一部のブラウザ

よ け ス ペ ー ス で す。

2011年7月31日(日)
<<根拠なし暴言>>
午前中は京都新聞日曜版の2つのパズルを解いたりして、のんびりすごす。 昼頃に山科区内のスーパー等に買い物に出て、それ以後は自宅でガロア・プ ロジェクト(教育編)など。ようやくガロアの基本定理のあたりまでノート が出来てきて、あとは方程式論のところを書いて終わりにしようか、と。円 分拡大、純非分離拡大、クンマー拡大はどうしようか。たぶん講義で扱う時間 はとれないだろうから、定義と重要定理だけ書いて終わりにしておこう。

このノートは、レジュメとして学生がダウンロードできるようにする予定。 一応、重要な概念や定理を示す前には、手頃な具体例の計算を通して基本的な アイディアを明らかにするようなスタイルを取っている。これは俺サマお気に入り の講義のやり方でもある。俺サマは、定理の証明を黒板の前でグダグダやるのは あまり好きではないので、講義は中心になるアイディアのところを具体例などで 丁寧に話し、定理の証明は基本的で重要な考え方を含んだ簡単なものだけ示して、 「あとはレジュメを見とけ」で済ませることが多い。 俺サマの学生時代の経験でも、講義で長々と証明されてもてんで 理解できなかったし、既に書いたものがあればそれを配ってもらった方がいいやと 常に思ってたものだし。

レジュメを公表するに際して、学生だけでなく同業者などにも見られて「あいつ、 こんなつまらんこと書いてやがる」と思われるのではないか式の心配は、俺サマ には無用である。数学者というのは、何か数学的なことを公言するときには、 論理的にも美的にも完璧に完成されたものでなければならないと考えることが多 いようで、また、それを相手にも求める傾向があると思われる。 それは数学という学問の性格上、大切なことではあるが、頭の緩い俺サマに それを求められても困るわけで、「いちいち、うるせーんだよう!」みたいな 態度に出ざるを得ない。「ごちゃごちゃ言うんなら、お前が非常勤か何かで Ritsに来て、俺サマの代りに教壇に立て。それが嫌なら、黙っとけ、アホ!」 と。おやおや、勢い余って、こともあろうに数学者様に向って「アホ!」って 言ってしまったぞ。

すると連中は、一瞬、驚きと憎しみに満ち溢れた眼差しになったかと思うと、 「ふっ、なんだ、こいつ馬鹿だったのか。馬鹿に教わる学生が可哀そうよのう」 みたいな憐憫の表情をたたえて去っていくのである。俺サマは一瞬身動きを止め、 そして次の瞬間に、何かを決心したかのように猛然と連中の後を追い、 「何だよう、お前、俺サマが馬鹿だってことを、今の今まで知らなかったのかよ? そんなんでよく数学者やってられるな。いいか?マトモな数学者ってえのはな、 俺サマの顔を一目見ただけで『あ、こいつアホや』って直観できるもんだぜ。 それが出来ないお前の方が、よっぽどヤキの回った馬鹿野郎サマだぜ。 俺サマがブログで毎日毎日自分のことを馬鹿呼ばわりしている500倍ぐらい、 お前の方が馬鹿だぜ!わーーーーーっ!」と興奮して半狂乱になる。

え?お前、実際にそういう目にあったことがあるのかって? 想像やて、想像。事実に基づくフィクションってやつね。それにしても、 こう毎日毎日「俺サマは馬鹿」ネタばかり書いてると、時折 数学者たちに向って「お前らの方が500倍ぐらいアホやろが!」と 根拠なしの暴言を吐いてみたい衝動に駆られる。

2011年7月30日(土)
<<喧嘩を売る>>
ドイツ語の予習をさっとやって、昼前に自宅を出て百万遍へ。まずは 新福祭館で腹ごしらえ。京大ルネで歯磨きをしてから、書籍部を少し 偵察。数学の和書のコーナーに行ったら、「この数学者に出会えてよかった」 という本が平積みされているのが目に入り、どーんと一気に気分が落ち込む。 数学者を天敵として日々座敷童的人生を偵察飛行する(何?意味がわからん だと!?)俺サマに、喧嘩を売ってるとしか思 えないようなタイトルである。

あー、嫌なものを見てしまったと思いつつ、 関西日仏学館ですこし時間調整してから、暗い気分のまま寺子屋塾へ。 15時前に授業終了。これでフランス語講座もドイツ語講座もしばらく 夏休み。何となくほっとする。

寺子屋の帰りは、またも80キロカロリー・ダイエット抹茶あずき モナカアイスを買い食いし、バスで四条高倉の大丸へ。そこで野暮用を 済ませて、隣のJEUGIA四条店を偵察。その後、錦通りを経由して 寺町通りに入り、上島珈琲へ。そこで巨峰まるごとシャーベット!みた いなものを突っ突きながら、しばしガロア・プロジェクト(研究編)。

早目に帰宅して、夕食の後、夜は久しぶりにラクト・スポーツプラザ でへとへとになる。深夜はガロア・プロジェクト(教育編)を少し。

そういえば俺サマの学生時代、ガロア理論の定期試験では、 クンマー拡大の問題と定規とコンパスによる作図可能性の問題と、 もひとつ何かが出たような覚えがある。定規とコンパス云々は 鼻っから馬鹿にして、てんで勉強しなかったから、パス。 クンマー拡大は玉砕。で、残る1問をどうにか解いて(優、良、可の) 「可」を食らったな。だからどうなんだって?別に何がどうってこと ではないけど、俺サマは今も昔も馬鹿のままだなって。

2011年7月29日(金)
<<引きこもり>>
午前中はガロア・プロジェクト(教育編)とフランス語の宿題。昼過ぎに 自宅を出て百万遍へ。新福菜館で遅めの昼食の後、京大数理研図書室に籠 り、またもフランス語の宿題をしたり、ガロア・プロジェクト(研究編) をしたり、居眠りをしたり。久しぶりに、惰眠をむさぼる数理研猫にも会 ってきた。

17時に数理研図書室を追い出され、コンビニで80キロカロリー・ ダイエット抹茶あずきモナカアイスを買って食べ、関西日仏学館図書室で しばしフランス語の予習。それから隣の京大ルネで夕食の後、19時から 21時過ぎまでフランス語の授業を受ける。今日を最後に関西日仏学館は 夏休みに入り、次の授業は8月26日。しかし俺サマがカナダから帰って くるのは27日だから、次回は9月3日というわけだ。

帰りはコンビニでウイスキーの水割りミニ缶250ml(アルコール度9%) を買って、歩行飲酒しながら京都市役所前まで歩き、そこから地下鉄で帰宅。 帰宅後は大急ぎで明日のドイツ語寺子屋の予習。

先日のセミナーで講演した後、某X先生が「Y大学のZ先生にも プレプリントを送っておいてください。私の方からもZ先生に言って おきますから」と言うので、何となく「はあ」と肯定的なような返事 をしておいたものの、どうしたものか、と。要するにZ先生主催のY 大学のセミナーでも講演できるように、俺サマのプレプリントを売り 込めということらしいのだが、どうも気が進まない。昔の俺サマだっ たら、平気でプレプリントでも何でも送りつけてただろうけど。

Z先生はこの分野の権威だし、Y大学のセミナーで講演してコメント を貰うことができれば、研究上得るところは大きいはずだ。ところが、 俺サマは馬鹿なくせにプライドめちゃ高という、ほとんど人間の屑で、 さらに自虐の病に冒されているので、X先生には申し訳ないが、今の ところ自分から何かを売り込むなんて恐ろしいことは、とてもできない のである。

ということで、もうしばらくは「引きこもり研究生活」を続ける ことになるだろう。このままずっと引きこもってたい気もするけど。

2011年7月28日(木)
<<思考の霞>>
午前中はすこしガロア・プロジェクト(教育編)とフランス語の 宿題をやってから、先日臨時休業だった某所で野暮用。その後、 山科区内何か所かを自転車で回って、その他の野暮用を色々片付ける。

帰宅後、またすこしガロア・プロジェクト(教育編)をやってから 街に出て、久しぶりに丸亀製麺河原町三条店で昼食。その後、 寺町通の上島珈琲に籠り、しばしガロア・プロジェクト(研究編)。

そろそろ帰ろうかと上島珈琲を出た頃に、激しい雷雨があったので、 JEUGIA三条本店を偵察。先日来、クラシックギターの福田進一と なんとかフェルナンデスとかいう人のCDが気になっていて、 今日もまた試聴。M. ジュリアーニの3つの協奏風ポロネーズの最初の 曲が四六時中頭の中を渦巻いているし、他の曲を聴いてもまずまず だし、いっそ買っていまおうかとも思った。しかし、気に行った曲が 四六時中頭の中で流れてるんなら、わざわざCDを買わなくても いいか。と、とりあえず今日もパス。

それ以外に、先日買ったMiserereはコルネット版編曲で、俺サマは オリジナルを知らない。オリジナル曲の安いCDが出てないかと探して 2,3見つかったけれど、どれもアレグリ・ミゼーレとかいうタイトルの 13分ぐらいの曲が1つ入っているだけで、他の宗教合唱曲も 一緒に入っている。先日買った、数分程度の短い曲が10数曲 というのとは様子が違うのだが、これはどういうことなのか、よくわからない。

さらにAngers河原町三条本店で工芸雑貨などを偵察してから帰宅。 帰りの地下鉄の車中で、手の爪を切ったりやすりをかけたりして、 ゴミを散らしている爺さんがいた。この爺さんは若い頃、きっと電車の中 で鼻糞をほじくってその辺に飛ばしていたのだろうと思われる。

帰宅後も夕食とテレビを少し見た 以外は、せっせとガロア・プロジェクト(教育編)。

昨日も少し書いたけれど、「数学者は馬鹿が大嫌い」というのが俺サマ の唱える学説である。何故馬鹿が嫌いかというと、それは彼らの思考が常に 明晰だからで、俺サマのように所々まだらボケみたいに霞が掛かっていないから だと思う。思考の霞を直ちに解消しようともせずに、テキトーに飼い慣らすかの ようにいい加減な事を言うから、「お前、数学をなめとんのか?」と思わず怒り がこみ上げてくるのだろうと思う。

俺サマだって、別に好き好んで思考の霞を温存しているわけではないが、 頭が緩いからそう簡単に霞は晴れないのである。 まあ、その辺が若い時から数学だけやって「勝ち残ってきた」数学者 御一行さまと、早い時期に淘汰された馬鹿の俺サマとの違いってわけだな。

2011年7月27日(水)
<<数学者的な人々>>
午前中は山科区内某所にて野暮用。帰宅後、珍しく自宅にて昼食をとり、 夕方近くまで部屋の片づけの野暮用をしたり、トロント出張のために 成田空港前のホテルを予約したりといった大学関係の雑用などを色々。 科研費が年度途中でいきなり3割カットされてしまったので、9月に予定 していた福岡のシンポジウム行きはキャンセルしようかしらと思いつつ、 今日のところはとりあえず保留。

その後、夕食前にラクト山科に買い物に出た以外は、自宅に籠り ガロア・プロジェクト。今日は教育モードで初歩的なところを纏める。

夜、少しテレビを見ていたら、最近中高年の間で数学ブームだと報 じていた。中高生時代に数学嫌いになった彼らが、そのトラウマから ようやく解放されて時間的にも心理的にも余裕が出てきた今、 数学の本当の面白さを楽しめるようなってきたのだとか。中高年が 数学の面白さに目覚めると、その子供たちも数学好きになり、 ひいては技術立国としての日本の将来にも資するところ大であろう、とか。

まあ、そりゃあ、そうかもしれないけど、それで日本じゅうに 数学者的な人々が溢れ返ったりしたら、 自虐の病に冒され、数学者の居ないところで息を吹き返したように羽根をのばして いる俺サマとしては、それこそ 四六時中どこに行っても気配を殺して座敷童してなくてはいけな くなるわけで、それはそれで困ったものではないか。 しかし、そう心配しなくてもいいのかな、という気もする。

俺サマにとって数学者が天敵である理由は、彼らは学生 の頃から数学だけやってきて「勝ち残ってきた」連中だから、馬鹿が 大嫌いで、俺サマみたいな頭の緩いいい加減な馬鹿が目の前でウロウロ していると虫唾が走り、思わず鞭でしばき回してやりたい衝動を かろうじて抑えなければならないからだ、というのが俺サマのセオリーである。 だから連中を刺激しないように気配を殺し、 座敷童をしてなければいかんというわけである。

このセオリーからすると、中高生時代などに一度は数学で挫折して、しば らく数学から遠ざかっていた人たちならば、俺サマが目の前でウロウロして ても、噛みついてきたりはしないんじゃないかな、と。

2011年7月26日(火)
<<一日にして成らず>>
午前中は山科区内での野暮用のために某所に出掛けたのだが、「急用のため」 と称して今日と明日が臨時休業になっていた。すごすごと自宅に戻り、 次はトロント出張のための旅行保険をインターネットで申し込む。 調子の悪いプリンターを調整したり、複数の会社を比較してたりしたので、 意外と時間がかかってしまった。

それから自宅を出て、久しぶりに山科駅前の美味しいイタリア料理店で ゆっくりと遅めの昼食の後、大学に出勤。昨日の東京出張の報告書を書いたり、 研究室の片付けをしたりといった雑用をしているうちに、16時半の 教員会議の時間。

形式的な議題ばかりかと思ったら、最後の方でかなり重い議題になり、 予定の時間を少し超過。18時15分に予定されていたチャーターバスの 発車は20分遅れ、大津市内のホテルで開かれる親和会宴会にいざ出発。

親和会宴会は数理科学科を除く全理工学部教授会メンバーの 懇親会なので、当然周りには数学者はいない。「数学者の居ない部屋って、 空気が綺麗!すうーっ(と胸に一杯息を吸う音)」と喜んでばかり はいられない。俺サマにとって親和会宴会は、和室の大宴会場で皆がわいわい盛り上 がる中、ひとり気配を殺して黙って料理を食べ酒を飲み、退屈に耐え続ける という、座敷童の練習をする時間。まさに、座敷童は一日にして成らず。 こんな風に、毎月給料天引きで積立をして、夏と冬の年2回の親和会宴会 に参加して幾年も幾年も苦しい修行を重ねてきた結果、ようやく身に着け た特殊技能なのである。俺サマはこの技能を武器に、アホ禁制の厳しい監視網 が張り巡らされた、恐ろしげなる数学者コミュニティーに決死の潜入を 敢行しているというわけだ。

しかし今日は俺サマの修行を邪魔する輩が居て、まあ、仕方あるまいと 結構雑談に付き合った。元々俺サマはお喋りの血筋に生まれ落ちた 天性のしゃべくり男だから、気が向けば話ぐらいするさ。俺サマが普段 会話嫌いで通しているのは、自分が思うように喋れる環境条件が確保されない限 り喋らないぞということである。やっぱり、俺サマは「俺サマ」だね。 これは、完璧な音響効果と十分な演奏時間 が確保されていないコンサート会場では絶対演奏しない一部(?)の ピアニストとか、中途半端にしか飲めないなら、最初から一滴も飲まない方が マシだと考える、ある種の酒呑みと同じかもしれない。

2011年7月25日(月)
<<凍りつくような炎>>
23時前に東京出張から無事帰宅。某大学定例セミナーで1時間20分程度 講演。偉い先生達が馬鹿の俺サマの話を真面目に聞いてくれて、沢山の有益 なコメントを貰った。有難い話だ。馬鹿は色々言ってもらわないと分からな いしね。

このセミナーの人たちは皆、俺サマに対してフレンドリーなんだけど、 俺サマは自虐の病に冒されているので、彼らのフレンドリーさにどう応えて いけばよいのか、よくわからない。特に社交的会話は俺サマにとっては難関、 というか最初から諦めていて周りの会話なんか上の空で聞き流しているから、 皆で一緒に食べる昼食時などは、結構退屈してしまう。それでも帰り道に一 緒になった先生達とは頑張って少し話をして、ああ、やっぱりフレンドリー だなと実感。

数学者ってえのは馬鹿には冷たいものと固く信じている俺サマには、ちょっと 意外なぐらいにフレンドリーなので、彼らはもしかしたら意地悪でない数学者 かもしれないと思ったりする。しかし「意地悪でない数学者」って、 「凍りつくような炎」みたいなもので、形容矛盾ではないか。では、 「数学者は意地悪で馬鹿には冷たい」 「俺サマは馬鹿」 「セミナーの参加者たちは(俺サマを除いて)全員数学者」 「セミナーの参加者たちは俺サマに対してフレンドリー」 のうちの、いずれかが間違っているはずだが、どれが誤りかよくわからん。 うーん、世の中ってえのは、難しいもんだ。

帰りは東京駅で江戸前の寿司でも食べていこうと思って、50分ぐらい後の 新幹線の切符を買ったけど、改札内に以前あった気軽に入れる店はなくなり、 あちこち探して結局かなり高い寿司屋しかないことが分かった。駅構内をウロウロ している間に時間もあまりなくなったので、結局新幹線の改札内に入って、そこの 駅弁屋で駅弁と生ビールを注文し、カウンター席で 食べた。こんなことなら、もっと早い電車で帰った方が良かったなあ。 しかも生ビールは500円でスーパードライ。後でよく見たら、半額ぐらい でプレミアムモルツがあるではないか。そっちの方が安いし美味しいし、 結局東京駅ではしくじってばかり。

東京はやっぱり、あちこち薄暗かったな。幸い天気予報に反して 暑さはほどほどだったので、冷房の緩いのは気にならなかったけど。

帰りの新幹線の中では、ガロア・プロジェクトを少し。あとは居眠り。

2011年7月24日(日)
<<悪い先生>>
午前中は京都新聞日曜版の2つのパズルと野暮用。準備をしてから、 昼過ぎに自宅を出て京都駅へ。そこで適当に昼食の後、新幹線で東京へ。

車中ですこしガロア・プロジェクト。無限次元ガロアについて少し 勉強する。これは学生時代は勿論のこと、最近に至るまでまったく手をつけて なかった話題。しかし、エタール・コホモロジーだのp進コホモロジー理論の話に は当たり前のように出てくる概念なので、一度は勉強しておこうか、と。 昔、Ritsの賢い学生が、ガロア群が位相群になっている場合について俺サマに 質問をしてきて、「そんなん、俺、知らんがな!飲んだくれの××先生 (数論の先生)にでも聞いてくれ!」と追い返したことがあるが、 あれはこういう話だったのかと数年後の今ようやく分かった。 勿論、後期の講義では無限次元ガロア理論は扱わないけど。

Ritsの学生のほとんどは、数理ファイナンスや確率論や微分方程式 に流れるのだが、そういった指向性を持った学生にどうやってガロア理論の 講義をすればよいのか、いまだに分からない。 この無力感は、かつて情報 学科で、大多数の学生が画像処理やインターネットのアプリケーションを 志向するなかで、どうやってプログラム理論や計算モデルの講義をすれば よいのか最後まで分からなかったことと似ている。

無力感といえば、Ritsの大学院生は確率論の学生ばかりで、 俺サマは数年間色々試行錯誤してみたが、結局彼らと学問的興味を 分かち合うことは不可能という結論に達し、大学院の担当を降りた。 同様の問題は3回生後期のガロア理論の講義で既に顕在化している ようにも思えるが、俺サマは今年度だけピンチヒッターで担当する だけだから、あまり深く考えないようにしている。

そういった問題に対する俺サマの答は決まっていて、それは「兎に角、自分の 得になる勉強のチャンスとして利用し、学生に過剰な期待はしない」ということで ある。実際、学生時代の俺サマが如何に情けなかったかを思い起こせば、ガロア 理論の講義で学生に色々なことを当然のように期待する気にはなれないし、俺サマ はエゴイストだから、学生よりも自分自身に期待する気持ちの方が強いのである。 つまり、俺サマはもっと勉強すれば数学研究者としてもうちょっとマトモになれるかも しれない、でも学生が勉強するかしないかは、学生自身の問題であり、 俺サマの知ったことではない、 みたいなことを考えてるわけ。どうだ、俺サマは悪い先生だろう?

夕方、新宿のホテルの到着。夕食は何となく江戸前の鰻が食べたくなり、 新宿駅前地下街の双葉とかいう店に入った。まあ、箸でつまむとぼろぼろ 崩れる江戸前鰻の調理法は俺サマの好みではないけど、兎に角美味い。 流儀の違いは別として、美味いものは美味いと認めなければいけない。 しかしどうも今日は野菜不足なので、コンビニでサラダと焼酎を買って、 ホテルで酒盛り。

2011年7月23日(土)
<<猫語を習う>>
また「あのシリーズ」が復活してしまったのである。グレゴリオ・アレグリ の"Miserere"の合唱&コルネット版編曲。特にこういうのが好きって 訳でもないのだけど、「1998年にオスナブリュックの大聖堂教会で録音された」 だの「大聖堂教会青年合唱団」だのという触れ込みを見てしまったからには、 買わずにおれない。

多くの教会同様、大聖堂教会も合唱団なるものがあって、ミサの時に歌 ったり、教会でコンサートを開いたりしてたようだ。俺サマはパイプオルガン 一筋で、合唱には関心がなかった。しかし、何かの折に彼らの歌をちょっとだけ 聴いたこともあって、いいもんだなとは思っていた。

Miserereは歌なので、CDの解説書には全曲の歌詞が書かれているが、 どうやらラテン語らしく、全然意味がわからない。下手の横好きの語学 マニアの俺サマも、さすがにラテン語をやる気は起こらないな。 「だって、ラテン語喋れても、一体誰と話するんだ?」と。

はてな?そうは言っても、 ドイツ語喋れても、一体誰と話すんだ?オスナブリュックでは、一人 偵察飛行を繰り返してただけじゃないか。 フランス語喋れても、一体誰と話すんだ?将来、フランスに滞在する チャンスがあっても、どうせ一人で偵察飛行してるだけじゃないか? 日本語喋れても、やっぱり偵察飛行してるか、猫と話してるだけじゃねーか? みたいな話になってくるな。だからラテン語を勉強すべし、となるべきか、 いっそのこと、寺子屋通いや関西日仏通いなんかやめて、 どこかの犬猫病院に通って猫語を習うべきか。 うーん、やっぱりそういうモンダイではないな。

昨夜は「9時から9時の強行軍」で疲れていたはずなのに、頭が火照って なかなか眠れず。やはり体力的にシンドイというよりも、予定に追われて あちこちかけずり回るという精神的な疲れの方が大きかったのかも。

それで今朝は少し遅めに起きて、昼前に自宅を出て、新福菜館百万遍店で 昼食の後、京大ルネと関西日仏学館ですこし時間調整してから、13時過ぎに ドイツ語寺子屋へ。

ひとつ驚いたことがある。オスナブリュックは、ミュンスターととも に30年戦争終結のウエストファリア条約が締結された場所として、 街の人たちは大変な誇りを持っている。平和交渉が行われた 旧市庁舎の「平和の間」は、今も大切に保存され、一般公開されている。 ミュンスターの旧市庁舎にも、やはり平和交渉が行われた 「平和の間」があり、それはオスナブリュックのものとよく似ていた。

オスナブリュック大学の客員研究員は、市長の招きで夕食時に 「平和の間」に集められ、この街の輝かしい歴史や市民の高い志についての 演説をひとしきり聞き、その後はゼクトと簡単なサンドイッチだけの ドイツ風の社交の時間を持つのである。腹は減るけど、社交的会話が好きな 人にはさぞかし豊かな時間なんでしょう。社交が嫌いな俺サマは、 退屈のあまりしばらくその辺を野良猫のようにうろついてから、 腹が減った!とさっさと退散したけどね。

で、オスナブリュックはウエストファリア条約と平和の間と平和宣言都市 の線で、これだけガンガンとプッシュしているのだから、ドイツ人の間では 周知の事実かと思っていたが、南ドイツ出身の寺子屋の先生は、 「私も、ミュンスターのことしか知りませんでした」と。これは一体どういうことか。

そういえば、エッセンやオスナブリュックに住んでた俺サマとしては、 「ビールといえば、そりゃあドルトムントだろう」とか 「ハノーファーのビールもいいな」とか、 「たまにはケルンのケルッシュも飲みたいな」、 「デュッセルドルフにも、ナントカという黒ビールがあって、美味かったな」 みたいな感覚だが、寺子屋の先生は「ミュンヘンのビール しか知らん」みたいなことを言ってるし。そういう「南北格差」の問題か。

会社員時代、生まれてこのかた東京23区から外に住んだことが ないという男が、「三重県って本州じゃないだろう?」みたいな ボケを真剣にかましてきて閉口したが、それと同じか。否、そいつは 「だって、名古屋から近鉄に乗ると、海みたいなところに架かってる 大きな鉄橋渡るじゃないか」みたいなことを言うので、「お前、 東京の有名私立高校の難関入試を突破したくせに、中学の地理で 木曽川を習わなかったのか?このボケが!」とさんざん馬鹿に し倒してやらないと、自分の言っていることの意味がわからないよう だったが。まさか、寺子屋の先生がそんなんじゃあないだろうし。

15時前に寺子屋を出て、暑さもほどほどだったので、 河原町三条まで歩く。それから寺町通り上島珈琲でしばし数学。 月曜日の日大セミナーでの講演準備。その後、JEUGIA三条本店 に立ち寄り、上記CDを購入。帰宅後、夕食、そして講演の準備 を片付ける。

2011年7月22日(金)
<<9時から9時>>
7時前に起きて7時半に自宅を出る。 朝一番の9時から10時半まで2回生「代数学序論I」の補講。 準同型定理の証明の残りを終えて、4次方程式の解法。 学生たちはちゃんと出てきてた。偉いね、彼らは。

Ritsに転職したての頃は工学部の先生をやってて、1年目 の最初からいきなり朝9時からの電気実験を2年間担当したけど、 あれにはほとほと閉口した。2年目は電気実験の担当が週2日も回 ってきた。

電気のことなんて、高校までに習った乾電池の直列つなぎと並列 つなぎの違い、モーターが回る仕組み、磁石のN極とS極、フレミ ングの右手の法則と左手の法則、クーロンの法則ぐらいしか知らな いのに、やれインピーダンスだのリアクタンスだの四端子回路だの なんだのってのがガンガン出てくる。おまけに学生のレポートの添 削までしなければならないとなると、これが数学科卒でコンピュータ メーカーでずっとソフトウェアやってた人間にやらせる仕事かよ!と。

今思えば、学生の実験を監視してるだけの時間もかなりあったか ら、その時に一緒に担当していた電気の先生を、電気の初歩の初歩 のところから質問攻めにしてやればよかったかも知れない。しかし、 質問しても「自分で調べてください」とあまり相手にされなかった かもしれない。まあ、そんなわけで、当時はひたすら不貞腐れていた。 おまけに朝の9時から、というところが益々気が重かったもので ある。それ以後は、幸いなことに朝9時からの授業は10年ぐらい前 に1セメスターだけ数学の授業を担当したぐらいしかない。

10時40分から4回生「計算機数学」の補講。 受講生は4名、うち1名は最初から最後までずっと寝ていた。 先週初めて顔をみた学生は、今日は来てなかった。今日は シチジー法によるブーフバーガー・アルゴリズムの最適化 の基本定理その1の証明を終えたが、基本定理その2( ブーフバーガー条件の改良)は証明する時間がないので 定理とその意味だけ紹介。あとは応用例として、 線形商付きイデアルと安定イデアルの話をしたが、 こちらはやや準備不足で、中途半端な説明になってしまった。 兎に角区切りがついたところで、予定より10分早目の12時 に講義終了。

ここ2、3週の間、毎回「計算機数学」の授業の後で、 学生が質問用の院試問題のコピーを持ってきたのだが、今日は それはなかった。まあ、基本的には「学生の質問は受けて立つ」というスタ ンスは堅持しているのだが、内心は複雑である。

今週末から来週初めにかけては色々あって時間があまり取れないので、 今持ってこられてもちゃんと対応できないだろうし、 院試問題を見ると30年前の院試全敗の古傷が疼くしというネガティブ な気分と、自作自演マッチポンプ自給自足の「インチキ野郎汚名返上 プロジェクト」に燃えまくるというポジティブな気分が入り混じって、 「千々に乱れる我が心」状態であもある。

簡単に言えば、持って来られなくてほっとした気持ちと、 なんだつまんないのという気持ちが入り混じっている。

研究室で昼食の後、13時から14時30分まで 経済学部、経営学部2回生配当「C言語とUNIX演習」 の補講。授業に向うエレベータの中で、同僚某先生と 一緒になり、

俺サマ:「先生、いまからどちらへ?」

同僚:「××○△×■○です」

俺サマ:「えー?!そうなんですかぁ。先生は働き者ですねー」

同僚:「はあ?」

俺サマ:「先生は、何時から、そんなに働き者だったのですか?」

同僚:「うーっ」

と、俺サマが何を言ってるのか理解しかねている様子。 そりゃあ、そうさ。俺サマだって、テキトーに口から出まかせ言ってん だから。人間とはマトモな会話ができない俺サマ。そうだよ、気のいい 猫としか話できないんだよ。

本日、受講生4名。1名を除き、継続受講生は単位が 取得できる見込みで、残りの1名は8月初めまでに 最終レポート1通を提出するように指導。

引き続き、14時40分から2回生 「離散数学」の補講。クラインの4元群が4次対称群の 正規部分群であることの証明、部分群の共役の概念と、 4次対称群での例、可解群の定義と2,3,4次対称群が 可解であることの証明と、その代数方程式論における 意味の大雑把な解説。予定より10分早い16時頃に授業終了。

それからすぐに大学を発ち、京都市内へ。東山三条から 京大に向うバスがなかなか来なくて閉口したが、18時前には 京大ルネに到着。節電のためか、すこし蒸し暑い1階書籍部を さっと冷やかしてから、快適な程度に冷房がきいた2階の食堂部 にて夕食。その後、19時から21時までフランス語の授業。 復習をさぼっているので、表現をちゃんと覚えておらず、 冷や汗をかきながら2時間を乗り切る。

まあ、語学の勉強と言えば、単語を覚えましょう、典型表現を 覚えましょうとなるが、俺サマは「中高生じゃああるまいに、そ んなのいちいち覚えてられまへん!」というスタンスである。 単語も典型表現も100回ぐらい耳目にすれば、そのうち自然に覚える でしょう、と。努力しない勉強法。 だから、授業中の冷や汗ぐらいは甘受しないといけない、と自分に 言い聞かせる。

兎に角、朝の9時から夜の9時までの強行軍という、 長い一日が終わった。帰りはコンビニで麦焼酎水割り250ml缶 (アルコール10%)を買って、京都市役所前まで歩行飲酒。帰宅後も、 「まだ飲み足りぬ!」と白ワインをグラス半分ほど。

思えば大学を出て会社勤めをし始めたころは、毎日朝の8時半始業 で残業込みで夜8時頃まで会社で仕事をしていた。その後、フレックス タイムになって、始業時間がぐっと遅くなったが、やはり12時間ぐらい 職場に居た。それでも割合平気だったのは、一人で黙々とやるデスクワーク 中心だったからかしら。1日4コマ講義して、さらに1時間半かかって 移動して、2時間の授業を受けるってのは、やっぱり大変だ。

2011年7月21日(木)
<<自前で着る>>
いやあ、院試プロジェクトもなかなか大変である。昨夜はあれから、 あと2題に残された疑問を解決すべく、遅くまで粘り、色々面白い ことが分かったものの、特に進展はなし。夢の中でもうんうん考え、 早朝ふと目が覚めて、でももうちょっと寝てないと体がもたないと 思って、うとうとしながら横になっている間も考え、朝食を食べて いる時も、自宅を出る時も、ラクト山科で昼食用のパンを買って駅 に向かっている時も、電車の中でも、南草津駅に着いて、大学まで 行くバスは学生でえらく混雑しているので、大学正門前までしか行 かない別のバスに乗ろうと、駅前のベンチで昼食のパンを食べて待 っている間も考え、バスに乗って大学正門前で降りて正門に入る直 前に、ようやく全部解決した。研究室に着いてからは、昨日保留に した3題以外に、「あとはやればできるはず」と学生に投げた部分 も一応確認して解決。そしてひといきついたところで14時からの 卒研ゼミの時間。

まあ、所詮は院試問題なので、解決してしまえば「ああ、そうい うことか」ということばかりだが、それを全部試験時間内に思いつ けと言われたら、俺サマには無理!だな。でも、まあ、学生にとっ てはどうだか知らないけど、俺サマにとってはとてもいい勉強にな ったと思う。

ゼミの最初の20分ぐらいで、昨日保留にした部分や訂正などの 概要をざっと話した。学生がもうすこし詳しい話が聞きたければ、ゼ ミの後でやってもいいのだが、今日はくたびれているので、なるべく 聞かないでね、という気分。今日のゼミは、アフィン多様体と射影多 様体の上の正則関数と局所環の定義をやって、早目に終了。しかし、 何故かその間、ハーッホーンの演習問題をその場で解かされるはめと なった。うーむ、一体どちらが学生なのかわからんが、よう勉強させ てもらって結構なことだ。俺サマはエゴイストで、学生にとってどうか ということより、自分が勉強することしか考えてないんだから、気を つけてね、と。最後は、9月からのゼミの日程を少し相談して、詳し い院試解説をせがまれないうちに、「では、皆さん、ごきげんよう!」 と立ち去る。

それから生協でノートを一冊買ってすぐにバス停に向う。 定期試験前なので、生協のコピー機の前には沢山の学生が列をなし、 バス停にも長い長い行列ができていた。帰りのバスや電車ですこし ガロア・プロジェクトでもと思ったが、睡魔に襲われ中断。

帰宅後、夕食を挟んでフランス語の予習のようなこと。 明日は1限目から夕方まで、短い昼休みを挟んで4コマ連続補講。 終わったらすぐに京都市内に飛び、関西日仏学館でフランス語の授業 を受けるというハードスケジュール。21時過ぎに無事解放されたら、 「これが飲まずにおれようか!」と歩行飲酒をいつもの倍量でやっちまおう かしら。

ところで、院試プロジェクトは「インチキ野郎の汚名返上プロジェクト」と 位置づけられているが、いったいどこのどいつがこの俺サマに「インチキ野郎」 の汚名を着せているかというと、それは俺サマ自身なのである。汚名を着せても らえるほど周りから注目されてないし、むしろ数学業界では俺サマの存在など ほとんど無視されているも同然なので、「誰も俺サマに汚名を着せてくれない なら、自分で着せる!」と自前で汚名を着るしかないのである。自分で着て、 それを返上するぞとガタガタ騒ぐ。これをマッチポンプと呼ぶか、自作自演と 呼ぶか、自給自足と呼ぶかは、諸説が分かれるが、兎に角今日は疲れたから、 寝る。

2011年7月21日(水)
<<落第>>
午前中は院試プロジェクトに関連したガロア・プロジェクトを少し。 昼頃に自宅を出て、山科駅前で昼食の後、出勤。金曜日の補講分の 「離散数学」の講義メモを作ったところで、14時40分から16時10分 まで2回生「離散数学」。今日は4次交代群が4次対称群の正規部分群 であることを2通りの方法で証明し、さらに対称群の要素に符号数が 決まることを証明する。

講義から戻って研究室でひといきついたとこで卒研生その1が現れ、 16時半から20時半頃の4時間弱の間、院試ゼミ。6題質問され、 うち3題については一部解き残していることに気付いたが、その穴は 埋まらず。一応ペンディングにして帰宅したのは21時半頃。遅めの 夕食の後、風呂に入ったとたん1題については解決。その後、残りの 2題について解き残した部分を色々考えてはみたが、進展せず。 うーむ、これでは俺サマは某大学大学院入試は落第だな。いや、 元々合格したことなんてないんだけど。

研究者志望の学生の場合は、院試の過去問を指導教員に解かせて 答を聞いて勉強しているようでは、先が思いやられる。 「大学院に進学するのは俺サマじゃない、君だよ。目の前の問題を 自分で全て解決できないようでどうする!」とか何とか言って 突き放すのが正しい態度だと思う。その方が自分もラクだし。

しかし、俺サマは学生のことよりも自分が勉強することしか 考えない悪い先生だから、学生が研究者志望であろうとなかろうと、 院試問題を持ってくれば飛んで火に入る夏の虫、しめしめ、これは俺サマの「インチキ野郎汚名返上プロジェクト」の またとないチャンス!とばかりに取り組んでいる。しかし、今日のように 解けない問題に出くわすとキツいな。院試問題というのは、 何かに気づけば、大抵は何となく解けるように出来てるんだけど、 その「何か」を探しあぐねて立ち往生していると、黒板に昔の指導教官だの 先輩だの後輩だのの顔が浮かび上がってきて、 「ふ、ふ、ふ。貴様のような馬鹿には解けないだろう」と 嘲笑っているような気がしてきて、思わず「五月蠅い!」 と黒板にパンチを食らわしたくなるのだ。

2011年7月19日(火)
<<雨除けゴム長>>
今日が前期最後から2番目の授業集中日。今期最終回は金曜の補講日だが、 これはもっと凄くて、朝9時から4コマ立て続けに授業がある。 そしてその後、関西日仏学館に移動してフランスの授業を受けるってわけ。 日頃からZUMBAだ筋トレだので体を鍛えてないと、とてもじゃないが乗り きれないな。

今日は台風が近づいていて、風雨が強い。ゴムの臭いぷんぷんの ゴム長を履いて、どたどたと出勤。大学に居る時も、帰宅時もそうだったが、 俺サマがゴム長を履いて出ると、何故か雨は小降りになる。俺サマが、 授業のために(持っていった)普通の靴を履いて出ると、何故か激しく 降ってくる。まるで雨除けゴム長だ。そういえば、このゴム長を買った途端、 たいした雨も降らなくなり、そのうち梅雨が開けてしまったという経緯もある。

10時40分より12時10分まで、4回生「計算機数学」。 今日は(第一)シチジーを使ったブーフバーガー・アルゴリズム 最適化の概要を述べ、主要定理のひとつであるブーフバーガー条件の 改良の証明に入る。fine gradingによる次数付き加群の一般論に引き 続き、証明の方針を述べたところで時間切れ。本日受講生は4名、 うち1名はたぶん初めてか、かなり久しぶりに見た顔。

講義終了後、例によってこの講座の受講生でもある卒研生のひとりが、 某大学の大学院入試問題を持ってきて、「また、明日のいつもの 時間によろしく」と。

短い昼休みのあと、13時から14時30分まで、経済学部、経営学部 2回生配当の「C言語とUNIX演習」。この授業も今週金曜日に補講の はずだが、経済学部、経営学部の方からいっこうに連絡がない。 窓口の理工学部事務室に、「じゃあ、補講は無しと考えていいのですね?」 との確認メールを昼休みに出しておいたのだが、受講生達も補講の 連絡はまだ来てないと言っていた。本日受講生5名。先週まで居た学生は、 単位取得は無理と諦めたようで、今日は来ていなかった。

ひきつづき、2回生配当「代数学序論I」。今日は群の準同型写像の 基本的性質をいくつか示し、準同型定理の証明を行う。試験の範囲というか、 だいたいの傾向についてもアナウンスした。

講義を終えて研究室に戻ると、経済学部だか経営学部だか の事務から、金曜日の補講の時間帯などの連絡が来ていた。それから しばし院試問題を解く。そうこうしているうちに、テヘランから メールが来て、某日本人有名数学者のプレプリント を探しているという。その日本人数学者にメールを出しても返事がこなくて困 っているから、お前が持ってれば送って欲しいし、そうでなければその日本人 数学者にお前の方からでも連絡を取ってほしい、という。

俺サマは馬鹿で性格も暗いが、親切なだけが取り柄ということいなっている ので、それなりに対応してメールを返しておいた。実のところ、数学者は意地悪 だから、あんな風になってはいけないと、意地になって親切にしているような ところもあるのだが。だから、少なくとも、この世から数学者が居なくなれば、 俺サマは親切ではなくなるであろう。

帰宅して夕食をすませ、もう少し院試問題解きを続け、ようやくほぼすべて ねじ伏せた頃に、テヘラン関係で何となく情報を入手。どうもはっきり しないのだが、そのテヘランの数学者は、早く確実にプレプリントを手に 入れたいからか、著者にプレプリント請求メールを出したのとほぼ 同時に、「著者にメールを出したのだが返事がこない」という メールを俺サマを含む他の何人かの人に出していたようなふしが見受けられる。

もしそうだとすれば、メールの返事を何日も待っていたというのは、俺サマの 勝手な誤解というか、微妙な言葉の彩で誤解させられていたというか。 うーむ、テヘラン野郎、やってくれるじゃあないか。

深夜はますます激しい風雨。明日は暴風雨警報で休講になるかも? いや、どうせなら金曜日に暴風雨警報が出で、4コマ分の補講を 全部吹き飛ばしてくれないかなあ、と。

2011年7月18日(月)
<<地団駄踏む>>
台風が近づいているとかで、早朝から雨が雨戸を叩きつけるように激しく 降ってきたかと思うと、また小降りになったりという一日。 夕方頃まで自宅でガロア・プロジェクト。授業の準備の他に、 研究目的でクンマー拡大を少し復習したり。それから、論文レビュー を1つ片付けて、レビューの草稿を書き上げる。

夜はラクトスポーツプラザで楽しいZUMBAをする積りだったが、 祝日のため、いつもはZUMBAの後にある骨盤矯正ヨガはお休みらし いし、雨も激しくなるやらどうやら不明なので、予定変更。 先日買ったっきり全然履いてない978円のゴム長を履いて、 ぶらりと三条界隈に出掛ける。その辺で適当に夕食を済ませ、寺町通り 上島珈琲でしばしガロア・プロジェクトの続きをやってから帰宅。 夜の上島珈琲はすいていて、なかなかよろしい。

すくなくとも俺サマが外出している間は、雨はほとんどやんでいて、 三条界隈でゴム長でその辺をどたどた歩いているのは俺サマぐらいだった。

それにしても、978円のゴム長は、履き心地はこんなものかなと 思うが、いかにも安っぽい工業用ゴムの匂いがぷんぷんする。油脂系の クリームか何かを塗って表面をコーティングでもしないと、この臭いが 止まらないような気がする。やはり安物はそれなりのことがあるというわけだ。

昔、子供用の科学雑誌か何かに、蟻はゴムの臭いが嫌いで、輪ゴム を置いてやると、その輪から逃げだせないと書いてあったので、何度も実験 してみたが全く効果がなかった。ただ、当時でも既にゴムの臭いぷんぷんの 輪ゴムなんて出回ってなかったからかも知れない。しかし俺サマの978円 ゴム長で実験しても蟻が逃げないようなら、やっぱりあの記事は出鱈目だった ことが証明されよう。まあ、今更証明されても、元の記事が何だったか全く不明 だから、しょうがないんだけど。

ところで、俺サマはミーハーだから、例えばテレビCMに使われている音楽 をちょっと聞いて、「ああ、これはストラヴィンスキーのナントカ組曲の何番だね」 みたいなことがさらっと言えればカッコいいだろうし、そんな風になりたいと心秘かに 思っている。しかし普段はiPadに入れた曲を碌に曲名も確かめずに 聞き流しているだけなので、曲と曲名の関係は一向に頭に入らず、あやふや なままである。

1ヶ月ぐらい前だったか、ドイツ語寺子屋塾で見せてもらったDVDの BGMで流れていたJ.S.バッハの曲を、先生が「ブランデンブルク協奏曲ですね」 と間違えて、あれ?それって俺サマが好きなヴァイオリン協奏曲じゃなかった かしらと思いつつも自信がなくて、思わず「ええ、そうですね」と答えてしまった。

大体人前でなけなしの知識をひけらかせるチャンスなんて、俺サマの座敷童生活 においては極めて稀である。その千載一遇のチャンスを逃してしまったわけで、 まあ、日頃の勉強不足が祟ったんだからしょうがないとはいうものの、それからと いうものは、最低1日1回は思い出して、悔しさのあまり地団駄踏んでいる。 次の授業の時にでも、訂正を申し入れようかしらとも思うのだが、

俺サマ:「先生、あの『ブランデンブルク協奏曲』、やっぱり ヴァイオリン協奏曲ですよ」

先生:「あ、そうでしたか」

俺サマ:「『あ、そうでしたか』じゃないです。ヴァイオリン協奏曲なんですぅ!」

先生:「はい。でも、なんでそんなにムキになるんですか?」

俺サマ:「それは私にとっては、とても大事なことなんですぅ!!」

先生:「うーん、(貴方の考えていることが)わからない」

と、確かにわからないだろうな。ということで、寺子屋で訂正するのは やめにして、やっぱり秘かに地団太踏むことにしよう。嗚呼、俺サマって、何て 奥ゆかしい人間なんだろう。

せめて曲の感じを聞いて、これはモーツアルトだなとか、一瞬ベートー ヴェンに思えるけど実はシューベルトだな、みたいな事が言えれば、これも またそれなりにカッコいいし、暗記が苦手な俺サマの進むべき道はまさに これだ!とも思う。しかしこの路線では、数年前にパッヘルベルの「カノン」 を聴かされて、しばらく考えた後「バッハ?」とか答えて×(バツ)を食らった 苦い経験がある。

そんなことを思う一方で、他人にカッコいいところを見せられるチャンス なんて滅多にないのだから、そんなことにために日々努力するなんて馬鹿ら しいという気もあるから、結局あまり進歩がみられない。津波なんて滅多に 来ないんだから、そんなもののために予算つぎ込んで備えておくなんて、 馬鹿らしいという発想と同じで、そういうことではいかんのだな、やっぱり。

三条から帰宅後、レビュー草稿を仕上げてメールで送付。残りあと2つ。 まあ、今週中にえいっ、やっ!ってな具合に片付けたいものだ。

2011年7月17日(日)
<<黒さと無縁>>
午前中は、京都新聞日曜版の2つのパズルを解いた後、昨夜書いた論文レビューの 手直しをしてメールで送信。まだ3つ残っている。野暮用を少し片付けてから、 昼過ぎに山科区内に買い物に出て、そのついでに天下一品で遅めの昼食。新福菜館も そうだけど、やっぱり京都のラーメンはスープが塩辛い。その後、自宅に籠り、 夕食を挟んでクリスタリン・プロジェクト。

中学時代の同級生がたこ焼き屋を始めたとかで、「夏休みに帰ったら、食べに行くぞ!」と言ったものの、短い帰省は鰻三昧と決めているので、一体どこにたこ焼き 一食を入れるべきか?鰻屋は朝はやってないので、やっぱり朝食にたこ焼きという パターンしかない。しかし近所のたこ焼き屋をみても、朝からはやってない。 そこは中学の同級生のよしみで、奴を叩き起こして朝っぱらからたこ焼きを焼かせる しかないか、と。

そういえば、前回帰省した折に、俺サマいち押しの鰻屋の親父が、北斎の本物の浮世絵が手に 入ったから今度見せてやろう。夏休みには帰ってくるんだろ?みたいなことを 言ってたので、一度は顔を出さないといかんな。

それから、ドイツ語寺子屋塾も多角経営とかでレストランなどもやっており、 7月の終わりと9月の終わりに何やらイベントをやるとかで、これも何となく義理 があるから、一度は顔を出さないといかんな、と。

そうは言っても、8月上旬に定期試験が3つあって、15日にカナダに発つまで に採点を済まさないといけないし、色々忙しい。帰省もカナダから帰ってきた8 月下旬以降だな。

カナダの研究集会も、「ヨーロッパ名物アホ除け選考みたいな陰険なことをしない オープンな国際研究集会」ということで、ドイツ滞在中に参加申し込みをしたらすぐ にOKしてくれたのが嬉しくて、「よっしゃあ!科研費もあるし、行くぞ!」とか 張り切ってたんだけど。しかし、日本に帰ってきてからは気分も旗色も少し変って きた。

第一、震災の影響で、いきなり科研費3割削減!親方日の丸サマの債務不履行に 文句あっか?ギロリ!(と睨みをきかす)みたいなことになっちまったし。しかし、 そんなことよりも、静かにわが身のあり様を振り返るに、自虐の病に改善の兆しは 見えず、まあ、カナダくんだりまで行っても、黙って講演聞いて、休憩時間は退屈 してその辺を徘徊し、カナダの猫と友達になって帰ってくるだけかと思うと、ちょ っと元気が出ない。いや、カナダの猫は日本のそれと違って意地悪かもしれないから、 猫にも相手されなかったりして。

そりゃあ、講演はただ聞き流すだけでも、ずっと後になって、そういえばあの時 あの講演で誰かが言ってたことは、そういうことだったのか!と頭の中で何かと何か が突然繋がることがあるから、聞いて絶対損は無いのだけど。

俺サマのこのケネガティヴ・シンキングは一体何なんでしょう?自虐の病の 奥底で、沸々と湧きおこるある種の思い。例えば、「お前ら、薄っぺらい冗談言い 合ってヘラヘラ笑ってたりするけど、そもそも思考がマジすぎてつまんないんだ よう!」みたいに、世界中の数学者の横面を張り飛ばして回りたい衝動を我慢 しすぎて、元気がなくなってるとか?まあ、自分でもよくわかんないんだけどね。 確かに数学者が好む冗談って、ブラックさとは無縁の平板なものばかりで、 俺サマ的には全然面白くないんだけど。でも、 セミナーの講演や研究集会の休憩時間に、皆がブラックでスレスレ・セーフ! なジョークのかまし合いをして、へらへら笑ってる図も、 異様といえば、異様だし。。。って、そういう問題ではないか。

2011年7月16日(土)
<<賢こそうな仕事>>
午前中はすこしクリスタリン・プロジェクト。昼前に自宅を出て、昼過ぎに 新福菜館百万遍店へ。40歳ぐらいの女が入り口近くのカウンター席でラーメンを 食べていた。俺サマが奥のカウンター席に座った直後に、その女は 「あっ、来た!」とか叫んで店を飛び出して行った。食い逃げかと思ったが、そ れにしても携帯電話を置いたままだし、変だな、と、思っていたら、駐車違反の 監視員が来たので店の前に止めてあった車をどこかに持っていっただけのようで、 しばらくして戻ってきた。女は店長と知り合いらしかった。

昼食後、京大ルネで歯磨きをして、書籍部を少し冷やかし、それから関西日仏 学館のロビーでしばらく涼んでから、ドイツ語寺子屋塾へ。夏学期は先週で終 わったのだが、今日から3回補講授業を受ける予定。まあ、日本語と英語だけで どこの国でも旅行する人は多いけれど、現地を自由自在に偵察飛行するには、 やはり言葉が分かった方が遥かに便利だし、それだけでも語学をやる意味は あるかなと、少し気を取り直して3回分の授業料を支払う。

15時前に授業が終わり、近くのコンビニでカロリー控えめ抹茶あずき アイスを買って食べながら、灼熱の太陽の下、荒神口まで歩き、 そこから京都市役所前までバス。寺町通り上島珈琲を覗いてみると、 満席。今日は祇園祭の宵山だし、まあ、想定の範囲内か。 やはり今日と明日は京都市街には近寄らない方が良さそうだ。

それで他に寄り道はせずにまっすぐ帰宅。シャワーを浴びてから、 来週の寺子屋塾の予習をざっと済ませ、督促状が来ていたヨーロッパ 数学会の論文レビューの仕事を1つ、ほぼ片付ける。

論文レビューはどちらかというと駆け出しの若い数学者に回ってくる 仕事らしく、少し偉くなると学会誌の査読の仕事が回ってきて、さらに偉 くなるとどちらの仕事も回ってこなくなる。偉い先生にそんな下々の仕事など お願いできません、というわけだ。

まあ、そうは言っても、論文レビューは「賢こそうな仕事」であることは 確かで、レビュー委員になって定期的にレビューをやってくれんかと依頼が来 たとき、そんな立派なお仕事を俺サマのような馬鹿がやってもいいのかしら? と、二つ返事で引き受けた経緯がある。その嬉し恥ずかしレビュー委員の 初心を忘れ、仕事を貯め込んでいる俺サマは、やっぱり人生をナメてるということで、 天罰が下る日は近いかもしれない。いや、さっさと仕事をすると、次の仕事が どんどん送られてきて、大変なことになるという事情もあるんだけどね。

夕食後、夜はラクトスポーツプラザへ。皆さん宵山に行ってしまったのか、 今日はかなりすいていた。モーレツあ太郎、泣きそうな顔になってしまった ピノキオ君、筋肉つけるのが嬉しくてしょうがないガテン少年。それ以外は 目立ったスターは来てなかった。