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2011年6月15日(水)
途中ふと自分が大学に出勤する道を歩いていることに気付いた。
京大に行く道とは逆方向だ。うーむ、朝っぱらから、なかなか衝撃的な
ボケをかましてくれるじゃないか。どうやら俺サマの大脳前頭葉は、
何らかの原因で崩壊しつつあるようだ。一体何が悪いのだろう。
睡眠不足?自虐の病?歩行飲酒?単なる老化現象?
数学者と懇親できないから?
世の中をナメ過ぎてるから?オジサン近親憎悪だから?
鼻糞30男のサンプル収集にウツツを抜かしているから?
うーむ、全部アタリだな。
兎に角、慌てて引返して京大へ。かなり遠回りしてしまったが、
余裕を見て出発したので、ほぼ予定どおりに数理研に到着。猫は相変わらず
1階の外階段の脇で寝ぼけていた。数理研の猫だから、きっと賢いに違いない
と思ってたけど、こんなに寝てばかりいるとなると、実はアホ猫かもしれない。
否、今の俺サマは人(猫?)のことをとやかく言えた立場じゃないしな。
研究集会は今日も盛況だった。私は中国人のフリをして、あたりを漂う。
講演会場の壁際のエアコンのスイッチの前に突っ立ってたら、集会運営委員の
数理研の某偉い先生が「(スイッチを操作したいので)ちょっとすみません」
と日本語で声を掛けてきたので、ぎくりとした。「何でExcuse me!とか英語で
言わないんだよう!俺サマが中国人のフリしてるのに、こいつには通用しない
のか」と。まあ、首から下げてる名札を目ざとく見たのかもしれないけど。
今日の午後は外国人参加者の京都観光ツアーが予定されており、
11時45分で全ての講演が終わるはずだった。しかし、キャンセルになった
昨日の朝一番の講演の「補講」が12時から13時に追加された。
なかなか魅力的なテーマの講演だが、これを聞いてから数理研を出て
14時40分からRitsで講義しようと思うと、スケジュール的に
ちょっと厳しい。
しかしこれは昨夜から計算済みだ。Ritsへの移動時間を稼ぐために、
コンビニで買っておいたパンを休憩時間に食べて昼食を済ませた。
「補講」の講師は、「皆さんお腹がすいていることでしょうから」
と言って5分程度早目に切り上げてくれた。すぐに講演会場を飛び出し、
猫に挨拶をしてから数理研を後にし、今出川通りに出ると、すぐに
タクシーが拾えた。自腹タクシーは昨夜から計画済み。
東山三条でタクシーを降りて地下鉄のホームに向ったが、
電車はすぐに来た。山科でJRに乗り換えたが、
JRもすぐに来た。南草津でのバスもスムーズに発車し、結局14時過ぎに
Ritsに到着した。
通常、バスや電車を乗り継げば、待ち時間の5分や10分はすぐに経って
しまい、Rits到着が14時半頃になる可能性も十分あるのだが、今日は
色々タイミングが良かった。昨日は何もかも裏目に出て散々だったし、今日
も朝一番で大ボケをぶちかましてしまったけど、ようやく世界
が俺サマに味方してくれたようだ。
14時40分から16時10分まで、2回生「離散数学」の講義。今日は
正規巡回部分群のある特徴づけを証明し、一般対称群の話に入る。
互換と巡回置換の定義。巡回置換が互換の積の分解することの例示。
次回は分解可能性の証明をして、一般対称群の任意の元が巡回置換の積
に分解することを示す予定。
講義の後、学生の質問の相手などをしてから、16時半頃に研究室に戻る。
それから数理科学科のお茶の会にちょっとだけ顔を出し、色々情報収集。
それからすぐに帰宅。夜はフランス語の宿題をあらかた片付け、野暮用メールを
1つ書いて出し、少しだけ数学。
2011年6月14日(火)
京大に着いて、少し時間があったので、飲み損ねたコーヒーでもと
思って生協食堂に入ったら、財布がほぼ空っぽで小銭が280円ぐら
いしか入ってないことに気付いた。昨夜スポーツクラブに行く際に、盗難や
紛失を恐れて、カードやお金など財布の中身を全部出して、会員証
と当日の利用料、飲み物代プラス・アルファぐらいにしたのだが、
慌てて自宅を飛び出したので、中身を戻すのを忘れていた。
とりあえず自販機のコーヒーを飲み、数理研で午前の講演を聞き、
昼休みに自宅に戻って財布の中身を詰め、ついでに残り物で適当に
昼食。一息ついたところで13時25分。さてと、昼休みは
たっぷり3時間あったから、午後の講演は14時45分で、
14時前に自宅を出たら十分間に合うな。と思って一応
何の講演があるかプログラムを見直したら、、、午後の講演は
13時30分からだと!?何でだぁぁぁぁっ!?もう始まる
じゃん。3回講演の2回目だから、聞き逃したら最終回の話は聞いても
わからななるぞ。
数理研までは地下鉄とバスを使ってドア・ツー・ドアで45分弱かかる。
しかしタクシーを使えば20分ほどで行けるから、1時間講演の後半半分以上
は聞けるだろう。それで何とか手を打とうということで、いつも
使っているタクシーを呼ぶ。
ところが、今日に限って素人同然の運転手に当たってしまい、
道に迷ってなかなか来ないわ、道を知らずいちいち聞いてくるわ、
聞いても間違えるわ、あれあれっと思ってる間にとんでもない遠回りはするわ。
これじゃあ何時になったら京大にたどり着けるかわからない。
兎に角、大通りに出たところで途中下車することにし、1380円のタクシー代
を1000円に負けさせて、すぐさま後続のタクシーに飛び乗って何とか
35分程度で数理研に到着。
それで午後一番の1時間講演の後半20分強を聞いた。やっぱり前半を
聞き逃していると、何だかよくわからないなあ。しかし、午後の講演はあと
2つあり、それは楽しく聞くことができた。その意味で、午後一番の講演に
間に合わないと分かった時に、自棄を起こして今日の午後は
行くのをやめにしなくて良かった。
夜は懇親会があったそうだが、当然ながらパスし、ラクト山科で少し
買い物をしてから帰宅。スポーツクラブに行く際に財布の中身を取りださなく
て良いように、スポーツクラブ用の小袋を100均にて購入。
夜は少しだけ数学をと思っていたが、学内政治のあれこれのメールが飛び交って、
それの対応で終わる。
ところで俺サマは、美味い物を食べて酒も飲める懇親会というものは、
基本的には大好き。しかし残念ながら、俺サマは数学者とは懇親できないという
事実があり、懇親できない懇親会は退屈だし惨めなだけだから参加しないのである。
ただ、出張して泊り込み参加している研究集会だと、ちょっと豪華な夕食に
ありつけるかなと思って、恐る恐る参加することもあるのだが。
そういえば計算機屋時代には、同年輩でとても気のいいお調子者の同僚
が居て、引っ込み思案の俺サマでも、そいつにくっついていれば何処の
懇親会に行ってもどんどん新しい友人ができて、それはそれは愉快だったな。
と、楽しい思い出に耽って、大ボケ総崩れの一日を忘れることにする。
2011年6月13日(月)
今度のトロントの研究集会の参加予定者リストを見ても、中国人や韓国人
が結構多い。最近の代数幾何学はアジア勢が結構のしてきているのかしら。
複素幾何学だとチャウとかヤオとかシンとかの巨人が居るので、後を追う
若手研究者の層も厚そうである。
昼休みは3時間ぐらいと、ゆったりと取ってあったので、
河原町三条の丸亀製麺まで足を延ばそうかとも思ったが、
2時間しかないと勘違いしていたこともあって、何となく
新福菜館百万遍店の焼飯(大)の昼食。その後、数理研の図書室で
午前中の講演ノートを見直したり、数理研猫の相手をしたりしているうちに
午後の講演の時間が来てしまった。
数理研猫が雄か雌かについては諸説あって、定説はないとのこと。
んなもん、猫がそこで寝ているのだから、今からでもひっくり返して調
べれば済むことではないかと思うのだが、数理研の若い人たちは、
AKB48みたいに投票で雄か雌か決めようかみたいな話をしていた。
「君たちは、真実を知るのが怖いのかね?」と思ったが、AKB48に
対抗してRIMS1というユニットで売り出したらどうだ?とか、
CDを出したら1万枚ぐらい買う奴が現れるかもしれないぞみたいな話
をしているので、彼らの夢を壊したら悪いかと思い、その場は引き下がる。
しかし後で誰もいない時にこっそりと猫の所に行って、おい起きろ!
と裏返し、にゃん!とか何とか艶めかしい鳴き声をするのも構わず、強引に
再調査したところ、、、ややや?!先日の調査では発見できなかった
××××が、、、、。そ、そうだったのか、と。
研究集会用のW-Lanのアカウント取得が携帯電話でできるのだが、
ある識別語を入力するのがうまくできない。大学院生みたいな人たちが
案内掲示を見ながらやってたので、「ここんとこ、どうやればいいんですか?」
と聞いたら、「え?最近の携帯ならすぐにこういう画面が出てきて簡単にできますよ」
みたいなことを言うので、「えー!?、でも僕のは『最近の携帯』じゃないんだよね!」と叫んだら、何故か思いっきりウケた。まあ、ウケれば何でもいいんだけど。
その後色々無理をして、最近の携帯でなくても何とかアカウントとパスワードが
取得できたので、明日からPCを持っていくことにしよう。
数理研猫は寝てばかりいるかと思ったが、16時半に本日最後の講演が終わり、
帰り際に立ち寄ったら、「さてと」という感じで起き上がった。思いっきり伸びを
したかと思うと、顔を洗ったり毛づくろいをし始めた。これが結構入念で、
しばらくやめそうにないので、最後まで見届けることなくそのまま帰ってきた。
猫は夜行性だというから、これからひと仕事に出掛けるのかしら。
まあ猫で少しは和んだものの、半日大量
の数学者達の中に居たので、それだけでもう気分はぐったりだ。それに
座敷童してたら良かったのだが、必要もあって若い人たちとちょっと言葉を交わして
しまったから、それだけ何だか調子が狂い、帰り道に「わーっ!!」と叫んで
その辺をトンカチでぶっ叩きながら走り回りたい衝動に駆られた。高校時代なら
ともかくとして、流石に今それをやるのはまずかろうと思い、とりあえず口を
大きく開けて、巨大低周波で吠えながら空に飛び立つトトロをイメージ
して百万遍のバス停に向った。勿論それでは物足りない。
こういう日はZUMBAと骨盤矯正ヨガに限るということで、帰宅後、
夜はラクトスポーツプラザへ。ZUMBAは20名近く
来ていて大盛況だった。久しぶりに「青春を取り戻したオジサン」も居たが、
彼に負けないぐらいの怪しいオーラをたぎらせたオジサン達も2、3来ていた
ので、俺サマはずっと離れた所で踊っていた。「今日だけは俺サマを朝まで
踊らせて!」なんてことは当然許されず、所定の45分で終了。15分の休憩の
後、ヨガに突入。
2011年6月12日(日)
前のパソコンが壊れる1年以上前まで、時々性格の定期健診に使っていた
ネットの性格診断サイトを、昨夜偶然再び見つけたので、早速やってみたら、
何と!1年余りの間に俺サマの
性格が変わっていた!?診断結果曰く、常に傍観者であろうとするが、自分自身にも自分の
まわりの世界にも強い関心がある。押しつけがましくない性格で、リーダーシップを
取ったり影響力をふるうタイプではない。人にあまり強いイメージを与えない目立
たない人間で、本来人と張り合わないので、ほかの人から無視されたり、ごり押しされてしまいがちだ、と。
誰の事やねん?!と一瞬思ったが、そういえばこれって、まさに数学者たち
の中で偵察飛行している時の、俺サマの座敷童的人格そのものだな。でも、
普段の俺サマとは、もうちょっとイメージが違うので、やり直してみたら、
以前と同じ診断結果になった。うーむ、と、いうことは、自虐の病が対数学者用
の人格を生み出し、俺サマの内面では二重人格化が進行しているということか。
確かに計算機業界の雰囲気は俺サマの性分に会ってて、結構のびのびとした
気分でいたけど、残念ながら計算機科学って学問は、俺サマにはどうもしっくり
来なかったな。だからあの業界から足を洗ったんだけど。数学はというと、
学問としては俺サマにぴったりでゴキゲンなんだけど、数学業界の雰囲気は
どうもしっくり来ないので、二重人格になったりしながら誤魔化してるって
感じだな。
で、明日から2週間、京大数理研の研究集会で座敷童して、時々数理研猫の
昼寝の寝顔でも拝んでこようか、と。
2011年6月11日(土)
新福菜館百万遍店で昼食の後、京大ルネに立ち寄って歯を磨いて
いたら、計算機屋時代の元同僚O氏とばったり出会った。
8年前に東京のメーカーの研究所を退職して京都の大学に移ってきたのだが、
年賀状のやりとりはずっとしてても会うのは10数年ぶりかしら。
京大で学会があって、昼食のためにルネに立ち寄ったのだとか。
しばし立ち話をしているうちに、ドイツ語寺子屋の時間になったので、
「お互い近い所に居るのだし、またいつか!」ということで別れる。
これが、「今度一緒に飲みに行こう」とならないところが、
「君子の交わりは淡き水の如し」ってやつね。
しかし友人というのは、こういう人のことを言うのであろう。俺サマが
友人とそうでない人の区別をどうやって決めているかというと、顔を合わせた
時に、気がついたらもう何やかや色々お喋りしているのが友人。俺サマの話が
ウケるかスベるか地雷を踏むか見当がつかなので、借りてきた猫のように
ずうーっと黙ってたり、聞かれたことにしか答えなければ、それは友人でない
ということ。さらには、「お前なんか、早くくたばっちまえ!」とか思っていたら、
たぶん聞かれたことにも碌に答えない。実に簡単な決め方だが、自分の無意識の
リアクションに任せているという意味で、「貴方は私の何なのよ?
知らんがな、自分の胸に聞いてみな」法という
長い名前がついている。実際はこの中間のリアクションになることもあるので、
運用はそう簡単でもないが。
13時15分から15時前まで寺子屋でドイツ語の授業を受ける。その後、
関西日仏学館の図書館でしばし数学。17時より日仏学館の1階ホールでピアノ
コンサート。フランス人と日本人の連弾で、目を見張る超絶技巧に圧倒された。
コンサートは18時15分頃に終わり、道草なしですぐに帰宅して夕食。
スポーツクラブに行くには少し遅くなったので、今夜はおとなしく自宅で数学。
コンサートの余韻で、久しぶりにラヴェルを聴く。
2011年6月10日(金)
代数幾何学セミナーの方は、有名な予想の一部を解決したという話で、
国内外の偉い先生達や新進気鋭をはじめとして30人ほどが集まっていた。
セミナーは12時に終了。ただちに新福菜館に直行して昼食。それから
再び数理研にちょっと寄って、猫の相手をしたり図書室を覗いたりしてから
京大を発ち、14時半頃Ritsに出勤。
15時から16時15分まで就職委員の会議。学生とは数学の話しかしたことが
ない俺サマには、完全にお手上げの議題もあった。大学の先生というのは、例えば
研究室の学生と学問以外の話を何やかやとするのが普通なのだろうか。
こういう会議以外でも、「最近の学生ってどうよ?」みたいなことを聞かれること
があるが、大抵「知らんがな」と答ている。学生と数学の話をしていると結構
面白い、ということ以上のことは知らないし。
会議が終わってからすぐにバス停に向う。
この時間帯はバスを待つ学生たちの数十メートルの列が出来ていたが、
皆、立ち席ならまだ乗れるバスをやりすごして次のバスを待っているようだった
ので、前に並んでいる100人以上の学生をごぼう抜きして、
すぐに発車するバスに飛び乗る。
18時前に関西日仏学館の図書室に付き、今日のフランス語の予習をさっと
済ませ、隣の京大ルネで夕食。また戻ってきて19時から21時過ぎまで
フランス語の授業を受ける。次回17日の授業の後、このクラスで飲み会を
しましょうという話があったが、翌日が一斉補講日で朝が早いので、
泣く泣く断る。
先日、高校時代の友人たちが18日の昼に京都か大津でランチでもという
話をしていたが、これも一斉補講日のために、泣く泣く断った。よりにもよって、
こういう時に限って飲み会だのランチだのというお誘いがあるのが、恨めしい。
関西日仏の帰りは、例によって近くのコンビニでチューハイのミニ缶を買い、
歩行飲酒。雨が降っていたので荒神口バス停から京都市役所前までバスに乗る。
ゼスト御池ではダンスの練習を始めようとしている2人組が居た。22時過ぎに帰宅。
夜は明日のドイツ語の予習。
2011年6月9日(木)
ゼミ終了後、すぐに帰宅。今朝から腹具合がよろしくなく、1年半前のハノイ
出張の時と良く似ているので、自然治癒は難しいと考え近所の医者に行
く。下痢止めと抗生物質をもらう。夜は少し数学。
昨日から「数学者は意地悪か?」という問題が気になっている。実のところ、
俺サマに対して親切で友好的な数学者は沢山いるのに、何故俺サマは
「数学者は意地悪」と思い込んでいるのだろう?と。
確かに優秀でかつ性格が悪いという、そいつが近づいてきたら死んだフリ
してやりすごす以外に手の打ちようのない無敵数学者は居るし、
周りからは性格が良いと評判だが、俺サマのようなアホに対しては意地悪な
態度をとる(それだけで十分「性格が悪い」と俺サマは思うけど)数学者も居るし、
性格が悪いわけでも俺サマに意地悪をしているわけでもないのだが、思わずしばき回
してやりたくなるような数学者特有の思考や言動というのもある。それに、そもそも
数学の学問としての厳しさが、数学者の意地悪さに見えてしまうこともある。
数学者に対するこれらのネガティブな印象は、程度の差こそあれ、おそらく
数学者の多くが感じていると思われるが、通常は圧倒的多数派であるところの
「親切で友好的な数学者仲間」との愉快で心温まる交流によって、自然に解消
されているのであろう。
しかし俺サマの場合は自虐の病が邪魔をして、そういう解消方法はままなら
ないし、「この野郎!」と思ったことはいつまでも執念深く覚えている厭らしい
性格も治りそうにない。かくして数学者に対するネガティブなイメージが、
少しずつ、しかも着実に蓄積し、その一部がトラウマとなって、偵察飛行したり
座敷童になったり、何だかよくわからないことになってしまうのだ。
ならば自虐の病だけでも治せば何とかなりそうなものである。しかし、現在の
ところ、この病の原因は「数学者が意地悪だからだ」ということになっていて、
これではなかなか解決の糸口が見えない。
この問題はもう少し考えてみる必要があろう。
2011年6月8日(水)
昼過ぎに自宅を出て、山科駅前で簡単に昼食をとって出勤。先日買った額縁
にオスナブリュックで描いた絵を入れて、研究室に飾ってみた。うーん、たまに
しか来ない研究室には少々勿体ないかも。
14時40分より16時10分まで2回生配当「離散数学」の講義。今日は
3次対称群の部分群と正規部分群を決定して見せる。途中、それに必要な正規
部分群の定義や剰余類の基本的な性質などを証明し、正規巡回部分群のある
特徴付けを証明している途中で時間切れ。説明し始めたところで、もっと良い
証明の仕方があるはずだと気付いたので、次回にやり直しになったのは
かえって好都合。
講義から戻って、16時からやっているという「お茶の会」に
直行。主催者の学科長と茶菓子準備係の院生が二人、手持無
沙汰そうに座っていた。お茶を一杯とクッキー系の菓子2枚もらい、
係の院生から僅かな予算で茶菓子を調達する苦労話を聞いたところで、
会議の時間に。
16時30分頃から18時15分頃まで、本年度2度目の学科会議。
大きな議題が2つほどあったが、どちらも「言いだしっぺ」の人の茫洋とした
話の後始末に皆が困っているというような話。んなもん、言い出しっぺに
任せれば済むこととじゃん!と。しかし、事はそう簡単でないところが
世の中の面倒臭いところ。それにしても今日の俺サマは、あんまり冴えて
なかったな。
学科会議の後、引き続き学位審議委員会があって、18時半に全ての
会議が終了。2時間の会議の間に、次回の「離散数学」の講義メモが完成し、
「代数学序論I」の講義メモの作業もすこし着手。
その後、生協での夕食を挟んで、「代数学序論I」の講義メモと、今日の
「離散数学」でやり残した命題の証明の改良などの作業を終え、20時半頃に
大学を発つ。帰宅は21時半すぎ。夜はフランス語の宿題を一部片付けて
メールで提出。
昨日の新聞に数学科漫画を描いている人のインタビューが出ていたので、
ちょっとネットで調べてみたけど、やっぱり「まあ、いいや」と放りだす。
数学には相変わらず興味があるけど、学生時代や計算機屋から数学に転向
した当初とは違って、数学にまつわる人々のあれやこれやには全然興味が
湧いてこない。それはたぶん私の数学者嫌いが関係していると思われる。
では、俺サマが数学者の何をどう嫌っているのかについては、
「数学者は意地悪だ」に集約されるような単純な話のようにも思えるし、
案外もっと複雑な気もする。実のところ自分でもよく分かっていない。
ただ、俺サマにとって数学者は「なるべく近寄らずに済むなら、
それに越したことはない」存在ではある。
2011年6月7日(火)
短い昼休みは研究室で昼食。課題プリントのコピーなどをしてから、
13時より14時30分まで、経済学部、経営学部2回生配当「C言語とUNIX演習」の授業。時々学生の質問を受けたり、提出前のレポートを現場で見てチェックし
たり内容の不足を説明したりする以外は、特にすることもなく監視しているだけ。
受講生5名、うち1名は15分、もう一人は45分、最後の一人は100分程度遅刻。最後の100分はさすがに欠席扱い。45分の学生は、常にこのぐらい遅れてくる
ので、次回も45分遅れで来た場合は、何か特段の理由があるのか事情聴取し、
場合によっては「教育的指導」を行う予定。
そういえば以前、大学院の授業に毎回30分以上遅れてくる学生がいて、全く
悪びれる様子もないので、事情聴取と「教育的指導」を行ったら、次の週から
ぷっつり来なくなった。それでその講座には受講生が事実上居なくなり、閉講と
なった。それまでも大学院の講義は毎年そんな感じだったし、「ぷっつり」の件
で馬鹿馬鹿しくなって、翌年以降大学院の講義担当をぷっつりとやめた。
「ぷっつり」は伝染するようだ。
引き続き14時40分から2回生「代数学序論I」の講義。教室に向っている
途中、見知らぬ学生が色々話しかけてきた。学生の話の内容から推察して、
昨年度私の2回生配当の講義を受講した3回生のようだ。ドイツ滞在1年半の
経験から、見知らぬ人とも普通に世間話ができる日本人離れした俺サマだけど、
それにしても一体誰なんだろうな、と。まあ、誰でもいいんだけど。
「代数学序論I」は、先週の続きでガロアの基本定理とラグランジュの公式を
証明抜きで紹介し、それを使った3次方程式の解の公式のガロア理論風の導出を
途中まで。来週はヒルベルトの定理90を、これまた証明抜きで紹介し、
それを使って公式を導く予定。受講生多数。おナルな俺サマは、学生が一杯居る教室
が大好きなのさ。おお、みんな俺サマの話を聞いとるな、ふっふっふー、なーんてね。
16時10分の講義を終え、研究室で事務的な仕事を片付けてから、すぐに
帰宅。夕食後、夜も少し数学。
ところで、最近はアスペルガー症候群などの発達障害の話をよく耳にする。
知能は高いのだけど、相手の気持ちを読み取ることが苦手で、悪気はないのに
ずけずけと身も蓋もない「本当のこと」を言って周りの人を傷つけたり、
「空気の読めない奴!」とトラブルになったりしやすいとか。
偉い数学者の中にも、あれはきっと発達障害だろうなという人は
少なくないように思う。そういう事をあらかじめ知っていれば、彼または彼女は
そういう人なんだと思って上手に付き合えたかも知れない。しかし、ちょっと前
までは発達障害なんて話は聞いたことがなかったし、偉い先生だからとか、優秀な
先輩や学友だと思って無防備に接して酷い目に会ってきたな。
ただ、俺サマの「数学者は意地悪だ」という思い込みの形成に発達障害
の数学者がどれだけ寄与しているかは、どうもはっきりしない。グサリと来ること
をずけずけと言う率直さと意地悪は別のものかも知れないし、数学者の意地悪さは
別の要因が関係しているとも思われる。
2011年6月6日(月)
午前中は自宅で少し数学。午後は街に出て、丸亀製麺河原町三条店で遅めの
昼食の後、寺町通りの上島珈琲に籠り、また数学。「数学者用特等席」に例の
数学おばさまがいた。彼女のテーブルには、コーヒーやサンドイッチ、さらに
冷たい飲み物のための容器が空になって置かれていたので、昼前から来ていた
のかもしれない。
この店には色々な年代の女たちが来てお喋りをしているが、中年以上の
女の中には、話し方に強い特徴がある人が少なくない。おそらく女達には
男達に比べて社交としてのお喋りを大事にする傾向があり、それを通じて
自分の話し方のスタイルを確立していくのであろう。その過程では、その
人の気質の他に、日頃どんな人間と付き合い、どんなお喋りしているか、
日々何を学び何を考えて生きているかといったことが大きく関係している
はずである。
隣で話しているのをちょっと聞いただけで、ああ、仮にこの人と、
仕事であれプライベートであれ、何らかの形で付き合うことになったら
嫌だろうなと思ったりするのは、そのためかも知れない。え?じゃあ、
男はどうかって?オジサン相手だと、話し方とか人格以前に
近親憎悪原理が働くから、色々大変なのよ。
16時頃、特等席の数学おばさまが帰ったので、すかさずその席に移った
けれど、冷房が寒くて結局10分ぐらいで店を出た。今日は暑くなると思って
半袖のポロシャツを着て行ったのだが、どこの席に居ても店の冷房の風が腕に
当たって寒いのを通り越して痛くなってくるのには閉口した。
上島珈琲を出て、JEUGIA三条本店を偵察。マルタ・アルゲリッチの
70歳記念&東日本大震災チャリティーコンサートのCD販売促進に全力投球!
って感じで、フロアの2箇所でこのCDばかりが掛かっていた。私はもうこのCD
を持っているので、「もういいや」とすぐに店を出る。
大丸ラクト山科店で白ワインを1本買って、さらに近くのスーパーで少し買い物。
震災の影響か、私が2000年にドイツに行って以来ハマっている、
(手頃な値段の美味い)炭酸水がずっと品薄である。高くて美味い炭酸水と、
手頃な値段だが不味い炭酸水しか売ってない。
帰宅してまた少し数学の後、夕食。夕食の後はラクト・スポーツプラザへ。
今日もZUMBAと骨盤矯正ヨガ。レッスンの後、ZUMBAのインストラクター
は、神妙な眼差しで必死に彼女を動きを追っている生徒が居て可笑しかったと
言っていた。それはたぶん、彼女の芸を盗んで、夜のゼスト御池に華麗に
デビューしようという野望に燃える、俺サマのことを言ってたのだろう。
俺サマの踊りは、まだインストラクターの動きをなぞっているだけで、リズムに
乗っていない。インストラクターの動きを見て、あるべきイメージは頭に入ったの
だけど、体がその通りには動かない。というわけで、俺サマのゼスト御池デビューの
日はまだまだ遠いな。
まあ、インストラクターの意図としては、もうちょっと気楽に楽しくやりま
しょうということだろうけど、野望に燃える俺サマとしては既に十分気楽で
楽しいんだけどな。これからは野望を悟られて怪しまれないように、
サングラスか水中眼鏡でもしてしてレッスンを受けようかしら。(余計怪しいか)
2011年6月5日(日)
二度寝三度寝しても、まずかったかな、まずかったかな、という夢
ばかりでうなされる。そうだ!一応メールアドレスを知ってるから、
今日にでもちょっと連絡を取って解決しておけばよいのだと思った
ところで安心し、四度寝の爆睡。
それから起きてメールを出し、午前中は京都新聞7つの間違い探しと
時事クロスワードパズル、そして野暮用を色々と昼過ぎまで。
昨日のスポーツクラブの筋肉痛が少し出ている。日本に帰ってきて2ヶ月余り。
ようやく筋肉がドイツに行く前のレベルに戻ってきたので、ちょっと嬉しがって
やり過ぎたようだ。
そうこうしているうちにメールの返事が返ってきて、まあ、心配するほどの
ことはなかったと判明。それから自宅を出て関西日仏学館へ。地下鉄の中で、
年配の女性と私よりもひとまわりぐらい若い女性が乗っていたが、二人の顔に
「私達、親子です」と書いてあった。
色々義理もあって日仏学館の日曜日の催しに顔を出し、そこの屋台
のもので簡単に昼食をすませてから図書室でしばし数学。それから徒歩で
京都市役所前駅まで。今日は鴨川右岸を歩いて行った。日曜日の午後とあって、
散歩やボール遊びをしている人、芝生でのんびりお弁当を食べている人の姿
もみられた。
荒神橋の下にずっと前から段ボールハウスがあるが、今日見たら、どこか
らか拾い集めてきた機材で橋げたの周りに棚を作り、家庭菜園の鉢が沢山置い
てあった。私は植物にはほとんど何の興味がないので分からないが、好きな人
は好きなんだなあ、と。
今日は三条で道草を食わずにまっすぐ山科へ。地下鉄の中で、またも年配
の女性と私よりもひとまわりぐらい若い女性が乗っていたが、この二人の顔に
も「私達、親子です」と書いてあった。行きの電車の中で見たのとはだいぶ違う
感じの親子だったが、やはりあの年ごろの母娘には共通する雰囲気があるような
気がする。
ラクト山科のスーパーに苺が売ってたので、買って帰る。しばし野暮用の
後、また、近所のスーパーに買い足りなかったものの買い出しに出る。夕食
後にちょっと横になったら、不規則睡眠のためか、しばし気を失う。
はっと目を覚まし、それから少し数学。
2011年6月4日(土)
今日は暑い。昼食後、京大ルネの自販機でアイスコーヒーを買って飲み、
関西日仏学館の図書室でしばらく涼みながら時間調整。
13時過ぎに2階にある図書館から下に降りて、玄関とは逆方向に向い、
トイレに入る直前に玄関のところにOさんが居るのを発見。
トイレから出てすぐにOさんの方を見て手を降ると、向こうも同時に気づいたらしく
手を降る。相変わらず目ざとい人だ。もしかして、私がトイレに入る前に
既に気付かれていたのかもしれない。
そういえば、私がドイツ語寺子屋塾に通うようになったのも、関西日仏の
玄関前フロアでOさんと、ゲーテの上級クラス以来久々に再会したのが切欠で
ある。日々是偵察飛行の私は街で知人を見つけるのが割合得意だが、
その手の能力は彼女の方が数段上のようである。
彼女と挨拶をして簡単に近況などを話しているうちに、待ち合わせていた
ご主人も現れ、彼とも簡単に挨拶などをしたのだが、
私は寺子屋の時間なので失礼した。
寺子屋に行くと、たまたま奥さんが居て、そういえば高山さんを京大ルネの
食堂でちょくちょく見掛けますと言う。どうも金曜日の夜、関西日仏のフランス語
講座に出る前の夕食の現場を目撃されているらしい。嗚呼、俺サマも焼きが回った
ものだ。確かにルネでは偵察飛行のレーダーをオフ気味にしてはいるけど、
結構色々な人の存在を確認している。しかし、あの母子を発見できてなかったとは、
何という失態だ、と。これが戦争なら後ろから撃たれているか、
袈裟がけでバッサリってところか。
15時前に寺子屋を出て、いつもハイボールの小缶を買うコンビニで
抹茶あずき白玉アイスを買って食べながら、徒歩で河原町三条界隈へ。
寺町通上島珈琲で一休みしながら、しばし数学。
例の数学おばさんも居たけれど、割合すぐに店を出ていった。
隣の席に60代ぐらいの男女がいたが、久々に会った旧知の知り合い
らしい。互いの近況を話し、男の方は日頃から割合運動を続けているようだが、
それでもすこしづつ体力が落ちてきたと言い、女の方は夫が定年になり、
自宅に居ることが多くなって鬱陶しいというようなことを言っていた。
ひとしきり親しげに話してから、すぐに店を出ていった。上島珈琲では
この手の熟年男女をよく見掛けるけど、彼らは一体何なのだろう。
その後、寺町通りの額縁屋で特売のA4判額縁1000円にアクリル
ガラスを入れてもらって1525円で買った。壁に掛けるばかりでなく、
机の上にも置けるタイプなので、オスナブリュックで描いた絵を大学の研究室
にでも飾っておこうか、と。
それからJEUGIA三条本店をさらっと偵察し、さらに久々にAngers
河原町三条本店を偵察。女性物長靴がいくつか置いてあったが、いずれも
1万6000円以上する。俺サマの長靴は987円だぞ!と思いながら店を出て、
山科に移動。大丸ラクト山科店デパ地下を通過して帰宅。
もう苺の季節も終わりだな。
夕食後、夜はラクトスポーツプラザへ。黒ゴリが来ていたが、全般的に
割合すいていた。中卒でマッチョの世界に突っ走るガテン少年も来ていた。
1年ぐらいのトレーニングでモリモリ筋肉がつき、今はそれが嬉しくてしょう
がないようだ。
途中、カップルが少しだけ見学に来ていた。男は30歳前後、女は
40歳ぐらいの清楚な美形。あれじゃあ、若い男がくらっときて突進する
だろうな、などとオッサン臭いことを考えてしまい、おナルな俺サマとしては
珍しく自己嫌悪に陥る。
2011年6月3日(金)
Yとは大学時代の同期で、文系の教養科目で一緒になった頃から知っている。
文学部の学生らしかったが、一度も話したことはないし、互いに面識があるわけでも
ない。ただ、新入生の時から、オールバック、小太り、グレーのスーツ、大きな
ショルダーバックの強面系で異彩を放っており、私は「一体どこのオッサンが紛れ
込んだのか?」と思って遠くから監視していた。
その後ずっと忘れていたのだが、私が京都に戻ってきてRitsの教員に
転職してしばらくしてから、奴もRitsの助教授(今の准教授のこと)として
やってきた。教員名簿に昔と同じような顔の写真が出ていて、その風貌にふわさしい、
学問的にも人物的にもなかなか凄い自己紹介文も掲載されていたが、数年もし
ないうちにまたどこかの教授として転出していったようだ。
それでまた10年以上忘れていたのだが、今日また出会ったというわけだ。
二十歳前後のオジサン顔が五十歳前後になったらどうなるのか想像がつかな
かったが、、、なるほどそういうことだったのか、と。一言で言えば、
「凄みが増している」というか。。。
さて、今日の代数幾何学セミナーの話は難しくてよく分からな
かったので、最後の方はノートに講師の似顔絵を描いてたりしたが、
この方面はこういうスタイルの議論を一所懸命しているのだという
ことが分かっただけでも良しとしておこう。セミナーの後、皆で一緒に昼食で
もというアナウンスがあったが、数学者と一緒に昼食なんてまっぴら御免なの
で、一人新福菜館へと突っ走る。
午後は例によって京大数理研図書室に籠る。数理研猫は、行きと帰り、
そしてその間の休憩時間に1回、都合3回表敬訪問したが、今日も昼寝に余念
がなく、あまり相手してくれない。「この野郎、寝てばかりいるなら、ちょっ
と見せろや!」と丸々と太った体をゴロンと返して、長年の懸案であった♂か♀か
を確認。これまでは、にゃん!とか鳴きながらうまく体をねじってはぐらかされて
きたが、今日はにゃん!とか鳴きながら気前よく見せてくれた、、、
なるほどそういうことだったのか、と。
夕方、数理研を出て京大ルネの書籍を少し冷やかし、関西日仏学館の
図書室でフランス語の予習の後、ルネで夕食。ルネの食堂ではビールも売っていて、
大ジョッキと夕食をトレーに乗せた学生がテラスの方の席に行こうとしていた。
ビアガーデンってわけね。
19時から21時過ぎまで日仏学館でフランス語の授業を受ける。
隣の人と組んでの会話練習で、昔はビデオで映画を見たが、今は
DVDやインターネットで見る、みたいなことを現在形と半過去を使い分けて
話すというのをやったが、「俺サマは今はテレビもDVDも何も見ない。
ただ音楽を聴くだけだ」と答えたら、結構不思議がられた。
「何故だか知らないけど、俺サマはオジサンになって以後、人生が忙しくなってきたんだよう! (Depuis que je suis vieux, il y a beaucoup a faire. Mais je ne sais pas pourquoi.)」とかナンとか答えようとしたところで時間切れになった。
まあ、「何故だか知らないけど」というのは嘘で、実はアホなくせに
数学に転向したり、ドイツ語やフランス語に手を出したりしているからだ。
偵察飛行もしなくっちゃ、と。
帰りは例によってハイボールの小缶で歩行飲酒をしながら京都市役所前駅まで歩き、
22時過ぎに帰宅。それから明日のドイツ語の予習を片付ける。
2011年6月2日(木)
今日の学生は来週から教育実習。そして今実習中の学生が来週戻ってきて、
可換環論ゼミの続きを行う予定。その後、私の出張のためゼミは2回休講となり、
6月下旬からHartshorneのゼミを再開する予定。
17時前にゼミが終了し。研究室に戻り、論文の出版社に対する著作権移行の
書類にサインをして、郵送手続きを済ませてから、大学を発つ。サインした書類に
は、「出版後28年後には著作権が無くなり、誰でも自由に論文の内容を読んだり
使ったりすることができるが、それで良いか?」と選択させられるところがあり、
変な条項だなと思ったけれど、28年後にはもう死んでるから、そんなことは
俺サマの知ったことではない、とOKのチェックをした。
数学は「死んでからも自分の名前を残そう」というぐらいの野心が
ないと碌な仕事はできない、というのは、確かハーディーの言葉だったと思う。
でも、死んでから何がどうなろうと、自分はもう居ないのだから、カンケー
ねーじゃん!と俺サマは思うのだ。
大丸ラクト山科店で買い物をしてから帰宅。夜もまた少し数学。それから、
土曜日のドイツ語の予習も少し。
2011年6月1日(水)
昼過ぎに重い鞄を持って自宅を出て、山科駅前で軽く昼食の後、14時過ぎに出勤。14時40分より2回生「離散数学」の講義。ユークリッドの互除法定理とその
証明、それを使って有限巡回群の部分群が巡回群に限ることの証明、巡回部分群が
真部分群になるための必要十分条件など。今日は昨日の「代数学序論I」よりも少し
多めに学生達の方を見て講義したつもり。少しだけ、だけどね。
講義の後、図書館に立ち寄ってSGA4とSGA5を借り出す。3分冊合計で
15cmぐらいの厚さがある。こんなの読んでたら、それだけで人生が終わっちまう
と思い、とりあえず研究室に積み上げて、時々ぱらぱらと眺めるだけにしておこう。
その後、16時半過ぎから学科のお茶の時間に顔を出す。この場の会話が
どうしても生臭くなってしまうのは、この催しのホストを務める学科長が
生臭い人だからか。で、ホストに敬意を表して生臭い話を少し。それ以外にも、
酒呑みの先生相手に、激呑み店経営と大学教師の兼業は教授会の許可が必要か?
といった馬鹿話を少し。さらには、大学院教育に燃えている先生相手に、
「燃えた先に何が見えるか?」という興味本位の質問話も少し。
有意義な情報収集を終え、30分ほどで退散。すぐに大学を後にする。
帰宅後、夜も少し数学。フランス語の宿題も片付ける。
<<世界が味方する3日目>>
昨日のようなボケはかますまいと、今朝は万全の態勢で臨む。自宅出発
の予定時刻は8時半だったが、8時頃には準備完了。
財布よし!財布の中身もよし!ノートよし!筆記用具よし!あとは
新聞でも読んで、のんびり8時半を待つか。しかし、
「何が起こるかわからない」と予感し、早目の8時15分頃に
自宅を出る。そして、、、やはり「何か」は起こった!
<<大ボケ総崩れの2日目>>
今日の研究集会は朝一番の講演がキャンセルになったので、少しゆっくり
起きて出掛けることができた。しかし朝食の後、油断してのんびりし
過ぎてしまい、出発間際になって大慌てで準備して、折角入れたコーヒー
も飲まずじまいで自宅を飛び出す。、
<<「前夜祭」1日目>>
早起きして京大数理研へ。今日からM先生還暦祝い研究集会の
前夜祭的研究集会。要するにサマースクールってやつ。サマースクール
は若手研究者向けのチュートリアル的講演が半分以上占めるので、
今日の参加者も大学院生、ポスドク、助教、准教授あたりの若手が中心。
中国人や韓国人も結構多い。
<<二重人格>>
午前中は、京都新聞日曜版7つの間違い探しクイズと時事クロスワードパズル。
しばし数学の後、午後は山科区内に買い出し。帰宅して野暮用。夕方頃、再び
山科区内に買い出し。帰宅後、夕食。夜は久しぶりにテレビなど。カロリーを3
割減すれば長寿遺伝子が働き始め、絶食をやめるとまた遺伝子の働きは止まる。
そこで絶食の代わりに薬で何とかしようという研究が進んでいるが、実用化は
ずっと先とか。ふーん、としかコメントの仕様がない番組をやっていた。
<<自分の胸に聞く>>
昼前に自宅を出る。地下鉄の中で、いつもスポーツクラブで見掛ける、私と
同年代の女の人がいた。普段は運動着の姿しか見てないので、普通に服来て
大きな鞄や傘を持って座っていると、ちょっと雰囲気が違う。
<<知らんがな>>
早起きして京大へ。10時半からの代数幾何学セミナーの時間には少し
間があったので、数理研猫を表敬訪問。また寝てる。1階外階段脇に放り出して
ある事務椅子の上で、「の」の字になって動かない。そのうち近所のご婦人が
通りかかり「トラちゃんや!トラちゃん!」と呼びかけると、目をつぶったまま
にゃーと小さく返事する。こいつ、以前と違って寝てばかりいるんですよとか、
そうね、目やにも溜まっているし、もう年なんでしょうね、みたいな会話を少し。
この婦人のご主人は畜産系の学者だという、知らなくても良いような話まで
聞いてしまった。猫を介した「ママ友」もどきの微妙な世界。
<<意地悪?>>
午前中は自宅で少し数学。昼過ぎに自宅を出て出勤。久しぶりに生協食堂で遅めの
昼食を軽く済ませ、14時から卒研ゼミ。今日は教育実習から帰ってきた学生
1人の可換環論ゼミ。零根基集合がイデアルであること、また全ての素イデアルの
共通部分であることの証明、ヤコブソン根基とその特徴づけ、イデアルの和、積、
共通部分演算など。16時半頃に終了。次回6月30日から、再びHartshorneの
テキストで代数幾何学セミナーの予定。
<<数学女子>>
午前中は自宅で少し数学。まあ、関西日仏に通っているお陰で、フランス語
の数学文献の文面ぐらいならすらすら読めるが、その数学的内容はすらすら
とは分からない。困ったものだ。
<<ぷっつり>>
出勤日。10時40分から12時10分まで、4回生「計算機数学」の講義。
多変数多項式の一般化された割り算アルゴリズムの定義と、その正当性の証明など。
受講生は7名ほど。
<<野望に燃える>>
最近、特にこれといった理由があるわけではないが少し睡眠不足気味で、
昼間眠くてしょうがなく、研究活動にもさし障りが
出ている。そこで「寝るのも研究のうち」と、今朝は頑張って寝床に踏みとどまり
十分睡眠をとる。
<<四度寝の爆睡>>
今朝はちょっと早く目が覚めてしまい、ふと金曜日の関西日仏学館
でのクラスメートとの会話が気になり始める。確かにここ数日疲れ気味
で、金曜日の夜はちょっとぼんやりしていたが、あの時ああ言ったのは、
ちとまずかったな、と。
<<焼きが回る>>
昼前に自宅を出て、百万遍へ。まずは新福菜館の焼飯セットで昼食。
どうも昨日今日と今までいた若い店員が姿を見せず、代りに先日から
来ている、(たぶん店長よりも年上の)新入りと入れ換わったようだ。
<<何故だか知っている>>
午前中は京大の代数幾何学セミナーに出る。セミナー会場に向かう途中、
百万遍の交差点のところで、「この顔にピンときたら110番」。
オールバックの髪にサングラス、小太り体形をグレーのスーツで包み、
大きなショルダーバックの強面系。すれ違った男は、まさに中国史のYだ。
<<28年後>>
午前中は自宅で少し数学。昼過ぎに自宅を出て山科駅前で軽く昼食の後、14時前
に出勤。14時から卒研ゼミ。先週に引き続き、2人の学生うちの1人が教育
実習中で、残りの1人がAtiyah-MacDonaldで可換環論の「基礎特訓」2週め。今日は
体の真のイデアルが0のみであること、素イデアルと極大イデアルの定義、極大
イデアルの存在証明など。
<<SGA4とSGA5>>
午前中は自宅にて数学。大学の研究室は事実上物置と講義のある日の控室
程度にしか使っていないので、仕事に必要な本は全て自宅に持ち帰るのだが、
使わなくなってもその辺に積み上がっている。その山が無視できないほどの
大きさになってきたので、一部を鞄一杯に詰めて大学に持ち帰ることに。