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た
め
の
邪
魔
な
広
告
よ け ス ペ ー ス で す。
2010年6月30(水)
<<色めき立つ数学者たち>>
大丸ラクト山科店で昼食用のパンを買って、午前中に出勤。
前期試験の問題3セット(プラス追試分3セット)をプリントアウト
して切り貼りし、必要添付書類を何枚か書き上げたところで昼休み。
研究室コソコソ昼食。しばし休憩。そして計6セットの問題を事務
に提出。
引き続き13時より14時30分まで卒研ゼミ。今日もヒルベルトの 基底定理の証明のつづき。うーむ、やっぱり6月中に終わるのは無理 だった。しかし30年前の天才数学青年Hを彷彿させる卒研生X君が、 突然「先生、そんなの当たり前じゃないですか!」と目を血走らせ青筋 立てて怒りだすという悪夢もなく、無事6月を終えることができて良 かったと言えよう。
ゼミで発表しているX君が私の厳しいツッコミに顔をこわばらせて いた14時20分頃、予定通り卒研アルバムの写真撮影のために カメラマンがやってきた。X君の発表風景も撮りたいので 「そのまま続けてください」とカメラマン氏。でも、 一生モンの卒業アルバムだし、私は「嘘でもいいから もっと楽しそうに、『この定理の証明はですねえ!』と堂々と自慢げに 発表しているフリでもしたらぁ!?」とアドヴァイスした。 いや、写真撮影でない時でも、空元気でもいいから楽しそうにしていると、 だんだん本当に楽しくなってくるから(ホンマかいな?)、 来週からそうしなよ。
ゼミのあとは14時40分より16時10分まで2回生配当 「離散数学」の講義。今日は4次対称群の位数8の部分群の中の ある2次巡回群が正規部分群でないこと計算で示し、さらに 正規化群の概念を定義して、同じ例について正規化群を具体的に 計算してみせる。そのあと10分程度時間が余ったので、授業アン ケートをとる。
講義の後でひとりの学生が一般的な勉強法についての 質問にきた。「講義の内容は全て分かるんですけど、それ以上に何を すればよいですか?」って。うーむ、何だか今年は賢い学生さんが多いですなあ。 じゃあ、ハーツホーンかEGAでも読みますか?森&コラールでもいいですよ。 あるいは、しばらく美しいものを見て、美し音楽を聴いて、心静かに暮らしてみ るってのもいいですねえ、と。
え?本当はどう答えたんだって?それは内緒。
16時30分より学科会議。議事を聞き流しながら、来週分の 「離散数学」の講義メモつくり。今年の1回生には、京大や阪大 などの有名数学者や物理学者の子弟が沢山いるらしいという話に なり、皆さん何故か色めき立っていた。「立命の先生って、こんな 馬鹿なこと教えてるんだよ」って変な告げ口されたら嫌だし、 さらにその偉い先生が「どういう教育しとるんじゃ? お前ら、数学者の風上にもおけん奴らじゃ!」と大学に怒鳴りこんで きたら嫌だなって気持ちがあるらしい。ふーん、数学者も色々苦労が多いんだね (私は数学者でなくてよかった)と。
学科会議は18時過ぎに終了し、少し休憩してから引き続き別の会議。 その会議も18時40分頃に終了。生協で夕食の後、研究室でも もうすこし雑用をして20時過ぎに大学を発つ。帰宅は21時半ごろ。
2010年6月29(火)
<<遠くを見つめる>>
高密度実装の火曜日。10時過ぎに出勤し、色々支度をして10時40分
より12時10分まで4回生配当「計算機数学」の講義。受講生は
12、3名。今日はブーフバーガー・アルゴリズムの証明を終え、
アルゴリズムの最適化技術として、辞書式順序を使った場合の特殊な方法
に続き、シチジーを使った方法を紹介する準備として、
自由加群の概念や加群準同形、
その核などについて簡単な例とともに示す。
研究室コソコソ昼食やちょっとした雑用で正味40分程度の昼休み が終わり、13時から14時半まで経済学部、経営学部2回生配当の C言語とUNIX演習。出席者3名。うち一人は課題5を終え来週 から課題6に進む模様。横目で学生の監視をしながら、次の授業の準備を したり、今日東京の書店から届いた専門書を眺めたり、少し数学を考えたり、 文献を検索したり。
14時40分より16時10分まで、2回生配当「代数学序論I」。 授業が始まる直前の学生たちのざわつきの中から、「代数、気持ちいい!」 という声が聞こえてきたような気がした。空耳でなければいいのだがと 思いつつ、今日は剰余類の話の続き。左剰余分解、右剰余分解の話はほぼ 終わり、来週はラグランジュの公式を証明して正規部分群や剰余群の話に入る。
講義後に学生が教卓のところにやってきて、講義中に示した 私の具体例の計算の間違いを正してくれた。話を聞いていると、 どうやら関連する議論を完璧に理解しているようで、ちょっと嬉しくなった。
と、喜んでばかりもいられないもので、こういう状態でも授業アンケート などをとると、半数ぐらいが「自宅学習はゼロ、毎回授業に出てるがさっぱり 理解できない」というような答を返してくるものである。自宅学習は期待して ないけど、「あんだけ噛んで含めてお粥を炊いて一所懸命教えてるのに、 『さっぱり理解できない』と言われてもなあ」と、しばし遠くを見つめるような 目をして、それから何ごともなかったかのように日常に戻るのである。 と言っても、まだ授業アンケートとってないけどね。長年の経験に基づく、 単なる推測。
研究室に戻りひといきついてから、少し雑用の後、すぐに帰宅。 夜は来週以降の分の「代数学序論I」の講義メモつくりと、定期試験 問題のチェック。
2010年6月28日(月)
<<恋人同士?>>
研究日。午前中は自宅、午後は街で数学。街と言っても、近所の
医院の先生みたく京都の街を歩き回っているわけではなく、例によって
丸亀製麺の讃岐うどんで昼食をとり、寺町通りの上島珈琲の片隅に
陣取って夕方まで居座ったのだが。
今日の上島珈琲、私の席の近くで、アラフォーの主婦が50代の 自営業風の建築家と何か請負契約の話をしていた。 しかし仕事の話をしていたかと思うと、すぐに、 やれ夫が海外出張に行くたびに太って帰ってくるだの、 自分はオジサン化が進んだこの10年で10キロ太っただの、 中学時代に入っていた野球チームが全然面白くなかっただのと、 色々楽しげな雑談に話が行ってしまい、 まるで知り合って間もない恋人同士のようだった。
彼らが去った後、60歳ぐらいの男が来たが、しばらくして30歳 前後の女もやってきた。男は大学教授らしかった。女はどうも 理学部の数学科を「なんとなくお情けで卒業」したらしく、今は高校以下の 学校関係者のようだが、はっきりしない。 二人の共通点はどうやら発達障害や認知症などの精神医療関係らしい。 彼らもまた楽しげに雑談をしていたが、さきの二人のような恋人同士を 思わせる雰囲気はなく、かといって親子でもない。まあ、友人同志というの かも知らないけど、要するに何だかよくわからない。
以上の二組に共通して見出せるものは、互いに興味を持ち合い、 必要に応じて自分のこともオープンに話すという、会話に対する積極的な 意思である。そんなの当たり前じゃないかって?うーん、当たり前? そうだったのか。ま、いいけど。
上島珈琲を出て、JEUGIA三条本店を偵察。今日はアルフレッド・ ブレンデルのフェアウェル・コンサートのCDは掛かってないし、それに、 これはJEUGIAさんではよくあることだが、店内でよく掛かっている ブレンデルのCDが、もう何週間も前から店に置いてない!悩ましい誘惑 がないというとこで、胸をなでおろす。そのかわり、何とかムッターという ヴァイオリニストのCDが掛かっていた。彼女のヴァイオリンって、「さあ、 全てを忘れて私と一緒にどこまでも堕ちていきましょう!」みたいな官能的な 音なので、ちょっと私の趣味とは違う。ヒラリー・ハーンのヴァイオリン が掛かってたら、ふらふらと買ってしまいそうだけど、何故かJEUGIA さんの店内でヒラリー・ハーンが掛かることはない。まあ、ほっといても 売れるからかしら。ついでに4階の書籍部で楽典の良さそうな本があったけど、 「まず読まんだろうな」ということで、パス。
それからAngers河原町三条本店を偵察してから帰宅。夜は 歯医者に定期診療に行った後、明日の講義の準備や大学の事務的な雑用。 そういえば、いくら雑用王国の大学を嫌って研究室を留守にしてても、 雑用はメールに乗って追いかけてくるんだね。大学って、ずっと前は 「ああ、高山先生、ちょうどよかった」って感じで雑用が飛び込んで 来たけど、今は案外静か。だけど、頭の中が騒々しくなるから嫌なだけ。
2010年6月27日(日)
<<イチジクの種>>
朝から異様に湿度が高く、蒸し暑い一日。午前中は朝日新聞
オチビサンと京都新聞7つの間違い捜しクイズと時事クロス
ワードパズルの後、しばし数学。
昼食の後、自宅を出て京都市内某所にて開かれたチェンバロ
とフルートのコンサートを聴きにいく。室内楽は、大きなコンサート
ホールの暗い客席で息を殺して聴くのもいいけど、こういう
こじんまりした所で聴く方がもっと楽しい。
若い頃、私が働いていた研究所で事務のアルバイトをしていた人が 実はオーボエ奏者で、研究所の近所に住んでいた別の事務員さんが 主催者になって、その人の家でミニコンサートをやるというので、 聴きに行ったことがある。フルートの人も連れてきてたような気がするが、 よく覚えていない。何せクラシック音楽には全然興味がなかった頃のことで、 オーボエと言われてもピンと来ないし、主催者の事務員さんに 「あなたも来なさい!」と言われて行っただけ。演奏を聴いていても、 ふーん、こんなもんかって感じだったし。しかし、この 「ふーん、こんなもんか」ってのが、長い年月の間に胸の内でゆっくり と成長し、今のクラシック音楽好きに繋がっていると思う。
クラシックギターをやってたのに、クラシック音楽に興味がない わけがないだろうと思うかも知れないが、当時はクラシック音楽と クラシックギターの関係が全然わかってなくて、全く別のものだと 思っていた。まあ、ソルとかタレガの曲がクラシック音楽かというと、 微妙なところだから、そう思うのもしょうがないと言えばそうだけど、 ポール・サイモンが「充電期間」にクラシックギターを 練習して「J.S.バッハの曲なんか、いいねえ」と言ってたという 話を聞いて、何でクラシックギターとバッハが関係あるねん?!と 不思議に思ってたぐらいだから、やっぱり本当に何も分かってなかったのだ。
上記のミニ・コンサートよりももっと影響があったのは、 小学校や中学校の音楽の授業だろうと思う。音楽理論が苦手で、 ホ長調だのイ短調だのト音記号だのへ音記号だのフラットだのシャープだの 「4分の2は2分の1とは違います」(数学的には同じじゃないかよう!) だので頭がこんがらがって完全に落ちこぼれていた私ではあるが、 楽器演奏と音楽鑑賞の時間だけはそれほど嫌ではなかった。 その時にシューベルトだのモーツアルトだのチャイコフスキーだのの 有名なクラシックの曲をいくつか聴いた影響は大きいと思う。 その時はやはり「ふーん、こんなもんか」って感じだったが、何十年後に 「そういえば、あれは結構良かったな」とふと思い出し、 またクラシック音楽も聴いてみようかという気になって、現在 に至っているというわけだ。
まあ、子供の頃に縁側でイチジクを食べていて、庭先に種をぶっと 吐いて捨てたら、何十年後に毎年イチジクの実のなる木になっていた、 みたいな話だな。まさかこんなことになろうとは思わなかった、みたいな。 しかし、私と数学との関わりで、似たような話はとんと思い浮かばない。
コンサートの後は大丸ラクト山科店で安いワインを1本買い、 さらに近くのスーパーで適当に買い物をしてから帰宅。ワインは明日以降 のためにとっておいて、夜はすこし数学。
2010年6月26日(土)
<<徘徊のプロ>>
午前中は前期試験問題作成作業に着手。今日中の一気完成を目指す。
昼前に自宅を出て、関西日仏学館へ。
昼食後にここの図書室でドイツ語の勉強をする積りだし、今日は
雨が降ってて煩いので、昼食もここのカフェですまそうか、と。
例によって満席に近いものの、席はいくつか空いている。
しかし新しく入ったと思われるバイトの兄ちゃんは
「しばらくお待ちください」と言ったまま、ぼんやりとしている。
相変わらず面倒臭いカフェだなと、やはり京大ルネへ。
京大ルネから関西日仏に戻る際、自宅の近所の医院の先生が 東大路を北上する形ですたこらと歩いてきた。先生、何してるのかな と思いつつ、さして気にもとめず日仏学館の図書室へ。そこで2時間 近くドイツ語を勉強してから、15時すぎにドイツ語寺子屋へ。今日の テーマは先週に引き続きドイツの大学について。雑談で、先生がドイツ語教師 としていくつかの大学で非常勤講師をした際の苦労話が出た。 専任教授との軋轢や意欲のない学生を教える苦痛など。なあるほど。 まあ、よくある話ですな。
寺子屋は17時頃に終了し、 丸太町通りに新しくできたスーパーマーケットを偵察したりしながら、 徒歩で京都市役所前まで。 途中、河原町 通りを南下する、例の医院の先生を発見。この人、午後一杯こうやって 京都市内を徘徊していたのかしら。実は休診日にこの先生が徘徊しているのを 目撃するのは、今日が初めてではない。うーん、「日々是偵察也」を 座右の銘に秘かに徘徊王を自認している私だが、この先生には負けるな。
そういえば、京都の街を徘徊しているとよくRitsの某先生に出 くわすので不審に思っていたら、都市景観論が専門の建築学科の先生だった こともあったな。さすがの私も、こういう徘徊のプロにはかなわない。 数学に限らず、世の中上には上があるものだ。
今日はJEUGIAにもAngersにも道草せずに、すぐに地下鉄に 乗って帰宅。夜は試験問題作成に励み、深夜、予定通りに一応全科目完成。 来週大学に出勤した時にもう一度チェックして、問題用紙に切り張りして 事務に提出する予定。
2010年6月25日(金)
<<青筋>>
また「あのシリーズ」の瞬間的復活である。チェンバロ奏者スコット・ロス
のスカルラッティ・ソナタ集。矢野健太郎は微分幾何学で生涯に300本以上
の論文を書き、その異様な多さに私などは「それ、ちょっとおかしんとちゃう?
30本ぐらいにしとけや!」と思うのだが、スカルラッティーは生涯に550曲
以上のソナタを作曲したのだから、これは「だいぶおかしい」。
まあ、数学の論文も音楽も数が異様に多いのは「おかしい」けれど、 だからどうだってことはないんだけどね。しかしそのお陰で巷に溢れる 「スカルラッティ・ソナタ集」なんてCDは何枚買っても曲の重複が起こり にくいので、何となくおトク感があって、その意味では大変よろしい。
チェンバロはピアノに比べて演奏者の個性の違いが出やすいのか、 CDを試聴しただけで「うわっ、これは駄目!」みたいなのが多いのだが、 このCDは試聴したときにすっと胸に入ってきて、 1000円というおトク感溢れる値段もすっと腑に落ちて、 結局すっと衝動買いしてしまった。
本日午前中は京大の代数幾何学セミナー。今日は私のやってることと かなりかけ離れた話だが、最近その手の話をちょくちょく耳にするので 一応内偵しておこうか、と。 そういえば学生時代の幾何学の演習の時間に「そんなの、当たり前で しょう!」と青筋たてて私を叱り飛ばした、 1学年後輩の(かつての)天才数学青年H(今はもう「青年」ではない) も来ていた。彼の専門に近い話らしい。今も「青筋」のトラウマに苦しむ 私は勿論、30数年後の今日再び「そんなの、当たり前でしょう!」と どやされることのないように、いつもにもまして大人しくしてましたけど。
講演は勿論数学的に面白かったけれど、講演者が思わず発した 「怪しいものは柔らかい字体で書くというのが人間の本能です」という フレーズが最も心に響いた。このセミナーでは特に座敷童に徹している私だが、 このときばかりは思わず嬉しくなって、「ほんまかいな!」と小声でツッコミ を入れてしまった。数学者というのはもうちょっと単純明快な冗談が好きで、 こういう冗談ではまず笑わない。で、この時も皆さんしんとしていて、 私の小声がちょっと響いてしまった(まずい!)。
昼食は例の真っ黒スープの衝撃ラーメン屋。この味は正直言って あまり好きではないのだが、それでも「もう一度だけ行ってみよう」 と結局何度も通っている私って、何なんでしょう。 今日は焼飯定食を注文。何もかもが醤油(と焼き豚の煮汁)の 味だけなので、店を出てからむしょうに何か甘い物が食べたくなり、 近くのコンビニに飛び込んで小さな饅頭を買い、その場で一気食い。
それから京大に戻ったのだが、門のところで屋台の弁当屋が 最後の1つを売り尽そうとしていた。京大関係者らしい若い男が 近寄ってきて覗き込むと、店の人は「モヤシ炒め弁当ですけど」と 言う。男は、なあんだ、じゃあ、やめとこうって感じで立ち去ろうと した(ほお、モヤシ炒めは嫌いなのか)。すると店の人はすかさず 「あの、もしよかったら、最後の1つですし、50円引きしますけど」 と声を掛けた。すると男は立ち止り、結局買っていた。なんだよ、 50円でブレるのかよ。この軟弱者めが(って、そういう問題 ではないか)。
午後は京大数理研図書室で夕方まで数学。頭の中でもモヤモヤしていた 碌でもないアイディアをTeXノートに纏めて、やはり碌でもないことを 確認したり、書庫で文献を漁ったり。閉館時間になって帰る頃には 小雨ばぱらついていた。トラちゃんこと数理研猫の住処を訪ねると、 例の物憂げな顔をして寝そべっていた。今日はやけに眼やにをためていたけど、 どうしたのかしら。
それからバスで京都市役所前まで移動し、JEUGIA三条本店 を偵察し、上記CDを衝動買い。ジャケットはこの画像で見るより実際は 色が濃く、小豆入り抹茶カステラみたく美味そうである。 私は小豆入り抹茶カステラに何度騙されたか知れず、今はもうお菓子の誘惑 には負けないけれど、CDのジャケットは盲点だったな、、、って、 別にジャケットだけで選んだわけでもないけど。
店内にはアルフレッド・ブレンデルのフェアウェル・コンサートの2枚組 CDからベートーヴェンのピアノ・ソナタが掛かっていた。ああ、いいなあ。 何だかまたJEUGIAさんの思うツボにハマりそうだな。否、このCDは ドイツで買うことにしよう、と。
帰宅後、夜はドイツ語の予習など。
2010年6月24日(木)
<<2時間健診>>
早起きして円町にある健康診断を専門に請け負っている病院みたいなところへ。
運が良ければ今年の秋はドイツに高跳びしていて、毎年秋の健康診断を
さぼれるはずだったのだが、そうは問屋は下ろさないらしく、上記の病院
で健診に行ってこいとのお達しが出たのだ。
9時35分頃に受付に行って初めて気づいたのだが、そこは ほとんど「2時間待ち3分診療」の大学病院みたいな世界。 私はほとんど学校や職場でしか健診を受けたことがないから、 こういうところを利用する人がこんなに溢れ返っているとは知らなかった。
まずは受付を すますために20分ぐらい待たされる。問診票記入と検尿は速攻で済ませたが、 その後レントゲン、身長体重血圧聴力検査、心電図、問診、血液検査等々 いちいち検査室前の待合室で延々と待たされ、ようやく解放されたのは 11時45分。職場の健診は混まない時間帯を見計らって行くこともあるが、 せいぜい4、50分ぐらいで終わるのに比べると、地下鉄とJRを乗り継いで で1時間ぐらいかけてわざわざ出掛けて、さらに2時間も待たされるという、 ほとんど半日仕事である。
おかげで待っている時間にヨーロッパ数学会から依頼されていた論文 レビューの下読み作業が2件片付いた。いやしくも数学研究に携わる者は、 会議が長いだの、電車が遅れただの、病院の待ち時間が長いだのと言って 弱音を吐いてはいけないのである。弱音を吐いているわけではないが、 文句のひとつも言いたくはなる。
朝食を抜いてきたので腹が減ってしょうがなく、円町駅前で適当に 昼食をがっついた後、バスに乗って京大へ。数理研の図書室で夕方まで 日大セミナーのノート整理。そういえば耐震工事でリフォームされた 数理研の個人研究室の扉はすべてすりガラスのスリット付きのものに 取り換えられていた。まあ、京大数理研は研究機関だから、雑用から 身を守るために息を殺して研究室に閉じこもる必要はないだろう。
数理研の帰りにトラちゃんこと数理研猫の寝ぐらを表敬訪問したが、 今日は留守。猫は天気が良いときはどこかをうろついているものだ。 それからJEUGIA三条本店とAngers河原町三条本店を光速偵察 飛行し、大丸ラクト山科店でワインを赤白1本ずつ買い、夕食時に赤ワインの 方を一気に半分近く空ける。健診対策としてこの10日ぐらい禁酒していた ので、その反動。「人は年を取るから老いるのではない」という。 では、何をもって人は老いるのかというと、健診対策のための禁酒 などというみみっちい営みを定期的に繰り返すことによって根性が オジサン臭くなって老いるのである、というのは今思いついたタワゴト。
夜は論文レビュー書きや定期試験問題作成の仕事を蹴飛ばして、 日大セミナーのノート整理の続きの作業。ようやく何とか片付ける。
2010年6月23日(水)
<<ぎくりとする>>
午前中は日大セミナーのノート整理を少し進める。情報量が多く、
なかなか片付かない。昼前に自宅を出て、ラクト山科で昼食用のパンを
買って山科駅のホームのベンチで食べる。JRは例によって、さしたる
理由もなく遅延していた。私の乗った電車は別に遅れていなかったが、
それでも電車に乗って、バスに乗り換えて、大学に着いた時には
既に午後の授業の時間が迫っていた。
13時より卒研ゼミ。今日は教育実習に行っていたK君も 戻ってきた。K君は3週間ぐらいゼミを休んでいたが、心配しなくても その間ほとんど進んでいない。今日もまたヒルベルトの基底定理の 証明の部分を突っ突き回し、途中まで進む。6月中に何とか終わるかしら。
ところで、顔と中身は別だということは頭では分かっているのだが、 視覚情報に流されやすい私はどうしても「顔が同じなら中身も同じ」 と考えたくてしょうがない。今年の卒研生の一人は、学生時代に私が 幾何学の演習で馬鹿な質問をして「そんなの当たり前じゃないです か!」と青筋立ててどやされた天才数学青年(当時)H の面影と重なって 見えて、思わずぎくりとしてしまう。そういう意味で、今年の卒研は 個人的には(つまり学生たちとは何の関係もないところで) 私にとってはかなり刺激的。
まあ、こういうことは別に珍しくなくて、会社に入社した 当初、職場にいた大学の先輩にあたるM氏を見てぎくりとした。 学生時代、同じ代数幾何学のゼミで、こいつには逆立ちしても かなわんなあといつも歯ぎしりをしていた同級生Tを、 タテ横高さすべてにわたって一回り大きくし、さらに頭を巨大 にするとM氏に一致したからである。嫌だなあ、またこの人に 色々苛められるのかしらと思ったが、Tとは違って(?) 案外いい人だった。(Tも今思い返すと案外いい奴だったけどね。)
それからまた数年して、M氏の学生時代の同級生だという Yk氏と国立研究所で同僚になり、またぎくりとした。これまた 学生時代の私の同級生Yaとそっくりの風貌だったからである。 Yaとは、例の「なんやそのドン臭い解き方は!」と私の ノートに巨大な×印を書いた男である。嫌だなあ、またこの人に 「なんやこのドン臭いプログラムは!」とか何とか言われて 巨大な×印でもつけられるのかしらと怯えていたのだが、 Yk氏は案外いい人だった。
卒研ゼミのあと、引き続き14時40分から16時10分まで 2回生配当「離散数学」の講義。今日は4次対称群の位数8の部分群 を使って正規部分群の例の計算をシコシコとやってみせる。学生には かなり分かりやすかったとみえて、授業中に私の計算ミスを指摘して くれる学生も何人も現れた。簡単な計算を間違って見せるのは、学生の 集中を促し、すこぶる教育的である。もっとも教育的効果を狙って わざと間違えたわけでもないんだけど。
研究室に戻って一息ついてから、16時30分より学科会議。 議事を聞き流しながら、論文レビューの作業。何だか分かりにくい 論文で筋書きが読みにくく、作業はやや難航。会議は18時過ぎに終了。 生協食堂での夕食を挟んで、研究室で事務書類書きなどの雑用を片付け 20時半ごろ大学を発つ。帰宅は22時前。それから論文のレビューを 一気に書きあげ、その勢いでアメリカ数学会にメールで提出。これにて 一件落着なり。
2010年6月22日(火)
<<矛先>>
またも高密度実装の火曜日。午前中の講義の少し前に電話があり、
頼まれ仕事の追加、というか駄目出しの連絡。10時40分から
12時10分まで4回生配当「計算機数学」の講義。受講生は
10名程度。今日はブーフバーガー条件のある特殊な場合の補題
とその証明、ブーフバーガー・アルゴリズムとその基本的な考え
方を示す。
正味40分の昼休みは、研究室こそこそ昼食と事務的な雑用。 13時より14時30分まで、経済学部、経営学部2回生配当の 「C言語とUNIX演習」。受講生は4名。皆さんだいたい 課題の3番から5番あたりをウロウロ。週活4回生もここんところ 連続で出席している。2回生のひとりは3、4回連続で休んでいるが、 受講放棄かしら。時々学生の質問の対応をしたり、出来あがった レポートを見てやったり。その合間は、今朝アメリカ数学会から 督促メールが来た、論文レビューの作業。
14時40分から16時10分まで2回生配当「代数学序論I」。 今日は部分群の剰余類を定義して、具体例をいくつか示して剰余類 の一般的性質を「予想」として示し、その一つを証明する。続きは来週。 この授業は50名程度が出席しているようだが、皆さんとても 静かに聞いてくれる。それだけに、後ろでコソコソお喋りしていると、 コンサートホールの舞台でピンを落とした時のように、教卓からでもよく 聞こえて耳触りである。
面白いことに、お喋りする学生の席はいつも決まっていて、 教卓から見て左手の一番後ろ、つまり教室の後ろの扉近くの席に 数名が固まっている。同じ学生なのかどうかはよくわからないが、 継続的にお喋りの声が聞こえてくるのはそこに決まっている。 しばらく様子を見ていて、全然講義を聞いていないことが確認 でき次第トンカチを打ち鳴らして雷を落とすのだが、毎回こういう ことばかりやっているのも色々問題があるので、できれば彼らの 「指定席」のところに画鋲か鉄ビシでも敷き詰めて座れないよう にしてやろうかと思う。あるいは滋賀県警の"Keep Out"テープで 立ち入り禁止にするって手もあるな。
16時30分より教授会。皆さん何を議論していたのか知らないけど、 私は論文レビューの作業をしていた。しかし耳に入ってきた 議事もないわけではない。1つはキャンパス禁煙化運動強化の報告で 「教職員にも矛先が向けられるのは時間の問題です」「『矛先』ですか。 では大学の中で矛を振り回すなどという野蛮なことをしている人は誰ですか?」 「。。。。」「これはまさに全体主義ですね。」というやりとりが面白かった。
それ以外に聞き捨てならない報告もあって、それは個人研究室のドアを スリット入りのものに取り換える計画についてだった。その背後には文科省 の強い指導があるようだが、これは新しく作る研究室の場合で、既存のもの については無理にやらなくてよいはすだ。それを大学独自の判断でやるという。 まあ、文科省も大学当局も考えていることは同じで、「大学教師に密室を与えて おくと碌なことはない」ということらしい。
研究室のドアは大学キャンパスの中で研究活動を守る最後の砦である。 研究室のドアにスリットが入ると居留守が使えなくなって、押し売りが やってきた時や誰か雑用を押し付けにやってきた時に不便で、 押し売りには後で腹が立って研究ができなくなるし、雑用が転がり込めば やはり研究の邪魔になる。しかし押し売り容認は景気対策になるだろうし、 教員に雑用を押し付けやすくなると大学の管理運営のための人件費が効率化する。 なるほど、そこが狙いなのか、と。
その対抗策として、案山子でも置いて年中灯りをつけておけば良いかもし れない。高山先生はいつも研究室に居るようだけど、全然返事をしない。 まあ、そういうことにしておこう。しかしその場合、「高山先生は研究室 の中で急病で倒れているに違いない、これは大変だ!」という理由で、 合いカギを使って強硬突破してくるそうだが、そこで彼らが見るものは、 首から「キティですけど、何か?」というプレートをぶら下げた、机の前に座っている 巨大キティーちゃん人形の案山子というわけだ。どうだ? この計画は完璧だろう。
教授会は17時45分頃に終了。研究室に戻って、出張関係の色々な 書類を書いて事務に提出したり、午前中の電話の頼まれ仕事駄目出し編を とりあえず片付けて返事のメールを出したりといった雑用。途中19時頃に 生協食堂に夕食に出かける。20時半ごろに大学を出て、帰宅は22時前。
2010年6月21日(月)
<<空白域>>
22時過ぎ、東京出張より無事自宅。帰りの新幹線のぞみがやけに
横揺れがひどく、それを無理してビジネスマンの真似してノートPC
でセミナーノートの整理をしていたら乗り物酔いしてしまった。
とりあえず、明日の大学院の授業の予習をしてセミナリーノート
の1ページ目を整理し終えたところでPC作業を終了。あとは昨日
買った本を読んですごした。
今日の日大セミナーも、面白くてためになる話を沢山聞く ことができた。しかしこうやってあちこちの研究集会やセミナーに顔 を出して勉強していると、私が考えている問題はちょうど地震の空白 域のようなところにあることを痛感する。つまり、私と似たようなこ とを考えている人は極めて少なく、私にとってヒントになりそうなア イディアやテクニックについて誰かが講演したり、講演中に言及した りすることはほとんどない。まあ、だからこそ誰にも邪魔されないで ゆっくり考えることができるメリットもあるのだが、その一方で野垂 れ死にするリスクも少なくない。しかし大きなヒントは既に目の前に あって、単に私がそれに気づいていないだけかも知れないから、「日 々是偵察也(数学編)」の一環として常に用心はしているのだが。
それにしても、気が付いたら自分は空白域に居た、というのは今回に 始まったことではなく、子供のころからずっとそうだったとも言える。 無意識のうちに人々があまり関心を持たないようなところに安住の地 を求める性向は、昔からほとんど変わっていない。人々が集まっている にぎやかな所が好きなので、とりあえずは近寄っていくのだが、そのな かで自分の居場所を探すとなると、結局空白域を見つけてそこに居ついて しまうというわけだ。
ところで、学会やセミナーの講演を聞くメリットの一つとして、 それが学生に対する講義に生かせることがあると思う。 数学は少し専門が離れるとほとんどちんぷんかんぷんだし、 専門が同じでもよほどうまく話してもらわないと、 特に初めて聞く話は分かりづらい。聞いても よくわからない講義を我慢して聞いているという意味では、我々も 学生と同じなわけで、板書の仕方や話の進め方などで、講演者に 対して不満をもつことは少なくないし、逆に明快な講演に感銘を 受けることもまた少なくない。その不満体験や感銘体験を他山の石 にしたり参考にしたりして、学生に対する講義の仕方を自分なりに 工夫しているつもり。
2010年6月20日(日)
<<思考は空白か>>
明け方、何か嫌な夢を見て「そりゃあ、ないんじゃねーの?!」と
憤慨して目が覚めた。何に憤慨してたのか、午前中は覚えていたのだが、
今は忘れてしまった。それでもう一度寝のだが、今度は別の嫌な夢を
見て、まあ「そりゃあ、ないんじゃねーの?」と憤慨して目が覚めた。
後の夢の内容は覚えている。ファーストフードみたいな店の カウンターで注文しようと思ったら、変なオッサンが大声で 意味のわからん事を言いながら入ってきて、そのまま店員に「○○をくれ」 と注文しさらにソースは何にしてくれ、焼き具合はどうだなどと 細かい注文もつけている。店員は私をそっちのけで後から入ってきた 声の大きい方を先に応対したのだ。こういう場合は店員のあんたがちゃんと 順番管理すべきものなのに何やねん!と憤慨して店員に詰め寄ったのだが、 埒があかない。
ああ、そういえば2000年にドイツに滞在した時にドイツテレコムで 同じようなことがあったっけ。10年前のことが夢に出てくるのだから、 執念深さでもって鳴る私の面目躍如といったところか。しかし 最初の憤慨夢については、似たような実体験は思いだせなかった。 この睡眠障害により、何だかすっきりしない目覚め。
午前中は朝日新聞オチビサンと京都新聞7つの間違いさがしクイズと 時事クロスワードパズル、そして野暮用。それから締め切りが迫っている 大学の書類書きに少し手をつけて事務に問い合わせメールを出してから、 しばし数学。昼食の後、支度をして 東京に発つ。新幹線の中でダウンロードしておいた論文などを眺めていたら 猛烈な睡魔に襲われ、結局ほとんど居眠りをしている間に東京に 着いた。新宿のホテルに向かう途中、駅前の書店で「超訳ニーチェの言葉」 (白鳥春彦)と「発達障害に気づかない大人たち」(星野仁彦)を、さらに コンビニで夕食を購入し、ホテルに籠る。
「発達障害に気づかない大人たち」は、大人の発達障害の本。学生の頃から 精神医学の本は好きなのだが、それは自分に当てはまりそうな病気を見つけて、 「そうか俺は○○病だからこうなのか」という具合に納得したいから、というのが 動機のひとつ。でも世の中そんなにうまい具合にはいかない。学科長やって脳が 歪んだときは、ありとあらゆるうつ病チェックリストにトライしたのだが、 「合格点」は取れず。まあ、それはそれで良いことなのだが、だったら俺の 症状は一体何なのか?とまた当て所ない自分探しの旅が始まるのである。 いくつかの病院を訪ね歩いて原因不明とされてきた人が、最後にある 専門医に出会って珍しい病名を告げられ、「やっと安心できた」という話 があるが、これはそれと似たような話。
今度の本にも自己診断チェックリストが載ってたので早速やってみたが、 やはり「合格点」には達せず。社交嫌いとか特定の物事に強い興味を示すとか 色々あてはまるところもあったのだが、人の気持や考えを読み取るのは 結構得意なつもりなので、その部分で「合格圏」から外れたようだ。ただ、 あくまで「得意なつもり」であって、本当に「得意」かどうかは不明である。
例えば、最近は学科の雰囲気が変わってきて、そういうことも少なく なってきたが、複雑系の皆さんが一体何を考えているのかさっぱり分からずに 困惑することは多いし、そんなことで人の気持ちや考えをちゃんと読み取 れてるのかという疑問はある。しかし、人間の思考や感情を鋭く読み取る妖怪 「さとり」も、さすがに何も考えてない人間の心は読み取れずに困惑するというから、 思考の空白が読み取れないのはしょうがないとも言える。ただ、本当に 複雑系の皆さんの思考が空白なのか、黙っているだけで裏であっと驚くような 碌でもない事を考えているのかもしれないぞという疑問もやはり残る。 数学者でない私に数学者の気持ちがわかるのかという問題もあるし。
こういうことはいくら考えてもわからない。 まあ、考えてもわからないことを考えるのは数学だけにしておこう。
2010年6月19日(土)
<<ブブセラの音>>
午前中は自宅で野暮用。徳島出張の折、そこの先生がある先駆的研究を始
めているという話を聞いたのだが、風呂掃除をしながらふと画期的アイディア
が閃き、これはぜひ先生に伝えようと決心する。
昼前に自宅を出て百万遍の真っ黒スープの衝撃ラーメン屋で昼食。今日 は焼き豚大盛りを注文してみた。次は真っ黒焼き飯に挑戦しようと思う。 昼食の後、喫茶進々堂でドイツ語のウオーミングアップ。先週ゲーテに潜入 して貰ってきたドイツ語の広報誌を読む。店を出る直前にふと見ると、先週 「まことちゃんのサラバ」サインを送ったフランス語の先生が、先週と同じ席 に居た。別の日本人と一緒に座って話していたから、フランス語の個人授業 でもしてるのかしら。とりあえず邪魔しない程度に挨拶。
進々堂を出て閉店直前の京大ルネ書籍部をさっと偵察。と、キターーーッ! 謎のロードランナー逆走男!例のほとんど人間のものとは思えない鋭い視線 をビンビン飛ばしながら2階の食堂から降りてきて、私と一緒に1階のトイレで 用をたし、また2階に上がっていった。うーむ、この迫力と存在感。 どうやら京大関係者らしいけど、一体彼は何者なんだろう?
その感動を胸に関西日仏学館へ。1階のソファーで一息ついてから、 ドイツ語寺子屋へ。今日のテーマは先週に引き続きドイツの大学について。 カメルーンからアーヘン工科大学に来ている留学生が、ドイツで友人ができずに 孤独感を感じているというビデオを見せて、皆さんはドイツの大学でどうでしたか? と先生。ドイツだろうと日本だろうと私はいつも孤独感を感じている。日本語 ですらそうなのだから、ドイツ語やフランス語にいくら堪能になっても問題は 解決しない。要は私の話し方や生き方に根本的な問題があるのだとぶちまけたら、 結構ウケた(というより、ここは苦笑するしかないというリアクションであったが)。
ドイツ人は何に対しても自分の意見を持って、それを 語ることが大事だと考えると先生が言っていた。 これはよく聞く話だけど、ほんまかいな。私がゲーテで 覚えた一番好きな言葉は、"Das ist mir egal." (そんなことは私にとっては どうでもよい)で、ビデオでもドイツの若い子がそう言っているシーンをよく見 せてもらった。そうだよ、それでいいんだよ。まったく西洋人ってのは、 意見、意見って面倒臭い連中だよ。お前ら「意見パラノイア」かよ? そんなに何でもかんでも自分の意見を持ってたら、くたびれてしまうではないか。 第一、どうでも良いことにまでいちいち意見を持つ必要などないのだ。 そしてこの世の大抵のことは、どうでもよいことなのだ。
帰りは例によって河原町三条まで徒歩。歩きながらふと思った。 徳島大学の先生とも話していたけど、ゆとり教育世代の学生は居眠りも 私語もあまりせずに真面目に授業を聞いてくれてなかなかよい。しかし 我々大学教師は、現状に酔いしれてばかりはいられない。 最近ゆとり教育が廃止になったそうだから、また以前のように私語と居眠りの 嵐が大学に押し寄せてくるかもしれない。とにかく、 今後の状況の変化を見守ろう、と。
今日もJEUGIA三条本店を偵察。店内にはアルフレッド・ブレンデル の引退記念コンサートのCDから、シューベルトのピアノソナタ第21番 D960が流れていた。以前、ブレンデルのシューベルトは妙に荘厳で隙が 無いから嫌いだ、みたいなことを書いたが、今日は何故か彼のシューベルト にぐっと来てしまった。人生何十年も生きてたら、この曲はこういう風に弾 きたくなるよね、なんて年寄り臭い事を考えたりして。ああ、私もヤキが回 ってきたのかしら。
夜はスポーツクラブ。何でもサッカーの試合があるらしく、ロードランナー を使っている人は皆、マシンの前に取り付けられた小型テレビで同じ画面を見つ めながら走っていた。そういえばモーレツあ太郎は自宅で試合を見てるのか、 今日は来てなかった。強い爺さんはトレーニングが終わった後、フロアの大型 テレビで皆と一緒に試合を見ていた。空手の練習してる時は怖いけど、こうやって みるとごく普通の好々爺だな。ピノキオ君はサッカーにはあまり興味がな いらしく、例によって腕と肩に連動して首を左右にゆさぶりながら、 ロードランナーで黙々とピノキオ走りをしたり、汗だくになってピノキオ腹筋 に励んでいた。
ジムの入り口のところにはアルバイトの係員がいることが多く、我々が入って いくと挨拶してくる。その若い女が入ってきた時も、係員は「こんばんは!」 と挨拶していたが、女は知らん顔で通りすぎたので、係員は「何だよ、シカト するのかよ!」みたいな少しむっとした表情でしばらく女の後ろ姿を見ていた。
スポーツクラブの帰り道、開け放たれたあちこち民家の窓からブブセラの音が 聞こえてきてたから、彼らもまたサッカーの試合を見てるのだろう。帰宅後は、 真っ黒スープの衝撃ラーメンの写真と今朝思いついた画期的アイディアを 徳島大学の先生にメールで伝える。こんな天才的アイディアが湧いてくるのに、 何で俺は計算機科学をやめちまったんだろうと、ほんの一瞬だけ後悔(?)。
明日の夜から東京出張。ノートPCを持っていくので、たぶん明日も 更新する予定。
2010年6月18日(金)
<<最後は溜息>>
集中講義は午後からなので、午前中に土産物などを買いにゆき、
ホテルに荷物を預けてチェックアウト。空模様はぐずついていた
けれど、駅前を少し散歩してから少し早目の昼食。徳島ラーメン、
ネギ大盛、味卵つき。
甘辛い独特のスープの徳島ラーメンは人によって好き嫌 いがはっきり分かれるようで、私の知人は大抵大嫌いだと言う。 私は人の好き嫌いははっきりしているけど、料理に対しては寛容 というか、好き嫌いがほとんどない上に、味の違いは分かるつもり だけど別に比較して優劣をつけることもなく、どんな味でも 「まあ、これはこれでいいではないか」とそれなりに楽しんでしまう。 要するに、人間に対する態度と料理に対する態度が、普通の人とは 逆なのだ。徳島ラーメンも、たまに食べるぶんには悪くないと思うし、 たまに徳島に来たときには食べたくなる。
それから徒歩で徳島大学に向かい、向こうの先生の部屋で ひとやすみして、12時50分から16時15分まで集中講義。 おもに教室条件から、今回は1コマ分ぐらい時間が短かったため、 最後の方が少し駆け足気味になってしまった。60人ぐらいの 学生たちは熱心に聞いてくれてて、途中までは「結構よくわかるし 面白いや」って感じの反応だったけれど、最後の1時間は溜息に 変わっていた。まあ、レポートは大甘に採点しますから、そこんとこ、 よろしく。
講義を終えてすぐに向こうの先生に徳島駅前まで車で送ってもらい、 夕食用のぼうぜ寿司と鰻寿司を買って、ホテルで荷物を受け取り、 高速バス乗り場に急行。17時15分のバスに乗る。いつもこのバスは 空いているのだが、今日は隣がオジサンならぬ若いお兄さん。まあ、 若いお兄さんなら許そうかと思ったが、どうも二人掛けの席が1つ 空いてそうだったので、そこに移動。途中高速道路の事故渋滞に巻き込 まれたけれど、数学を考えたりしながら無事20時過ぎに京都駅に到着。 帰宅は21時前。夜は、バスの中の続きで少し数学を考えるも、眠く なって早目に寝る。
2010年6月17日(木)
<<満員御礼>>
午前中はホテルで来週分の「離散数学」の講義メモつくり。11時に
徳島大学の先生が車で迎えに来て、少し離れたところの讃岐うどん屋
に案内してもらう。何だか丸亀製麺にそっくりの店。昼食の後、徳島大学
に移動して12時50分から集中講義。途中休憩を2度ほどはさんで
16時半まで。
60人収容の教室は満員御礼状態で、数名の立見状態の学生がでた。 何と申しましょうか。やっぱり、こうでなくっちゃあねえって感じ。 講義の内容は自分の専門でも何でもない隠れマルコフ過程の言語理論への 応用の話だけど、要するにオレさまで自己チューの私としては、何でも いいから学生が沢山来て聞いてくれればそれでいいのさ。
夕方は徳島大学の先生と大学近くの讃岐うどん店へ。それからまた 大学に戻り、しばしそこの先生と情報交換をしてから徒歩で徳島駅前の ホテルに戻った。途中の公園では、若者たちが阿波踊りの練習をしてたし、 大学でも街でも遊歩道には中村修二ゆかりの青色発光ダイオードのがあち こちに埋め込まれていて夕闇に映える。うーむ、だんだん徳島ムードが 高まってきた。明日の昼は徳島ラーメン、夜はぼうぜ寿司で決まりだな。
夜はホテルでひといきついてから、少し数学。
2010年6月16日(水)
<<天の声>>
昼頃に出勤。電車の中で女子高校生の3人組が、昨日横浜の
高校の教室で起こった、女子高生殺人未遂事件の話に夢中になっていた。彼女たちに
とってはかなりリアリティーのある衝撃的な事件なのだろう。
大学教師たちにとっては、少し前に東京の私立大学教授が教え子 にメッタ突きで刺殺されたことが身につまされる事件だったが、我々 の間では「怖いですねえ」といった簡単な言葉が交わされただけで、 特にどうって話はしてなかった。まあ、考えてもしょうがないこと だということもあるし、オッサン同志というのはそういうもんなん だろうと思う。ただ大学では、精神的に色々問題を抱えた学生を 専門家も交えて組織的に見守って行こうという動きはあって、 簡単な研修のようなものはあった。
昼食を買い忘れたので、混雑する直前の生協コンビニで 大慌てでサンドイッチを買い、研究室でコソコソ昼食。それから 午後の授業の準備。
13時から14時30分まで卒研ゼミ。今日はヒルベルトの基底定理 の証明の最初の部分。半ページほどの短い証明だが、この調子だと 6月一杯で終わるかどうかは微妙。ま、それはそれでいいだろう。
14時40分から16時10分まで2回生配当「離散数学」の講義。 今日は4次対称群の位数8の部分群について。この話を通して、生成元と 関係式による群の定義の扱いや、剰余分解や正規部分群の例にすこし触れる。
私の授業はいつもしんと静かで、一番後ろの学生がぼそぼそっと 私語をしてもよく聞こえる。私語が続く場合は、トンカチをばんばんばん! と叩いて、「そこの君たち、お喋りはやめたまえ!」と注意するのだが、 それ以外に時折「天の声」のようなものが聞こえてくる。
その声は、例えば板書を横に長々と書こうとした時には「ええ?! そこへさらに書くかよ?」と言ってたし、講義中に間違ったことを喋ったとき は「それは、そうならへんぞ」と言っている。教室を見回しても誰が言って るのか判然としないが、そのボソっとした小声に耳を傾けて板書を正したり、 間違いに早く気づいて訂正できたりと、結構助かっている。これが本当に 「天の声」でそこの居る学生が呟いているのでないとすれば、それはそれで ちょっとオカルトめいて面白いけど、どうなんでしょうね。
講義の後はただちにバスターミナルに急行。既に帰宅学生の長蛇の列が できていたが、何とかバスに乗り込み、夕方のラッシュにも巻き込まれず に南草津駅に到着。電車の中で女子学生2人組が、余命3カ月と宣言され たらどうする?というような話をしていた。テレビドラマでそういうのが あったのだろう。話を持ちかけた方は、ヨーロッパを旅行してそこで死にた いとか、余命3カ月だとお父さんがその前にショックで死んでしまうだろう から、ヨーロッパ旅行などと呑気なことは言ってられないとか、でもお母 さんは無関心だからあまり心配しないだろうなというようなことを言っ ていた。まあ、「余命3カ月ならアイツを思いっきりぶん殴って、刑務所の 中で死んでやるんだ」みたいなことを言わないだけ健全かもしれない。
京都駅で簡単に夕食をとり、18時10分の高速バスに乗る。このバスは 曜日によっては満員で、隣に見知らぬオッサンが座ったりするのだが、今日 は結構すいていて隣は誰も居なかった。以前、高速バスで隣に座った オジサンに若い娘がいかがわしい行為をされた事件があったが、その直後から 混雑時でも相席は同性同志にされるようになった。女性にとってはご 同慶の至りだが、私だって隣がオジサンというのは嫌なのである。 かようにオジサンというのは誰にでも嫌われる存在である。ほんとにもう、 生まれてきてすみません!みたいな世界やね。
バスの中で集中講義の予習をしている間に徳島着。20時半すぎに徳島駅前 に降り立つ。徳島は何度来てもいいなあ。と、まだ21時にもなってないのに、 酔っ払いの若者が一人徳島駅の建物の壁に向かってパンツを下ろし、立ち小便を していた。すぐ隣がホテルだから、何食わぬ顔してホテルのトイレを使わせて もらえばよいものを、泥酔しているのか、あるいは元々そうなのか、 そういう知恵が働かないのだろう。徳島は何度も来ているが、 こういう光景を見たのは初めてだ。日々是偵察也。今日も色々面白いことがあった。 駅前のホテルに宿泊し、明日から2日間徳島大学で集中講義。