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た
め
の
邪
魔
な
広
告
よ け ス ペ ー ス で す。
2012年1月15日(日)
<<おじさん図鑑>>
午前中は京都新聞日曜版の2つのパズルを解き、さて数学でもと思った
が、結局「親は知らない就活の鉄則」を読んでしまう。大学では就職委員
などを経験してきたので、大体の様子は分かっていたが、卒研生を
あまり持ったことがないこともあって、学生から実際の就活の様子を聞
いたことはなかった。この本を読んで、そういう事が少し詳しく分かっ
たし、就職委員としてガイダンスの時に学生に話していたこと、例えば、
「充実した学生生活を送ってきた学生は就職にも強い」みたいな事が、
間違ってはいなかったと確認できて良かった。
昼食後、午後は録画しておいたテレビの報道番組を見てたら、おじさん 達が口汚い罵り合いの喧嘩をしていて、少し気分が悪くなったので途中で 見るのをやめ、少し数学。
夕方頃から京都駅近辺に繰り出し、あちこちで少し買い物をして、 その辺で夕食。ブックセンターでは「おじさん図鑑」(なかむらるみ) を購入。この本は、東京都内の街角で見かける、さまざまなおじさんを 観察し、イラストで紹介したもの。朝、新聞で書評を見て興味を持ったのだ。
しかし、帰宅後ぱらぱらと眺めていると、どうも違和感がある。 何故かと思ったら、著者はおじさんに対して肯定的な捉え方をしており、 おじさんへの愛にも近い興味でもって作られた本だからだと分かった。 著者は若い女性で、その対極の世界にいるオジサンに純粋に興味を持って いるようだ。それに女性だから、自分がオジサンになる心配はないわけで、 ある意味で気楽な立場だとも言える。その辺が、おじさんへの近親憎悪感情 むき出しで、半ば怖いもの見たさでおじさんを観察する俺サマとは、決定的 に立場が異なる。
夜は、また少しだけ数学。
2012年1月14日(土)
<<結論のない議論>>
午前中はドイツ語の予習を少ししてから、数学も少し。
昼過ぎに自宅を出て、百万遍の新福菜館で昼食。それから
関西日仏学館の図書室に籠って数学。難しいプレプリントと
格闘したり、あまりの難しさに睡魔に襲われ、しばし気を失ったり。
夕方頃、日仏学館を出て、16時40分から18時15分頃まで
寺子屋でドイツ語の授業を受ける。
それで結局、ドイツ人はgastunfreundlich(客人に冷たい) かという話をして、何で連中はああなんだ?と先生に聞いてみた。 先生の答によると、ドイツ人は何事においても議論が好きで、 自分の意見を持って議論に参加しないと、ドイツ社会においては 存在が無きに等しいものとされる。確かにドイツ人は、日本人の ように初対面の相手と共通の話題を見つけて友好的な会話をしよう という配慮に欠けるところがあるが、積極的に議論に参加する ようにすれば、長い目では深く友好的な関係が築けるし、日本人 のように何時までたっても腹のウチを明かず距離を保つような ことはない、と。
俺サマは、ドイツ人みたいに闇雲に結論の出ない議論 (Diskussion ohne Ziel)をして楽しむなんて無意味な真似などまっぴら だな。そういうことは哲学者の仕事(とドサクサ紛れに哲学に 対する偏見をぶちかましておく)だし、ドイツ人数学者たちが そういうことを嬉々としてやってるんだから、彼らは数学者である 前にドイツ人なんだろうな。
奴らは、昼食の時間でもパーティーでも、議論ばかりしている。 議題は何だっていいのだ。サッカー、電車のストライキ、 ベトナムの民主化、死後の魂の存在、ギリシャ料理、地球温暖化、 中国への格安航空券、アパートのメンテナンス、車、アイスカフェ、 etc. どんな話題だって、奴らは議論にしてしまい、延々と自分の 意見を述べ合っている。
議論の嫌いな人間は、ドイツ社会に溶け込めないのか?と質問すると、 「確かにそうだ。議論嫌いだと、ドイツ社会でやっていくのはキツいと思う」 とのこと。これで、すくなくとも、俺サマがドイツの大学の昼食やパーティーなど で一人放置されてたのは、俺サマが馬鹿で、馬鹿が嫌いな数学者に相手に されていなかったからではなさそうだと分かった。
帰りにゼスト御池の書店で「親は知らない就活の鉄則」(常見陽平)を 購入。今年度もそうだけど、大学で就職委員をすることがちょくちょくあるし、 学生達の就活の実態をもう少し知っておこうか、と。
帰宅して夕食の後、しばし数学。
2012年1月13日(金)
<<有り得ない会話>>
午前中はフランス語の予習を少し。それから銀行で関西日仏
学館の冬学期の授業料を下ろして、百万遍に向かう。まずは
新福菜館百万遍店にて昼食。俺サマ的には、ここのラーメンは
激プッシュしたいところだが、その辺の雑誌や京都グルメ本
でお勧めラーメン店として紹介されてないのが、不満といえ
ば不満である。かと言って、そういう所で紹介されて毎日
行列ができて俺サマが食べたい時に食べられなくなったら、
それはそれで困りものだから、今のままでいいのかなとも思う。
昼食の後、京大ルネの書籍部をちょっと冷やかす。何故か 週刊現代が100冊近く平積み、、、というよりは山積みに されていた。何事かと思いきや、今週号に「そうだ、京大に 行こう!」という京大紹介記事が出てるからだそうだ。
それから関西日仏学館で今日から始まる冬学期の講座 申し込みをしてから図書室に籠り、夕方まで数学。今日も 超難解プレプリントの解読。余りに難しいので、途中しばし 居眠り。ふと目を覚まし、また気を取り直して取り組む。
夕方、京大ルネで軽く夕食の後、19時から21時まで フランス語の授業。新しく入った人1名、前から居る人1名、 そして俺サマを含めて3名。あと前から居る人が2人ぐらい 来ると思うけど、いずれにしても寂し限りである。
語学学校では、当然ながら、日常生活で頻繁に行われるような 会話の練習が行われるのだが、その中には、俺サマにはあまり関係 ないものも少なくない。例えば今日は、最近行ったヴァカンスに ついて2分以内で話せという課題をやったのだが、俺サマ的には 人生そのものがヴァカンスなんだから、「最近行ったヴァカンス」 について聞かれてもねえ、、、俺サマの人生そのものを語 るにしても「そりゃあ、もう、ぐらだねえオッサンの人生さ」 ぐらいしか答えようがないから、2分も間が持たないし。だから、 そんな無意味な問いに答える気は起こらない、というのが正直なところ。
他にも、初対面の人に名前や職業や住んでいる所、趣味、家族 のことなどを疑問文で聞きながら会話をつなげよという練習も 初級レベルにあるが、俺サマがこれから死ぬまでの間に フランス人とそういう会話をする可能性なんて、まず無いよなあ。 日本人に対しても、実はあり得ない会話である。
大体俺サマは、他人さまの個人的な事を根ほり葉ほり聞くようなことは しないのである。ただ、他人さまが問わず語りでぽろっと喋った個人情報 は、「ふーん、そうなんだ」とか気のないようなリアクションをしつつ も、しっかりチェックして覚えてたりするが(ヤな奴!)。
ゲーテに通ってた時に、社会問題などをテーマにしてディベートを しろというレッスンもあったが、あれには往生したな。そもそも数学のように 論理的に解が求まるものや、芸術のように他人の思惑とは無関係に自分が 良いと思えばそれが全てというもの以外は、俺サマの管轄外である。
ましては社会問題のように、皆がああでもないこうでもないと 押しくら饅頭をしながら、何となくその場その場で押し流された方に 答が決まっていくような複雑系と、コックリさんで答を決めるのと本質的 に何が違うのか、実のところよく理解してない。 その意味では、無類の数学者嫌いなくせに、俺サマの頭の中は完全に 数学者になっている。
要するに、語学学校では、俺サマの日々の人生における言語活動 では有りえないような会話の練習をさせられるわけだ。 そのことによって、俺サマが世の中のほとんどの事に対して無関心で、 数学や芸術、電車の中で鼻糞をほじくって食べるオッサン(の予備軍)の 生態、街角のカフェでの女たちの会話、暇にまかせて毎日 一日中ショッピングセンターを徘徊する老人、スポーツクラブで ロードランナーを逆走する奇妙な男、ぴちぴちパンツで股間の もっこしを際立たせて喜んでいる筋肉マンばかりに興味を示す、 かなり変な奴であることを改めて自覚するのである。
しかし、普段は決してやらないような非日常的な言語活動をすれば、 ボケ防止にいいんじゃないかと思って、語学学校に通ってるんだけど。
2012年1月12日(木)
<<やっぱり極悪>>
午前中は歯医者の定期検診。一旦自宅に戻って、昼過ぎに出勤。
研究室にて、大丸ラクト山科店で買ったパンで昼食。研究費関連の
レシートや請求書の整理といった雑用の後、14時から16時頃まで
卒研ゼミ。今日も学生E君は就活でお休みで、H君ひとり。
今日は局所環の完備化と代数多様体の解析的同値な点の 例を片付て、とりあえず区切りがついた所でハーッホーンのゼミ を中止することにした。本当は非特異代数曲線と多様体の重複度 のところまでやって第一章まで読み終えたところで、H君を大学院に 送り出したかったのだが、そうも言ってられない状況になってきた。 というのは、H君は大学院で代数幾何学を専攻するかも知 れないのに、多様体論と複素関数論はほとんど知らないというのだ。
伝統的にウチの学生は多様体論と複素関数論を毛嫌いし、特に 多様体論はほとんど勉強しない。大学院には確率論と数論の学生 しか入って来ないためか、学内に「多様体論を知らないとまずいぞ」 という雰囲気は無い。しかし、その調子で旧帝系国立大学院に進学して 「代数幾何学をやりたい」などと言うと、かなり露骨に馬鹿にされる のは目に見えている。
おまけに、旧帝系国立大の先生というのは、自分達で選考して 合格させておいて、「オタクのところから来た学生、何にも知らない じゃないですか。一体、どういう教育をしてるんですか?」みたいな文句 を言ってくるから厄介である。彼らに「じゃあ、オタクのところは、 一体どういう選考をしてるんですか?」と反論したいものだが、、 数学者相手にそんな事言っても通用する気が全然しないので、 まだ言ったことはない。
それでH君が卒業するまでの2ヶ月余りを多様体論強化期間と して、ミルナーの微分位相幾何学のレクチャーノートを使って多様体論 ゼミを行うことにしたってわけ。
ま、白状すると、最近、俺サマは学生時代に勉強した多様体論を 復習しないといけないなと思ってたところ、H君が飛んで火に入る 夏の虫みたいな事を言いだしたので、渡りに船というか、 「そういう事なら、多様体論を一緒に勉強しよう!」ということに なったのである。
そいうことだから、やっぱり俺サマは、自分の馬鹿を直すために 学生を利用してやろうみたいな事しか考えてない、極悪教師なんだよね。
ゼミの後、すぐに帰宅。夕食後、夜はラクトスポーツプラザ。 骨盤矯正ヨガをやってから、有酸素運動を40分程度行う。
2012年1月11日(水)
<<怪訝な顔>>
大丸ラクト山科店で昼食用のパンを買って、昼頃に出勤。
研究室で昼食の後、13時から14時半まで2回生「代数学序論II」の講義。
今日は作用域を持つ群の定義を復習し、具体例の残りを2つ示し、
不定部分群が群であることと、異なる軌道が交わりを持たないことを
証明し、シローの定理の証明に入ろうとしたところで時間切れ。
講義の後、学生が「試験の範囲はどこですか?」と聞いてきたので、 何でそんな当たり前の事を聞くんだろうと思いつつ、「第1週目から 第15週目までの全て」と答えたら、学生は怪訝な顔するので、 俺サマも負けずに「え?それがどうかしましたか?」と怪訝な顔をして 見せた。実は昨日の「環・体論II」でも同じような質問 をする学生が居て、今日と同じように怪訝な顔を競いあった。
引き続き14時40分から16時10分まで3回生「数理科学セミナー」。 今日は3名が発表し、まだ合格ラインに達してない学生は残すところ3名 となった。
研究室に戻ると、今日の談話会の講師の先生が研究室の前で待っていた。 学生時代の同級生で、現在は西日本の某国立大で教えている。16時20分から の歓迎会を兼ねたお茶の会に案内し、17時から18時過ぎまで談話会。 俺サマとは全然専門が違うのだが、分かりやすい講演で面白かった。 何と言ってもこの講演を聞いて、数学の研究というものは10年20年と 一貫したテーマを追い続けるべきであって、俺サマのように10年ごとに分野 ごと放り出して新しい分野に乗り換えていたのでは駄目だということを、 改めて痛感した。
その後、南草津駅前でその先生と一緒に夕食をとり、新大阪から新幹線に 乗るというので、山科までJRで見送った。
帰宅後、夜は少し残っている科研費の遣い道を調査したり、 プレプリントを少し眺めたり、卒研生の進路相談メールに応答したり。
2012年1月10日(火)
<<西洋人馬鹿ども説>>
今年初の講義。大丸ラクト山科店で昼食用のパンを買って、昼前に
出勤。研究室で昼食と講義の準備。
13時から14時半まで、2回生「数理論理学」の講義。今日はゲーデルの 完全性定理の証明を済まして、不完全性定理に入る。第一、第二不完全性定理の ステートメントと証明のアイディアを示す。最終回である次回は、第一不完全性 定理の証明の核心部分である、直観的には正しいが証明も否定の証明も出来ない ある特殊な命題の構成法の概要を話す予定。
引き続き14時40分から16時10分まで、3回生「環・体論II」の講義。 今日はガロアの基本定理のステートメントを示し、その具体例のガロア拡大の ガロア群と部分群を決定して見せる。次回はこの例の続きで、ガロア対応を使って、 中間体を全て決定し、時間があれば、5次以上の代数方程式の非可解性の話を する予定。
講義の後、研究室で少し雑用の後、すぐに帰宅。夕食後、夜は明日と来週の 講義の準備。
昨日のgastunfreundlichなドイツ人の話だが、俺サマは馬鹿だから、 馬鹿が大嫌いな数学者たちに相手にされてなかったという説とは別のことも 考えられる。良く言うではないか、西洋人って「人間は言葉を喋る動物」 だと考えており、「黙っている人間は存在しないのと同じ」ぐらいに思ってる って。若い頃、この話を何かの本で初めて読んだ時、西洋人って何て愚かなん だろう!?と愕然とし、この先こんな馬鹿どもと付き合って行かなければなら ないのかと暗然とした覚えがある。
この、「西洋人馬鹿ども説」に従えば、彼らは自分から何やかや喋る 人間でないと話掛けないし、自分達ばかりでお喋りしているように見えても、 第三者が会話に入ることに対しては常にオープンであると考えられる。 そして、俺サマのように「そちらから話し掛けられない限り俺は喋らん ぞ」みたいに黙りこくっている人間は、何らかの事情で話したくないのだ ろうぐらいに思って、そっとしておくのであろう。 いずれにせよ、俺サマは、その社交の場から自ら降りた人間とみなされるわけだ。
俺サマの観察によれば、人は聞かれてもいない自分の話を人前でべらべら しゃべることによって会話を構築している。これは西洋人も日本人も同じ。 しかし俺サマとしては、聞かれてもいない自分の事を人前で喋るなんて、 有り得ない話、というか、何でそんなことが平気でできるんだよう!? という感覚。「そういう事はブログでこそっと独白しなさい」と。 バブル経済のイケイケの時代では、こういう人間は「暗い」と言われてた けど、最近はどうなのかしら。
そうはいうものの、最近はようやく、フェースブックで自分の話をする 練習を始めた。しかし、なかなか大変である。自分の話をして、それを (無視されずに)聞いてもらう、という成功体験を少しずつ積み重ねて いかないといけないが、なかなか長い道のりのような気がする。 やっぱりどこかでずとっと引き籠ってしまった人間は、長い時間を 掛けて小さな成功体験を積み重ねていかないと、元には戻れないと思う。
2012年1月9日(月)
<<学食化した街>>
文科省の指導に従って、祝日は全部蹴飛ばして授業を強行するウチの大学
でも、正月と子供の日は休みで、さらに成人の日も休みだったと思う。
「思う」というのは、俺サマの担当授業は明日からなので、今日大学が
どうなっているのかは知らないのだ。
午前中はドイツ語の宿題を片付ける。ドイツ人と日本人という テーマで、両者を比較せよという課題があった。ドイツ人は gastfreundlich(客に対して友好的)か?という問では、ドイツ人は 日本人に比べてかなり gastunfreundlich(客に対して冷たい)としてみた。 だって、奴らはパーティーや昼食の時など、俺サマを完全に無視して勝手 に自分達のお喋りに夢中になるではないか。日本人なら、多少は客人に気 を使って話しかけたりするぞ、と。
ただ、それが本当にドイツ人と日本人の違いから来ることかどうかは 不明である。ドイツ人は十分gastfreundlichだが、その一方で数学者が 馬鹿に冷たいことは世界共通のこと。だから、あれは単に俺サマが馬鹿 だから、数学者達のパーティーで相手にされていなかっただけかも知れ ない。その可能性について言及するのも癪だし、次回のドイツ語の授業 でこの話を切り出すかどうか、ちょっと躊躇するところ。
宿題の後、明日の講義の準備を終えてから、 一抹の不安を抱きつつ街に出る。14時頃に遅めの昼食をと思ったが、 不安は的中。街は既に大学の学食状態になっていて、讃岐饂飩の丸亀製麺や 博多豚骨ラーメンの一蘭など、若者が行きそうな店は全て満員御礼状態で 長蛇の待ち行列ができていた。
成人式帰りと思われる晴れ着の女性も歩いていたが、目の覚めるような マリンブルーのチャイナドレスの人も一人だけ見掛けた。男はスーツなどを 着ていることが多いので、良く分からないが、何人かのグループで楽しそう に歩いている連中は、たぶんそうだろうと思われた。
こういう時は、オジサン向けの店が穴場だが、オジサン嫌いの俺サマと しては何処でもいいという訳でもなく、色々迷った挙句、結局、俺サマのお 気に入りである上島珈琲寺町通店がすいていたので迷わず入る。ここは日頃 から利用客の平均年齢が高いので、若者の洪水は押し寄せていなかったという わけだ。
サンドイッチとホットミルクの昼食を摂って、夕方まで数学。隣の席に アメリカ人の若い男と日本人の若い女が居た。男は日本語が話せるようだった。 女の家族は正月にハワイに遊びに行って、旅の終わりに焼肉丼を食べたのだが、 自分の丼には髪の毛と埃の塊が入っていて楽しい旅が台無しになった、という ような話をしていた。
ラクト山科で饅頭を買って帰宅。ラクト山科名物「あーあ、何にもすることが ないなあ」オジサンが、相変わらずその辺を徘徊していたが、以前と比べて ちょっと目元の表情が変わったような気がする。おそらくは、 老眼鏡の度数が上がって、目が大きく見えるようになったせいだと思われる。
夕食の後、また少し数学。
2012年1月8日(日)
<<初ZUMBA>>
午前中は、京都新聞日曜版の「7つの間違い探し」と「時事クロスワードパズル」
を解き、少し数学。昼食の後、また少し数学をしてから、ラクトスポーツプラザへ。
今年初めてのZUMBA.
ZUMBAは、いつも月曜日に行ってるのだが、明日は 祭日営業の関係で、次のレッスンは16日になってしまう。少し間が空き過ぎるので、 今日の日曜日のレッスンに初参加。同じような事を考えて集まった人も少なくない のか、それとも日曜日はいつもこんなものなのか、スタジオには30名以上 の生徒が集まる超満員ぶり。隣にぶつかりはしまいかと冷や冷やしながら踊った。
レッスンに使う音楽は月曜日のものと8割ぐらい重複しているのだが、インス トラクターが違うと振り付けも全然違うので、多少戸惑った。しかし、それよりも、 2週間近く碌に運動してなかったので、45分のレッスンがちょっとしんどかった。
ZUMBAの後で、筋トレをやって帰る。もっこしピチピチマンも来ていた。 昨日あたりから右の膝が痛くて、ZUMBAなどやって大丈夫かと思ったが、 膝の筋トレなどをやってから臨んだところ、むしろ症状が少し軽くなった。 昔、スキーのやり過ぎで膝を痛めたことがあったけど、それ以来、俺サマの膝 は要注意である。
帰宅後、夕食などを挟んでまた少し数学。
2012年1月7日(土)
<<吹っ飛んだら「皇帝」>>
久々に伝説の「あのシリーズ」の瞬間的復活である。2人のオジサンが写っている
ジャケットを見て、「え?あのオジサン嫌いの高山が、一体どういう風の吹き回し?」
と思った人は、俺サマの日誌の熱心なファンに違いなく、日頃のご愛顧に
厚く御礼申し上げます。
さらには、「え?『ベートーヴェンのオーケストラの曲なんて、 あんなオジサン臭さ100%な音楽なんて大嫌いだ!』みたいな寝言を 言ってた高山が、ベートーヴェンのピアノ協奏曲を聴くなんて、 いよいよヤキが回ったか?しかも第5番の”皇帝”なんて、 タイトルからして高山が忌み嫌うオジサンの極致じゃないか」と思った 人は、俺サマの日誌を暗記するほど読み込んでいる熱狂的ファン に違いない。ひれ伏して厚く御礼申し上げるとともに、こんなアホ日誌に 入れ込む暇があったら、仕事なり、勉強なり、もっと世のため人のため自分の ために役に立つ事に力を注いでくださいと申し上げたい。まあ、そんな人は 居ないと思うけどサ。
午前中は自宅で数学。また例の難しいプレプリントを眺めて溜息をつくこと しきり。うーん、難しい、と。昼過ぎに自宅を出て、今年最初の新福菜館百万遍店 での昼食。その後、関西日仏学館の図書室に行って、ドイツ語の勉強を少し。 しかし睡魔に襲われ、しばし居眠り。16時40分より18時10分ごろまで ドイツ語寺子屋の冬学期最初の授業。今学期は受講生が2.5名ほどになるらしい。 前学期までいた(俺サマを含む)4人のうち1人はドイツに留学してしまい、 もう1人は今学期は毎回は出て来れない状態らしい。
寺子屋の授業が終わって、寒空の下、ドイツ人の真似して80キロカロリー 抹茶小倉あんアイスを食べながら、河原町三条まで歩く。とりあえずJEUGIA 三条本店で道草。例の犬連れドイツ人爺が今日も来ていた。今日は日本人の若い (?)女も連れていた。色々連れて歩くのが好きな人だ。
ミケランジェリのCDが出てきたので、珍しいなと思ってちょっと聴いてみた。 大昔のテープ録音をCD化したようで、ベートーヴェンのピアノ協奏曲第5番 「皇帝」がステレオ録音で、もひとつ何の曲か忘れたがシューベルトか何かの曲が モノラル録音で入っていた。「皇帝」がどんな曲だか今まで知らなかったが、 ちょっと聴いたら、ああ、あれかとすぐ分かった。
ベートーヴェンはナポレオンにいたく感銘を受けて「皇帝」を作曲した という話を最近知って、「音楽は出来るけど、馬鹿な奴だな」とか思ってたのだが、 それがこの曲なのかと、ちょっとびっくり。
俺サマは子供の頃から「皇帝」の第三楽章のサビの部分が大好きだったが、 今日までそれが誰のどの曲なのか知らなかった。こういうのは、例えば、数ヶ月 考えてきた問題が、実は既に解決済みと分かって論文ネタが吹っ飛んだ時などに、 景気づけに聴くにはもってこいの曲だ。
しかし正直言って、このサビの部分以外は大して興味がない。ミケランジェリ のピアノは、突き抜けるような透明感のある音が美しかったけど、2500円で モノラル録音の別の曲と抱き合わせ販売である。俺サマはどんな有名な演奏家の 歴史的名演奏であっても、モノラル録音など聴きたいとは思わない。「皇帝」 第三楽章の部分だけ500円で切り売りしてくれないかしら、、、って無理だな。
それで色々捜したのが、上記のCD. まず消費税込みで1050円という安さ が魅力だ。10分ちょっとの第三楽章にほんの数回出てくるサビの部分を聴きたい だけから、これ以上お金を出したいとは思わない(俺サマって意外(?)とケチ!)。 最近はCDの試聴ができなくなったのでリスクがあるが、ピアニストが アンドラス・シフなら大丈夫だろう。ジャケットの写真でシフの隣に写って いるシケたオジサンは誰だろう?指揮者?まあ、誰でもいいや、 3月末で有効期限か来るJEUGIAさんのポイントも集めないといけないし、 ということで、まいどありーのお買い上げ。
帰宅後、夜も少しだけ数学。フランス人はアスパラガスの先の柔らかいところ
だけを食べて、あとは捨ててしまうそうだが、俺サマも「皇帝」第三楽章だけ10
回ぐらい聴いて、あとは無視。
2012年6日(金)
<<最強のヒトビト>>
午前中から昼過ぎにかけて、自宅近辺で野暮用。通りがかりの中学校の校門の
前で、不良女子中学生が先生に煙草を取り上げられて説教されているらしかった。
中学生は「私の煙草、返して!」と言い、先生が(駄目)と首を横に振ると、
中学生は「何でえ?」と悪びれる様子もない。この時は、中学校の先生も
大変だなと思ったが、この日のうちに、近頃は大学の先生も似たような状況
だと知ることとなった。
一旦自宅に戻ってから、出勤体制に入る。 途中、山科区内のラーメン店で 遅めの昼食。このラーメン屋、今日は塩を入れるのを忘れたらしく、スープの 薄塩だけのラーメン。ま、健康にはこっちの方がいいけどね。
大学は今日から営業開始。まずは、年末年始の郵便物を受け取る。10年程前 から音信不通となっていた会社員時代の同期から、大学の方に年賀状が届いていた。 ワープロ書きの住所が間違っていて、「東」を「日狩り」と書いている。 大学の住所だけで、俺サマの所属学部学科も書いてない。 これは一体どういう風の吹き回しなのか、よくわからない。
そういえば、今日自宅に届いた年賀状にも不思議なのが1枚あって、差出人 本人とは似ても似つかぬ人物の似顔絵が描かれていて、その絵の人が 「高山先生の今後の、、、をお祈りします」みたいな事を言ってるような趣向に なっていた。
徳島大学での集中講義のレポートも届いていたので、研究室に戻って 早速採点開始。何とか全作業を終えたところで、18時より50分程度学科会議。 議題は来年度の役職決定、中学生ならぬ大学生の喫煙指導など。
役職を決める時、あらかじめその人は避けた方がいいという人を自薦他薦で 挙げてもらって、「じゃあ、これ以外の人は誰になってもいいんですね?」と 念を押してから、某同僚を指名したら、急に何だかんだと自分は駄目だみたいな 事を言い出した。
これが4年ぐらい前だったら、この段階でテーブルひっくり返して 暴れ始めてたと思われる。「お前、俺に喧嘩売っとるんか!?」とぶち切れて、 「じゃあ、俺がさっき念を押した時に何で黙ってたんだよう!言ってみろ!え?! 言えねえのかよう!」みたいな騒ぎになってただろうな、、、と思いつつ、 「だから数学者ってのは、面倒臭い」と胸のうちで呟いて収める。 うーむ、俺サマも大人になったもんだ、と。
どこが「大人になった」のかというと、仮に同僚の首でも締めながら 「何で黙ってたか言ってみろ!」と迫っても、どうせ碌な返事は返ってこず、 最後はやはり、「だから数学者ってのは、面倒臭い」と思いながら、 根負け状態に追い込まれることが、あらかじめ予想できるようになったという 点である。
もう少し広い意味で、数学者とまともに関わると、自虐の病に陥ったり して碌なことがないから、彼らを相手に「あっ、面倒臭そう」と思ったら深入り しない習性が身に着いてきたような気がする。なんてたって 彼らは最強で、俺サマなどの手に負える連中ではないのだ。
会議の後、生協食堂で夕食を取って直ぐに帰宅。夜は、不思議な年賀状の 返事を書いてポストに投函し、それからまた少し数学。
2012年1月5日(木)
<<オッサン2人で呑む>>
睡眠不足解消のため、10時過ぎに起床。午前中は自宅で数学。
年末年始に激太りしたので、昼食はリンゴやヨーグルト、カロリーメイト
などで軽く済ませる。午後も自宅で数学。
夕方、街にでてJEUGIA三条本店を偵察。チェンバロで良さそうな CDが出ていた。他にモーツァルトなどが入ったCDが出ていて、良さそう に思えたのだが、シューベルトの妙に湿っぽい曲と、ヨハン・シュトラウスの 「春の声Fruelingsstimmen」とそれと似たような曲が入っているので、パスした。
ドイツの正月は、ウイーン交響楽団の「春の声」で明けるのが 恒例のようで、これは日本の大晦日の第九みたいな感じに思える。しかし 俺サマはどうもこの曲の古臭い優雅さが好きになれない。曲自身は日本でも CMなどでよく使われているもので、まだ我慢できるが、この曲をBGMに して流れるドイツの正月番組の映像が、どうにもこうにも古臭いドイツ・オ ーストリア文明的で、兎に角俺サマの趣味に合わない。
チェンバロのCDだけは、今後も調査を続けようということで、 今日のところはJEUGIAを退散。学生時代の友人と呑もうと約束していたので、 新京極通りや寺町通り、錦小路をぶらついて時間調整しながら四条河原町に向かう。
18時から21時頃まで友人と飲んで、帰りは阪急の駅まで見送る。 オッサン二人で酒を飲むと、こういう会話になるのかと、年末年始に参加した、 それ以外の飲み会と比べて、そのテンションの低さにちょっと驚く。
俺サマは元々テンションも声も低い人間で、聞かれてもいない話を べらべら喋って、ガハハハハーと強引に笑いを取るタイプではないから、相手も 同じようなタイプのオッサンだと、盛り上がる方が不思議なぐらいに盛り上がらない。 というか、別にイケイケの盛り上がり呑み会でなくてもいいじゃん、みたいな 感じになる。まあ、オッサン二人でイケイケで盛り上がってるってのも、 気持ち悪いし、それはそれで正しい見識だとは思うが。
3日夕方のフェースブックのオフ会では、俺サマは許容量を超える弄られ方 をしたので、いささか閉口したが、こういう所では俺サマはコソコソと焚きつけ 屋に回る。参加者の中に「嬉しがり屋」が何人かいる場合、この戦略は成功しや すく、馬鹿話に火がついて皆が盛り上がれば、しめたもの。あとは何もしなくて もよくて、ただ話を聞いて面白がり、時々茶々を入れてれば良い。
12月上旬にやった、俺サマを除くと平均年齢27,8歳の(ほとんど) 女ばかりの呑み会だと、隅っこで猫かぶって大人しくし、頃会いを見計らって 時折瞬間芸的ボケをかまして笑いを取るという、ピン芸人路線でいけば十分で ある。女というのは偉いもので、和やかな会話の場を作ろうという暗黙の合意 でもあるのか、共同作業的に会話を進めるようなところがあるので、それに適 当にのっかっていれば何とかなるだろう、というのが現段階での有力説である。
こういう、ある種「手の掛からない」呑み会は楽だけど、 オッサン二人で呑むというのは、結構気を使うものである。普段そういう機会は 滅多にないから、ちょっとスリリングでもある。
2012年1月4日(水)
<<リア充>>
9時過ぎに起床。しばらくぼんやりと過ごし、11時過ぎにホテルをチェックアウト。
年末に早々と休業していた鰻のH屋が今日から営業。早速昼食に行ってみる。
店は大繁盛で、家族連れの客が入れ換わり立ち替わりやってきた。流石、
鰻大好きの津の人たちだな。
昼食後、気温は低めだが天気が良いので、食後の運動も兼ねて津駅まで歩く。 津駅から近鉄特急で京都に戻り、15時過ぎに無事帰宅。
その後、すこし数学と居眠り。ここんところ体調の都合で珈琲が飲めない ので、どうも具合が悪い。きっちり睡眠をとれば良いのだが、朝、目が覚めると もう眠くない気がして起きてしまうのだが、昼間はやはり眠くなってしまう。 夕食後もまた少し数学。
それにしても、年末年始、色々な友人と楽しく会食する機会が何度か あった。俺サマも意外なことにそれなりにリア充で、有難いことだと思う。 数学業界だと、数学が出来ないと友人が出来ないし、数学が出来なくなっ たら友人は離れていく。だから俺サマ級の馬鹿はひとりでコソコソ飛び回る しかないのだが、現実世界はそんな感じでもないから、そこでバランスを 取るようにしないと、キツイ。
2012年1月3日(火)
<<法事とオフ会>>
6時20分起きして、8時10分の近鉄特急に乗り、ほとんど居眠り
している間に松阪着。10時半から親戚の法事、ひきつづき会食の後退散し、
その近辺で少し野暮用の後、津に移動。津市内でも野暮用を1つ片付け、
15時過ぎに津のホテルのチェックインし、16時からフェースブックの
友人たちとオフ会。21時過ぎに解散。本日数学はなし。
2012年1月2日(月)
<<心を込めて読む>>
睡眠不足解消のため、11時前まで爆睡。ブランチの後、大丸ラクト山科
店に買い物に出る。昨日は京都市内に向かう滋賀ナンバーの車でかなり渋滞
していたが、今日は滋賀方面、京都方面両方の車線が渋滞し、京都方面に向かう
車に福井ナンバーが多いのが目立った。それ以外にも石川、名古屋、富山などの
ナンバーの車が多く、滋賀ナンバーは陰を潜めていた。この現象が何を意味する
のかは、よくわからない。
ラクト山科の帰りに、その辺のファミレスでかなり遅めの昼食を摂ってから、 帰宅。年賀状の整理などをしてから、ほんの少しだけ数学。夕食の後はテレビ などを見て、またのんびりしてしまう。
計算機屋時代に尊敬していた先輩が「毎年正月には、ゲーデルの完全性定理と 不完全性定理の証明を心を込めて読み直す」と言っていたが、俺サマは、講義をする 必要に迫られて、今年初めて年末年始に読んだ。
もう正月の2日も終わろうとしているのだから、今更遅いのだけど、 代数幾何学で正月に心を込めて読むとしたら、何がいいのかしら? リーマンの論文を読むといった高尚な趣味もないし、俺サマは馬鹿 だから(久々登場のこのフレーズ!)、プロテスタント教会のミサで聖書の 1節を朗読するみたいに、読み慣れたハーッホーンやマンフォードの教科書の 1節を読み直すってのも、いいかも。
ところで、昨年はフェースブックで知り合ったり再会した友人達相手に、 過去数年間腹に溜まりに溜まっていたありとあらゆる馬鹿話を吐きまくり、 ありとあらゆるボケをかましまくり、「ゆきひでは面白い!」と 絶賛を博した。その事を通して「俺サマは、数学者達に嫌われるタダの 馬鹿ではななく、本物のアホなんだ!」と生きる自信を回復することが できた。これで一応、自虐の病の症状は治まったのだが、これがこの病の完治 を意味するかどうかは、今のところわからない。
学科長をやった数年前、何もかもがほとほと嫌になって、もう同僚教員達 の顔なんか見たくもないと、2ヶ月会議をサボった時があった。あの時は、 学内行政云々とは無縁な学生達との静かな学問的交流によって、ようやく 恢復したのだが、会議に復帰してからも、数ヶ月は半分喧嘩腰で誰彼となく キレまくっていたように思う。
だから、しばらく遠ざかっていた学会活動を再開したら、また発作が起こる かも知れないなあ。2月に参加する研究集会では、あの黙殺大魔王が来日 するしね。ま、その時はその時で、日誌ネタになるから、いいんだけど。
明日の午前中は三重県で親戚の用事があって、早起きして出掛けなければいけ ないので、早目に寝る予定。
2012年1月1日(日)
<<オッサンの正月>>
朝は少し早目に起きたものの、午前中は何となくのんびり過ごす。
昼前に年賀状が届き、それをちょっと眺めてから、軽く昼食をとって、
初詣に出掛ける。正月にのんびりして初詣に出掛けるなんて、あんまり
俺サマ的ではないけど、まあ、俺サマも十分オッサンなんだし、たまに
はオッサンらしい正月の過ごし方をしてみようか、と。
ということで、自転車で元旦の山科の街の偵察飛行も兼ねて、山科 毘沙門堂へ。しかし本堂のところは数十メートルの行列が出来ていたので、 参拝は中止。適当にその辺を散策してから退散。いつも初詣は1日の夕方 か2日に行くか行かないかで、元旦の昼間に行ったのは初めて。こんなふ うになっているとは知らなかった。
国道も京都に向かう滋賀ナンバーの車で渋滞していた。ラクト山科は 閉まっていたが、駅前の飲食店やコンビニなどは開いていた。だいたい個人営業の 店は閉まっているが、アルバイト店員などを沢山雇っている チェーン店のようなところは開いているようだ。
俺サマの子供の頃、特に、津などは正月3か日は喫茶店ぐらいしか 開いてなくて、2日からお年玉で玩具を買いに来る子供目当てに玩具屋 が開いている程度だった。当時の若者は正月は特に行くところもなく、 年越しスキーに出掛ける元気が無ければ、家でゴロゴロしたり、友人の 家に転がりこんだりしながら、結構退屈していたのではなかろうか。しかし 今は元旦からコンビニやファミレスなどのアルバイトに出掛け、 さして退屈することもないし、あまり家に居ついたりしないのじゃないか と思う。
外から帰って、午後は少し数学。1年ほど前に読んだ時は ほとんどチンプンカンプンだった論文を眺め直す。しかし、今朝 起きたのが早過ぎて眠くてしょうがなく、断続的に居眠りも。 やはり寝不足だと数学する気力が大きく削がれる。
夕食後はまたのんびりすごす。