の
た
め
の
邪
魔
な
広
告
よ け ス ペ ー ス で す。
2009年9月15日(火)
<<古文書を漁る>>
さて今日もいきなり本日の1枚。アルフレッド・ブレンデルの、シューベルト
の「ピアノ・ソナタ第13番D.664」および「ピアノ・ソナタ第4番D.
537」。ブレンデルらしいと言いましょうか、聴いていてだんだん苦しくなっ
てくるような、全く隙を見せないシューベルト。
本日午後からの会議のため、昼過ぎに出勤。会議の前に、出張報告書を書 いたり、予約しておいた本を図書館で受け取ったり。それから、例の講義録解 読のために、研究室の書棚からA. Weilの"Foundation of algebraic geometry"とか中井・永田「代数幾何学」(共立出版)といった「古文書」文 献を引っ張りだした。私の学生時代には、もうEGAを読まなくても ハーツホーンやマンフォードのスキーム論の教科書が出ていたし、こういうE GA以前の古いスタイルの代数幾何学は「噂で聞いている」程度にしか知らな いのである。
会議はかなり突っ込んだ議論が展開され、17時頃にようやく終る。それ から図書館に行って、古い論文を2つばかりコピー。そのうちの1つは京大の 紀要が発刊される前の"Memoirs of the College of Science, University of Kyoto, Series A". 古いマイナーな雑誌というイメージを持っていたけど、 ザリスキーやアビヤンカーなど錚々たる面々の論文が掲載されており、 その水準の高さにはちょっ と驚いた。しかも、京大数学科の図書室には置いてなかったのに、Ritsの 図書館ではちゃんと揃っているところが、また驚き。
3つ目の論文はマイクロフィルムで保存されているとか。マイクロフィル ムで古文書を読むなんて、文系の研究者みたい。係の人に利用の仕方などを聞 いてみたけれど、プロジェクターが遠くにある文系用の図書館に行かないと無 いなど、色々面倒そうなので、今日のところは見送る。
夜はドイツ語のテレビ放送をすこし見たり、「古文書」を眺めたり。
ところで、このジャケットの写真で、ブレンデルの後ろに変な巨大人形が
置いてあって、ブレンデルがちょっとそっちの方を伺うような茶目っ気のある
表情をしている。この人形は一体何なのか?意味がわからん。その昔、宇宙人
が降り立って部族間の争いを鎮めたという伝説にしたがって作られた、アフリ
カの魔除けの人形?
2009年9月14日(月)
<<幻の研究集会に潜入>>
さて今日もいきなり本日の1枚。ご存知、フジ子へミングの「奇跡のカンパネ
ラ」。「ラ・カンパネラ」「ハンガリー狂詩曲」をはじめとしてリストの有名
な曲がいくつか、そしてショパンの曲も「ノクターン」など3曲入っている。
これも、クラシック音楽にハマる前に買ったCD。最初、てっきり「奇跡
のカンパネラ」という曲があるのだと思っていたが、このタイトルにはフジ子
へミングの奇跡的な経歴の意味が込められていると知り、「てやんでい!
俺サマだって、数学者としての経歴の奇跡性にかけては、負けないぞ!」と
妙な対抗心が刺激されて、しばらく聴かずにいた。
本日、幻の研究集会に潜入。予想通り、ほとんど仲間内だけの研究集会だ が、仲間内だけで数十人集まるところが、さすが多数の院生やポスドクを擁す る京大。開始時間もわからなかったので、適当に11時前に顔を出したら、既 に9時半から始まっているようだった。明日の講演が一番面白そうだけど、明 日は大学に出勤しなければならないし、ま、この研究集会は私には縁遠いもの としてやりすごすことにし、午後は数学教室の図書館に籠る。例の講義録を突っ 突きまわすも、よくわからず。古い講義録なので、今ではあまり使われていな い概念を暗黙のうちに使っている。そのことが解読に梃子摺る原因だとわかっ てきた。明日は大学の研究室に置いてある「古文書」系資料を少しあたってみる 予定。
それにしても最初、「フジ子へミングって、若い頃はどうだったか知らない
けど、今はデカダンスというか、デスパレートというか、バガボンドというか、
ぼろ雑巾みたいな格好したオバサマだな」と思っていた。しかし、ある時、
あるところで、「彼女は結構お洒落である」という一文を読み、一瞬目を疑った
のだが、次の瞬間に我が身を恥じた。その辺に出ている写真を色々見ても、
確かにかなりお洒落な人である。見えてても見てないとは、まさにこのこと。
2009年9月13日(日)
<<我が身にムチ打つ>>
さて今日もいきなり本日の1枚。カールべーム指揮ウィーン交響楽団、ヴウィ
ルヘルム・バックハウス(ピアノ)、エマヌエル・ブラベック(独奏チェロ)
で、ブラームスの「ピアノ協奏曲2番作品83」。まあ、ここで紹介するCD
もそろそろ底をついてきたし、「オーケストラ音楽は嫌いだ」なんて言ってら
れないのである。しかし改めて聴いてみると結構美しい曲だ。以前コンサート
ホールに居た変なオジサンが、もうひとりのちょっと変なオジサンに、ウィ−
ン交響楽団には独特の「訛り」があると話していたが、それは一体何なのかし
ら。他の演奏と比べたことは無いものの、この曲はもうちょっと速く演奏して
もいいかなって気がしたけど、そういうことかしら。
さて、本日、山科区内のスーパーで買い物をしたり、フランス語の宿題添 削の見直しをしたりしてるうちに15時を過ぎる。それから我が身にムチ打っ てスポーツクラブへ。何で「ムチ打つ」必要があるのか。マゾだから?ブーッ (間違い)。正解は、「運動が嫌いだから」。馬鹿みたいに体動かしてる暇が あれば、音楽を聴いたり数学を勉強したり、街を彷徨ってる方がうんと気がき いている。そうは言っても週に1度ぐらいは筋トレなどをしないと、なかなか 体調が維持できない。
スポーツクラブには、最近ご無沙汰(?)の「強い爺さん」が来てたし、 「僕脱いだら凄いんです!」のぴちぴちモッコシ短パンのおナル兄さんも来て いた。兄さんといっても、あれは40歳は過ぎてるな。モリモリ筋肉のうえに、 さらに綺麗な小麦色に日焼けなんかしちゃって、益々おナルぶりに磨きがかかっ ているような。ま、こんな風に何か面白いことを見つけないと、スポーツクラブ なんて続かんもんです。
夜は少しドイツ語を勉強してから、また少し数学。例の講義録の難しいところにさしかかり、押しても駄 目なら引いてみな式に、色々突っ突きまわす。
それにしても、このジャケットの写真は、バックハウスに特別な思い入れ の無い私にとっては、もひとつ感動しない。何だか、学級崩壊状態の小学校の クラスで、産休を取ってる担任の先生の代講でやってきた定年間際の校長先生 が、音楽の授業で誰も聴いてないピアノを弾いてるみたいな図ではないか。 こらーっ!そこの餓鬼ども、バックハウス先生の美しいピアノが耳に入らぬか、と。
私が持ってるCDでは、菜の花畑の黄色の絨毯の果てに小さな白い教会と
低い緑の木々が控えめに見え、その後ろには雲ひとつ無い青く明るい空が広がっ
ているという風景写真が上半分を占め、下半分は白地に小さく曲名が書かれて
いる。まだクラシックのCDなんんてほとんど持ってない頃に、例によって、
ジャケットの写真が綺麗だし、「ブラームス」の名前を聞いたことがあるからとい
うだけの理由で買ったもの。
2009年9月12日(土)
<<仕手筋・通好み?>>
さて今日もいきなり本日の1枚。ザビーネ・マイヤー率いるトリオ・ジ・クラ
ローネの"UNA VOCE...PAR CLARONE"(イタリア語はわからん!). モーツァル
ト、ロッシーニ、ベートーヴェン、ウェーバーなどのオペラの曲が色々入っ
ている。トリオ・ジ・クラローネって、ザビーネ・マイヤーに、同じくクラリ
ネット奏者の夫と兄を加えた抱き合わせ販売みたいに思えて、ながらく敬遠気
味だったけど、最近はこれはこれでいいもんだと思っている。
本日、京都市内某所で開かれたコンサートを聴きにいくために、昼前に自宅 を出る。会場近くで昼食をとり、2時間半のコンサート。某音大の同窓会 のようなコンサートで、当然ながら聴衆はプロかそれに近い人が中心。そのせ いか、どうも演奏する曲の選び方にひと癖もふた癖もあって、通好みというか 仕手筋というか、あまり聞いたことのない作曲家の曲や、聞き覚えのある作曲 家でも、こんな曲を一体どこから捜してきたのかと思う曲が多くて、面白かっ た。まあ、私が知らない作曲家や曲の方が圧倒的に多いのだから、実はそんな に珍しい選曲でもなかったかもしれないけどね。
帰宅後、夜は昨日添削して返してもらった、フランス語の宿題の見直し。 膨大な量の例文を書いて、膨大な間違いが指摘されたので、今晩で全部は終ら ず。数学の方は、例の講義録を地下鉄の中や昼食で入ったファミレスで少し眺 めた程度。
このジャケットの写真に写っている皆さん、いずれも過去にそれに似た人
が身近にいたような気がする。もっとも、「似ている」といっても、例によっ
て「私の心象風景の中では同じに見える」ってやつで、
私と同じような脳の歪み方をしている人でないとわからないと思われる。
しかしこの写真のザビーネ・マイヤーさまだけは、年格好や顔立ちも含めて、
国立研究所時代にお世話になった事務部門のアルバイト職員Sさんの再来みた
い。いつも明るい姉御肌の、よく気のきく人だったので、皆に慕われていたけ
ど、今どうしてるかしらね。
2009年9月11日(金)
<<幻の研究集会>>
さて今日もいきなり本日の1枚。ミシェル・ベロフとジャン・フィリップ・コ
ラーの四手ピアノでドビュッシーの「小組曲」。どういうわけか、この曲のC
Dは、これ以外は見当たらない。数年前にあるコンサートでこの曲を初めて聴
いて、私はいたく感動したのだけど、玄人筋には散々な演奏で、「あんなのは
ドビュシーでない」とか言われていたそうである。では一体どんなのがドビュッ
シーなのかを知る唯一の手掛かりとして、その後このCDを手に入れたので、
彼らの演奏をもう一度聴いてみたいと思っているのだが、その機会はまだ訪れ
ていない。
本日午前中はドイツ語のテレビ放送を聞いたり、フランス語の予習をした りして、昼過ぎに京大へ。ルネで少し遅めの昼食の後、関西日仏学館の図書室 へ。フランス語の予習をしたり、例の講義録を突っ突き回したり。
夕方には数学教室に行って、来週そこで開かれる研究集会「アバンダンス 予想の代数、解析両面からの研究」のプログラムが掲示されていないか見に行 く。ずいぶん前から予告されているにもかかわらず、少なくともネット上では 開催日と場所以外の情報は一切公開されていない。京大の掲示板なら紙に印刷 したプログラムが貼ってあるだろうと思って行ってみたら、ちょうど事務員さ んたちが「来週から始まるはずなのに、なぜプログラムが来てないのだろう?」 と騒いでいた。これはまさに幻の研究集会だな。
それから、少し足をのばして「トラちゃん」こと数理研猫の調査も行った が、数理研の建物はとうとう耐震工事用のフェンスで完全に遮断されてしまい、 数理研猫の餌場兼寝床もフェンスの中。どうしたものかと周囲を見渡すと、隣 の基礎物理研究所の通用口の近くに、キャットフードの入った銀色の皿だけが おかれていた。では、ダンボールの寝床と水飲み用の皿はどうなったのか? さらなる調査が必要だ。
調査活動を終え、再びルネに行き、少し早めの夕食。そして関西日仏学館 に戻りフランスの授業。21時過ぎに終了し、帰宅は22時すぎ。
このジャケットの写真を見てると、彼らが洞窟を飛び交っているコウモリ
に見えてくる。特にコラーのピアノ弾いてるところなんて、何か黒い鳥みたい
なのが飛んでるみたい。ベロフは、この当時はまだ、9月3日に紹介し
たZoltan Koscsis 系の「昔風の美青年」みたいに写っているけど、
最近出たCDのジャケットでは、立派なおじさん顔でこちらを睨みつけ
ている。人の顔を眺めるのが大好きな私にとって、格好の研究資料のひとつだ
けど、そのCDはまだ買っていない。
2009年9月10日(木)
<<代数幾何学デビュー>>
さて今日もいきなり本日の1枚。本日JEUGIA三条本店で購入した、ヨナ
ス・イテンというチェリストの「チェロと通奏低音のためのソナタ集」。J.
S.バッハより一回り若い、バロック時代のフランスの作曲家ジャン=バプティ
スト・バリエールのチェロソナタを集めた珍しいCD。チェロの前身のヴィオ
ラ・ダ・カンパの奏法も取り込まれたという躍動感のある曲で、スリリングな演奏が
楽しめるオススメの1枚。伴奏にチェンバロやヴィオラ・ダ・カンパも使われ
ていて、アンサンブルとしても面白い。
午前中はドイツ語のテレビ放送を聞いたりしてして過ごし、午後は例の講 義録の精読のつづき。ふとメールをチェックしたら、先日、修正して再提出し た代数幾何学の論文の掲載決定通知が届いた。もし順調に行ってれば、25年ぐ らい前にこの日を迎える予定だったけれど、計算機をやったり可換環論をやっ たりと、いろいろ回り道してたからね。
夕方は河原町三条界隈に散歩に出掛け、CDを買ったり、寺町通りの工芸 品の店を見て回ったり。帰りはラクト山科で赤ワインを1本買い、自宅で代数 幾何学デビューのささやかな祝杯をあげる。夜もまた少し講義録読み。
それにしてもこのジャケットの写真は、まるで外国のドキュメンタリー番 組か何かの映像のよう。画面の下の方に「京都の鞍馬山で6度目の挑戦で天狗 狩をする、チェリストのヨナス・イテンさん」と字幕が入っている。そこでイテ ンさんの声。「天狗め、今度ばかりは逃がさんぞ。ふっふっふゥ。。。」と。 で、そのチェロと弓でどうやってして天狗を捕まえるのかしら。
そういえば以前はよく、ふらっと鞍馬山に登ったけど、最近行ってないな。
2009年9月9日(水)
<<もっと会議を!>>
さて今日もいきなり本日の1枚。ザビーネ・マイヤーのクラリネット、(メゾ
ソプラノの白井光子さまの夫)ハルトムート・ホルのピアノ、タベア・ツィン
マーマン(誰?)のビオラで、「ケーゲルシュタット」(モーツアルト)、
「8つの小品(の中の1、2、5、6番)」(ブルッフ)、「おとぎ話」
(シューマン)。クラリネットの美しい有名定番曲3連発。特にケーゲルシュ
タット(ドイツのボーリングに似た遊び)は私の大好きな曲。モーツアルトが
ケーゲルシュタットを楽しみながら書いた曲という伝説があるが、私も河原町
三条界隈をぶらぶら歩きしながら論文が書ければ良いのだが。
本日13時から教室会議。まだ夏休み期間なのに、会議に出てくる先生が 居るのかと、おそるおそる覗いてみれば、昨夜、いつもの酒場で大怪我をした らしい同僚と、今月末で退職する同僚以外は全員出席。途中小一時間ほどの休 憩をはさんで17時半過ぎまで延々と会議。しかし2回分ぐらいの会議が1度 で済んでしまったようなところもあり、まあ、こういうのも悪くないか、と。 まだ会議をやり足らず、会議の余韻を楽しみたい人たちが数名残って、二次会 的会議を続けていたが、私は一時会だけで退散。
それにしても、写真が小さいのでわかりにくいけど、ここに写っている3
0歳ぐらいの頃のマイヤーさまは、何とも溌剌として暢気そうな顔をしている。
こんな顔した人が、後に、フルートでペン回しをしようとする天下のエマニュ
エル・パユに「へーえ、凄いわね。でも、貴方、大丈夫?そのフルート、高かっ
たんでしょ?失敗して落としたら大変じゃないの」と、それとなくたしなめて
みたり(5月28日参照)、紅生姜みたいに赤まみれになって、立派な息子と
共演したり(5月29日参照)する堂々たる女性に成長するのである。かよう
に、この写真を見るにつけ、オッサンの人生も大変なものだけど、オバサマの
人生も、またそれなりのものがあるもんだなと、しみじみと感じ入ってしまう
のである。
2009年9月8日(火)
<<宮本むなし>>
さて今日もいきなり本日の1枚。ホセ・ミゲル・モレノのリュートで、J.S.
バッハとほぼ同年代に活躍した、シルヴィウス・レオポルド・ヴァイスのリュー
ト曲を集めた「メランコリーの音楽」("Ars Melancholiae")。メランコリー
とは言っても、今日は朝っぱらから変な電話ばっかり掛かってくるし、午後は
つまらない会議で居眠りしてたら上司に見つかって雷落とされるし、あーあ、
ついてないなあ。ユーウツ!っていうメランコリーでは、勿論、ない。
本日午前中は、自宅にてドイツ語のテレビ放送を少し見る。それから京大 へ。ルネで昼食の後、そのまま居座り、数学。昨日から例の講義録の精読を始 めたので、その続き。15時半頃に食堂を出て、下の階の書籍部を少し見て回 り、16時前に百万遍からバスに乗って京都駅へ。それからJRとバスを乗り 継いで、17時半に大学に着き、そのまま3分ほど遅刻して教授会に出席。引 き続き講義録の精読を続けているうちに、17時過ぎに会議は終る。
研究室で少し雑用をしているうちに20時を過ぎ、夕食のために生協食堂 へ行ったら、既に閉店していた。しょうがないので、すぐに大学を発ち、南草 津駅前の「宮本むなし」で遅めの夕食。そこの厨房の近く、アルバイトの店員 達が詰めている辺りには、「私語厳禁」という札が貼ってあるのが、ちょっと 可笑しかった。
「宮本むなし」の客にはRitsの学生風が沢山いたが、隣の席では男の 子ひとりが女の子2人を相手にお喋りしていた。彼らは私が来る前に既に食事 を終えていて、空の食器を前にそのままお喋りを続けているのだが、男の子が 色々面白い話を色々繰り出して、女の子達をいつまでも飽きさせないでいる。 食事を終えた私は、偉いもんだとその男の子に感心しながら、店を出た。 一対一の会話には絶対の自信を誇る(ただし気が向いた時に限る)私だが、 一対多の会話はからっきし駄目、というか、いつも最初から降りてるし。 ま、それだけ人間が奥ゆかしく出来てるってことよ。
夜、マックス・プランクからメールが来て、応募書類を受理したとのこと。 採用の可否は11月11日の会議で決めるだと。ずいぶん先の話だけど、不採 用の場合、別の受け入れ先を探さないといけないから、早く決めてもらいたい ものだ。
このジャケットの絵、以前、江戸時代の腑分けの図に見えると書いたけど、
いずれにしても気持ちの悪い絵である。アール・ヌーヴォの花瓶やランプみた
いに、デフォルメして別のものに取り込むならともかく、植物や昆虫をそのま
ま描くのは、植物にも昆虫にもあまり興味の無い私としては、どうも感動しない。
2009年9月7日(月)
<<世界が私を拒絶する>>
さて今日もいきなり本日の1枚。N響首席クラリネット奏者の磯部周平の「ク
ラリネット五重奏曲(モーツァルト)」「クラリネット四重奏曲(ホフマイス
ター)」「クラリネット、チェロとピアノのためお三重奏曲(ツェムリンス
キー)」。五重奏曲、四重奏曲、三重奏曲と順番に減っていく、あるいは逆の
順にしてみるというのは、室内楽のコンサートでよくあるパターン。磯部周平
氏のクラリネットは音色が綺麗なことで知られているが、一度だけ聴きに行った大
阪のコンサートでは、音色は相変わらず綺麗だったが、かなり不機嫌で荒れ狂っ
た演奏だった。
まあ、プロとは言え演奏者も生身の人間なので、色々な要因でいつもの調 子が出ないことはあるわけで、それは大学教師にもあてはまる。かつての授業 中の私語全盛の頃、論文の不採録通知のメールを受け取った直後のささくれた 気分で講義に臨まねばならぬことが何度かあった。そういう時に、自宅で煎餅 でもかじりながらテレビを見るような気分で、教師の顔色を読むことに無頓着 な学生達は、例によって「お喋りサロン」に夢中になって私の神経を逆撫でし、 当然のことながらいつもよりも激しく雷を落とされていた。
本日午前中はドイツ語の勉強を少し。歯磨き粉の説明書を解読したり、ド イツ語のテレビニュースを見たり。それから山科駅前で野暮用の後、百万遍近 辺へ。まずは関西日仏学館図書室を狙ったが、休み。ああ、今日が休館日の月 曜だということを忘れていた。ならばと、炎天下を歩いて京大数学教室の図書 室へ。な、なんと、今日から1週間工事のため休館だと。しょうがないので、 何時始まるかわからない耐震工事のため(請負業者が決まったのがつい最近と か)、既にもぬけの殻と化している京大数理研まで足をのばし、「トラちゃん」 こと数理研猫の調査活動をしてから、北部生協喫茶「ほくと」へ。ここは私の 学生時代とはうって変わって、何かあるとすぐに閉店になり、てんでやる気が 無い店だが、今日も何故か閉店していた。うーむ、ここも駄目か。これは、世 界が私を拒絶しているとしか言いようがない。
結局、北部生協食堂の片隅で夕方まで数学。それから河原町三条に移動し JEUGIA三条本店を偵察。ハイドンのCDを2つ、メンデルスゾーンのC Dを1つ試聴し、かなり迷ったのだが、結局何も買わずに店を出る。昨日のコ ンサートに行けずに入場料が浮いた分でCDを買おうと思ったのだが、今日は 空振り。ラクト山科で白ワインを1本買って帰宅。夜も少し数学。
このジャケット、何だかNHKの「みんなの歌」に出てくるような絵であ
る。当然バックの音楽はN響が演奏してて、磯部さんのクラリネットなんかも
聴こえてくるのでしょう。途中で紙飛行機がふんわりと飛んでゆく絵も出たり
して。そんでもって、♪世界が君を拒絶しても、生協食堂とこの青空だけは、
君に優しいのさ♪みたいな歌が流れるのかしら。
2009年9月6日(日)
<<現地でナンパします>>
さて今日もいきなり本日の1枚。昨日に引き続きナルシーソ・イエペスのギター
で、「愛の物語」。クラシック・ギターを習ったことがある人なら、誰でも練
習したり聴いたりしたことのある定番曲テンコ盛り。私の場合、物心がつく前
に習うのをやめてしまったこともあり、昨日と同じく、曲の作曲家の名前を見ても
ピンとこない。唯一、フェルナンド・ソルの名前だけは覚えているって程度。
そういえば昨夜遅く、脳が歪んだ私の数少ない協力者の一人からメールが 届き、マックス・プランク脱出作戦が大きく進展した。でも、皆さん言うんで すね、「で、高山さん、マックス・プランクに行って、何するんですか?」と。 つまり、私と同じ研究分野の人が居て、その人と親しく研究上の交流ができる のか?とか、そもそもマックス・プランク研究所で私の研究分野をカバーして いるのか?ということを疑問に思うようである。
まあ、今までやってきたことと違う研究分野に入って行こうと思っている ので、分野云々については、--- マックス・プランク研究所の方がお前のよう なシロウトは要らない!っていうかも知れないけど--- 、私としては問題ない。 あと、現地で親しく研究交流する人がいるのかというと、「現地でナンパしま す」としか答えようがない。
今日は多川響子さんがベートヴェンのピアノソナタを全部弾くコン サートシリーズの第2回目。第1回目を逃したので、今日こそは聴くぞと思っ ていたのだが、今朝コンサートホールに確かめたら、チケット完売!とのこと。 クラシックのコンサートって、よほど有名な人でもない限り、前売り完売なん てことにはならないから、当日券で大丈夫だろうと高をくくっていたのが大間 違い。しばらく見ないうちに、彼女は200人のコンサートホールを満杯にす るほど偉くなっていたのかと、感慨ひとしお。こうなった日には、3回目は前 売り券をしっかり買って必ず聴きにいくぞ、と決心。
突然スケジュールが空いてしまったので、午前中は山科区内のスーパーで 買い物をし、午後は、このところの多忙ゆえに2週間ほどご無沙汰していたス ポーツクラブへ。夜はフランス語の宿題。「民主党と自民党の政策の違いをフ ランス語で説明せよ」と。
作曲家の名前を色鉛筆の手書きで書いて、ちょっとポップな感じがするこ
のジャケットも、CDの音楽とは裏腹に何だか脱力していて、いいような悪い
ようなである。イエペス先生ご自慢の特注12弦ギターも、胴の部分のほとん
どが光を反射して、ちょっと見づらい。竿もどうなってんだか、写真が小さく
てよくわからない。12弦ギターは通常のギターの2倍竿の部分に力が掛かる。
竿を太くしたら左手で弦を押さえるのが大変だし、もしかして竿の中に鉄骨で
も入っているかも。
2009年9月5日(土)
<<何で見えるんや?!>>
さて今日もいきなり本日の1枚。ナルシーソ・イエペスのギターで「スペイン
風庭園の夜」。タレガの「アルハンブラ宮殿の思い出」やイエペスの「禁じられ
た遊び」などクラシック・ギター定番曲などが盛り沢山。ギターを習っていた子
供の頃は、曲の作曲家は誰かなんて考えもしなかったが、よく見るとスカルラッ
ティーやJ.S.バッハの曲もいくつか入っている。しかしなぜか、彼らの曲の
うち、シケた感じのものばかりが集めらている。
本日午前中はマックス・プランク脱出計画の一環として、ドイツの某大学 で行われている定期セミナーの講演タイトルを調査。うーむ、そこの教授にメー ルで問い合わせた返事の通り、ちょっとテーマが私から遠いかな、と。それか ら大阪へ。昼前について梅田で昼食。午後からまた研究集会に参加。
休憩時間に某大学某教授がふと話し掛けてきて、「○■先生は最近どうさ れてますか?」と私のRitsでの同僚の名前を出してきた。要するに「俺は お前が立命館の高山だってことを知ってんだぞ(お前は透明人間のフリをして いるけど、俺にはちゃんと見えてるんだぞ)!」という意思表示である。
これはまさに青天の霹靂。何で俺の事知ってるんだよう(何で俺の姿が 見えるんだよう)!?と、一瞬パニックになったが、そこはダテに歪み脳歴2 年を誇る私ではない。平然を装い「○■先生ですか。彼は、もうかなり前から 学内行政専門職みたいになってます。まあ、暇な時はラグビー部の顧問とかし ているそうですが、いずれにしても、もはや数学教室で見かけることはありま せん」と非の打ち所の無い的確な回答を与え、また透明人間モードに戻ったの である。
それにしても何だか嫌な感じである。何で私の事を知っているのか、どうも 心当たりがない。たくさんの人で繁盛しているカフェで、群集に埋もれたつも りで独りほっこりと一服していたら、それが実はおとり捜査か何かで、種々雑 多な客や店員だと思っていた人たちが、誰かの合図で一斉に私の方に向けて銃 を構え、「動くな!お前はもう完全に包囲されている」ってやられるんじゃな いかって。兎に角皆さんねえ、頭のてっぺんに豆電球でもつけておいて、私の 姿が見えたらちろちろと赤く点灯するようにするとか、それが面倒なら「見え てますよ」とひとこと言うとか、何かして欲しいもんですな、まったく。
ところでこのジャケットを見たとき、一瞬「クラシック・ギターのレント
ゲン写真撮ってどうするんだよう!?」って思ったものだが、、、違いますよ
ね。それにしても気になるなあ。私の姿が見えるにしても、どんな感じに
見えてるんだろう。このジャケットのギターみたいに?
2009年9月4日(金)
<<誰も餌をくれない>>
さて今日もいきなり本日の1枚。ホアン・エンリク・ルナの「Rossini Y
Espana (ロッシーニとスペイン)」。ロッシーニの曲の中からスペインに関係
あるものを集めたものとか。うーん、ロッシーニって、もっと心豊かな気持ち
になれるはずだけど、このCDはいつ聴いてもそうはならないのは、クラリネッ
トの音の伸びが、もひとつ良くないからかも。
本日、研究集会2日目。今日は午前中の大先生の講演を見逃すまいと、早 起きして大阪へ。電車に間に合うかと大慌てで自宅を飛び出そうとする直前に、 今日から関西日仏学館の講座が始まることに気づき、愕然とする。すっかり忘 れていた。
研究集会では各種研究情報以外に、数理研猫こと「トラ」ちゃんが、院生 やポスドクの人たちが分担して世話をしているという重要情報を某人脈から ゲット。「でも、僕には誰も餌をくれないんです」って、餌ぐらい指導教官 から貰いないさい!と。
夕方まで講演を聞き、JR新快速を使って速攻で京都に戻る。最後は地下 鉄烏丸線今出川駅前からタクシーを飛ばし、何とか間にあった。私と同じく、 今日から授業が始まるのを忘れているのか、クラスメートの半分が欠席してい た。
強行軍の一日を終えて、よたよたと京都市役所前駅まで歩き、22時過ぎに ようやく帰宅。
ジャケットに書かれている"ROSSINI Y ESPANA" って、スペイン語なんだろ うけど、真ん中の"Y"なんかがとてもエキゾチックな感じ。フランス語でも"Y" は場所をあらわす代名詞として使われるけど、こんな風な出現の仕方はしないし。
世界史の教科書に出ていた女真文字や契丹文字とか、インターネットでフィ
ンランドやメキシコのホームページに迷い込んだ時の、英語でもフランス語で
もドイツ語でもない意味不明のアルファベットの羅列にちょっとだけぎょっと
する感覚って、結構好きだ。"ROSSINI Y ESPANA"の下に書かれている意味不明
の(たぶんスペイン語の)文章も、「下の写真に写っているのは、貝殻などで
装飾された扇のように見えるが、実はプラスティネーションで作られた
人体標本の腹部を輪切りにした断面である」なんて書いてあるかも?って考えると、
ちょっと愉快。
2009年9月3日(木)
<<サブリミナル効果>>
さて今日もいきなり本日の1枚。Zoltan Kocsisのドビュッシー・ピアノ曲集。
「ベルガマスク組曲」「忘れられた映像」「ピアノのために」「版画」。
今日から大阪で代数幾何学の研究集会。私は関西の代数幾何学業界では 「面が割れてない」から、完全透明人間モードで潜入。否、一人だけ私と面識 も話したこともある人がいて、「あっ、高山さんだ」みたいな反応を示したけ ど、「しっ、黙ってろ!」と目で合図。
かように私は、代数幾何学のさまざまな研究集会に顔を出し、人々の視界 の端に見え隠れするサブリミナル効果を狙いつつ、極秘内偵を続けている。目 標は、日本の代数幾何学業界の中で「そういえば、あいつよく見掛けるけど、 誰?」「さあー、座敷童か何かじゃないの?」みたいな感じになること。え? 何でそんなものを目標にするのかって?
まあ、私は結構灰汁が強い凶暴な性格だし、数学業界って、変に目立って しまうと、あいつ色々五月蝿いけど、その割には数学は駄目じゃん!みたいに 陰口叩かれて、色々やりにくくなったりするようなところがあるから、用心し てるってわけ。それに加えて数年前に学科長やって脳が歪み、人との距離の取 り方がわからなくなったということもあると思う。脳に強いストレスがかかる と、脳神経に器質的変化が起こるって話を聞いたことがあるが、さもありなん である。何か脳の一部が変性してしまって、元に戻らなくなってるって感じが するな。
マックス・プランク脱出計画の方は、さまざまな人と連絡を取り合って、 ようやく再起動の兆しが見えてきたかなってところ。ドイツへ行きたしとおも へども、ドイツはあまりに通し。せめては新しき背広を着て、きままなる 旅にいでてみむ。(私は背広は嫌いだけどね)
さて、このジャケットのKocsisの写真、怖いですね。サスペンスドラマで、長年
自分や家族を食い物にして虐げてきた、薄汚く脂ぎった憎き中年男に対して、
積年の恨みを晴らした直後の美形の若者みたい。え?何でこんなのが「美
形」かって?これは、中古CDとして買った、かなり古いCDで、Kocsisは
今や立派なおじさんになっている。このCDが出た当時、こういう感じのおニ
イさんは、雰囲気のある美形として結構女性に人気があったんじゃないかと思
う。違うかも知れないけどね。あっ、そういえば、高校生の時、よく受験勉強を
しに通った県立図書館で知り合った、司法試験を目指していた2,3年先輩が
こんな感じの人だったなあ。今、どうしてるのかしらね。
2009年9月2日(水)
<<気晴らしが必要>>
さて今日もいきなり本日の1枚。ディータ・クレッカーの「20世紀のクラリ
ネット Vol. 1」。"Vol. 1" とあるけれど、"Vol. 2"が出たという話はいっこ
うに聞かない。レーガー、ドビュッシー、ロトスラヴスキー(誰や?)、ベリ
オ(誰や?)、ヒンデミス(ほんまに誰やねん?)という20世紀の作曲家の作品を集めた
もの。クレッカーのクラリネットの「鄙びた音」は、あっちでどつき回され、
こっちで蹴飛ばされ、たまには猛反撃を試みて玉砕し、と世間の辛酸をなめれ
ばなめるほど、ますます胸に沁みる類のものだと思う。
昨夜はマックス・プランク脱出計画が暗礁に乗り上げ、眠れぬ夜をすごす。 これは何人かの協力者がいないと実現しない計画だが、協力予定者のひとりが 行方をくらましたとなれば、場合によっては別の協力者を捜さねばならない。 これが大変なのである。何せ私は人々とは距離を置くタイプであり、さらに悪 いことには、離れた所にいる人々は時間の経過とともにだんだん敵に見えてく るという妙な性癖(対象は数学者限定のようだけど)があるため、協力者の候 補が極端に少ない。
私が思っている程も人々は私を敵視していないことは理性的には理解でき るが、中には私を密かに敵視している人や、見かけとは裏腹に誰に対しても意 地悪な人とか、腹黒な人がいるかもしれない。では一体誰がそういう人物か? それは個別に当っていかないとわからないが、もし「カードをめくってみたら、 それがジョーカーだった」らどうしよう?いや、別にその時は諦めて他をあた れば良いだけだが、それが出来ないのである。ジョーカーにぶちあたった衝撃 と屈辱を乗り越えて、健気に前に進んで行く。そんな大変なことをやらねばな らぬとは、人生とは何と過酷なことか!と暗然とした気分になる。ま、人に頭 を下げられないタイプの人間とはそういうもので、下げた頭を踏みつけられた 日には、怒り狂って暴れ回る自分をどう収拾させれば良いか想像がつかないの である。 良い子はそんな大人になっちゃ、駄目だよ。
本日、昼ごろに出勤。しばし研究室で雑用の後、14時から会議。15時 過ぎには終了。ああ、疲れた。気分的にどっと疲れた。今の私には気晴らしが 必要だ、と河原町三条界隈に直行。例によってAngers河原町三条本店や JEUGIA三条本店を偵察。Angersではパウル・クレーの小さな画集 を買った。以前はミロの方が好きで、クレーは食わず嫌いだったけど、何年か 前のクレー展を見に行ってから、クレーも好きになった。良い絵というのは、 ひと目見ただけで「うわー、凄い!」とわくわくしてくるもの。コンパクトサ イズで手軽だし、これは気晴らしにはもってこいだ、と。それからゼスト御池 の喫茶店で、しばし例の講義録を突っ突き回してから、帰宅。
夜は少し事態が進展し、行方をくらましていた協力予定者からメールが届く。 まだ予断は許さない状況だけど、とりあえず計画をまた一歩進める。
さてこのジャケットの絵、入院のお見舞いで届けられたフルーツ盛り合わ
せの籠を、波ガラス越しに見た図?それとも熱にうなされた病床で、ふと目覚
めた時に見える世界の図?
2009年9月1日(火)
<<奈落の底に落ちる>>
さて今日もいきなり本日の1枚。ペーター・レーゼル(Peter Rösel)のド
ビュッシー・ピアノ曲集。「子供の領域」「ベルガマスク組曲」「版画」の定
番曲。まあ、エッセンのCDショップでクロード・モネの睡蓮の絵のジャケッ
トに惹かれて、ふらふらっと買ったCDだけど、ドビュッシーはいいもんだ!
と知る切欠になった。
本日午前中はインターネットで8月30日の選挙の報道をフランス語やド イツ語で聞き、昼過ぎに出勤。昨日雑用を押し付けた同僚からの報告を聞く。 うーむ、どうもこの人に雑用を押し付けると、それと同じ分量の新しい雑用を 見つけるようだ。優秀な人というのは、こうだから困る。少しは私を見習って、 頭に霞でも漂わせてぼーっとしてみてはどうかね、と。「こんな調子で(無限 に新しい雑用を見つけっていう風に)やってたら、この仕事は締め切りまでに 収束しませんよね(もっとテキ トーにやりませんか?)」とギロリと睨みつけ、新規開拓雑用の大部分を激し く却下。それでも後片付けの雑用も含めて、ようやく夕方に片付く。それから 図書館で統計の本を借りて帰宅。
何故統計の本かというと、後期の大学院の授業で統計を取り上げようかと 思っているからである。以前は統計には全然興味が無かったし、大学でも全く 勉強しなかったけど、数年前に学会誌の解説記事で推計の考え方が紹介されて いて、なかなか面白いもんだなとずっと興味を持っていたのである。
夜は学会出張の計画をたてたり、マックス・プランク研究所高飛び計画の 関連で、関係者と連絡をとったり。高飛び計画は、関係者のひとりが行方をく らましてしまい、「彼の行方に心当たりはないか」とあちこち問合せメールを飛ばした りして、ちょっと厄介なことになっている。
さて、このモネの睡蓮の絵だけど、こうやって見るとドブに浮いているへ どろのようにも見える。小学校に通う途中に刑務所があり、その塀の近くに幅 2メートルぐらいのドブ川が流れていた。否、「流れて」なんかいなくて、へ どろとどす黒い濁り水が交じり合った溜池、あるいは、ほとんど肥溜のような 状態。年中嫌な臭気を放ち、所々メタンガスの泡が出ていた。それは刑務所で 飼っている豚の餌の残りや糞が、そのドブ川に垂れ流されているのが原因だと いうのが、もっぱらの噂だった。
そのドブ川には短冊状の細長い石をいくつか立てかけただけの、 幅1メートルぐらいの橋が架かっていて、それを渡らないと小学校に行けな かった。まあ、ほんの2メートルの長さで幅が1メートルもあるのだから、すっ と渡ればよいものだけど、橋の下のドブを見るにつけ、私は恐くてしょうがな かった。「何かの拍子に足を滑らせて、下に落ちたらどうしよう?」と。たぶん そこを通って学校に通っていた多くの子供たちがそう思ってただろう。ドブの 護岸は古いレンガづくりの垂直な壁で、橋からドブの水面まで軽く2メートル以上 はあり、子供の目にはまさに奈落の底って感じがしたからである。
ある日、私の近所に住んでいた男の子が、通学の途中にふざてボールか何かを投げ、 勢いが余ったのか、それとも蛮勇を奮って走り幅跳びでそのドブを飛び越えよう としたのか、誤って「奈落の底」に落ちた。この大ニュースはたちまち 小学校全体に広まった。目撃者の話によると、ドブは我々が想像していた以上 に深く、足から真っ直ぐに落ちた彼は、一瞬頭のてっぺんまでどっぶり水に浸 かり、それから浮かび上がってきたという。彼はあの汚い水を飲んだのだろう か。それに、あの軽く2メートルはある垂直の護岸をどうやって這い上がった のか。大人の人に引き上げてもらったのか、あるいは、自力でドブの中を数メー トルだか数十メートルだか泳いで、なだらかな護岸のところまでたどりついた のか。とにかく彼は無事で、へどろまみれの体から臭気を放ちながら、泣きべ そをかいて自宅に戻ったそうである。
その後しばらく、彼は「死のドブ川から生還した男」として英雄視もされ、
「ドブに落ちたおっちょこちょい」として馬鹿にもされたが、まずまず元気に
やっていた。数年前、津に帰った時に久しぶりにそこを通ってみたが、
ドブはすっかり埋め立てられて、あの石橋だけが土の中にめり込むような
形で残っていた。