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た
め
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邪
魔
な
広
告
よ け ス ペ ー ス で す。
2012年1月31日(火)
<<2つの最終講義>>
午前中にメールが届き、俺サマが駆け出し理論計算機科学者だった
頃に学問的にずいぶんお世話になった、関西圏某国立大教授の最終講義と
定年退職記念パーティーが3月にあるとのこと。数学に転向して
から長くご無沙汰してたけど、先生、もう定年のお歳になられたのか
と感慨深い。あの頃はまだ新進気鋭の最年少教授だったけど。
それで、その催しにちょっと顔を出してみたい気もあるのだけど、 同じ日に西日本の某国立大学数学教授の最終講義、定年退職記念パーティー、 そして記念研究集会があって、そちらに出張する予定になっている (勿論パーティーには出席しないけど)。
俺サマの今の研究のことを考えると、数学者の集まりの方にぜひ行きた いのだが、そういうところに、自虐の発作が起こらないかと冷や冷やしながら、 座敷童モードで潜入するよりも、研究面で直接得るところは無いかも知れないが、 昔良くしていただいた人の所に挨拶がてらに顔を出す方が、気分はいいかも知 れない。出張予定をキャンセルして、そちらに行くべきかどうか、悩むところ。
今日も後期試験の採点のために大学に出勤。午前中に自宅を出て、 大丸ラクト山科店で昼食用のパンを買う。今日はレジ待ち行列が 2〜3名程度だったので、嬉しくなっていつもよりも1個沢山 買ってしまった。
昼頃に大学に着き、いつもよりも多め昼食の後、採点 作業開始。途中逃避行動を何回かはさみつつも、夕方頃には成績 集計も含めて全作業終了。直ちに事務に採点済み答案と成績表を 提出。
今回は2回生科目の「数理論理学」と「代数学序論II」、3回生 科目の「環・体論II」のいずれも合格率85%程度になった。ただし、 この数字は配当学年以外の高学年の再履修者等は除いている。後者の 合格率は例年のことだが、かなり低い。
また、3回生後期の代数の講義で合格率80%台は、俺サマが 代講した今年限りで、来年度からは再び「不」合格率80%台の状態 に戻ると思われるので、現2回生は注意が必要であろう(って、学生 は俺サマの馬鹿日誌なんか読んでねえから、関係ねえけどサ)。
帰宅後、夜は少し数学。
2012年1月30日(月)
<<インタビュー>>
今日も後期試験の採点のために大学に出勤。午前中に自宅を出て、
大丸ラクト山科店で昼食用のパンを、、、と、しかし、いつものパン屋は
満員御礼状態。2人の店員がレジに立ち、独楽鼠のようにせっせと
作業をしているのだが、レジ待ちの客が6〜7人。これは駄目だなと思って、
もうひとつのパン屋を覗いてみたが、ここはサンドイッチが馬鹿高
なので、やはりやめて最初の店に戻ってみたけど、相変わららレジ待ち客
が5〜6人の状態が続いている。店の前でしばらくぼうっと見てると、
一人終わるとまた一人列に加わるということが続いている。
商売繁盛誠にご同慶の至りだが、今日は諦めて山科駅のキオスクで
ピザパンとホイップクリームデニッシュパンを買って昼食とする。
研究室で昼食の後、事務室にお茶を飲みに行ったら、同僚O先生 が居て、大学運営の仕事に関して、しばし立ち話。それから研究室に 戻って採点作業開始。時々逃避行動を挟みつつ、17時前に作業を終 えて大学を発つ。作業の進捗状況は、明日で全部終わるかどうかと いったところ。
夕食後、夜はラクトスポーツプラザへ。今日は楽しいZUMBAと 筋トレ。ZUMBAには、例の「青春を取り戻したオジサン」も来ていた。 今日は珍しくインストラクターが、レッスンの後 でジムに来て筋トレみたいなことをしていたので、ちょっと話を聞いてみる。
何を聞いたのかというと、要するに、踊りの振り付けなんて、どう やって記憶しているのかということ。数学なら数式を、音楽なら楽譜を 紙に書いておける。踊りの振り付けは、漫画みたいな絵でも描いてメモ しておくのかしら、と。
まあ、俺サマは小学校の体育の授業で習ったラジオ体操に始まり、 一連の体の動作を覚えることは大の苦手。ZUMBAの振り付け なんてのも鼻っから覚える気が無い。だけど、インストラクターやる ような人の頭の中って、どうなってるのかしら?と。 実際聞いてみると、ふーん、そういうことをやってるのかと 結構面白かった。我々数学研究者にちょっと似たようなこともやってるし。
こういうインタビューを数学者に対して行う時は結構気を使うもので、 話を聞くと新たな疑問が生まれ、それをまた質問して、、、なんてことを 続けているうちに、相手は怒り始める。そうでない場合もあるそうだが、 俺サマは馬鹿なので、「馬鹿な質問を繰り返す馬鹿」だということで、 馬鹿が大嫌いな数学者の地雷を踏むことになる。だから引き際 というものが大切で、地雷が破裂する前に退散するのが正しい。しかし 数学者によって個人差があるので、引き際を見極めるのは難しい。
今日のインストラクターへのインタビューでも、もひとつ分からない 所があって、さらに突っ込みたくなったが、対数学者インタビューの時の 習慣で、すこしばかり疑問を残したまま退散した。まあ、それで良かったん だろうと思うけど。
2012年1月29日(日)
<<採点のため日曜出勤>>
午前中は自宅にて京都新聞の2つのパズルを解き、それからすぐに出勤。
大丸ラクト山科店で昼食用のパンを買い、電車に乗って南草津駅に着き、
大学に向かうバス停に行くと「BKC臨時」バスというのが止まっていた。
何だろうと思ってとりあえず乗り込んだら、普段は見掛けないような
オジサン、オジサン予備軍も沢山乗り込んできて、
満員になった。
日曜日に出勤することは滅多にないので知らなかったのだが、 今日は「びわ湖検定」「TOEIC」「危険物取扱者検定」の 会場として、大学のキャンパスが貸し出されていたのだ。
京都検定は聞いたことがあるが、
「びわ湖検定」ってのも出来たのか。それって、
「フナ寿司に使う魚は次のどれか?
(1)メダカ、
(2)ニゴロブナ、
(3)ブラックバス、
(4)鯉のぼり、
(5)およげ!たい焼き君。
(正解は2番)」
みたいなのかしら?
ついでに「TOEIC予想問題」:
「フランス語でCa m'est egal. ドイツ語でDas ist mir egal. を英語で言う
とどうなるか?
(1)Don't worry.
(2)Your floor is my ceiling.
(3)Galois theory is fantastic!
(4)I don't care.
(5)Nobody knows who you are.
(正解は4番)」
よおし、こうなったら図に乗って「危険物取扱者検定」予想問題だ!
「高山のブログのサイトを見つけたときの正しい
処理は以下のうちのどれか。
(1)マイクロソフトに危険なサイトとしてチクる、
(2)日本数学会に危険なサイトとしてチクる、
(3)「高山がまた馬鹿なこと書いてやがる」と無視する、
(4)ライバルに「こんな面白いサイトがあるぞ」と教えて、仕事や
勉強の邪魔をする。
(5)一人でこっそり読んで楽しむ。
(正解は3番)」
まあ何と申しましょうか、受験者の皆さま、お疲れ様!ってとこかな。
自慢じゃないが、 俺サマなんざ、大学を卒業する直前に、 京都大学大学院入試、 大阪大学大学院入試、 名古屋大学大学院入試、 そして京大大学院を翌年にもう一度、 さらに 国家公務員技術職、 三重県庁行政職採用試験、 津市役所職員採用試験、 三重県高等学校教員採用試験 を受験して、全部落とされたという輝かしい経歴が あるから、もう試験なんてまっぴらだな。
あれから苦節ン十年を経て、やっと 試験を受けて落とされる立場から、試験をして落とす立場にのし上がったんだ。 この地位にしがみついて、これからもバンバン試験してやるんだ!ふっふっふ。 と思いながら、研究室で早目の昼食をとり、早速後期試験の採点作業に 取り組む。
夕方、何とか2科目めの答案を9割方採点し終えた。明日もうちょっと やれば全部見終わって、成績集計までできるだろう。そして明日じゅうに、3 科目めの答案の採点着手にこぎつけたいものだ。
帰宅して夕食の後、少し数学。
2012年1月28日(土)
<<君子の交わり>>
午前中に自宅を出て、大丸ラクト山科店で昼食用のパンを買い、昼前に出勤。
そういえば大丸ラクト山科店の来店ポイント入力機の所で、老人に悪態をついて
絡んでいる頭のおかしいオジサンがいた。まあ、悪態をつくだけで暴力はふる
わなかったので(悪態も十分な暴力だとも言えるが)、警察を呼ぶまでには至
らず。老人の方も、頭のおかしい奴だと察して、さして相手にもせず。
そのうちなにか事件を起こすかもしれない輩だろうから、山科界隈に 住んでるとしたら要注意か。先日パン屋で店員をどやしつけそうになった 俺サマも、紙一重でこのオッサンと同じとも言えるが、 紙一重の差が本質的だと言いたいところ。
研究室にて早目の昼食を済ませ、後期試験の採点作業。15時前までに、 1科目分の採点と成績表記入、講評作成など、全ての作業を終える。 あと2科目残っているが、残りは明日以降にすることにして、大学を発ち、 関西日仏学館に移動。
ドイツ語寺子屋の時間まで半時間ほど間があったので、日仏学館の図書室で フランス語基本単語集なるものを見つけて、パラパラと眺めてフランス語の復習。
俺サマは語学は割合好きだけど、初級や中級で出てくる日常会話の 練習はどうも苦手である。これは少し前にも書いたことで、繰り返しになって しまうけど、関西日仏学館で練習するような「日常会話」など、俺サマの日常 生活では決して使わないものが多い。
昨日の授業では「相手の家について尋ねる際の、ごく普通の質問を考えてください」 と課題を出されたが、「俺サマは他人サマの家のことを根ほり葉ほり聞くような下品は 真似は致しません」としか言いようがないので、全然質問が思い浮かばずに困った。
会話を繋げるテクニックなるものも、よく練習させられる。相手の言葉に 相槌をうち、それに関連してさらに突っ込んだ質問をしてみたり、自分のことを 話したりするのだ、と。連中はこんな調子で、いつまでもべらべら べらべらと碌でもないことを喋りまくっているのだと分かるという意味で、 フランス人の言語文化について知るには良いのかもしれない。でも俺サマは、 生涯一座敷童、日々是偵察飛行の人だから、日本語でだってこんな会話はしないぜ。
16時40分から18時10分すぎまで、寺子屋にてドイツ語の授業を受ける。 寺子屋の先生が、「ドイツ人というのはココナッツ椰子みたいなもので、 表面的にはガードが固いが、それを突き破れば一転して深く親しい仲になれる。 日本人はその逆で、表面的にはフレンドリーだが、いつまで経っても 深い仲になれない」と言っていた。それで別の生徒と、京都人はそうかも 知れないが、大阪人はそうでもないよ、みたいな話をしていたが、 これも変な話である。だって、俺サマはオッサンと「深い仲」になる趣味は ないし、女性と「深い仲」になるには、色々悩ましい問題があり過ぎる。 だから、「一体俺サマにどうしろというのだ!?」と吠えたくなる。
まったく西洋人というのは、「君子の交わりは水の如し」という概念がないのか。
寺子屋が終わって徒歩で京都市役所前駅まで歩いたが、 「地球温暖化なんて嘘でしょ!?」 と言いたくなるような寒さ。しかし俺サマはマイナス11度のベルリンの街を 1〜2キロ歩いたんだから、このぐらい平気さ、と。
まっすぐ自宅に帰ったのだが、酒が切れていることが分かり、慌てて自転車で 大丸ラクト山科店まで走り、赤ワインを1本買って帰る。夜は少し数学。
2012年1月27日(金)
<<ゲラ刷り校正>>
まあ、ついでだから、昨日紹介したチェンバロのCDと抱き合わせで買った、
激安CDのジャケットの画像もUPしておこう。「2つのオルガンのための
6つのコンチェルト」。この曲が作られた当時、大きな教会に
は2つのオルガンが設置されていることが多かったが、かなり離れて置かれて
いるのが普通で、合奏するのが難しかったとか。まあ、俺サマが去年ドイツや
フランスで見てきた教会も、オルガンは高々2つで、2つと言っても大きなのと
小さいのが離れて置かれてた。
俺サマはパイプオルガンの音は好きだけど、この曲自身はどうってことのない しょぼい曲だと思う。オルガンの曲は、神々しくて、頭の上から高飛車に 降り注ぐようでないと面白くないけど、この曲は遊園地の手回しオルガンを聴いて るような感じだ。
本日午前中は、アメリカ数学会から送られてきた俺サマの糞論文のゲラ刷 校正。「これを受け取ってから5日以内に返送せよ」とある。アメリカから郵送 したのが1月3日とあり、俺サマの手元に届いたのが24日。日米間のエアメール で何で3週間もかかるんだよう。それで著者に「5日で返却せよ」とかせかすなっ つーの。とか何とかブツブツ言いながらも作業は完了。
それから、校正済みゲラ刷の郵送と後期試験の採点作業のため、出勤。 しかし、駅前まで来てから忘れ物に気づき、また自宅に戻り、そうこうしている うちに腹が減ってきたので、その辺で昼食、みたいなことをやってたので、 なかなか大学にたどりつけず。
昼食は山科区内の某ラーメン店。先日、スープに塩を入れ忘れた超薄味 ラーメンが出てきたので、「今日、同じことを繰り返したらこの店には 二度とチャンスは無いぞ」と意気込んで入店。ところが今日は、姉妹店の 立ち上げに駆けずり回っているのか、最近とんと姿を見なかった創業者店主 が居た。流石に彼が作るラーメンは美味い。よろしい、だったらまた来ることに しよう、と。
大学でゲラ刷りの郵送手続きをし、研究室で採点作業を進める。 17時前に作業を打ち切って、京大ルネに移動。途中の地下鉄で、久々に 「電車の中で鼻糞をほじくって食べる30代の男」のサンプルを発見した。 彼は人差し指と中指を使って、人間の鼻の穴ってあんなに伸びるのかしら と思うほど思いっきりほじくっては食べ、ほじくっては食べ、という作業 を延々と繰り返していた。
鼻糞をほじくって食べる男というのは、一体何を考えているのだろうか。 鼻糞は適度に塩味が利いていて美味しいから、腹が減った時の非常食として 適宜ほじくって食べているのだろうか。それとも、ほくじった鼻糞をその辺 に飛ばし散らすのも気がひけるし、指先を濡らした方が作業がやりやすいから、 ほじくった鼻糞の処理とほじくり作業の効率化の一石二鳥を狙って食べているのか。 あるいは俺サマには想像もつかないような、もっと深遠な理由があるのか。
現在は目視による観察にとどまっているが、サンプルも沢山集まり、 これは一部の特異な人間による行為ではなく、ある一定の人種に普遍的 な風俗習慣であることが明らかになってきたから、さらに踏み込んで 彼らに直接インタビューして みたい気もする。その一方で、インタビューしてもどうせ碌な答は 返ってこないだろうと いう気もする。
京大ルネで、ちょっとだけ書籍部を冷やかしてから、早目の夕食を軽くすまし、 関西日仏学館へ。19時からの授業には俺サマ以外は誰も現れず、 結局個人授業状態に突入。しかし10分後に相次いで他の2人の 受講生もやってきて、通常状態に戻った。
対世界戦争勃発の危機は完全に回避された模様。だがその火種は結局の ところこのクラスにあるわけだから、俺サマとしてどういうスタンスで 臨むべきか、もうちょっと考えた方がいいかも。
帰りは例によって京都市役所前駅まで徒歩。途中、軽めの夕食を 補うため、コンビニでおにぎりを1個買って、路上飲食。それから地下鉄 で山科に戻る。
帰宅後は明日のドイツ語の宿題を片付ける。
2012年1月26日(木)
<<生き方体験>>
IEのスマートスクリーンフィルターの障害も直ったみたいなので、
先日買った小林道夫のチェンバロのCDのジャケット画像をUP
しておこうか、と。
しかし、またどこかのアホが嫌がらせで俺サマのサイトを 「安全でないWebサイト」としてマイクロソフトに報告するかも しれないので、同じような障害が再び起こるかもしれない。 大体、(将来ある若き数学者にとって)「安全でないWebサイト」 として日本数学会にチクるならともかく、マイクロソフトにチクるとは 何事だ?と言いたい。
まあ、再び障害が起こった時は、いちいちマイクロソフトに 抗議するより、スマートスクリーンフィルター機能をオフにした方が 話が早いかもしれない。
このCDについて一言書いておくと、別に何が特段の理由が あったわけではないが、ここしばらくは何となくチェンバロの音は ちょっと、、、という感じになっていて、 専らピアノ曲ばかり聴いてた。しかし、またチェンバロが聴きたくなってきて、 思わずこのCDを買ってしまったというわけだ。
ところで、ある事件を切欠に、それまであれほどよく聴いていた クラリネットの曲をばたっと聴かなくなって、もう何年か経つ。またいつか 聴きたくなる時が来るかもしれないし、来ないかもしれない。
俺サマはどうも、熱狂的マイブームで1つのことにずうっと執着してたかと 思うと、何かの切欠である時からバタっと興味が無くなって見向きもしなくなる ことが多々あるようだ。10年周期で専門分野をガラっと変えてしまう のも、その習性の一環と考えられなくもない。
本日、大丸ラクト山科店で昼食用のパンを買って出勤。パン屋では、先日 レジが込んでいる時に漫然と店内をうろついていた店員もいて、レジ打ちを していた。しかし、どうも手つきがたどたどしく、ベテラン風の店員が傍に ついて補佐している。見ると何と、「生き方体験中、○○中学校、 ××××」という名札をしている。何だ、中学生の体験実習だったのか。
体験実習でパン屋にやってきた中学生が、虫の居所の悪いわけのわからん オッサンに「レジが込んでる時に、何をぼさっとしてるんや!?」とどやされる のは、果たしてその子にとって貴重な「生き方体験」になるのかしら? それは「生き方」が何を意味するかに依存するだろうけど、そもそも 「生き方体験」という言葉自体が、何か変だ。じゃあ、彼らは学校にいる 時は死んでたのか?と。
研究室で昼食の後、事務で整理済みの後期試験の答案を受け取り、 採点作業を始める。そうこうしているうちに卒研ゼミ を始める14時になる。今日は接ベクトル空間の定義と可微分写像の微分、 逆関数定理などをやって、17時頃に終わる。
ゼミの後、すぐに帰宅。夕食後、夜はラクトスポーツプラザ。 今日は骨盤矯正ヨガをやって、そのあと有酸素運動を40分ほど。
スポーツクラブから帰宅後、明日のフランス語の宿題を片付ける。
2012年1月25日(水)
<<ドSのサド>>
今日という日も平和に終わろうとしている。
天に感謝しようではないか。
俺サマの対世界戦争が本当に回避されたのかどうかはわからないけど。
大丸ラクト山科店で無事に昼食用のパンを買って、昼頃に出勤。 研究室で昼食の後、夕方の来客に備えて部屋を少し片付ける。
13時過ぎから後期試験の試験監督に繰り出し、答案の回収作業 など15時前に完了。今日は特に目を引く受験生は居なかった。 これで俺サマの担当科目の後期試験は全て終了したので、明日から 順次採点作業に入る。
採点は例によって、受験生の8割程度は合格するような大甘採点 基準を採用し、しかし、その基準にも満たない答案は、設問に関係 ない「お願い」だの「勉強の成果」だのを、いくらグダグダ書いても 全部無視し、就職が決まっている高回生だろうが何だろうが容赦なく 落とす、という方針で臨む。ふっふっふ。俺サマは普段はマゾみたいな 顔してるけど、それは世を忍ぶ仮の姿で、本当はドSのサドなのさ。 オッサンになって人間が丸くなったのではなく、丸くなったように 見せかけるのが上手くなっただけなのサ。むふふ。。。
但し、今回も8割合格が出せるかどうかは、 蓋を開けてみないと分からないけど。
8割合格主義にはそれなりの根拠がある。 10割だと学生としては真面目に勉強する気力が湧かないだろうし、 2割しか合格しないとなると、別の意味で元気が出ない。 5〜6割ぐらいだと、一部の野心的な学生は挑戦しようと思うかもしれないが、 普通の学生は敬遠する。8割ぐらいにしておくと、ナメてたら落とされるし、 そこそこ頑張れば単位は取れる。もっと頑張ればいい成績が貰えて気分がいい という具合で、幅広い層の学生が各自それなりに頑張って勉強しよう という気になれるのではないか、と。
定期試験から研究室に戻って、しばし雑用や調べ物の後、15時35分から 16時頃まで就職委員関係の来客対応の後、面談報告書をキャリア オフィスにメールで送る。 それから事務にちょっと立ち寄ってから、大学を発つ。
帰宅後、夜は少し数学。
2012年1月24日(火)
<<対世界戦争回避か?!>>
ああ、今日という日が終わろうとしている。今日は普通に大学に行って、
定期試験の監督を2コマやって、図書館で専門書を1冊借りて、そのまま
帰宅した。夜は少し数学。と、こんな風に極めて平和に物事が進行したの
だから、対世界戦争は回避されたのかしら。いやいやまだ油断はできない。
出勤時、大丸ラクト山科店で昼食用のパンを買おうと思った のだが、店員が2名ほど店内をウロウロしているのに、レジに立っている のが1名しかおらず、レジ待ち状態のオバサンが2名、さらには 店内物色中で間もなくレジ待ちの行列に加わりそうな雰囲気の オバサンが数名という状態。
今や臨戦態勢の俺サマの精神状態だと、「おい!レジ待ちの客がこんなに並 んでるのに、そこの店員らは何をぼやっとしてるんや!」とオッサンぽく吠 えてしまいそう。まあ、俺サマは本物のオッサンなんだから、 オッサンぽく吠えても問題ないとも考えられる。しかし、吠えた後で 予想もつかないバツの悪いことが起こり、それがサラエボ事件よろしく、 俺サマの対世界戦争勃発の引き金になりそうな危うい予感がした。
そこで今日はこの店を避けて、山科駅のキオスクで菓子パンなどを 買って昼食とした。この判断は賢明だったと思う。
昼過ぎに大学に着いて昼食を終え、さて試験監督に出掛けるかという ところで、学生が部屋をノックし「ちょっと質問、いいですか?」とやってきた。 勿論、「駄目です。もう時間切れです」と追い返した。
定期試験では最初から最後までずっと寝ている学生がいた。途中、 出席表を書かせるために起こしたのだが、自分の分の名前と学生証番号を 記入するとまた寝てしまった。試験終了のチャイムが鳴っても起きないので、「 君、君。試験は終わったよ」と起こさねばならなかった。
試験問題を見て「ああ、こりゃあ駄目だ」と思って諦めて フテ寝している学生はちょいちょい見掛ける。俺サマも昔、行政職の 地方公務員試験を受けた時、憲法や行政法の試験の時はそんな感じ だったな。一応勉強はしたんだけどね。
しかし、諦めフテ寝学生なら完全に「寝るぞ!」という態勢で寝るものだし、 途中退出が認められる時間になったら、さっさと退出していく。 しかし、今日見掛けた居眠り学生は違っていた。問題用紙を目の前に置き、 ペンを持って回答用紙に向かって「さあ解くぞ」という態勢で固まって ずっと寝ていた。
このコ、大丈夫かしら、体調でも悪いのかなと思ったけれど、試験が 終わると、ちゃんと荷物を持ってしっかりとした足取りで教室を出ていった。 そしてなんと、次の試験会場にもその学生が来ていて、やはり同じように 最初から最後まで、同じ態勢で固まって寝ていた。
このコは今日、一体何をする積りで大学に来たのかしら。 まあ、特に健康上の問題が無いなら、当方としては関知しないけどね。
2012年1月23日(月)
<<弱り目に祟り目>>
頭の血管が切れて死んでしまうのかと思ったが、
今朝起きたら、俺サマはまだ生きていた。
生きてるって、素晴らしい。
しかし、目が覚めてしばらくすると、やはりムカムカする。 胃腸の調子が悪いのではなく、機嫌が悪いのである。 これはまずい傾向で、俺サマは、また世界を敵に回して戦争を 始めかねない。戦争を回避するには、死んだフリをする しかない。
午前中はムカムカしながら、自宅にて数学。昼過ぎに 山科区内に買い物に出て、ついでにその辺で昼食。 それからJEUGIA三条本店へ直行。機嫌が悪い時は まずはCDの衝動買いである。
そういえば、学科長をやった2006年度も、1年で一気にCDが 4〜50枚ほど増えた。しかし、音楽は気を紛らわす対処療法的な 効果はあっても、根治療法にはならない。まあ、対処療法でも 何もしないよりはマシである。
ちょうど1月25日発売予定の「J.S,バッハ:小前奏曲集」(小林道夫) がフライングして販売されていた。ちょっと視聴してみたら、 最初の「ヴィヴァルディ―:調和の霊感op.3.3による協奏曲へ長調 BWV978」の第一楽章でぐっと来てしまった。天に突き抜ける ような解放感。これぞ俺サマが今求めている「クスリ」だ。 小林道夫ってチェンバロ奏者、全然知らなかったけど、 「くそーっ、オジサンの癖にいい音出しやがるじゃないか!」 と毒づく元気は、今の俺サマには無いのよね。オジサンでも何でも、 良い「クスリ」になる音楽は、いい音楽だ、と。
それにしても、俺サマは「あれがいい、これもいい」と言って 色々聴いているばかりで、音楽のことはあまり良く知らない。だいたい、 何でバロック時代の曲は、長調の明るい曲の間にフーガとか何とか 言って黒魔術的というか、おどろおどろしいというか、短調のシケた曲 を入れたがるのか、さっぱり分からない。
まあ、影があるから日向が際立つのかも知れないが、俺サマとしては、 のべつまくなしに解放感、爽快感、高揚感だらけという、能天気の洪水 のような、全楽章躁状態一色のバロック音楽を聴きたいものだと思う。 平均律クラヴィーア曲集第1,2集とゴールドベルク変奏曲を フーガを全部取っ払って1枚のCDにすれば、バロック音楽の邪道と言われ ようが何だろうが、俺サマは「お得感満点CD」として、即決購入するぞ。 って、自分でPCで作ればいいのか。面倒臭いな。
ということで、JEUGIA到着5分後には購入決定。もう一つ、 Padre Antonio Solerという、やはりバロック時代の人らしいが、聞いた ことのない名前の作曲家による「2つのオルガンのための6つの協奏曲」 なるCDも購入。これは試聴できなかったので、中身が不明だが、 単に激安700円というだけの理由で購入。実はポイントカード のポイントの関係もあって、何でもいいからもう1枚安いCDを買 わないと損な気がしたからだけど。
これで兎に角「対処療法のクスリ」は買ったとホクホクしたのだが、 この後がいけない。俺サマはポイントカードの仕組みについて深く考えた ことが無かったため、支払いのところで間抜けなへまをやらかしてしまった。 つまり、その時は、店員さんが俺サマが損する方に誘導したのだと勘違いして、 それでは困ると、またレジのところに戻ってきて、別の方法で支払うように やり直してもらった。
しかし、自宅に戻ってよく考えてみると、どちらが損でも得でもないこ とが分かり、わざわざ支払いのやり直しを申し出た自分が馬鹿みたいだと、 どっと落ち込む。俺サマは馬鹿だけど、ここまで馬鹿だったのか、と。
年取ってボケてきて、「自分はこんな事もできなくなった のか」と気付いて落ち込む時って、こんな感じなのかしら。まあ、今から ボケた時の予行演習しておくのも、悪くないかも知れないけど。 でもボケる前に死んじまったら、無駄に落ち込んだだけってことになるか。 (「もう既にボケ始めてるじゃないか」という突っ込みは、瞬殺却下)。 俺サマのような碌でもない人間は、落ち込んだ数だけひねくれるんだよう。 どうしてくれるんだ?
JEUGIAを出てから、寺町通り上島珈琲で夕方まで数学。 それから大丸ラクト山科店で赤ワインを1本買って帰宅。そして 上記、JEUGIAでのへまが発覚し、どっと落ち込む。 弱り目に祟り目とはこのことだ。まだまだ何か起こるかも知れないな。
夕食後、ラクトスポーツプラザで楽しいZUMBAと筋トレ。 ZUMBAはいいなあ、俺サマが世界を敵に回して戦争しかけて いる時だって、ただひたすら楽しくて。インストラクターも 明るくてカッコ良くてとても感じのいい人なので、 一緒に踊ってるだけで気が晴れる。
スポーツクラブから帰ってきたら、「まだまだ何か起こ」った。 マイクロソフトのスマートスクリーンフィルターなるものが、 俺サマの日誌を「危険なサイト」に指定しよって、 IEでは五月蠅い警告画面が出てきて、CDのジャケットの画像などが まともに表示されなくなっていた。
そりゃあ、まあ、俺サマの日誌は俺サマの馬鹿が伝染する 可能性があるから、特に将来有望な若き数学者たちには 大変危険なサイトではあるけれど、どうせこんなの読んでる 数学者は研究者として「お先真っ暗」な連中ばかりだろうから、 いいんだけどね。(オラオラ、馬鹿の俺サマにこんな事言われて 悔しかったら、こんな下らねえ日誌読んでないで、 勉強するなり論文書くなりしてろって!)
兎に角マイクロソフトに、「どこがスマートなんじゃ?ドあほ!」と、 誤り報告を出して、しばらく待つしかないようだ。 IEにちょっと嫌気がさしたので、しばらくGoogle Chromeに乗り換える ことにして、CDのジャケットの紹介もしばらく延期。
風呂に入りながら、よくもまあ昨日の夕方頃から次から次と 厄介な事が起こるものだと 溜息。野良猫は病気になると、薬効がある草を食べて、物陰でじっとしている そうだ。俺サマもヴィヴァルディ―:調和の霊感op.3.3による協奏曲へ長調 BWV978」の第一楽章を16回ぐらい聴いてから、 フテ寝することにする。
2012年1月22日(日)
<<調子急降下>>
少しゆっくり起きて、京都新聞日曜版の2つのパズルを時、まったり
とした日曜日の朝をすごす。ふと気付けば、もう出掛けなければならない
時間。大急ぎで準備して出発。途中、コンビニでクロワッサンを買って
昼食代りに食べ、12時30分現地集合の待ち合わせ会場に12時20分頃
に到着。今日は、関西日仏学館の先生とクラスメートら5人で、(元)クラス
メートの一人が出演しているアングラ劇を見に来たのだ。俺サマを除くと、
推定平均年齢は28歳ぐらいという、12月の忘年会と同じメンバー。
12時30分開場、12時35分まで待っても誰も来ないので、入場券 売り場に並ぶ。12時40分頃、幹事役の人がやってきた。「まだ、誰も来 てません」と言うと、「じゃあ、私は他の人を待ってます」ということで、 俺サマだけ先に入る。
演劇は大賑わいで、狭い会場に体育座りみたいな感じでギュウギュウに 詰めて座ることになった。アングラ劇を見るのは学生時代以来である。 大して面白くもないだろうと思ってたけど、予想に反してとても面白かった。 リアルな社会問題を扱いつつ、随所に笑いが仕掛けてあり、よく考えて つくられた芝居だった。役者さんたちも、よく稽古していて、上手かった。
公演の後で、某参議院議員と団長とのトークショウというか、演劇で 扱った社会問題のミニ討論会のような催しもあったが、これは別に どうってことはなかった。
会場を出て、「では、お茶でもしましょうか」という話になり、東京 から来た人が、祇園辻利に行こうと言いだした。俺サマは、祇園辻利の 抹茶アイスや抹茶ソフトクリームは大好きだが、日曜の午後に祇園辻利 の祇園店に行っても、満員で入れないのでは?と言ったが、「さっき、 来る時に通ったら、すいていたから」などと言う。うーん、祇園の恐ろ しさを知らないなと思いつつ、皆でぞろぞろ歩いて行ってみたら、案の 定長い行列ができていた。近くに似たような抹茶系カフェがあったので、 そこに入ろうとしたが、抹茶パフェが1000円以上するのにおじけづ いて、やめようということになった。
それで、またぞろぞろ歩いて、四条河原町をちょっと下ったところの、 古い町屋を改装してやっているカフェに入って、1時間ほどずごした。 そこで特に何かあったというわけではないけど、俺サマとしてはどうも その場の雰囲気がしっくり来なくて、この「お茶の時間」はパスすれば 良かったなと激しく後悔。
強いて言えば、最近「オールウェイズ三丁目の夕日」という映画が 流行っているらしく、皆がその話をしているので、「『三丁目の夕日』 と言えば、西岸良平の漫画の映画化か?」と首を突っ込んだら、そんな はずはないなどと、映画に詳しいはずの人まで言い出すので、「もういいや」 と思った瞬間があったけど。それは単に記憶の一断面にすぎない。この 演劇、トークショウ、お茶と下り坂を転がり落ちたような気分の背景 には、もっと他の微妙なことが積み重なっていたのかもしれない。
帰宅後、夕食をすまし、少し数学をやっていても、だんだん調子が悪く なるばかり。自分でも可笑しいぐらいに、1年に1度あるかないかぐらい の機嫌が悪さと分かる。皆とお茶している間に脳の血管の一本ぐらい切れて、 頭がおかしくなったんじゃないかと思うぐらい。
こりゃあ、寝るしかないな、と。明日生きて起きられるかしら。
2012年1月21日(土)
<<風前の灯>>
午前中は自宅でドイツ語の予習。今日も冷たい雨が降る中、
午後は百万遍に出て、新福菜館で遅めの昼食。
その後、京大ルネの書籍部を少し冷やかしてから、関西日仏学館の図書室 に籠って夕方まで数学。16時過ぎに日仏学館を出て、 寺子屋の前にあるコンビニで80キロカロリー・ダイエット 小豆抹茶最中アイスを買って食べてから、 いざドイツ語のレッスンへ。
今日は寺子屋に新しい受講生が来ていた。某大学法学部の先生で、 既に十分な語学力を持っているようだが、数ヶ月後にドイツに留学 するので、集中的にドイツ語を馴らしておきたいのだ、と。
それにしても、俺サマの通う語学学校のクラスは、どこも風前の灯である。 ゲーテ上級クラスも、一時期は10名以上の受講者がいたが、 あれよあれよという間に5,6名になり、数年前にリストラされて しまった。まあ、それが切欠で関西日仏学館通いが始まったわけだが。
寺子屋上級クラスも、最近まで4名程度で推移してたのが、 今学期はとうとう2名になってしまった。今日来た人も毎回来れるか どうか分からないし、2月一杯ぐらいまでの短期集中のようだ。
関西日仏学館の今のクラスも、4月頃は7〜8名居たのだが、次々と 留学で巣立って行ったり、別のクラスに移るとかで、今学期はとうとう 3名になってしまった。
まあ、こういうものは細々ながらも継続することが大事だと思うので、 頑張って続けてるけど。
俺サマは、議論好きのドイツ人とパーティーで碌でもない議論の ための議論を楽しむ趣味も、フランス人みたいに相手の言うことも碌に 聞かないで自分のことをべらべら喋る習性もない。 単に、日々の買い物や公共交通機関の利用が不自由なく出来て、 役所の住民登録の手続きに困ることなく、 必要に応じてドイツテレコムの窓口に怒鳴り込むことができれば、 あとは適当に文章が読めれば良いというスタンス。 そんな風に、コミュニケーションツールというよりも、サバイバルツール として勉強してるせいか、上達が遅い。
寺子屋の帰りもまだ冷たい雨が降ってたので、京大正門前から 東山三条までバス、それから地下鉄に乗り換え、道草なしで帰宅。 夜は少し数学。
2012年1月20日(金)
<<君に会えて良かった>>
午前中は自宅で数学。午後は百万遍に出て、新福菜館で昼食の
後、ふと気が向いて京大数理研へ。夏に自虐の病が悪化して、
西日本最大の数学者の巣窟である京大北部キャンパス内
など、恐ろしくて足を踏み入れてなかったから、かれこれ
7ヶ月ぶりである。やはり気になるのは、「トラちゃん」こと数理研猫の
こと。かなりの老猫だから、この7カ月の間に死んで
しまってるかもしれない、と。
早速、数理研の1階外階段のあたりのトラちゃんの住処に行って みると、姿が見えない。今日のような雨がぱらついている日は 大抵居眠りしているのに。さては、もう死んでしまったのか。
ふと足元を見ると、キャットフードが置いてある。 いつもトラちゃんが昼寝をしていた汚いソファーの上に、 毛布が丸めて置いてあるけど、、、「もしや」と思って毛布を めくると、中で猫がぬくぬくと昼寝していた。 やあ、久しぶりだね。君に会えてよかった。 毛並みも相変わらず綺麗だし、元気そうじゃないか、と。
それから3階の図書室に籠って、夕方まで数学。 数理研の帰りにも、トラを訪ねてみたら、ちょうど 昼寝は終わったところと見えて、毛布から出てのびをし、 木の階段の所でガリガリを爪を研ぎ、2,3歩歩いて 「にゃー」と俺サマに挨拶してくれた。それで 体を撫でてやりながら、しばらく会話。「じゃあ、また 来るから、元気でな」と言って別れる。
それから京大ルネの書籍部をぶらぶらして、少し 早目の夕食を軽く。そして関西日仏学館の図書室で フランス語の予習を少し。19時から21時まで フランス語の授業を受ける。
帰りは、小さなスーパーが空いていたので、そこで 夕食の不足を補う小さなパンを買って、歩行飲食しながら京都市役所前へ。 それから地下鉄に乗り、寄り道なしで帰宅。帰宅後、深夜は明日のドイツ語の 予習。
2,3日前にチェンバロ界の重鎮レオンハルトが亡く なったそうだけど、俺サマは以前いくつかのCDを試聴してみて、 どうもピンとこなかったので、「ふーん」程度にしか思ってない。
2012年1月19(木)
<<冷たい雨>>
午前中は山科区内で野暮用。某薬局で薬剤師さんが奇妙な事を
言いだすので、え?でも、それは変でしょ!?だって、云々
かんぬんと色々言い合ってたところ、ふと、俺サマの最初の
質問に彼女が曖昧というか、ちょっとトンチンカンな
返事をしたので、俺サマが完全に誤解してしまっていたことが
判明。朝っぱらからどっと疲れて帰宅。
自宅で一拍置いて、気を取り直してから大学に出勤。 13時過ぎに大学院入試の件で卒研生A君がやってきて、 短時間に用件が終わる。それから就職委員の仕事でメール を1つ出したりして、14時から卒研生B君と卒研ゼミ。 今日は微分位相幾何学特訓ゼミの第一回目。可微分多様体、 可微分写像、微分同型の定義、n次元球面やワイルドな多様体 の例をやり、接ベクトル空間とその間の微分のところに入っ たところで、16時過ぎに終了。
それから少し研究室で調べものをしてから、帰宅。午後から 冷たい雨が降っていて、体が芯から冷えたって感じ。
夕食後、夜はラクトスポーツプラザへ。骨盤矯正ヨガをやってから、 有酸素運動を40分ほど。帰宅後、深夜は明日のフランス語の宿題 を片付ける。
2012年1月18(水)
<<全講義終了>>
昼過ぎに出勤。研究室にて、大丸ラクト山科店で買ったパンで昼食。
13時から14時30分まで2回生「代数学序論II」の講義。
今日はシローの定理の証明の概要を紹介しながら、作用域を持つ群に
よる軌道分解や軌道の長さの公式などを重点的に説明した後、
正規化群のことをさらっと述べる。最後に「まとめ」をやった
ところでちょうど終了のチャイムが鳴る。
授業が終わった所で、卒研生の一人が資料を受け取りに来て、 大学院入試のことで少し打ち合わせ。
14時40分から3回生「数理科学セミナー」。今日は最後に残った 3名が発表し、ようやく全員合格となった。少し早目の16時5分頃に 終了。
これで今学期の講義は全て終了し、あとは定期試験を残すのみ。
研究室に戻って、今日届いた専門書の支払い手続きをしたり、 事務で平常点評価科目の成績記入用紙を受け取って成績をつけたり、 大学院入試の進め方について同僚に問い合わせたりといった雑用。 ちょうどその時間帯に、数理科学科のお茶の時間が持たれて いたが、ちょっと談話室を覗いてみたら、今日はいやに元気な人が 来ていて何やら盛り上がっていた。
いつもお茶の時間に談話室のソファーにデンと座っている学科長 の姿が見えないので、どうしたのかと思ったら、何やら急ぎの事態 に対応するために秘密会議をしたり、研究室で作業をしたりと、 走り回っているようだった。
まあ、学校の年度末というのは色々あるもので、俺サマが学科長 をやった時も、教員の移動や病気のため、大慌てで次年度の代りの 担当者を探したり、次年度の委員や役職がなかなか決まらなくて困 っている所に、まるで追い打ちを掛けるかのように、虚言癖で現場 を撹乱したり、ちゃぶ台返しをしてみたりする、 トンチンカンなオッサンどもが現れたりと、色々大変であった。
ま、今年の学科長は俺サマみたいなヤワな神経してないから、 大丈夫なんでしょう、と。
帰宅後、夜は少し数学。
一昨日の話の続きだけど、俺サマが五月蠅いおじさんキャラから 座敷童キャラに転じる過程で何があったか、思い出した。ゲーテの 講座が廃止されて、関西日仏に流れてしばらくした時、俺サマには 手に負えない強敵オジサン(と言っても俺サマより一回り以上 若そうだったけど)がクラスに入ってきて、「こりゃ、駄目だ」 と死んだフリをするようになったのである。
俺サマは状況を読んで虎視眈眈と攻めるチャンスをうかがう 芸風だが、奴は最初からマメに何やかやしゃべくって、自分が やりやすい状況を自ら作っていくタイプだった。こうなると、俺サマ がいくらチャンスを狙っても、その場が完全に奴の世界に出来上がって しまってて、奴を蹴散らかす以外に全く攻める 隙がない。それで蹴散らかてやろうとすると、相手も妙に 張り合おうとしたりして、、、まあ、オッサン同士って、 そういう時は結構面倒臭いのよね。
それでもしばらくの間、奴が居ないところでは思い出した ように攻めキャラでやってたりもしたが、そのうち代数幾何学に転向して、 「俺サマは馬鹿」症候群が発症し、ドイツに行って黙殺大魔王 事件とか色々あって病が悪化した段階で、すっかり座敷童化してた のだと思われる。
2012年1月17(火)
<<最後の最後>>
昼過ぎに出勤。研究室にて、大丸ラクト山科店で買ったパンで昼食。
13時から14時30分まで2回生「数理論理学」の講義。
今日はゲーデルの第二不完全性定理の証明の概要。そして
第一、第二不完全性定理証明の鍵となる、「直観的には正しいが、
証明できない命題」の構成法の概要を説明する。
授業終了時間を14時10分までと勘違いし、14時5分頃に 説明を切り上げ、「まとめ」に入る。しかし14時12分ぐらいに なってもまだ終了のベルがならないので変だなと思ったところで、 間違いに気づいた。それでまた15分ほど、帰納的関数の定義や ゲーデル数化の「さわり」の部分を説明して終わる。
ひきつづき14時40分より、3回生「環・体論II」の講義。 今日は先週の続きで、ガロア拡大の部分体を決定する具体例の計算 を片付けて、方程式の可解性の話に入る。代数方程式が代数的に 解けることと、分解体のガロア群の可解性が同値であるという定理 を紹介し、その系として5次以上の代数方程式に「解の公式」が作れない ことが得られることを説明する。最後に、「まとめ」を簡単に やって終わる。
以上2科目の講義は今回が最後である。いずれも他の先生の 代理で今年度だけ担当したので、本当に最後の最後である。 やはりある講座を担当した1年目はペースが掴めず、反省点も多い。
「数理論理学」は、そのクライマックスであるゲーデルの 不完全性定理の証明にもっと時間が掛けられるよう、うまくペース 配分すべきであった。今日の話も時間に追われて、やや纏まりを 欠いたものになってしまった。願わくば、受講生のうちの1人でも、 卒業研究でゲーデルの不完全性定理をきっちり勉強し直したい と言いださないか、と。
また「環・体論II」でも同じことが言えて、最初の頃、代数拡大体 のクロネッカーの構成法にずいぶん時間を掛けたが、これもまずかった かなと思う。ガロア理論の証明をフォローしようと思えば、クロネッカー の構成法をしっかり理解しておく必要があるが、実際には講義中に証明 を詳しく話す時間は無かった。証明はレジュメに詳しく書いてあるが、 それを自習する学生は、全受講生のうちの高々1人か2人だろうし。
ま、代数をちゃんと勉強したい3回生は、ほぼ全員俺サマの卒研 に入ってきて、1年かけてガロア理論をきっちり勉強しなおす事に なっているから、よしとしよう。
講義の後、16時30分より教授会。例によって、形式的な議題 とそれと対極のドンと重い議題がセットになって、18時40分頃に 終了。研究室に戻ってすこし雑用をしてから、生協食堂にたちよって 夕食でもと思ったが、学生達でごった返していたので、そのままバスに 乗り南草津駅まで行き、駅前のお好み焼屋で夕食。
10年ぐらい前までは、学生でごったがえす生協食堂でも平気で 食事をしていた。その頃は、学会で出張するたびに、そこの大学の 学食を訪ね、学食評論家を自認していたぐらいだ。たとえば昼過ぎに 南草津駅からバスで大学に向かう前に、「ワシ、ちょっとそこで昼飯 食ってくわ」とか言って、駅前のレストランに行ってしまうオジサン 先生達を見て、まっすぐ大学に行って生協食堂で食べれば、値段も栄養 のバランスもずっといいのにと不思議に思っていた。
しかし今は、学生でごった返す学食の長い行列に並ぶぐらいなら、 その辺の空いている店に入ろうと考えるのだから、しっかり オジサン的思考になっていると言えなくもない。まあ、 こういうオジサン化は嫌いじゃないから、別に改める気もないけど。
お好み焼屋では、桑田佳佑の歌が掛かっていた。俺サマが大学に入学 した頃、サザンオールスターズが出てきて「渚のシンドバット」か何か が流行していた。同じ頃、原田真二も出てきて、何かの歌が大ヒットしていた。 それで大学の友人と、どちらが将来性がありそうか?という話になって、 俺サマが、「そりゃあ原田真二だろう。渚のシンドバットなんて、あれは 変チクリンな歌じゃないか」と言うと、音楽に詳しそうな友人が、 「桑田佳佑の斬新さとオリジナリティーに比べれば、原田真二なんてメ じゃない!」みたいなことを言ってた。だからどうだという訳ではないけど、 桑田佳佑の歌を耳にするたびに、このことを思い出す。
俺サマがお好み焼を食べていたら、学生の男女2人組が入ってきた。 女の方は、アルバイトの女性と知り合いらしく、「あら!」とか言い合 って手を振って挨拶していた。このあたりの店は、アルバイトも客も ウチ学生や教職員が多い。この時間帯にこの店で一人で飯食ってるオッサンは、 俺サマを含めて大抵ウチの先生だ。
帰宅後、先日買ったベートーヴェンのピアノ協奏曲のCDを聴きながら、 少しだけ数学。ピアノ協奏曲第5番の第3楽章のさわりの部分だけでいいんだ! とか言っていたが、結局4番も5番も全部いい曲だと思うようになって、ここん とこ毎日繰り返し聴いていて、夢の中でも曲がぐるぐる回ってたりする。
2012年1月16日(月)
<<五月蠅いオジサン>>
午前中は山科区内の郵便局や京都駅前の家電量販店で野暮用。
昼食は京都駅ビルの京都拉麺小路で。富山ブラックラーメン
は前に食べたし、徳島ラーメンも11月に現地で食べたから、
まあいいかと思ったので、今日はこってり系豚骨ラーメンで
行こうとしたのだが、13時を過ぎてても長蛇の列だったり、
西洋人観光客数名が食券自販機の前に陣取って店員に加算無限個
の質問をしていたりといった状態だったので、結局横浜くじら軒
とかいう店に入った。
くじら軒のラーメンは、何だか素麺みたいな頼りない麺でスープも 薄味。やっぱり俺サマは、天下一品とか一蘭とか新福菜館などの、 こってり系スープで歯ごたえのある麺の方が好きなのだと分かった。
昼食の後、大学に出勤。研究費の伝票を整理して事務に提出したり、 先日業者から買った本の検収手続きをしたり、研究費の残高を確認 したり、昨年末に注文した専門書の入荷状況を書店に問い合わせたり、 3月の出張申請書や予算申請書を書いて提出したりといった 雑用を片付ける。その後、研究室の本を色々ひっくり返して調べもの。
少し早目に大学を発ち、大丸ラクト山科店で切らしていた赤ワインを 買って帰宅。夕食後、夜はラクトスポーツプラザ。今年初めての 月曜ZUMBA。インストラクターの先生は正月太り知らずのようで、 相変わらずスリムで元気一杯のご様子。今日は我々のブランクを考慮 したのか、軽めのダンスが多かった。
ZUMBAには、久しぶりに「青春を取り戻したオジサン」が来ていて た。あの押しの強い会話のスタイルは、いかにもオジサンっぽい。そういえば 俺サマも、ゲーテで「押しの強いオジサンキャラ」で攻めまくっていた時期が 瞬間的にあった。俺サマは、何やかや五月蠅いオジサンはあまり好きでは ないので、こういうキャラで行くのはどうかと躊躇しないでもなかった。 しかし、案外皆さん、五月蠅がらずに相手してくれて結構楽しくやれるので、 「こういうのも、アリかも?」と思ったりもした。
かように「五月蠅いオジサンである自分が嫌い」という思いと、 「でも、それで楽しくやれるなら、いいじゃん!」という思いのせめぎ 合いがしばらく続いたのだが、ゲーテをめぐる状況が急変したのを切欠に、 どっと疲れが出て、一気に現在のような座敷童キャラに落ち着いてしまった。 でも、まあいつの日か、五月蠅いオジサンに返り咲いて、あの栄光の日々 を復活させたいという気もないでもない。