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よ け ス ペ ー ス で す。

2009年9月30日(水)
<<煙に巻く>>
さて今日もいきなり本日の1枚。N響のオーボエ奏者茂木大輔、同じくファゴッ ト奏者岡崎耕治、その奥さんと思われるピアニスト岡崎悦子のトリオによる、 "TRIO for Oboe, Fatott & Piano". プーランク、フランセの三重奏曲や、モー ツアルトのディヴェルティメントや魔笛の中の曲が入っている。

午前中は大学院の授業。雨模様だし、きっとJRは遅れるだろうと思って 予定より30分程早く自宅を出たら、やはり5分程度遅れていた。5分の遅れ なら大したことはない。駅や車掌のアナウンスでは、自分達のせいではないこ とを強調したいのか、しきりに乗客同士のトラブルが原因で遅れたと繰り返し ていた。しかし昨日30分遅れたときは、遅れたことの「おわび」ばかりして、 遅れた理由については一度もアナウンスが無かった。その日の夕刊の隅に小さ な記事が出ていて、遅れの原因はいつもの「踏切の安全確認」と判明した。 国土交通省の新しい大臣がこの辺の出身の人だし、JR西日本で「踏切の安全 確認」による遅れが頻繁に起こることが表沙汰になって、大臣に目をつけらた ら厄介だと思い、遅れの原因をアナウンスしないようにしたのかしら。

大学院の授業は、受講生が5名。うち3名が実解析系専攻だったので、 「大学院で解析を専攻しているからこそ、基礎トレの一貫として、いま一度ル べーグ積分を学び直すことが必要である。代数を専攻する者にとっても、飛躍 のヒントを解析学から得ることも少なくなく、そのためにルべーグ積分の基礎 を学ぶ意味はある」と、学生達を煙に巻いて、当初の予定通りルべーグ積分の 輪講を行うことにする。今日はガイダンスということで30分程度で終り、テ キストをコピーして学生に配布。輪講は来週から。

それから午後の授業まで2時間ほど時間があったので、論文ゲラ刷りの校 正作業など。その後、2回生の群論の授業。最初の1、2回は前期試験問題の解説 をしながら、前期で勉強したことの復習にあてる予定。講義の後も、またしば らく校正作業をしてから、19時前に帰宅。夜はテレビを見たりして、すこし のんびりする。

このジャケットのオーボエとファゴットを見ていると、木管楽器ってセク シーだなと思う。最近はサックスが流行っているらしいけど、金属の地肌と金 具の両方がぴかぴか光っているのは嫌味である。やっぱり木管楽器の、 木の地肌にぴかぴか光る金具がへばりついているところが、いいのよね。

2009年9月29日(火)
<<後期開講す>>
さて今日もいきなり本日の1枚。ダニエル・バレンボイム率いるベルリン国立 歌劇交響楽団の3人のメンバーからなるトリオ・アポロンの、「20世紀のク ラリネット、ヴィオラとピアノのための作品集」。エネスク、プーランク、フ ランセ、クルターグ(誰?)、マチウス(誰?)といった20世紀の作曲家の 曲を集めたもの。

私は今日から後期の授業に突入。JRの遅れを見込んで早めに家を出たら、 案の定、運休したり30分程度遅れたり。12時40分からの卒研A(代数幾 何学・可換環論)。学生の一人は友人の葬儀とかで休み。もう一人の学生は予 習ノートを忘れてきたとかで、結局今日の卒研ゼミAは流れる。

思わぬところで時間が空いたので、明日の講義の予習や雑用など。14時 40分から卒研B(初等整数論)。16時前に終了。それからまた、出張報告 書を書いたり、科研費申請の準備をしたりと、色々雑用。17時半に大学を発 つ直前、明日の講義の教室の場所を知らないことに気づき、急遽事務に立ち寄 り、とりあえず午前中の授業の教室だけ確認する。19時前に帰宅。夜もまた 科研費申請の準備など。

それにしても、このジャケットは何時見ても、路上に仰向けに転がってい る、命尽きた油蝉の屍骸の朽ち果てた図に見えてしまう。キーボードとクラリ ネットが、チェロの中心あたりで交差しているのもよくない。もうちょっと中 心から外れたところで交差させた方が良いかも。

2009年9月28日(月)
<<高島屋>>
さて今日もいきなり本日の1枚。ルドルフ・ゼルキンのピアノで「ピアノ五重 奏曲イ長調作品114『鱒』」(シューベルト)。もっともシューベルトらし い瑞々しさが現れている作品だと思う。私は音楽の授業が最も嫌いだったけど、 この曲は小学校の音楽の授業で聴いてずっと心に残っていた。9年前に半年ド イツに留学して、現地の教授の家に招かれて魚料理をご馳走してもらったが、 それが鱒だった。「高山、お前、この魚、知ってるか?」と聞かれ「知ってるけ ど、日本語名しか知らない」と答えた。本当は鱒のメロディーを歌ってみせて 「この曲の題名になっている魚でしょう」と言いたかったのだが、0.75オ クターブしか声が出ない私としては、何となく言いそびれてしまった。まだクラ シック音楽にハマる前の話で、やはり小中学校の音楽の授業の影響は絶大なも のがあると思う。

鰻は昨日食べたし、疲れたときは、やはり睡眠である。ここ数日の睡眠不 足を解消するため、11時前まで熟睡。午後は四条河原町の高島屋へ。4月に 買ったブランド物の日傘の具合がどうも悪く、買値も高かった上に、軽量化と デザイン性を重視した華奢な作りですぐに壊れ、修理費だけでも1シーズン毎 に買値と同じぐらい掛かりそうである。「営業の人なども使っている男物の日 傘」と聞いて、それなりの強度を期待して買ったのに、これはちと酷いじゃな いですかと苦情を言ったら、商品を引き取って返金してくれた。

帰宅後、しばらく科研費申請の下準備のような仕事をしているうちに、同 僚の通夜に出掛ける時間。喪服に着替えて、草津駅前の葬儀場へ。着くのが少 し早過ぎたけれど、2時間弱で葬儀場を出て帰宅。それやこれやの前後は、隠 れマルコフモデルの勉強。と、今夜歯医者に定期診察の予約をしていたのを、 すっかり忘れていた!

さて、このジャケットの絵。ハイデルベルクの有名な橋の昔の様子かなと 思ったら、セーヌ川下流の都市マントの風景を描いた、コローの「マントの橋」 だそうだ。何だか知らないけど、この真ん中の目障りな2本の木の幹は何なん だよ!と言いたい。

2009年9月27日(日)
<<訃報>>
さて今日もいきなり本日の1枚。アルフレート・プリンツの「クラリネット・ ソナタ第1番へ短調作品120−1および第2番変ホ長調作品120−2(ブ ラームス)」。ピアノ伴奏は、奥様のマリア・プリンツが弾いている。プリン ツのクラリネットの透き通るような美しい音色が楽しめる、断然オススメの1 枚。

疲れた時は鰻である。美味い鰻にありつきたければ、津に帰るのが 一番で、ついでに家族の墓参りや、それ以外の野暮用もまとめて片付けてきた。 行きは高速バスが便利だったが、帰りはちょうど京都行き近鉄特急があったの で、それを使った。

バスや電車の中では、後期の大学院の授業の準備のため、隠れマルコフモ デルの本を少し読む。これは徳島大学の集中講義のネタにする予定。Rits の大学院の授業の方は、最初は統計の教科書の輪講をと思っていたが、結局ル べーグ積分の薄い教科書を輪講させることにした。本当は代数の講座なのだが、 院生は確率論専攻の人ばかりだし、測度論の基礎としてルべーグ積分をきちん と復習するのも良いだろう、と。まあ、本音のところは、単に私自身がルべー グ積分をちゃんと勉強し直したいだけなんだけどね。ルべーグ積分を勉強した ら関数解析の基礎の部分が分かるだろうし、そしたら複素幾何学で使われる L^2解析の話が少しは分かるようになるかしら、と。

夜遅く帰宅すると、長らく病気療養中であった某同僚教員の訃報メールが 届いていた。通夜は明日、告別式は明後日。

ところで、このアルフレート・プリンツの写真はなかなか良くて、まあ、 オジサン嫌いの私も、このタイプなら許してしまう。ただ、縦長モノクロ写真 で余白の部分の色も単調で暗く(この画像では灰色だけど実物は薄い藤色をし ている)、もうちょっと華やかさが欲しいところ。

2009年9月26日(土)
<<疲れます>>
さて今日もいきなり本日の1枚。ジャン=エフラム・バヴゼのラヴェル・ピア ノ曲全集。「ラヴェルもいいもんだ」と思う切欠になった、私としては結構気 にいっている1枚。8月29日にモニック・アースのCDを紹介したとき、 「『夜のガスパール』は何度聴いても、これといった感動が起きない」と書い たけど、今日は疲れているせいか、結構心に沁みる。

では、何故今夜は疲れているかというと、数学会出張から帰ってきたとこ ろだからである。今日は9時から18時までびっしり講演があって(最後の3 0分はサボったけど)、昨夜の千里中央のホテル一泊は、いつもの調子で夜更 しをしてしまった上に、朝はいつもよりもうんと早く目が覚めてしまい、かな り睡眠不足気味。おまけに、学会会場で顔見知りの数学者に会わねばならない のも、かなり疲れる。あ、こいつ、今、俺の姿を認識して「高山のアホがいる」 とか何とか思って、それを口に出すまいとして我慢しているな、とか思うだけ でも、どっと疲れる。まあ、そんな事、思わなければいいのだけど。

この、数学者に対する深い猜疑心は一体何なのか。それは恐らく、サド・ マゾに明け暮れた学生時代の育ちの悪さと、数学者たちが他の数学者たちの陰 口を言うのをさんざん耳にしてきて、「その陰湿さ、辛辣さにたまげて三歩歩 めず」の状態になっているのかもしれない。俺も陰であんな風に「膾斬り」さ れたり「ゴミ箱に放り込まれたり」してるのかな、と。

そういえば以前、ある数学者が「俺の悪口言うなら、俺が聞こえないとこ ろで言え!」と抗議するのをまのあたりにして、陰口を叩くのは卑怯だと教え られて育った私は大変なショックを受けた。数学者たちを卑怯者集団呼ばわり する積もりは毛頭無いけれど、あれ以後、数学者のことについて、あまり深く 考えたくなくなったことは確かである。大講義室とは言え、あまり深く考えた くない対象ブツと「濃厚接触」するのは、疲れる。

阪大の数学科は、結構Ritsの卒業生が修士や博士の学生、あるいはポ スドク研究員として活躍している。それはそれで良いことだし、キャンパスの 路上でばったり会って、向こうから「先生、お久ぶりです」とか挨拶してもら えるのも、悪い気はしない。立ち話で学生の近況を少し聞いて、「へーえ、凄 いなあ。今後の君の活躍を期待してますよ!」と答えるのも本心だけど、やっ ぱり私は学生を学生とはあまり思ってないから、「こいつ、俺が受からなかっ た阪大の院試に受かりよって!」というライバル心がムラムラ湧いてくるのよ ね。そういうのも、疲れる原因のひとつである。

数学と対面しても疲れないけど、数学関係者と対面するのは疲れる。

しかし、学生時代からの友人Y君と久々に夕食や昼食をともにして、色々 情報交換に励めたのは良かった。講演も面白くためになった。昼食を食べに行っ た、石橋駅前のアーケード商店街も良かった。まあ、ただ疲れて帰ってきただけっ て訳ではないのさ。

ところで、このCDを気に入っている理由として、ジャケットの(たぶん) マティスの絵が綺麗だからというのが大きい。私よりも少し年上の有名な代数 幾何学者のひとりが、雑談の中でぽろっと「引退したら、絵を描いてすごす積 もり」と言い出したので、おおっと身を乗り出して聞いていると、「マティス とか、いいじゃないですか」と言っていた。ああ、この人と数学者同士として 出会ってなければ、いい友達になれたかも知れないのにと、少し悔やんだのだっ た。

2009年9月24日(木)
<<阪大嫌い>>
さて今日もいきなり本日の1枚。カール・ライスターのクラリネットで、ブラー ムスの「クラリネット・ソナタ第1番へ短調作品120の1」および「クラリ ネット・ソナタ第2番変ホ長調作品120の2」。ブラームス晩年の枯淡の境 地が表現されている名曲。カール・ライスターのクラリネットはコロコロとし た感じの美しい音色だけど、CDはこの1枚と、ソプラノの伴奏をちょっとやっ ているもの(5月15日紹介のキャスリン・バトルのCD)の2枚しか持ってない。

今日から阪大で数学会。今まで阪急石橋駅の東の改札口を使っていたのだ が、今日は間違って阪大とは逆方向の西の改札口から出てしまった。東口の方 はどちらかといえば殺風景な感じで、これが私の阪大嫌いの原因の一つだった のだが、西口の方に、いかにも大阪らしい雰囲気の商店街が広がっていたとは 今日まで全く知らなかった。それで私の阪大嫌いが少し緩和されたようだ。

学会1日目の今日は、講演のアブストラクト集を買い、専門書の出張販売 店で本を注文し、整数論の講演を少し聞いただけで帰ってきた。整数論のセッ ションはいつも大教室が満員になるので、日本には整数論の専門家が沢山いる のだろうと思っていたが、今日私の周りを見回したら、環論や代数幾何の人も 結構いた。

石橋駅前商店街を発見したものの、私の阪大嫌いを大きく揺るがすほどで もないので、15時には阪大を出て16時半頃に山科に戻り、ラクト山科のベ ンチでしばし数学。

私の阪大嫌いは、単にキャンパスやその周辺の街の雰囲気が嫌いというこ とで、阪大そのものには何の恨みつらみもない。以前、阪大のすぐ近くから通って いる学生がいて、「先生、そんなに僕の街を嫌わないでください」とか言われ たけど、まあ、好き嫌いだけは何ともし難いのだ。

安くておいしい飲食店が立ち並ぶ食道楽の街は魅力的ではあるけど、そも そも大阪の街に漂う、あの独特のえも言われぬ雰囲気はあまり好きではないし、 阪大のすぐ南側を通っている高速道路が醸し出す殺風景な感じも鼻につくし、 そして何よりも、学生の時に阪大の院試を受けて落第したことも影響している。

石橋駅から阪大のキャンパスに向かうだらだら坂を上る時はいつも、 院試を受けに行く時と発表を見に行った時に、不安な思いでこの坂を とぼとぼと上ったことを思い出し、坂を下る時はいつも、答案が思う ように書けなかった院試の帰りや不合格発表の帰りに、憔悴してこの坂 をとぼとぼと下ったことを思い出す。 10数年後に数学に復帰してからも、私にとっては 何だか妙な思い出ばかりが残るキャンパスである。

ところで、何故カール・ライスターのCDをほとんど持ってないのかとい うと、この写真の顔を見ていると、何だか意地悪そうで、とてもいい人には見 えないからである。素晴らしい定理を証明する数学者が、同時にとても嫌な奴 だったりするのは別に珍しいことではないが、音楽の世界でも似たようなこと があるのかしら。しかし、会ったこともない人を、CDのジャケットの写真だ けで判断してよいのか?そんな事を色々考えてしまうと、なかなかカール・ラ イスターのCDには手が出ないのである。

明日は大阪で私費一泊の予定。次回更新は明後日の深夜以降。

2009年9月23日(水)
<<12年周期説>>
さて今日もいきなり本日の1枚。昨日に引き続き、イディル・ビレットのピア ノで、ショパンの「ピアノ協奏曲第2番へ短調作品21」「モーツァルトの 『ドン・ジョヴァン二』から『お手をどうぞ』の主題による変奏曲作品2(や やこしいタイトルですなあ)」「クラコヴィアック作品14」。

昼間はドイツ語のドキュメント番組を見て、少し数学。そうこうしている 間に、ある研究集会で招待講演をしてくれとの依頼のメールが届く。依頼元は ヴェトナムの国立数学研究所で、そこには可換環論で有名な研究者が少なくと も3人はいる。実はもう私は可換環論からほとんど足を洗っているのだけど、 光栄なことだし二つ返事で引き受けることにする。

どうも私には12年ぐらいで専門をがらっと変える習性があるようで、大学 を出てから最初の約12年が計算機科学、その後の約12年が可換環論、そし て今は代数幾何学である。干支が一周するごとにコロコロ専門を変えてたので は学者として大成しないのは道理であるが、何故専門を変えたくなるのかは、 自分でもよくわからない。まあ、飽き性だからというのが一番の原因だろうと 思う。

それ以外に"The first love is true love. 説"というのもある。大学入学 直後から代数幾何学をやりたいと思っていたが、諸般の事情からそれが叶わず。 知人の縁で始めた平凡ながらも幸福な結婚生活も、どこか満たされぬ思いは 拭い去れず、結局性格の不一致から泥沼の離婚劇を経て失敗に終る(計算機科学 屋時代の終焉)。 2度目の結婚は自ら選んだ相手(可換環論)と何不自由ないものに思えたが、 何年かの後「貴方は私と暮らしていたこのン年間、ずっとあの人(代数幾何学) の事を忘れてなかったのね!」「すまぬ。君はこれまで私にずっと良くして くれた。とても感謝している」云々とすったもんだの挙句、安定した生活を なぐり捨てて初恋の人に走る失楽園、と。

この説に従えば、10数年後にまだ元気で生きていた場合、数学研究は やめて絵を描いてることになるはず。だとすれば、今は綺麗なものを沢山見たり 聴いたりする準備期間だな。

夕方は三条界隈に散歩に出掛ける。今日はAngers河原町三条本店と JEUGIA三条本店を偵察した後、三条通りを西に進み京都府文化博物館の あたりまでぶらぶら歩き。そこで電撃的天啓。私の問題点は、街をぶらぶら歩 いているだけで数学をやった気になってしまうことだと気づく。それはたぶん、 心象風景が同じならば全く違うものが同じに見えてしまう私の習性が深く関係 しているのだろう。つまり、全然違うことでも、やっている時の気分や手ごた えが同じならば、それは私にとっては同じものだ、と。

博物館の一角にある、前回、舟田某とかいう人の素晴らしい絵を売ってい た絵を売ってる店や、その隣の工芸品を売ってる店を少し見て、そのレベルの 高さにまたも腰をぬかしたり、「そうか、そういう手があったか」とその アイディアや才能に感心したり嫉妬したりした後、中庭のベンチですこし数学。 帰宅後もすこしだけ数学。

さてここで、間違い探しクイズ。一昨日のピアノ協奏曲1番のジャケットと昨日 のピアノソナタのジャケット、今日のピアノ協奏曲2番のジャケットで、 どこがどう違っているでしょう?

2009年9月22日(火)
<<空集合を恐れる>>
さて今日もいきなり本日の1枚。昨日に引き続き、イディル・ビレットのピア ノで、ショパンの「ピアノソナタ第1,2,3番(作品4、35,58)」。 ピアノソナタ第2番の第3楽章は、有名な葬送行進曲。ところどころ、「ここ は、こんなにゆっくり弾くものかしら?」と思う部分もあるけれど、美しい演 奏で結構オススメ。

明け方に夢の中で少し進展があったのに気を良くして、本日、午前中に少 しドイツ語のニュース放送を見た以外は、終日、例の講義録読み。河原町三条 界隈や岩倉近辺に足をのばそうかとも思ったけれど、連休でどこも人出が多そ うなので、河原町三条は明日以降のお楽しみとし、岩倉近辺はGoogleストリー トヴューで仮想散歩するにとどめ、結局自宅とラクト山科近辺を彷徨するにと どまる。

後期の卒研ゼミの日程調整のため、学生にメールでアンケートを取ってい るが、その返事が出揃ってきた。この場合、各学生の都合の良い時間帯の共通 部分が空集合になる可能性は常に考えておかねばならないが、実際に空集合に なったらどうするんだろう?以前はそういう心配をしなくて良いように、時間 割に卒研用の時間があらかじめ取ってあったのだが、私の抵抗も虚しく、例に よって複雑系の皆さんの空集合みたいな議論によって、数年前に何となく廃止 されてしまった。

もっとも、「抵抗虚しく」とは言っても、その頃、私の卒研には高々2名 しか学生が来なかったから、空集合発生の心配は少なく、それほど強くも抵抗 しなかったのだけど。

今回、卒研Aグループに空集合発生か?と一瞬衝撃が走ったが、すぐに集 計ミスと判明し、かろうじて2つの時間帯が候補として残った。あとはBグ ループの結果を待って、最終日程を決める予定。

さてここで、間違い探しクイズ。昨日のピアノ協奏曲のジャケットと今日 のピアノソナタのジャケットで、どこがどう違っているでしょう?曲のタイト ル、ショパンの想像、ビレットの写真、背景の楽譜。それぞれについて比べて みましょう。ただし、「ピアノソナタのCDのビレットの方が、若い頃の中村 メイコに似ている」とか、「ピアノソナタのCDのショパンは、『しまった! 大事な原稿の締め切り、忘れてた』と言ってるみたいだけど、ピアノ協奏曲 のCDのショパンは『腹へったなあ、ラーメン食べたいなあ』と言ってるみた いに見える」、みたいなのは正解とはしませんので、悪しからず。

2009年9月21日(月)
<<古色蒼然>>
さて今日もいきなり本日の1枚。昨日に引き続き、イディル・ビレットのピア ノで、ショパンの「ピアノ協奏曲第1番ホ短調作品11」「ポーランド民謡に よる幻想曲作品13」「アンダンテ・スピアナートと華麗なる大ポロネーズ変 ホ長調作品22」。美しいピアノで、オーケストラ嫌いの私でも抵抗無く聴ける。

本日午前中はドイツ語のニュース番組などを見て過ごし、昼に近所のスー パーなどに買い物に出る。まだ日差しが強くて、夏の名残が感じられる。夕方 頃に大学に出勤。事務的な書類を書いて無人の事務室に提出し、自宅に溜まっ ていた専門書10冊を研究室の本棚に戻し、かわりに別の専門書を2冊持ち帰 る。

持ち帰った専門書のうちの1冊は、ファン・デル・ヴェルデンの代数幾何 学の本。何でそんな古色蒼然としたものに手を出すハメになったのか?勿論、 例の古い講義録の解読用である。その著者も、その著者の師匠もこの1年ぐら いの間に相次いで亡くなり、質問しようにも時既に遅しである。もっとも彼ら が生きていても、恐ろしくて質問しには行かなかっただろうけどね。

夜は講義録の解読。あまり進展せず、くたびれ果てる。今年の夏休みは、 結局投稿していた論文の最終版を作った他は、この講義録と悪戦苦闘しただけ で終りそうだ。

ところでこのジャケットも、いいような悪いようなである。左側には危う げな表情のショパンの肖像画。右側にはビレットの写真。背景の楽譜が、車の 免許証の写真みたいになるのを、かろうじて食い止めている。二人はちょっと 赤毛なところが似ていて、ジャケットの上の部分には曲目がきちんと書かれて いる。まあ、無難に纏まっていて、分かりやすいけど、分かりやすければそれ で良いのか?俺なんざ、70ページぐらいの講義録で七転八倒してひと夏潰し たんだぞ!くそーっ!

2009年9月20日(日)
<<ペンギンに会う>>
さて今日もいきなり本日の1枚。昨日に引き続き、イディル・ビレットのピア ノで、ショパンの「バラード第1、2,3,4番(作品23,38,47,5 2)」と「子守唄、作品57」「幻想曲、作品49」その他。以前、ショパン は数学を勉強するときに邪魔になるからと、シューベルトを聴くようにしていた 時期があったけど、最近は頭に耐性がついたのか、自分が思っている程も数学に 集中していないのか、何だか知らないけどシューベルトを聴いても平気で数 学している。しかし、ショパンのバラードは、何かいい事があって、少しお酒 を飲んでいい気分になってぼーっとしている時に聴くのが一番いいんだろうと思う。

今日も爽やかな秋晴れの一日。中野茂男「代数幾何学入門」の必要な部分を読 もうかと思ったけど、何だかむしょうにペンギンが見たくなり、午後から大阪 の天王寺動物園へ。お目当ては何と言っても王様ペンギン。どうです、この美 しくメタボった腹で姿勢良く起立する姿。この2匹はいつもこうやって相方と 並んで同じ方向をむいており、相方が動くと自分も動いて、結局同じようにこ ういう態勢に落ち着く。私もこんな風にじっと立って、静かに世界の動きを感 じ取っていることが多く、このペンギンの姿には何となく親近感を持ってしまう。

動物園の帰りは、通天閣に上ってみようかと行ってみたが、100分待ち の長蛇の列。何でやねん?京都タワー、東京タワー、名古屋や札幌のテレビ塔 は何時行っても、すっと上がれるのにね。諦めて京都に戻り、烏丸四条の古今 烏丸で夕食をとってから帰宅。夜は中野茂男本を少し読む(予定)。

ジャケットの写真は、一瞬、♪夏が来れば思い出す、静かな尾瀬、野の小 道♪かと思いきや、どこかの小さな湖か、ライン川流域かどこかの風景のよう である。そういえば数年前の8月頃に、エッセンからハイデルベルクの方に遊 びに行った帰りに、電車の中からこういう川べりの風景を見たような気もする。 あの辺の川って、立ち入り禁止の柵があるけど、護岸工事とかあまりしてなく て、草むらを進んでいくと何となく川ベリにたどりついてしまう。水は濁って いて流れも遅く、水深がどのぐらいあるか皆目見当がつかない。遠目に見る風 景は綺麗だけど、近くで見ると案外不気味なもんである。

2009年9月19日(土)
<<昭和に生きる>>
さて今日もいきなり本日の1枚。イディル・ビレットのピアノで、ショパンの ワルツ全曲とエコセーズ作品72第3番、コントルダンス、タランテラ作品4 3。これはエッセンで論文が書けた祝いに、エッセン大学の近くのCDショッ プで買った5枚組み抱き合わせ販売セットのなかの1枚。ビレットはこの5枚 以外にもNAXOS廉価良版から、ショパンのピアノ曲を何枚か出している。

今日は爽やかな秋晴れの一日。夕方頃、スポーツクラブへ。ショッキング ピンクのど派手なランニングシャツみたいなのを着た、例のモッコシぴちぴち パンツのおナル男を遠くから眺めながら、筋トレなどに励む。帰り際、スポー ツクラブに対するアンケートを書けば、1本310円のスーパーヴァームが貰 えるというのにつられて、大学の授業アンケートよりも膨大な質問にせっせと 答える。

スポーツクラブの前後は自宅で「古文書」読み。中井・永田の52年前の 本を眺めていても、生成点の意味がどうもすっきりしなかったのだが、40年 前に出版された中野茂男「代数幾何学入門」を読んで、やっと分かった。そう いえばWeilのFoundationも、GrothendieckのEGAも、HartshorneのGTMも、みー んな昭和の昔に書かれたものばかりだな。

愚図愚図と数学をやってたので、今日はドイツ語もフランス語もなし。

ショパンの舞曲を集めたCDだからか、ジャケットにもそういうのを使っ ている。ルノアールはあんまり好きじゃないけど、この絵を見てると、♪あな たのリードで島田もゆれるぅ、チークダンスの悩ましさぁー、みだれる裾もは ずかしうれしー、芸者ワルツは思い出ワルツぅー♪っていう、いかにも昭和全 開!って感じの歌を思い出してしまい、「そら、ショパンとは違うやろ!」と 暴れたくなってくる。いや、別にこの絵の婦人は島田を結った芸者さんではな いけど、そういう違いを簡単に乗りえてしまうところが、かつて「白昼夢に生 きる高山」と鳴らした私らしいところ。

2009年9月18日(金)
<<エッフェル塔>>
さて今日もいきなり本日の1枚。ザビーネ・マイヤー率いるトリオ・ジ・クラ ローネに、名前は忘れたけど珍しい大型手回しオルガンを加えたアンサンブルで、 「パリのメカニック」。パリにちなんだ曲を、クラシックからポピュラーまで 各種取り揃えた楽しい1枚。

午前中はドイツ語のニュース番組を少し見たり、フランス語の予習をした り。午後は京大へ。数学教室の図書室に籠って、例の講義録の解読。「一次系 の生成因子にその生成点を加えたものの係数体上のトレースをとれ」だと?自 分が生まれる前の週刊誌の記事を読んでるみたいで、その当時の流行言葉を知 らない私には、何のことやらサッパリわかりまへん。まあ、もう少し粘ってみ ることにしよう。

京大ルネで少し早めの夕食の後、関西日仏学館のフランス語の授業。夏学 期は今日を含めてあと3回。来週は学会出張で欠席。秋学期も続けようか、ど うしようかと少し迷っているけど、まあ、続けることになるだろうと思う。土 曜日の午前の講座に乗り換えて、午後のドイツ語寺子屋とあわせて、語学学校 通いは土曜日に集中させようかとも思うが、結局今のクラスにとどまることに なりそう。

先週提出した仏作文「民主党と自民党の政策の違い」が真っ赤に添削され て返ってきた。「天下りの禁止」という意味のことを書いた部分が、さっぱり 意味不明だという。先生に「天下り」とはかくかくしかじかのことだと日本語 で説明して、じゃあフランス語ではどう言うのか?と聞いたけど、よくわから んと言う。フランスには「天下り」が無いからわからないのか、私の日本語の 説明がわからないのか、どうもはっきりしない。

帰りは例によって地下鉄京都市役所前駅まで徒歩。今のクラスにもすっか り慣れて対人ストレスが低下したせいか、最近は帰宅時路上飲酒に走ることも なくなった。

さてこのジャケット、これがエッフェル塔の足の部分を描いたものだとい うことを、今日初めて気づいた。それまでは何だと思ってたかというと、シカ ゴにあるような高架線の下の部分の鉄骨。そういえばパリには高架線なんてな いよな。パリは20代の頃に出張で2回ほど行ったけど、エッフェル塔は遠く から見ただけ。パリ郊外の国立研究所に行って、あとは研究所の人に車 でレストランや宿泊していたホテルに送り迎えしてもらってたから、あまり観 光してない。

パリで覚えていることと言えば、最初に泊まったホテルの部屋の電球が切 れていて、新しいのに取り替えてもらったこと。歩道を渡り切る前に信号が赤 になって、その瞬間に信号待ちしていたシトロエンが弾丸のように突っ込んで きて、命からがらに歩道の対岸にたどりついたこと(同じことはシカゴでも経 験したが、その時はキャデラックが突っ込んできた)。地下鉄の駅でどの列車 に乗れば良いか尋ねたビジネスマン風の男は、とても親切だったけど片言の英 語しか分からず、私は片言のフランス語しか分からず、「じゃあ、スペイン語 で質問してくれ」と真顔で言われて閉口したこと。レストランに入ってフラン ス語のメニュー見て注文する元気が出ず、スーパーで惣菜を買って食べたら結 構美味かったこと。現地の研究所の人に連れって行ってもらったレストランで、 ドーバ海峡の貝料理を食べ、貝の種類によってそれに合うパンが違うのだと知 り、流石にフランス料理は大したものだ、肉でも野菜でも魚でも何でもかんで も水でぐつぐつ煮て、出しガラのようなものに、塩か、あるいは、何の味もつ いてないサーモンピンクのソースのようなものをかけて食べるイギリス人とは 大違いだと感心したこと。それ以外にも、まあ、色々あるけど、何故かもう一 度行ってみたいとはあまり思わないな。

2009年9月17日(木)
<<猫に人生を学ぶ>>
さて今日もいきなり本日の1枚。自宅のクロゼットの隅から新たに発掘された、 トン・コープマン指揮のアムステルダム・バロック管弦楽団で、J.S.バッ ハのヴァイオリン協奏曲ホ長調BWV1042、二短調BWV1041、二短 調BWV1043の3曲。ずいぶん昔に中古CDショップで買って、ほとんど 聴いてなかった。BWV1042は聞き覚えのある曲だなと思ったら、7月2 4日に紹介したハープシコード協奏曲のBWV1054をヴァイオリン用に編 曲したものと判明。

午前中はドイツ語やフランス語を少し勉強し、午後は京大へ。昼食後のル ネや数学教室の図書室で「古文書」の解読。一次系の生成因子の定義がようや くわかりかけてきたけど、例の講義録解読のためには、それだけでは足りない。 そろそろ科研費申請の準備もしないといけないし、少し気ぜわしくなってきた。 夜も少し「古文書」や講義録を突っ突いてみる。

トン・コープマンは、8月26・27日に紹介した平均律 クラヴィァ曲集のCDでは、それなりに雰囲気のある正真正銘筋金入りのオジ サンだった。しかし、このCDが録音された1985年頃はそれよりもっと若 かったらしく、解説パンフに出ている肖像写真はなかなかワイルド。ワイルド すぎて、何だか見てはいけないものを見たような気分になる。だからジャケッ トにも肖像写真は使わず、こんな風にバッハの時代に描かれたであろう静物画 を使って無難に纏めたのだろう。この画像では上の部分だけ緑の太い線が描か れていて、すっきり纏まっているが、私の持ってるCDでは緑の太線が四角く 外枠のように描かれていて、ちょっと見苦しい。

京大の帰り際、耐震工事中の数理研の隣、基礎物理研究所の方に足をのばし、 「トラちゃん」こと数理研猫の動向調査。今日は久しぶりに”本人”がお出ま し。野良のくせに人によく懐く猫で、私を見るなりすり寄ってきたり、写真 を撮ろうとしたら、それを察したかのように「死んだフリ」のポーズをしてく れたりする。この写真のポーズの直後も、薄目を開けてこちらの様子を伺い、 写真撮影が終ったのを確認(?)すると、またむっくり起き上がって、すり寄 ってきたり、毛づくろいをしたり、ポーズをとったりと、なかなか如才ない。

うーむ、厳しい世界を生きる野良猫だからこそ、相手に取り入り、人の心を 掴む術に長けていなければならない。実際この猫は多くの人に寵愛されて、餌 や水を貰い、毛並み良く福々としている。翻ってこの私はどうだろうか。 この猫を見ていると、これまでの自分の生き方が正しかったのだろうかと、色々 考えさせられるのである。

それにしても、私は、若い頃よりも猫にモテるようになったような気がし ないでもない。昔は猫を見つけて近寄ろうとすると、連中は一目散に逃げる ことが多かったが、最近はじっとこちらを見てからゆっくりと去っていったり、 場合によっては、すりすりと近寄ってきたりもする。

猫は、がさつで突発的に何をしでかすかわからない男の子が大嫌いだそう だから、理論的には、ぼーっとしている我々オジサンの方が有利なはずである。 そしてオジサンになった私は、理論通り猫にモテるようになったのだ、というの が現在の通説的見解である。

2009年9月16日(水)
<<免許証の更新>>
さて今日もいきなり本日の1枚。昨日に引き続き、アルフレッド・ブレンデル の、シューベルト「ピアノソナタ第42番D.845」および「即興曲D.9 46」やっぱり、全く隙の無いシューベルト。まあ、同じシューベルトでも、 演奏者によってずいぶん解釈が違うんだなってことが、何となくわかる。

本日、5年振りの免許証の更新に行く。20年以上ペーパードライバーな ので、超優良幽霊ドライバーなのである。この日誌を遡ってみると、前回は5 年前の2004年9月15日に更新に行ったと書かれている。

京都市内のペーパードライバーにとって、免許の更新はなかなか大変であ る。更新施設が、羽束師(「はずかし」と読む)という、電車もバスも不便極 まりない陸の孤島のようなところにあるからである。勿論、車を持っている人 には広い駐車スペースもあって、便利なんだろうけど。

かくして、更新受付午前の部の8時半から9時半に行くのは、ちょっと大 変である。特に昨夜は何故か夜中にふと目覚めてから明け方まで眠れず、かな り睡眠不足で、9時過ぎに起きるのがやっと。受付午後の部は13時から14 時までの間。受付窓口は12時半には既に長蛇の列が出来るので、前回同様、 JR長岡京駅からタクシーを飛ばして12時過ぎに現地到着。ほぼ一番乗りで 列に並んで受付開始まで小一時間ほど待った。受付を済ませた後、印紙購入、 申請申し込み、適正検査、写真撮影は、一番乗り効果もあって全部で10分程 で終ったが、講習が始まるまで半時間程度待つことになった。無事故無違反の 優良ドラーバーなので講習は30分で済み、14時10分に終って、すぐに新 しい免許を貰えた。

帰りのバスは1時間に2本がやっとなので、 前回は更新施設前に待ち構えているタクシーに乗ったが、今日はすぐにバスが 来たので、JR長岡京駅まで乗っていく。

その後、京都駅前アバンティーに移動し、サンリオショップの偵察、ホテ ル京阪のラウンジでしばし数学、そしてブックセンターの偵察の後、帰宅。夜 も少し数学。古文書の解読。一次系の生成因子やその特殊化という概念は、古 い代数幾何学ではとても重要なことのように扱われているけど、それは現代的 な代数幾何学では何に相当するのか?さっぱりわからない。昔、隆盛を誇って 今は絶滅した概念?

ところでこのジャケット、ブレンデルが誰かのデスマスクみたいなのを興 味深げに眺めているけど、昨日の魔除け人形といい、当時のブレンデルはそう いう趣味に走ってたのかしら。でも、こういうマスクから死者が急にむくむくっ と蘇って、「おのれ!歪み脳の呪いを思い知らせてくれよう!」とか言って襲っ てきたら、どうするんだよ?