。
研究室こそこそ昼食を挟んでの昼休みは、徳島大学集中講義のノート作り。 4ページ書き進む。それから14時40分から16時10分まで、2回生の群 論の講義。来週で有限生成アーベル群の基本定理を終えられそうだ。それから 交換子群の話をちょっとして、12月からシローの定理の話に入る予定。
16時30分から18時過ぎまで教室会議。その後、生協食堂で夕食をとっ てから帰宅。夜も集中講義のノート作り。一気に11ページ書き進む。隠れマ ルコフ過程を使った言語モデルと確率計算アルゴリズムを、具体例を通して学 ぶ趣向のものだが、明日じゅうに何とか完了したいものだ。
2009年11月17日(火)
<<ムードにひたる>>
卒研ゼミのため、昼前に出勤。雨が降っているからJR琵琶湖線は遅れるだろう
と思って早めに自宅を出たが、意外なことに正常運行していた。琵琶湖線の遅
れ方について法則性が見出せれば防衛策がたてられるのだが、どうやら「雨
が降っているから遅れる」とか「3日周期でダイヤが乱れる」といった単純な
ものではないらしい。今のところ、「水曜日の午前中は、非常に高い確率で1
5分から30分程度遅れる」という仮説を立て、鋭意検証作業中である。
12時40分から14時20分ごろまで卒研A(可換環論・代数幾何学)。 14時40分から16時まで卒研B(初等整数論)。その後ひと息ついて、1 6時半から教授会。学部長選挙の投票をしてから17時前に抜け出す。17時 より別の作業委員会。20時半頃にようやく終了。帰宅は22時前。夜は徳島 大集中講義ノートを2ページ半書き、以前書いた部分の計算間違いを訂正する。
研究集会の良いところの一つは、わからないなりにも色々な講演を沢山聞 いていると、何となくその分野のムードがわかってくることである。ムードが わかったからと言って自分の研究が進むわけではないけど、自分や自分の周り の様子が見えてくると自分の進むべき方向が見えてくる、、、ような気がして くる。実際に見えてくるかどうかは、知らないけど。そういう意味で、数学者 にとってあちこちの研究集会に出向くことは大事なことだと思って、数学者嫌 いの我が身にムチ打って、あちこち出掛けてるんだけど。
2009年11月16日(月)
<<海外出張>>
昼頃に出勤。大学からしかアクセスできないデータベースでちょっとした検索
をしたり、出張報告書を書いて提出したり、図書館で本を借りたりといった雑
用を片付ける。しかし今日出勤した一番の目的は、ベトナム行きの航空券を予
約すること。これは私にとっては結構面倒な話で、出張申請書につまらぬケチ
がついていて本当に受理されるかどうか微妙なため、学部の偉い先生を捕まえ
て直談判しなければならないし、予算執行のための事務手続きの細かい点を生
協と事務の間を行ったり来たりして確認しないといけないし、こういった大学
の手続きのことでゴタゴタしている間に割引航空券がどんどん売り切れてしま
うし、場合によっては生協では色々面倒かもしれないから、以前使っていた旅
行業者に連絡を取る必要が出てくるかもしれない。
色々動き回った結果、事務手続きの方の目処は立ち、航空券もあまり安い ものではないけど、生協の旅行カウンターで何とか確保できた。今までは 全て旅行業者任せにしていたけど、こんな風に一度自分でやって一通りやり 方がわかったから、これからはもっと要領良くできそうだ。
計算機屋の頃はちょくちょく1、2週間程度の海外出張をした。計算機科 学業界では、国際会議で講演される研究論文のほとんどが一般公募で、発表件 数に制限があるため数倍程度の競争率ではあるが、審査にパスすればどんな 無名の研究者でも研究発表できる。審査期間が1、2ヶ月程度と短かいため 作業が雑になったり、ライバルの論文を不当に酷評して採録拒否にする 審査員がいたりして、ともすれば首を傾げたくなるような審査もないでもな かったが、まずまず風通しの良いオープンなシステムだと思う。
それに対して数学の場合は招待講演が原則で、会議の運営委員が自分の気 にいった人に声を掛けたり、それぞれの分野の大御所から推薦のあった人を講 演者を選ぶことが多いようだ。そのため、日々沢山の数学者が膨大な論文を 生産しているけれど、国際会議などで研究発表する研究者は一握りの 「いつもの顔ぶれ」に限られる傾向にある。
そういった制度の違いがどう影響しているのか知らないが、計算機屋の1 0年間に合計数回程度海外出張したが、数学に転向してからの10年余りで短 期の海外出張はこれが初めてである。航空券の手配で色々戸惑うのも、それが 一番の理由。そのかわりドイツに半年とかいう風な、纏め買い的な「高飛び」 をするようになったが。
夜は今週と来週の分の水曜日の群論の講義の準備をし、 徳島大集中講義のノートを 1ページ半書く。